『リゾナンター爻(シャオ)』 12話


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彩花の姿を目にした時に、春菜が最初に思ったのが。

早くこの人を助けないと!!

必死だった。
ふらふらと、あてもなく彷徨う魂の抜け殻のような彩花。
まるで少しずつ輪郭を失い、消えていってしまうような。

リゾナントを飛び出し、春菜は自らの五感をフル解放する。
普段は絶対にやらない、無謀の極み。何故なら自らの五感を無限に研ぎ澄ますことは、五感を司る器官への大きなダメージとなって必ず
返ってくるからだ。引き際を間違えてしまえば、該当する感覚自体を失うことにもなりかねない。

だが幸いに、周囲の雑音や臭気が春菜に襲い掛かる前に彩花の痕跡を探り当てることに成功した。
ここから北東の方角、距離は300メートルほど。いつの間にそこまで距離を離されたのかはわからないが、春菜の能力ならば追う事の
できない距離ではない。

春菜は意を決して、探知した位置に向かって走り出す。
能力全開状態をいつまでも続けることはできないから、まずは必要最低限の出力で彩花の痕跡を追う。痕跡が途切れてきたら一時的に出
力を上げて、探知し次第再び絞りさらに追う。


春菜の能力は、リゾナンターの面々の中では索敵に向いていた。
物理的にはあらゆる障害物を無効化する千里眼を持つ遥のほうがやや有利ではあるが、逆に特定の条件さえ揃えば春菜の能力は遥のそれ
に比肩する。
ただし、周囲に彼女の能力の妨げになるものがある場合は効果が半減してしまうが。

例えば、共鳴しあうものたち(リゾナンター)。精密な計数器が強力な電磁波に弱いかのごとく、春菜の索敵精度が落ちてしまうのだ。
かつて喫茶店を飛び出した時に春菜が自らの能力を最大限に発揮できなかったのは、そういう理由からであった。

だから、逆に今の状況は春菜に彩花を探す上での絶対的な自信を植え付けていた。
研ぎ澄まされた五感から得られる情報を元に、路地裏を抜け、塀を越え、民家と民家の間を縫う。そして、ついに彩花を見つけるのだが。

「わ、和田さん!?」

鉄条網のフェンスの向こう。
彩花は、柵を乗り越えてその先に敷かれている鉄道の線路上をふらふらと歩いていた。
いかにも危険であるその状況は、春菜が予想するより早く最悪の事態を迎える。

遠くから聞こえる、鋼の軋む音。
轟音を上げながら、列車が彩花目がけて迫り来る音だった。

いけない!!

最早鉄条網を上品によじ登っている暇は無い。
触覚の無効化により、力のリミッターを外し金網を引きちぎる。もちろん反動は大きく、春菜の五指はずたずたになってしまった。指の
骨も折れているかもしれない。ただ、今はそれしきのことで泣き言を言っている暇などなかった。


彩花を安全圏に引き離そうと、春菜が走る。
全速力で、そして最大限の瞬発力で。
だが無情にも、列車は瞬く間に彩花との距離を縮めてゆく。
彩花はその様子を身じろぎすることなく、虚ろな瞳でただ眺めていた。

だめだ、間に合わない!!!!

これから繰り広げられる惨劇に、一瞬目を瞑ってしまう春菜。
そして再び目を開けた時、別の意味で驚愕することになる。

「え…」

彩花は、静かに佇んでいた。
片手を、停車している列車に添えながら。
停車。自らの頭でその単語を思い描きながらも、離れない違和感。
本当に列車が停止したのなら、急ブレーキの音が響き渡っているはず。それが一切聞こえないということは、その列車は急ブレーキをか
けることなくその場に停止したことを意味していた。

「わ、和田、さん…」
「…っちゃえ」
「え?」
「消えちゃえ」

小さく呟いた彩花の言葉を、春菜の耳が捉える。
もの凄く、嫌な予感がした。列車を止めた力を振るったのが彩花なら、それだけの力を再び目の前の鉄の塊に振るう結果は容易に想像で
きた。


「ダメですっ!!!!!!!」

何か途轍もなく大きな力を解放しようとした彩花を、春菜が体に組み付きそして押し倒した。春菜のことをまったく見ていなかった彩花
はいとも容易くバランスを崩し、そして線路脇の砂利の敷かれた地面に倒れこんだ。

春菜に倒され、しばらく呆けたように空を見つめていた彩花。
そんな彼女の視界に、覆いかぶさった春菜の手が映る。
限界まで力を使ったせいで、ずたずたになった、血まみれの手。

「い、いや…」
「和田さん?」

彩花の脳裏にあの光景が蘇る。
赤い死神に、成すすべもなく刈り取られた命たち。
全身を爆破され肉片すら残さず死んでいった、紗季。
そして。心臓を砕かれ、赤い花を咲かせて死んだ憂佳。
赤い花。真っ赤な、真っ赤な血の花。

「いやぁああぁぁ!!!!!!!!!!!!!」

春菜を押しのけて、錯乱しながら絶叫する彩花。
体から溢れる禍々しい気に、思わず後ずさりしてしまう。


「死んじゃえしんじゃえ死んじゃえしんじゃえあははみんな死んじゃえ!!!!!」

眩暈のするほどの黒い感情は力となって、具現化される。
彩花の足元のバラストが数個浮き上がり、意志でも持っているかのように弧を描きながら空へ向かって飛んでいった。
それは飛翔と言うよりも散乱。しかも、計り知れない力が加わっているのか、飛ばされたバラストは軌道の途中で光となって消えてしま
う。あまりにも不可解な現象、しかし春菜は強化された視覚と聴覚・嗅覚でその理由を知ることができた。

あれは…物凄い加速を加えられて、空気抵抗の摩擦で燃え尽きた!?

彩花が能力者ならば、おそらく物体の加速度を操る類の能力を使役するのだろうと春菜は推測した。
しかしながら。今の彩花の状態は間違いなく普通ではない。そして彼女から溢れる、闇にも似たオーラは。

「能力の暴走…そんな…どうすれば…」

自然と、かつて仲間の小田さくらが陥っていた状況を彷彿させた。
もしそうだとしたら、とても自分ひとりで手に負えるものではない。どうすればいい。緊急でリゾナンター全員に呼びかけるか。いや、
全員の到着を待っていたら取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。
迷う春菜の心を、ぴしゃりとよく通る声があった。

「はるなん!えりに任せて!!」

声のしたほうを振り返ると、そこには頼もしい先輩の顔があった。
その先輩は皮手袋に仕込まれたピアノ線を揺らしながら、すでに臨戦態勢に入っている。
春菜が必死の形相で店を飛び出したのを見て、跡をつけていたのだ。


「生田さん!!」
「えりが来たからにはもう安心やけんね」
「本当ですか!でもいったいどうやって」
「わからん!!」

なぜか自信満々な衣梨奈の言葉に、思わずずっこけそうになる春菜。
前後撤回。やっぱり少々不安かもしれない。

その間にも、虚ろな目をした彩花が能力の暴走でバラストを不規則な方向に次々と飛ばし続ける。
偶然にも春菜たち目がけて飛んできた石をピアノ線で弾こうとした衣梨奈だが、逆にピアノ線が切断されたことに驚愕する。

「このっ!!こうなったら…」
「待ってください生田さん!この子は私の友達なんです!!」
「友達やろうが関係ない!もしこの子の飛ばした石が上空の飛行機にでも当たったらどうすると!?」
「…そうだ生田さん!私を和田さん…この子の精神の中にダイブさせてください!!」

強硬手段に出ようとした衣梨奈を宥めるために咄嗟に出た案。
しかし春菜自身、もしかしたらとも思う。
さくらを闇の底から救い出した力、それはもともとは衣梨奈の精神潜航が成功したおかげでもあったからだ。

「でも、あの時はたまたま成功しただけで…」

意外にも、あまり自信のなさそうな衣梨奈。
それもそのはず。結果的に10人もの大人数による「サイコダイブの相乗り(オムニバス)」を師匠である里沙に胸を張って報告した衣
梨奈だが、「あんたねー…じゃあ試しにあたしの精神の中にダイブしてみなさい」の一言であっさりと落ちがついてしまった。簡単に言
えば、衣梨奈はただの一度もダイブに成功できなかったのだ。


「何言ってるんですか!生田さんならできますって!」
「はるなん…」
「だって生田さんは世界一の能力者を目指してるじゃないですか、うさぎ系女子じゃないですか!!」
「そ、そう?」
「ええ!リゾナンターの未来の看板にできないことなんて、ないはずです!!」

趣味も合わない。
二人だけだと会話も弾まない。
おまけに「はるなんと話しても何も得せん」などと言われる始末。
けれど、春菜は確信する。太鼓持ち体質の自分と、おだてに乗りやすい衣梨奈の相性は、決して悪くないと。

「わかった。衣梨奈に任せて」

先程までの不安顔が嘘のように、表情を引き締め意識を集中させる衣梨奈。
それを見て、春菜はうまくいったと拳を握る一方で、彩花のことを思う。
何故彩花が能力者なのか。そして彼女の身に何があったのか。
何ひとつわからないけれど、彼女の中に入ることできっと何かが得られる。
そして、それが彩花を救う唯一の方法だと信じていた。

春菜の思いを形にするかのように、蜂蜜色のオーラが彼女を包み込む。
そして、彩花に吸い込まれるようにして消えていった。





投稿日:2014/08/30(土) 02:09:03.29 0