『黄金の魂』


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投稿日:2014/10/31(金) 12:58:32.97 0


【注意書き】
  • 冒頭で期待されるかもしれませんが娘OGのみで話が進みますw

『黄金の魂』


トリック・オア・トリート!!

不意を突かれて一瞬固まっちまった。
ああ、そういえば今日はそういう日だっけ。

髪を伸ばせばとびっきりの美少女になるだろうに、敢えてそうなるのを拒否しているかのような娘。
まっすぐ育てば白黒の頃の映画女優みたいな美人に仕上がりそうな雰囲気を漂わせた娘。
要するにこまっしゃくれたガキ二人がお菓子のおねだりをしてきたってわけだ。

目障りだ、くそガキどもが!
そんな風に言いたいのは山々だった。
ただそれをしてガキどもに泣かれたり、騒がれたりして時間を費やすと困る事情がこっちにはある。
だからジャージのポケットに突っ込んでいた酢こんぶをガキどもの前に差し出した。

「悪いがこれしか持ってねえんだ」

古風な美人顔のガキはきゃっきゃきゃっきゃと喜んでいるが、ショートヘアのガキはどこかすまなさそうな様子で礼を言ってきた。
どうやらこいつの方が飼い主らしい。
いいさ、と鷹揚に手を振りながら目的の場所に重い足を進めていく。
まーちゃんもお礼を言ってという飼い主の声を背中に聞きながら溜息を一つ吐く。

アタシはいま喫茶リゾナントのある町のメーンステーション、JRの在来線の駅前商店街を歩いている。
目的はアタシが所属している組織の同僚、というか先輩の一人に呼び出されて、指定の場所に向かっているわけだ。
正直に言うと気が重い。


バックれていいならとっととバックれたいところだが、もしそうしたらいま感じている気の重さの何倍もの精神的負荷を味合わされることになる。
だから体調や気分に余裕があるいまのうちに済ませておきたいというわけ。

ああ、にしても憂鬱だぁ。
私は一軒のカラオケボックスの前に立っている。
建築法だか消防法だかを厳密に適用すればほぼ確実に指導を受けそうなボロっちいビル。
ここの四階にアタシを呼び出した当人がいるわけだが…。

このビルたった今崩れればいいのにと思いながら自動ドアを潜った私の目に映った物、それは…。
人外だ。
人外の化け物どもが、闇から這い出てきた魑魅魍魎どもがカラオケボックスのロビーにたむろしていた。
息を止め、黙ってムーンウォークで店外に脱出したアタシは深呼吸した。

これはもう、二週間ぐらい高飛びする覚悟で呼び出しを無視するしかねえ。
そんな私の思いを見透かしたかのよう、メールを受信した旨を知らせる着信音が鳴った。
多分早く来いという催促のメールだ。
こんなことならさっきの電話に出るんじゃなかった、まったく。
やっぱ着信音とか細かく設定しとかなきゃなあと後悔したところで手遅れだ。

しょうがない、もう一度だ。
もう一度だけ、店に入ってみて人外どもが跋扈していたら全速力で離脱してその足で高飛びしよう。
意を決して再度、自動ドアを潜ると意外なことに十二、三匹いた人外どもの影も形も無い。
どうやら客として上階のボックスに入ったのだろう。
かちあわないことを祈りながらエレベーターに向かう私を呼び止める声。

「カラオケチェーン CYOIKARA へようこそ。 お客様はお一人様アルかっ、おお前は…」

一応は客に向かってお前呼ばわりする不届きな店員を睨んで震え上がらそうとしたアタシ。
店員の顔を見て意表を突かれる。
向こうも同じ思いなのか暫くの間、睨みあう形になった。


「お前は、リンリンじゃねえか!」
「氷の魔女、ミティ!!」

カラオケボックスの制服に身を固めた少女…いや、もう少女という歳じゃねえ。
アタシの仇敵にして旧敵。
喫茶リゾナントを拠点に活動する能力者集団、リゾナンターのオリジナルメンバーにして中国の国家機関、刃千吏の機関員。
銭琳ことリンリン。
いや、こういう場合はリンリンこと銭琳っていうのが正しいのか。
どっちにせよやつがロビーのカウンターに猫足立ちで身構えながら、目を緑色に輝かせている。

「悪い魔女は火あぶりアルね!!」

言い放つリンリンの手にはカウンター脇に置いてあったらしいパンフレットの束。
どうやらいきなり緑炎で攻撃してくるつもりらしい。

「ちょ待てタンマ。この状況で火熾せば火災報知器が発動して、スプリンクラーで店内水びたしになるぞ」
「心配ナイ。消防の査察がある時以外は報知器はちゃんと切ってアルね!」
「ちゃんとじゃねえ。物凄く心配だよ、大丈夫かCYOIKARAチェーン。 もしも火事とか出したらどうすんだよ」
「そんな時の為にニートの引きこもりを役員待遇で飼ってアルね。そいつに遺書を書かせて首を吊らせたらそれでしまいネ」
「しまわねえよ。もし犠牲者とか出たら保証もあるだろうし、営業だって出来なくなるだろうが」
「保証は誠意を以って対応するネ。店の利益から月額五百円でも支払ってる限り追求は出来ないアルね」
「しかし店の名前が報道されたら客足だって鈍るだろうが」
「その時は頭の CY を削って OIKARA にするネ。百円ショップで仕入れたサイリウムを千円で売ってぼろ儲けするアルよ」
「うりゃおい! うりゃおい! っていい加減にしろよ。 つうかさっきから聞いていると。お前相当深くブラックな経営に関わってるみたいじゃねえか」

アタシの言葉を聞いたリンリンは凄みある笑みを顔に浮かべた。

「ちっばれちまったらしょうがない。死人に口なしとはよく言ったものアルね」
「待て待て。どうでもいいから。 CYOIKARAの諸事情とかどうっでもいいから。そもそもお前とここでバトる気もねえし」


ともかく発炎能力を解除して気を落ち着かせるようにという説得を不承不承受け入れたリンリン。
どの程度の深さで店の経営に参画してるのかはわからないが、やはり金蔓の中で騒ぎは起こしたくないと見える。

「お客様はお一人さまアルか。今夜はハロウィンナイト特別キャンペーンを実施中アルね」
「だからアタシは先客に呼ばれ…、ってハロウィンナイトのキャンペーンって何だ」
「今宵ハロウィンのコスプレをして来店されたお客様にはお一人様五百円の御食事券をサービスサービス」
「ありがたいっつたらありがたいけど、これまた微妙な金額だな」
「CYOIKARAを見くびったらいけないアルね。 更に魔法少女のコスプレをされたお客様には魔法少女世界一決定戦への出場権が与えられるアルね」

要するにまどかだか、なのはだか。
はたまたクリィミーなマミだかプリティなキュアだか。
魔法少女のコスプレをしてそのアニメの主題歌を歌って高得点を出せば賞品が出るイベントがあるらしい。
全国規模で。

「一等賞品はなんと、だららららららららららららららららららららららららららっじゃじゃん♪ おこめ券五千円分」
「反応に困るわ。それは五千ありゃあ五㌔は買えるけど」

アタシの言葉を合図に朗らかな営業スマイルを浮かべていたリンリンの顔にどす黒い闇が翳った。

「ごご五千円で五㌔ってまじアルか。 お前金持ちアル」
「あんまし気にしたことはねえけど魚沼産の特Aとかだとだいたいそんなもんじゃね、あれ、もうちょっと安かったちょ待て」

明確な殺意を目に宿したリンリンが能力を発動しようとしていた。


「このブルジョワジーな小日本人。 魚釣島是一个独特的中国領土」
「どさくさにまぎれて政治的主張を行うな。つうかお前ん家だって中国じゃ名士の部類に入るんだろうが」
「アノクソオヤジ」
「はぁ? つうか待て。 お前の親父スレのオリジナルキャラの中じゃ結構人気ある方だぞ。それをお前」
「わたしまだまだまだまだ日本で学ぶことたくさんあるアルよ。だからリゾナンターを離れても留学を続けたいって言ったらあの頑固親父」
「そういう金は自分で稼げって言ったんだな」

反抗期をこじらせた中国娘が不満そうに頷いてみせる。

「いやっそれはお前には厳しく思えるかもしれないけど、親父さんの言ってることももっともだと思うぜ」

アタシの慰めが耳に入ったのか入ってないのか。

「あ~あ。昔みたいにパンダの密猟を見逃して結構な金が入ってきた時代が懐かしいネ」
「はい↑」

知らず知らずのうちに声が裏返っていた。

「あのなお前ちょっと言葉には気をつけてだな…」
「生きたパンダ一頭密輸すれば家が一軒立ったネ。 病死したパンダの毛皮を剥いでも車一台ぐらい」
「こら待てこら」
「何目を白黒させてるアルか。こういうの役得いうアル。、中国じゃ常識のことネ」
「いやほんとに待てしゃべるの止めろお前今すぐ」

全力で不測の事態を回避しようとするアタシに対してリンリンは素のままの様子だ。

「お前それ以上話したら、いろんなものが終わっちまうぞ」


アタシの言葉を耳にしたリンリンが不敵な笑いを浮かべ、掌に緑炎を宿す。

「では終わりの始まりを始めようアルか」
「火は止めろ火は」

終わりを始めようとか大層な台詞、カラオケボックスで働いている奴の言うことじゃねえし。

結局のところパッチリ眼の中国娘はなにやら日本で行われるイベントに参加したいという願いが親父さんに聞いてもらえず、それに反発して家を飛び出し単身日本にやってきて中国資本のこの店で働いているらしい。
いや何か違うかもしれないがそういうことにしておこう。

「つうかコミケに行きたいんだよな」
「はっどうしてわかったアルか?」
「いや前にアニメだかコミックだかのコスプレをUPしてたじゃねえか。それにどこかのスレではそういうキャラってことにおいなんでまた火を熾す火を」
「お前のこと見損なってた。乱暴で残忍でもストーカーまがいの陰湿な奴じゃないと思ってたアル、はっまさか」

今度は自分の意志で緑炎を収めたリンリンの頬が赤く染まりでれ~っとしてきた。

「そうアルか?」
「何が?」
「そうだったアルか?」
「だから何がそうだってんだって多分っていうか絶対違ってると思うぞ」
「そんなに私のことが気になっていたアルか?」
「いやっ、別に」

何かよからぬ方向に妄想を始めたのか。
光と闇。炎と氷。相容れぬ仇敵同士などぶつぶつつぶやき始めたリンリンが妙に気色悪すぎる。
っていうかおぞましい。

「あはぁ~。 美貴琳アルか。 いま時代は敢えて、敢えて一周回って美貴琳アルか」


受けとか責めとかもうアタシには訳がわからないことを口にし始めた妄想娘の鼻から紅いものが…。

「ぶはぁぁぁぁぁっ。 美貴琳キタ──ヽ('∀')ノ──!! 」
「来ねえよ。時代を何周回ってもそんなもの来てたまるか」

手刀で軽い当身を奴の後ろ首筋あたりにくれてやり、鼻血のストップに協力してやった。
数分後。

「お前の気持ちはうれしいアルがやっぱりそれはいけないアルね」
「まだ言っているのかテメー。無いから、それだけは絶対無いから」
「だったら今日はなんでこの店に…? まさかお前も魔法少女世界一決定戦にエントリーしにきたアルか?」
「それもねえよ」
「それはそうアルね。もう少女って歳じゃ…」
「テメーそれ以上ふざけてるとまじで凍らすぞ」

不毛なやり取りを続けながらふと思い当たったことがある。

「つうか、さっきこの店のロビーにたむろしてた化け物どもも」
「そうアル。魔法少女の仲間アル」
「いや魔法少女って、明らかな男もいたじゃねえか。いまいちデラックスじゃないマツコとか」
「お前何も知らないアル。仲間を守るため世界を救うため魔法を手に入れようとする人はみんな魔法少女アルね」

いやさっきアタシが見かけた人外の化け物ども。
カラフルな衣装にゴツゴツして厳つい身体を無理やり詰め込んでいた野郎どもは魔法少女というよりは使い魔が精々だと思うが。

「まあいいアル。とにかくそんなジャージ姿じゃハロウィンナイト特別キャンペーンの対象にはならないアル」

だから正規料金だと強く迫ってくる。
ようやく話の出口に近づいてきた、そんな気がする。


「いやっだからアタシは先にこの店に来てる人間に呼ばれてきたんだって」
「何だつまらない。そうならそうと早く…はっ」

おいまた様子が変になったぞ、まったく。

「その先客というのは男アルか? 女アルか。女アルね。女に違いないアルね、女同士の密会アルね」

口角から飛ばしてくる唾がなんか気持ち悪い。
アタシはジャージのポケットからスマホを取り出した。
メールの受信を知らせる青いライトが点灯したままだ。

受信ボックスを調べてみると、やっぱりそうだった。


送信者 保田圭
件名 「黄金の魂」



について早急に話し合いましょう


まったく何が「黄金の魂」なんだか。
運命に導かれて集いし戦士たちが邪悪な敵に打ち勝って、各々の帰るべき場所に戻る際の別れ際。
岸壁を離れる船と陸。
海を隔てて対峙する仲間に向かって、彼らには「黄金の魂」があるとかいうならちょっとばかし荘厳で清々しい感じはするだろう。
しかし場所は狭っ苦しいカラオケボックス。
対する相手は保田大明神。
気分はどんより曇るしかねえってもんだ。


そんなアタシの気持ちを知ってか知らずか。
メールを盗み見したリンリンは相手が女だと知って歓喜する。

「やすみきキタ──ヽ('∀')ノ──!」
「いやっ来ないから。金輪際来ないから」
「いいアルいいアル。いや~それにしても意外なカップルアルね」
「だからカップルじゃねえし」
「保田さんというとあの将棋の駒みたいな顔をしたおばさんアルね」

こいつ。
ちょっと見ない間にいろんな意味で腐ってやがる。
まあそれはそれで構いはしないが、この調子でまとわりつかれると色々面倒だ。
そう思ったアタシは少しばかり話を盛って釘を刺しておくことにした。

「お前な。まあアタシだからまだそういう感じでもいいけど保田さんに対して同じ調子で絡んでみろよ」
「いったいどうなるアルか?」

たとえば…。
バスルームで髪を洗ってると、シャンプーを洗い流してる先から背後に忍び寄った大明神様にシャンプーをぶっ掛けられる。
それも墨の香りだとか納豆由来成分だとか。
髪のためにはいいんだろうが、オバハンくさい匂いプンプンになるまで延々シャンプーを続ける羽目になるとしたら。

「それは…いやアルけど私の今すんでるところ、安いけど一応オートロックアルね。 セキュリティ上の心配は一切…」
「要らねえって言いたいんだろうが、あの人の【時間停止】の前にはそんなもん何の役にも立たねえってことはわかるだろうが」

心なしか顔が曇った中国娘に追い討ちをかけることにした。




投稿日:2014/10/31(金) 12:58:32.97 0


投稿日:2014/11/11(火) 14:31:56.45 0


【お詫び】
「黄金の魂」という題名に相応しい崇高な物語になるはずだったんです
だったんですが、なんだかもうねえ
共鳴って素晴らしいねって思っておられる方にとっては許せない内容かもしれませんね
回避した方がいいかもしれないと誘い受け




更にだ…。
朝目覚めると何故か立ってるんだ。
ちゃんとベッドで眠ったはずなのに立った状態で目覚めるんだ。
そして頭の上には大皿に盛られた汁満タンの冷やし中華。
足元にはお気に入りの服が広がってる。
腕は使えない。
何故か
ガムテープで後ろ手に縛られてるんだ。
別に金属製の手錠とかじゃねえ。
ただのガムテープだ。
力づくなら剥がせねえわけじゃねえ。
ただそうするには頭の上の冷やし中華が邪魔だ。
それをどうするか。
部屋や服が汚れるのを覚悟で冷やし中華をぶちまけるか、それとも何とかバランスを取ってせめて流しまで辿り着こうか考え中、不意に真横にあの人が現れて、鼻息も荒く耳元に囁かれるんだ。

「冷やし中華はまだ冷やし中か…なんて・ね」

ただでさえ曇っていたリンリンの顔が土気色に染まっていくのがわかる。

「そそれは恐ろしい。 というかとてつもなく嫌です」

状況を想像してあまりの恐ろしさゆえか、せっかく構築していたアルアルキャラが崩壊してしまっている。


「これが真っ向からの殴り合いなら望むところだ。正直そういうの好きだし。しかし地味に確実にHP削られてくの…辛いぜ」

更にと付け加えようとしたアタシを手で制したリンリンは、エレベーターの方へ向かうよう促した

「出来るだけ大人しくしてますから何とか穏便に。それとさっき私が言ったこと保田さんにはなにとぞ内密に」

ふぅ。
どうにかエレベーターに乗れた。まったく最初の関門でどれだけ時間を費やしてるんだか。
あとはさっさと保田の大明神に拝謁して「黄金の魂」とやらについて意見を交換して、あとはさっさと退散だ。

つうか遅い。
このエレベーターのスピードまじ遅いだよ。
いや遅ければご対面が遅れていいといえばいいんだが、遅すぎるのも苛つく。
どう考えたって階段を歩いて上った方が早いっていうぐらいの時間がかかって到着した四階。

このカラオケボックスの建物は大雑把にいうと凹形になっている。
勿論上からみたらの話な。
その左右がボックスになっていて真ん中の部分がエレベーターや階段、そしてトイレが設けられている。
但し一階当たりの面積は狭いので一フロアには男女どちらか一方の専用トイレが作られてるそういう感じの構造。
確か最初の電話では四階にある女子トイレに来てくれって話だった。
でもいきなりトイレに向かうってのもぞっとしない。
とりあえずこの階にあるボックスを覗いてみることにする。
ひょっとしたらそっちの方に鎮座されてるかもしんねえし。
四階の女子トイレを指定してきたってことは三階か五階のボックスに陣取ってる可能性あるわけだが。

とにかくエレベーターを出て向かって左側のボックスに向かおうとしたちょうどその時、そのボックスの扉が開いた。
中からは若い連中の賑やかな声。
違ったか。
出てきたのは基本リンリンのと同じ色調の制服。
ただし男verを着た店員だった。


イケメンの部類には入らないな。
こういう接客業で働いている人間特有のちょっと崩れた感が無いどちらかというと無骨な感じ。
髪も短めにカッとして、顎にはゴート髭。
ラーメン屋の大将とか創作居酒屋のマスターなんか似合いそうだな。
そんな感じのCYOIKARAの店員が空になった大皿を抱えて歩いてきた。

「いらっしゃいませ!! 前を通らせていただきます」
「あ、どぅも↓」

なんか活力に満ち溢れてる感じに軽く気圧されたみたいな。
まあアタシはこれからのことでちょっと落ち気味なこともあるけど。
どうやら左側のボックスは関係無いみたいだね、だったら一応右側を覗いとくか。
つうかゴート髭の兄ちゃん呼び止めて保田さんの取ってる部屋番訊こうかな。
らしくもない逡巡で立ち止まっているとジトッとした視線を感じる。
こ、この雰囲気は…。
女子トイレの扉が少しだけ隙間が開いている。
そこからアタシに視線を注いでいるのは。

「遅かったじゃない、藤本」

裏の世界では「永遠殺し」という二つ名で呼ばれている保田圭その人だった。

「つうかアタシ別にあんた直属の部下でもないんですけどね」

意外だと思われるかもしれないが、アタシが身を預けている組織には確固たる指揮系統だとか鉄の規律だとかは存在しない。
各々が心の中に抱く闇で世界中を覆い尽さんとする意志の集合体。
それがダークネスの真実だ。
だから【永遠殺し】と呼ばれる女とアタシの関係も本来なら上下関係なんか無い対等の筈。
だから事前のアポイントメントもない当日の呼び出しなんか応じる義理は無い。
なのにこうしてノコノコ顔を出しているのは個々の力関係とか器の大小とか。


まあそれ以上にリンリンにも言ったけどこの人特有の能力を利用しての嫌がらせがたまんないという面もあるんだが。
いまふと思ったんだが保田さんの能力を使った数々の嫌がらせこそ本当の「パワーハラスメント」ってやつじゃねえか。
ま、ともかく完全に無視を貫くのはキツイ相手だが、唯々諾々と従うのも業腹だってわけさ。
ま、そんなアタシの感情なんか目の前にいるオバハンには関係なさそうだが。

「まあいいわ。重大事なのよ藤本」

だからね~もう少し手順を踏むとか相手に花を持たせるとか思わないのか。
思わないんだろうね。
そういう先輩風っつーかボス風を吹かせたいんならテメーのシンパ相手に吹かせて欲しいもんだが。
まあ来てしまったんだから仕方ない。
とりあえず話は聞いてやる。
が、その前にだ…。

「重大な話をこんな所で立ち話するのもなんでしょうが。 部屋に行ってますから何号室か教えてくださいよ」

初冬っていうには早い時期。
それでも外を出歩くのに少し肌寒くなってきたのは事実だけど、ビル内は空調のおかげでまあ快適にすごせる温度である。
一体型なのか女子トイレもその恩恵は被っている。
寒くてしょうがないというわけではない。
だったら何故場所を変えたいかというと。
臭いのだ。
いやっ、誤解しないで欲しい。
そっちの方の臭いじゃない。
芳香剤だかなんだかの匂いが強烈過ぎて、鼻が拒絶反応を起こしそうなんだ。
アタシは【永遠殺し】にそのことを伝えるために、わざと鼻をクンクンさせてやった。
こんな臭いところじゃ話をする気になれませんってなぐあいに。

「鼻が利くわね、藤本。Chloeのオードパルフォムよ。このひねりを加えた遊び心が気に入ってるのよね」


悪かった、Chloe。
あんたらの賞品を貶すつもりじゃなかった。
ただどんな香水でも度を過ぎてしまったら逆効果だと思う。
っていうか、このオバハンはいったいどれほどの量を身に着けてるんだ。
それとも瓶ごとぶちまけたのかってぐあいの感じなんだが。

「とにかくここから離れるわけにはいかないの」
「ですけど他の客がいつ入ってくるかもしれませんし」
「その点は大丈夫。この階のもう一方の部屋は若い男の子ばっかりみたいだし」

いやっそれだけじゃ不十分だろう。
一階ごとに男女各々の専用トイレが交互にあるってことはこの階の上下階の女性客がやってくる可能性も高い。
女子会とかやってる部屋があったら、ただでさえ足りないだろうし。

「とにかく今ここを離れるわけにはいかないの。最悪誰かが来たときには【時間停止】を使用してでも排除するから」

オバハ…いや保田さんの口から【時間停止】という言葉が出たことでだらけてたアタシの中の緊張が高まった。
何故かって?
一口に能力者といってもいろんなタイプがある。
能力の種類に色々あるというのは勿論だが、今アタシが言っているのはそういうタイプ分けじゃない。
その能力者の品性というか人格、ようするに自分の能力を必要以上に誇示するかしないかっていうタイプ分けだ。

神様の気まぐれってやつで異能を手にしたことに不幸を感じるどこかの喫茶店の連中みたいな奴ばかりじゃないってこと。
人とは異なる能力を手にしたことに浮かれちまって使いまくることで自己主張するタイプも少なくない。
勿論誇示するといったってテレビのバラエティ番組で実演したり、動画サイトにアップしたりするとかじゃない。
そんなやつらは全てとまではいわないが殆どがまやかしのイカサマだ。

要はここで使うかってタイミングで必要以上の強度で能力を行使してみたり、その能力を応用した技にこっぱずかしい名前をつけたりする奴。
一番わかりやすい例えが石川梨華だ。


アイツのサイコキネシスは確かに協力だ。
そんなものに番付があるのかどうかわからないが、力の最大出力や精緻さ連発が効くか。
いろんな面を総合すれば、アイツはサイコキノの横綱級だろう。
その念動力を使って粛々と粛清人をやってればいいものを、アイツはそれだけに留まらなかった。
念動波による攻撃にオリジナルのネーミングをつけるという痛い真似をしえかした。
波動を刃状に形成した攻撃を念動刃(サイコブレード)と名づけたあたりはまだ良かった。

しかしバカなアイツはやらかしちまった。
銃弾状に調整した波動を念動弾(サイコブレッド)と名づけちまった。
弾丸といえばブレット。
ブレッドといえばパンのことじゃねえか。
念動で捏ね上げたパンはさぞかし弾力があって美味いことだろうよ。
アタシが皮肉交じりに教えてやっても間違いに気がつかねえ。
そればかりかその名を裏の世界に広めようと、サイコブレッドを放つ度に従属武官(取り巻き)の岡田とか三好とかに叫ばせる始末。

「石川さん、あかん。 サイコブレッドみたいな強力な技使ったら跡形も残らへん!」
「うぉぉぉぉぉぉ。 さすがは黒の粛清。サイコブレッド、っぱねえっ!す」

恐怖を世界に知らしめるべき粛清人が、バカっぷりを裏の世界中に知らしめてしまった。
っていうかv-u-denも気づけよって話だ。
当の石川はというとオリジナル攻撃第三弾として念動嵐(Psy-clone)を編み出すために修行中だ。
ホントまじサイクロンでどっか飛ばされていってくれねえか。

話は逸れた。
そんな不詳の弟子である石川梨華とは違い、【永遠殺し】保田圭はその能力を誇示しないタイプだ。
いや【永遠殺し】という二つ名自体が香ばしいといえば香ばしい、それは認める。
能力を発動する際、“時間よ止まれ”だの“時間よ私の前に傅きなさい”だの詠唱を行うのも微妙なところだ。
そもそもアタシをはじめ意に沿わない相手に能力で悪さをすること行為自体が能力の誇示でないかという見方もできる。


しかしアタシから見た保田圭はやっぱり己の能力を誇示しないタイプに属する。
石川梨華が広く拡散するタイプなら、保田圭は一点に収束するタイプとでもいおうか。
石川梨華がバカみたいにくぱぁーっとおっ広げるタイプなら、保田圭はウジウジもったいぶるタイプとでもいうか。
とにかくそんな保田圭の口から【時間停止】能力を使用してでも機密を守ると言ったのだ。
緊張も高まるってものさ。

アタシが来るなり、重大事とやらについて話し始めようとしたってことにしても、アタシが頼りにされてるってことだろう。難儀なところもあるがその実力を認めざるを得ない先達に当てにされたんなら気分は悪くない。
密談に応じてやろうじゃねえか。
そんなこんなで香水の強烈な匂い漂う女子トイレに留まることを決めたアタシは、自分も警戒するつもりであるということを示すため、ドアに険し目の視線を注ぎながら話を促した。
そういや「黄金の魂」についてとかいう云ってたっけ。

「とんでもない事態に陥ったのよ」
「だからどんな事態だってんですか」

よく見るといつになく慌て気味のご様子だ。
こいつはほんとうに一大事が起こったのか。
例の喫茶店に新人が四名も入ったという情報は掴んでいるが、いきなり主戦力として使えるとも思えねえし。
ってことはやっぱり内向きの問題か。

「トイレの水が流れなくなったの」

は? 今なんと仰いましたかね。

「聞こえなかったの藤本。 トイレの水が流れないの」
「いやそれはおかしい。それはそれなりに大変だろうけどアタシをわざわざ呼び出すほどじゃないでしょうが」

これはからかわれてるのか。
いやっそれとも。


「黄金よ」
「あぁそういえばメールでそう書いてましたっけ。 確か黄金の魂」
「黄金の塊よ」
「はぃ?」
「本当に鈍い子ね。黄金の塊を詰まらせてトイレの水が流れなくなったって言ってるの」

あのすいません。
その黄金の塊っていうのは、まさか?

「ここ一週間お通じがすぐれなかったのよね。 だから午前中、前に効果があった骨盤矯正を整体院でやってもらったのよ」
「おい、アンタちょっと待てよ!!」
「午後は隠れ家でペーパーワークに没頭してたんだけど、全然来る気配が無くてね」
「言うに事欠いて何言ってるんだ」
「それで油断しちゃったのよね。で、執務が終わったからいつもみたくこの店に歌いにやってきたんだけど」
「語るな。しれしれと経緯を語るなっていうか聞かせるな。そんなもの聞きたくねえんだよ」
「ワインにシャンパンを空けて、あ勿論ミニボトルよ。それから定番の芋焼酎を頂いていると、来たのよ。ビッグウエーブが」

いやっ、もう何が来たのかとかは言うなっていうか言わせねえよ。聞きたくねえよ。
脱兎のごとくその場から立ち去ろうとしたアタシを【永遠殺し】の微妙に篭る声が制止した。

「そんなに今晩夢の国に辿り着くまで耳元で“おやすみきてぃ”って囁いて欲しいの?」

既に永遠に醒めない悪夢に迷い込んでいる気がするんだが。

「そんなに私の手作りの味噌汁の香りで目が覚めたいの? まな板で糠付けを刻む音で目が覚めたいの? ほっぺにチュッで目が覚めたいの?」

想像するだけで何かを催してきそうなシチュエーションから考えを逸らそうとするアタシ。
その原因たる【永遠殺し】は、あっと声を洩らしていた。


「よく考えると私の言ってること全部お仕置きじゃなくご褒美よね」

いえ、かなりキツイ地獄の刑罰なんですけど。

「とにかく待ちなさい。私の話を全部聞きなさい」

【永遠殺し】保田圭の口から語られたこと。
それは闇の、裏の世界における【永遠殺し】の存在意義。

さっきアタシは言った。
ダークネスには確固たる指揮系統だとか鉄の規律だとかは存在しないと。
ダークネスの幹部級は一国一城の主みたいなものだ。
ということはその稼ぎも自分の才覚によるってことだ。

勿論ダークネスの利益に繋がる破壊工作だとか粛清だとか。
そんな特別業務に携わった場合は特別報酬がきっちり支給される。
しかし基本的に二つ名持ちの幹部級の能力者は、自分の才覚で稼いだ金で自分を養っている。
そればかりかその稼ぎの中から少なからぬ献金だか上納金だかを上層部に収めてさえいる。
そこまでして組織に所属しているメリットがあるのかと言われたら、あるとしか答えられない。
詳しくは言えないけど、これまで散々派手に暴れてきたこのアタシが、警察の目とか気にせずお天道様の下を歩いているのはそのほんの一端なんだなあ。

とにかくアタシたちが口に糊するのにもっとも手っ取り早い稼ぎ口は、雇われの荒事だ。
石川なんかは粛清の他にどこかの金持ちの依頼で、貴重な美術品だかレアものの宝石だかを盗んだりしてる。
何を血迷ったのか岡田や三好を引き込んで“怪盗v-u-den”と名乗り、盗みの予告状を送り届けたり、盗んだ現場にメッセージを残したり。
まあ目立ちたがり屋のバカだ。
【催眠】能力を保有する吉澤あたりは、命知らずの密入国者や無知無教養なならず者に催眠を施して編成した一夜限りの軍勢、“Midnight shift”を派遣して結構な金を稼いでる。


かくいうアタシもそっちの方面じゃ【戦争魔女】として知られている。
アタシの異能は他の奴らの異能とは違っていて、発動やらに手順が必要で時間がかかる。
その所為で一対一のバトルでそのまま活用するのにはちょっと不利なんだが、一度発動すれば、ロングレンジかつワイドレンジの攻撃が可能。
つまり軍隊の援護射撃ってやつにおあつらえ向きってことさ。

そんな雇われの荒事がダークネスの利益に繋がらないと判断された場合は、依頼の段階で即時撤収命令が出る。
しかし利益を損なわないと判断された場合は何の連絡もない。
時に、戦争の相手側にダークネスの人間が立っていたとしてもだ。

あの時は熱くなりすぎた。
中央アフリカのとある国の守旧派と革新派の争い。
アタシの手駒は現地の正規兵が二百人ばかり。
革新派の支配してる地区に急襲を掛けた。
十三万発の氷槍を撃ち込んで突撃させた革命軍本拠はもぬけの殻。
正規兵とはいっても過酷な訓練を乗り越えた精鋭ってわけでもない。
所詮は烏合の衆。標的を見失って右往左往しているところに横槍を仕掛けてきたのが“Midnight shift”。
欧州で民主政権の発足を宣言した革新派に雇われた吉澤が指揮していた。

アタシたちダークネスは手を取り合って一つ船に乗り、同じ場所に向かって旅する同行者じゃない。
各々が約束の場所の方角に向けて走る船にたまたま乗り合わせただけの同乗者に過ぎない。
だから時にアタシたちは潰しあう。
だからこそアタシたちは常々蝕み合う。
戦い続け、最後に生き残ったたった一人の者に闇の王の王冠を授けることこそが、ダークネスの大義であるかといわんばかりに。

アタシたちの一人一人が心に秘めた目的と。
ダークネスが世界の闇に向けて掲げる一つの大義。
二つのものが必ず溶け合うとは限らない。

だからアタシは一杯喰らわされた吉澤の澄ました顔に最低三十発は叩き込むつもりで奴の率いる軍隊に突進した。
奴もアタシを殺る気満々で傀儡と化した部隊を展開した。


氷剣と銃剣。
結界と地雷網。
氷矢と銃弾。
眩霧と十字砲火。

存分に潰し合った結果、馬鹿を見たのはアタシたちの尖兵となった者たち。
敵のアイツの凶弾に倒れたのか、味方のアタシに背中を撃たれたのか。
敵のアタシに胸を貫かれたのか、味方であるアイツに欺かれ非業の死を遂げたのか。
合わせて五百近い死者が出て、内戦は実質的に終わった。
勇ましい兵隊たちは馬鹿を見たけどその国の民衆たちにとってはそれほど最悪の事態ってわけじゃなかった。
武器を持つ力を持たず、現為政者からも未来の為政者候補からも穀潰しの無駄飯食いとしか扱われてこなかった女子供に怪我人たち。
軍事力を喪失したその国の異常事態を憂いた世界の首脳が国連のPKOを派遣した結果、失われるはずだった多くの命が救われることになった。
でもそれで一件落着と収まらないのがこの世の中だ。

安全地帯から資金を提供してアタシたちを動かした支配者たちは自分たちの権益が損なわれる事態を快く受け入れるはずも無い。
最悪の事態をもたらしたアタシたちに制裁を加えるべく、手元に残った有り金全部つぎ込んで別なる闇を動かそうする。
そんな時にあの人は現れる。

【永遠殺しの調停者】

あの人は緊迫した時間を止め、時にスケープゴートを仕立て、時に代案を示し、時に当事者を時間から排除することで、錯綜した事態を調停する。

“Gravity” 後藤真希
“Terrible Assassin”高橋愛

世界の災厄と恐れられる二人の能力者と比してなんら劣らぬ力を持ちながら、そのチカラを誇示しようとしない存在。
チカラを誇示しないことで、その存在を誇示する存在。


「つまり私の存在があってこそ裏の、いやこの世界の均衡は辛うじて保たれているといっていい」
「それは確かにそうかもしれませんけどね」
「そんな私が黄金の塊でトイレを詰まらせたという恥辱に塗れて尊厳を失ったら、…この世界の均衡は損なわれてしまう。違うかしら?」
「台無しだ! 八十行近く使ってハッタリかまして何とか盛り上げようとした努力が“黄金の塊”の一言で台無しだ!」
「私の黄金の塊は結構盛り上がってるんだけどね」
「言うなぁぁぁぁぁぁ」

ふてぶてしいオバハン。
いや往生際の悪い永遠殺しに対して思いの丈をぶつける。

「あのな、このスレだって大変なんだぞ。リゾナントブルーの原点の九人はどんどん卒業していって、作者だって代替わりしていって」
「安易なメタは見透かされるわよ、藤本」

あんたの言ってることも大概メタメタだけどな

「とにかく黄金の塊とかむちゃくちゃだ。 時に寂れたり、時に荒れたりしながらなんとか百話までやってきたこのスレが終わっちまうじゃないか」
「…ふっ。 そう、だったら始めましょうか。スレの終わりの始まりをこれから始めましょうか」
「アンタ女として、いや人として終わってるけどな」

あまりにも理不尽な状況に巻き込まれたことへの抗議を口にしながら、それでもどこか違和感を覚えていた。
たしかに女性が自分のう・・・黄金の塊で水洗トイレを詰まらせてしまうという事態は深刻な事態ではある。
しかしそれはその女が普通の人間であればこその話だ。
今、アタシの目の前にいる女はただの女ではない。
【永遠殺し】なのだ。
時間停止能力を使える存在なのだ。
私怨と私怨を胸に激闘を繰り広げる能力者の間に立ち、戦いを調停できる存在なのだ。
調停に応じない不逞の輩には制裁を加えられるほどの強者なのだ。
たかだかカラオケボックスのトイレの水の流れとか気に病む必要など無いではないか。

「あっはっはっ」


かなり不自然だが何とか笑うことができた。
別に気が触れたとかではない。
【永遠殺し】はアタシをからかってるのだ。
あるいは、あるいは本当に自らが創り出した黄金の塊でトイレを詰まらせたことでパニくってしまって状況を必要以上に深刻に捉えているのだったら、そのことに気づかせてやればいい。

「何も深刻な事態なんかじゃねえじゃねえか」

怪訝そうにアタシを見ていた【永遠殺し】は首を傾げる。

「そう…かしら」
「そうに決まりきっているじゃねえか。アンタの能力なら誰に見咎められることもなくこの窮地から脱出できるじゃねえか」

そう、【永遠殺し】保田圭の能力は時間停止。
時間を停止させている間にこの場から立ち去って、ついでに店からも退去すれば何の問題も残らない。
いやっ何も問題が残らないということはないだろう。
少なくともこの女子トイレに黄金の塊は残る。
それを放置プレイというというモラル的な問題も発生はする。
料金を清算せずに逃亡するという明らかな犯罪も起こしてしまう。
だがそれだけだ。
それだけのことで、闇の世界で囁かれる【永遠殺し】の名誉は守られるのだ。
いきつけのカラオケボックスを一軒失うことにはなるだろうが、その程度で…。

「それはダメよ」
「はぁそれはまたどうして?」

ひよっとしてまさかの公徳心でも目覚めたか?

「そんな真似をしたらもうこの店を使えなくなるじゃないの」


それはトイレに黄金の塊を放置した奴がどのつ面下げて顔を出せるかって話だよな。
まあでもこの界隈でカラオケを唄える場所がここ一軒ってわけでもあるまいし。
まあ駅から一番近いし便利といえば便利だけど。

「そんなことをしたら、彼に会えなくなるじゃない」

はぁ?
彼ってなんだよ彼って。
この期に及んで新しい登場人物か。
オリキャラか、それともモデルはいるのか。
いたら面倒くさいぞ。

「あなただってさっき会ってたじゃない」
「あ、ええっとすいません。その彼ってまさか」
「この支店を取り仕切っている主任の彼よ」

あのゴート髭か。
ああまあこのオバハンの年齢的には、あのぐらいが似合いなのか。

「それで藤本、さっきは彼と何を話してたの?」
「いや、別に」
「別にってことはないでしょう。さっきだってアンタらしくもなくしおらしくしてたじゃない」

何がアタシらしくもなくだ。
さっきはアンタに会うのが気が重たかったからああだっただけで。
いやそもそもこんな目に遭うと分かっていたら、どんなイケメンだって突飛ばして逃げてるさ。

なんとなく話が見えてきた。
つまりこのオバハンは自分が憎からず思ってる男に醜態を知られたくないから、何とかして黄金の塊を極秘裏処理したいんだ。
その片棒を担がせるためにアタシを呼び出したと。
ほぅ、上等じゃねえか。だが、しかしだ。


「残念ながらそれはできませんぜ」
「何ができませんよ。私はあんたが彼と何を話してるのか訊いてるの」
「うっさい。もうそんなことはどうでもいい」
「よくないわよ。はは~ん。さてはあんたもあの男性を…」
「いやっ、まじカンベンしてくれよ。話がややこしくなるだけだからさ。とにかくアンタがアタシに何を望んでるかはわかった」
「…そうなの」
「いやっ、アンタ物憂げに喋ったらいい女に見えるとか思ってんじゃねえだろうな」
「そんなこと…ないけど」

うわ、むかつく。
アタシはわかってしまったんだ。
自らが創り出した黄金の塊で行きつけのカラオケボックスのトイレを詰まらせたこの女が、氷雪の魔女と呼ばれるこのアタシに何を望んでるかわかってしまったんだ。
何か雑学の本で読んだことある。
ひょっとしたらテレビのクイズ番組で知ったのかもしれないけど。

アラスカとか気温氷点下が当たり前の地域では、小用を足しているその先から凍っていって中々愉快なことになるとか。

「つまり大小の違いはあるけど、要するに処理しやすいように固めちまえってことだろう。アタシの魔術で」
「結構、固まってると思うんだけどね黄金の塊」
「だからしれっと状態を言うのはやめれって絵が浮かぶから」

本質的には常識人の部類に入ると思うんだが、どこかズレてるだこの人は。
魔法という自分の異能をそんな用途に使用するのはぞっとしないが、それでもそれを行使することでこの事態から抜け出せるのなら、使いもしよう、だが。

「今のアタシには新規の魔法は使えないんだ」
「…それはどういうこと」

だからその…は、まあいい。
とにかくアタシの事情を説明するのが先だ。


「アタシの魔法がアンタの能力とは仕組みが違うってことはわかってるでしょうが」
「確か魔法陣とか呪文とかが必要だったとかかしら」

厳密に言うと、アタシ藤本美貴は能力者ではない。
“普通”の能力者なら。
一度発現した能力を学習によって我が物にした“普通”の能力者は、自分の手足を動かす感覚で異能を行使できる。
しかし、“普通”の能力者ではないアタシの場合はそうはいかない。
アタシの異能は「魔法」だ。
「魔法」を使うには儀式という手順を経て、魔力を練成する必要がある。
「魔法」の種類によっては精霊の力を借りるだの、悪魔と交わって魂を売るだの表現は異なるが、要するに能力者と同じプロセスで異能を行使したりはできないということだ。
石川梨華や吉澤ひとみや保田圭たち“普通”の能力者にとって各々の異能を行使するということは、スーパーで買い物カゴに自分の必要な商品を詰め込む作業に等しい。
勿論、財布の中身が乏しければ買い物カゴに詰め込むことを諦めなきゃいけないだろう。
商品が大きすぎれば、買い物カゴが詰め込めないこともあるだろう。
しかし一定のレベルに達した能力者にとって、その能力を使うということは日常の延長戦にある。

だがアタシが「魔法」という異能を使う場合、ちょっとばかり面倒くさい。
買い物カゴの例えでいうなら、まずカゴを作成するところから始めなきゃいけない。
カゴが出来たら今度は商品の種類や価格を一つずつチェックしてそれを音読して、旦那様にお伺いを立ててようやくカゴに in みたいな感じ。
大喰らいの科学者なんかはアタシの魔法のプロセスをプログラミングみたいだと言うんだが、…そうなのか?

「藤本、あんたの方が格上なんだからお伺いなんか立てる必要ないでしょ」
「どれだけ出たがりなんだ。 ここ後々大事なところなんだからガメラみたいな首突っ込まねえでくれよ」」

何故、そんなプログラミングみたいな行程が必要なのか。
その件を科学者に尋ねたら、こんな説明をされたことがある。


どういうわけだか、能力者には女性が多い。
いやっ男の能力者だっているにはいるが、世界の災厄や最悪、最強と称せられるほどの高レベルの能力者。
たとえば、後藤真希。たとえば高橋愛。あるいは中澤裕子。
そして今目の前に居るガメラ、保田圭。
彼女たちはみな女性だ。
どうしてそういう分布になったのか。

女と男の脳神経の機能の仕方の違い。
脳梁と呼ばれる左右の脳を繋ぐ部分を中心に、右脳と左脳をつなぐネットワークが濃く形成されている女の脳。
左右の脳をそれぞれ使って、脳の前後を接続するネットワークが形成されている男の脳。
小難しい理屈はよくわからねえが、つまり女の方が男よりも左右の脳を連携して使っているということだ。
その差、情報処理力の差こそが高レベルの能力者は女に多く現れる原因だという仮説がある。
その仮説を元に人為的な処理を経ての能力者育成プログラムが世界のどこかの国ではすでに存在するとか、そんな噂はどうでもいい。

つまり“普通”の能力者と比べて情報処理能力に劣るアタシは魔法の儀式という拡張メモリーを使用して、処理能力の補完をしているのだと、科学者は言っていた。
自分ではそんな複雑なことをしているつもりは無いんだがな。

「でもアンタいちいち呪文とか唱えなくても、氷矢とか撃ってるじゃないの」
「それは細工があるんですよ。ちょっとした細工がね」

儀式を経て練成した魔力は強力だ。
厳選した強い地脈の上で練成した魔術は、気象にさえ干渉できる。
春だというのに遭難者が続出するほどの寒波さえ呼び込めるほど、強力かつ広大な魔法を行使できる。
しかしそんな魔法は能力者との近接戦では役に立たない。
特攻機に懐に飛び込まれた大型戦艦って感じだ。
儀式を必要とするタイムラグの問題も含めて、闘いの最前線に立つには通常の魔法では不利だ。
だから、あんまり気は進まないんだが練成した魔力を近接戦向きの能力に変換して蓄えるということをアタシはしている。
蓄えるものは出来るだけ、魔法ってものが発生した時代に存在していた形が望ましい。
古式ゆかしい杖とか箒でもいいし、装飾品であったり古式のドレスとか。


「アンタのドレスにもそんな意味があったのね。私はまた時代錯誤の痛々しいコスプレ女だとばっかり」
「コスプレとか言うなっ!!」

なぜ魔力から能力への変換に気が進まないか。
それは魔力を魔法のために使う場合に比べて、交換レートが悪いってこと。、
為替の円安ドル高みたいな感じの。

「ここのところの円安にも困ったものね」
「アタシは今、アンタに困らされてるけどな!!」
「どうしたの藤本、落ち着きなさい」

いやっ、アンタに言われたくは…まあいい。

「だから今アタシは護身用に氷矢と氷槍十発ずつぐらいしか魔力は確保してないんです」
「それは本当なの、藤本」

魔力の練成にはそれなりのコストが必要だし、体力だって消費する。
だから必要以上の練成は行いたくないし、擬似能力に変換するのもより効率良く行っておきたい。

「つまり氷矢用の魔法は最初から氷矢用の擬似能力として変換してるんで、それを凍結に転用したりは出来ねえってことです」

今すぐこの場で誰にも知られず、黄金の塊を処理しやすくするよう凍結させることはできないということだ。
新たに魔力を練成するにせよ、擬似能力を再変換するにせよそれなりの手順を踏まねばならない。
魔方陣をこの場で構築するには、必要なものが足りないし、アタシの家に一度は戻った方が早い。

「まあ残念ですけど」「それは好都合だわ」

えっ。
アタシは耳を疑った。
今アタシが魔法を使えないことが好都合。
どうやって隠蔽するつもりなんだ。


真意を問い質そうとしたアタシの目の前で【永遠殺し】は言葉を発した。
それはまるで魔法のような事象をこの世界に顕現させるキーワード。
【時間停止】能力を発現させる際に為される詠唱の文句。

「時間よ、私の前に傅きなさい」

闇色の光というものがいったいあるのかどうかそれまでわからなかったアタシだけどたった今それを見ちまった。
それは保田圭の暗く燃える瞳から放たれる漆黒のオーラ。
収束していく時間の中でアタシが見たもの、それは…。






投稿日:2014/11/11(火) 14:31:56.45 0