『リゾナンター爻(シャオ)』 15話


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一方、彩花の精神世界に入り込んだ春菜は。

一面に草花が咲き誇る草原に立っていた。
見上げると、抜けるような青い空。それでも、春菜はその景色に違和感を覚えていた。
一番大きな違和感は、ここまで晴れ渡っているにも関わらず。
光差し込む源が存在していないということ。太陽が、ない。

吹き抜けるそよ風も、美しく咲く花も、どこまでも広がる草原も。
色彩だけが強調され、そこに温度と言うものが存在していなかった。
さらに、もう一つの異常な光景は。

目の前には、木枠に嵌った美しい絵画。
それと同じものが、無数に空間に浮かんでいた。

これが、今の和田さんの精神世界…

かつて春菜の前で絵の魅力について語った彩花。
だが、色彩だけが暴走し無数の絵画が不安定に浮かんでいる光景からは。
その片鱗すら、見受けられない。


それにしても、見たことのない絵ばかりだ。
絵画に関してはある程度の知識を持つ春菜だが、空間に浮かぶ絵画たちのタッチには見覚えがまるでなかった。
もしかしたら彩花の心が描くオリジナルのものかもしれない。

その絵画のうちの一つに、自然に目がいく。
そこには、繊細なタッチで描かれた四人の少女たちの肖像画があった。

これは…和田さん?

右手前に描かれた少女は、今よりも幾分幼さを残しながらも凛とした美しさを湛えている彩花。そして春菜は、他
の少女たちにも見覚えがあることに気づく。

この人たちは。そうか、そういうことだったんだ…

彩花の隣に立つ、色白で柔和な表情を浮かべる少女。
後ろに立つ、聡明そうな少女。その隣にいる、浅黒い活発そうな少女。
「スマイレージ」と名乗り、春菜たちに戦闘を仕掛けた三人の能力者たちだった。

― うちには隠し玉の『リーダー様』もいるしね ―

そして戦いの後、花音の残した言葉が春菜が見ている絵と符合する。
和田彩花こそ、彼女の言っていたスマイレージのリーダーなのだろう。
彼女が垣間見せた能力の一端は、その予測を補完するに十分であった。

彩花は春菜がリゾナンターだと知っていて近づいたのか。
否。春菜は首を振る。もし本当にそういうつもりなら、あの時に他のメンバーとともに姿を現すのが効果的だろう。
そのような小細工を弄するようなタイプにはとてもではないが、思えなかった


思い直した春菜の目に飛び込んで来たのは、傷だらけの四人が互いを支えあいながら辛うじてその場に立ってい
る絵だった。先ほどの絵とタッチは似ているが、そこには苦しさや忍耐のようなものが含まれているように思えた。
見ているだけで、胸が押しつぶされるような絵。息を呑むことすら忘れてしまいそうなプレッシャー。
この姿が、彼女たちが辿ってきた道だというのだろうか。

和田さん、どうしてここまで?

言葉と共に、自然に絵画に手が伸びる。
カンバスに手が触れた瞬間、電撃にも似た衝撃が春菜を突き抜けた。
とともに彼女の頭に流れ込んでくる、膨大な情報。
頭の中に描かれる、もう一つの世界。



人工能力者「エッグ」としてダークネスに育てられた、文字通りの能力者の卵たち。
とある幹部の思惑で組織を離れ、警察機構の手に渡る事になった彼女たちだったが、待ち受けていたのは苦難の連続だった。
ダークネス時代と変わらない過酷な実験、そして実戦さながらの訓練。

襲い掛かる苦難を耐え、そして地に伏せることなく立っていられたのは。
自分達が一人前の能力者として、認められたいという強い意志。
そして共に目標へと向かってゆく仲間の存在があったからだった。
だが無情にも、一人、また一人と脱落してゆく子供達。その中に、彩花が親友と呼んで憚らないある少女がいた。

いつもにこやかな笑顔を浮かべるその少女は。
人々を癒す力を持ちながらも、戦う力をほとんど持たなかった。
いつしか彩花が彼女を守り、傷ついた彩花を少女が癒す。
戦場で築いた絆はやがて永遠へと続いてゆくとすら思えた。しかし。

運命は彩花に苛烈な結末を与える。少女はとある訓練のさなかに命を落としてしまったのだ。

その少女を喪った悲しみ、絶望は計り知れなかった。
一度は闇の淵に落とされた彩花。
その心を救い出したのは、他ならぬ同僚の前田憂佳だった。
彩花は憂佳に心を預けるとともに、もう二度と「友」を喪わないと心に誓った。



どうやら、衣梨奈の能力と春菜の能力が共鳴しあった結果、通常ではありえない現象が起きているらしい。対象物に触れるこ
とでその情報を引き出すと言えばサイコメトリーとも言うべき能力であり、能力複写を得意とする譜久村聖の基本能力でもあ
る。それが春菜にも行えるというのは、一重に衣梨奈による精神世界の具現化と春菜の五感強化、さらに彩花の精神世界の中
にいるという条件が揃った結果の産物だった。

春菜は得心する。
「スマイレージ」の三人と交戦した時の、ともすればこちらが突き落とされそうになるほどの彼女たちのプライドの理由を。
彼女たちは、負けられなかったのだ。この程度の相手に遅れを取るようでは、先にある大きな目標など遠い夢。
確かに感じは良くはなかったが、彼女たちなりに高みを目指していたからこその態度。
彼女たちの未来へと足掻く姿と誇りが、目の前の絵には込められている。素直にそう思えた。

そこで初めて、春菜は疑問に感じる。
共に支えあった、目的を同じにした仲間たち。そんな仲間たちがいるのにも関わらず、今の彩花は廃人同然だ。一体、彼女の
身に何が起こったのか。

その答えは、無数に浮かぶ絵画たちの最奥にある絵にある。
そう春菜の直感が訴えていた。
その絵だけが、他の絵とは一線を画した禍々しい気に覆われている。
カンバスは黒く塗りつぶされていて、何が描かれているかもわからない。
それだけに、その絵画が今の彩花を形作る何かであるように思えた。


黒い絵に向かって、一歩踏み出したその時だった。
空間が激しく揺れ、所々に大きな歪みが生み出されてゆく。

「これはもしかして外の生田さんに何か…!?」

彩花の精神世界と言えど、それを形にしているのは紛れも無く衣梨奈の力。
その世界が揺らいでいるということは、明らかに彼女の身に何かがあったということだ。

だが、春菜には衣梨奈を手助けする術はない。
彼女自身は自らの意思で彩花の精神世界から脱出することはできないのだ。
いや。そんなことを考えること自体、衣梨奈に失礼な話。彼女は自分を信頼しているからこそ、サポートに回ったのだ。
自分が先輩である彼女を信頼できないはずがない。

ならば、やることは一つ。

あの絵を読み解いて、和田さんを助けるための鍵を絶対に…見つける!!

春菜の強い願い。
それを嘲笑うかのように、黒く塗りつぶされた絵はゆらゆらと、歪んでゆく空間に浮かんでいた。





投稿日:2014/09/20(土) 14:11:32.08 0