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魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」4-3


402 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 19:14:02.57 ID:sQx9tPoP
――霧の国、地方都市の街角で

吟遊詩人「~♪

 いざ生き者の学をまなばん!
 まずあぐるは、自由の民よ、四族の名前。
 はじめに生(あ)れし草の民らよ。
 次は、水辺を治めし、湖の民。
 三が荒れ地の砂の民。真に剛毅闊達なる。
 四が南の、荒れ地に住まいし風、開拓の民にして興武なり。


 黄金なる小麦の乗り手よ、何処(いずこ)へゆくか。
 吹き鳴られたる角笛、今どこに。
 土に触れたるたくましい指、紅く燃えたる炉辺の火よ。

 春は何処? 春は何処?
 実りの時よ、丈高く、頭を垂れる黄金の麦。
 土に埋もれる馬鈴薯の丘、山なす実りをいざ求め。

 南へ、南へ。実りをもとめ。
 南へ、南へ。いざ旅立たん

 ~♪」
403 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 19:16:13.76 ID:sQx9tPoP
――冬の王宮、広間、対策会議

ガチャリ

勇者「案配はどうだ~?」

冬寂王「やはり文字の読み書きが一つの障害になっていたようだ。
 吟遊詩人の効果が徐々に出てきて、流入してくる開拓民が
 徐々に増えてきたようだな」
将官「冬の間は、南の国でなくても娯楽が必要ですからね」

勇者「この資料か?」

 ぺらぺら

勇者「……」

冬寂王「何か気になることでもあるのか?」

勇者「いや、この世界には俺たちしか居ない訳じゃないからな」
冬寂王「そうだな」

将官「は?」

冬寂王「我らと利害を共にする、または異にする“誰か”も
 同じように様々な策謀を練っている可能性がある。
 それを常に忘れてはいけないと云うことだ」
404 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 19:17:58.69 ID:sQx9tPoP
執事「そういえば、他の皆様は?」

冬寂王「ああ、鉄腕王も氷雪の女王も国元へと帰ったよ。
 何時までも宮殿を留守にするわけにも行かないだろう」

執事「……」はぁ

勇者「どうしたんだ?」

執事「華やかさのない男臭い部屋でございますね」

勇者「あの姉妹は氷雪の女王の所へ行ったよ。
 吟遊詩人に言葉を伝えるにしても、直接の方がいいだろうし。
 その後は、活版印刷の原盤を作るために、
 鉄の国へ向かうはずだ。
 女騎士も、護衛で同行。よって、ここは男パラダイス」

将官「姫騎士将軍もでありますか」
執事「あれは絶壁ですからようございます」

勇者「そうかな、あれはあれでいいやつだぞ?」

執事「……」ちらっ&ため息

勇者「そういえば、何か言ってきたか?」

冬寂王「ああ、もちろん。ほら」

 ドサリ

勇者「うへぇ、なんて量だ。何でこんなにあるんだよ!?」
406 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 19:20:22.80 ID:sQx9tPoP
冬寂王「まぁ、中央大陸と云っても
 統一されているわけではないからな。
 20年前までは領土戦争もしていた国同士が
 魔族の侵攻という現実を前に、
 一つの宗教を中心に結託しただけのことだ。
 だから、非難するにしても、自然とこうなってしまう」

勇者「じゃぁ、内容は似たり寄ったり?」

冬寂王「そうだ。
 中心となるのは、聖光教会からの公式な非難書だな。
 今回の書状には破門もちらつかせてある。
 そのほかは、王族や諸侯からの書状だ。
 内容は一言で言うならば“早く謝れ”だな」

将官「いやいや、言葉が飾られておりますので、
 それだけのことを3ページにもわけて書いてあるのですよ」

勇者「やっぱアホなんだなぁ」

冬寂王「いいや。……これは仕方がない。
 おそらくこの非難書、似たようなこの文面を出さないと
 大陸中央国家の派閥から外れてしまうことを恐れたのだろう。
 逆に言えば、これだけの国家、諸侯から非難された
 すなわち三カ国同盟は世界で孤立して居るぞ、という
 脅しを含んでいるのだ」

勇者「まぁ、わからんじゃない。実際破門された場合、
 商取引も事実上停止するんだろうしなぁ」

執事「そうですなぁ」

勇者「それが恐ろしくて、教会に逆らった国は今まで
 無かったわけだ」

冬寂王「そうなるな」
408 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 19:23:24.29 ID:sQx9tPoP
冬寂王「いずれにしろ、軍を小部隊に編制して、
 国境地帯を見回らせようと思う」

勇者「それがいいだろうな」

将官「小官は国内治安も不安であります」

執事「それについては、わたしも報告を受けておりますな。
 国境付近では、野盗化した傭兵団が出没しておるとのことです。
 また国内では、急速に自由化が進んでいるために
 地主に対する略奪事件が起きているとか」

冬寂王「なかなか頭が痛い問題だが、そちらの方はわたしが
 面倒を見ているよ」

勇者「ああ、すまないなぁ。なんか俺、そういうのは苦手だ。
 良い案がないってーか、うすうす判っちゃ居るんだが」

冬寂王「これについて、奇跡の妙手はないのだと考える。
 地道に説き、問題の起きた箇所をそのたびに手直しせねば
 ならないのだろうな。
 農奴が全て自由開拓民になって、独自の畑を持てるようになるのは
 なるほど素晴らしいことなのだろが
 その場合、どうしても、開墾されていない土地が
 割り当てられることになる。
 開墾をした土地は、開墾者に権利があるべきだからだ。
 だが、未開墾の土地では栽培もままならないだろうし、
 飢えれば暴力的な事件も起きるだろう」

勇者「そうだな」
409 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 19:27:07.22 ID:sQx9tPoP
冬寂王「また、地主による集団的な労働管理が無くなれば
 開墾のような多数の人手を必要とする作業も出来ないし
 付近のみんなが使うような、いわば公共の施設の維持や
 管理もままならない。
 実際、このような乱暴な改革が曲がりなりにも
 実施できたのは、土地の面積に比べて、住んでいる
 国民の数が少ない、貧しい国だったからに過ぎないよ。

 農奴を解放したはいいが、地主に変わる機構が
 何も出来てやしないのだからな」

勇者「解決の方策はあるのか?」

冬寂王「まずは、巡回衛視だ。
 兵の中から常識のある者を選抜し、領内の村を巡回させている。
 もめ事に対処させるためだ。
 また法を犯した者は厳重に処罰する。
 地主的な存在が居なくなったいま、全ての国民は
 等しく尊法精神を身につけて貰わねばならぬ」

将官「わたしも衛視なのですよ。
 わたし達は国内の村々を廻り、
 二週間ごとに戻ってくるような巡回経路が
 それぞれ組まれているのです」

勇者「ふむ」

冬寂王「次に、戸籍と里家制度だな」

勇者「里家?」
410 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 19:31:02.92 ID:sQx9tPoP
冬寂王「ああ、数軒から十軒程度の自由開拓民の家を
 ひとつの“里家”とする。
 開拓や、公共物の管理は“里家”を単位として
 受け持って貰う。税の徴収や賦役も同じくだ。
 “里家”ごとに、種芋や必需品を配り配分をし
 力を合わせて発展して貰う」

冬寂王「もめ事が起きた場合は、巡回衛視が対応する。
 問題があるような一家は訴えなどを聞きつつ、
 “里家”を移す」

勇者「理念は判るが、大変そうだな」

冬寂王「そうだな、大変だ。恐ろしく手間がかかる。
 その上、これは過渡的な制度だ。いまは、流入してきた
 開拓民を“里家”に強制的に編入しているが
 将来的には“里家”さえも自由に選べるのが理想なのだろう。

  大変だが、仕方あるまい。これが正しいと信じたのだ。
 学士殿が残してくれた『紙』が役に立っているよ」

勇者「そらまた、どうして」

執事「このようなことには大量の記録を保存する必要が
 あるのですよ。ここまで詳細な戸籍調査が行われ
 きめ細かい対応を実施できるのは記録のたまものです」

勇者「はぁ……俺や女騎士には無理な領域の話だな」
417 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 20:02:20.18 ID:sQx9tPoP
――湖の国、首都、『同盟』作戦本部

 カッカッカ。ガチャン!

辣腕会計「……小麦の価格が異常上昇を開始しましたっ」

青年商人「来ましたね」

辣腕会計「はい。例年よりも64%、先週より9ポイント増しです」

青年商人「湖の国に本部を移した直後でよかったですね、
 手遅れにならずに済みます」

辣腕会計「開始しますか」
青年商人「まだためらいでも?」

辣腕会計「いいえ、わたしも商人に生まれた者。
 ここまで来れば腹をくくりました。果てを見ましょうっ」

青年商人「そうですね。通達準備、早馬の準備は?」
辣腕会計「整っています」

青年商人「ここからは潮目次第の勝負もあります。
 この本部は不眠不休になりますよ」

   職員「「「「はいっ」」」」
418 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 20:03:20.73 ID:sQx9tPoP
青年商人「でが、通達を」
辣腕会計「はっ」さらさら

青年商人「現時刻から『同盟』は、
 小麦、鉄、塩、木炭を中心とした生活必需品の
 買い占めを行います。
 小麦は例年の320%、そのほかの品については240%を
 一旦の上限として買い増し」

辣腕会計「……」サラサラっ

青年商人「もちろん、不必要に金を払う必要はありません。
 取引ごとには、いつもどおり細心の注意を持って利益を
 求めること。ただし、今の風は現金よりも現物です。
 物資を持つべきです」

辣腕会計「はいっ」

青年商人「治安悪化も予想されます。物資の輸送と保管
 には注意を払い、警備の傭兵を増やしてください。
 傭兵への支払いは現金を中心としますが、
 つなぎ止めに必要とあらば、直接小麦やそのほか穀物
 での支払いも認めます。
 その場合は月払いではなく週払いにするように」

辣腕会計「心得ました」

青年商人「“小麦引き渡し証書”についてはどうですか?」

辣腕会計「順調に契約が進んでいます」

青年商人「大規模な地主と領主に交渉を集中させてください」
419 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 20:06:57.12 ID:sQx9tPoP
辣腕会計「……」サラサラ

青年商人「さて、ここからですね」
辣腕会計「?」

青年商人「教皇派委員はこれ以上の買い占めには
 難色を示すでしょうから」

 ペラッ

辣腕会計「はい、すでに口頭での不快感表明をしていますね」

青年商人「教皇に尾をふってどうします。
 目の前の利益を捨ててまで権力の歓心を買おうとは
 それはそれで商人としての筋が通りません」

辣腕会計「……何か対処を?」

青年商人「『黒の手』を回します。
 教皇派委員3人は、二週間現場を離れて貰います」

辣腕会計「……っ」

青年商人「二週間で形勢を作ります。
 一度始まった楽曲を、中途で止めさせはしません」

辣腕会計「判りました」

青年商人「ぎりぎりまで物資の買い付けを装いましょう。
 この手を予想しているひとは、中央には居ないと思いますが
 それも長くは持たない。この偽装で2週間は突っ張ります」
431 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 20:27:20.01 ID:sQx9tPoP
――聖王の国、地方都市、貴族領

地方市民「はぁ!? なんでだよっ!」

穀物商「だから、云っただろう? 小麦一袋で、金貨19枚」
地方市民「馬鹿じゃねぇのか? 何でそんな値段なんだよ」

穀物商「あんた買い物に来るのは久しぶりなのかい?」

地方市民「ああ、そうりゃそうだ。わざわざ荷馬車を
 御してまで、買い付けに来たんだ。この買い物で
 一家八人が食うんだぞ!?」

旅商人「親父、小麦をくれ」
穀物商「はいはい、商人さんだね。いくつだい?」

旅商人「いくらだ?」
穀物商「小麦一袋で、金貨19枚。挽きが粗い二級のものなら
 金貨15枚半だ。大麦は金貨12枚」

旅商人「二級を見せてもらおう」
穀物商「こいつだ!」

旅商人「ふむ……。多少虫が混じっているな」
穀物商「今日日どこでもこんなもんだ。買手は他にも居るんだよ」

旅商人「良かろう。25袋積んでくれ」
穀物商「よしきた、売買成立だっ」
433 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 20:28:39.82 ID:sQx9tPoP
 カッポ、カッポ、カッポ……

地方市民「……くそ。親父、じゃぁ、俺にもその二級のをくれ」
穀物商「一袋、金貨16枚だ」

地方市民「はぁ!? さっきは15枚半って云ったじゃねぇか!」

穀物商「お客さん。この二級の小麦、
 先週は一袋で金貨8枚だったんだ。
 この先もどうなるか判りゃしない。
 わたしだって、売らないで取っておいた方が
 儲かるかもしれないんだ」

地方市民「……くぅ。くれっ! 2袋だ。それと大麦も4袋くれ」
穀物商「お客さんはよい買い物をしたと思うよ」

  パン屋「安いよぉ! 安いよぉ! いまなら
   バターをつけた大きな葡萄パンが、二つで   金貨一枚だっ」

 カッポ、カッポ、カッポ……

地方市民「何が安いもんか。あんなに小さいじゃないか。
 それが金貨一枚だなんて。いったいどうすりゃいいってんだ」

地方市民「……仕方ない。レンズ豆とカラス豆も
 仕入れるとしよう。今年は精霊様のお恵みがなかったんだ。
 来年になれば良いこともあるさ」
435 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 20:30:31.48 ID:sQx9tPoP
地方市民「え!?」

商家「レンズ豆は一袋、金貨9枚。カラス豆は11枚半だ」

地方市民「なんでそんなことになるんだよっ!?
 小麦は不作だったかもしれない。確かに天気がちょっと
 良くなかったから。しかし、豆は豊作だったはずだろう!?」

商家「ああ、確かにね。しかしね、お客さん」
地方市民「あ、ああ」

商家「考えてみてくれ。普段小麦を食べている人でも、
 小麦が高ければ、大麦やカラス麦のパンを食べるだろう?
 普段大麦やカラス麦のパンを食べている人でも、
 それが高ければ、マメや、蕎麦、クルミまでも食べ
 なけりゃならん。
 判るだろう? 普段より大勢の人間が、豆を求めてるんだ。
 値段が上がってしまうんだよ」

地方市民「何でこんなことになってしまったんだ……」

商家「これでも、わたしは努力しているんだよ。
 ちょっとでも安くしようとね」地方市民「……?」

商家「と、いうのも、領主が来月には、豆や穀物、
 さらにはパンの値段を固定しようとしているんだ」

地方市民「固定……?」

商家「ああ、定価販売を義務づけるというんだ」
438 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 20:33:03.84 ID:sQx9tPoP
地方市民「素晴らしいじゃないか! じゃぁ、来月まで
 待てば麦も豆ももっと安く買えるんだっ!」

 カッポ、カッポ、カッポ……


旅商人「やれやれ」

地方市民「あぁ、あなたはさっきの」

旅商人「さきほどの穀物商でもお会いしましたな」
地方市民「ええ、旅商人の方ですか? ごきげんよろしく」

旅商人「何にも判っていないようですね」 ちらっ
商家「仕方ありません。畑を耕している方には本来無関係
 何ですからね」

地方市民「どういうことです? どうしたのです?」
商家「……はぁぁ」

旅商人「本来こういうことを言ってはいけないかも
 しれないのだが、わたしは旅の者だし、差し支えないだろう」

商家「わたしは、豆の重さでも量っていますよ」

地方市民「?」

旅商人「麦の値段は、小麦も、大麦も、オート麦に至るまで
 上昇の一途だ。来月に下がるとはとても思えない。
 こんな状況で、麦やパンの販売価格を決められたらどうなると
 思う? あっという間に破産してしまう。
 仕入れるべき小麦は高いままなのだからね。
 正気の穀物商やパン屋なら、店を開くこともしないだろう」
439 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 20:35:08.64 ID:sQx9tPoP
地方市民「あっ!」

旅商人「そういうことだ。値段は上がっているが、
 彼らもある程度は売り切ってしまいたいのさ。
 もちろん、自分たちが食べる分くらいは残さないと
 飢えてしまうがね」

地方市民「……そ、そんな」

商家「よいしょっと。……そうですよ、お客さん。
 もしかしたら、来月のこの通りは一軒の店も開いて
 無いかもしれない。わたしだって、こんなベーコンや
 豆は始末して、少しは大麦を買い入れておきたいんだ」

地方市民「わ、わ、わかった。買うよ!」

商家「今日は店じまいだ。おまけしておくよ」
地方市民「レンズ豆とカラス豆を2袋ずつ頼む」

商家「金貨20枚にしておこうかね」
旅商人「こちらはカラス豆を20袋だ」

商家「よしきた。おーうぃ、大口のお客だ。
 運ぶのを手伝っておくれ~」
456 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 21:43:43.65 ID:sQx9tPoP
――冬の王宮、広間、対策会議

 ガチャ。ザッザッザ!

商人子弟「王よ、冬寂王よっ!」
従僕「わわわ。はわーっ」

将官「これは商人子弟さんではありませんか、
 どうされたんですか?」

商人子弟「緊急の上奏があってきました。王はどこに」

執事「おや、商人子弟殿。若はこちらですよ」
冬寂王「なにごとだ?」

商人子弟「おお。冬寂王っ。至急案件です。
 上奏があります、公布を出して頂きたい」
従僕「はうー」

冬寂王「なにごとだ?
 税のことでそのような緊急事態など起きるものなのか?
 それともまさか軍事のことなのか?」

商人子弟「違います、まさに税のことです」
従僕 こくんっこくんっ

冬寂王「上奏文を読もう」

商人子弟「読まないでいいです。時間がもったいないから」

執事「随分たくましくなって……」

商人子弟「王との付き合い方を学びました」
458 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 21:46:09.19 ID:sQx9tPoP
商人子弟「判りやすく口頭で説明をします。
 おい、フリップ!」
従僕「はいっ!」 ペラッ

将官「紙芝居……?」

商人子弟「現在、大陸中央部の諸王国で急速に物価の上昇が
 発生しています。と、同時に金貨の流通量が増えています」
従僕「ですっ」

冬寂王「どういうことなのだ?」

商人子弟「つまり、先週金貨5枚で買えた品物が、
 今週は10枚、来週は20枚というように
 どんどん値上がりしているんです」

執事「それでは庶民の暮らしが立ちゆかないではないか」

商人子弟「当然そうなります。
 しかし、これに対して、領主を中心に金貨の流通量も
 増大しつつあるんです。
 領主が民衆に金をばらまけば、もしかしたら均衡が取れるの
 かもしれませんが、現在は物価の上昇に対応するだけの
 貨幣が民衆の側に無いのが実情です。
 そのため加速度的に事態は進行中。
 おい、フリップその2」
従僕「はいっ!」 ペラッ

商人子弟「この図にあるとおり、現在価格はおよそ例年の
 2倍に迫りつつあり、その速度は衰えていません」
従僕「ですっ」

将官「わ、わかりやすい。……おまけに何故かどきどきする」
執事「これは一大事なのでは」

冬寂王「ふむ」
461 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 21:49:39.52 ID:sQx9tPoP
商人子弟「これは何者かによる、
 小麦を中心とした物資の買い占め工作かと考えられます」

冬寂王「工作? 目的は?」

商人子弟「それは後回しです。今はそんな暇はありません。
 ただでさえ、こんな凄腕のプレイヤーを相手に回して
 うちは後手に回ってるんですからねっ」

将官「プレイヤー?」
商人子弟「ああ、それも忘れて良いです」ぽいぽいっ

商人子弟「目下重要なのは、これから何が起きるかです」

冬寂王「判った。対応が先というわけだな。
 いったいどのような事態が予測されるのだ?」

商人子弟「中央の国家全てに、
 激しい富の変調が発生しています。
 市中には金貨がないにもかかわらず一部の大商人、
 地主、領主、貴族、王族には金貨が集中しているんです。
 しかし、価格高騰は全ての物資に波及していて、
 多量の金貨を持っても物資の調達は思うように
 行えない事になるでしょう。時間差はあるでしょうが
 ゆくゆくは、全ての価格が上昇するはずです」

執事「ふむ……」
465 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 21:52:03.03 ID:sQx9tPoP
商人子弟「このような状況には
 財政出動などの政策が効果を持っていて、一部の賢明な
 領主は着手したようですが効果は非常に限定的です。
 理由ははしょりますが、“一部の賢い領主”の努力程度では、
 この流れは止まりそうにありません、となると。
 おい、三枚目出せ」

従僕「はいっ!」 ペラッ

執事「っ!?」

商人子弟「そうです。まだ価格の高騰していない、遠方。
 つまり南部諸王国ですね。ここで大量の物資を調達する
 というのが彼らが次に執る手段です。
 一部にその兆候が見え始めています」

冬寂王「それに巻き込まれた場合は、我が国でも物価が?」

商人子弟「ええ、間違いなく高騰します」
従僕「すごいことになりますぅ」うるっ

執事「た、対処方法は?」

商人子弟「今述べます。まず、第一にこれはある種の
 攻撃であると認識してください。
 向こうにその意図がなかった場合は、災害です。
 防衛しなければなりません。
 これはかなりの危機です。道を誤れば国が傾きます」
466 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 21:53:49.86 ID:sQx9tPoP
冬寂王「承知した」

商人子弟「まずは、関税です。
 小麦を中心に、三カ国通商同盟の内側から外側へ
 品物が出て行く場合は税を取りましょう」

冬寂王「通行税のようなものか?」

商人子弟「フリップ」
従僕「はいっ!」 ペラッ

商人子弟「似ていますが、方向が限定的です。
 この場合出て行く物資にかければ良いだけです。
 小麦でも馬鈴薯でも、持ち出す場合は
 荷馬車一台につき金貨50枚」

将官「50枚!? べらぼうなっ!」

商人子弟「なぁに、わたし達の懐が痛むわけではありません。
 それにこの関税をかけなかった場合、わたし達の食料は
 すべて中央に買い上げられ、冬に飢えることになるんですよ?」

将官「そ、そうだなっ。60枚でも良いかもしれない」
執事「飢えるのだけは勘弁して欲しいですからなぁ」

商人子弟「次に宮殿関連の給金制度の段階的な休止」

冬寂王「それはどういう意味があるのだ?」
468 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 21:55:52.50 ID:sQx9tPoP
商人子弟「この現象は、“金貨一枚で何が出来るのか?”
 という問いの答えがあやふやになったから起きているのです。
 つまり、普段ならパンが四つは買えた金貨で、
 今何が出来るか判らない。そこに問題があります」

執事「ふむ」

商人子弟「普段金貨30枚もあれば一月暮らすことが
 出来ていたとしても、今は出来るかどうか判らない。
 今出来たとしても、今後どうなるか判らない。
 これはつまり、貨幣の信用が崩壊しているせいです。

  ですから、通貨の使用を一部減らします。
 必要であれば、兵士や文官の給与は金貨ではなく、
 今貯蔵のある小麦で支払います」

将官「馬鈴薯ではいけないのか?
 あれは旨いし、沢山あるだろう?」

商人子弟「フリップつぎっ!」
従僕「はいっ!」 ペラッ

商人子弟「さいわい、我が国および通商三カ国は
 食料の中心を麦から馬鈴薯に移行しつつあります。
 これは不幸中の幸いです。何せ馬鈴薯は中央から見れば
 異端指定の作物ですからね。生半可なことでは
 これを買おうとは思わないでしょう。
 そこを利用します」

冬寂王「そうか、定価制だな」
470 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 21:58:19.30 ID:sQx9tPoP
商人子弟「そうです。馬鈴薯の生産者からは一定の金額で
 これを買い上げます。そして馬鈴薯を食べたいものや、
 市中の食堂などには一定価格で馬鈴薯を売ります。
 この一定価格は、2ヶ月毎程度で見直すべきですが」

商人子弟「また、開拓者に飢饉が発生した場合などは
 この馬鈴薯を中心に対処を行うべきです。
 これによって、少なくとも三カ国通商内部では
 貨幣の信用力が比較において安定するはずです。

  つまり、金貨一枚で、馬鈴薯がいくつ買えるか?
 という問いに答えが出るわけですからね。
 金貨十数枚で一月暮らせるだけの馬鈴薯が保証される
 のならば、金貨を持っている意味は保証される。

  加えて云うならば、気になることも何点かあり
 馬鈴薯の貯蓄はなるだけ伸ばした方がいいでしょう。
 生産を奨励してください」

冬寂王「対処としてはそのようなところか?」

商人子弟「ええ、これがとりあえず財政の
 処方箋です。しかし、まだ有ります」

冬寂王「なんと」

商人子弟「こちらはわたしの専門ではありませんが
 大陸中央の物価が上昇すると云うことは、
 餓死者が出るはずです。当然治安悪化も予想されます」
473 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 22:01:16.27 ID:sQx9tPoP
執事「おお、そう言うことでしたかっ」ぽむんっ!

冬寂王「ん? どうした爺」

執事「いやいや。
 最近、野盗化する傭兵団の噂が後を絶たぬのですよ。
 連中、食い詰めて盗賊に身を落としているのだな」

冬寂王「そのような話も出ていたな」

商人子弟「野盗であるなら異端指定だからと云って
 馬鈴薯を嫌がったりもしないでしょう。
 領内に強盗、いや略奪が発生しないとも限りません」

将官「それは小官の役目でありますね! ご安心あれ。
 常備軍を通常の国の三倍もおいているのは
 我が南部の諸王国だけです。
 強盗ごときにどうして引けを取りましょう」

執事「野盗とはいえ、元は傭兵団。慢心するでないぞ」
将官「はっ!」

商人子弟「もう一点が、流入する民衆です。
 これから越冬に向かいもし中央部がもっと冷えるのであれば
 飢饉になるやもしれません。そうすれば、大規模な移民が
 発生する可能性があります」

冬寂王「ははは、そうなれば、それはそれでありがたいがな」

商人子弟「それもこれも食べさせることが出来れば、です。
 その点もあり、馬鈴薯の増産を進言しました」
475 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 22:03:40.30 ID:sQx9tPoP
冬寂王「委細承知した。良く進言してくれたな」

商人子弟「いえいえ、これもお役目」
従僕「ですっ」にこっ

冬寂王「貴公の見識は良く把握した。今日から財務長だ」
商人子弟「え」ぴきっ

冬寂王「侯爵位だ。給金や手当はおって考えよう」
商人子弟「いや」

冬寂王「遠慮はするな。財務長となったからには
 三倍の仕事もこなせるはず。よろしく頼むぞっ」

商人子弟「ちょ、ちょっとまってくださいよ!
 そういうんじゃないですよ! 死んじゃいますよっ!」

冬寂王「ははははっ。我は早速布告作業にはいる。
 何かあれば何時なりと来てくれるが良い。
 そうだ、こんど晩餐でも共にしよう。たのんだぞっ!」

将官「ご愁傷様です」

執事「はやく奥様を貰われることですな。
 おっぱいは男を癒す摩訶不思議な力がありますぞ?」

商人子弟 がくっ

従僕「……」なでなで
477 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 22:05:49.20 ID:sQx9tPoP
冬寂王「ははははっ。では、行ってくる!」
執事「お待ちください、若~。爺もまいりますぞっ」

 かっかっかっ。がちゃん

商人子弟「……ふぁぁぁ」がくり
従僕「大丈夫ですか?」

商人子弟「ダメかもしんない」
従僕「お茶入れましょうか?」

商人子弟「たのむよ」

従僕「はーい♪」 ぱたたたっ

商人子弟「それにしても……この流れ……」

商人子弟(誰の仕掛けかなんて事は判っている
 こんな規模の商戦をしかけられるのは
 『同盟』以外にあるものか。
 連中が大規模な買い占めをやっているんだ。
 だが、その目的は何だ? 連中は敵か? 味方なのか?)

商人子弟(俺みたいな三下の商人の小せがれじゃぁ
 どうやったって化け物みたいな商人連中のそのまた
 集合体である『同盟』になんか太刀打ちできないぞ。
 だが……。はぁぁぁ。今さら逃げるわけにも行かないし)

商人子弟(小麦と生活必要物資を買ってどうする?
 その費用はどこからひねり出したんだ? 他の物資の
 売買の兆候はない。とすれば、何らかの契約か、自分の
 財布から金をひねり出したんだろうが……。
 そんなことに何の意味がある? ただの投機なのか?
 食料品の価格を高騰させて、売り抜けて利益を得る。
 ――可能だろうが、それだけが目的なのか?)
503 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 23:00:03.23 ID:sQx9tPoP
――思い出の庭、魔王の回想

メイド長「――!」
魔王 かちゃかちゃ

メイド長「――! ――!」
魔王「むぅ、変換式が違うのか?」

メイド長「――!
  もうっ、呼びかけたら返事くらいしてくださいっ」

魔王「うぉっ! びっくりしたではないか」
メイド長「びっくりしたのは、こっちですよ!」

魔王「むぅ。お互いびっくりでは間抜けではないか」
メイド長「それこそお互い様ですっ」

魔王「むぅ」

メイド長 くんくん 「ん? ――! いつから
 着替えてないんですかっ!?」

魔王「そんなこと良いではないか。
 ライオンも熊も着替えはせぬ。
 竜も殺戮機兵もだ。
 そんなことしなくても生きていける」

メイド長「ダメですよ。そんなの。
 あなたは人型形態なんですから。
 そもそも年頃の女の子なんですよ? 弁えてくださいっ」

魔王「年頃なんて云ったって、もう100年もこのままではないか」

メイド長「そりゃ、ここは『外なる図書館』だからですっ」
504 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 23:01:45.14 ID:sQx9tPoP
魔王「身支度は苦手だ」

メイド長「ああっ。もうっ!
 そういう話じゃなかった。
 ――! 魔王になるってのは本当なんですか!?」

魔王「ああ、うん……」
メイド長「照れないでくださいっ!」

魔王「なるのだ」えへん
メイド長「無駄に成長した胸を張らないでくださいよっ」

魔王「だめだったか?」
メイド長「……まさか、わたしのためじゃないでしょうね?」

魔王「いや、違うぞ」
メイド長「それなら良いんですが……」

魔王「あれは本当に行きがかりのことだ。
 気にする方がおかしいのだ」

メイド長「……」
魔王「来月には、継承をする」

メイド長「――魔王になる意味、判ってるんですか?」
魔王「うむ」

メイド長「冥府宮にはいるんですよ?
 他の魔族ならいざしらず、この一族には
 冥府宮に関する知識だって伝わっているじゃないですかっ!」

魔王「“この一族”なんていうな。“我が一族”と云うべきだ」
メイド長「わたしは……新参ですから」

魔王「新参だろうが何だろうが、一族だ」
507 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 23:03:47.48 ID:sQx9tPoP
メイド長「そんなことより、あそこに行ったら歴代魔王に
 意識も身体も乗っ取られるんですよ?」

魔王「正確には乗っ取りではない。汚染だ」

メイド長「同じじゃないですか」

魔王「全然違うぞ。汚染はわたし自身の変化だ。
 乗っ取りなら元に戻る方法もあるかもしれないが
 汚染に方法はない」

メイド長「余計に悪いじゃないですかっ?」

魔王「いや、そうとも限らない。
 物事には何でも利点と欠点があるのだ。
 まず、汚染されてもわたしはわたしだ。
 最後までわたしの罪はわたしについて回る」
メイド長「欠点にしか聞こえません」

魔王「それに、乗っ取りは一瞬だろうが、汚染には
 時間がかかろう? そこが目の付け所だ」

メイド長「はぁ?」

魔王「冥府宮にはちょっぴりだけ入る」
メイド長「へ?」

魔王「ちょぅぴり入って、すぐ出てくる」

メイド長「はぁ~? な、何を言ってるんですか!?
 それじゃ魔王の戦闘能力が身につかないじゃないですかっ。
 そんなのでどうやって魔界を統治するんですかっ?
 そもそもどうやって戦うんですかっ!?」
510 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 23:05:57.83 ID:sQx9tPoP
魔王「統治に暴力なんて使わない」
メイド長「何を言ってるんですか、そんなっ」

魔王「NDC310番台を見てみろ。
 人間は個体の戦闘能力など中級魔族以下なのに
 それでも統治も政治もやって居る。
 戦闘能力など統治の必須要件ではない証明だ」

メイド長「そ、それはそうかもしれませんけれど。
 だいたい、何で魔王になんてなるつもりなんですかっ。
 そこからして変じゃないですか。研究の虫のくせにっ」

魔王「これも一つの実習だ。お前だってしているだろう?」

メイド長「実習……」

魔王「うん。わたしは、二つの世界がふれあう様を見てみたい。
 出来うるならば、わたしの運命に出会いたいんだ」

メイド長「え?」

魔王「ほら」

 キラキラキラ、キラキラキラ

メイド長「これ……え……?」

魔王「先週、生まれたんだ」
メイド長「にん、げん?」

魔王「遠隔映像に過ぎないし、酷く画質は悪いし、
 これっきりだけどな。瀬良の図書館も、万能ではないから」
513 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 23:10:24.46 ID:sQx9tPoP
メイド長「男の子……なんですか?」
魔王「勇者だよ」

メイド長「……っ!?」

魔王「この世界にたったふたつのLiving Singularity。
 運命の子供だ。きっと15年もすれば格好良くなるんだろうな」

メイド長「まさか……」

魔王「うん。ふふふっ。――この人に会いたいんだ」

メイド長「そ、そんなっ。この人は、魔王を殺しに来る
 存在ですよっ!? 何を考えてるんですかっ!!」

魔王「それが良いんじゃないか」
メイド長「――」

魔王「わたしに会いに来てくれるんだ。
 遠いところから触れあえないはずのところから来てくれるんだよ。
 それはまぁ、彼の剣はわたしを殺すかもしれないけれど、
 殺される前に“こんにちは”位は云えるだろう。
 もしかしたら“ご機嫌いかが”も云えるかもしれない。
 奇跡でも起きたら――あの黒髪に
 触れさせてもらえるかもしれない。あれはきっと、
 もふもふしてて、くしゃくしゃにすると幸せなんだ」

メイド長「正気じゃありませんっ」

魔王「いたって正気だ。それがわたしの持っている
 唯一のチャンスだと思う。“見たことのない未来”を
 見るための。この図書館に収められていない物語を
 読むための。――運命と出会うための」
515 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 23:13:40.57 ID:sQx9tPoP
メイド長「そんな……だって」
魔王「決めたんだ」

メイド長「継承候補者戦はどうするんですかっ」
魔王「それは、まぁ、適当に」

メイド長「魔界からとっておきの猛者や従者が6人も
 集まるんですよ? 勝てるわけ無いじゃないですかっ。
 無理に決まっています、魔王になることも出来ませんよっ」

魔王「それはまぁ、うまくやるよ。
 戦闘は苦手だけど損得勘定は得意だ。
 棄権して貰うように話をまとめるとか。
 手加減して貰うとか」

メイド長「出来るわけありません」 どんっ

魔王「手厳しいな」

メイド長「――はっ! ――は馬鹿ですかっ!?」

魔王「勝ち負けは問題じゃないんだ。
 ここが唯一のチャンスだから。
 問題はもはや勝ち負けではなく
 “賭けずに後悔するか、賭けてみるか”でしかないんだ」

メイド長「……あなたは」
魔王「ん? 変なことを云ったか?」

メイド長「いえ」
魔王「……」

メイド長「…………マイマスター」
魔王「なんだそれ?」
518 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/11(金) 23:16:24.08 ID:sQx9tPoP
メイド長「マイマスター。あなたは酷く馬鹿ですから」

魔王「何を言い出すんだっ。異界の博士号だって取れるんだぞ」

メイド長「それでも馬鹿ですから」

魔王「む」

メイド長「わたしがメイドとしてあなたに仕えましょう」
魔王「え?」

メイド長「あなたの従者になりましょう」

魔王「何を言っているんだ。馬鹿を云うな。
 これはわたしの夢で、わたしのチャンスなんだっ。
 他人を巻き込んで良いものじゃないっ」

メイド長「ならさっさと諦めるべきです。
 王になる、統治者になるというのは、
 “他人を巻き込む”以外の何だというのですかっ!?
 その程度で曲げるような夢に命を掛ける馬鹿がいますかっ!」

魔王「――っ」

メイド長「これは、わたしの夢でもあります。マイマスター。
 わたしも、“メイド道”を極めたいですからね。
 あなたには多少の恩もある。
 でもそれ以上に、こんなにぐうたらでいい加減な人は
 見たことがありません。素材は良いのに宝の持ち腐れ。
 本当に理想のご主人様です」

魔王「いいのか? そっちだって馬鹿の相乗りになるぞ。
 死ぬかも、というか死ぬっぽいんだぞ? かなり確実に」
521 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 23:19:35.57 ID:sQx9tPoP
メイド長「それはマイマスターがメイドをご存じないからでしょう」
魔王「はぁ?」

メイド長「どの書物を読んでもメイドの卓越した美意識、
 実務能力、家政能力、問題処理能力、
 さらに特筆すべきはその戦闘能力について絶賛されていますよ?
 ヴィクトリア朝とヤーパンにおける
 メイドはまさに現人神のようなものです」

魔王「そう……なのか?」

メイド長「ええ、ご安心あれ」
魔王「そ、そうか。その」

メイド長「お茶でも入れましょうね」
魔王「う、うむ。頼む。その……メイド長」

メイド長「まだ部下は居ませんけれどね」
魔王「部下がいなくても、長に相応しい」

メイド長「ありがとうございます」 にこり
魔王「でも、その……良いのか?」

メイド長「ええ、もちろん。――だって」

魔王「……」

メイド長「“さだめられたあの方を待つために”なんて
 そんな夢、応援しないわけには行きませんでしょう?
 わたしだって女性の身に生まれているのですから」
534 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 23:46:03.44 ID:sQx9tPoP
――大陸中央、霧の国、領主の館

家令「領主様っ! 領主様ぁっ!」

肥満領主「んー。もう1個プラム剥いてくれたまえっ」
 少女メイド「はい……」

家令「領主様っ!」

肥満領主「ええいっ! うるさいっ! 聞こえているわっ!
 何事だ、騒々しいっ!」

家令「き、き、来ましたっ!」

肥満領主「召集令かっ!?」

家令「その通りでございますっ!」

 ぱらっ、するするするっ

肥満領主「ふむっ。総大将は霧の国の灰青王か……。
 招集が掛かるは思っていたが、このように早くとはなっ。
 ふははははっ! 南部の蛮王どもめ、我らが書面による
 交渉を繰り返すと高をくくっていたのだろうな。
 現実はそうそううまくはいかんよっ」

家令「いかがいたしましょう?」

肥満領主「領主の義務ゆえ、至急馳せ散じると返書を送れ!」

家令「ははぁっ!」 がちゃっ!

肥満領主「何とも良いタイミングで招集をかけてくれたものよ。
 こちらは小麦の売買を通してたっぷりと軍資金を蓄えておる。
 今年に限って“小麦引き渡し証書”なるものまで
 出現する始末。わが宝物庫には金貨がうなっておるわ」



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最終更新:2013年06月07日 20:51
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