リゾナンター ’14  第一話「わがまま 気のまま 愛のジョーク」



時を越え世代を越えて戦い続ける少女たち
それは導かれし運命か
共鳴という名の呪いなのか
人が運命の虜囚だとしたならば、その生きざまは二つに一つ
従順な子羊として一生を送るか
路傍に屍を晒す未来を恐れず、孤狼として抗い続けるか
この物語は美しき獣たちの戦いの記録
困難な道を選択した戦士たちの魂の叫び
そう、彼女たちの名前は…

第一話 「わがまま 気のまま 愛のジョーク」

駅前のバーガーショップで事件が起きた。
キッズコーナーで遊んでいた幼児達が突然血を流し始めたのだ。
子供達の泣き声と母親の悲鳴が入り交じる現場に駆けつけてきたのは、喫茶リゾナントを拠点に活動する能力者集団リゾナンターの一員、譜久村聖だった。

救急車さえ到着していない早いタイミングで、聖が現場に駆けつけられた理由とは…。

学校帰りにリゾナントにやって来る工藤遥を駅前で捕まえてデートに誘おうとしていたのだ。
そんな浮ついた目的は現場の状況を目にした途端一掃した。
子供達の様子を見る限り、全員命に別状は無さそうだ。
どの子もいきなり血が流れ出したことに恐怖して泣き出したらしい。
右往左往している店員や、野次馬と化した無関係な客の会話から察するに、犯人らしき者の姿は見あたらなかったという。

ならば遊具に何か刃物が仕掛けられていたのか。
プラスチック製のジャングルジムあたり格好の対象だが、もしそうだとしたら一つ気になることがある。
どの子供も、一様に左手から血を流している。
子供達の笑顔を奪った憎き犯人に迫るため、キッズコーナーに立ち入ろうとした聖。


そう、譜久村聖の能力は物質に触れた人間の残留思念を感知することの出来る接触感応だった。
もしも犯人がキッズコーナーに侵入して、遊具に何か仕掛けたならその際にきっと触れているだろう。
その残留思念を読むことが出来たなら、敏速且つ正確に犯人に迫れるだろう。
しかし聖が能力者であることを知らない店のスタッフからすれば、聖はただの部外者だ。
キッズコーナーへの立ち入りを許すはずもなく。

「警察と救急が来ますから入らないで」
「でも…」

接触感応という能力を保有する以外、聖はいたって普通の人間だ。
スタッフの目をかいくぐるスキルもなければ、排除する腕力も持ち合わせていない。

それに無理に入室しようとして騒ぎになったら、傷ついた子供達を余計に怯えさせるかもしれない。
そう思った聖は大人しく引き下がろうとしたのだが…。

「はる坊のママじゃないですか」
「えっ」

制服姿の工藤遥が胸に学生鞄を抱え立っていた。

「今日はりほちゃんのママと待ち合わせしてたんじゃなかったっけ。だったら心配ですよねえ。もしかして携帯も繋がらないんだったら、りほちゃんのママがいるかどうかだけでも確認させてもらったら」

事件現場の近くにいる聖を見つけ、機転を利かしてくれたのだ。
遥のアシストもあって知り合いの安否を確認したらすぐ退出する約束で入室を許してもらった。
母子達の顔を確認する振りをして、キッズコーナーのマットや遊具にさりげなく触れていく。
子供たちを元気づけることも忘れない。
そして…。


「結論だけ言っておくね。キッズコーナーには犯人らしき人間の思念はいっさい残っていなかった」

駆けつけた警官に追い立てられるように店外に出た聖と遥は、野次馬の人垣の外で話していた。

「…ていうことは、まさか能力者が絡んでいる?」

遥の言葉に頷いた聖は、接触感応を発動して周囲の電柱や建物の壁に触れている。

「譜久村さん、まさか犯人探しをするつもりですか、それはヤバいですって」

遥が警鐘を鳴らしたのは、子供を平気で傷つける凶悪な能力者にセンサー系の能力者である聖が迫ることを危ぶんだからだがもう一つ理由があった。

この国の法体系は表向き異能力なるものなど存在しないことを前提に成立している。
能力犯罪者を捜査し身柄を拘束できたとしても、罪との因果関係を証明できなければ、捜査行為自体が不法行為にあたってしまうケースが出てくる。
だから公的に捜査権を有しないリゾナンターが犯罪の捜査にあたる場合、捜査の主役を担うのでなく、当局からの要請を受けた協力者として動くのが望ましい。
人脈作りのために公安調査庁に転出していった新垣里沙の残していった言葉だ。

「そりゃ子供を狙ったのは許せませんけど命に別状は無さ…」

遥は自分が地雷を踏んだことに気づく。
リゾナントに集う仲間に対しては穏やかでたおやかな貌しか見せたことのない聖が怒色を発している。
ヤバい譜久村さんの幼女好きを忘れてたと首を竦める遥。
その程度で聖の怒りをやり過ごせるとは思えないが、せめて恭順の意は示しておこう。
そんな遥の思いとはうらはらに聖は穏やかな声で遥に話しかける。

「どぅー。私ね、お母さんとの思い出が全然無いんだ」

譜久村聖の両親は彼女がまだ幼い頃に離婚した、というよりも母親が家を出されたという方が正確だ。
父親に引き取られた聖だったが、実際に聖を育てたのは聖の父親に雇われた家政婦たちだった。


「お母さんがいないのは寂しかったけど、耐えられないわけじゃなかった。だって世の中には事故や災害で家族も友だちもおうちもみんな無くしてしまった人がいるんだから」

聖が他の誰かの悲しみを思いやることが出来る人間に育ったのは、養育に当たった人たちが偽り無き愛情を持って聖に接したことを物語っている。
それは聖の母親が娘の為に作った細々としたものを残しておいたことからも明らかだ。
彼らの雇い主である聖の父は、別れた妻の気配の残る物はことごとく処分するよう命じていたにも関わらず。
端切れで作った巾着や千代紙で作った人形、丁寧に縫い上げられた幼稚園用の手提げ鞄。

物の価値を金額の多寡でしか推し量れない人間の目にはただのガラクタにしか映らないそれらの品々は、聖にとっては母親と自分を繋ぐ唯一の絆だった。
母の温もりが残っているかもしれないと思い、巾着を懐に抱き幾晩眠りについたことだろう。
それを縫った母の手指に触れられると信じて、何回手提げ鞄の縫い目を指で辿っただろう。

「お母さんのいない寂しさは我慢できたけど、許せないことがあった。それは…自分にお母さんがいるってことを当たり前に思ってそれがどんなに幸せなことか気づいてない人がいるってこと」

いわゆるお嬢様学校に通っていた聖。
車で送り迎えされている生徒達も珍しくなかったが、その中でも聖を送り届けている運転手は別格の存在だった。
運転している車もそうだが、彼自身の物腰といい風格といい。

「聖の家の運転手さんて渋いよね~。あと四十、せめて三十歳ぐらい若かったらドライブに連れていってもらうのに」
「そういえば父兄参観の時に来てたおばさんも家政婦さんなんでしょ。なんか筋金入りのメイドさんって感じがしてカッコ良かったよ」
「イイな~。聖の家はカッコいい人たちばっかりで。私の家なんかサイアク~。この間だって帰りが遅いってババァがさぁ」
「それくらいならいいよ。わたしんちなんかこのあいだまでケータイのメールが母親のアドレスに転送されるよう設定されてたんだから」
「うわっ最悪。その点聖はいいなあ。あの人たちも仕事終わりの時間が来たら引き上げて、プライバシー干渉とかしないんだよね」
「聖は恵まれてるよね。家もとびっきりのお金持ちだし。私も聖の家に生まれてきたかった」

級友達の言葉に悪意がこもっていたとは思わない。
時に物思いに耽ったり、寂しげな貌を見せてしまうことがある聖の気持ちを引き立てるためにそんな言い方をしたのだろうとは思う。
それは学校生活の折々に伝わってきた彼女たちの気持ちからもわかる、だがしかし…。


「お金も車も大きな家も要らない。私はお母さんにいて欲しかった。煩く口出しされて時にケンカして何日も口を聞かなくなってでもいつのまにか仲直りして一緒にお出かけして晩ご飯のお手伝いをして」

それは聖が物心ついた頃からの思いの丈だった。
決して他人に見せたことの無かった胸の内を寄りによって仲間の中でももっとも年少の工藤遥に明かしてしまったことに気づき、恥ずかしそうに笑う聖。

「子供の笑顔は何よりの宝物だよ。それを守ろうとする母親の無償の愛はこの世界でもっとも尊いものだよ。それを血で汚す人は絶対に許せない」
「それは私だってそう思いますよ。でも新垣さんとか道重さんとか…」

聖の言っていることは正しい。
でもその正しいがゆえの一直線さに、遥は危険なものを感じた。

「どぅ、もしもこれが遠く離れたどこかの街で起きたことだったら…。私だって自分の手で犯人を捕まえようなんてしなかったと思うよ」

自分の能力が万能でないことを聖は知っている。
この世界に生きとし生ける全ての子供を災いから守り通せる存在になれはしないことを聖は自覚している。
ただ…。

「リゾナントのある大好きなこの街でこんな酷い事をする人間を私は許せないんだ。それが能力者であろうとなかろうと」
「譜久村さん」

聖の声は平穏そのものだった。
それは心が固まっていることを物語っている。

「だからさ、どぅ。このことはちょっと黙っておいてくれないかな」
「えっ」

聖は少しおどけたように手を合わせてみせた。
まるでちょっとしたイタズラがバレたのを謝るような聖の物言いに遥の口から思わぬ言葉が突いて出た。

「じょ冗談じゃない」


譜久村聖が遥のことを考えてそう振る舞っているということが遥にはわかる。
いま現在のリゾナンターの方針から外れた行動を取ることで、受けるかもしれない叱責から遥を遠ざけようとしている譜久村聖の配慮が。
戦闘に特化したタイプの能力者でない遥を凶悪な能力者の刃の前に晒さないという譜久村聖の思いが。
だがそんな聖の気遣いは遥にとっては屈辱に過ぎない。
もし今譜久村聖の目の前に立っているのが自分ではなく鞘師里保だったなら…。
聖は最初から助力を求めていたのではないか。
鈴木香音であったにしてもそれなりの協力や助言を求めていたに違いない。
そして生田衣梨奈だったら、聖の思惑など関係無く、衣梨奈自身の意志で状況に巻き込まれていっただろうし、聖もそれを受け入れていただろう。
自分がまだ子供なのはわかる。
聖たち先輩に比べれば経験も少なく、踏んだ修羅場の数も違うこともわかっている。
だがそれでも工藤遥は正義のために戦いたい。
譜久村聖という正義の女神の声に従って戦いたい。
その思いを知って知らずか、自分のことをお子さま扱いする聖へ怒りとも不満ともつかない感情が思わず口を突いて出た。

「じょ冗談じゃない。譜久村さんのお母さんの話とか聞かされてこのまま放っておけるわけないでしょう」
「でもね、どぅー。これは聖のわがまま気ままでやることだから」
「じゃあ私もわがまま気ままを通させてもらいますよ。ついていきますよ。譜久村さんが何て言ったってついていきますからね!」
「どぅー」

遥のことを思って取ったつもりの言動が遥のプライドを傷つけてしまっていたことに聖は気づいた。
こうなっては遥を置いて単独行動することは難しいだろう。

「どぅーが聖にそんな風に強く言ってくるなんて初めてだね」

そう言われてはじめて自分の非礼に気づいたのか、すいませんと頭を下げる遥に聖は笑いかけた。

「こっちこそ少し他人行儀だったかもね」


これから自分が追おうとしている犯人は世界に脅威をもたらす絶大なる悪ではないのかもしれない。
自分の愛する町で起きた事件だからという理由で、禁忌を破り能力を使うのはただのエゴなのかもしれない。
だがもう自分で自分を抑えることが聖には出来なかった。

「どぅー、私のわがままにつきあってくれるかな。子供たちを酷い目に遭わせた犯人を捕まえるのに力を貸して」
「喜んで」

輝き始めた遥の瞳。
それは自分の思いが叶えられたことへの喜びからだけではない。
工藤遥の能力は千里眼。
見えないものを見通す彼女の瞳が早くも機能し始めているのだ。
接触感応と千里眼。
感知系能力の最強タッグが憎むべき犯人を捕らえるために動き出す。


【次回予告】
協力して犯人に迫る聖と遥。
しかし奔放な聖の言動に振り回され傷ついた遥は、聖を詰りその元から去ってしまう。
それは全て凶悪な犯人から遥を遠ざけるための聖の策。
一人犯人と対峙する聖に凶刃が迫る。
「その程度で私の正義が折れるとでも…?」

次回、リゾナンター ’14  第二話「母と娘のデュエットソング」

聖を支えるもの、それは仲間との絆、そして母への切なる思い





投稿日:2014/06/26(木) 12:51:22.62 0





















最終更新:2014年06月29日 09:30