『銀の弾丸 -Night of clown-』


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投稿日:2014/08/06(水) 03:07:04.95 0


山道を進んでいく一団の姿があった。
狩猟用の大口径猟銃を持った男達。猟犬たちが革紐に
引かれて進んでいく。素朴な猟師達の顔に、晴れやかな表情はなかった。

 「今日はあまり獲物がいなかったな」
 「最近は南下してきた獣達が鹿や野兎を喰い荒らしてるからなあ」
 「隣町では木々を伐採して自然がほとんど無くなってるというから」

猟の成果を語らいながら、猟師たちが山道を下っていく。
道は村へと続くなだらかなものに変わる。
道を挟む木々に広葉樹が増えてくると、猟師の一人が呟く。

 「ゲンさんが参加してくれればな」
 「あの人は、十年前の事件で猟の生業は辞めちまったからな。
 参加はしてくれないよ」
 「あれは酷かったな…」

猟師達の先には、革紐でつながれた黒や灰色や茶髪の
猟犬たちが進んでいたが、突然立ち止まり、喉を低く鳴らす。
猟師が犬の首輪につながる革紐を引いて制止し、警戒した方向を眺める。
山道の向こうから、旅行者の一団が歩いてきていた。
老人に中年に若い男女という六人だった。
威嚇する猟犬に気付き、一行の足が止まる。
猟犬の無礼を謝罪しようと、猟師たちが軽く会釈をする。

旅行者の長らしき老人が戸惑ったようにうなづく。
害意はなさそうだと理解し、猟師は話しかけた。


 「旅行者かい?隣村から離れた山になんか用があるのかね?」
 「ああ、ただ知り合いに会いにいくだけだ」
 「これから雨が降ると言ってたが、間に合うのかい?」
 「お気遣い感謝する、だが急ぎの用なのでね」

老人が答えると、猟師たちは顔を見合わせた。
黒い猟犬が吠える。
その横に居た茶髪の猟犬が一団に向かって疾走を開始した。
突然の動きに、猟師の手から革紐が抜けていく。

 「あんた、危ないっ!」

猟犬は一団に向かって一直線に走っていった。
獰猛な牙が、老人の右手に突き立つ、悲鳴をあげて老人が手を振る。
噛み付いていた犬が、腕から抜けた。大地に四足をついて、犬はまた
地の底からのような唸り声をあげる。他の猟犬たちも老人を囲みだした。

 「ああ、なんてことを!」

飼い主の猟師が走る。他の猟師たちも惨劇を止めようと進み、止まる。

 「犬めっ!野生を忘れた人間の奴隷め!」

激昂した老人の姿は、見る間に変貌していく。
皮膚を剛毛が覆い、体が膨張し、衣服を破っていった。
大きく開いた口が、先頭の猟犬に向けられる。怯えた猟犬の足が止まる。

 「なんだ、なんなんだいったい!?」


猟師たちは異様な光景に叫ぶしかなかった。
老人が、風よりも速く動く。犬の頭部が老人の大顎に挟まれ、砕かれた。
唇からは脳漿と血液が零れ、胸元の剛毛を濡らす。
口から犬の死骸を垂らしたまま、巨大な人影が路上に立つ。
老人に倣って、他の旅行者達の姿も変貌していく。

 「あああ!ああああああ!」 

恐慌状態に陥った猟師が猟銃を抜き、目標も定めずに撃った。
旅行者の肩に命中し、獣毛と肉と血を散らせる。
猟犬たちが恐慌状態に陥り、変貌した群れに走っていく。
猟師たちは猟犬が戦う光景を背後に走った。村へと逃げ帰るために走る。

前方の道に人影が見えた。
夕暮れの大気に、紅い光条が疾走していく。
鞘師里保の振るう『紅い刃』が、毛皮に覆われた左肩から右脇腹までを両断する。
血と内臓を撒き散らし、獣の陰が怒号をあげる。
翻った刃が、左から襲撃してくる獣の右腕を切断。

苦痛の咆哮を上げて、影は後退する。獣の瞳と爪牙が光る群れに並ぶ。
影の群れは二足歩行で直立していたが、どこか違和感がある。
前方に長く迫りだした口腔には、鋭利な犬歯と門歯が並ぶ。
尖った三角の両耳は頭頂に立てられていた。
人間の戯画のような造形。
全身を暗灰色の剛毛に覆われた者達は
狼とも人間とも判別しがたい異形の群れだった。

 「<人狼>、くどぅー以外に見るのは初めてだ」
 「ハルも初めてですよ」


鞘師の傍らで工藤遥が苦笑する。
胴体を薙ぎ払われ、腕を斬りとばされた人狼たちの傷口が蒸気を噴きあげる。
傷口が癒着し、出血が止まっていく。

 「普段は人間の姿で、戦闘時には獣の膂力と俊敏性を持つ獣人に変身できる。
 つまりは本当の意味での<獣化能力者>」

咆哮をあげて、人狼たちが突撃を開始する。
迫る爪牙。鞘師が刃を振るい、血霧が舞う。

 「遠慮はいらないですよ鞘師さん。仲間じゃない人狼に同情する義理はないので」

工藤は4つのM67破片手榴弾の安全ピンを手や歯で取りはずし
Tの字に折れた安全ピンの先をまっすぐに戻す。投擲。
安全レバーが外れて眼前に迫る最前列の人狼に着弾。電球は人狼の上半身を
丸ごと消失させ、最後尾にいた人狼の頭をも消し去り、飛翔。
背後の木の幹にも着弾し、爆音と破片を散らす。
一拍置いて、人狼と巨大な樹木が大地へと倒れていった。

 「じゃ、遠慮なく」

上空からの紅い閃光、鞘師の『刃』が振り下ろされる。
逃走しようとした人狼の頭頂から、尻尾の生える股間までもが一気に両断。
続いて閃く水平の刃。傍らを駆け抜けようとした人狼の頭部を両断。
左右上下に分割された屍が、濡れた落下音を立てた。
再生すら許されない致命傷を受け、人狼たちは絶命する。

 「ほんの数分前まで依頼を受けてぐったりしてたのに」


まるで本能とでも言うのか、眠気眼だった鞘師の瞳は爛々と輝いている。
木々が並ぶだけの辺境の街道の風景は、今では人狼たちや猟犬たちの
死骸が転がっている。血臭漂う酸鼻な戦場になっていた。

 「そういえばさっきの猟師さん達は?無事に逃げれたかな?」
 「逃げれたとは思いますけど、ハル達は完全に囮にされたでしょうね」
 「ふうん、まあ良いよ。居てくれたってどうしようもない」

鞘師の握っていた紅い刃が形状を歪ませ、最後には液体になった。
そして手の甲に刻んだ傷に吸い込まれ、掌にはべっとりと朱色が塗られている。
ハンカチで拭っていると、背筋に悪寒が走った。

 「くどぅー!」

鞘師の鋭い声に反射的に視線を向ける。
人狼たちの死体の陰から、陰が飛び出した。
人狼の生き残りが、突進してくる瞬間だった。

 「っ…なろっ!」

怒涛の一撃を、腰に仕込んでいたダガーナイフで辛うじて弾く。
割り込んだ鞘師が斬撃を放ち、人狼の左腕を肘で切断する。
片手から鮮血を噴きあげながら、人狼は人とは逆方向に膝を曲げて
大地に着地する。
獣と人の間の瞳が、殺意を持って二人を見上げる。
再度の突進が開始された。
人狼の右手を避けながら、右肩へとダガーナイフを突き立てる。
P226を構えて発砲。


苦痛の咆哮をあげ、人狼が工藤の体を蹴って後方飛翔。
泥土の飛沫をあげて着地する。
腕と肩の傷を修復しつつ、人狼の黄金色の双眸が仲間の死体を見下ろす。
哀感を帯びた黄金の瞳だった。
再び上げられた瞳が二人を見据える。
視線で殺すかのような、憎悪が煮えたぎる坩堝の瞳。
衝撃で咳き込みながらも、工藤は体勢を整える。

 「そんなに睨まないでよ。あんたが相手だって聞いたから人間として
 相手してやってるんだしさ…今後人間に害を成さないなら見逃す。
 というか見逃させてよ、勝手なことだって自覚してるんだから」

猟犬と人狼が内臓と血を撒き散らし、死屍累々と重なる夕暮れの山道。
工藤と人狼の視線は、時間を忘れたような静謐のなかで交差する。
人狼は工藤から視線を逸らさずに下がる。
そのまま山麓への一本道を狭谷まで後退。
喉を垂直に立てて、人狼は叫びを一声あげた。
悲哀を振り絞るような声だった。

人狼は膝を曲げて伸ばす。獣の体は、一気に後方跳躍。
続いて疾風をまとって山へと逃げ去っていく。

追おうと足を踏み出した鞘師だが、止めた。


 「あの人だけを生き残らせたとしても、寂しいだけだよ」
 「それでも人狼を絶滅させるのは、ハルのわがままです。
 すみません、さっきあんな強気で同情しないって告げたのに」
 「あの弾丸を撃ったならまあ、二度目の獣化はないと思いたいけどね」

拳銃を撫で、工藤は腰に納める。あれは誓約の縛鎖だ。
一方的な工藤の、"大神"としての身勝手な願いだ。
それでもあの人狼が再び変貌するというのなら、もうどうしようもない。

 「さて、帰ろうくどぅー、もう眠くてしかたがない」

空はさらに暗雲が垂れ込めている。
空気に湿気が増し、太陽が完全に落ちようとしていた。




投稿日:2014/08/07(木) 01:24:13.01 0


工藤の鼻先に冷たいものを感じた。
続いて周囲に雨粒が降り注ぐ。雨は水滴の足跡を見る間に増やしていく。

 「まーちゃんに連絡とれないし、どうしましょう鞘師さん」
 「とにかく歩くしかないよ。ああ困ったな、何とか私のチカラで
 操作してみるけど、範囲としては半径数メートル。このまま止むのを
 待ってもいいけど、それよりは雨宿りを探した方がいいよね。
 さすがに気温までは操れない」
 「とは言え、うーん………建物らしいのはまだ見えてこないですね」

工藤が数十メートル範囲に『千里眼』を向けている。
鞘師が数メートル四方に『水限定念動力』で雨のシールドを形成する。
三方を高い崖に囲まれ、闇に林や森が点在する広めの盆地に出た。
閉塞感を誘う陰鬱な風景だ。
小雨だった雨足は急速に強まり、地面を一面の泥濘に変えていた。
水滴で視界が不明瞭になりながらも、それでも何かがあると信じて進む。

 「それにくどぅー、怪我してるよね。さっきの人狼に蹴られた所」
 「あ、いえ、その…はい…我慢してました。正直泣けてきてます」
 「治療するための緊急避難。さてどうするかな」

鞘師が持っていた『治癒能力』付与救急パックは依頼の時に使ってしまっている。
工藤の体力を消耗させないために雨を避けながら数十分後。
雨の紗幕の向こうに灯る明かりが見えた。


光源である山荘に接近してみる。
山荘は石造りの頑丈な二階建てだった。
地下室への入り口もあり、寂れた山には不似合いな程度には大きかった。
住人が手入れをしていないのか、敷地は泥の海となっている。
林から延びた下生えに侵食され、山荘の木材が腐り落ちている箇所もある。
窓からは目指していた人工の灯が漏れている。
どうやら先客がいるようだ。

 「どうします?」
 「うん。まあこの雨をしのぐ同志として話をつけてみよう、くどぅーが」
 「ハルがッスか」

鞘師は雨を振り払うように玄関口の石造りの階段を上る。
横にあったバケツの水で服を少しだけ湿らせておく。
杉材の扉の前まで忍び足で接近。
仕方なく工藤も後を追って、ダガーナイフを構えた。
扉をノックすると、それは簡単に開いた。

暖炉の柔らかな明かりが広がる室内には、目と口で三つの丸を作った
人間達の顔が並んでいる。対応した女性は少し驚いていたが、小さく微笑んだ。



跳び込んだ山荘には、五人の先客が居た。
工藤が自己紹介のついでに山を越そうとしたら狼の群れに遭遇し
襲われて命からがら逃げてきたことを告げると、全員が不安そうな表情になる。


 「ふうむ、この辺りは南下してきた獣が多く生息しているとは聞いてましたが
 まさか人間を襲うなんて、可愛そうに。しかもこの豪雨だ。
 やはりこの家に避難したのは正解だったようですね」

向かいの椅子に座り、郷土史家だという青木が煙草の煙を吐き出す。

 「しかし、この家に住んでいるはずの源太郎さんが不在だからといって
 勝手にはいるのはどうかと……」

窓際に立って、風邪気味なのか神経質そうに小さく咳き込んでいるのが
役人の五十嵐という中年男だった。

 「緊急避難ってヤツだよ。嫌ならおまえさんだけ出て行けばいい」
 「そうよ、これは不可抗力。しょうがないことなのよ」

応接椅子に寄り添って座る若い男が安部、女が岸本という旅行者だ。
棚から勝手に酒を取り出し、安部は手酌で飲んでいる。
酒のせいか顔が赤くなっていた。

 「山の天気は変わりやすいというけれど、この季節に
 こんな急な変化は難しいですね。あ、蜜柑はどうですか?お二人共」

椅子に座ってこの地方特産の蜜柑を食べているのが、山向こうの村に
住んでいるという行商人の道島。
二人の境遇を気にしてか、出会ってから何度も気遣いの言葉をかけてくれる。
何処となく風貌が道重さゆみに似ていた。
下の名前も「沙由美」というのだからこれほど偶然な出会いも無いだろう。
青木と安部も蜜柑を受け取ったが、岸本は「服に飛沫が飛ぶので」と丁寧に断った。


青木は裏の森で昔起きた事件で建てられた祠の調査をしていたそうだ。
そこで急な雨に降られ、この山荘に避難してきたという。
五十嵐は役所の仕事で山越えをしていた。
ついでにこの家の主人で、元自警団だった源太郎という老人に会いに寄った。
五十嵐は何とも陰気で冴えない中年男の典型的な顔をしている。

道島は山向こうの村から山を越えてきた唯一の山道が、背後で土砂崩れになって
どうにもならなくなったという。
安部と岸本は山道を越えた数キロ先の村で明日行われるイベントに参加する為に
来たが、土砂崩れで道をふさがれてしまい引き返してきたと言う。

全員がそれぞれの理由でこの山荘に留まることにした。
暖炉の前で工藤の負傷を治療しつつ、鞘師は全員の名前と顔を一致させる。
先程まで血生臭かったからなのか、人の存在がどこか懐かしく感じた。




投稿日:2014/08/08(金) 02:08:39.82 0


 「急な豪雨に襲撃事件。唯一の道も塞がれてる今は朝になるまで
 ここに待つしかないな。全く、なんて厄日だよ」
 「安部さん、私怖い」
 「全く、だから田舎は嫌なんだ」

しなだれかかる岸本に目尻を下げた安部が答える。
「田舎は関係ないですよ」と五十嵐が小さく反論した。
安部の視線が五十嵐に返されると、小役人は黙り込む。
不安のせいか、なんとも気まずい空気が流れる。

会話が無い時間の進みは、あまりに遅々としていた。
雨音と五十嵐の咳だけが室内に響く。

 「咳がうるさいぞ。止めろ」
 「そんなことを言われても」
 「咳の音にイライラする、こっちまで頭痛が激しくなるんだよ」

赤い顔の安部と彼に抱きつく岸本は棘のある言葉を投げつけあう。

 「そうよ、腹が立つわ」

彼女の赤い顔は濡れたための風邪なのかもしれず、不機嫌に拍車をかけている。
咳き込む五十嵐が気に障るらしく、険悪な雰囲気になる。
横目で見ていたが、このままの空気で朝まで過ごすのも気が滅入った。

工藤は少しばかり空気を変える為に口を開く。


 「どなたか小銭を持っていませんか?三種類の小銭を二枚。
 出来れば六枚ほど貸してほしいんですけど」

言い争い寸前だった三人が、工藤の提案にそろって怪訝な顔をする。

 「は?小銭、ですか?」
 「ちょっとした退屈しのぎに手品でもどうです?見物はタダですよ」
 「なら僕のを貸そう」
 「おい」
 「いいじゃないか、子供には優しくだよ」

青木が小銭を工藤に手渡す。一円、五円、十円。
新しい煙草に火を点ける青木の向かい側の椅子に腰を下ろす。

 「では道島さんは三種類の小銭の中から、私や他の人にも
 見えないように一枚を取ってください」
 「え、ええ、分かった」

訝しげな表情の道島が近寄る。工藤が目を逸らしている内に選ぶ。

 「手を握ってください。他の人には見えないように」

工藤は見ないままに残った二枚を懐に入れる。次にもう一方の組
三種類の小銭を机の上に並べる。

 「青木さん、三種類の小銭から一枚を選んでください」


向かいの椅子で煙草の紫煙をあげつづける青木が、興味を持ったらしい。
体を屈めて、机の上にある三枚の小銭のうち、一円玉を指先でつまむ。

 「では、捨てた小銭以外の小銭のどちらかを、手にとってください」
 「何をさせたいんだい?」

怪訝な表情の青木が、それでも素直に五円玉を取る。

 「青木さんが選んだ小銭は……机の上の十円玉ですね」

工藤の言葉に、青木や人々の視線が机の上に集中する。
残ったのは、赤銅色の十円玉。

 「それでは道島さん、掌に持っている小銭を皆さんに見せてください」

道島が五指を開く。
掌には机の上のものと全く同じ、赤銅色に輝く十円玉が表れた。
小さな驚愕の声が、全員の口から漏れる。

 「何で?どうして青木さんの選択が分かったの?」
 「順番的にも本人すら何を選ぶか分からないはずだ」

工藤を囲む人々が、驚嘆や推測で騒然としている。
暖炉の横で暖かくなってきたのか、毛布を枕代わりに鞘師が眠っていた。


 「小銭をすり替えたか何かがあったんだきっとっ」
 「そんな、このお金は青木さんのものですよ。それにこの子と
 私は知り合いでもなんでもない、打ち合わせだってしてないんですよ?」
 「そうです。道島さんが握ってから、この子に触られてもいない」

道島と五十嵐に指摘されて、青木が言葉に詰まる。

 「まあ単なる手品ですから、あんまり難しく考えないでください。
 あ、お金はお返ししますね、ありがとうございました」

憤然とした青木は机上の硬貨を握って考え始める。
まるで推理探偵のように批評を呟いていた。
どうやら青木は推理劇をするのが趣味らしい。
安部や岸本、五十嵐や道島も、それぞれに自分の財布から
小銭を持ち出して、ああでもないこうでもないと謎解きをしだした。

いくらか活気を取り戻した部屋の雰囲気と反比例して、工藤の思考は沈む。
雨足強まるばかり。
悲嘆を訴えるように激しく窓を叩いていた。




投稿日:2014/08/09(土) 17:30:33.72 0


何故<人狼>が人を襲うのか。
漂白の民として距離を取りながら人類と共存する<人狼>は居る。
その場合は人狼であることを隠し、大部分の人狼は人類に敵対している。
<獣化能力者>としての過去の遺恨。
異能者と呼ばれる前から彼らは産まれ生きていたが、人間達によって
狩られていた事で、人間を憎むものも多い。
そして十年前、あの麓の村でも異能者によって人狼が退治された。

人狼達が、<獣化能力者>が何処から現れたのかは分からない。
もしかしたら別の場所でコロニーを作り、人間か狼として生きていたのかもしれない。
工藤達が討伐した人狼たちは何のために山を越えていたのだろう。

人間の姿で、何処へ行こうとしていたのだろうか。


緩慢な時間の流れが続く。
安部や岸本に求められるまま、工藤は何度か手品の再演をする。
彼らの推理は続いていった。

 「すみません、ちょっと…」

道島が席を立つ。懐中電灯を片手に、部屋の扉へと向かう。

 「こんな時間にどこへ?全員でここに居ると決めたでしょう?」

青木の詰問に道島が困ったような表情を浮かべる。
それに対して工藤が気付き、道島に告げた。

 「ちょっとトイレ行ってきます!良ければ一緒に来てもらっていいですか?」
 「あ、ええ良いわよ、一緒に行きましょう」

道島と共に工藤は出て行く。
その間、道島は工藤に対して優しく声を掛けた。

 「さっきはありがとう。キミは勘が鋭いね」
 「いや何もしてないですよ。私こそ道島さんに
 凄くお世話になっちゃってますね、蜜柑ご馳走様でした」
 「ううん、いいよ。どうせお土産に買ったヤツだから。
 さっきの手品もキミが考えたの?」


 「ああ、あれね。あれは……じゃあ道島さんにだけ種明かし。
 あれは手のなかで種類を判別して、相手の答えが正解なら
 それをもっともらしく予言していたと言ってやるんです。
 最初の解答が外れてたら次の解答が正解みたいに。
 さらに外れていたらって繰り返すだけの後出しの正解を言うだけ」
 「あ、なるほど。けどそれって手品じゃないよね」
 「手品なんてそんなもんスよ」

道島の微笑みに、工藤も自然と笑った。
薄暗い廊下を何度も左右に曲がり、奥へと向かう。
廊下を右折する合間、道島が唐突に言葉をかける。

 「お腹の傷、痛む?」
 「あ、いえ、だいぶマシになりました」 
 「ごめんなさい。掘り起こそうって訳じゃないの。
 私の村も昔、ちょっと似たような事件が起こったから、そう、ちょうど
 キミぐらいの時にね。その時は強盗だったんだけど、とても怖かったわ」
 「そうだったんですか…」
 「…ねえ、狼がキミ達を襲ったって言ったけど、どうして狼が
 人を襲ったのかしら、普通の狼はそんな事をするかな?」
 「分かりません。一瞬のことだったので私には何も…」
 「うん、ごめん。止めようこの話は。傷を抉るだけだもの。
 でも、狼達が意味無く襲うなんてことはしないと思うんだ。
 きっと、人間に対してあまり好印象じゃないのね、恨んでるのかもしれない」
 「…道島さん、その強盗に襲われた時に、何かあったんですね」


道島は伏せた瞳で廊下を見下ろす。

 「両親を失ったわ。でも、私は恨むことが出来なかった。
 怖かった、両親と同じになることがとても、怖かったの」
 「それがきっと普通のことだと思います。復讐は何も生みませんから」

工藤の愁いた瞳は、子供には似つかわしくない色を帯びている。

 「それに、その強盗たちは殺されてしまったわ」
 「え?一体誰に…?」
 「さあ、詳しくは分からない。でもお祖父ちゃんがそういう仕事を請け負う
 人間が居て、その人達に頼んだって言ってた。殺し屋というのかもね。
 もう7年も前の話だけど、"R"というイニシャルだけは覚えてる」

工藤が口を開こうとすると、自分の意志とは関係なく悲鳴が漏れる。
滑ったのだ。転がった懐中電灯の光は洗面所の一部を照らす。
闇に浮かぶタイルの床には、液体が零れている。

 「だ、大丈夫!?」
 「いてぇ…水で滑ったみたい、です…」
 「怪我しなかっ………」

そこまで言って、道島は工藤の靴裏を濡らす液体に気付く。
工藤も異様な匂いに気付いて床に鼻先を近づける。

 「血の、匂い……?」


よく見ると、廊下には床を拭いた痕跡があった。
工藤は奥へと急いだ。廊下の奥に下りの階段。

 「遥ちゃんっ?」
 「道島さん、鞘師さんを呼んで来て下さい」
 「え?」
 「早く!」

地下室の鉄扉を開けると、暗い室内の床が覗いた。
警戒しつつコンクリートの階段を降りる。塵埃が鼻と喉に絡む。
扉から届く懐中電灯の光に、地下室の輪郭が浮かび上がってきた。
四方はコンクリートの壁。天井に嵌めこまれ、天窓がある。

立ち込める血臭が濃度を増した。
農機具や椅子、薬缶やフォークなどの物体が幾何学的な複雑さで
組み合わされた奇妙なものが中央に安置されている。
道具達は、どこか異教の祭壇めいたものに見えた。
最上段に飾られた物体を確認し、工藤は息を呑んだ。

背後では悲鳴。
鞘師を呼ぶように言った道島が心配になって追ってきたらしい。
祭壇を構成する全ての物体が黒血に塗れていた。
胸板に穴を穿たれて、心臓を抉られた年老いた男の苦悶の顔が浮かぶ。


コンクリートの壁や床に、棚や家具に、血飛沫の痕。
そして手や足、内臓などの人体の無残な破片が不規則に転がっていた。
室内に充満していた血と様々な臭いが、ようやく工藤の鼻孔を刺す。
血の祭壇を見てしまった道島が大きな悲鳴をあげ、尻餅をつく。
血と肉の感触でさらに狂乱した絶叫をあげた。





投稿日:2014/08/11(月) 01:33:38.93 0


 「げ、ゲンさん!?ここの主人の源太郎さんだ!」

悲鳴によって駆けつけた五十嵐が叫び、床一面の血の海に手をついた。
喉が膨らみ、手で口を押さえる。だが堪え切れずに吐き出してしまう。

 「なんなんだ、これはどういうことなんだ!?」

血の海で尻餅をついた岸本を抱え起こし、恐慌状態になりかけの
安部の横を素通りし、鞘師は血の祭壇に接近する。
まるで老人の状態を検分するようだった。
ぽっかりと空いた胸の穴に刺さっているのは、壊れた猟銃だった。

 「この銃、強引に曲げられたみたいだ。それにおじいさんの首元に
  肉食獣が齧ったみたいな犬歯の痕があるよ」
 「鞘師さん、落ち着いてますね」
 「前にもこういうのを見た事があるからね」

道島を立ち上がらせる工藤が嘔吐感を堪えながら、そういえば
以前の猟奇殺人事件に鞘師は立ち会っていた事を思い出す。
そこまで考えて、工藤は悟って、鞘師が聞こえるぐらいの言葉を呟く。

 「<人狼>の仕業…ってことスか」
 「くどぅー、悔やまないで。私もここまで早い展開になるなんて思わなかった」

<人狼>の逃走した先が一本道で、人家があった。
住人がいて、出会って殺された。工藤は喉の奥に苦いものを感じる。


 「思い出したことだけど、すぐ先の山道は土砂崩れで行き止まりに
 なってるって言ってたの覚えてる?」
 「あ、はい」
 「三方が切りたった崖に囲まれた盆地で、人狼の生き残りは
 山荘の方へと逃走したけど、道が塞がれて進めない。
 つまりあの人は山の向こうに抜けてない可能性が高い」
 「それはつまり…いやそれは…あんまり考えたくないッスね」

森の方へ向かったかもしれない、迂回して山を下ったかもしれない。
だがこの雨だ。
切り立った崖を登って、可能性が無い訳ではないが、あるという確証もない。

 「お、おい二人とも、あんまり近寄るな。子供が見ていいものじゃない」
 「もしかしたら二人を襲ったという狼の仕業でしょうか?」
 「バカな、こんな猟銃を噛み壊す狼なんぞ居るわけない」
 「だがこの噛み千切った痕はなんだというんだ?人間がこんな立派なものを
 持っているわけがないし、人間が人間を噛むなんて異常だろ」
 「青木さん、安部さん、一旦戻りましょう。道島さんが怯えてます」
 「まさかもうこの家に潜り込んでるんじゃ?」
 「はは、それこそまさかだろう。もしそうならとっくに俺達は殺されてる!」
 「いい加減にしてください!これ以上ケンカするなら追い出しますよ」
 「なんだとっ、子供のクセに…」
 「子供だからなんだと言うんですか?」


鞘師の視線に、安部が、青木が慄く。血の色に煌く燐光が二人を貫いた。
人間のものとは到底思えない、静かな殺意に言葉が詰まる。
だが一瞬の出来事で、それ以上の喧騒は起こることを拒否した。

 「それよりももっと簡単な仮説があります。あくまで仮説ですが。
 ……この中に犯人が居る。それが一番可能性が高いんじゃないですか?」

沈黙する人間達に代わって、降りしきる雨音が哄笑していた。




投稿日:2014/08/13(水) 00:41:45.54 0


全員が無言のまま、重い足取りで広間に戻る。
血に塗れた服を替える者、応接椅子に座る者。
互いが互いに距離を取り、不振と疑惑の目を向けあう。

暖炉の炎の音や雨音、五十嵐の咳すらも、居間の静謐を強調させる。
出入り口に立つのは、どこか役者然とした顔の青木。
煙草の灰を床に落とした。

 「この場にいる誰かが犯人、いや…"人狼"と呼びましょう」

視線が部屋の六人を見回していく。
先程の現場を見てとっさにそう思ったのだろう。
まるで探偵気取りのように言葉を並べていく。

 「人狼を特定できれば解決できるでしょう。
 私の専門はこういう謎を解くことなのでね。つまりは研究と批評。
 論理的に考えれば、六人のうちの誰かが犯人なのですよ」

工藤は、隣の鞘師と同じぐらい苦々しい顔をしていた。
青木が言っているようことは正しいようで、間違っている。
さりげなく自分以外の人間が犯人だと言っていることも含めて、だ。

傍らの鞘師でも理解しているのに、この部屋の殆どの人間が分からない事。
推理する行為、その問題の境界条件自体が大きな間違いで、最悪の
事態を呼び寄せようとしているのだという事を。


 「人狼なんてたいそうな呼び方をするじゃないか。それでどうするんだ?
 どうやってこのなかにいる人狼を探すんだ?」

暖炉の前で安部が問いを投げつける。
すでに人狼、殺人鬼の存在が前提となってしまっていた。
安部に寄り添った岸本は、連れあいの手を掴んで震えている。
部屋の中央に立つ青木が、芝居の台詞じみた言葉を続けた。

 「簡単ですよ。ルミノール反応を調べればいい。
 洗ったぐらいではまだ反応するはず、だからこの中で被害者の血で
 汚れた人が犯人だという訳です」

工藤は重い疲労感に襲われた。
何とも酷い言いがかりだ。あの場に居た全員が、それに該当する。

 「青木さん見てたでしょう?道島さんと岸本さんと五十嵐さんは
 それぞれ洗面所と現場で尻餅をついて、安部さんは岸本さんを
 抱え起こしたときに血に触れている。
 鞘師さんも青木さん、そして私は現場検証のときに血に触れてる。
 それにどうやって判別させるんです?道具もないのに」

青木は憮然とした表情で黙る。その時安部が口を開く。

 「ならこれならどうだ?もしもこの爺さんが俺達が来る前に殺された。
 土砂崩れの前で途方に暮れる道島さんに岸本が出会い
 雨に降られて山荘に戻った。少し経って青木が来た。
 だから最初に山荘にいた人間は……」


安部に犯人とされた五十嵐が、咳き込みながら手を振って否定する。
青木が彼に詰め寄ることを無視できず、工藤は再度の指摘をした。

 「そんなのは過程にすぎません。豪雨の中を下山するのは
 不自然なために紛れ込んだだけかもしれない。
 山道は土砂崩れで封鎖中。犯行時刻も不明ではあるけど
 時系列なんてものはここに居る時点でもう意味がないんですよ」
 「そもそもお前達が俺らの中に犯人が居るって言ったんだろ?」
 「あくまで仮説と言っただけです。それに、そう言わないと貴方達は
 これ以上に意味のない言い合いをして身を滅ぼしてましたよ。
 それこそ殺し合いでも始めそうなほど」
 「なんだとっ?」
 「分かりました。犯人はあなただ、道島さん!」

安部の怒りを遮り、青木の指の先にあった道島の顔に驚きの表情が広がる。

 「え、わ、私っ?」
 「こんな夜遅くに、女性のあなたが一人で夜更けの山道を
 歩くのは奇妙ではないですか?」
 「あの、それはその、行商中に麓の村の親戚が急に危篤だって聞いて…」

混乱する道島は言い訳ができない。
工藤は眉をひそめて言い放つ。


 「推理が急に雑になってますよ。それに、死体発見のきっかけを
 作ったのは道島さんの悲鳴です。人狼…と呼ぶ殺人犯がそこまでの
 拒否反応を示すでしょうか?あんな残酷な殺し方をするヤツが」
 「演技などいくらでも出来るだろう。それにさっきからずっと批判
 ばかりしてるが、お前達も例外じゃないんだぞ?」
 「それこそこの推理は成り立ちませんね。
 それに、ハル達がもしも犯人ならこんな余裕を持った批判を
 繰り広げてる間に皆さんに襲い掛かってるとは思いませんか?」
 「そうか、人狼は必ず行動を起こすはず!」

青木や安部、岸本や道島がそれぞれに納得する。

 「今すぐにでも山を下りよう。警察に行って全員を精密に検査すれば!」
 「残念ながら雨は今も降り続けてます。例えば視界が利かない森で
 人狼に背後から奇襲を受ける可能性もあります。
 最悪の場合、全滅の可能性もあるんですよ」

工藤の投げやりな分析に全員の顔が曇る。

 「今日は休みましょう。明日になれば天気も晴れて、山から
 下りられるようにもなりますから、それまでの我慢です。
 私達が見張ってますから、皆さんはどうぞ休んでください」
 「何故子供にそんな真似を…」
 「あ、じゃあ私も見てます。二人と一緒に」


道島が二人を庇うように場を収めようとする。
それぞれに文句を言っていたが、それでも全員が応接室に散らばった。




投稿日:2014/08/15(金) 17:13:02.58 0


窓を通して外を見ると、雨は少し小降りになってきているようだった。
だが、時間は遅々として進まない。
源太郎老人の惨殺死体を目にし、しかも犯人がこの部屋にいるかも
しれないと思っていては、さすがに眠れる者もいない。
それでも暖炉の横に設置されたソファに倒れ込んでいた岸本は
風邪が悪化したような苦しげな寝息を立てていた。
連れの傍らで、安部は連れ以上に高熱を出しているのか、視線を
床に落としたまま動かない。

椅子に座る五十嵐は、眠りそうになるたびに自分の咳の音で起きる。
周囲に犯人がいないかと怯えた顔で見回し、また椅子に深く身を沈める。
道島は机に突っ伏し、小さく寝息を立てていた。
青木はまだ推理を続行しているのか、椅子に座ったまま紫煙を吐き続けている。
間延びした静寂。

 「ヒマだね、くどぅー」

鞘師が小声で工藤に語りかけてくる。

 「携帯も圏外だからアプリもできないし、くどぅーには辛い環境だ」
 「生田さんぐらいの依存症はありませんよ。それにこんな状態でよく退屈なんて…」
 「状況と言えばさ」

鞘師の目は天井を見上げたままだった。


 「くどぅーはもう分かってるんだね、誰があの人狼なのか」
 「…漫画みたいに全ての手がかりを見つけられるわけじゃないし
 証人たちの記憶も曖昧です。だから安全策を選びました、けど…」
 「けど?」
 「人狼の動機が分からないんですよね。何があそこまであの人達が
 人間を憎むのか。いや、能力者な時点で辿る道なのかもしれません」
 「情でも湧いた?」
 「ハル達のやってることが正しいとは思わないです。
 どんなに弱いものでも強いものでも、悪い道に走るのはそれなりの
 理由があって、そうしてハル達もまた、非情なことをしている」
 「迫害されてきた過去を忘れろとは言わないけど、無関係な人間と
 敵対するのは筋違いだとは思うけどね」
 「人狼だけに、ハル達だけに譲歩を求めるなんて」
 「私達はそれでも人間と歩むことを選んだ。
 でもあの人達はそれを否定して、人類全体との敵対を望んだ。
 ならその先に永遠に続く戦いを引き受けるしかないんだよ」

人狼として生きる<獣化能力者>は、元々それが自然だからだ。
人類に敵対する人狼とって、自己の唯一の拠り所になってしまった。
彼らの存在を捻じ曲げようとした工藤の選択は、この現実を
見せられてしまったとなれば愚かな行動だったと言える。

 「ハルのせい、ですよね。あの時ハルがちゃんと……」
 「くどぅー、私にそれを責めることは出来ないよ」


鞘師の正確な指摘は刃となって、工藤の口を閉じさせる。
源太郎老人に死を呼び寄せた原因が、工藤の判断に一因が
あることは認めざるおえない。
瞼が熱くなるのを感じると、腕で強引に拭った。

 「あの、すいません」

五十嵐が咳き込みながら声をかけてきた。
小用に行きたくて青木達に声をかけたが、誰も応じなかったらしい。

 「鞘師さん、私が行きます。その代わり…」

雑事を済ませてから、工藤がついて廊下を進む。
洗面所の前で時間が過ぎるのを待つ。
工藤の目は、廊下の窓の外を眺めていた。
銀の斜線が緩やかになっているから、雨はもうすぐ止むだろう。

 ―― さあ、道化の夜は終わりだ。
 銀の弾丸を埋め込まれた人狼の皮を剥いでしまえ。

五十嵐が出てきたのを確認し、工藤は深く呼吸をして、それから声を掛ける。

 「五十嵐さん、人狼はあなたですね?」





登校日:2014/08/17(日) 16:52:57.59 0


蒼白な顔色の五十嵐の肩を抱えながら、廊下を戻る。
応接室の扉の前で、苛々と煙草を吸っている青木と、離れて立つ
岸本が待っていた。

 「五十嵐さんはどうしたんですか?顔色が悪いですが」
 「どうやら過労がたたったようです」

五十嵐の返事を遮って工藤が答える。
扉を抜け、魂魄が抜けたかのように五十嵐を椅子に座らせる。
工藤は何をしていたのかと尋ね返すと、同時に喋りだす。

 「あの、私と安部さんの熱がひどいので、薬でも探そうと」
 「俺は眠気覚ましに顔を洗いに」
 「二人同時には見張りできません。では、岸本さんから」
 「なぜ?」
 「決まってるじゃないですか、岸本さんの容態の方が大事です」

憤然とする青木の横を抜けるときに、体がぶつかる。
青木が不愉快な顔をするが、無視して岸本とともに戻った。
懐中電灯で闇を照らしながら長い廊下を歩く。

 「それにしても、あのおじいさんを殺した犯人は誰なんでしょうね?」
 「え?さあ?私に聞かれても…」

二人で廊下を進み、暗い台所に到着した。
体調の悪さで気だるげな表情の岸本が棚を空け、薬を探す。
工藤は息を大きく吸い、宣告する。


 「岸本さん、犯人はあなたですね」
 「え?」

調理棚から、薬の小瓶を出そうとしていた岸本の手が止まる。

 「あの、その、私にもその可能性があるのは当然です。
 でも違うと言っておきます。本物の犯人もそう言うと思いますけど」

岸本は困惑した表情でなおも続ける。

 「私は安部さんと旅行してるんですよ?
 もしかして、安部さんと共謀してあのおじいさんを殺したとでも?」
 「二人の旅行というのはそもそもいつからなんでしょう?」

工藤は声に意地悪な疑念を帯びさせていく。

 「それはこの数日間の関係、たとえば山荘の手前で
 帰り道用の偽装の同行者を探したのかもしれない。
 それとも土砂崩れの行き止まりで逃げ場を失ったのに気付き
 急いで引き返してからかもしれない。
 今頃は私の指示に従って、鞘師さんが安部さんに確認してますよ」

黙り込む岸本。


 「まあこれは訊かれなかったから言わなかった、と言えばそれまでだ。
 証言も曖昧な記憶の産物なので、あの青木さん流の推理は
 全く役に立ちませんよね」

工藤はそこで言葉を切り、少し間を置いて説明する。

 「この事件の答えは、単純に好き嫌いの問題なんですよ」

岸本の表情はさらに困惑の色を強めるが、続ける。

 「人狼の好きなもの、嫌いなもの。狼や犬の特徴を
 持ってる人物を特定すればすぐに分かるんですよ、岸本さん」

工藤は右手を後ろに回した。

 「イソパールという成分は分かりますか?
 これは蜜柑などに含まれる苦味成分で、犬は大嫌いなんです」

理解できない岸本に、工藤は背後から取り出した橙色の塊
蜜柑を突きつける。

 「これは道島さんからいただいたものですが、道島さんと
 安部さんは食べたので容疑から外れます。が、岸本さんは
 断ってましたよね?」


掲げた蜜柑を、岸本の目が不思議そうに眺めている。

 「これは踏み絵です、自分が人狼じゃないと主張するなら
 この蜜柑を食べてもらえませんか?」

呆気に取られていた岸本だったが、咳き込むように笑い出す。

 「ちょっと待ってください。意味が分からない。
 人狼っていうのは青木さんが勝手に殺人犯のことをそう呼称
 しただけでしょう?何故そんなことで私が犯人だと決め付けるの?
 それに他の人も食べてないわ。五十嵐さんと青木さんと三人がそう。
 私は蜜柑の免疫過敏症で食べられないから断っただけ」
 「そうですか」

岸本の険しい表情に、工藤は蜜柑を食卓に置いて逆に微笑み返した。

 「他にもそうだな、犯人の話をする時、あなたはずっと黙ってた。
 犯人を非難することもせずに周りの反応に賛同するだけで
 自分のことを主張するような真似もしなかった。五十嵐さんに対して
 言い放つ口調を聞くと、あなたはもう少し感情的な性格をしていると思いましたが」
 「なんだかバカげてるわ。私は素直に物を言うタイプなだけよ。
 キミはなんなの?青木さんの時も茶々ばかり入れて、周りを混乱させてるだけじゃない」
 「じゃあこれならどうです?」


呆れだしている岸本に工藤は見せ付けた。
手には安部にぶつかった時に盗み取った一本の煙草が握られている。

 「狼や犬は嗅覚が過敏なので、煙草の煙を嫌います。
 つまり、喫煙者の青木さんは外れます」

工藤は台所を見回しながら続けた。

 「なんだったら玉葱や葱でも食べますか?
 人間には無害ですが犬系の動物に対しては有害なんです。
 場合には死に至ります。
 それか私か誰かの血液をあなたに輸血してもいいんですよ?
 人間と狼が持つ抗体は違いますから、輸血すれば死にます。
 都合よく免疫過敏症とでも言いますか?」

岸本は言葉を投げ返さなかった。

 「ま、ここで決着が付かなくても明日、下山して警察に行けば分かることです。
 化けの皮を剥ぐのはこの蜜柑より簡単なこと。
 バレて命の危険性があるのは、あんただけだ」

薄笑いを見せて挑発する。全てが遅すぎると嘆く道化のように。

瞬間、工藤の体に横薙ぎの力が衝突した。
衝撃のままに吹き飛ばされて、背中から棚へと衝突する。
食器棚のガラスや食器類が割れ、耳障りな多重奏を奏でて
床へと落下し、破片を散らした。








投稿日:2014/08/19(火) 10:28:35.66 0


転がる工藤が見上げると、迫る岸本の姿があった。
眼前で可憐な口唇が頬まで裂け、そのまま前方へと伸びていく。
口腔内に凶悪な牙が跳ね上がっていった。
さざ波が広がるように、白い肌に長い暗灰色の剛毛が生えていく。
隆起していく全身の筋肉が、服の布地を裂いていった。

人狼の正体は岸本だった。
人間の名残を留めていた瞳が、どこか出来損ないの悪夢めいている。
筋肉の束があわされた人狼の剛腕が振り下ろされた。
五指の爪をダガーナイフで受け止める。

工藤と人狼は衝突慣性のまま床に倒れ、転がった。
次の瞬間、視界一面に猛獣の口腔内の赤が広がる。
上下の顎の牙が工藤の顔面を狙った。

 「お前が喰らうのはこっちだ!」

ダガーナイフを強引に差込み、刀身で犬歯を押さえる。
真上に投げたM67破片手榴弾が炸裂し、衝撃と轟音を、人狼は
高速反射で顔面を逸らしたが、爆風が顔面を掠める。
衝撃波の刃は、人狼の体を吹きとばし、勝手口へと衝突させる。


運動慣性のまま扉を粉砕して戸外へと追い出される。
近距離爆裂で、工藤の頭が揺れた。意識を保つ。
破片で頭から流血する。耳もやられたようだった。
それでも人狼の後を追って、工藤は屋外へと飛びだす。

いつの間にか雨は止んでおり、荒れ果てた敷地に月光が
静かに降りそそいでいた。
冷徹な月の光が、濡れた雑草と泥濘となった敷地を照らしている。
大地には人狼が四つ足で這っていた。
爆裂で顔面と口腔が爛れていたが、瞬時に修復していく。
腕を骨まで切断されても、完全修復するような異能者に、手加減した
チカラでは致命傷にならない。

 「獣化禁止の約束は、無意味になっちゃったな」

工藤のつぶやきに対し、人狼の目に嘲弄の色が浮かぶ。

 「ナニ言ッテル、人狼ト人間にナんノ約定がアるんダ。
 コの姿ニなルこトは爽快スら覚えル。コレコソガ本来ノ姿ダ」
 「人間と思うことを辞めて獣化して別の存在として生きる、ね。
 確かにそっちの方が楽だよな、何も考えず、ただ獲物を求める
 だけの獣になるなら、そっちの方が何倍も楽だよ」

溜息を吐く。異能者である自分を忘却するための殻。
<獣化能力者>の存在が目の前で嗤っている。


 「五十嵐さんも容疑者だったけど、蜜柑への嫌悪感も無く
 ヘビースモーカーということが分かって確信がとれた。
 必要ならば他にも追求する予定だったけど、ここまであっさりと
 正体を見せるなんてとんだ臆病だな」
 「まサかオ前、最初かラ知っテた上デ…」
 「さっきの説明は単なるこじつけに過ぎないけど、確信はあったよ。
 能力者同士にしか分からない気配みたいなものは簡単には消せないし
 何よりハル達は、あんたを逃がすつもりは毛頭無かった」

怒号。
二本の後ろ脚から泥濘を跳ね上げ、人狼が工藤に向かって全力疾走する。
工藤が放つ手榴弾の炸裂と轟音が風をを迎え撃つ。
人狼は爆発に高速反応し、影を残す高速飛翔で直撃を回避。
右前方、敷地にある木の幹に爪をめり込ませて着地。
人狼の強靭な筋肉組織から生み出される速度は、常人に捉えるものではない。

工藤がダガーナイフを構え直すよりも早く、人狼は木の幹を蹴りつけて再跳躍。
間合いを一瞬で無にし、重い横薙ぎの腕の一振り。
剛腕で工藤のナイフが弾かれた。
人狼は体当たりで工藤を大地に叩きつけ、組み伏せてくる。

 「時間稼ぎはここまで、狩人の登場だよ」


人狼の血が跳ねた。
自らの喉から生えた冷たい紅刃を、人狼は困惑した瞳で見下ろす。
人狼が視線を上げていく。
自らの喉には、血のように紅い刃先の角が刺さっていた。
人狼の視線は、刃に続く握る手、そして鞘師の紅い瞳に出会う。
異形の者が後方へ体を退くよりも早く、鞘師が喉に刺さった『刃』を
天空へと跳ね上がる。
喉から下顎、上顎まで切断されながらも、人狼は脳への致命傷を避ける。
地面を蹴りつけて後方飛翔。まるで猫のようだ。

 「派手にやったなあ、くどぅー」
 「すみません。でも今はあの姿にはなれませんから…」
 「うん、よくやった」

冴え冴えと零れる月光の下、荒れ果てた敷地に工藤と鞘師が並ぶ。
二人で顔面を黒血に濡らした人狼の岸本と対峙する。

 「あれが狼なのか!?」
 「狼があんなにデカいのか…あれはもはや…あれこそが人狼っ」
 「おい、岸本さんが居ないぞっ」
 「ということは岸本さんが犯人っ!?」

山荘から出てきた青木や安部、道島や五十嵐が悲鳴と叫び声をあげた。
人狼は外野へは視線を向けない。
工藤のみを見据えて低い唸り声をあげる。


 「鞘師さんには分かるんだよ、ハルの位置がな。
 降伏してよ、これだけの距離が離れたなら、最初に遭遇した
 ときみたいに圧倒させることができる」

人狼の喉の奥で低い唸り声が響く。工藤は説得を続けた。
額から血が垂れ落ち、視界が赤く染まる。

 「鞘師さんが居ればやり方もいくらだってあるんだ。
 どんなに人狼の特性を生かしたところで、ハルや鞘師さんは
 その特性を知ってる上に打開策だって持ち合わせてる。
 その威力は二倍、いや三倍にできる」

人狼もすでに山麓で厳格な実力差を体験しており、理解している筈だ。
突然、人狼は蒼い月へと喉を垂直に立てた。

 あオるるるるルるるううっ!

長い長い遠吠えをあげる。
それはいつまでも続く無明の慟哭にも、痛切な哀歌にも聞こえ、耳に残った。
岸本だった人狼は顔を前方に戻す。
そして工藤へと一直線の突進。
鞘師が無言で歩き、人狼の疾走を迎える。二条の風が月下で交差する。
紅い光が疾り、肘から切断された人狼の右腕が宙に舞う。
翻った斬光は空いた右脇腹へと吸い込まれ、背面へと抜ける。


鞘師の交差剣術。
傷口から黒血と臓器を散らし、致命傷によめきながら、それでも突進はやめない。
左腕が宙に舞う。両腕を失った人狼は前進して口を伸ばす。
P226を持った工藤の右手首に、上下の犬歯を突き立てる。
静謐に凍える大気。
しかし、人狼は顎を閉じることができなかった。
口腔からは血反吐を溢れさせる。

 「ナ、んダこ、レは?」
 「あんたに埋め込んだ弾丸を覚えてるか?」

工藤は哀しみをこめて答える。

 「あれは普通の弾丸じゃない、<獣化能力者>の特性を封じるために
 特殊な金属で生成してある。遺伝子変位や複製阻害を
 起こすことで癌細胞を発生させ、増大させてしまう悪魔の弾丸」

人狼は理解できずにいた。全身に広がった癌細胞の苦痛で
理性が保てないのだろう。工藤は静かに死刑宣告を果たす。

 「あんたに回復してもらうために爆弾も惜しみなく使った。
 超高速細胞分離すると癌細胞も爆発的に増殖させてしまうから。
 源太郎さんを殺した時点で癌は芽を出し、そして二度目の獣化をした。
 それでもう決まってたんだよ、岸本さん」


ほぼ受け売りの知識ではあったが、それが工藤に告げられた経緯を
説明するとあまりにも長く、あまりにも思い出したくない過去が蘇る。
弾丸を使わなければいけなくなる事件があったからこそ、この銀の弾丸
は生成され、そして工藤へと渡されてしまった。

 「私ハ……」

工藤の腕に犬歯を突き立てたまま、人狼が牙と血泡の間から
小さな言葉を零す、そこにはもう、殺意はなかった。

 「私ハ人ト獣の、どチらノ地獄ニ行クんダろウ……?」

工藤は何も聞こえない表情を装った。
人狼は痙攣とともに大量の黒血を吐き、腕に牙を立てたまま崩れ落ちる。
そして人狼の生命と苦痛が永遠に停止する。
屍の顎から、血泡に濡れた右手を引き抜く。
<獣化能力>が消滅し、人間の姿に戻りながら力なく泥濘に落ちた。








投稿日:2014/08/20(水) 01:15:13.54 0


跳ねた泥に汚れ、黄金色の瞳は輝きを失う。
岸本という人間の女の眼を手の平で閉じさせた。

 「ど、どういう事なんだ?なんなんだその女は…」
 「死んでしまったの…?」 
 「岸本さんが殺人犯だったのか…」
 「良かった、これで殺されなくて済んだ!」

青木と五十嵐が安堵の声をあげる。
岸本が"人狼"という殺人鬼であり、何故狼の姿なのかは分からないが
安部にも道島にも、自分達の命をこれ以上脅かされないことを理解したらしい。
微かに安堵の表情が見て取れた。
それでも目の前の現実を認めたくないという拒否反応が勝っている。

 「こんな得体の知れない者に命を狙われていたとは…。
 二人共、どういう事か説明してください。この殺人鬼
 このバケモノは一体どうしてこんな事をしでかしたのか」

工藤の胸の奥で、嫌悪感と憤怒が沸騰する。
振り向きざまに、工藤は探偵きどりの青木の顎を殴り飛ばす。手の骨が痺れた。
突然の暴力に、鞘師以外の全員が硬直する。
倒れて泥に塗れた青木が、腕で起き上がる。

 「な、なにするんだ!血迷ったか!?」

切れた唇から血を流した青木に、それでも言わずにはいられない。


 「青木さん、あんたが何をしたのか分かってる?
 確かに私達はこの中に犯人が居るとは言った。けどそれはあの人への
 警告のようなものだったんだ。密かに監視していれば、あの人は動かなかった。
 ハル達が居たからな。朝になれば、それぞれ疑念を抱きながらも別々の方向に
 去っていく事だって出来たんだよ」

泥濘となった敷地に、工藤の苦い言葉が響く。

 「けどあんたが名探偵きどって山から降りようと言い出した。
 無理にでもハル達を殺すしかなかった。人間の姿での生を守るために。
 逃げ道を塞いだのは、追い込んだのはあんたやハル、この場全員だ!」

工藤の激烈な弾劾に、青木の顔には感情の揺らぎも後悔も浮かばない。

 「あの人が獣化すれば死ぬようにしてた。
 犯人捜しに意味なんてなかった。ハルが、鞘師さんが余計に
 手を汚しただけじゃないか!」
 「だが、結局はこのバケモノを殺すことに変わりはなかった!
 なんの文句がある!?お前はあのバケモノと人間のどっちの味方なんだ!」

工藤は返すべき言葉を喪失した。額から血の滴が落ちる。
青木の言葉は、一面で正しい。
どうしようと、結局工藤は人間の側にしか立てない。
だから不平等な条件の弾丸をあの異能者に押し付けた。
獣の姿であるより、人の姿であることを肯定させる縛鎖を。

 自分もまた<獣化能力者>と同じ"変身"を用いることが出来るというのに。


異能者としての非情の責任から逃げ、先延ばしした偽善の払いもどしを
工藤自身が受けただけなのだ。
無力感に、工藤は泥土の敷地に立ちつくす、一呼吸した。

 「ハル達はなんだ?正義の代理人とでも思ってんの?
 バケモノと人間のどっちの味方?
 それが分かってんならこんな半端な場所に居るわけない。
 もしもハルが本当にバケモノの味方なら、ただの人間のあんたはもう死んでるよ」

青木は何も言い返さなかった。吐き捨てる工藤は一瞬瞼を閉じる。
背後も見ずに、工藤は疲れたように泥濘の大地を歩き出す。鞘師も傍らに続いた。

 「皆さん、危機は脱しました。雨も止みました。
 だからこれからは、皆さんで決めてください。道を進むか、留まるか。
 ここの事はあとでこちらで全て処理します。他言してもきっと良い事ないですよ」

道島がどんな思いで二人の背中を見ているかは分からない。
工藤は何かを踏みつぶすようにして泥土を踏みしめる。
月はただ、無表情な光を降らせているだけだった。


その後はなにも変わったことはなかった。
山荘を去った足で村に戻り、あとは始発電車の座席に座り
窓の外を流れ去っていく田舎の田園風景を眺めるという現在に繋がるだけ。
窓に映る自分の不機嫌な顔を、自分の目が眺めている。
横に座る鞘師は、目を閉じて体を工藤に預けて熟睡していた。

夜が明けた今でも、二人の間での会話はなかった。
電車の揺れる音が時折響くだけ。

 「気分の悪い事件でしたね」

工藤の口が勝手に告げている。続けるべき言葉を見つけられずに
電車だけが揺れている。鞘師は答えない。独白は続いた。

 「利益も生存闘争も意味もなにも無い戦いなんて、ドラマとしては
 最低最悪です。推理劇にすら出来ませんよ」
 「面白い推理劇なんてないよ。そんなのは漫画家に任せておけばいい」

瞼を閉じながら、鞘師は言葉を呟く。どうやら起きていたらしい。

 「結局、ハルはあの人のことを信用してなかったんですよ。
 あの弾丸を撃った時点でハルは、あの人の死を願ってしまった」


人狼の群れが村へと訪れたのは、あの十年前に起こった
人狼たちの復讐のためなのかもしれない。
殺された元自警団の源太郎老人は、岸本のかけがえのない同胞に
手を下した当人かもしれない。
あの獣達に対抗できた源太郎老人は、異能者だったのかもしれない。
さらには源太郎老人が引退した原因がその事件にあったのかもしれない。

全て推測。
工藤はすべてを明確にしたいという気もなかったし、今や当事者であった
全員の命が失われていただろう。
工藤は鞘師の横顔に問いかけようとして、止めた。

生きるべき道を選べない自分は、リゾンナンターとして正義の道を
進むのは向いていないかもしれない。
自らの存在の疑問を叫んだ人狼も、人と獣のどちらにもなりきれず
受け入れられないことに足掻き続けているのかもしれない。

自己弁護しているだけの過剰な感傷に吐き気がした。
工藤は急に全てがどうでも良くなり、少し眠ることにする。

 「すみません鞘師さん、街に着いたら起こしてくれますか?」
 「良いけど、私も寝るからアラームかけた方がいいよ」
 「…そうッスね」


携帯電話が使えるのを確認し、パスワードを入力する。
すると着信履歴に数件の受信があった。
連絡がつかなかった事による心配からだろうか。

 「すみません、電話かけますね」
 「んー…」

なんにしてもこのままなのもアレなのでかけてみる事にする。
すると三回ぐらいで相手に繋がった。

 ああ、はるなん。うん、ちょっとあってさ、あとで説明する。
 あゆみんにも謝って…いや、帰ったら謝るよ。
 ……あ、まーちゃんに代わって、約束破ったから問い詰める。
 うん。………あ、まーちゃん?まーちゃんだろ?
 昨日なんで連絡つかなかったんだよ。は?言ったじゃん。
 迎えにきてって。は?携帯が壊れた?なに言ってんだよ。
 携帯なんて使わなくてもまーちゃんは……ほらまた言い訳した。
 まーちゃんが居たら何も起こらなくても良かったんだぞ。
 皆に心配かけるなんてこともなかったんだ。
 意味分かるでしょ?分かれ。は?何怒ってんの、逆ギレかよ。
 ハルもまーちゃんなんてきらいだよ。
 なんだよホントに、こっちがどんだけ大変だったと思ってんの。
 …っ、上擦ってねぇし!泣いてねぇよ!もういい!


一方的に着信を切ると、工藤は身を丸くして泣いた。
泣きじゃくる工藤の肩に体を預けたまま、鞘師は彼女の頭を撫でる。
窓から工藤の髪をなぶる風が、昨夜の叫びを思い出させる。
今でもあの凍える月光の下で、あの人は啼いているのだろうか。
どこに行けばいいのかと問う、絶望と慟哭の咆哮を。
誰にも答えられない、哀惜の遠吠えを。

幻聴を遮るように、工藤はただ泣いた。