『闇を抱く聖母』(後)


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☆ ★ ☆

「その子は、特殊な能力の持ち主でして」

モニターに映る、白衣を着た女。

「うちの組織の被験体、いわゆる『エッグ』というカテゴリーに属するんですが」

薄闇に佇むその姿は、いつ見ても嫌悪感しか催さない。
なぜならば。

「さゆ。あなたなら、知ってますよね? 彼女の能力の『本質』を」

画面の向こう側の女が浮かべる笑みは、命を弄ぶ人間のそれだからだ。
白と、赤と黒が交差する戦闘服を身に着けた十人の少女たちはそのことを痛感する。

「まあ、あなたたちがその子を連れだすことを阻みはしません。どうぞご自由に」

だから、本能的に理解できる。
彼女が投げかける、次の言葉を。

「ただし、『できるならば』ね」


☆ ★ ☆

部屋が再び、沈黙に沈む。
研究所の最奥、隔離されたような作りの部屋にその少女は立ち尽くしていた。
身柄を拘束されている感じではない。むしろ、逃げ出そうと思えばいつでも逃げ出せるような。
そんな状況ですらあった。
現に、建物内には護衛の人間が誰ひとりいない。

作戦開始時は夕刻だったのに、いつのまにか日が沈んでいたようで。
窓から差し込むのは、淡い月光。
言いたいことだけ言って切れてしまったモニターの光源が消えると、部屋は頼りない月の光だけが頼りとなる。

窓際に近い場所にいた、白いワンピースの少女。
その顔には年相応よりは大人びた幼さと、儚さが同居していた。
青みがかった月の光に照らされ、神秘的にさえ映るその表情。
それがどこから齎されているものなのか、すぐに知ることになる。

「もう大丈夫、だよ」

聖が、少女を安心させるために声をかけた。
少女の体が、ぴくっと跳ねる。

「私たちは、あなたを助けるためにここまで来たの。だから、もう大丈夫。悪い人たちは全員やっつけたから」

亜佑美が少女に近づき、手を差し伸べようとしたその時だった。
それまで黙ってこちらを見ていた少女が。

「だめっ!近づかないで!!」

大きく、叫んだ。
意外な少女の反応に、異能の戦士たちの表情に戸惑いが浮かぶ。


「なんで!えりたちはあんたを助けに―」
「無理です。あなたたちに私を助けることはできない」

窓の外から、一匹の蛾が迷い込む。
何かに誘われるようにひらひらと舞っていた小さな生き物は。
軌道の途中で、白い煙を上げて消えてしまった。

「え」
「どうしたの、どぅー」

些細な、見落として当たり前の出来事を。
優樹に訊ねられ、遥が事実を語る。

「が、蛾が…真っ黒な灰になってぼろぼろに崩れたんだ…何だよあれ…」
「そこの人には、見えたんですね。私の『能力』が」

言い放つ少女の顔は、どこか悲しげで。
けれども、諦めにも似た響きを伴っていた。

「生きとし生けるものは。私に近づくことすらままならない。私の力は、人を傷つける」
「…私なら、平気です」

一歩前に踏み出したのは、さくらだった。

「私の話、聞いてなかったんですか?」
「触れることで能力が発動するなら、その前に時を止めればいいんです」


世界が、灰色になる。
「時間跳躍」によって止められた時を、さくらが縫うように突き進む。
目標は白いワンピースの少女。1秒で彼女を捉え、1秒でこちらへ引き寄せる。
その目論見は。

「きゃっ!!」

止められた時に、色が戻る。
大きな力に弾かれ、床に転がるさくら。
彼女が纏っていた戦闘服は、焼け焦げたように崩れていた。

「小田ちゃん!!」
「だから、言ってるじゃないですか。人は皆、いつかは死ぬものです。そしてまた生まれる。破壊と創造は…」
「常に表裏の関係なのです。だよね?」

諦めと悲しみで満たされていた少女の、はじめての驚く表情。
少女が言おうとしていた言葉は、さゆみによって先に言われてしまった。

「道重さん…」
「さゆみは。この子の力がどういうものか、知ってる」

胸に手を当てながら、さゆみ。
さゆみの中にいる、もう一人の自分。
その力を、目の前の少女は再現させられていた。

「だから、どうすればいいのかも、知ってる」
「やめて、近寄らないで」
「大丈夫。さゆみが全部、受け止めてあげる」
「来ないで!お願い!あなたもみんなと一緒で、死んじゃう!!!」


さゆみが、ゆっくりと少女に近づく。
一段と濃い闇に差し掛かったところで、さゆみの体から立ち上る白い煙。
少女の発する「滅びの力」の射程圏内に入ったのだ。

「たっ大変だ!道重さんが消されちまう!!」
「大丈夫だよ、くどぅー。道重さんは消えないから」

自分が見た蛾と同じようになってしまう、そう思い慌てふためく遥を春菜が落ち着かせる。
その言葉通りに、さゆみは安らかな表情のまま、少女に近づいてゆく。
戦闘服はあらかた溶けてなくなってしまってはいたが。
その肌には、傷一つすらついていない。

「ほんとだ…でも、どうして」
「きっと、滅びの力を治癒の力が中和してるんだろうね」

香音の言うとおりだった。
さゆみは自らの体に治癒の力を纏わせることで、身を襲う滅びの力を打ち消していた。
自らもまた滅びの力を操るからこそ、できる芸当ではあるのだが。

そして、ついにさゆみが少女の体を捉える。
はじめは抵抗していた少女だが、さゆみが自分の力によって消滅しないことを知ると、操り糸が切れた人形のように脱力してしまった。


「あなたは…平気なんですか…みんな、みんな私に触れる前に消えちゃうのに」
「ふふ。平気ってわけでもないけど。でも、ちっちゃい子をハグできる喜びのほうが」
「え?」
「それは冗談だけど。あなたにはきっと、さゆみの力が受け継がれてる。だから、あなたの力のことは、さゆみが一番良く
知ってる」
「そんな…でも…」
「さゆみなら。あなたがこの力をコントロールする方法を教えてあげることができる。それに、聞こえるよ? あなたが苦
しんで、心の底から助けを求めている声が」

最早、声にならなかった。
能力を発現させてから、誰も自分に触れるものはいなかった。
だから、今自分を包み込む優しさが懐かしくて。うれしくて。
感情の流れは、自然に涙と大声になって溢れだした。

「ねえ、ところで」

泣きじゃくる少女を抱きしめたまま、さゆみが後ろを振り返る。

「誰か、替えの服、持ってない?」

困った表情を浮かべるさゆみは、一糸纏わぬ真っ裸。
全裸の女性が少女を抱きしめる姿は、冷静に見るとあまり褒められるようなものでもなかった。

さゆみは、かつて戦闘の度に必然的に全裸になってしまう同僚のことを思い出し。
はじめて彼女が能力を使うたびにこの問題で悩む気持ちを理解したのだった。


☆ ★ ☆

「真莉愛ちゃん、おいで。ハグの時間だよ」
「はぁい」

それから数か月後。
すっかり喫茶リゾナント名物となった、不埒な行為、もとい能力コントロールの特訓。
そのためにはハグをするのが一番効果的、というさゆみの妙に説得力のある提案により始まったこの行為。
あの日助け出された少女 ― 牧野真莉愛 ― も意外と嫌がるそぶりは見せず、むしろさゆみに抱きしめられるのを喜ん
でいる節すらあるようだ。

「真莉愛ちゃんだけずるい!まさもみにしげさんとハグする!!」
「佐藤はあとでやったげるから。ほらほら特訓の邪魔しない」

軽くあしらわれ、頬を膨らませる優樹。
おそらく特訓以外の疚しい何かを感じ取っているのだろう。
そしてその抱擁の様子をじっと見ていた里保は、誰に言うともなく「あー、なんだか私もお腹が痛くなってきたなぁ」と意
味不明な独り言を呟くのだった。

さゆみに抱きしめられている真莉愛。
嬉しそうに真莉愛を抱くさゆみ。その頭上に、妙なものが見えていた。


数字の、羅列。

何故自分がそんなものを見ることができるのか。
そもそも、その数字が何を意味しているのか。
真莉愛にはわからなかった。自分の能力が関与しているのかどうかすらも。

あの白衣を着た女の人なら知ってるのかな…

思いかけたことを、必死になってかき消す。
もう、あんな生活には戻りたくない。この優しいぬくもりを知った今となっては。
今は、さゆみにずっと抱きしめられていたい。

けれど、真莉愛は知らない。
さゆみの頭上に浮かぶ数字が、少しずつ、減っていることを。





投稿日:2014/10/06(月) 02:51:39.91 0