『光と影』後編


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里保がまだ、「鞘師」の名を継ぐ前のこと。
東京の「トレゾア」というセレクトショップを舞台とした、とある不可解な事件。
事件の解決の為にリゾナンターが招聘される。サポートとして全国各地から戦闘能力の高い能力者が集められるが、その中の一人が里保だった。

事件の解決は困難を極めた。
当時から才覚を発揮していた里保にとっても、それは同様だった。
そんな中、彼女はある一人の女性に話しかけられる。

「ねえ、お姉さんとお話しよう?」

その女性が、なぜ自分に話しかけたのか。
里保は今でも理由を見つけることはできない。
過酷な任務につい苦い顔を見せてしまっていたのか。
今ではそう考える事にしている。

「山口と広島って、近いよねえ」
「はぁ。そうですね」

実際、里保にとって今回の任務は初めてのチームを組んでのものだった。
本当は声をかけてもらったのが嬉しかったくせに、気の利いたことすら言えなかったのは、プレッシャーに身を固くしていたせい。

それが、道重さゆみと鞘師里保の最初の接触だった。


見覚えのある景色、たった一つだけ違うのは。
目の前にいるさゆみに、色が無い事だけ。
彼女だけが、モノクロ映画の登場人物のように色を欠いている。

「りほりほ。さゆみがここに出てきたってことは…わかるよね?」

ある程度の予想はついていた。
今の自分が、自分の心が思い描く最強の敵は、きっと彼女なんだろうなと。
それでも、実際に目の前に姿を現されると。
覚悟を、決めなければならない。

「遠慮なく、行かせてもらいますよ。道重さん」

里保が、腰の刀に手をかける。
すると周りの景色から、すうっ、と色が抜けていくのが見えた。
石畳が、ショーウィンドウが、行き交う車が、そして空が。モノクロの世界に沈む。
それとは裏腹に、目の前のさゆみが色づいてゆく。

「手加減は、しないから」

背筋が凍える感触。じわりじわりと、滅びの気配が体を伝う。
間違いない、『彼女』だ。
普段はさゆみの中で優しく妹を見守っている存在。


”さえみお姉ちゃん”

だが、今のさゆみはさえみに人格変化していない。
にも関わらず、醸しだしている空気はさえみのもの。

さゆみが、里保に向かって駆ける。
意外。現実のさゆみなら、絶対に取らない戦法。それが里保の抜刀を遅らせた。

危機一髪。
さゆみの腕は、里保が前に突き出した鞘つきの刀によって押し留められる。
あと少し行動が遅れていれば、間違いなく滅びの手の餌食になっていた。

ただ、悠長なことは言ってられない。
いかに「鞘師」の一族が鍛え上げた鞘とは言え、さゆみの手の接触に少しずつではあるが、黒い煙をくゆらせている。

「やあっ!!」

さゆみの手を止めている状態から一閃。
鞘から刀を抜き、片方の手で鞘による打ち降ろし。
さゆみが怯んだところに、もう片方の手に握られた刀の袈裟懸け。しかしこれはバックスウェイでかわされてしまった。


「刀と鞘の二刀流、そんなこともできるんだ」

神木で作られた鞘に打ち据えられれば、骨の一つや二つは簡単に折れてしまう。
けれど、そんなことはなかったかのようにまっすぐに立っている。
確かに手ごたえはあったのに。

違う。
治癒の力で、直している。まさかの治癒と滅びの力の、同時使用。

「でもその程度じゃ、さゆみには届かない」

さゆみの掌で、滅びの力の象徴である黒い渦が踊る。
やがて渦を巻きながら大きくなったそれは、ゆっくりと地に下ろされ、里保に向かってうねりはじめた。

まずい、あれに巻き込まれたら。
考えている間にも、渦は石畳を破壊し、巻き上げた石材を黒の彼方へ消してゆく。
一旦退くか。いや、背を向けた時に追撃される可能性の方が高い。ならいっそ…

里保は。
刀を抜き、まっすぐに渦に向かってゆく。
自殺行為とも言うべき行動を前にして、さゆみが微笑んだ。
黒い渦は。里保を飲み込まない。
体に張った水のヴェールがその力を阻んでいるのだ。

「考えたね。でも、いつまでそのヴェールがもつか」
「その前に決着をつける!!」

渦を斬り裂くように突進した里保が、さゆみの眼前に迫る。
体勢を低くしたところからの斬り上げを狙う刃の切っ先。それをさゆみは体を大きく仰け反らせて回避した。掠めた斬撃が、靡いた黒髪を断つ。


しかしそれで終わりではなかった。
体を反り返らせた勢いでさゆみはブリッジの要領でそのまま地に手を着き、反動で里保に両足からの蹴りを食らわせたのだ。死角
からの攻撃に防御することもできずに、里保は通り沿いのショーケースへ飛ばされてしまう。

強い衝撃に、脆いガラスはいとも簡単に割れ崩れてしまう。
破片を撒き散らしながらマネキンたちの中に突っ込んだ里保を、さゆみが追った。

ばらばらになったマネキンに埋もれる里保。
そこにさゆみが滅びの力を纏わせた手刀を突き入れる。
砂糖菓子のように、容易く形を崩し消滅する人の形。

「鞘師は怖いの?さゆみがいなくなるのが!!」

マネキンの体を消滅させた黒い手が、さらなる鋭さで迫る。
だがそこには横に構えられた銀色の刃が。

「そんなことないです!!」
「じゃあ、何でこんなにさゆみは強いの!?」

刀を、手で弾かれた。両腕に痺れが走る。
想像だにしなかった強靭な力は、里保の胴をがら空きにしてしまった。
矢継ぎ早に、さゆみが手に取ったマネキンの足で殴打を食らう。

確かに、現実のさゆみの実力からすればこの結果はありえない。
これは。里保が思い描く、さゆみの「強さ」に他ならない


愛やれいなすら凌ぐのではないかと思わせるほどの、格闘能力。
癒しの力と滅びの力を同時に扱う離れ業。
どちらも、現実からかけ離れたさゆみの力だ。
けれど、ある意味間違いであり、ある意味真実だった。

愛に導かれるまま、リゾナンターへの道を踏み出したさゆみ。
仲間の傷を癒すという後方援護の立ち位置でありながら、彼女は確実に成長していった。かつて共に戦った仲間たちが一人抜け、
二人抜け。ついには当時のメンバーはさゆみ一人になってしまった。それでも、ダークネスという強大な力に立ち向かうため、
若きメンバーたちを引っ張っていった。里保は、さゆみの後ろ姿に単純な力では計り知れないものを見ていたのだった。

能力者としてと言うよりも。
リゾナンターを継承するものとして。一人の人間として。
里保は、さゆみを尊敬していた。
だからこそ、彼女の抜けることによって生じるであろう穴のことについて。
思いを巡らす事ができないほどに衝撃を受けていた。


倒れた里保に、さゆみが跨る。
両手が封じられ、完全に不利な体勢になってしまった。

「ねえ。何を、恐れてるの?」

そう問いかけるさゆみの顔は。
喫茶店のカウンターで里保や、メンバーたちに向けられる柔らかな笑顔そのものだった。
だから。つい、本音が出てしまう。

「だって!だって、道重さんは!!私たちをここまで導いてくれたじゃないですか!!道重さんがいなかったから、今の私たちは…今のうちはなかった!!!」

言ってしまった。
本当はそんなこと言うつもりはなかったのに。
けれど、一度封を切ってしまった感情は止まらない。

「そんな道重さんがいなくなったら、心配なんです!!うちらはどうすればいいのか、不安なんです!!!」

さゆみがリゾナントを去ると聞いた時。
多くのメンバーが不安を口にした。さゆみ抜きのリゾナンターなど、考えたこともなかった。
そんな中、里保はみんなを励ますと共に、これからは全員でリゾナントを支えて行こうという決心を口にした。

でも、本音は。
誰よりも、不安に苛まれていた。
そして名実共に自分がリゾナントの剣となることの重圧に襲われていた。
誰もそのことを、知らなかった。

言ってしまってから、里保は自分が泣いていることに気づいた。
いつもは大人ぶっているくせに、恥ずかしい。
そんな思いを、癒しの両手が包み込んでくれた。


「鞘師は。もう少しさゆみのことを信じてくれてもいいかな。さゆみがリゾナントを去るってことは、さゆみがいなくてもみんなはやってけるって確信したから」
「道重、さん」
「鞘師は、一人じゃない。フクちゃんがいる。飯窪も。石田も。鈴木や生田、工藤やまーちゃん。小田ちゃんだって。だから、できるよ」

すっかり力の抜けてしまった体を、さゆみが抱え上げ、立たせる。
先にショーケースの中を出てゆくさゆみの後姿を見ながら、里保は。

そうだ、何を思い悩んでたんだろう。
道重さんは、いなくなるんじゃない。信頼して、託したんだ。

もう、迷わなかった。
中途半端に割れていたガラスを刀で弾き、外に出る。

「…表情が、変わったね。さっきとは別人に見えるよ」
「すみません。仕切りなおし、ですね」

自らの意思を表示するように、刀を、一振り。
涼しげな風斬り音を立てて、それから正面に構えた。

里保にとってのさゆみの存在の大きさ、強さが目の前のさゆみを形作っているのなら。
それは、必ず乗り越えるべき存在。

「うおおおおおおおおっ!!!!!!!!」

喉が割れんばかりに、叫んだ。
刀を構えながら、さゆみに向かって駆け出す。
さゆみが両手から黒い渦を生み出し、前方に放った。


それでも里保の走りは止まらない。
風が髪を揺らし、靡かせる。吹きぬける風の向こうに、彼女がいた。
走りながら、刀の先を下に向けての斬り上げ。放った剣圧が、滅びの渦を一気に切り裂く。

さらに、斬った勢いで刀を上空に投げ捨てる里保。
一気に距離を縮めさゆみの懐に入った上での、近接攻撃。

刀が一本であるのに対し、さゆみの滅びの手は二つ。
ならばやることは一つ。ありったけの水を纏わせた拳で、さゆみの滅びの手を殴りつける。
さらに、もう片方の手。上空を舞いながら、落ちてゆく刀。

さゆみの両手を弾き、ノーガードになった体。
里保は目の前に降ってきた刀を掴み取り、そのまま水平に胴を薙いだ。
モノクロームの血飛沫が、勢いよく上がる。

「道重さん。うちは、もっと強くなります。だから、リゾナントを去るまでの時間。もっと、学ばせてください」

それが、里保の導き出した結論。
里保が刀を納めるのを満足そうに見ていたさゆみは、やがて白黒の世界へと姿を消した。


月光。
その眩しさに、里保は目を開ける。

戻って来たのか。
見慣れた道場の景色。いや、最初からここにいたのだろう。
あれは館を覆う鞘師の英霊たちが見せた幻なのか。否。
全身を襲う疲労感。今までの出来事が夢でも幻でもない証拠だった。

「見事試練を突破したようじゃの」
「じいさま」

気がつくと、背後に里保の祖父がいた。
さゆみ同様、里保のことをずっと見てくれている人物の一人だ。

「…いい目をしとる。ただ、お前さんが生きてる限り、試練に終わりは無い。日々是試練、そうじゃろ?」
「はい!!」

試練は確かに乗り越えた。
それでも自分が道重さゆみという存在を乗り越えたとは思わない。
そんな軽い存在ではないことは、里保自身が一番よく理解していた。
けど、いつかはきっと。

里保は再び月の光を仰ぐ。
そして自分が「鞘師」の名を継ぐものであるということ。
そして。愛や里沙たちが、さゆみが築き上げたリゾナンターという存在。
そのリゾナンターの一人であるという事を、強く実感するのだった。





投稿日:2014/06/02(月) 11:16:37.33 0


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