『リゾナンターЯ(イア)』 66回目


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日が、落ちかけていた。
背にした夕陽が自身の血で塗り込められたものであるかのように。
「赤の粛清」は、抉られた肩から大量の血を噴き出し続けていた。

その奔流のような激痛、徐々に薄れゆく意識。
全てが、彼女にとって喜びを齎すものでしかない。

「やればできるじゃん、アイちゃん」

一瞬にして「赤の粛清」の右肩を吹き飛ばした、至高の光。
一度戦場に立てば後には屍すら残らないと味方にすら恐れられていた、生体兵器「i914」の能力そのものだった。

「じゃあ、あたしも本気…出しちゃってよいのかな?」
「あんた、まだ…」

その瞬間に、愛は感じた。
予感、というよりも動物的な本能。
すなわち、自らの生命の危機。


粛清人が流した血。
瓦礫を流れ落ち細部にまで染み込んだその血が。爆発する。
それまでの爆発とは、桁が違う。瓦礫の山が抉り取られるのではないかと思わせるほどの、凄まじい爆炎が立ち上っていた。

舞い上がる炎がうねり、風を焦がし、愛の頬を撫でてゆく。
襲い掛かる焼け付く空気に、思わず目を細める。そんな中。
天に向かって燃え盛り、夕陽の色と一つになる奔流の流れが、急に変わった。

炎のカーテンを分け入って、愛に急接近するもの。
超高温が髪を焦がすことも、服を溶かすことさえも厭わない。炎と血の色をした粛清人は愛の目と鼻の先の近さにまで迫っていた。

「10秒。10秒、凌ぎ切ったら…アイちゃんの勝ちだよ」

その言葉を口にした次の瞬間には、粛清人の姿は空に掻き消えていた。
違う。あまりの迅さに、動いたという事すら認識できない。
神速のスピードで懐へと飛び込んだ「赤の粛清」が、残った左腕で愛のボディに猛烈なインパクトを叩き込んだ。

「がっ?!!!!」

条件反射で腹部を光で護ったにも関わらず。
爆発の衝撃がダイレクトに愛を襲う。千切れる肉、軋み折れるあばら骨。破壊力が波のように全身を駆け抜けた。


A-MAX。
「赤の粛清」の、文字通りの切り札だった。
元々はダークネスに在籍していた、元ダンデライオンのメンバーだった柴田あゆみに搭載されていた能力増幅装置。心臓に直接作用
する事で、心肺能力はもちろんのこと、血に由来する能力。つまり「赤の粛清」の爆発性の血液の効果までも高める。有効時間はわ
ずか10秒。だが、そのわずかな時間を経過してなお立っていられる生物が地上に存在するのか。

粛清人は、そんな生き物を見たことが無かった。

腹への一撃で、体ごと後方へ吹き飛ばされる。最初から足が大地の一部であるかのように踏ん張り、転倒を免れた愛をさらに赤い死
神の追撃が畳み掛けた。

あたしは、失敗作。

至高の光の能力を求めて生み出された生命体、という出自から、陰で何かと比較されていたのを赤い少女は知っていた。その気にな
れば世界をも滅ぼすことができる能力からすると、自らの力のなんとちっぽけなことか。

A-MAXを発動した時から、粛清人の頭の中にはデジタルな数字がぼんやりと浮かび上がる。10の数字が、9に。8に。カウン
ト数が減る度に、マシンガンのように打ち出された「赤の粛清」の拳が愛を容赦なく叩きのめす。

愛は、防御すらままならない。
脇腹にめり込んだ拳を払おうとすると、今度は逆の死角から鋭いキックが飛んでくる。
それを腕で防御すると、鉈のような下段蹴りが愛の腿を粉砕する。
止まらない、攻撃の連鎖。インパクトの瞬間に爆発の衝撃波が発生し、深刻なダメージを与える。愛が光の能力の使い手でなければ、
この時点で確実に命を失っていただろう。


「こんなもの?こんなものなの?違うでしょ!!」

流れるままに蹂躙される愛を見ながら、「赤の粛清」の振るう拳は決して弛められない。
馬乗りになり、吹き荒れる爆風とともに愛を殴りつける。

もちろん愛とて何もしていないわけではない。
光を携えた右手で、左手で防御を試みようとする。けれど、叶わない。
護りに回った右が弾かれ、左が打ち払われる。その一撃が、彼女の両手を粉砕していた。

赤き死神の心臓が、極限まで押し潰され、反動で限界まで拡張する。
その絶え間ない繰り返しが彼女に絶大な力とジェット噴射のような血流を与えていた。
本来は人体を機械改造したものにしか扱えないA-MAX、それを「赤の粛清」は生身の生体である自らの体に導入した。

効果は絶大、だが反動もまた凄まじい。
そのことを、粛清人は自らの身をもって経験していた。

限界が近い、か。それでも、構わない。

あまりの血の流れに、スマイレージとの戦いで付けられた傷から、そして血流の過負荷が起きている箇所から激しく出血し始める
「赤の粛清」。流れ落ちた爆発性の血は地面に流れるたびに小規模の爆発を起こしていた。

この子を葬ることができるのなら、この命…いつでもくれてやる。

愛を倒すこと。
それ自体が「赤の粛清」の存在理由となっていったのはいつの頃か。
「銀翼の天使」に愛を殺されそうになった時か。愛の脱走を許してしまった時か。それとも、培養ポッドの中で研究員たちが「失
敗作」と呟いていたのを耳にした時か。


その、いずれでもなかった。
恐らくは、「赤の粛清」が「a625」として生を受けた時から。
決まっていたことなのだ。それはまるで愛が買ってきた小箱のうち、愛がハートを、そして粛清人がスペードを選んだ時のように。

― こんなことばかりするために、生まれてきたんだよ ―

何故か。何時の日か「氷の魔女」が粛清人に言った言葉が蘇った。
彼女の言葉が正しいのなら、今、持てる限りの力を振るっているこの瞬間こそが。
「赤の粛清」、いや、亜弥として生きてきたことの唯一の証明。

カウントは少しずつ、けれど確実にゼロまでの時間を刻んでゆく。
炎と土煙の中、「赤の粛清」は殴りつけている物体が愛であるかどうかすら認識できなかった。
ただ、めり込む拳から伝わる。消えゆく温度、そして消えゆく命を。

さあ、フィナーレだ。
カウントがゼロになった瞬間に、残りの全ての力を愛の心臓に叩き込む。
それで、本当に終わりだ。
徐々に晴れてゆく視界、眼下には全身を痣だらけにして倒れている愛の姿があった。

「終わりだよ。アイちゃん」
「ほやの」

命の源を粉砕しようと拳に力を込めたその時。
愛の打ち砕いたはずの右手が、ゆっくりと「赤の粛清」に向けられているのが見えた。
そうか。この瞬間を狙っていたのは自分だけではなかったんだ。


例えば。
息継ぎなしでプールを泳ぐとする。
ラストスパートをかけるその直前に。顔を出して一呼吸をするその一瞬。

それは、好機であると同時に危機にもなり得る。
一呼吸のためにあげた顔を外的な力で水面に押し付ければ、たちまち泳ぎは崩れてしまうだろう。
ある時はコインの表裏に、そしてある時は糾える縄に例えられる事実の、表裏一体。

愛は、その一瞬の機会を決して見逃さなかった。
いや、最初から狙っていたとすら言えよう。
特に彼女の使うような、力を一点に束ねれば束ねるほど威力を増す、光の力にとって、一瞬だけを狙い撃つというのはむしろ好都合。それを、最後の最後で「赤の粛清」は思い知らされる。

たった1秒にも満たない時間なのに。
粛清人には、その時間がひどくスローモーションのように思えた。
愛がゆっくりと手のひらを正面に向け、そしてそこからゆっくりと柔らかな光があふれ始める。

比喩ではなく、彼女はその光景に見とれていた。
美しいとさえ思った。
もしかしたら、自分はこの光景をずっと見たかったのかもしれない。

全てを悟った瞬間。
まばゆい光が矢となって、粛清人の胸を一直線に貫いた。



スペードの剣が、心臓を切り裂く。
この世で最も醜いものを小箱に閉じ込めた時に、願いは叶う。
愛もまた、「赤の粛清」と同じように望んでいたのだ。彼女の死と引き換えに訪れる、彼女自身の平穏を。

あふれ出す血液がまるで空を染め上げたかのように、見渡す限りの赤で覆い尽くされていた。
日は沈み、その残骸だけがいつまでも宙を漂い続けている。

地に崩れ落ちた、かつて粛清人だった亜弥を、愛が座り込み抱き上げる。
その表情には、微塵の悔恨すら残っていなかった。

あれほど望んでいた、愛を葬ること。
それが今では、燻りさえ残っていない。
自らが命を失うことで、その願いが叶わないからか。
もしかしたら、望んでいたのは愛の死ではなく、自らの死なのかもしれない。
消えてゆく命の中で、亜弥はそんなことを思っていた。

「赤いね」

愛は空を見上げたまま呟く。

「知ってる」

亜弥が耳元で囁く。
彼女自身が存在したという証のような空の色に、思わず目を細めた。

「だって、血の色だもん」

急に、眠気が襲った。全ては、終わったのだ。
愛は、くたびれた身体をぐったりと亜弥に預けた。
ゆっくりと、温もりが消えてゆくのを感じながら。





投稿日:2014/03/22(土) 00:46:15.90 0