『リゾナンター爻(シャオ)』 04話




喫茶リゾナントのある街区を抜け、住宅街を突っ切り、全速力で走る刺客。
彼女はダークネスに属する能力者。ただし、オリジナルの能力者を元に作り出された「クローン」だった。

あいつ、煙幕で見えないはずなのに的確に打ち込んできやがった…

忌々しげに背中を摩る少女。
不自由な視界の中で繰り出された一撃、それは里保の腕前がかなりの高水準に達していることの証拠でもあった。
正直、少女は自分の戦闘力に自信などなかった。となれば、引きつけてからの不意を叩くしか方法はない。
あの場所でやり合わないで正解、計算どおりに自分を追ってくればこの先にいるパートナーと組んで反撃に打って出る手はずになって
いる。

やつらの顔は全員憶えた。
例え偽者だと頭では理解していても、自分の知っている相手の姿をした人間をそう簡単に攻撃できる人間は少ない。
意を決めたとしても、迷いが大きく力を鈍らせる。その隙を、数の論理で突く。
それが、少女と彼女の相方の必勝法であった。


人気のない資材置き場に出た。そこで少女はようやく走るのを止める。
相棒がすぐ近くにいるはずだが、追っ手が迫って来るような気配は無い。
それを刺客の少女は相手が怖気づいたと判断した。

「へっ。何がリゾナンターだ。とんだチキンどもじゃねーか。なぁ?」

少女は物陰に潜んでいると思しきもう一人の少女に語りかける。
返事は無い。少女の声が静寂に響き渡るのみだ。

「大体、うちらダークネスが躍起になって潰しにかかるような連中かね。幹部連中さえ手を拱いてたってのもずいぶん昔の話だろ?」

やはり返事は無い。
少女は急に不安に襲われた。

「おい、無視すんなよ!そこにいるんだろ?くだらねー真似してんじゃねえよ!!」

少女は自分のパートナーが自分のことをからかっているのだと思った。
状況が状況だけに、笑えない。そんなことしてる場合かよ、と毒づくのも当然の話。
だが、そんな表向きの感情とは裏腹に。何となく嫌な雰囲気が少女を覆っていたのもまた確かだった。

その予感を払拭するかのように、さらに声を張り上げて相手の名を呼ぶ。
叫び、姿を探そうと髪を揺らし、そしてまた叫ぶ。
小さな体に似合わぬ大声に反応したのだろうか。
そこで、ようやく電柱の影からゆっくりと人影が動いた。

「…いい年してかくれんぼとか、つまんねえことしてんな…よ…」

だが。その影を目の当たりにした少女の顔が引き攣る。


少女のパートナーは。相方は。
ガラス玉のような瞳で、こちらを見ていた。
いや、その機能は既に停止していたのは明らかだった。
相方の土気色の顔、その下は。

喉の部分だけを、綺麗に切り抜かれ、絶命していた。

「なっ、なんだ、なんだこれ!!!!!!」

恐怖に引き攣ったまま固まった顔で、目玉をぐるんと真上に回したままどさりと崩れ落ちる死体。
誰が何のためにこんなことを。少女の思考は一瞬にしてパニックに陥ってしまう。
腰が抜け、尻餅をついた状態で思わず後ずさる少女の視界を何かが遮った。

「う、うわああああっ!!!!!!」
「ピーピーうっせえよ。雑魚」

少女の顔が。
何ものかによって鷲掴みされていた。
誰かの手によって視界が塞がれていたのだ。

「だっ、だだ誰だお前―」

言い終わる前に、柔らかなものが潰れる嫌な音が響く。
まるでグレープフルーツの果実でも握り潰すかのように。
少女の首から下が真っ赤な液体で汚される。少女を一瞬にして葬り去ったその人物は、血に塗れた掌をじっと見つめ、それから「汚ね
っ」と呟きながら死体の服に擦り付けた。


「はぁ。『のん』のクローンにしちゃ弱すぎだろ、お前」

心底軽蔑した視線で一瞥し、それから小石でも蹴飛ばすかのように物言わぬ少女を。
蹴り飛ばした。
頭を失いバランスをひどく欠いた肉塊が弧を描いて飛び、水を含んだずた袋みたいな音を立てて地面に落ちた。

「あーあ、また殺しちゃった」
「…いるんだったら最初から言えよ」

背後から、可愛らしい高声が聞こえてくる。
太陽に照らされて黒く刻まれた、お団子頭のシルエット。

「いくら組織の使いっ走りでも、勝手に殺したらダメだよぉ」
「うっせえ。て言うかそのきもい喋り方やめろよ、吐き気がする」

おえええ、と吐くようなジェスチャーをするポニーテールの少女。
それまで天使のような微笑を浮かべていたもう一人の少女は、途端に不機嫌な顔になった。
つかつかと歩み寄り、ポニーテールの肩を引き寄せて自分の正面に向かせる。

「うちはお前とは違うんや。組織裏切って死んだチビの地盤引き継いで、可愛らしい子供みたいな理想のボス像を演じなあかんのやから」
「そうそう、その下品な関西弁があんたにはぴったり」
「ハァ?下品な顔の自分に言われたないわ。顔変えすぎてオリジナルの顔忘れたんと違うか?」
「黙れハゲ。カゴック。体重が三倍界王拳」

お団子頭がそれまでの高音から信じられないくらいのドスの効いた声を出すと、対するポニーテールも相手の黒のワンピースの襟を思い
切り掴んだ。まさに、一触即発の状況だ。
顔をつき合わせ、互いににらみ合う二人の少女。
先に引いたのは団子頭のほうだった。わざとらしいくらいの笑みを作り、拍子抜けした相手の手を軽く振りほどく。


「まあええ。とにかく、自分が拵えた死体を何とかせな。早いとこ、よっちゃんとこの死体処理班に連絡しい。釈放早々騒動起こした
なんて聞いたらまた『首領』に怒られるわ」
「へいへい」

不承不承、携帯を手に取りちまちまといじるポニーテール。
とぅるるる。あーもしもし、早速だけどゴミ回収頼むわ。は?つべこべ言ってるとてめーもゴミにしてやるぞ。ったく。場所は、○
○区の…なに?じーぴーえす?わけわかんねえこと言ってんじゃねえよ。あ?場所がわかるって?だったら最初から言えよ。アホか
ボケナス。がちゃ。

「ごくろーさん」
「…しっかしこの『すまほ』?ってやつ、めっちゃ使いづらいんだけど。押したい場所押そうとしても変なとこ開いちゃうし」
「せやから何個もぶっ壊してるんやな。うちなんてもうスマホマスターやで?やっぱ頭が原始人なお前とは格が違うわな」
「は?誰が原始人だって?」
「済まん済まん。原始人っちゅうか、ゴリラやった」

今にも掴みかかろうとしてる相方を他所に、お団子頭の携帯が鳴る。
簡素な了承の返事だけをして、通話を切った。

「…誰からだよ」
「ふぐっ面サイエンティストや。今日の夜に幹部集会やと。ついこないだ幹部に復帰したばかりやのに、忙しいこっちゃ」
「ふうん。いいんじゃない?久しぶりにみんなの顔、見たいしね」

肩を竦める団子頭 ― 煙鏡 ― と、期待にポニーテールを揺らす ― 金鴉 ― それぞれの反応。
しかし、どちらもそれが自分達にとって「大事な」集会であることは理解していた。

「ほな帰ろか。”噂の喫茶店”も覗いてみたかったけど」
「まあいいじゃん。いつでも殴り込めるような場所だし」

そんなことを言いつつ、その場を去ろうとする二人。
が、「金鴉」が何かを思い出したかのように立ち止まった。


「何やねん、急に」
「忘れてた」

それだけ言うと、自らが喉をくり抜いたもう一つの死体に歩み寄り、やおらその首根っこを掴む。
そして。

「飛んでけ!!」

片手だけの力で。
「金鴉」は死体を思い切り空に向かってぶん投げる。手足があらぬ方向に曲がったままそれは宙を泳ぎ、やがて生前の相方の上に雑
に落ちてゆく。ぐしゃ、ともぼきり、ともつかぬ嫌な音が聞こえて「煙鏡」は大げさに顔を顰めてみせた。

「めいちゅう!っと。のん、めっちゃコントロール良くない?」
「アホ。仏さんは大事にせんと、呪われるで」
「うわぁ、ババくさっ」
「誰が線香の臭いや、めっちゃフローラルやっちゅうねん」

そんな愚にもつかないことを言い合いながら、資材置き場から離れる二人。
入れ替わるようにして現れたのは、全身黒ずくめの怪しい集団だった。
無残にも惨殺された擬態能力者たちを取り囲み、そして何事もなかったように散開する。
後には、血痕すら残っていなかった。


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リゾスレにおいてはあまり馴染のない二人の登場です
イメージ的には 

これの黒バージョンで




投稿日:2014/07/01(火) 02:04:53.10 0

























最終更新:2014年07月07日 12:42