『リゾナンター爻(シャオ)』 09話


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喫茶リゾナント。
普段は店主のさゆみが腕を振るい客をもてなすこの店。とは言ってもその機会はめったに訪れないが。
今日はさゆみが朝から所用で出かけているため、同じく学生という立場から離れている春菜がキッチンに立っていた。
あまり客の訪れることはないリゾナントだが、今日に限ってはそのほうが幸せなのかもしれない。
春菜の料理のセンスは、絶望的だった。

からんからん。
さっそく朝から犠牲者第一号、もといお客様の登場に腕撫す春菜。
だがその人物の顔を見た途端、なぁんだ、という言葉が思わず漏れてしまう。

「なぁんだ、って何。衣梨もお客さんやろ」
「だって、生田さんお客様としてきたわけじゃないですよね」

春菜の反応に不満げなのか、それとも店に春菜しかいないことに不満げなのか。
ともかく学生ならば学校に通っているべき時間に現れた衣梨奈は、店の奥のテーブル席に座ると、鞄から取り出した音楽プレイヤ
ーを取り出してヘッドホンを被る。あっという間に一人だけの世界の出来上がりだ。

別に互いに仲が悪いわけではない。
ただ、互いに積極的にコミュニケーションを取ろうという仲でもなかった。
特に、このような二人きりの状況においては。


ぱら、ぱらと常連客が来るものの、基本的には閑古鳥。
そんな状況に、春菜が動き出す。目を閉じてヘッドホンの中の音楽を追う衣梨奈の前に、オレンジジュースが差し出された。

「生田さん、何聞いてるんですか?」
「ん…」

春菜の存在に気付いた衣梨奈が、ヘッドホンを外し、お気に入りのアーティストの名前を出す。
だが、いかつい漢字で構成されたいかついアーティストは、春菜の興味の外だったようだ。一通り話を聞くと、すっとその場を離れ
てキッチンへと戻ってしまう。
それを見た衣梨奈は再び、ヘッドホンを装着して音楽に没頭していった。

緩い時間が、ゆっくりと過ぎてゆく。
さすがに退屈した春菜が、キッチンの裏手から数冊の漫画本を持ち込んだ。
流行らない喫茶店には必需品の暇つぶしアイテムだ。

その様子が、ちょうど衣梨奈の視界に入ったようで、その視線は春菜が開いた漫画本に注がれていた。
そしてヘッドホンを外し一言。

「その漫画、面白いと?」
「あの、これはですね…」

自らの手にしている漫画の魅力について、滔々と話し始める春菜。
普段漫画を読まない衣梨奈の顔に「わけわからん」の文字が浮かぶまでにそう時間はかからず、話が一区切りついたのを見計ら
って再び音楽の世界へと帰っていった。


決して仲が悪いわけではない。
ただ、良くもない。そしてこれは彼女たちにとって当たり前のことだった。
里保と衣梨奈のように互いに救い救われた間柄でも、遥と春菜のように特殊な環境下で共に過ごした間柄でもない。
確かにリゾナンターの仲間同士ではあったが。それ以上でも、それ以下でもなかった。

それから再び、静かな時間が流れていった。
聞こえるのは春菜が漫画をめくる音と、衣梨奈のヘッドホンから漏れ聞こえる音だけ。
目を休めようと春菜が衣梨奈のいるほうを見ると、手前に置いてあるグラスが空になっていた。
新しい中身を注ごうと、冷蔵庫から取り出したオレンジジュースを持って衣梨奈の元へ向かおうとした。
その時だった。

衣梨奈の座る席の、窓越しに見える風景。
そこに、一人の女性が歩いているのが見えた。
春菜の視線は、その女性をすぐさま捉える。

ふらふらと、足取りも覚束ないまま歩いているその女性。
着ている服はよれよれで、黒いロングの髪も乱れていた。だが、春菜が彼女に気付いたのはその異様性からではない。

「わ、和田…さん?」

彼女は。
数か月前に春菜がふとした偶然から言葉を交わした人物だった。
そして、その時に再会を約束した相手でもあった。
メルアド交換までしたものの、春菜の送ったメールが返ってくることはなかった。
忙しいのかもしれない。そう思いつつ、春菜自身も日々の業務に追われて顧みることはなくなってしまったが。


和田彩花。

彼女は春菜に、そう名乗っていた。
まるで絵画から抜け出したかのような、美しい女性。
しかし、春菜が今しがた見かけた彩花はまるで別人。
通りがかった姿を見ただけで、魂が抜けてしまったかのような印象を叩き込まれた。
明らかに、尋常ではない。

「生田さんごめんなさい!ちょっとお留守番しててください!!」
「え、ちょ、ちょっとはるなん!!」

言葉と同時に、体が動いていた。
春菜の慌てた様子に目を白黒させる衣梨奈を余所に、春菜はそのまま店を飛び出してしまう。

とにかく、和田さんを捕まえないと!!

何故彼女があんな風な姿で徘徊していたのか。なぜ彼女を捕まえないといけないのか。
春菜にはわからなかった。けれど、直感が訴えかけていた。。
今彼女を捕まえないと、もう二度と「彼女」に会えなくなってしまうかもしれないと。






投稿日:2014/08/18(月) 11:31:30.03 0