『リゾナンター爻(シャオ)』 22話


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数日後。
福田花音は警視庁にある対能力者部隊本部に赴いていた。
昨日は思わぬ出来事で会議途中で離脱してしまっていたが、会議内容の詳細を部長代理に聞かなければな
らない。ダークネスにとっても切り札であろう「銀翼の天使」の保護は、国家権力に属する能力者たちにとって
重要な作戦と言っても過言ではない。

不本意ながらも、赤の粛清を討滅したことで「スマイレージ」というグループの実力を示すこととなった。ここで
さらに今回の作戦で功を成せば。

もうあんなやつらなんて、眼中になくなる。

花音は忌々しい連中の顔を思い浮かべ、舌打ちする。
赤の粛清戦で助けられたばかりか、一度は「壊れてしまった」和田彩花を救い出された。プライドの高い花音
にとって、それらの全てが屈辱でしかない。

ついでに、あの日から彩花がはるなんはるなん五月蝿い。
人に対して滅多に心を開くはずのない彩花が、命の恩人とは言えここまで依存しているという不可思議。つい
には「はるなんもスマイレージに誘おっか」などというわけのわからないことまで口走る始末。
そういう意味では、今回の作戦への参加は彼女の目を覚ますきっかけになるはずだ。


そして、「本部長室」の扉の前に立つ。
もちろん対能力者部隊を取り仕切る本来の主がいるはずもなく、中にいるのは主任と呼ばれる中間管理職。
だが、当の本部長がほとんど不在のために実際の責任者はその代理である彼と言っても過言ではなかった。

しんと静まり返った空間。
のはずが、部屋の中から話し声が聞こえる。先客だろうか。
構うものか。もし例のインチキシンデレラだったら蹴飛ばしてでも追い出してやる。意気込んで扉を開け
た花音が見たものは。

重厚な造りのデスクに居心地悪そうに座っている、主任。
そして彼を囲むように立っている、二人の女性。一人は背の高い、黒髪の凛々しい女性。そしてもう一人
は髪を茶色にした今時の女性。背丈は花音とあまり変わらない。二人とも花音とそう年は変わらないよう
に見えた。
どこかで見覚えのある、けれど記憶の扉からはうっすらとした光しか漏れてこなかった。

「…どうした。昨日は急に会議を」
「誰ですか、その人たち」

機先を制したのは、花音。
彩花の例の一件のことはあまり触れられたくない。与える情報は彩花が復帰した、それだけでいい。それ
よりも、目の前にいる見知らぬ人物たちのことを聞くのが先だ。

「おっと。顔合わせは初だったか。紹介しよう。『ベリーズ』のキャプテン・清水佐紀君と『キュート』の
リーダー・矢島舞美君だ」
「はじめまして」
「そっか。じゃああなたがスマイレージの…よろしくね」


「ベリーズ」に「キュート」。確かダークネスの下部組織としてリゾナンターと接触、交戦した集団の名前
だったか。花音はそのことを思い出し、やおら意地悪そうな笑みを浮かべながら、

「ああ、例の。半人前の連中にやられたあとどうなったとは思ってましたけど、まさかこちらに再就職する
とは思ってもみませんでした」

と早速毒を吐く。
さすがに顔色を変える佐紀、だが、

「そうなんだよねえ。でもまあある意味こちらでの理念は一致してるし、働かせてくれるならいいかなって」
「…え…はぁ…」

舞美の一言で拍子抜けしてしまう。
なにこいつ、ばかみたい。そんな皮肉すら出すのも馬鹿らしい。

「…で、こちらを伺った用件ですが」
「『天使』の件なら、もう済んだ話だ」

気を取り直し、本題に入る。
が、意趣返しのつもりか。今度は主任にハスキーな声で話を遮られた。

「おっしゃる意味がよくわからないんですが」
「簡単な話だ。今回の作戦から『スマイレージ』は外れてもらう」

さらに、畳み掛けるかのごとく。
ここまで単刀直入に言われてしまえば、最早腹の探りあいなど必要ない。


「何言っちゃってんの? あたしたちは『赤の粛清』を討伐してる。外れるどころか主力になってもおかし
くないでしょ。和田彩花もちゃんと復帰して…」
「…高橋愛でしょ、『赤の粛清』をやったのは」

予想外の、横槍。
思わず発言者の佐紀を睨み付ける花音だが、逆に佐紀にしてやったりの表情を返される。
公式にはスマイレージが「赤の粛清」を倒したことになっている。事実を知る者は組織でもごく一部に限ら
れるはずだったが。

「あんたたちみたいな連中までそんなこと知ってるなんてね。警察が秘密裏に組織した対能力者部隊の情報
管理も随分杜撰になったもんだわ」
「……」
「気に障ったなら謝るけど? ま、半人前の能力者たちに負けた上にかつての敵の軍門に下るなんて恥ずか
しいマネ、あたしにはできないかな」

相手が激昂するぎりぎりの毒を言葉に仕込む花音。
こんな馬の骨ともわからない連中に。侮蔑の感情を出すか出さないかのところで口を止めて、相手の様子を
窺う。だが。

「はぁ。だから改名なんかしたくなかったんだよね。『ベリーズ』とかちっちゃな果実がいっぱい集まった
感じでかわいいじゃん、って桃の言葉に流されちゃったけど」
「…あんた、何言ってんの」
「能力者の端くれなら聞いたことあるでしょ?『スコアズビー』通称『B』」
「スコアズ…まさか」

知らないはずがない。
「スコアズビー」と言えば、花音がダークネスの研究施設にいた頃。
彼女たちの先駆者として、人工能力者の成功者たちと称された一団。その活躍もまた、花音たち「エッグ」
の研究に役立てられていたことは嫌と言うほど聞かされていた。


「は、はったり言わないでよ。あんたたちがそんな有名な…」

うろたえながらも反論しかけた花音は。
急に思い出す。佐紀ではない。その隣でにこにこしている、舞美のほうだ。
花音は舞美に、一度出会っていた。


時は遡る。
人工能力者としての育成の最終段階。
花音はとある一般家庭にその家の「子供」として潜入する。
彼女が保有する精神干渉能力の精度をチェックするとともに、花音自身に人と関わる力の有無を確認するた
めのものだった。

経過は良好だった。
花音は風間家の娘「春菜」として何の齟齬もなく生活することに成功する。
父も母もそして兄も、疑問を抱くことなく花音を「春菜」と認識し、まるで生まれた時から一緒だったかの
ように接していた。

ただ、実験自体は中途半端なところで終了する。
花音自身に問題があったわけではない。風間家のあった地域が、別組織の「死体使い」によって襲撃された
のだ。
ゾンビの群れが、容赦なく町を覆い尽くす。ゾンビに襲われた人間は同じようにゾンビとなり、その数は瞬
く間に増えていった。

最早実験どころではない。
家族と呼んだものたちを見捨てて家を出ようとした花音だが、彼女もまた彷徨う死体たちの標的となった。
そこに現れたのが。



「せ、セル…シウス」
「えっ? 私のこと知ってるの? そっかー、何かうれしいなぁ」

かつての記憶の底から引きずり出された恐怖が、その名を口走らせる。
花音の青ざめた表情などお構いなしに、満面の笑みを浮かべてその両手を握る舞美。
この様子からして、相手はこちらのことは覚えていないのだろう。
頭の悪さはともかく、美しい女性だ。花音は素直に感じる。
ただ、花音の記憶の中の彼女は、今より幾分幼さを残した顔つきをしていた。


学生服に身を包んだ黒髪の少女は。
ゾンビと化した群集に殴られようが。バットを振り下ろされようが。拳銃で急所を貫かれようが。凛とした
表情を少しも崩すことなく。

その手勢全てを、文字通り叩き潰してしまった。
少女の拳が死人の顔を破壊し、少女のしなやかな蹴りが死人の胴を断ち切る。飛び散る赤黒い血と流れる輝
く汗が、同じ世界に両立する。手駒を全て失ったネクロマンサーは無数の打撃を浴びせられ、瞬く間に彼の
僕と似た姿と化した。
冬の凍てついた地面にへばりつく、血と肉の塊。冬の切れるような冷たい風に黒髪を靡かせ佇むその姿は、
美しさとともに底なしの恐怖を花音に植えつけた。

彼女がかの有名な特殊部隊「セルシウス」のメンバーだと知ったのは、そのすぐ後だった。



「ともかく、だ」

花音の脳裏に描かれた、美しきも忌まわしい冬の怪談を主任の声が遮る。
結論など、とっくの昔に出ていたような表情で。

「『天使』に関する作戦は、彼女たちに参加してもらう。『スマイレージ』は、各自待機命令が出ているか
ら、それに従うように」
「命令って!!」
「『本部長』からの、だ」

言葉は、冷徹だった。
そして花音は悟る。あの時、あの男に接触した時。既にこの命令は決まっていたのだと。

「…失礼します」
「半人前の能力者に負けたのは、お互い様でしょ。うちらのほうがいい勝負はできてたと思うけど」

踵を返す花音に、佐紀の発言が襲い掛かる。
言い返すことなく、部屋を後にした。

屈辱。ありえないほどの屈辱だった。
対能力者部隊「エッグ」結成後最大のプロジェクトであろう、「銀翼の天使」の奪取作戦。
そこから有無を言わさず外されるのは、かつて神童と謳われた花音からして、とてもではないが甘受できる
ものではなかった。

どうして。何故外された。
暗い渦のような感情は、ぐるぐると蛇のとぐろのように花音に巻きつく。
闇の奔流がやがて行き着いた場所は。


あいつらだ。

花音の頭に、ぬるま湯に浸かったような気の抜けた連中の顔が思い浮かぶ。
それは嫌悪を通り越して、より凶悪な感情を抱かせるに十分なものだった。

思えば、あいつらと交戦してからがけちのつき始めだ。
手を抜こうが、本気を出してなかろうが。佐紀の言うとおり、負けと判断されてしまった。だから、自分達
は戦力外として作戦から外されてしまったのだ。では屈辱を晴らすためには、どうすればいいか。

答えは、とっくに出ていた。
リゾナンターは、彼女にとって殲滅すべき存在だと。





投稿日:2014/12/05(金) 20:25:33.04 0