1-3


魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」1-3


323 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18:36:03.83 ID:AIDyRnsCP
――館の廊下

勇者「よっ。お疲れ」
魔王「疲れた」
勇者「疲れた顔してるよ」

魔王「なぜ私は教育などと言い出したんだろう。
 人間の子供の相手をするのがあんなにも疲れるとは
 思わなかった。あれではまるで動物ではないか。
 理非も交渉も通じない」
勇者「あー」

魔王「なぜあの者たちはあんなにもプライドが高いのだ」
勇者「貴族や軍人や富裕層だからじゃないか?」

魔王「いっそ蛙に変えてしまうか」
勇者「冗談に聞こえないぞ」
魔王「冗談ではない」
勇者「止めておけ」

魔王「そうか」しょぼん
勇者「村長の家に向かうんだろう? 付き合うよ」
332 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18:43:21.00 ID:AIDyRnsCP
魔王「む。寒いな」
勇者「雪が降ってないだけましだ」

魔王「寒いぞ、勇者」
勇者「俺はその中で一日中イノシシを追っかけてたんだぞ?
 魔王は家の中にいたんだから文句言うな」

魔王「ちがう。寒いのだ」
勇者「……」

魔王「……だめか?」
勇者「わかった、ほら」ばふっ「これであったかいか?」
魔王「うん、あったかい」

勇者「ご機嫌か」
魔王「ふふん。悪くはない」
勇者「偉そうだな」

魔王「勇者を手に入れて本当に良かった」すりっ
勇者「あー。こほん」
魔王「?」
勇者「おたがいな」
334 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18:50:56.62 ID:AIDyRnsCP
魔王「まぁ、なんとか動き出したのだから
 文句を付けるのもおかしいのだろうな」

勇者「まぁなぁ」

魔王「悲しいほどに権威が物を言うのだな。
 貴族の子弟を受け入れて、箔がついたら農民も
 学んでも良いと言い出すのか。新しい農法も
 この春からそれなりの規模で実験開始だそうだ」

勇者「結果が出るのに、時間はかかるだろうな」

魔王「いや、来年からにでも結果は出す」
勇者「出来るのか?」

魔王「秘密兵器を手に入れたからな」
勇者「なんだそれは」

魔王 ごそごそ 「これだ」
勇者「なんだその固まりは?」

魔王「これは馬鈴薯という。作物だ」
勇者「??」
魔王「植物なんだ。こうやって掘り出しているが、
 この丸い部分は土中に出来る」
339 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18:54:44.77 ID:AIDyRnsCP
勇者「ふぅん……」

魔王「これはなかなか美味で栄養価の高い食物なのだ。
 そのうえ、このような食用部分が地下に出来るために、
 鳥害を受けにくい。また、痩せた土地や寒冷地、
 固い地面でも成長できるという優れものだ。
 そのうえ、土地あたりの収穫量は、ざっと計算した
 ところ小麦の3倍に当たる」

勇者「まじかよっ!?」

魔王「ああ、大まじめだ」

勇者「神の食べ物か!?」

魔王「いいや、魔界の食べ物だ」
勇者「……」

魔王「異文化、異文明の接触というのは、
 このように大いなる恩恵を生むことがあるんだ。
 たとえ不幸な形の接触であっても、接触は接触だ」

勇者「複雑だなぁ」
341 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18:59:48.00 ID:AIDyRnsCP
魔王「もっともこの馬鈴薯にだって弱点がない訳じゃない」
勇者「なにがあるんだ?」

魔王「まず、毒性がある」
勇者「ダメじゃん!」

魔王「いや、強い毒ではないし、毒性が発生するのは、
 日光に当たって発芽しかけたものだけだ。
 収穫や保存においてきちんと管理すれば問題ない。
 むしろ冷暗所で保存すれば一年程度は持つはずだ」

勇者「ふむ……」

魔王「また、連作障害がある。この馬鈴薯という植物は
 条件さえ合えば、年に3回程度収穫できるのだが」

勇者「聞くだにすごいな。さすが魔界の植物だ」

魔王「ああ。だが、その分土中の栄養素、つまり
 いわゆる『大地の恵み』を多く消費してしまうんだ。
 必要な種類の恵だけ使ってしまうから、おなじ場所で
 作り続けると出来が悪くなって、病気にもかかりやすくなる」

勇者「ふむふむ」
344 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:06:00.60 ID:AIDyRnsCP
魔王「もうちょっと」
勇者「へ?」

魔王「もうちょっとくつくのだ。隙間があると寒い」

勇者「う、うん……。あー。くっつくとこっちが
 いろいろもにょもにょなんだけど」

魔王「……わたしの身体は気持ち悪いか?」
勇者「いやいや、そうじゃないんですが」

魔王「まぁ、とにかく。この食物も、寒冷地の
 飢饉対策に役立つはずなんだ。毒性の部分は
 気をつけていればさほど大きな問題にはならない。
 どちらかというと、連作障害の方が問題だろうな」

勇者「俺の理性の方にも問題が」

魔王「大地の恵みは時間がたてば回復するが
 それに対してこちら側からも働きかけを行なう方法を
 確立しないと、一カ所に留まって生産量を上げることは
 限界があるだろうな」

勇者「大地の神に祈祷でもするのか?」
346 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:10:57.82 ID:AIDyRnsCP
魔王「そうだな。祈祷の一種だ」
勇者「無神論者じゃないのか? 魔王は」

魔王「私が無神論だろうと何だろうと、
 利用できるものは隙無く隈無く躊躇無く
 利用したおすのが経済屋というものだ」
勇者「ある種の悪魔だな、こいつ」

魔王「大地そのものに、契約の証として捧げ物をするんだ。
 この種の捧げ物は人間社会でも、経験的に行なわれている。
 焼いた食物や動物の遺骸、動物の糞尿や、食べかすなどだ」
勇者「ふむ。なんか捧げ物ってイメージじゃないけど」

魔王「期待しているのは南氷海の魚なんだがな」
勇者「なぜ?」

魔王「捧げ物には魚が良いんだよ」
勇者「買ってきてやろうか? 転移呪文でひとっ飛びだぞ」

魔王「ありがたいが、持って帰れる量ではないと思う。
 畑一つに月50匹。それも毎年だと云ったら驚くか?」
350 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:17:55.33 ID:AIDyRnsCP
勇者「うっわ、そりゃ」
魔王「無理だろう?」
勇者「うん」

魔王「だが、それも問題が大きくてな」
勇者「なんだ? 南氷海に問題でもあるのか?」

魔王「ああ。二つある。
 一つは、勇者も知ってると思うが南氷将軍だ」
勇者「……あの親父か」

魔王「ああ、あの男、魔族の中でも強硬派だからな。
 魔王の私が伏せっているこの時期でも略奪行為を
 続けていると聞いている。銀鱗族、飛魚族、鉄亀族、
 巨大烏賊族、歌姫族を率いる、魔族でも指折りの
 実力者だ……」

勇者「何度か戦りあったことがある。
 ばかでかい図体で、すげー銛さばきだった」

魔王「南氷海で活動するからにはどうあっても
 利害が衝突するだろうな」
355 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:27:04.00 ID:AIDyRnsCP
魔王「もう一つが『同盟』だ」
勇者「なんだそりゃ」

魔王「この話は、もうちょっと伏せておこうかと
 思ってたんだがな。良い機会だから説明しておこう」

勇者「うん」

魔王「正式には『南部独立都市および自由商人による
 経済同盟』と呼ぶ。まぁ、いまでは『同盟』で
 何処でも通じるな」
勇者「聞いた覚えはあるけど、それって有名なのか?」

魔王「名前だけは有名だが、実体をする人間は
 多くはないな。特に商人でない人間にとっては
 意味が薄い」

勇者「つまり、商人の寄り合い所帯だろう?」

魔王「まぁ、そうだ。
 50年ほど前に南部諸王国中心の街にうまれた団体だ。
 交易商人による団体で、団体構成員の交易特権を
 守るために生まれたのが発祥の契機だな」
357 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:32:55.13 ID:AIDyRnsCP
勇者「交易特権?」

魔王「ああ。ある街から別の街に物資を持っていくと
 当然のように、許可が下りたり、降りなかったりするだろう」
勇者「あるな」

魔王「商人たちはその『許可』を求めるし
 手に入れれば守りたがったんだ。
 当たり前だな、その免許のあるなしで、
 商売が出来るかどうかが決まる。死活問題だ」

勇者「ふむふむ」

魔王「時代が下ると、税の機構が整備されて、
 おなじ許可でも税が重かったり軽かったりするようになった。
 こうして王族や貴族は税を通じて経済に接触できるんだ。
 しかしそれは逆に、経済の輩、つまり商人が
 貴族や王族といった支配階級に接触することをも意味する」

勇者「うへぇ、なんだか難しい話だ」

魔王「『同盟』はそういった商人の作った組織の中でも
 最大のものだよ。その規模は想像を絶する」

勇者「へー? どれくらいなんだ? 千人くらいいるのか?」
359 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:38:05.19 ID:AIDyRnsCP
魔王「この場合、人数は問題じゃないんだ」
勇者「そうなのか?」

魔王「経済的な組織だからな。動かせる富の量や
 流通に介入する能力が彼らの武器だ。人数じゃない」

勇者「理屈で云えばそうなるのか。
 ……で、どれくらいなんだ?」

魔王「その商業範囲は、南部を中心にしてではあるが
 この中央大陸全土に及ぶ。
 主要な都市に『同盟』の出張機関がない場所はなく、
 『同盟』の支店がある場所こそがすなわち主要都市だ。
 『同盟』の総資産は誰にも判らないけれど、
 いくつかの歴史的な介入から私が試算する限り
 その総額は天文学的な規模にあがる」

勇者「……」

魔王「少なく見積もっても、南部諸王国全部を
 5回売り買いしてもおつりが来ることは確かだ」

勇者「!?」
362 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:42:11.51 ID:AIDyRnsCP
魔王「そう言う組織なんだ」
勇者「なんだそりゃ!?」

魔王「こと、この南部地方に限って云えば、都市間の
 小麦の流通のおおよそ60%に同盟の息がかかっている。
 その気になれば、領主も王の首もすげ替えられる力を
 『同盟』はもっていることになるな」

勇者「化物かよ」
魔王「まごうことなき化物だ。
 人間の生活は化物の背に乗って行なわれている」

勇者「俺、そのなんとか同盟ってのに頼まれて
 何回か戦意高揚演説したことがあるぞ」

魔王「そうなのか?」

勇者「ああ。魔族を倒しに立ち上がろう、えいえいおー!
 みたいなやつ。そのあとひらひらしたドレスの
 姉ちゃんが出てきて、攻城塔の上でうたってたぞ。
 キラッ☆とかいって」

魔王「プロパガンダだな。数百万Gは儲けただろう」
勇者「おれには謝礼15Gだったんだぞっ!?」
368 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:47:46.85 ID:AIDyRnsCP
勇者「うううう。俺は、俺ってヤツは……」
魔王「そんなに落ち込むな、勇者」

勇者「俺はそんなヤツらに騙されて……」
魔王「経済は君の専門じゃない。無理もないさ」

勇者「俺はそのお姉ちゃんに『憧れてますっ!』
 なんてキラキラ瞳で云われたせいで
 それだけで胸がいっぱいになって
 魔界へ飛び出しちゃうし」

魔王「……」

勇者「帰ってきたら祝勝パレードで
 良い感じのパーティーに招待しますからとか
 依頼してきた青年に言われちゃったりして、
 モテますねとか肘でつつかれて舞い上がったり……。
 いま考えるとあの青年も商人だったんだなぁ」

魔王「……」

勇者「うううう。俺はダメ勇者だ」
魔王「ふんっ。きつい教育が必要だな」
371 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:55:05.85 ID:AIDyRnsCP
勇者「つまり、敵だな」
魔王「あ-。物騒なことを云うな」

勇者「いいや、敵だ。最上級撃魔封殺雷撃魔法で仕留める」
魔王「都市攻略術式を個人相手に使おうと考えるな」

勇者「だって騙したんだぞ」しくしく

魔王「子供か、君は。
 ……そもそも『同盟』には意志なんてないんだ。
 金儲けをするための商人が寄り集まって、
 知恵を出し合い、自分たちの身を守り成長することだけを
 願った組織。もはや肥大してしまって個人の思惑なんて
 欠片も差し挟めないほどに成立してしまった
 『概念』に近い存在なんだ。
 仮に勇者がだまされたとしても向こうに騙すつもり
 なんて無かったし、逆に言えば復讐したって
 痛みなんて感じる機能はない」

勇者「くぁ、余計むかつく」

魔王「敵でも味方でもない。獣みたいなモノなんだ」
勇者「……」

魔王(それでも、あるいは……)
372 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:59:02.75 ID:AIDyRnsCP
勇者「むー。知らないことばっかりだ」
魔王「ぼやくな」
勇者「まぁ、いいけどさ。戦ってばかりいる時よりも
 前に進んでいる気がするから」

魔王「……ずっと側にいる」
勇者「うん。俺もだ」

魔王「あー。あー」あせっ
勇者「なんだ?」

魔王「ほら、もう村長の家だ。きょ、今日は
 クローバーによる土中の恵みの結晶化について話すのだっ」
勇者「そ、そか」

魔王「……その」
勇者「うん」

魔王「4時間ほどで、帰るから」
勇者「わかった」

魔王「い、いってくるからな」ぎゅっ
勇者「おう! 行ってこい!」ぎゅっ
419 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 22:46:44.67 ID:AIDyRnsCP
――湖の国、首都郊外

しゅんっ!

勇者「……いいぞ」きょろきょろ

魔王「む。便利なものだな、転移魔法というものは」
勇者「魔王だって使えるだろう?」

魔王「いや、個人長距離移動性能と、目的地の選択の
 関係でここまでの汎用性はない」
勇者「そうなのか」

魔王「術式が違うのだ。機会があれば研究したいが」
勇者「まぁ、いまは目的が先か」

魔王「うん。どこだ?」
勇者「あの丘の向こうだ。念のために顔は隠してな」

魔王「心得た。淑女の服に比べれば、変装の方が
 ずっと着心地が良いぞ」
勇者「あれはあれでよい物なんだがなぁ」
422 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 22:53:25.47 ID:AIDyRnsCP
ざっざっ

魔王「あれか?」
勇者「ああ、あの石造りの建物が、このあたりの
 修道会を束ねる修道院だ」

魔王「宗教ばかりは私たちには判りづらいな」
勇者「俺だって説明しにくいよ。専門家じゃないんだし。
 まぁ、でも『同盟』が化物だとすると
 『教会』だって同じくらい化物だって事だ」

魔王「ふむ。用心するべきなのだな」
勇者「ああ、もちろんだ。お前は特に魔王なんだからな。
 危険人物リストのぶっちぎりナンバー1だ。
 なんせ神の敵だぞ」

魔王「ははは。神など恐れたことはない」
勇者「神の名を叫ぶ人間ってのは怖いんだぞ」
魔王「うむ、それは肝に銘じる」ぶるっ

勇者「さ、いくぞ。一応紹介の連絡だけは
 入ってると思うが……」

魔王「最悪魔法で逃げ出せばいいだろう」

勇者「悪い意味で場慣れしてきたな、俺たちも」
423 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 22:59:20.74 ID:AIDyRnsCP
――湖畔修道会、内部

修道士「こちらでございます、お客様……」

魔王「静かだな」
勇者「うん」

修道士「我が修道院はただいま『沈黙の行』の
 時間です。どうかお気遣い賜りますよう……」

魔王「う、うん……」
勇者(雰囲気に飲まれてるぞ、魔王)

かつん、かつん、かつん……

勇者(独特の雰囲気があるな、修道会ってのは)

修道士「こちらが会議のための部屋となっております。
 もうしわけありませんが、我が修道院は
 午後の祈りを控えております。
 しばらくお待たせしてしまうのですが」

勇者「かまわない。案内ありがとう」
424 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:04:27.16 ID:AIDyRnsCP
魔王「さて、と。潜入は成功だ」
勇者「あとは、院長に面会して交渉か」
魔王「うん」
勇者「今回は出たとこ勝負って事になるのか」

魔王「まぁ、いくつか交渉材料は考えてきてあるんだが。
 というか、そもそもこれは人間側のために考えた
 人間にメリットの多い企画なんだがなぁ」
勇者「相手は宗教屋だからな」

魔王「そういえば、この世界の人間は、なんと言ったっけ?
 その、光の精霊とかを信じているんだろう?」
勇者「ああ、中央大陸の主だった国は全て光の精霊信仰だ」

魔王「勇者はさっきから聞いていれば、
 涜神的な言動が多いが、信仰心は薄いのか?」

勇者「薄いというか、何というか。
 戦場に身を置いて、特に魔物なんかと戦ってると、
 精霊様ってのは身近に感じるんだよ」
魔王「ふむ」

勇者「信仰心が薄い訳じゃなく、友達感覚のつきあいなんだ」
魔王「そうなのか? それはまた珍しい気がするんだが」
429 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:11:19.24 ID:AIDyRnsCP
勇者「まぁ、俺は特別だよ。
 夢のお告げなんかも聞いたりしちゃったしな」
魔王「神は実在するのか!?」

勇者「神じゃない、光の精霊だ」
魔王「ふむ……」

勇者「すごく善人なだけで、竜とか魔王とかと
 似たような存在なのじゃないかな? 光の精霊も。
 面倒くさいことが断れない気の弱い性格なんだと思うよ」

魔王「そんな存在でも、信仰の対象なのだろう?」

勇者「まぁな。それに信仰以外の所でも、
 『教会』ってのは社会の中で大きな意味を持ってるんだ。
 こんだけでかい組織だからなぁ。
 『同盟』なんか人数だけで云えば比べものにならない」

魔王「研究や学術の面でも、か」

勇者「ああ。この世界のそう言った知識は、
 殆ど教会の権力の下にあると云っても
 良いんじゃないかな。以前にも話しただろう?
 都市部の人々は、教会のミサで
 お話や読み書きを教えてもらうんだ」
432 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:17:41.52 ID:AIDyRnsCP
魔王「その組織に期待したいんだがな」

勇者「まぁ、今日のはとっかかりだし、
 失敗しても傷口は浅くて済む。
 『教会』は大所帯だから、内部ではいろんな
 派閥があるんだ。いまはその派閥が『修道会』という
 形で表に出てきている。様々な『修道会』が
 入り乱れているのが現状だ」

魔王「でも、すべて光の精霊を信仰しているのだろう?」

勇者「そうだよ。だから表向き、全ての『修道会』は
 友好的、と言う建前になっている。善の勢力ってことだな。
 でも実際には信仰の方法論が違ったり、過激さが違ったり
 もっと露骨に云えば信者の奪い合いでライバル関係で
 あることも少なくはない」

魔王「なんだか、魔界の部族の領土争いと変わらないな。
 破壊神と煉獄神と暗黒神とにわかれていたほうが、
 まだ判りやすいぞ」

勇者「そう言う宗教があるのか?」
魔王「あるぞ。でも、大半はただのファッションだ」
435 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:22:45.56 ID:AIDyRnsCP
勇者「で、まぁ。この湖畔修道会は修道会の中でも
 実利的、かつ穏健でな」
魔王「ほう」

勇者「農民の生活援護みたいな事を主な活動にしているんだ。
 労働力の提供とか、ブドウ栽培の指導とか、
 戸籍の補完とか、そうそう、病院もやってるよ」

魔王「病院もか!」
勇者「つーか、病院ってのは教会の仕事だろう?
 もっとも病人は受け付けない教会も少なくないけどな」

魔王「……ふむ」
勇者「魔王?」

魔王「どうした?」
勇者「魔王は……。なんだかな、そのう。
 時々すごく寂しそうな顔をするよな。いまみたいな時」

魔王「そうか?」
勇者「ああ」

魔王「そんな自覚はないんだがな」
勇者「そうなのか? なぁ、魔王。魔王には
 どういう風に物事が見えて」

ガチャリ
437 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:30:35.05 ID:AIDyRnsCP
魔王「あー。お初にお目にかかる」
勇者「はじめまして。紹介書は届いてるかと思いますが」

魔王「南部辺境で農業を中心に研究生活を送っている。
 紅の学士と云います。よろしくお願いしたい」

勇者「俺はその介添え兼護衛の白の剣士。
 修道院に入るのは気後れする粗忽者なのだが  ご寛恕ください」

女騎士「……」

魔王「湖畔修道会に来たのは初めてですが
 立派な建物ですね、びっくりしました」

勇者「……あ」
女騎士「……白の剣士ですって?」

魔王「へ」
勇者「あー。それはな。えっと」

女騎士「ゆ う し ゃ ! あなたねっ!!」
勇者「うぁ」
441 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:38:33.95 ID:AIDyRnsCP
女騎士「なにが『白の剣士』よっ。
 いままで何処ほっつき歩いてたのよ!
 もう一年よ!? 一年も音沙汰無しでっ!!」

魔王「どういうことなのだ?」
勇者「いや、その」

女騎士「あなたがあたしたちを放り出したんでしょっ。
 この先に進むのは一人で良いとか何とか
 適当なことほざいてっ!!
 あんな辺境の街で放り出された
 私たちの身にもなりなさいよっ。
 どんだけ心配したことかっ。
 ってか腹立たしかったか!」

魔王「あー」
勇者「だってさぁ」

女騎士「だってもクソもないのよっ!
 あっ。す、すみません。精霊様、クソなんて
 云ってしまいました。懺悔しますっ」
442 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:42:50.89 ID:AIDyRnsCP
勇者「ううう」
女騎士「私はともかく、弓兵さんも、魔法使いちゃんも
 ものすごくへこんでたんだからねっ」

魔王「攻撃力過多なパーティーだな」
勇者「回復は俺と騎士でやりくりをね」

女騎士「話聞いてるのっ!? 勇者っ」

勇者「すんません」

女騎士「……ふぅ。で、いままで何してたの?」

魔王「あー」
勇者「そ、それは」

女騎士「ああ。済みませんでしたっ。学士様。
 席も勧めませんで、今すぐお茶を持ってこさせます」

魔王「は、はぁ」
勇者「どうしたもんかなぁ」

女騎士「わたしは、元聖銀冠騎士団所属の女騎士。
 ゆかりあって、いまはこの湖畔修道会で
 みんなの生活の向上のために勤めています」
444 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:48:48.98 ID:AIDyRnsCP
――湖畔修道会、会議室

勇者「と、まぁ。そんな訳で。魔王にも手傷は
 負わせたんだけどさ。魔物総攻撃みたいな話になっちまって
 退却してきたって訳さ」

女騎士「そうだったの……。まさか、いままでずっと
 怪我の療養を?」

勇者「いや、それはないな。まぁ、色々事情があって
 表舞台には顔を出せなかったって云うか……」

女騎士「諸王国がそこまで手を回したのっ!?」

魔王「――」じぃっ
勇者「いや、なんだそれ?」
女騎士「ううん。いいんだけどっ。判ったわ」

勇者「そっちは何でこんなところで修道院長やってるんだ?」

女騎士「もうっ。
 私は元々の出身がこの辺なのよ。
 騎士の叙勲されたのも教会でだったし教会所属の騎士なの」

勇者「そーいやそうだったなー」
446 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:52:05.81 ID:AIDyRnsCP
女騎士「……実は、勇者が魔王城に向かってね。
 それを諸王国軍本部へと報告して、ひと月たった頃。
 特使が来てね。……勇者が出かけて、その身を顧みず
 魔王に一矢浴びせたって。そう言って、仲間全員に
 恩賞金が出たのよ」

魔王「ふむ」

女騎士「勘違いしないでよねっ。
 私は受け取ってないんだから。
 ……で、そのあとね。
 私たち三人はいままで大きな活躍をしてきたから、
 王国の要職に取り立てるって……」

勇者「そうだったのか」

女騎士「……それって、体の良い引退勧告だよね。
 私はイヤだった。勇者をだしにして出世するなんて
 イヤだったし。だから故郷に戻って、今度はみんなの
 ためになる仕事をしようと思って」

勇者「立派な志じゃないか。いや、女騎士は以前から
 やるときゃやってくれる男気あふれた仲間だと
 思ってたんだよ」

女騎士「…………はぁ」
450 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:55:54.27 ID:AIDyRnsCP
勇者「で、あとの二人は?」
女騎士「……うん」

勇者「?」

女騎士「……弓兵さんはね。ほら、元々兵士だったでしょ?」
勇者「ああ、そうだな」

女騎士「だからね、諸王国軍に帰ったの。
 恩賞金ももらってた。連合参謀本部の諜報室に
 行くんだって云ってたよ。……その、ごめんね」

勇者「何で謝るんだ? 俺の活躍で報奨金が出たなら
 それってすごく良いことじゃないか。出世もしたみたいだし」

女騎士「……う、うん」

勇者「で、魔法使いは? あいつも金もらってただろ?
 ああ見えて守銭奴だからな。
 『東方の、魔道書、買った……』とか
 無表情のままぼそぼそーっとか云ってたろ?
 あいつは味わいのあるヤツだからなぁ」

女騎士「魔法使いちゃんは、1人で行っちゃった」
勇者「へ?」

女騎士「勇者を追って、魔界へ」
453 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:07:26.45 ID:5kaffl9OP
魔王「……」
勇者「……」
女騎士「……ごっ、ごめんね」

勇者「止めたんだろ?」
女騎士「もちろんだよっ! でも、次の朝。
 荷物が無くなってて、多分……」

勇者「じゃ、仕方ない。気持ちはわからんでも無いけれど
 女騎士が気に病む事じゃないさ。もとはといえば
 俺が1人で突っ込んだせいなんだろうしな」

女騎士「……勇者」

勇者「それより、今日は交渉だの相談だのがあってきたんだ」
女騎士「紹介状にも書いてあったけど……」

勇者「ま……学士」
魔王「わたしだな。改めて挨拶させてもらおう。
 紅の学士と呼んで欲しい。学者だ」

女騎士「初めまして、勇者のもと仲間の女騎士です」
458 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:14:23.98 ID:5kaffl9OP
魔王「今日来たのは、この修道会のお力をお借りするためだ」
女騎士「うかがいましょう」

魔王「まず、これを見て欲しい」


とさっ

女騎士「これは?」

魔王「馬鈴薯、と言う植物だ。くわしい情報はこちらの
 羊皮紙にもまとめてあるが、要点をまとめると
 寒冷地でも耕作可能な農作物で、単位面積あたりの
 収穫量は小麦の三倍に達する」

女騎士「っ!?」

魔王「もちろん、いくつかの注意点もあるが
 作物としては多くの優位性がある。栽培もけして
 難しくはない。お解りだと思うが」

女騎士「この作物は、多くの飢餓者を救える」

魔王「そうだ」こくり
461 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:18:19.44 ID:5kaffl9OP
女騎士「どのような助力を当修道会にお望みですか?
 金銭ですか? それでしたらどのような手段を用いても、
 最大限出来うる限りの謝礼を用意させていただきます」

魔王「ほら見ろ、勇者。これがこの作物に対する
 智慧ある人物の対応だ」

勇者「わるかったなぁ、反応が鈍くて」

女騎士「……政治的介入や権力の行使をお望みなのですか?
 何らかの爵位や身分を? 申し訳ありませんが、
 当修道会は王族や貴族にそこまでの影響力は
 保持していないのです。お金の用意できる量も……」

勇者「いや、それはない。  女騎士がそう言うの苦手なのはよく知ってるし」

女騎士「勇者じゃなくて、学士様と話してるのっ」

魔王「金銭的な援助は、それはあればあっただけ嬉しいが
 当面の目的はそうではない」

女騎士「どういったことでしょう?」
467 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:26:57.24 ID:5kaffl9OP
魔王「南部辺境に、冬越しの村という寂れた寒村がある」
女騎士「はい」

魔王「その村に修道院を建てて欲しい」
女騎士「そんなことでよろしいのですか?」

魔王「私ももちろんバックアップをしよう。その修道院を
 中心に、この馬鈴薯の栽培方法を農民に指導して欲しいのだ」

女騎士「それは願ったりというか、我が修道会の理念に
 乗っ取った行動ですが……。そんなことで良いのですか?」

魔王「うん。もちろん、馬鈴薯の栽培が成功した場合、
 付近の村や国に修道院を増やして、その栽培方法を
 広めてもらえないだろうか」

女騎士「その過程でこの修道会の影響も増えますから、
 それはこちらにとっては得ばかりの話ですが、
 学士様にとってはどのような得があるのですか?」

魔王「実はこちらの目的も、馬鈴薯の栽培方法の伝播でね。
 南方寒冷地の食糧事情の改善がされれば目的にかなう」

女騎士「そう……ですか」
468 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:30:44.67 ID:5kaffl9OP
魔王「それに栽培したいのは馬鈴薯だけではない。
 農業の手法改革研究も進めている。
 従来の三圃式農業にかわる、新しい生産性向上の
 手法がある」

女騎士「そうなんですか!?」

勇者「なかなか優れものだぜ」

魔王「そう言った手法を実験的に行なっているのが
 くだんの冬越し村なのだが、成功したとしても
 私達だけでは広く伝えるための組織や人材が
 不足しているのだ。
 そう言った点で協力しあえればと考えている」

女騎士「あなたは、光の精霊様に使わされた
 御使い様に違いありませんっ」

勇者「それはどーかなー」
魔王「……」げしっ
勇者「痛っ!?」
472 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:34:57.42 ID:5kaffl9OP
女騎士「そのようなことであれば、出来うる限りの。
 ええ、私自らが冬越し村へと赴き、修道会の
 総力を挙げて助力いたしましょう」

魔王「ご厚情痛みいる」
勇者「いや、それは……」

女騎士「何か文句あるの? 勇者」

勇者「いや、なんてーのかなぁ。ほら、えーっと」
女騎士「じれったいわね」

勇者「俺って昔から危険をはらんだニヒルな
 勇者じゃない? だから、ほら。
 近くにいると、無用の火の粉が……」

女騎士「そんなのずっと前から体験済みよっ。
 それとも私が冬越し村に行くと何かまずいわけっ?」

勇者「えーっと……それは、そのまおーとか……」
474 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:38:15.85 ID:5kaffl9OP
魔王「協力してくださる修道会の長に
 失礼があってはいけないぞ、勇者」

勇者「ええーっ!?」

女騎士「……余裕がおありですね」めらっ

魔王「余裕など無い台所事情ゆえ、こちらの修道会に
 協力を求めてきたのだ。わたしは契約至上主義者ゆえ
 契約の相手には最大限の敬意を払うことにしている」

勇者(た、たすけてー)

女騎士「ともあれ、二度と会えないかと思った……。
 いえ、一年ぶりに会うことの出来た勇者と一緒に
 このような恩恵の食物をもたらしてくれた学士様も
 光の精霊のお導きというものでしょう。
 わが修道会の天命かと思います」

魔王「いいえ、魂持つものの努力です」

女騎士「……ええ、そうですね。その通りです」
478 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:41:19.55 ID:5kaffl9OP
――湖畔修道会、前庭

女騎士「本当い良いの? 見送りは」

勇者「ああ、かまわない。部屋でも良かったのに。
 どうせ転移魔法なんだから」
女騎士「そりゃそうだけど」

魔王「では、冬越し村で会えるのを楽しみにしている」

女騎士「そうですね、冬の間はさすがに移動できませんから。
 この修道院の後任院長を決めて、春一番でそちらへと
 向かいましょう。修道院建築に関して、当地の領主や
 有力者との間に好意的な合意が出来れば良いのですが」

魔王「そちらに関しては、この冬の間に
 出来る限りの根回しをしておこう」
女騎士「ありがとうございます」

勇者「なんだか仲が良さそうに見えて怖い」
女騎士「何か言った?」

勇者「なんでもありません」

女騎士「では春に!」
魔王「ああ、春にお目にかかろう」
482 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:49:00.34 ID:5kaffl9OP
――冬越し村の春

小さな村人「うんわぁ、やっとこお日様が顔をだしたなや」
痩せた村人「だしたなやぁ。ああ、風がぬるくなってきた」

村の狩人「ほーい。ほーい」

小さな村人「どうしたー?」
痩せた村人「今日は良い天気だなやー」

村の狩人「そうだなぁ。今年はなんだか良い事が
 起きそうな気がするだなー」

小さな村人「さっそくかい?」

村の狩人「ああ、ウサギが4匹も捕れたよ。
 1匹は村長さんの所へ持っていく」

小さな村人「そりゃぁいいな!」
痩せた村人「今年はイノシシの塩漬けがまだたくさんあるしな」

村の狩人「ああ、びっくりしたなや」

小さな村人「これも村はずれの剣士様のお陰だなー」
痩せた村人「うちの息子が、斧を研いでもらっただよ」
村の狩人「熊もつぶしてくれたとかで、
 森の中も少し風通しが良いみたいだなや」
485 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:56:25.53 ID:5kaffl9OP
メイド妹 ~♪ ~♪

小さな村人「おんや。噂をすれば、村はずれの館の姉妹だなよ」
痩せた村人「本当だ。ほーぅい、ほーぅい!」
村の狩人「どこへいくんだーい」

メイド姉「こんにちは、みなさん」ぺこり
メイド妹「あのねー。村長さんの所へ、木イチゴの樽漬け
 を分けてもらいに行くんだよっ」

小さな村人「そーかそーか。えらいな」
痩せた村人「お客さんでもくるんかい?」

メイド姉「はい、そのようです」

村の狩人「そうかそうか。……ふむ。
 ようし、このウサギを、当主の学者様へと
 お届けしてほしいだなや」

小さな村人「おんや、太っ腹だな、狩人さん」
村の狩人「なんの。森を安全にしてくれた
 大恩あるおうちじゃないか。
 ウサギなんて春になったのだからまた取れるだな」
486 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:59:34.36 ID:5kaffl9OP
メイド妹「ありがとー♪」

小さな村人「それもそうだ。
 これは沢で取れたクレソンだなや。
 ほら、分けてやるから持っていくと良い」

メイド姉「ありがとうございます、本当に」

痩せた村人「雪解けの屋根修理には是非呼んでくれだな」
村の狩人「そうだそうだ、是非お世話してやんねと」

メイド姉「はい。かならず当主に伝えます」

小さな村人「ええってええって」
痩せた村人「なんだ、みんなにこにこしてからに」
村の狩人「やぁ。やっぱりお屋敷詰めともなると
 本当に2人ともべっぴんさんだねぇ」

メイド姉「……」

小さな村人「ああ、本当だ。俺たちとは全然違うだなや。
 賢くて優しくてべっぴんで、俺たちは、みんな
 2人に憧れてるだなよ」

メイド妹「ありがとー」にこぉっ
メイド姉「……ごめんなさい」
492 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 01:11:23.61 ID:5kaffl9OP
――村はずれの屋敷、深夜

勇者「よっ。ほっ」 ぎゅっ、かちっ
勇者「こんなもんか? 薬草もあるし、あとは
 現地でどうとでも奪えばいいか」

魔王「こんな深夜に完全武装か」
勇者「魔王……」

魔王「私の物のくせに」
勇者「あー。うん。……ごめん」

魔王「なんだその情けない顔は。勇者だろうに」
勇者「後ろめたいとどうしてもこういう顔になるんだよ」

魔王「私はお前の物なんだぞ。そしてお前は私の物だ」
勇者「ああ」

魔王「止められるとでも思ったか?」
勇者「……」

魔王「見くびらないでもらおう」
勇者「え? いいのかっ?」
494 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 01:15:01.77 ID:5kaffl9OP
魔王「ほら」

勇者「これは?」ずしっ

魔王「先々代だったか? の魔王が使ってたという、
 黒玉鋼の鎧兜だ。安心して良い。呪いの類は
 かかっていない」

勇者「……?」

魔王「魔王の私がいなくて、魔界の統治のたがが
 緩んできてるんだ。勇者はその粛正を適当にしてきてくれ」
勇者「お、おう」

魔王「こっちの紙に信用できそうな部族の族長のリストと、
 紹介状をしたためておいた。人捜しなら助力を仰ぐ
 必要もあるだろう」

勇者「いや、あいつはああみえて、その……。
 動じないヤツだから。
 きっと平気でけろっとしてると思うんだ」

魔王「だからといって探していけない道理もあるまい」
499 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 01:18:26.71 ID:5kaffl9OP
勇者「魔王……」
魔王「私が寛大で感謝するんだぞっ」

勇者「もちろんだ。ありがとう」

魔王「……」じぃっ
勇者「?」

魔王「それだけか?」
勇者「なにが?」

魔王「ほら、そのぅ。人間には、その、何だ……
 親しい人と……というか親しい男女が別離をする時の
 特別な風習があるそうではないか」

勇者「えー。あ。ああ」
魔王「……駄肉だからダメか?」

勇者「何でこういうタイミングで
 じわぁって見上げるかなっ!?」

魔王「所有契約の項目外なのか?」 じわぁ
501 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 01:21:29.62 ID:5kaffl9OP
勇者「えー、あー。その」
魔王「やっぱりスキンシップが足りないのか」

勇者「なんでそうなる」

魔王「実は毎週メイド長に説教されるんだ。

 『まおー様はスキンシップが足りません。
 そもそも露出もかわいげも足りてないんですから
 スキンシップくらいケチってどうなります?
 いいですか? 戦争の基本は物量です。
 飽和攻撃で殿方の理性など崩壊させてしまえば
 戦術の必要性すらないのです』

 そう言われるんだ」

勇者「戦術論的には正しいんだが」

魔王「ダメなのか?」
勇者「そ、その。照れくさいぞ。
 そういうのはさ、ほら。
 もっと落ち着いた時にさっ」
504 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 01:24:44.99 ID:5kaffl9OP
魔王「それで良く勇者が名乗れるな。
 それでは臆病者ではないかっ」

勇者「ば、ばか云えっ。俺は勇気にかけては
 世界公認の第一人者、それゆえ勇者ですよ!?」

魔王「では覚悟を決めるのだっ」
勇者「何で開き直ってるんだよ、魔王っ」

魔王「半年だぞ!? 雪の中にこもって
 生活してればアドバンテージが取れて当然だろうに
 なんだか流されるままにずるずると
 何の進展もなく半年もの時間を浪費してしまった事実が
 私を責めさいなんでるのだ。
 そんな状況下でそろそろ修道院の建築も始まり、
 夏の間には完成してしまう上に、
 私の勇者は昔の女を探しに行ってしまうわけで
 精神的に追い詰められない方がおかしいではないかっ」

勇者「あー」
508 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 01:29:15.28 ID:5kaffl9OP
魔王「……」じぃ
勇者「まったくなぁ」

魔王「……」
勇者「……」 ちゅ

魔王「……むぅ」
勇者「なんだよその恨みがましい視線はっ」

魔王「おでこではないか」

勇者「おでこで悪いか。気に入らないなら返せ」

魔王「それはダメだ。勇者の全ては私に所有権がある。
 つまりこのおでこも私の私有財産だ。議論の余地はない」

勇者「むぅ……」
魔王「……」

勇者「残りは帰ってからっ!」
魔王「約束だぞ、勇者。かならずだぞっ!」

しゅんっ!



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最終更新:2013年06月07日 20:38
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