『コードネーム「pepper」-ガイノイドは父の夢を見るか?-6』 


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



第15話 : Wrong judgment

ガッシャーン!!という音が響き、国立バイオテクノロジー研究所の分厚い窓ガラスを破って、吹き飛ばされたアイの身体が、凄まじい勢いで飛び込んでくる。
1~2階部分が吹き抜けになった広大なホールに、冬の太陽の日差しを受け、キラキラとガラスの破片が降り注いだ。

大理石調の冷たいタイルのフロアに叩きつけられたアイの身体は、1回、2回と回転し、さらにフロアを滑ってやっと止まった。

「…くっ…」
アイはうめき声を上げると、立膝をついた体勢まで身体を立て直す。そして両手の指を握っては開き、身体機関の異常を確かめてみる。
肩口、膝や肩の関節部分に小さな放電が走っていた。額から一筋のミッドナイトブルーの体内循環液が滴り、床へと落ちる。

ダメージは軽くは無い。 …だが、動く事はできる。
アイは足首をまだ掴んでいたロボットのアームを投げ捨てると、両手のこぶしを握りしめ、ゆっくりと立ち上がった。
再びガラスの割れる音が響き、一機の武装装甲ロボットが研究所内へ侵入してくる。

ウイィィン… と音を立て、ロボットの赤外線対応の赤い単眼が動き、右手に装備された電子砲がアイへと照準を合わせる。
電子砲が光線を放つ刹那、アイはいきなり光線の下をかいくぐる瞬速のダッシュを見せ、閃光のような左回し蹴りで装甲ロボットの電子砲を破壊した。

しかし、間髪を入れずにロボットは左手のアームを振るってアイを捉えようとする。
すばやく身をかがめて避けるアイの髪をかすめてアームが空を切る。
アイを捕獲すると同時に、再び自爆しての相打ちを狙っているものと思われた。
アイは紙一重でロボットのアームの追撃をもかわして見せる。

ダメージはあるものの、1対1でこの装甲ロボットを破壊する事はアイにはたやすい事と思われたが、その後の自爆を警戒してか、あるいは攻撃能力に異常をきたしたのか…?アイはひたすら執拗なアームの追撃を避け続けた。
人目を避けるために戦闘服から着替えたジーンズやブーツが、アイの動きを妨げる。

アイの汗とブルーの循環液とがフロアに飛び散り、ブーツの底がキュッ、キュッと音を立てて滑る。
ロボットの攻撃を避け続けながら、アイはじわじわと後退を繰り返していく。
その間にも、残った装甲ロボットたちがガラスを破り、次々と研究所内に侵入してきていた。

極限の危機の中、身体能力を限界まで駆使しながら、アイは眼の前のロボットの攻撃を避け続ける。
判断力、というよりも直感と反射神経を頼りに動き続けながら、アイの心はまた別な思いにとらわれていた。

「…またあーしの“判断ミス”やね…。 ここにエリやサユ…、みんながいてくれたら、どんなに楽だったか…」
「アイカの時だってそうや…。もしリサちゃんがいたら…、絶対にアイカを一人でなんて行かせなかった…。 怒る顔が眼に浮かぶわ…」

「ごめんな…アイカ…、ダメなリーダーで…。ごめんな、リサちゃん…。助けてあげられなくて…」
アイの瞳には遠くを見るような暗い光が宿っていた。

ふと、そのアイの顔にハッとしたような表情が浮かぶ。そしてそれは次に微かな微笑みへと変わった。
「…ありがと… エリ」
アイがつぶやく。


その時、すでに16体の残存する装甲ロボット群の、最後の1体までもが研究所内に侵入しようとしていた。

アイは突然2歩、3歩と素早くバックステップを行い、ロボットとの距離をとると、右手の中に『光』を溜めはじめる。『集中放出型電子砲』を作動させたのだ。
しかし、やはり身体機能にトラブルが発生しているのか…?微かな唸りを上げて発生した光球の大きさは、先刻のものとは違い、ソフトボール程度にしか拡大しない。

対峙していた装甲ロボットが、距離を詰めようと足音も荒くアイに突進する。
ブンッ!と音を立ててロボットのアームがアイを襲い、身を屈めてそれを避けたアイの右手から、光球があらぬ方向へ発射され、アイの背後数メートルの研究所の壁に大きな穴を穿つ。

アイには、この『集中放出型電子砲』の発射エネルギーはもはや後一回分しか残されていないはずだった。
しかし、残存する敵ロボットの数は16体…。絶望的な状況に見えたが、次の刹那… アイの眼には新たなギラリとした光が宿った。

「よしっ!!」
小さな気合と共に、防戦一方だったアイの動きが変化する。
いきなり眼前の装甲ロボットの頭部めがけてジャンプすると、右の貫手でその単眼のレンズを貫く。
間髪をいれず、2連発のローキックがロボットの左右の脚部を破壊する。

ガクリと動きの止められた装甲ロボットは、ウィーン…という音を立てて空しくその腕を振り続ける。
その姿を哀れむような眼で見ながら、アイはつぶやいた。
「あんたらも気の毒やけどね…」


キイイィィン…と耳を突く金属音をあげ、アイは再びその右手に『光』を溜めはじめる。
…速い。そしてその眩い光はあっという間にアイの身長を超えるほどに拡大した。
アイに装備された『集中放出型』電子砲の先刻までの2回の発動は、実はアイが意図的に稼動エネルギーをセーブしていたらしかった。

『危険回避行動プログラム』及び『周辺施設への被害回避行動プログラム』までもを解除された、ある意味“捨て身”の装甲ロボット群であったが、アイはその行動パターンに、未だ“同士討ち”を避けるための『友軍機への攻撃回避プログラム』が機能している事を察知した。

そして防戦一方に見えながら、実際には装甲ロボットの一体を自らの前面におく事で、他のロボットたちの電子砲の『盾』として利用し、この“残存する装甲ロボットの全てが同一平面上に配置される”という『チャンス』をひたすら待っていたのだ。
そしてアイは今、温存していたエネルギーの全てを注ぎ込んでの“渾身の一撃”を放とうとしていた。

「お父さん、ごめんなさい!この建物を破壊します! サユ、エリ、みんなを守って!!」
アイが小さく叫ぶと、すでに直径2メートル程にも拡大した『光球』の先端の一点から、溢れ出すかのように太い一条の光線が噴出する。

そしてアイはそのさながら巨大な『光の剣』を、ゆっくりと研究所のホールをなぎ払うかの様に振るっていった。
装甲ロボット群の胴体を瞬時に真っ二つに焼き切り、研究所のぶ厚い壁を、そして窓ガラスを打ち抜いて、『光の剣』がフロアをなぎ払う。

*** ***


よく晴れた国立バイオテクノロジー研究所の上空を、一羽の黒褐色の鷹が飛んでいた。
その鋭い眼が見下ろす研究所の姿は、巨大な円筒が光の剣で輪切りにされていくかのように見えた。

*** ***



アイは巨大な『光の剣』を振るい終えると、素早く踵を返し、先刻には『誤射』に見えた2発目の電子砲の発動で、研究所の壁に周到に準備されていた『脱出口』へと全速で駆ける。
そのほぼ全エネルギーを3発目の電子砲の発動に投入していたアイであったが、細心の注意を払い、脱出に足るギリギリのエネルギーだけを身体に残していた。

背後で真っ二つに切断された装甲ロボットたちが、次々に自爆していく音が聞こえる。支えとなる壁面を破壊された、研究所の上階の崩落もはじまっていた。
突然、ダーンッ!!と音を立て、ホールの天井を構成していたパネル材がアイの眼前に落下し、脱出への進路をふさぐ。

アイはそのまま走るスピードを変えることなくジャンプし、回転しての後蹴りをパネルへ叩き込んだ。
…しかし、その叩き付けた踵は、ペタッ…という情けない音を立てて撥ね返され、アイは「キャッ」という少女のような声を上げ、その場に背中から落ちた。

「しまった…!」
脱出にギリギリのエネルギーのみを残したアイの身体には、先刻までの超人的な能力はすでに無かった。もはや常人の女性と変わらぬ体力しか持たない状態のアイは、必死に身体を起こすと、再び『脱出口』としてあけた壁の穴へと向かおうとする。

しかしアイが立ち上がりかけたその瞬間、何体目かの装甲ロボットの自爆の爆風がアイを襲った。アイの身体は軽々と吹き飛ばされ、障害となっていた天井パネルをぶち抜き、『脱出口』の横の壁面に叩きつけられる。

その刹那、アイの意識はブラックアウトした。

次の瞬間、意識を取り戻したアイが見たものは、目の前に迫る爆風の火炎だった。

*** ***


ドーン!!という爆音が響く。
青空を飛ぶ鷹の眼には、アイが『脱出口』として穿った研究所の壁の穴から、火炎がロケット噴射のように吹き出すのが見えた。そしてその横の壁面が、まるで風船が破裂するスローモーションを見るかのように捲れ上がる。

そして国立バイオテクノロジー研究所は上部階から轟音を立てながら崩落していった。建物の内部で何度も装甲ロボット、AKB-40群の自爆の閃光が光り、爆炎が上がる。
崩落と爆発を繰り返し、研究所から吹き上げる巨大な火炎と黒煙が、澄み切った冬の青空を焦がす。

研究所の遥か上空、黒煙の吹き上がる青空を鷹は悠然と滑るように旋回し、太陽の方向へと飛び去っていった。

*** ***



第16話 : The first promise

国立バイオテクノロジー研究所の地下16階のフロアにけたたましいサイレン音が鳴り響く。
その音は、国立感染症研究所による「病原体等安全管理規定」に設定された『LEVEL5(固体および地域生態系に対する高い危険度)』以上の遺伝子操作実験を可能とする、国立バイオテクノロジー研究所の『気密システム』に“致命的な異常”が起きたことを告げていた。

「…いかん…! まさかこんなことが…!?」
都倉博士の顔色が変わる。
「…どうしました!?」
里沙の問いに、都倉博士は衝撃的な事実を告げた。
「この警報は…、地上階の施設に致命的な問題が発生したときのもの…。 …そして… 5分以内にこの地下フロアは焼き払われる事になる…!」

「ええ!?なぜそんなことに…!?」
エリが驚きの声を上げる。

「うむ…。このフロアでは非常に危険度の高い遺伝子操作実験も行なっている…。万一その実験途上での細菌や生命体が流出した場合、世界規模で生態系に大きなダメージを与える…、いわゆる“バイオハザード”を起こす可能性が高い…!」
「だからこそ、万が一この施設の気密システムに致命的な問題が発生した場合には、この地下フロアは完全に閉鎖され、焼却されるシステムとなっている…!」

「じゃあ…!!じゃあ早く脱出しないと!」
そう促すサユミの声に答える、都倉博士の声は重かった。
「…いや…。このシステムが作動した場合、地下フロアからの脱出経路は完全に遮断される…。それは安全を確認した地上階からの操作でしか解除できないのだ…」

「…そんな…!」
生態系を守るためとはいえ、その非情とも言えるシステムに一同は凍りつく。
「…これはあくまでも有事の為のシステムだったのだが…。地上では一体なにが起こっているんだ…?」


「博士!!とにかくエレベーターホールへ向かいましょう!!」
里沙が声を上げた。
「あきらめないで下さい!もしかしたらということもあります!!」
「う、うむ、地上の状態はわからないが、システムの誤動作の可能性もある…。とりあえずエレベーターを確認しよう!」

一同はエレベーターホールへの通路を走り出した。
しかし数メートル毎に、減圧された研究棟の空気を遮断する、ロックされた分厚いドアが彼らを遮る。
そのたびにゆっくりと開くドアに苛立ちながら、里沙たちは通路を走った。
「私はドアをロックしながら行く!先に進んでくれ!」
都倉博士が最後尾から叫ぶ。

「ハイ!…でも急いでクダサイ!」
LINLINが走りながら答える。博士はドアを通るたびに、素早くテンキーにナンバーを入力してはドアにロックを掛けながら、皆の後を追う。
走り続ける皆の前方にエレベーターホールが現れる。先頭を走るJUNJUNがエレベーターのスイッチに飛びつくようにしてボタンを押した。

…しかし、ドアは開く事は無く、スイッチのランプも消えたままだった。
「ダメデス!!動きまセン!!」
ガチャガチャとボタンを押しながら、JUNJUNが悲鳴のような叫びを上げる。
一同のびっしょりと汗を浮かべた顔に、憔悴と絶望の色が浮かぶ。
正確な時間はわからないが、既に警報が鳴り始めてから3分は経っているだろう。

「…いや!まだだ!エレベーターはもう一つある!」
都倉博士が声を上げる。
「普段は使わない、視察用の直通エレベーターがある!おまえたちが使うかも知れんと思って、そちらも動力を入れておいた!」
「ひょっとしたら、そこならこのシステムから除外されているかも知れん…!」


「行きましょう!…もう時間が無い!」
里沙たちは再び別方向へと走り出した。時間は既にほとんど残されていないはずだった。
けたたましい警報の音に加えて、廊下を走る里沙たちの耳に、ドーン!ドーン!と言う不気味な低い音が、後を追いかけてくるように聞こえる。

*** ***


直通エレベーターのホールは、特に危険度の高い最下層のフロアへ、途中のフロアを経由せずにアクセスする為、地上では研究所とは別棟になっていた。
地下16階の、研究施設のあるフロアからはかなり離れたエリア。1機だけの直通エレベーターが設置された、ガランとしたホールに里沙たちが飛び込んでくる。

…エレベーターのランプは…、 点いていた。
「博士!ランプが点いています!!」
「…うむ!」
里沙がボタンに飛びつく。

ガチャガチャとボタンを押すまでもなく、ゆっくりとドアが開く。
「やった!!」「開いた!!」「動いてマス!!」
皆が喜びに声を上げる。
「さあ!早く乗るんだ!!」

博士が叫んだその時… ギシッ…!と何かが大きく軋む音がした。
次の瞬間、つい今しがた都倉博士がロックしてきたホールの分厚い金属の気密ドアが、グニャリ…とひしゃげたかと見えると、ドーンッ…!!と音を立てて吹き飛んでくる。
そしてその後から火炎が一気に奔流となってホールへ飛び込んできた。


「ハッ!!」
エリが声を上げ、両手を前方にかざすとエレベーターのドアを中心に、皆の周囲に半球状の光の防護壁=エネルギーシールドを展開する。
吹き飛んできた分厚い金属のドアは凄まじい勢いでシールドに激突すると、轟音を立てて跳ね返る。
そしてホールへ飛び込んできた爆炎は、あっというまにエネルギーシールドを包み込んだ。

「早く!エレベーターに乗って!!」
炎の方をにらんだまま、エリが叫ぶ。
5人は転げ込むようにエレベーターに飛び込んでいく。
「エリも!早く!!」
エレベーターに乗り込んだサユミが叫ぶ。

…しかし、エリは振り返ると、いつものふわりとした笑顔で言った。
「…えっとねえ…、エリは、無理。 …誰かがここを守ってないと、きっとすぐ炎が追いかけて行っちゃうから」
「…そんな…!!」
JUNJUNが悲痛な声を上げる。

エリの言うとおりだった。
全員がエレベーターに乗ったとしても、防御するシールドが無くなってしまえば、このフロアにあるエレベーターの動力部や、ワイヤーが炎で焼かれてしまう。
そうなれば、エレベーターは地上にたどり着く事はできないだろう。

「…早く… 行って下さい!」
エリの不思議なほど明るい声が妙に大きく耳に響く。


しかし、エリを置いて脱出する事など、誰にも出来はしなかった。
誰も言葉を発する事が出来ないエレベーターの中に、轟々と炎の燃えさかる音だけが聞こえていた。
「…ねえ…」
里沙がかすれた声で何かを言いかける。

その時、都倉博士がサユミ、JUNJUN、LINLINの肩を愛しむ様に一度そっと抱くと、エレベーターから降りようとゆっくりと歩みを進めた。
しかし、それをさえぎるようにサユミがすばやく進み出ると、エレベーターのロビー階のボタンを押す。
「サユ…!?」

ハッとする里沙にかすかに笑いかけると、サユミはエレベーターを降りた。
そしてエレベーターの中を指差すかのように右手の人差し指をかざすと、その先端、エレベーターのドアの中に、小さな傘のようなエネルギーシールドを展開させる。
「サユミさん!何をするんデスカ!?」
LINLINの問いかけに、サユミは静かに答えた。
「…アタシもここに残ります」

「サユ!?何言ってるの!?…約束したじゃない!…誰も…、誰も死なないって…!!」
里沙の叫びをよそに、エレベーターのドアが閉まり始める。
あわててJUNJUNが「開」のボタンを押そうとするが、サユミのシールドがそれをさえぎる。
「サユミさん!どけてクダサイ!」
「…ごめんなさい…新垣さん…。あれは“二つ目の誓い”なんです…」
JUNJUNの願いを聞くことなく、静かにサユミは言った。


…ゆっくりとドアが閉まる。

「アタシたちには、守らなきゃいけない“最初の約束”があるんです…」
ドアが閉まると同時にシールドは消え、エレベーターが上昇を始める。
「ばかー!!」
ドアを叩く里沙の声は悲鳴のようだった。

“自分たち以外の誰も傷つけない”

…それが、彼女たちが研究所を脱出した時に誓った“最初の約束”だった。

*** ***


エレベーターが昇ってしまうと、サユミは小さくため息をつく。

「…あ~あ、みんな行っちゃったね」
「行っちゃったね …っていうかなんでサユも残っちゃったの!?」
「えー!?嬉しくない…!?」
「…嬉しくない… 事は無いけど… サユも死んじゃうことないじゃん…」

「…そうだね… 死んじゃうんだよね…」
サユミは小さく言うと、自らも自動発動モードでエネルギーシールドを発動させ、二重に防護壁を作ると、エレベーターのドアの前にぺたんと座った。
エリもシールドの発動を自動モードに切り替えて両手を下ろすと、サユミの隣にぺたりと腰を下ろした。

「そうだよ… バカだよ、サユ」
「えー… エリがひとりじゃあ寂しいと思って来たのに…」
「そんな事で死ぬ事ないよ…!」
エリは膝を抱え、目の前の炎を見据えたまま言った。
サユミはそれには答えず、炎の燃えさかる音だけが聞こえていた。


しばらくの沈黙の後、エリが口を開いた。
「…ゴメン…。でもサユが来てくれなかったら、アタシ、きっと上に行った皆の事、最期には恨んじゃってたかも…」
「だけど今…、サユが一緒にいてくれるから…、皆には幸せになって欲しいって思える…」
突然、サユミが言う。
「ううん、アタシJUNJUNとLINLINは許さないの!」

「サユ…?」
突然のサユミの言葉に、エリが不安げにサユミの顔を覗き込む。
「…2人はあたしたちの分も、普通よりもずっとずっと“お父さん”と幸せになってくれなきゃ許さないの…!!…そうじゃなきゃ化けて出てやるんだから!!」
エリも安心したように、笑顔を取り戻して答えた。
「…ふふ、そうだね。そんときは一緒に化けて出ようね」

「…でもね…エリ、気がついた…?…あの時、先にお父さんもエレベーターを降りようとしてたの…」
「アタシがこうしなければ、きっとお父さんがエリと下に残ろうとしてた…。サユミ、もしかしたら…、お父さんをエリに独占されたくなかったのかもしれないね」

「…うん…。気がついた。…どうしてお父さんはそういうことが出来るんだろう…?って思った」
「…そりゃ…、エリが“娘”だからじゃない?“親子”だからだよ!」
「じゃあサユが残ってくれたのは…?」
「…“姉妹”だから…かなあ?…たぶん」

「姉妹なんだよね、アタシたち…」
「…ね。“家族”だったんだね。 …“家族”ってすごいね」


「…ねえ?もうみんな上についたかな?」
サユミが聞く。
「うん…?そうだよね…。もう大丈夫じゃないかな?」
二人はエレベーターの表示を確かめようとするが、表示のランプは炎に包まれて確認はできなかった。

「最期にリーダーにも会いたかったな…」
「うん…。さっき、アイちゃんの“声”を聴いた時、アイちゃんは絶望してはいなかったけど、すごく後悔してた…。リーダーとしての自分を責めてた…」
「…だから、エリ、心で叫んだの。大丈夫だよって。みんな、アイちゃんが“ミスをしない人”だからついていくんじゃない…。“いつもベストを尽くしてくれるリーダーだから” ついていくんだよ!…って」
「…うん。あたしにも聞こえた…。…聞こえたよ、きっと…アイちゃんにも…!」

サユミの頬を汗が伝わってフロアに落ちる。
「…暑くなってきたね…。サユミ、そろそろ限界みたい…」
シールドの外で渦巻く炎は、さらに勢いを増しているようだった。
「…うん…。アタシも…」
シールドを通して伝わる熱で2人は既に汗ばむようだったが、エリは持っていたブルーのキャップをキュッと深く被りなおした。

「…ねえ… サユ…」

「…ん?なに…?」

「…好きだよ!」
「…ちょ…! なによ急に…!?」

「言っときたかったの!…それだけ!」

「…ねえ…エリ…」
「…知ってるよ!」

「…」
「…」

「…アタシにも言わせてよ!」

「…ゴメン…」

「…好き…だ…ょ」

サユミの最後の言葉は、シールドを突き破って飛び込んできた炎にかき消された。
炎は2人を飲み込むと、荒れ狂う龍の様にホール内を駆け巡る。そしてエレベーターのドアを高熱で捻じ曲げると、通路内の空気を求めて、凄まじい勢いで通路を駆け上っていった。

…そして、エレベーターの所在を示すドアの上のランプは、いまだ途中階を示す位置で、かすかな点滅を繰り返していた。



第17話 : Last run

ブゥ…ンと言う音と共にエレベータ内の照明が消える。そしてガクン…ッと言う振動と共に、エレベーターは止まった。
エリとサユミを残してきてしまったという悔恨にとらわれていた里沙は、不安げに天井を見上げる。天井には赤い非常灯が弱々しい光を放っていた。

「まさか… 下の2人はもう…?」
「…いや。そうではない…。電源の供給自体が断たれたようだ…」
下方の音に耳を澄ませていた都倉博士が答える。
「くそっ…!もう少しだというのに…!!」

エレベーターは地下16階のちょうど半ば、地下8~9階の辺りで静止しているようだった。

…万策尽きたか…?…こうなるのなら、一緒に下に残り、皆で最期の時を迎えたほうが良かったかもしれない…。
里沙がそんな事を考えはじめた時、それまでじっと天井を見上げていたJUNJUNが口を開いた。
「…登りまショウ…!」

そう言うと、JUNJUNはいきなり力強くジャンプすると、エレベーターの天井にある点検口の金網を音を立てて打ち破った。
「…私たちなら、新垣さんとお父さんを連れても、ワイヤーをつたわって登ることが出来マス」
エレベーターの天井にポッカリと開いた点検口を見上げながらJUNJUNが言う。

「そうか、この子達なら… まだこの子たちは“戦闘用”にチューニングされてはいないが、基本的な身体能力ならアイたちにも劣らない…!単独なら、ワイヤーを登る事もたやすいはずだ!」
「イイエ、JUNJUNが博士を背負って、私がニイガキさんを背負います!そのくらい大丈夫デスよ!」
LINLINがにこやかに答える。

「え、ええっ…、LINLINに…?」
小柄なLINLINの身体を見て躊躇する里沙だったが、あっというまにJUNJUNに子供を抱えるかのように持ち上げられ、点検口からエレベーターの上へと押し出されてしまう。
続けて、都倉博士、LINLINもエレベーターの上へと押し上げられ、最期にJUNJUNがジャンプして点検口の縁に手を掛けると、軽々と天井へと上って来る。

「絶対に手を離さないよう、手を縛ってくだサイ!」
LINLINに促され、里沙と都倉博士は両手首をハンカチやネクタイで縛り、その手をそれぞれLINLINとJUNJUNの肩にまわす形で掛ける。
「…さあ、行きマスよ…。時間がありまセン!」
そういうJUNJUNとLINLINは、いつのまにかあの店で買った真っ赤な手袋と、パープルの手袋を身に付けていた。

*** ***


数分後には、JUNJUNとLINLINは素晴らしい速さでワイヤーを登り続けていた。
里沙が心配したLINLINさえもが、里沙を背負ったまま軽やかにワイヤーを手繰り、上昇を続けている。
しかし、さすがに8~9階に相当する距離を昇り続けるのは、ガイノイドの身体を持った二人にもたやすい事ではなかった。2人の頬を汗が伝い、身に付けた手袋は既にすり切れようとしている。

下方はるか彼方でドーンッ!!という低い音が響き、小さな光が見える。
「…博士…!…2人が…!」
里沙の声に、博士は答えなかった。JUNJUNも、LINLINも。
2人はただ無言で上をにらみ、歯を食いしばって、必死にワイヤーを手繰り続けていた。

「…下を見ないでくだサイ…」
「…うん…」
LINLINの言葉に里沙はうなづいたが、どうしても視線ははるか下の暗闇を見つめてしまう。
暗闇の中には、小さな光が見えていた。

下を見つめる里沙の頬に、微かな風が感じられる。それは徐々に力を増し、そして明らかに温度を増していく。
下から吹き上げる風がほとんど熱風になる頃、下に見えていた光もまた、一段と強さと大きさを増しながら近づいてきていた。

「LINLIN…!!」
「…大丈夫デス!!」
里沙の問いかけに、LINLINは力強く答える。里沙は下を見るのを止めた。
里沙の髪が熱風で巻き上がる。風は既にビュウビュウと音を立てていた。
ゴーッと言う音が下から近づいてくる。風はもはや火傷をしそうに熱い。

「着きましたッ!!」
LINLINが叫びを上げる。地上階のエレベーターホールの扉をこじるように開けると、眩しい光が眼を射る。
LINLINは里沙を背負ったまま、こじ開けたドアから這いつくばる様にフロアによじ登った。
そこは研究所の施設から程近い、地下実験棟直通のエレベーターの為だけに建てられた、小さな別棟のホールだった。

「…博士!!JUNJUN!!」
振り返って叫ぼうとする里沙を抱え、LINLINは振り返りもせずいきなりエレベーターホールを全力で走り出した。
次の瞬間、エレベーターの扉からゴーッ!!っと音を立てて火炎が吹き出す。
火炎は走るLINLINを追いかけるように拡がり、あっというまにホールを満たしていく。

LINLINは走りながら里沙をかばうように抱えなおすと、頭から窓ガラスへと跳び込んでいった。
ゴッ…!!っという、分厚いガラスに頭蓋が激突する嫌な音が響き、ガラスが砕け散る。
ホールの外へ飛び出し、地面に倒れ付す里沙とLINLINの頭をかすめるように、ゴオッ!!と音を立てて炎が吹き出して消えた。

やっとの事で身を起こした里沙が振り返ると、エレベーター棟のホールは完全に炎に包まれ、ところどころ壊れたガラス窓から、炎と黒煙を吹き上げていた。
「…博士!?JUNJUNは…!?」
眼を凝らしてみるが、燃えさかる炎の中に2人の姿を見つけることは出来ない。
そして気がつけば、傍らに倒れ付すLINLINもまたぐったりと眼を閉じ、ピクリとも動かなくなっていた。

「LINLIN!!LINLINってば!!しっかりして!!お願いだから!!」
里沙はLINLINを抱え、必死に安全な場所に移動しようとするが、研究所の本棟も既に爆破炎上しており、周囲に見えるものは瓦礫に覆われた大地だけだった。

*** ***


…数分の後、現地へ駆けつけたリゾナンターと阿久博士たちが出会ったのは、愛佳の見たビジョンそのままに…、ものいわぬLINLINの身体を抱え、号泣する里沙の姿だった。



第18話 : Love Child

数ヶ月の後…、里沙は、春の花が咲く見晴らしの良い丘の上に立っていた。
既に日差しは初夏のように眩しく、開花の遅い山桜の花が一面に咲き乱れている。

花びらの舞い落ちるなか、祈りを捧げる里沙。その前には控えめな小さな墓碑があり、その金色のプレートにはこの地に埋葬されたリサとアイカ、そしてこの地で命を失ったレイナとコハルの名が刻まれていた。

祈りを捧げた里沙は、ゆっくりと顔を上げる。その傍らには、長身の青年、土居研究員と手をつないだLINLINの姿があった。
都倉博士が、里沙に語りかける。

「今回は本当に新垣君とリゾナンターの皆さんにはお世話になった…。特に高橋君と道重君…。彼女らの“能力”がなければ、私も、LINLINも、JUNJUNも…、今日ここにいることは無かっただろう…」
「…いいえ…。さゆは少し回復のお手伝いをしただけです。LINLINは命に別状は無かったようですし…。博士とJUNJUNは“例の”保護フォームのおかげですよ…。」

あの日、燃えさかる研究所の炎の中に、都倉博士とJUNJUNの“思念”を感じ取った高橋愛は、その瞬間移動の“能力”で、炎の中から巨大な白いパンダ型の保護フォームの塊を救い出した。

所々の黒い焼け焦げが本物のパンダの斑模様を思わせるそれは、阿久博士が内緒でJUNJUNに装備していた、耐衝撃性、耐熱耐炎性を持った急速発砲性の保護フォームであった。
そしてその中から発見されたのは、窒息寸前で意識を失ってはいたものの、ほとんど無傷の都倉博士とJUNJUNだった。

「…“あれ”はほとんどジョークのようなものだったんだ」
阿久博士が言葉を継ぐ。
「ジュンジュン君の能力…、“獣化”はガイノイドの機能としてはどうにも取り入れようがなかったからね…。形だけでも、“パンダ”を取り入れてみようと思っただけだったんだ…」

「…ワタシも知りまセンでした…」
とJUNJUNが言う。どうやら、危機に際して何らかのきっかけで自動発動するように設定されていたらしい。
「…でも、そのおかげで我々は助かった。怪我の功名とはいえ、阿久君にはあらためて礼を言うよ」

都倉博士の言葉に、阿久博士は顔をしかめて見せた。
「礼など…!私は今回の件で本当にすまないと思っているんだ…。私が彼女たちを一時的にせよ、単なる“ガイノイド”として扱ったことが、今回のような事態を
招く事になった…」
「秋元の私怨による暴走もあったとはいえ、彼もまた彼女たちの“真実”を知らなかったからこそ、という点は否めない…」

*** ***


今回の事件は、秋元博士の部下を含む多くの関係者の証言から、秋元博士の私情による越権行為の数々が明るみに出、公の発表としては“『AK-Bシステム』
の原因不明の暴走を、新規投入を控えていた対テロリスト用ガイノイドチーム、『pepper』が制圧した”という形で発表される事となった。

公にされることはなかったとはいえ、大量のロボット軍団を失うことになった秋元の行動は、警察庁内部では重大な背任行為としての責任追求は免れえず、もはや彼とその『AK-Bシステム』の、斯界での復権はありえないものと思われた。

逆に多くの犠牲を出したとはいえ、重装甲ロボット軍団、AK-B40部隊の2個中隊、そして防衛省自衛部隊1個大隊にも匹敵すると言われた移動要塞、
AK-B8をも、たった9人で全滅させた『pepper』たちの驚異的な能力は高く評価され、警察庁科学技術局における阿久博士の存在は、もはや神格化
されるまでに至っていた。

事件が阿久博士が反社会的組織『ダークネス』によって誘拐されていた(と思われていた)時期であったことも評判に拍車を掛け、阿久博士を『ダークネス』から奪還した(という事になった)リゾナンターたちは、期せずしていささか株を上げる事となった。

…しかし、都倉博士については、一度は警告を受けたにもかかわらず、『ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律』に確信犯的に抵触していた事が問題
となり、再建される予定の『国立バイオテクノロジー研究所』については、所長の職を辞する事となっていた。

また、“存在自体が法律違反”とみなされるJUNJUN、LINLINの2人の行動は公安警察のマークするところとなり、自由な外出等、行動の一部は制限され、
久しぶりの外出となった今回の『pepper』たちのいわば“墓参り”についても、捜査官による監視が行なわれていた。

*** ***


丘のはずれに一人立ち、花吹雪の舞う山並みを見つめていた里沙に、都倉博士が歩み寄ってくる。

「…新垣君…。私は君に謝らねばならないことがあるんだ…」
「…はい…?」
「実は、私は今回『pepper』に君が帯同していると最初に聞いたとき、ある危惧を持っていた…」
「…?」

「…君は『ダークネス』と呼ばれる組織に属する人間であり、その命を受けて接触してきたのではないか、と…」
「…!」
里沙が思わず息をのむ。

「…我々は『ダークネス』の作成したデータに基づいて『pepper』たちに性格を与え、プライバシーに抵触しない範囲での『生活の記憶』をコピーして付与した…」
「しかし、君のデータだけは明らかに性質が違っていた。君のデータは他の誰よりも詳細であったにもかかわらず、『参考資料』として扱われていた…」

「つまり『ダークネス』は君についてだけは『複製』を作る意思がなかった…。これが何を意味するのか…?」

里沙は言葉が無かった。実際、『組織』のデータが流出したと聞いた際には、自分の情報が当局に漏れるという危惧はあった。しかし、その後『組織』の諜報部も当局の動向を監視していたものの、“不穏な動きは無い”との報告を受けていたのだ。

都倉博士は話を続ける。
「ただ、これについては我々は慎重になった。阿久君は警察内部にも詳しいが、『2重スパイ』という任務の場合、組織内でも極めて少数の人間しかその事実を知る事はないという…。彼は君が『2重スパイ』である可能性を指摘した」

「だから、我々はこの件について具体的なアクションは取らなかった。もちろん君の記憶データの詳細を分析すれば真実はわかっただろうが、それは我々の仕事ではない…」
「しかし、だからこそ…。『peper』に君が同行している事を知った時、私はそれが『ダークネス』の策謀ではないか?…そう疑った。しかし、それは杞憂に過ぎなかったようだ…」

「…私は…」
里沙の声はかすれていた。
「いや、いいんだ。私はすでに、君が“どこに所属しているか”と言う事には興味が無い。君はどこにいたとしても“正しい道”を選べる…そんな人間だと思っている」
「…それは…買いかぶりすぎです…」

「そうかな…?…では、もう少し控えめな言い方をしよう。私は…、いや、私たちは…、今回の件で君がしてくれた行動の全てに、心から感謝している、と。…それは今ここにいない皆も一緒だと思う」
「…そうでしょうか…?…私には後悔ばかりで…」
里沙の声は涙を含んでふるえた。


*** ***


「…これから、どうなさるんですか…?」
皆の待つ丘の方へ戻りながら、里沙が博士に問う。
「…やりなおすよ…、皆で…。私は、やり方を誤ってしまった…。だから、もう一度…」
そして博士は短いセンテンスを口にした。それは、里沙にも聞き覚えのあるものだった。

『 …Love fills all over the world. and Love will beat off the darkness of this world surely… 』

「それは…?彼女たちの“能力”を開放される時におっしゃっていた言葉ですよね…?」
「そう、これは彼女らの“能力の封印”を解くキーワードでもあったね…。でもこれはあの日…。妻と娘を同時に喪ったあの日から、私にとっての“願い”であり…、“祈り”となったんだ…」

「だが…、私は方法を間違ってしまった…。私は私の“娘”たちをただの“戦士”に仕立て上げようとした…。彼女らの意思など考えもしないでね。それは『ダークネス』のしようとしていた事と、なんの変わりも無いやり方だった」
「…こんな…、“親子”の間でさえも“愛”で満たす事ができないような人間が…、“世界を愛で満たす”なんてことが出来る訳がないだろう?」
都倉博士は自嘲気味に笑った。

「でも、私はもう一度やり直す…。始めからね。まずはアメリカに戻り、彼女たちの“人間として”の国籍を手に入れる。…卵細胞を提供してくれた女性との“私生児”という扱いにはなってしまうがね」
「そして一人の人間として…、私の娘、都倉純、都倉琳としての人生を歩ませたい…」

「そして、この家族を、愛で満たす事から始めようと思っている…。」

「…でも、お父さん…、私たちは戦いマスよ?…この世界の闇と!」
長身の土居青年に寄り添うLINLINが、にこやかに微笑みながら言う。
「…それもいいだろう…。…それがおまえたちの意思ならば。だが、まず第一に土居君との家庭を大事にしなさい」

「…そうだ、新垣君には初めての報告になるね。琳は土居君と結婚する事になったんだよ」
「…まあ、戸籍上の結婚にはあまりにも制約がありすぎて、当面はままごとみたいなものだけどね…。たとえ順調に国籍が取得できたとしても、彼女らの“実年齢”はまだ3歳という事になってしまう…」

「琳はクローン体の性質上、あまり長くは生きられないだろう…。またガイノイドの身体では子供を作ることも出来ない…。だが、土居君はそれを知った上で、琳と共に生きたい、と言ってくれた…」
「…この件については私も大賛成だったよ」
横から阿久博士が口をはさむ。

「…阿久博士が、ですか?」
いぶかしげな里沙に、阿久博士は意外な事を告げた。
「うん、この土居という男は、仕事の時は他人行儀な話し方をしているが、私の実の息子なんだよ。…離婚した妻方の姓を名乗っているがね」

「…そうだったんですか!?…ああ、でもだから脱出の時も土居さんを呼んだんですか…?」
「うむ、コイツは私とは違った道を進んで…、警察官になったんだが、格闘技術に長けていたせいで、たまたま『pepper』たちの指導員として派遣されてきたんだ」
「…まあ、これで私も正式に2人の“父親”を名乗れるわけだよ。…義理ではあるけどね」

「そう、これで我々は一つの“家族”になる…。そして、ここを“愛で満たす”事から始めよう…、そう思っているんだよ…」
そして都倉博士はJUNJUNを慈愛に満ちた眼で見つめて言葉を続けた。
「…純にも“良い人”が現れてくれると良いのだが…。こればかりは“縁”だからね…」

そう言われたJUNJUNは、にっこりと笑うと都倉博士の腕に抱きついて言った。
「大丈夫デス!純はお父さんのお嫁さんになりマス!」
「…おやおや、都倉君、これはうらやましいな…!」
JUNJUNの子供のような言葉に、一同は和やかな笑いに包まれた。

*** ***


談笑する一同を、近くの木陰から監視していた公安警察の捜査官は、ダークスーツの中で握りしめていた拳銃を取り出すと、左胸のホルスターへと収めた。
そして胸ポケットからサングラスを取り出すと、その下で眼を閉じる。

彼の目に映ったそれは、 紛れも無い幸せな父と娘の姿だったから…

*** ***


お送りするという博士らの申し出を断り、近くのターミナル駅で皆と別れた里沙は、駅の入り口でしばらく立ち止まっていた。

そしてふと方向を変えると、駅には入らず、高速バスの乗り場へと向かう。それは、あの日『pepper』たちと共に研究所へと向かった時に使ったものだった。

里沙はあの日と同じルートのバスに乗り、Tukuba Cityへと向かう。

*** ***



里沙が再び既に“跡地”となった研究所の近くでバスを降りた頃には、すでに日は暮れ、宵闇が迫ってきていた。

すでにこの春からの新研究所の建設工事を控え、更地にされてはいるものの、瓦礫混じりのゴツゴツした地面に足を取られながら、里沙は歩いた。

街灯も無く、月明かりさえほとんど無い暗闇の中に、かすかな光を反射させている小さな墓碑が見えてくる。
今朝ほどすでに一度訪れ、鎮魂の祈りを捧げていたエリ、サユミ、そしてアイの墓碑であった。

今朝、明るい陽の光の中で捧げた花束が今は夜露を受け、鈍い光を纏っている。

*** ***


あの日、焼き尽くされた地下16階のフロアは、上階崩落の危険もあり、エリとサユミの亡骸を回収する事は叶わなかった。
そして新研究所には地下のエリアは利用されない事となり、新たに2人の眠る地平の上に建造されるはずの研究所の建物は、巨大な2人の墓碑と思えなくも無かった。

そして、アイは…、破壊されたAKB-40のカメラが捉えていた、爆炎に巻き込まれる映像を最期に、杳として行方は知れなかった。
爆発し炎上する研究所の崩壊に巻き込まれたものと思われたが、大規模な捜索活動にもかかわらず、アイについてはそのわずかな痕跡さえも発見される事は無かった。

だだ一つ発見されたのは、アイが最期に身に付けていた、ライトグリーンの薄手のマフラーだった。それは、ほんのわずかな焦げ痕を残しただけの状態で、瓦礫の平野に落ちているのを発見された。
おそらくはアイがリサを思い浮かべて選んだであろうそれは、今は里沙の襟元に巻かれていた。


…もう何も見つかるはずは無かった。都倉博士も終に、アイは研究所と運命を共にしたものとして、その名をエリ、サエミの名と共に墓碑に刻んだ。
しかし里沙は…、今朝も一度は皆と共に墓碑に花を手向け、鎮魂の祈りを捧げながらも、アイを喪った事を受け入れる事が出来ないでいた。

*** ***


そして今、再び里沙はこの地に立ち、暗闇の向こう側を見つめていた。その先に、眼に見えぬアイの面影を探しながら。

昼間の暖かさが嘘のような山の冷気が里沙を襲い、里沙は思わず襟元を抑え、マフラーをしめなおす。
何も見えない暗闇の地平を、冷たい風だけが吹き抜けていく。

「…どうして…?」

里沙は小さく声に出してつぶやく。
「…アイちゃん、死なないってさ… 約束したじゃない…!」
「アイちゃん… 嘘つきだよ…」

「…サヨナラ」

そうつぶやいて立ち去ろうとした里沙は、ふと風の中に『声』を聞いたような気がして振り返る。

「…アイちゃん?」

闇に向かって呼びかけてみるが、そこに動くものは無く、ただ風の音だけが響いていた。

しばらく立ち尽くしていた里沙は漆黒の空を仰ぎ、もう一度闇に向かって話しかける。

「…アイちゃん…。 アタシ待ってるから…! ずっと、ずっと待ってるから…!」

「…約束…したよね…? …信じてるからね…?」

暗い帰り路を辿りながら里沙は考える。

アイと再び出会えるとき…、自分はアイたちに恥かしくない生き方が出来ているだろうか…?

そして里沙は最後に振り返り、漆黒の森に囲まれた荒野を見て思った。

…今夜…、この地上のどこかで眠るアイは、やさしい父親の夢を見る事が出来るのだろうか…?

暗闇の中、吹き抜ける風の音だけが響いていた。