『リゾナンター爻(シャオ)』 23話


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「ぐはっ!!!!」

小さな体が、ゴム鞠のように地面にバウンドする。
蹴られ地に伏した女を見下ろすように、ライダースーツの金髪が仁王立ちしていた。

ダークネスの本拠地の、倉庫区画。
物々しいフェンスに囲まれた空間は、滅多に人が立入ることはない。

「何だ、やられっ放しかよ」
「…よっちゃん、意味わかんねーし」

ポニーテールの少女は苦痛に顔を歪めながら、否定のポーズを取る。
私刑を受けることも、それに対し反撃する事も納得のいってないような顔だ。
しかしそれも、金髪 ―「鋼脚」― が無防備な腹部を踏みつけることで即座に悲鳴に変わる。

「ほら、反撃してみろよ。なんならお前が諜報部の監視役たちをやったように、あたしのこともぶっ殺してみるか?」
「ぐっ…がっ!!!」
「歯ごたえねえなあ。市井さん殺った時みたいに、びっくりさせてみろよ」
「だから…よっちゃんとのんが戦う理由なんてないっての」


あくまでも抵抗しない少女 ―「金鴉」― 、に業を煮やした「鋼脚」はいよいよ彼女を呼び出した本題
に移る。もともと、駆け引きの類は彼女の得意とするところではない。
その間に、ライダースーツの攻撃が止む事はないが。

「こんこんから聞いたんだけどさ。お前ら、リゾナンターの殲滅の仕事ほっぽり出して…アキバの眼鏡ブ
タんとこの仕事請け負ってるんだって?」
「…は、はは。のんたちも、お金欲しいからねえ…ぐっ!」

返事の代わりに、蹴りが飛ぶ。
鋼を断ちし剛脚と謳われる足技、鍛錬してないものが受ければ臓腑の一つや二つは簡単に破裂してしまう
ことだろう。

「それはいい。けど、お前とあいぼん…『煙鏡』はリゾナンターたちの周囲を嗅ぎ回っている。ついでに
うちの放った『監視役』たちを殺しながらな」
「後々のための、調査だっての…例の監視役だって、鬱陶しいからちょっかいかけたら、勝手に死んだん
だって…ぐぼっ!!」

衣服から露出した腹に、再び蹴りが打ち込まれる。

勝手に死んだと言われちゃ、殺された連中も浮かばれないわ。

息を吸うように人を殺すのが、組織指折りの問題児たちの性質。そんなものは出会った頃から織り込み済
みの話ではあるが。
踏みつける足に体重をかけつつ、さらに尋問は続く。

「調査ねえ。それは、お前らが『夢の国』でうろうろしてることと関係してんのか?」
「ばっ!のんたちだって、かはっ!遊園地くらい行きたいっての、がっ!!いいじゃんか、何年監禁され
たと、ぐえっ!思ってんだよ、っ!!!!」

リズミカルに繰り出される蹴りはまるで楽器か何かを奏でているようにすら見えるが、実際に聞こえるの
は「金鴉」のうめき声だけ。


「まあいいわ。取り合えず額面どおりに受け取っとく」

あれだけの足技を連発しても息を乱さない「鋼脚」。
ゆっくりと、蛙の轢死体のように地面にへばりつく「金鴉」の側にしゃがみ込む。
そして、伏せていた顔を無理やり手で起こしながら、

「なあ覚えてるか?うちらは似た時期に組織に入り、似た時期に『幹部』に昇格した。言わば、家族みて
えなもんだって言ったのを」
「お、覚えてるよ」
「だから、お前らが取り返しのつかないことをやらかしたら。今度こそ、『家族』であるあたしがケジメ
つけなきゃなんない。わかるな?」

身を縮めたくなるような、迫力。凄み。
「金鴉」は必死に首を上下させることしかできない。

「言ったな。あたしもこれで『最後』だ。次は…ないからな」

掴んでいた顎を放り投げるように、「金鴉」を打ちやる。
最早、糸の切れた操り人形のように力なく地面に転がるだけだ。
振り返ることもせず、倉庫区画を足早に立ち去った「鋼脚」、遠ざかりつつ思うことは。

「金鴉」「煙鏡」が何やら怪しげな動きをしている。
諜報部の手の者によって入ってきた情報をもとに、訊ねてみたものの。「金鴉」が腹芸のできる人間でな
いことは「鋼脚」自身よく知っていることだった。

もう片方のほうを締め上げたいけど、あいつは滅多にあたしの前に姿、現さないんだよなぁ。


組織きっての、策士。

紺野あさ美がDr.マルシェとして頭角を現す前は専ら「煙鏡」がその名を恣にしていたのは紛れのない
事実だった。一見無軌道に暴れたいだけ暴れているように見えても、脳天気な片割れとは違い彼女には明
確なビジョンが存在していた。

組織のスポンサーたちを激怒させたあの事件もまた然り。
結果的には彼らの信頼を大きく損ねることとなったが、「煙鏡」からすれば自分達の力を誇示する目的が
あったようだった。

以前、「鋼脚」は紺野にこんな話を聞いたことがある。



「私と、かーちゃん…『煙鏡』さんの違い、ですか」
「ああ」

それは「鋼脚」がとある任務を終えて、休憩ついでに紺野の私室に寄った時のこと。
その頃にはとっくに悪餓鬼二人は収監されてはいたが、何かの拍子にふとかつての同期を思い出したので
聞いてみたのだった。

「妙なことを聞きますね」
「あいつもお前も、こっちじゃなくて、『こっち』で勝負するタイプだろ? あたしにはそういう世界は
わかんねえから、気になってさ」

最初に自らの腕を指し、次に頭のこめかみを指す「鋼脚」。
手にしていたコーヒーカップを置き、湯気で曇った眼鏡を拭きながら。
「叡智の集積」は、ゆっくりと口を開く。

「単純に言えば。彼女の計画には常に、何らかしらの『意思』が込められているということ、でしょうか
ね。あれは、『悪意』と言い換えても差し支えないのかもしれません」
「…『悪意』ねえ」

「鋼脚」は悪童の片割れの顔を思い浮かべる。
悲惨な境遇のもとに生まれた、そう聞いている。もちろん、異能を持つ人間は多かれ少なかれ悲惨な経験
をしている。そんな環境において「悲惨な境遇」と称されるということは、その境遇がとりわけ凄まじい
ものだということだ。

一番最初に、同期として後の「鋼脚」「黒の粛清」「金鴉」「煙鏡」が顔を合わせた時。
年の割には派手な化粧をした彼女の、昏い瞳がやけに印象的だった。
この幼い少女は、ここへ辿り着くまでにどれほどの地獄を見てきたのか。そう思わせるだけの闇を、少女
は抱えていた。


その印象は、やがて薄まってゆく。
少女は瞬く間に組織に溶け込み、「鋼脚」自体、人の深部にそれほど興味を寄せる性質ではなかったから
だ。それでも、初対面の印象はいつまでも彼女の心に残り続けた。

「『悪意』を用いて策を為さば、結果は『悪意』の流れるままに進んでゆく。ただ、それも大海原を進む
ための羅針盤だと思えば、これほど頼もしいものはないでしょう」
「で? お前のはどうなんだ?」
「そうですね。同じように例えるなら、私のそれは方位磁石も海図も持たずに航海に出るようなものでし
ょうか」

悪びれずに、紺野が言う。
ただの無計画じゃねえか、言いかけた「鋼脚」の言葉はすぐに遮られた。

「私の航海に、そのようなものは必要ありませんからね」

なるほど。
天才の考えている事はわからない。
「鋼脚」が理解できたのは、そのことだけだった。



倉庫区画を出ると、奥手にある和式建築物が解体されている様が目に入る。
主が生きている間は「拝殿」と呼ばれ、崇められていた建物だ。

思えば、短期間の間に何人もの幹部が死んだ。
「不戦の守護者」「詐術師」「赤の粛清」。半死半生の「黒の粛清」を含めれば実に半数近くのメンバー
を失ったことになる。道理で仕事が増えるわけだ。「鋼脚」はこれからさらに厄介な仕事を増やしてくれ
そうな例の二人に、恨み節を呟かずには居られなかった。

ふと、鋼脚は自らの右の拳が疼くのを感じる。
見ると、拳の先が擦り剥け、うっすらと血が滲んでいた。

「なんだよあいつ、ちゃっかり反撃してるじゃねーか」

「金鴉」「煙鏡」、「黒の粛清」。そして「鋼脚」。
長い付き合いになる間柄で、もちろん互いの性格を把握していた。
だが、彼女たちでも知らないことがある。それはダークネスの幹部として立つ以上、絶対に知られてはな
らないこと。

「鋼脚」は「金鴉」の能力の原理を、知らない。





投稿日:2014/12/10(水) 01:01:44.07 0