『リゾナンター爻(シャオ)』 10話


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国道沿いの、とあるファミレス。
全国的に有名なチェーン店ではあるが、店内には客はほとんど見当たらない。
それもそのはず、今はサラリーマンが眠い目を擦りつつ電車に乗り込むような早朝。そんな時間にファミレスで食事などという人
種はそうはいないはずだった。
普段なら厨房の中で暇を持て余したウェイトレスと調理担当のバイトが世間話に花を咲かせているような時間帯。のはずだが。

必死の形相をしたウェイトレスが、料理を両手に窓際のテーブルまで運び込む。
それが終わるとすぐさま厨房に向かい、次の料理を受け渡される。その、繰り返し。
昼のピークタイムと見紛うばかりの忙しさ。店内には、ひと組の客しかいない。だが、その客が大問題だった。

露出の多い服を着たギャルと、白衣の眼鏡の女性の二人組。
何の繋がりもなさそうな妙な取り合わせではあるが、彼女たちにはある共通点があった。
「それ」を見ずとも、ひたすら掻き鳴らされる金属音がそのことを教えてくれている。

「ぶっちゃけ…モグ…のんは…モグ…子供できたらさ…パク…「のあ」とか「せいあ」とか…パク…つけたいわけよ…ゴックン」
「それは世間で言うところの『キラキラネーム』ですね」
「ハァ?ちょーかっこいいじゃん…モグ…」
「まあ、価値観は人それぞれですから」
「それより…パク…さっきの話だけど…ゴックン」


彼女たちの間のテーブルに山積みにされた、皿。
もちろんここにいる二人が全て平らげたものだ。ハンバーグ、ステーキ、スパゲティ、シーザーサラダ、クリームパフェ、ジャン
バラヤ、オムライス、コーンクリームスープ、チャーハン、ブルーベリ^パンケーキ…列挙すれば暇もないメニューの数々が彼女
たちの胃袋へと消えていた。

「ええ。キャンセル、とはどういうことですか?」
「だからさぁ…モグ…さっきも話したじゃん…クチャ…『リゾナンター襲撃』は…パク…中止だって…ゲフゥ」

喋りながらも絶えず食事を口に運び込む「金鴉」とは対照的に、あくまでもマイペースに自らの食事を摂る紺野。
だがその食事方法は別の意味で奇異と取れるものだった。

皿の上の茹で芋を、手術でもしているのではないかと思えるくらいに、器用に八等分する紺野。
その小さなひと片を口に運び悦に入っている様は、「金鴉」にとっては苛立ちとともに懐かしさを感じるものだった。かつて食事
を共にするような生活をしていた時に、嫌と言うほど同じ光景を見てきていたからだ。
細かく分ければ分けるほど、その回数分の幸せが得られる。後に叡智の集積と呼ばれるようになる人間にしては、いささか非論理
的な理由。今もそう信じているのか、それとも単なる習慣と化しているのか。見る限りは食べる時の癖は今と変わらないようだ。

その不思議な食習慣に合わせるように、自らの食事の速度を調整する「金鴉」。
懐かしさが先行するあたり、彼女の食事のペースへの合わせ方も忘れていなかったらしい。


「しかし、解せませんね。昨日はあれだけかーちゃん…『煙鏡』さんも乗り気だったじゃないですか。あなたたちの興味を殺ぐよ
うな何かがあったんですか?」

もそもそと芋を食べつつそんなことを言う紺野に、「金鴉」は大げさに椅子の背に体を反らせる。
ただでさえ小柄な体が、目の前の皿の山に隠れてしまった。

「カンタンな話だよ。リゾナンター抹殺より”おいしい”仕事が舞い込んできた、ただそれだけ。あんなクソガキども、いつでも
殺れるけど…今度の仕事はそうもいかないんだよね」
「『鋼脚』さんからはそんな話が来たなんて聞いてませんでしたが…別口ですか」

皿の山から飛び出したポニーテールがゆらゆらと揺れた。
どうやら大きく頷いているらしい。

「ああ。例のこぶ平似のブタ野郎が率いてる『国民的犯罪組織』ね。あいぼんがコネを作ったみたいで、そこ経由で早速デカい仕
事が舞い込んだってさ」
「なるほど…」

ダークネスと彼女の言う犯罪組織は同業他社ながら、表立って対立しているわけではない。
「蟲惑」の死体を再利用された件では多少揉めはしたが、その程度の話だ。むしろ幹部の中には積極的にあちらのほうと付き合い
を持っているものまでいると言うが。

「ただ、こちらの仕事を放り出してよそ様の仕事を優先するのは感心しませんね」
「リゾナンターはいずれ潰す。けどまあ、別にすぐじゃなくてもいいじゃん」

皿に隠れて、「金鴉」の表情を紺野が窺い知ることはできない。
ただ、どんな顔をしているかは容易に想像がついた。


「まあ、いいでしょう。その仕事が片付いて、段取りが取れたらご連絡ください。『首領』にはうまく話しておきますよ」
「…りょーかい」

何故、用件を伝えるのに「煙鏡」はわざわざ「金鴉」を寄越したのか。
人の心理を読みそして利用するのを好む彼女らしい、と紺野は考えた。「煙鏡」は口から先に生まれたと定評のあった「詐術師」
に師事していただけあって、弁舌に長けていた。本来ならば交渉ごとには彼女が出向くのは自然な話。しかし、彼女は敢えてそ
うしなかった。

知っているのだ。
紺野が「金鴉」に対して、どうしても甘くなってしまうことを。例え「金鴉」の話す理由に多少の齟齬があっても、彼女なら仕方
ない、と大目に見てしまうのを「煙鏡」は読んでいるのだ。

仕方がないのかもしれないですね…長い、付き合いですから。

高橋愛。新垣里沙。ついでに小川麻琴。
経緯は違えど、ほぼ同時に組織に所属することになった紺野を含めた四人。
さらに先輩ではあったが、年の似通った「金鴉」「煙鏡」とともに彼女たちは所謂同窓生のような感覚を持っていた。
もちろん世間一般のそれのように苦楽を共にした、という美談が似合う仲ではない。むしろ正義感の強かった愛や規律を重んじる
里沙と「金鴉」「煙鏡」は最悪の組み合わせだった。そんな中において、中庸な紺野の存在は集団においてまさしく緩衝材として
働いていた。

そのポジションが愛や里沙の思考の裏をかき翻弄し、そして今は二人の問題児の行動に想定をつけるのに役立っていた。


「機会があれば、『煙鏡』さんともお話したいところですが」
「あいぼんが嫌だってさ。『あいつとの腹の探りあいは疲れんねん』、だって」

「金鴉」の言葉に思わず苦笑する紺野。
確かに。謀を巡らせ自らに有利な場を作る、そういう意味では紺野と「煙鏡」は似ている。それは互いに思うところだろう。

だが、紺野は二人の間には決定的な差があることも知っていた。
その差が、「煙鏡」の言うところの”疲れる”に繋がることも。

私は、一向に構わないんですがねえ。

「煙鏡」が嫌そうな顔をしているのを思い浮かべつつ、再び紺野は目の前の小さな芋を切り分けることに没頭し始めた。





投稿日:2014/08/21(木) 01:34:41.50 0