『リゾナンターЯ(イア)』 67回目




襲い掛かる「戦獣」たちを撃退し、建物の潜入に成功した春菜・亜佑美・優樹・遥の四人。
鉄製のドアを潜り抜けた途端に、遥は自分の体が引き攣るように硬直するのをいち早く感じていた。似ているのだ、この場所は。

「どうしたの、どぅー?」
「い、いや。何でもないから」

気丈に振舞う遥、しかしその異変にいち早く気づくものがいた。
ともにあの施設で過ごし、多くの見たくないもの、忘れたいものを見てきた仲間。

「思い出してるんだね。あの日々のことを」
「はるなん…」

白いローブに身を包み、質素を美徳に掲げた新興宗教団体「FACE」。
しかしそれはあくまでも仮初であり、真の姿は能力者の子供達をかき集め、苛烈な人体実験の対象にする事で上部組織、つまりダー
クネスから利益を享受する機関に過ぎなかった。
春菜と遥もまた、「FACE」の能力者スカウト部の手にかかり、長い監禁生活を強いられた。それは、高橋愛が率いるリゾナンターによ
って組織が壊滅するまで続くことになる。

だからこそ、本能的に感じるのだ。
この研究所と「FACE」の、類似性を。

突然、乾いた音が数度、建物内に響く。
遥が自らの頬を両手で叩いたのだ。

「ちっくしょう!!!」

それは、遥自身の苛立ち。
過去を振り返り気弱になっている心への、叱咤。


「関係ねえよ!ったく、行くぞ!!」

勇んで先陣を切る遥の姿に、春菜はどうしても危うさを感じてしまう。
自分が「FACE」に攫われた時は、既にある程度の年齢を重ねていた。だからこそ、異常な場所への耐性が少なからずあったのか
もしれない。けれど、遥は。

「こらぁ!先走るんじゃないよ、DOどぅ!!」

駆け出す遥を見て、優樹が後ろから強烈なタックルをぶちかます。
華奢な遥は不意を突かれたこともあり、ばったりと優樹もろとも倒れてしまった。

「いってーな、何すんだよまーちゃん!!」
「さくらちゃんを助けるんだよ!みんなで!!」
「わかってるよ!わかってるからどけって!重いっつーの!!」

サンドイッチになりながら、口論を始める二人。
ただ、下の具になってる遥の表情からは、先ほどのような険は消えていた。

「なーにしてんの、はるなん」
「あゆみん」

思いつめていた春菜を気にかけていたのか、亜佑美が並んで声をかける。
そうだ。何も心配することはないじゃないか。亜佑美、優樹、遥。そして自分がいる。四人の先輩が、道重さんや田中さんもいる。
そう、思い直す。

「ううん。何でもない」

もしかして危うかったのは、自分だったのかもしれない。
首を横に振り、通路でじゃれあっている二人の子供を追って走り出そうとしたその時。


「あゆみん、待て!!」

遥の「千里眼」が、何かを捉えたのだ。

「どぅー?」
「そっちの角の向こうから、誰かが来る!人数は…くそ、この建物、すっげえ見づらい!!」

しかし、建物自体にかけられている能力の効果を弱める力が「千里眼」の効果を阻害する。
誰かが近づいてきているのは確実だが、詳細が掴めない。

やおら臨戦態勢に入る四人。
ただの研究員なのか、それとも能力者か。どちらにせよ、警戒はすべき。

行動に移したのは相手方。
突如、角から姿を現したのだ。

「出たなダークネス!くらえ、まーちゃんパンチ…」
「ここで会ったが百年目!えりの精神破壊で頭ん中焼き尽くしてやるけん…」

互いの目が、相手を視認する。
だがそれより前に、優樹の元気なグーパンチが衣梨奈の顔面にヒットしていた。



「もう、優樹ちゃんいきなり殴ることなかろ!」
「イヒヒ、うぃくたさんごめんちゃい!!」

あまり反省のない優樹を前に、衣梨奈も怒る気が失せていた。
そんな二人を先頭に、合流した8人のリゾナンターたちが研究所内を進んでゆく。

互いの心の声が聞こえなくなるくらいの、強い阻害力。
それが、建物全体に及んでいる。
恐らく後からやって来るさゆみたちと意思疎通を図るのは不可能だろう。

「道重さんを待ってる時間はない。田中さんとさくらちゃんを、助けないと」

自らの意志を示すように、里保が一歩前に出る。
いつまでも先輩たちに護られているわけにはいかない。自分たちだけで難敵を相手にしなければならない場合は、これからもやって
くるであろう。例えば、「赤の粛清」と対峙した時のように。

通路を右に曲がり、左に曲がり、さらに右に曲がる。
迷路のような構造は外敵の侵入を防ぐためか、それともこの建物に改築を施した主の気まぐれか。

「さすがに、目が回ってきた…本当にこの先に田中さんとさくらちゃんがいるのかなあ」
「でも、何となく近づいてるような気がします。そう感じるんです」

根を上げる香音に、春菜がそんなことを言う。
「五感強化」された春菜の感覚が、訴えている。この先に”危険な何か”が待ち受けていることを。


「はるなんが言うんなら間違いないよ。みんな、いつでも戦闘に入れるように準備だけはしておいて」

いつになく気合の入った聖の言葉とともに見えてくるのは、無骨な鉄の扉。
鉄の板にドアノブがついただけのシンプルな扉、だがその奥から漏れ出る異様な空気。全員が、この奥に何かがあることを確信した。

「ここ、明らかに怪しいね」
「…一気に行くよ」

亜佑美と里保が扉の両側に陣取った。
能力が抑えられている状況では衣梨奈のピアノ線が文字通り、戦闘の生命線となる。彼女が扉を開けて糸を張り巡らすのと同時に、
今のリゾナンターの攻撃の両翼が先頭に打って出る。という算段だ。

「…新垣さーん!!」

何が起こるかはわからない。神頼みならぬ愛しの先輩頼み、意を決して衣梨奈がドアノブに手をかけ勢いよく開く。床を這うよう
に、天井を伝うようにピアノ線が繰り広げられるのと同時に飛び出す、亜佑美と里保。

「…あ」

だがそこで、二人の動きが止まる。
彼女たちの目に映ったのは、大小様々な機械・計器とチューブで繋がれたさくらの姿。
さくらを覆う機械そのものが、この部屋全体を巡るケーブルやパイプと繋がれている。研究室と言うよりも、もはや工場という言
葉のほうが似合うのではないかという様相。


部屋の中央に鎮座する、機械の塊。
さくらを内包する機械の隣にある、双子のようにそっくりな構造をしたもう一つの機械。
そこにも、さくらと同じように電子機器に取り憑かれている人物がいた。

「田中…さん?」

思わず遥が、口にする。
機械に繋がれて、安らかな顔で眠ったように瞳を閉じているれいな。
だが、普段彼女が喫茶リゾナントで見せている顔とは、様子が違っていた。
その表情には明らかに、生気がなかった。

「たなさたん!!!!!!」
「待って優樹ちゃん!!」

大好きなたなさたんがひどい目にあっている。
そう思うといても立ってもいられず前に飛び出そうとした優樹を、聖が必死に抱きかかえて止める。機械の傍らに、一人の女性が立っ
ていることに気づいたからだ。

「お利口さん。その子が飛び出してきたら、ばっさり斬っちゃうとこだったよ。消耗しててもそれくらいの余力はあるからねえ」

リゾナンターたちは。
その女性の顔に、見覚えがあった。
ダークネスが一組織「キュート」と対峙した時に、全員を異空間へと誘った張本人。柔らかそうな金色の髪、やる気のなさそうな顔。
なのに、凄まじいまでのプレッシャーを放っているアンバランスな存在。

「どうして。どうしてこんなこと!!」
「その質問には私がお答えしますよ」

声を張り上げる亜佑美に呼応するように。
金髪の女の横に突如現れる、白衣姿の女性。


「私はダークネスの科学部門を統括している紺野と申します。Dr.マルシェ、のほうが通りがいいとは思いますが」
「ではマルシェさん、改めてお聞きします。さくらちゃんと田中さんをこんな目にあわせて、あなたたちの目的は…一体なんなんですか」

務めて冷静に話そうとする春菜。
だが、顔見知りの少女を、そして先輩への仕打ちを目の当たりにして落ち着いていられるはずもない。自然と、拳に力が込められていた。

「いいでしょう。今回の『実験』の観客にわざわざ志願していただいたんです。実験の概要についてお教えしましょう。まずはさくらを
あなたたちの元へ行かせた理由、からでしょうか」

紺野が眼鏡を手で弄りながら、思い出すかのように言葉を探す素振りを見せる。

「さくらをあなたたちリゾナンターの元へ誘導し、そして時間を共有させた理由。それは彼女が愛ちゃん…あなたたちの先輩である高橋
愛のデータをベースに造られたことと関係しています。まあ、さくらにあなたたちと交流を持たせ、苦悩のうちに離脱させるという副次
的な目的もあったんですが、それは別の機会に。話を戻しますが。リゾナンターと交流させることで、彼女のもう一つの特性である『反
共鳴(アンチリゾナント)』をより顕著な形で引き出すこと、それが今回の『実験』における主目的の一つです」

まるで、勝手にあふれ出す水のように。
すらすらと言葉を紡いでゆく白衣の科学者に、その場に居たリゾナンター全員が困惑と怒りの感情を抱いていた。
もちろん紺野は話の主目的にまで辿り着いていない。にも拘らず問答無用で伝わる、決して良いものではない意図。

「では、なぜさくらの『反共鳴』を引き出さなければならなかったか。それは、我々が『共鳴』の力を手に入れるために必要な要素だ
ったから」

キョウメイノチカラヲテニイレル。
言葉が、頭に入ってこない。誰もがそう感じていた。

「共鳴の力は大まかに言えば、発信側と増幅側が呼応して発するもの。かつては愛ちゃんと田中れいな。今はあなたたちと田中さん、
でしょうか。その愛ちゃんの役目を、『反共鳴』の特性を持つさくらに置き換えるとどうなるでしょうか」

言いながら、紺野が左手を挙げた。
それを合図に、さくらとれいなを取り囲んでいた機械が激しく唸りだす。
建物全体が揺さぶられるような感覚。だがそれを引き起こしているのは地震の類ではない。がたがた、がたがたと機械全体が揺れて
いる。まるでこれから始まることを恐れているかのように。
機械に取り付けられたアナログの、デジタルのメーターの数値が乱高下し、そして。

凄まじい風が、吹き荒れた。


高温を伴わない爆発、とでも呼べばいいのだろうか。
機械に繋がれている二人が起こした何らかの反応は衝撃波を伴い実験室を駆け抜ける。
吹き飛ばされまいと、身を屈めるリゾナンターたち。

激しく金色の髪を靡かせつつ、平然とした顔をしている「黒翼の悪魔」。
その横で、白衣すらはためかせていない紺野が嬉しそうに話し始めた。

「今。まさに。田中れいなの『共鳴増幅能力』は、さくらに向かって流れはじめています。分かりやすくコンピューターに例えるとインス
トールしているということです。そしてそれが完了した時、我々は念願の『共鳴の力』を手にすることができる」

荒れる突風が収まるのと、一陣の風が紺野に向かって鋭く迫るのはほぼ同時だった。
風を切り裂き、間に立つもの全てを斬り伏せる刃。
里保の下段からの切り上げ、その刃先が紺野に届くぎりぎりのところで、黒い刀身が阻んでいた。

「そのまま斬られちゃってもよかったんですけどね。どうせ立体映像ですし」
「まあ、こんこんを守るのはごとーの役目だし。にしても。剣士はいいねえ。やっぱ同質の人間と戦うのとはわけが違う」

刀と刀の鍔迫り合い。
少しずつ押されてゆく里保ではあったが、気合が、内から溢れる怒りがそれを凌駕していた。

「お前は…お前らは!!人の命をなんだと思ってるんだ!!!!!」

「あなたとリゾナンターとの交戦は許可してませんが。それに、今の消耗した状態でこの子たちとやり合うのは得策ではないと思いますよ」
「はいはいっと」

不服そうに里保の刀を弾き、後ろに下がる勢いで背後に発生した黒い闇に身を預ける「黒翼の悪魔」。紺野が操作する空間転位装置「ゲー
ト」によって、悪魔は研究所から痕跡すら残さず消えていった。

「くそっ!!」

刀を鞘に納めることも忘れ、両拳を床に叩きつける里保。
彼女は、悔しかったのだ。狂った科学者の手によって生み出された、哀れな命を救ってやれなかったことを。そしてかつてのリーダーだっ
た愛や、さくらへの仕打ちについても。


「里保ちゃん、落ち着いて」
「フクちゃん…」

そんな中、聖が項垂れる里保に近づき、声をかける。
聖だけではない。リゾナンター全員が、その場に立っていた。

「あの女の人はいなくなった。そこの科学者さんはホログラムだそうで。つまり」
「ここにいるのはあたしたちと田中さんにさくらちゃん。あとはその物騒な機械しかない!!」

春菜が事実を突きつけ、亜佑美が得意げに機械を指差す。

「その機械のバケモノぶっ壊したらそれで終わりだ!!」
「まさがそのへんてこなやつ、どっかにふっ飛ばしちゃうんだから!!」

続いて、遥と優樹が。
その瞳は二人の奪還という揺るがない未来しか見えていない。

「透過能力があるからどんな妨害も通用しないし!!」
「邪魔しようもんなら、ぶっ飛ばす!ふぐ面科学者!!」

ふぐ面科学者と衣梨奈に罵倒され、困った顔をする紺野。
もちろん、言い得て妙なそのネーミングセンスに対してではない。

「そこのちょっとふくよかな子。あなた、透過能力があるからどんな妨害も通用しない。そう、言いましたね?」
「い、言ったけど確かに」

今度は香音がむっとする番だ。
だがそんな余裕などなくなる台詞を紺野は言う。

「じゃあ試しに。その二人を助けてみてください。私は何の邪魔もしませんので」


その言葉で、八人の心がひとつになる。
全員が。一斉にれいなとさくらが囚われている機械に向かって、攻撃を放った。

一瞬の、出来事だった。
紺野が一呼吸する間に、全てが終わっていた。
目の前に広がる八つの無残な死に様。

飛び出した刃に額を貫かれた屍。
弩に喉元を撃ち抜かれた屍。
槍で心臓を貫かれた屍。
5.56ミリのライフル弾で身体を蜂の巣にされた屍。
火炎放射器に焼き尽くされ墨と化した屍。
貴金属すら溶かす激酸を浴びせられ骨だけになった屍。
鉄球に砕かれた脳天から脳漿を撒き散らした屍。
レールガンで胴体が消滅した為、頭と手足しか残っていない屍。

研究室の中央には、機械に抱かれたれいな。そしてさくらが。
意識はないはずなのにその表情は、絶望に沈んでいるように見えた。





投稿日:2014/03/29(土) 01:08:24























最終更新:2014年04月02日 10:32