『光と影』前編


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時は、夕暮れを迎えようとしていた。
相変わらずの山の中。かつては大艦隊を率いていた水軍流の末裔が住む場所とは思えない。
海から離れていても、我らの心は海とともにある。
そんな言葉を不意に思いだしつつ、少女は薄暗くなり始めたあぜ道を歩いてゆく。

リゾナンターのリーダー・道重さゆみがリゾナンターから離脱すると宣言した翌日。
鞘師里保は、故郷の地に立っていた。
さゆみのことが原因ではない。どうしても故郷に帰る必要があった。

十六夜の儀。
鞘師の家に生まれ、水軍流と「鞘師」の名を継ぐものが十六の年を迎える時に課せられる試練。
その内容は秘匿されていたが、自らに打ち克つ試練ということだけは知られていた。

ともかく。
里保は、鞘師家の屋敷に辿り着く。
今この屋敷に住んでいるのは先代の「鞘師」。つまり、里保の祖父のみ。
色褪せ蒼然とした屋敷を見て懐かしむ間もなく、祖父が出迎えてくれた。

「里保、遠路はるばるご苦労じゃったの。ふむ。少々背が伸びたか」
「じいさまも、お変わりなく何よりです」
「『朧殿』は解放しておいた。いつでもはじめるが良いぞ」
「はい」

屋敷の敷居をまたぐことなく、「朧殿」に向かう。
逸る気持ちが、そうさせた。

里保は、ただ欲しかったのだ。
自分の心を支えることのできる、その証が。
さゆみがいなくなった後のリゾナンターを支えられる、何かが。


朧殿。
屋敷の裏手に佇む、小さな建物。
普段は道場として使われているその場所は、里保にとってなじみ深い場所でもあった。
水軍流の免許皆伝と「鞘師」の名を受け継いだのも、この場所だった。
そんな追憶の扉を、ゆっくりと開ける。

明かりひとつない道場に、正面の格子窓からの月光が挿す。

鞘師の者、十六の齢を迎える時に、朧の間において月の光浴びて瞑想せよ。
さすれば、心の扉が解き放たれん。

要するに、この道場の真ん中で瞑想すれば試練を受けることができるということ。
里保の中ではそうシンプルに結論付けられていた。

傍らに手荷物を置き、正座する。
淡い月の光が眩しい。光に包まれながら、里保は目を瞑る。
何が待ち受けているのか。試練と言うからには、並大抵のものでないことは間違いなかった。
だが、自身を待ち受けているリゾナンターとしての立場に比べれば。
そう思わずにはいられなかった。

さゆみがいなくなる。
ということはつまり、若輩者の9人だけで戦わなければならないということ。
さゆみの、いや、先輩の高橋愛から脈々と受け継がれてきた意志を継ぐ。
言葉にするのは容易いが、それを簡単に形にできるほどリゾナンターの看板は軽くない。
それでも、前に進まなくてはならない。

そんなことを考えているうちに、意識は、ゆっくりと月の光に呑み込まれ。


里保が再び目を開けた時。
円筒状の不思議な場所の中心に、立っていた。
壁は、染み一つなく白く染め上げられている。
上を見上げればきりがなく、天井など存在していないかのようだった。
その無限の天に向かって、幾筋もの象形文字のような字の羅列が流れ伸びてゆく。
これが、試練の場なのか。

― よく来た、鞘師の者よ ―

空間から、声が聞こえてくる。
そのようでもあり、自らの心の裡から聞こえてくるような声でもあり。

「あなたは?」

― 我は、鞘師の系譜を代々継ぎしもの ―

「つまり、ご先祖様?」

― その通りだ。鞘師の者よ。習わしに従い、これより十六夜の儀を執り行う。見事試練を、超えてみせよ ―

光が、場に満ちる。
全てが白の中に消えてゆく。
やがて、里保自身も。


満たされた光は、やがて潮が引いてゆくように消えてゆく。
代わりに現れた景色は。
組まれた鉄骨の上から、クレーンのカメラが狙う。
壁に取り付けられた仰々しい照明。ここは、テレビ用の撮影スタジオか。

「にゃはは、久しぶりだねえ」

里保の正面に立つ、女。
顔から全身を覆い隠す、黒いローブ。手にするは、桃色の刃を携えた大鎌。
その佇まいには確かに、見覚えがあった。
なるほど、それでこの場所か。

「というわけで、久しぶりに楽しませてよ」

女が自分の身の丈もあろうかという大鎌を、片手で投げつけた。
三日月の刃が唸りながら、里保を刈り取ろうとこちらに向かってくる。

里保は一歩も動くことなく、腰の刀を抜く。さらに携帯しているペットボトルの水から、もう一振りの水の刀を作り出した。
刀と、水から生まれた刀の二刀流。それらを逆手に持ち、飛んでくる刃を受け止める。

だがその間に女が間合いを急速に詰めてゆく。
即座に動けない里保を狙っての、肉弾戦。

「私は、あれから成長したんだ!!」

叫びながら、二本の刀を床に突き立てる。
そしてそのまま刀を支点にして、向かってくる女を飛び越えるように宙返り。
後ろを取られた女が振り向き迎撃するより速く、里保の上段蹴りが叩き込まれた。

里保の先輩である田中れいなが卒業して、里保が最初にしたことは。
れいなから格闘術の手ほどきをしてもらうこと。
水軍流にも格闘術はあるが、れいなの我流にして無形と呼ぶべき戦闘スタイルに学ぶべき点は多かった。


女が黒いローブを靡かせ、間合いを取る。
両手を広げると、そこには新しい二本の大鎌。それを器用に振り回し、刃先を里保に向けた。

「本気出しても、よいのかな?」

二つの鎌を携え、女が丸腰の里保目がけて駆ける。
夕暮れ色に染まった二つの三日月は、血を求めるが如く。

「はあっ!!!!」

だが、里保は後ろに引くこともなく。
逆に女の元へ飛び込んだ。直後に鎌の軌跡が里保の首と胴体に狙いを定めて滑り落ちる。

里保は。
羽毛が空を舞うように。
初撃の鎌の刃に飛び乗り、さらに二撃目の刃先に飛び移る。
そこから、大きく背面宙返り。

着地した場所は、二本の刀を突き刺していた所。
里保は素早く刀を抜き取ると、鎌を振り抜いてがら空きになった女の胴を交差に叩き斬った。
傷口から血の代わりに、象形文字のような字の羅列がまき散らされる。
それが女の全身を覆いつくし姿ごと消えるまで、時間はかからなかった。

「これが、十六夜の儀。自らに、打ち克つこと…」

先程里保の目の前に現れた女は、かつて里保が初めて出会った「強敵」だった。
その強さ、恐ろしさは彼女の心に深く刻み込まれる。
それが、儀式を通して具現化されたということなのだろうか。

どこからともなく、また、光が挿し溢れる。
光の洪水にすべてが、押し流されていった。


光に目が慣れてゆくと、またしても場所が変わっていた。
車がひっきりなしに行き交う大通り。
まるでどこかの外国のストリートのように、床には石畳が敷き詰められ、着飾ったマネキンたちが通り沿いのショーウィンドウに彩りを添えていた。ここも、どこかで見た景色。

「Tresor」

並び立つ店の看板の一つに、そう書いてあった。
そうだ。ここは…

「りほりほと、最初に出会った場所」

やっぱり、この人か。
答えはわかり切っていたのに、いざ姿を見ると。
思えば、あの時から里保は彼女に隠された強さを見ていたのかもしれない。

道重さゆみ。
里保が愛やれいなの強さに魅入られながらも、心のどこかで別の角度の強さに憧れていた存在。
そして、里保がそう遠くない未来に、失ってしまう存在。





投稿日:2014/05/29(木) 01:48:39.26 0


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