『リゾナンター爻(シャオ)』 11話


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福田花音は、急いでいた。
今日は久々の「エッグ」のミーティングだ。いつものように「一部の人間を除いて立入りを禁じられている」エリアを顔パスで通り、早
足で会議室へと向かう。
今回のミーティングの内容よりも、彼女には気がかりなことがあった。スマイレージのリーダーである彩花のことだ。
別に彼女の症状がどうだとか、そういうことは考えていない。問題は、彼女を自分達の拠点に置き去りにしたこと。間の悪いことに
後輩メンバーたちには全員仕事が入ってしまい、呆けてしまった彩花を監視するものはいない状態。比較的軽い仕事の中西香菜
がすぐに戻るとは言ってくれたものの。

「随分急ぎ足じゃない。トイレにでも行きたいの?」

早足で歩く花音を追い越しながら、女が話しかけてくる。
自称「新宿のシンデレラ」などというふざけた異名を持つ、目の上のたんこぶ。

「エッグ」の中で比較的早くから頭角を現していった花音だが、人の思考を読み取り戦闘に利用するというかつての高橋愛顔負け
の能力を発揮したその後輩は。瞬く間に集団の稼ぎ頭となった。エリートとしてのプライドはその時、大きく傷つけられそして今に至る。


「別に。真野ちゃんには関係ない」

水色を基調としたフリフリのドレスを着た女 ― 真野恵里菜 ― を振り切ろうと、花音はさらに早足で歩き続ける。無視されたこと
で気を悪くした恵里菜の取った行動は。

「あっそ。て言うか私のこと真野ちゃんって呼ぶのやめてくれないかなあ。今は『サトリ』で通ってんだから」
「…ふん」

文句を言いながら花音を抜き返す恵里菜。
だが花音はそんな恵里菜を抜き返そうと、さらにスピードアップを図る。

「…さとります。『あんたになんて絶対負けたくない。て言うかシンデレラはあたしだから』って思ってるでしょ」
「勝手に人の心読むのやめてくれる?」
「あんただって今私に何とかレボリューションかけようとしてたじゃん」
「は?そんなことしてないし」
「さとります」
「疑うことなく信じるにょん」
「さとります」
「疑うことなく信じるにょん」

恵里菜が両手で作ったファインダーで花音の心を覗こうとすれば、対抗して花音も人差し指を恵里菜の眼前に突きつける。
精神に作用する能力者同士の、意地の張り合いと言ってもいい。

不毛な争いを繰り広げながら、肩と肩をぶつけ合い廊下を駆け抜ける二人。
互いが自らの精神にロックをかけているのは、本気で相手を自らの能力の支配下に置こうとしている何よりの証拠だった。
最終的に、会議室にもつれ込む二人。部屋の中の面々は慣れっことばかりに苦笑するのみだ。


「うんうん、ライバル関係大いに結構」

髪を肩まで伸ばした童顔の女性が、いいものでも見たかのように感想を述べる。
能登有沙。対能力者集団「キッズ」の最年長だ。

「エッグ筆頭のお前がそんなんでどうするんだ…これを毎回御してる俺の身にもなってくれ」
「そうですか?」
「まあ主任が御してるようにも思えませんけどねえ」

身も蓋もない突っ込みをするのは、派手な顔だちのワガママボディ。
どいつもこいつも、と顔を苦くしつつも主任と呼ばれる男はふう、と大きくため息をついた。仮初の地位とは言え、このひと癖もふた癖
もある連中を率いるのは自らの使命だ。そう言わんばかりに。

「取り合えず主だった面々は揃ったな」
「例の5人は来ないんすか?主任言ってたじゃないですか、そろそろ前線に配備してもいいかなって」

いかにもな軽いノリで、主任に語りかける友。

「あいつらには別の仕事をしてもらってる…まあお前らに比べたらまだまだ新人だ。この場に連れてくることもあるまい。ところで福田、
和田の調子はどうなんだ」
「当分復帰は無理です」
「そうか。とにかく。今回はお前らにどうしても知らせなければならないことがある。まずは…これだ」

花音の簡素な報告に肩を竦める間もなく、主任が正面のホワイトボードに二枚の写真を貼り付ける。一見、どこにでもいる普通の少女たち
だが。写真からですら伝わる、禍々しい黒い気配。


「うっわぁ、見るからにやばそうな人たちですねぇ」
「分かるか、吉川。そうだ。こいつらは最近『ダークネス』が招聘した新しい幹部だ。それぞれ『金鴉』『煙鏡』と呼ばれてるらしいが
それ以上のことはまだ調査中でな」
「…そいつらを、殺ればいいのか」

会議室の後方。
斜めにおろした前髪で表情は窺えないが、口元だけで笑みを作っている女 ― 北原沙弥香 ― がぽつりと言う。
彼女の抱えている影は深く、そのいでたちはさながら殺し屋のようだ。
実際、彼女の能力は隠密行動そして暗殺にもっとも適したものであった。

「いや、それには及ばない。注意するに越したことはないが、本題は別件だからな。能登、頼む」
「はいよ」

主任の呼びかけに席を立ち、ホワイトボードの前に立つ有沙。
緊張感のない顔だが、その口から発せられる言葉の破壊力は。

「『組織』が『天使』を幽閉してる場所がわかったよ」

絶大だった。
ミーティングの参加者がそれぞれ言葉を発することさえせずに、顔を見合わせる。
「銀翼の天使」。ダークネスのとある実験の被験体となり制御不能となった彼女が、リゾナンターを襲撃し決して消えることのない傷を
残した事案。この場にいるもので知らないものは、いなかった。

「まさか、『天使』を解放するなんてことは言わないでしょうね。薬である程度はコントロールされてても、基本的には制御不能の破壊
兵器状態って聞きましたけど」

花音は言葉では否定しつつも、内心は主任の返答に期待していた。
敵サイドの人物とは言え、白き羽で全てを無に還す「能力者の最高峰」に憧れを抱いているものは少なくない。花音もまた、その一人で
あった。


「いや。我々には『天使』を制御することのできる切り札がある。『ベクレル』『セルシウス』という新たな戦力も手に入れた。『天使』
を手中に収めることができれば、幹部の一角崩しどころじゃない詰みの一手(チェックメイト)を打つことになるだろう」

そして、上司の言葉は期待以上。
切り札が何を指すのかは知らないが、実現可能ならばこれほど素晴らしいことはない。理想が齎す光に花音が胸を躍らせているその時。

懐のスマホが震える。
席を中座し通話に切り替えた花音は、通話相手の第一声に顔を青くした。

「・・・かななん、ほんとなのそれ」

受話器の向こうの力ない返事を聞いてから、通話を打ち切った。
主任に断ることもないだろう。事は一刻を争う。

和田さんが…いつの間にかいなくなってたんです…

香菜の泣きそうな声が、耳から離れない。いや、責任感の強い彼女のことだ。実際にもう泣いていたのかもしれない。
彩花自身が無気力になっていたせいで、まさか部屋を抜け出すなどという行動にでるとは思わなかった。そういう意味では花音のほうに咎
がある事態ではあるのだが。

やっぱ、あたしが決着(ケリ)、つけなきゃいけないのかな。

握られた拳が、意図せず固められてゆく。
彼女の中に、最悪の事態を想定した上での決意が焔のように揺らいでいた。





投稿日:2014/08/24(日) 12:27:12.29 0