『Vanish!Ⅲ ~password is 0~』(5)



「大丈夫カ?怪我してナイカ?」
屋根の上のポニーテールの小柄な女性がたどたどしい日本語で優しい言葉を問いかけながら、振り返る
緑色の炎は一瞬の輝きを放ち、それは幻であったかのように鮮明に脳裏に刻み込まれてしまった
「・・・大丈夫です」「えりも」
頭に降りかかった瓦礫を払いながら二人は体を起こす
「それはヨカッタ。でも、まだカメイサンは元気デスネ」
女性は右手を腰のベルトに携えていた拳銃に手を伸ばした
「ここは危険だから、離れたほうがイイネ」

突然、二人の体が浮かび上がった、いや何かに、捕まえられたのだ
「な、なんや?」
「・・・パンダ?」
小田と生田はパンダの背中にのせられた形になっていた
しかし、それは遊園地にあるような子供向けのファンシーなそれではなく、獰猛な一個体として、であったが
「動くなっていうとると?・・・て待つと!そっちは危ないやろ!!
 新垣さんのピアノ線が張り巡らされているとよ!!怪我するっちゃ」
恐怖で顔が引きつるが、ピアノ線がどこにはられているのかわからないこの状況では当然であろう
しかし、生田は知らない、すでに何十ものピアノ線の中をこのパンダが突き抜けていることを
野生の動物、それに加え、鍛え上げられた肉体によりピアノ線はただの糸に成り下がっていたのだ

「パンダつええ・・・ピアノ線の中につっこんでいるのに無傷っすか」
「工藤、何言うとるんや!パンダやないやろ!っちゅうか、なんであいつもなんでここにおるんや!!」
「愛佳、それよりもカメに集中!」
すでに道重に足を治してもらった新垣は新たなピアノ線を手袋につなぎ準備を整え終えていた
宙に浮かぶ、その影をその場にいる全員が注視する


緑色の炎に焼かれたというのに、身にまとっている御召物一つ燃えていなかった
ただ宙にふわふわと浮いており、時々呼吸に合わせて胸が膨らんだり縮んでいるのを確認できるのみ
銃口を向けられているのにもかかわらず、無心の表情を携えている

銃を向けている側もある意味では同じ、表情を変えることはなかった。浮かんでいる表情は笑顔だが
「ハハハ、さすが亀井サンですね、私の炎くらいじゃびくともシナイ」
場違いとも思える明るい笑い声をあげているが、三日月の目の奥には鋭い眼光が光り続けている
「風で私の炎で燃やされる前に身を守ったンデスカ。前よりも強くなってマスネ。デモ、私も成長してルンデスヨ」

緑色に輝く弾丸が数発、放たれ亀井に伸びていく
彗星の尾のように弾丸の通過した後には緑炎の道筋が放たれた弾丸の数だけ描かれる
「・・・」
亀井は迫ってくる弾丸にも顔色一つ変えずに、腕をふる
弾丸に無数の切れ目が走り、原型を失うほどの細かな破片になる
緑色の炎をあびた火の粉たちはさらにふきすさぶ風にあおられ、点に昇っていく
弾丸と同じ緑色に燃え上がった拳銃を持ち、女性は満足げに頷く
「・・・やりますネ。デモ、ワタシ、あきらめ悪いデスヨ」
次々と銃弾を放ち続け、亀井はそれを砕き続ける

「す、スゴイ、二人とも・・・あの人はいったい?」
新垣が準備を整え、今にも亀井にワイヤーを伸ばそうとしながら早口で答えた
「あの子はリンリン。私や愛佳、さゆみんと同じく始まりの9人の一人
 中国の秘密組織『刃千吏』の幹部、のはずだけど、なんでここにいるかな?」
「それはジュンジュンが答えようカ?新垣サン」

振り返るとそこには、全裸の女性


「ちょ!ジュンジュン!何しとんの!」
「光井サン、お久しぶりデス」
「いやいや、久しぶりやけど、それどころやないやろ!何しとんねん!まだ高校にも上がる前の子もおるんやで」
「デモ光井さん、私の姿、慣れているダロ?」
「愛佳は慣れとっても、ほかの子達が訳わからんやろ!!誰か、身にまとうものもってきて!」
慌てる光井に堂々としたジュンジュンと呼ばれた女性、その姿は滑稽に見えてしまう

「な、何者なんだろうね?」
こんな場所に突然全裸で現れた不審な女性に驚きを通り越し、引いている鈴木
その声を聴いたのか女性は鈴木はとっさに横にいた石田の後ろに隠れようとした(実際には隠れることはできなかったが
「・・・」
「な、なんですか?私の顔に何かついてますか!!闘るっていうなら闘りますが!?」
自分よりも背丈20cm以上高いであろう女性に対しても強気に出る石田
「オマエ、いい匂いするナ」
「!!」

「はい光井さん。服とってきました!」
「あ、それ、さゆみのジャージ!!」
「へ?なんで道重さんのジャージがなんでここにあるんや?」
その答えはジャージを持っている人物の無邪気な微笑みだった
「へへへ、まーちゃん、急いで跳んでとってきたんですよ!みにしげさん、褒めてくださ~い」
凍り付く光井の表情、恐る恐る口を開く
「・・・佐藤、リゾナントまで飛んできたってこと?」
「はい!」
「・・・またテレポートできる?」
「え~まさ、疲れたなう。しばらく無理うぃる」
「ドアホ!!!」
「え~なんで怒ってるんですか?」


そんな喧騒に巻き込まれることなく鞘師は生田と小田のもとへと駆け寄っていた
「二人とも大丈夫?」
「えりは大丈夫やけん、ジュンジュンさんめっちゃ強くて速いと!」
「・・・石田さんのリオンと同じ、いやそれ以上かもしれないです
 ・・・それより、亀井さんと闘っているあの人、危ないです」
「危ない?」
小田の言いたいことの意味が分からず、同じ言葉を繰り返す鞘師
「・・・亀井さんは『何か』隠しています」

上空には浮かんだまま弾丸を弾き続ける亀井。そんな亀井に向かい屋根の上で弾丸を放ち続けるリンリン
「え?えりの目にはリンリンさんが一方的に押しているようにしかみえんと
 それにしてもリンリンさんの弾丸一向にきれないっちゃね」
「・・・あれは弾丸というよりも直接炎を発射しているようですよ、生田さん」
「うん、あの拳銃はただの飾り、といったところだね、なんでそんなことをしているのかわからないけど」
「え?小田ちゃんも里保も気づいてたと?」
「うん、もちろん」

そんな会話を知ってか知らずか、リンリンは拳銃をホルダーに戻した
その姿をみて、亀井も腕をおろし、ゆっくりと地上へと降りてくる
「やはり直接、組まないと倒せないデスカ」
両手を前に突き出し、膝を軽く折り曲げ構え、四肢に緑炎を纏う
そして、改めて笑い、左足で地面を強く蹴る

(速い!)
靴底から炎を放ち、その遠心力を利用し、さながらロケットの如き速さで詰め寄る
その速さの中で、的確に鋭く亀井の首めがけ、同じく炎をまとった手刀が振り下ろされる
亀井はその手刀に左腕を合わせ大きく払いのけ、同時に体の重心を落としリンリンの懐に潜り込もうとする
それを待っていたかのようにリンリンは伸ばし切っていた膝を折り曲げ、下りてこようとする亀井の顔面に狙いを定める
それを体の柔軟性を用いて反り返りながらも、リンリンの反対側の足に自身の足を絡ませて倒そうとする
それを瞬時に察知し、リンリンは炎を足底から噴射し空中に逃げこんだ


二人の攻防をみて何が起こったのかわからないメンバーも多かったであろう
鞘師や小田にとっては一つ一つの動きの意味を理解できただろうが、ただ逃げただけに見えないものもいた
飯窪にとっては何もみえなかった、と言わざるを得ないものであり、近くにいた工藤に開設を求めていた
しかし工藤自身もすべてを把握するには至らず、解説をする頃にはすでに亀井に向かいリンリンが再びとびかかっていた

「サスガ、亀井サン、強いですネ」
ジュンジュンはのんきに腕を組んで、瓦礫に腰掛けながらバナナを食べ始めていた
「ちょ、ジュン、どこにバナナおいてあったん?それおいてあるんやったら服用意してれば」
「ん?してたぞ。デモ光井サン、ジュンジュンの話聞かないで勝手に服もってコイとイッタ」
「・・・そうなん?」
「ソウダ」
そして大きな口でバナナを食べ、食べたそうにしている佐藤に向かい、食べるか?といって差し出した
食べる!といってジュンジュンの横に座り食べだした佐藤をみて、この子もかわいいナとつぶやいた

「ねえ、ガキさん、それよりえりをなんとかしないといけないんじゃないですか?」
「そ、そうだね・・・う~んと、みんな、作戦言うからしっかりと聞く!いっかいしか言わないからね
 鞘師と小田は石田のリオンにのってカメに直接向かう、佐藤と飯窪、ふくちゃんはさゆみんの警護
 飯窪と工藤は愛佳の予知を私達に伝えて、生田は私と一緒にサイコダイブの用意を」
「新垣さんと一緒に?えり、がんば・・・」

そこで生田の近くに何かが勢いよく落ちてきた
砂埃があがり、じきにその何かが見え始めると、生田はひぃっと叫び声を上げた
「て、手首っちゃん」
それは間違いなく人の右手であったもの。切断された断面からは骨がのぞいている

あわてて亀井とリンリンのほうをむくとリンリンの右手首から上がなくなっていた
「アハハ、やはり亀井サンは強いデス」
地面に尋常ではない量の血だまりができあがっていた。左手で右手首をやいて止血しているようだ
「しかし、リンリンの右手で亀井さんにそれだけの傷を負わせられるなら本望ですね」
なぜか笑うリンリン


亀井はというと・・・来ていた衣服に穴が開き、そこから赤く焼き爛れた皮膚がのぞいていた
特に顔面は左目の周囲から頬にかけて真っ赤に腫れていた
「美人の亀井サンには申し訳ないデスガ、手加減できないですからネ」
しかし、亀井はそんな傷の痛みを感じていないのかゆっくりとリンリンに近づいていく
「とはいえ、あはは、リンリンマン、ピンチですね」

一歩、また一歩と近づく穴の開いたブーツを履いた女
煙をあげるパンツから覗く赤く爛れた肌
痛みを感じていないのであろうか、歪むことなき無表情

「ちょっと、何してるんですか!新垣さんも光井さんもジュンジュンさんも!
 仲間がピンチだっていうのに、なんで動かないんですか!道重さんも!・・・もう、私が行く!!」
しびれを切らしたように集中力を高める石田
月明かりに照らされ、青き幻獣が現れ、石田はその背にまたがる

そして、倒れこむリンリンの元へと向かわんと、リオンは強く地面を蹴った
しかし、リオンの動きは光と闇の色を持つ獣の腕に妨げられた
「な、なにするんですか!!」
獣は何も言わず、リオンを抑え込む
「仲間を助けないで何をしているんですか!いま、すべきことはリンリンさんを助けること」
「おまえじゃ、助けられナイ、かわいい後輩、無駄死にさせるわけイカナイ」
「な、なんですか!先輩とはいえ、私だって怒りますよ」
とはいうもののリオンは完全にジュンジュンに抑え込まれ、身動き取れなくなっていた

「せやから」
にじみ出るリンリンの汗が月夜に映える
「こういうトキは」
ザスッとした砂利を踏む亀井の足音
「ハァ、悔しいけど、頼りになる」
満月が宙に浮かび、影が大きくなる
「仲間に任せるの」


何者かの影が飛び出し、亀井の腹をけり上げ、亀井は勢いよく転がっていく
「ニシシ・・・ヒーローは美味しいところだけいただくものっちゃん」
不良にしかみえない佇まいはあの日別れたまま、しかしそこに秘めた頼もしさはあの日以上
「ほら、リンリン、立つと。エリに負けるとかありえんちゃろ?」

しかし、驚くのはそれだけではなかった
すぐに亀井が立ち上がった、しかし、ゲボッと血の塊を吐き出した
「ありゃりゃ、れいな手加減せんかったけん、やりすぎたと?」
「イエ、私も本気でしたカラ、バッチリです」
リンリンを背負いながられいながあほか、と呟き、笑う
「でも、えりがこんなんで倒れると思うと?」
「ナイデスネ」
その通りであった。己の吐いた血を見ても動じることなく、ただただ二人を、リゾナンターを眺めていた

血が得意ではない工藤にとってその光景はさぞおぞましいものであったのだろう
内心、気持ち悪かったのだが、逃げるわけにもいかない、とあえて他の視線から亀井を観察しようとした
      • と、あるものに気づいた
「道重さん」
ぽつりと工藤が報告する
「なに、工藤?」
「亀井さんの力って・・・風使いと傷の共有、それだけですよね?」
「??? そうだけど・・・何?」
「・・・亀井さんの傷が治ってます」

そうなのだ、ゆっくりとであったが、亀井の傷が少しずつふさぎ始め、赤く爛れた肌も元の肉感的な色を取り戻していた

それをみて慌てるのは鞘師や生田、譜久村をはじめとした、始まりの9人以外
新垣、道重、田中、光井、ジュンジュン、リンリンは物怖じもしていない
それどころか、新垣はため息を漏らしていた
それを見逃さなかったのは鞘師と小田の二名
(今、新垣さんため息を??)(・・・何か知っているんでしょうか)


「何をしているんだ亀井!!何をもたもたしている!!
 田中に新垣に道重に光井、リンリン、ジュンジュン、それに9人もそろっているんだ!!」
甲高い声が糸のように張った緊張感を切り裂いた
「詐術師!!おったと?」
「な、このおいらのことを!!おい、亀井!」
「・・・」
「この、生意気ななんちゃってヤンキーをやっつけろ!!」
亀井は動かない
「おい、聞いているのか!!亀井、お前、先輩の言うことがきけないのか!
 おい、反応しろよ!時間の無駄なんだよ!!役立たずが!」
そこで亀井はぴくっと反応し、詐術師へ顔を向けた
「お、そうだ、それでいいんだ、少しは反省するんだ、おいらはオリメンにもっと・・・」
そこで詐術師は体の異変を感じた。人並み外れて饒舌なはずの口が動かしにくいのだ

「ふ、譜久村さん、あれ・・・」
「え、そうみえますけど、そんなこと・・・」
「いやいやいやいや、嘘だ、嘘だ、嘘だから、嘘だから」
慌てる敵の姿に急に不安になった詐術師は喉元に手を伸ばした。しかし、妙に風を感じるのだ
(なんだ?いやに体が軽いぞ)
喉に手を当てたが、おかしい、何も触れられないのだ
(???)

そして突きつけられる現実、水溜りに映る自分の姿
腕が、喉元に当てようとしたはずの腕が、途中から淡い光になって消えていっているのだ
月の光に照らされ、淡く桃色に光って自身の体が溶けていく
(な、なんだよ、これ!!)
そう、叫びたくても、すでに喉も光に溶けていき、声は静寂に置き換わる

人の体が闇に飲み込まれる、恐ろしいはずの光景なのにリゾナンター達は目を離せなかった
元々小柄の詐術師の体が少しずつ、桃色の光に浸食されていく
一人の人間が闇に溶ける、そんな光景が美しく目が離せないのだ


とはいえ、消えかけていく当の詐術師は気も狂わんばかりに暴れ続ける
口であった、大きな穴から、声が出ているのであれば壊れんばかりの叫びをあげている
その音は誰にも届かない
恐怖、それだけであろうか、絶望を受け入れなかった者の最後の表情をうかべた


詐術師は消えた、痕跡すら残されていなかった

しかし亀井は笑わない、怒らない、泣かない、悩みもしない
詐術師をけし、何事もなかったかのようにリゾナンター達の方を向いた
「・・・」

各々背中に汗が流れるのを感じ、無意識に力が入る
(いま、わたしに何ができるのだろうか?)
重苦しい空気に肺がつぶされそうになり、呼吸一つすらまともにできそうになる

しかし、意外なことに亀井はリゾナンターから視線を外し、自身の燃えた服に触れた
そして―何もすることなく浮かんでいく

「ま、まって、エリ!待つの!」
親友の声に耳を貸さず、空高く昇っていく
それを待っていたかのように、宙に穴が開き、そのなかに亀井は姿を消した
振り返ることなく亀井は去って行った

「あれはダークネスのワープ装置ですね。ということはまだ亀井さんは」
「うん、ダークネスの側にいるってことだね」
早くも周囲に一般人がいないか、確認しだす新垣と光井

「シカシ、リンリン派手にやられたナ」
「ハハハ、亀井サン、強かったネ。ジュン、バナナくれ」
「ダメダ」


「で、でも、助かったっちゃね。あの力、今のえり達じゃどうしようもないと」
地べたに疲れ果て大の字になって倒れこんだ生田
それを覗きこみながら「生田、お疲れ」と鈴木が笑う
「でも、あの力ってなんだろうね。あれって風の力なのかな?」
「ねえ、くどぅー、くどぅの目ではどう視えたと?」
寝ころんだ姿のまま首だけ工藤に向けて尋ねる生田

「はるの眼には、詐術師の体が、こう、溶けていくみたいで、風に吹かれるようではなかったです
 なんていうんでしょうか、こう、お風呂の中に温泉の元をいれたみたいに・・・」
「でも、きれいだったね!」
「まあちゃん!何言ってるの??
「だって、詐術師さんの体、ピンク色に輝いていたんだもん、はるなんも思ったでしょ」
強く否定しきれなかった飯窪は黙るしかなかった

「・・・あの、道重さん」
「なに、りほりほ?」
「・・・私達に隠していること、あるんじゃないですか?」
表情が答えを示していた、明らかに答えはYES
「私達と比べて道重さんたちはあまり驚いていないようにみえました。
 みなさん、なにか知っているのではないんですか?」
「さゆ、隠しても無駄っちゃろ、いわなきゃいけないこともあると。もうれーな達だけの問題やないけん」
「そうだね、私も田中っちに賛成なのだ。この子達もリゾナンターなのだから伝えておくべきだと思う」
いつの間にか新垣と光井も近くに来ていた

「ジュンジュンもそう思うゾ」
「私も同じデス」

「・・・そうね、わかった。れいな、でも、さゆみの口から言わせてほしいの。だって、始まりは・・・」
「わかっとうよ。さゆともえりともれーなは、くされ縁やけん」
「ありがとう。ねえ、みんな、大事な話があるの、しっかり聞いてほしいの」
そして、道重の口から真実が語られることとなる





投稿日:2014/11/09(日) 01:27:25.76 0

























最終更新:2014年11月09日 11:09