7-2

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#center(){[[<前6-7へ>6-7]]|[[次7-2へ>>7-2]]} ---- **魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」7-1 ---- ****252 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:01:50.54 ID:OGIpmW2P ――開門都市、安い下宿、隣り合った部屋の片方 土木子弟「いやぁ、これは美味いな」 奏楽子弟「ん。ああ……」 土木子弟「羊、って云うのか? 初めて食べるけれど」 奏楽子弟「うん。地上の家畜らしいよ」 土木子弟「へぇ~地上かぁ」 奏楽子弟「うん……」 土木子弟「どうかしたのか?」 奏楽子弟「へっ? ううんっ。何でもないよ」 土木子弟「美味いなぁ。……むっしゃむっしゃ」 奏楽子弟「……もぐ」 土木子弟「よっし、こいつだ」カリカリッ 奏楽子弟「もうっ。食事中くらい、図面をおこうよ」 土木子弟「悪い悪い。だけど、どんどん頭の中に  新しい工法や工夫がわき上がってきてさ。  メモを取っておかないと忘れてしまうんだ」 奏楽子弟「もうっ。本当に馬鹿だなぁ」 土木子弟「仕方がないさ。早く作ってくれって橋が云っている」 奏楽子弟「橋が?」 土木子弟「ああ。そうさ」 奏楽子弟「あんたほんとに変わってるよ」 ****253 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/23(水) 18:03:02.18 ID:OGIpmW2P 土木子弟「そうかなぁ。お前にも聞こえるもんだと  ばっかり思っていたけれど」 奏楽子弟「え?」 土木子弟「お前だって憑かれたように歌ったり、  あふれ出すみたいに戯曲を書いたりするじゃないか」 奏楽子弟「それは、まぁ」 土木子弟「あれは、お前の内側から、そう頼まれてじゃないのか?」 奏楽子弟「……」 土木子弟「頼まれる、と云うと相手が俺たちみたいな言葉を  話しているみたいだけれど、そうじゃなくさ。  なんていうのかな。  迂回路を通ってまとまった水流がため池に注ぎ込んで、  それが溢れ出しそうと云うか、  こぼれ落ちそうになって、俺をせき立てるんだ。  “早く作って! 早く完成したいよ!”ってな。  だってそうだろう?  この橋は完成すれば、沢山の人のお腹や、懐や、冒険心を  満たすためにあらゆるものを運ぶことが出来るんだ。  早く生まれたがっても不思議じゃないさ」 奏楽子弟「……うん」 土木子弟「ん?」 奏楽子弟「判るよ。それは歌声でしょう?  生まれ出たい声なき声で歌い上げるハルモニアだ。  胸の中で、フィドルが、リラが、ツィンクの勇壮な響きが  なっている、早く生まれたいと懇願の声を立てる」 土木子弟「ちゃんと判っているじゃないか」 ****254 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:04:20.84 ID:OGIpmW2P 奏楽子弟「ねぇ、土木子弟」 土木子弟「なんだい? ……もぎゅ、むしゃ」 奏楽子弟「『聖骸』って聞いたことがある?」 土木子弟「ん。いいや? なんだ、それ」 奏楽子弟「わたしも詳しくは知らない。  ただ、開門都市の噂にかすかに聞こえるんだ」 土木子弟「ふぅむ」 奏楽子弟「その言葉が、わたしを誘うんだ。  時にわたしを誘う風が強すぎて、必死に何かにしがみつかないと、  魂ごと吹き飛ばされそうなくらいなんだ……」 土木子弟「……」 奏楽子弟「わたし、出掛けたい」 土木子弟「うん」 奏楽子弟「でも、一緒にもいたいんだ」 土木子弟「うん」 奏楽子弟「……」 土木子弟「……」 奏楽子弟「……」じわぁ 土木子弟「そんな顔するなよ。馬鹿だなぁ」 奏楽子弟「だってさ」 土木子弟「遠くに行くのか? もしかして、地上か?」 ****255 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:06:07.33 ID:OGIpmW2P 奏楽子弟「うん……。いつ帰れるかも判らないんだ」 土木子弟「でも帰ってくるだろう」 奏楽子弟「そんなの当たり前だっ」 土木子弟「じゃあ、何一つ変わらないじゃないか。行けば良いんだ」 奏楽子弟「でもっ」 土木子弟「はははっ」 奏楽子弟「……?」 土木子弟「じゃぁ、俺の橋は、お前を旅立たせることが  出来るんだなっ! そして、お前を迎え入れることもっ!」 奏楽子弟「あ……」 土木子弟「行けばいいさ。  俺の橋はお前の帰りをずっと待っている。もちろん、俺もだ。  俺の橋はありとあらゆるものが通るんだ。  地下世界の誇る天才作家! 妖精の歌い手だって通るんだぞ!  妖精の歌い手は、地上を旅して、新しいお話と  新しい音楽を見てくるんだ。なんてすごいんだろう!  俺の橋には音楽だって通るんだ!」 奏楽子弟「う、うんっ」 土木子弟「すごいものを沢山見てこい」 奏楽子弟「すごいおとも沢山聞いてくるよ」 土木子弟「そうして、またこの街で会おう」 奏楽子弟「うん、うんっ。……約束、だっ」 土木子弟「われらは紅の子弟」 奏楽子弟「ああ。わたし達の約束は絶対だっ」 ぎゅうっ ****265 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:34:13.12 ID:OGIpmW2P ――魔王城、深部、魔王の居住空間 コンコンッ 勇者「……あれれ」 コンコンッ 勇者「寝てるのかな」 カチャ 魔王「……すぅ。……すぅ」 勇者「寝てらぁ」 魔王「むー」くてん 勇者「寝てる時まで賢そうな顔しちゃって、まぁ」 魔王「……すぅ」 勇者「仕方ないなぁ。せっかくなのに」 魔王「……すぅ」 勇者「……」 魔王「……くふぅ」 勇者「髪の毛、細いな」 ****266 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/23(水) 18:35:09.04 ID:OGIpmW2P 勇者「相当美人だと思うんだけど、自覚ないんだろうな」 魔王「……むぅ」 勇者 ちょん 魔王「……ふにゅ。……すぅ」 勇者「まおー」 魔王「……? ……んぅ」 勇者「起きたか?」 魔王「……うう」 勇者「……」 魔王 きょろきょろ 勇者「おはよう」 魔王「……おはようだ」 勇者「ぼけぼけ?」 魔王「茶が欲しい」 勇者「判った。メイド長かな、用意してあるみたいだ」 魔王「ありがたい」 とぽとぽとぽ 勇者「ただいま、魔王」 魔王「おかえり、勇者」 勇者「胸は平気か?」 魔王「うん、もう痛みはない。呼吸も正常だ」 ****270 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:36:55.86 ID:OGIpmW2P 勇者「そろそろベッドからは出られるかな」 魔王「いい加減にして欲しい。退屈すぎる」 勇者「よし、んじゃ今日はお土産が沢山あるぞ」 魔王「なんだ?」 勇者「まずは、これだ。できたてだぞ?  妹新作のカスタードプディングだ」 魔王「?」 勇者「まぁ、食えば判るよ」 魔王「ふむ……。こっ! これは!!」 勇者「すごくないか?」 魔王「甘いではないか! 冷たくと、とろぉりとして、  初めて食べる味だ。なんだこれは?  このとろりとしたものは果樹の蜜か? まったく新しい」 勇者「卵と砂糖で作るらしい」 魔王「なんと……。ちょっと目を離した隙に、  どんどん技術を身につけ、新しい料理をつくりだすな」 勇者「うん、こればっかりは俺もびっくりだ」 魔王「すさまじい美味しさだなっ。メイド長も云っていたぞ。  “料理はメイドの必須技能の一つですが、あの子のご馳走に  かける執念は時には上級魔族を越えた気迫を感じる”ってな」 勇者「はははっ! 違いない」 魔王「これは本当に美味しいなぁ」 勇者「他にもあるぞ」 魔王「ん?」 ****272 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:38:46.85 ID:OGIpmW2P 勇者「まずはこいつは、砦将経由で預かったものだ」 魔王「うむ、封書か……。ナイフを」 勇者「ほいよ」 サクッ。ぴぃっ。――がさっ。 魔王「……うむ。青年商人殿からだ。これは、ふむ。  開門都市に商館を作ったらしい」 勇者「はやいなぁ」 魔王「そう言えば面識があるのだったな」 勇者「腐れ縁でな、あ。そうそう」 魔王「なんだ?」 勇者「結構前の話だったけど、あいつには開門都市の  交易勅書出しちゃったぞ? 魔王の直轄地だから、  別に良いかなぁーって」 魔王「ああ、ここにも書いてある。お礼の言葉と共に  確認をな。今回は問題ないとは思うが、軽はずみなことを。  そこらの木っ端商人にこんな無制限な交易許可を与えたら  面倒この上ないことになるぞ」 勇者「面倒って?」 魔王「勅書の転売とかまた貸しとかだ」 勇者「ああ、そっか」 魔王「そっか、ではない。まぁ、青年商人殿ならばそんな  足下を見られるような、信用を損なう真似はしないだろうが」 勇者「で、あいつなんだって?」 ****274 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:41:51.18 ID:OGIpmW2P 魔王「ふむ、羊、牛など家畜の導入。銀行と貨幣経済の  導入などを進めたい、としているな」 勇者「何だ、こっちには金貨はないのか? 普通に使ってたけれど」 魔王「使えることは使えるが、  砂金での取引も通常に行われているな。  人間の住む地上に手をつける前、つまりは勇者と出会う前には、  この魔界の改革にも手をつけていたのだが、  あの頃はまだ試行錯誤もあってな」 勇者「ふぅん」 魔王「魔界は、大地の恵みという意味では、  地上よりも恵まれている。極端に寒い場所は多くはないしな。  しかし、領土により荒れ地は多かったから  激しい戦乱は起きていたんだ。  魔界には人間界よりも、どちらかというと  潅漑や治水といった土木技術や、音楽や物語などの文化的  技術が必要で、だからそう言う意味でも――あ」 勇者「どうした?」 魔王「いや、そういえば……。魔界でも育てかけていた  弟子がいたのだが」 勇者「はぁ?」 魔王「勇者がやってきたので放置してしまっていた」 勇者「おいおい」 魔王「まぁ、彼らも良い若者だ。  のたれ死んでいると云うことはあるまいが」 勇者「結構放任主義だなぁ」 魔王「技能は現場でないと最終的には身につかないものだよ」 ****277 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:01:20.50 ID:OGIpmW2P 魔王「まぁ、そんな魔界側の事情もあってな。  そもそも魔界は氏族による領地の運営が通常で、  その意味では横断的な土木工事の必要がなかったんだ。  家と畑が作れれば、それで済む程度には豊かだった。  金貨による経済や食糧事情を改善は現状で機能している  地下世界では随分と後回しになっていたのだ」 勇者「そうなのか。では、青年商人の件はどうする?」 魔王「銀行については、しばらく保留だな。  まだ時期尚早ということもあるが、両界の銀行を  一者の手に握らせるのも良くないだろう。  これについては事情を説明する返事を書こう。  羊と牛については止めようもないし、有り難いことでもある」 勇者「考えてみたら、あいつ、学士が魔王だって知らないんだ」 魔王「そうなのか?」 勇者「魔族だって云うのは明かしたけれど、魔王だとは思ってない」 魔王「それで魔王宛の丁寧な手紙なのか。  回りくどい文章だと思ったぞ」 勇者「どうする?」 魔王「まぁ、そのままでもよかろう。いずれ自然に判る。  後で返事を書いておくとしよう」 勇者「そっか。んじゃ、次だ」 魔王「次は何だ?」 勇者「今度はメイド姉からの手紙だよ。結構重いぜ?」 トサッ 魔王「ほほう」 ****278 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:02:31.18 ID:OGIpmW2P ガサガサッ 勇者「なんだっていうんだ?」 魔王「これは……。ふむ、馬鈴薯の栽培報告だな。  それに冬越し村の日誌。  こちらには冬の国の税収に関する報告書。  ああ、商人子弟に聞き取りをしたんだな?  財務諸表もつけてあるではないか!」 勇者「面白いものなのか?」 魔王「ああ、これは面白いぞ。  すごいな、このGDPの伸びは。予想どおりだ。  南部諸王国は恒常的な戦争という重しを取りのけてやれば、  これだけ伸びる自力を持っていたはずだったんだ」 勇者「三ヶ国はここ最近は、流入してくる逃亡農奴や開拓民の  対応に追われているらしい。商人子弟も軍人子弟も相当に  煮詰まっているらしいな」 魔王「ああ、メイド姉の手紙にも書いてある。……ふむ」 勇者「どうだ?」 魔王「どちらも国の特徴を生かして対応しているみたいだな。  どういった成果が出るかはまだまだ判らないが、  鉄の国の軍の工兵科を大拡充という発想は面白い。  民兵の発想を逆にしたわけだな。インカムと釣り合えば  国民公社的組織の礎となるだろうが、最大の問題点は生産性か」 勇者「生産性ってなんだ?」 魔王「経済の用語でな。……うーん、云ってしまえば、  “ものを作る時どれくらい効率がよいか”ってことだ」 勇者「ふむふむ」 ****281 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:08:46.29 ID:OGIpmW2P 魔王「軍人子弟のアイデアでは、流入してくる難民や  開拓民をとりあえず全部軍が雇用してしまうわけだ。  これは、治安維持や当面の問題解決に大きな効果を発揮する。  また開拓や道路の整備などの公共財の充実にも効果がある」 勇者「ああ、そういう目的らしいな」 魔王「だが、この体制を続けた場合、農業を営む雇用される側にも  甘えというか油断が生じるんだ。だってそうだろう?  がんばって馬鈴薯を沢山作っても、少ししか作らなくても  国からもらえる給料や食料は一緒だ。軍人なんだからな」 勇者「ああ。……云われてみればそうだな」 魔王「そう。だから、こういった環境では『生産性』は  下がってゆくんだ。腐敗した役人や硬直した組織にも  見られる問題だな。努力や結果が評価されないから  どんどん腐ってゆく」 勇者「じゃぁ、これは愚策なのか? 止めさせた方がいいのか?」 魔王「いや、そういうことじゃない。  さっき云ったように、目の前の問題の特効薬としては  有用なのも事実だ。  特に今この瞬間は、これだけの難民が一挙に入ってきても、  実際耕す地面がない。それではみんなが飢えてしまう。  耕作するためには開拓しなければならないんだからな。  この開拓を、軍という集団の力で実行してしまえるのは大きい」 勇者「ふむ……」 魔王「軍人してはその辺も考えて、退役を五年後と  さだめているみたいだ。工夫のあとが伺える。  わたし達が上からだめ出ししなくても、  多少失敗するかも知れないが上手く対応してゆくさ」 ****283 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:10:53.53 ID:OGIpmW2P 勇者「魔王はさ」 魔王「ん?」 勇者「決して先生が向いてない訳じゃないと思うぞ。  自分では苦手だとか、むしゃくしゃするなんて云っていたけれど」 魔王「そんなことはない。話を聞かない生徒を見ていると  本当に口の中にブラックパウダーを詰め込んでやりたくなる」 勇者「でも、子弟達の話をする時はすごく楽しそうだ」 魔王「そうかな。そんな事はないだろう」 勇者「いーや、あるって」にやにや 魔王「むぅ」 勇者「おーい」 魔王「ん?」 勇者「ほれ」ちょん 魔王「なんだ? なんだ?」 勇者「カスタードクリームつけっぱなしだ」 魔王「そうだったのか。……うむ、あれは美味しい」 勇者「もう一個食べるか?」 魔王「あるのか? 食べよう」 勇者「即答だな」 魔王「温くなっては味が損なわれる」 ****284 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:12:49.19 ID:OGIpmW2P 勇者「もきゅ……美味いな」 魔王「うん。本当にとろっとしてて最高だ」 勇者「半分こだぞ?」 魔王「そうなのか?」 勇者「女騎士とかメイド長さんの分まで食ったら悪いだろ」 魔王「そうか。……しかし、こんな半分こなら悪くないな」 勇者「……? ああ。うん、そうだな」 魔王「勇者」 勇者「ん?」 魔王「勇者も唇についてるぞ。――ほら」 勇者「魔王だって、端っこについてる。へたくそめ」 魔王「しょうがない。まだ右腕じゃ美味く食べれないんだ」 勇者「しかたないな、ほれ。あーん」 魔王「いいのか? や、やるではないか。偉いぞわたし。  やれば出来るではないか! 待望のシーンだぞ!?」 勇者「食わないのか?」 魔王「いやっ! 食べる。食べるぞ!  誰が何と言おうが断固として徹底的に食べる!」 勇者「どんだけいやしんぼなんだよ」 魔王「……食べさせてくれ」 勇者「お、おう」 魔王「……ん。あむっ……、ん」こくん ****287 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:14:38.45 ID:OGIpmW2P 勇者「あ。ううう……。えっと、その……美味いか?」 魔王「うん、甘いぞ」にこっ 勇者「そ、そか。ほら、ついてる」 魔王「あ、だめだぞ。勇者っ!」 勇者「なんだよ」 魔王「その指ですくったのもわたしの分だ」 ぺろっ 勇者「~っ!?」 魔王「半分こだと行ったら半分にすべきだぞ。  契約を守らないのは信義に悖る行為だ」 勇者「あ。う、うん」 魔王「美味しいな。今度行ったらまた頼んでくれ」にこっ 勇者「わ、わかった……」 魔王「?」 勇者「なんでもねーよっ!」ばむばむっ 魔王「そうなのか? わたしは満足だ。美味しかった!」 勇者「はいはい」 魔王「やはりあーんは勇者からされるべきだ。  親友には悪いが、このドキドキにはかえられない」 勇者「ううう」 魔王「どうした勇者?」 勇者「なんでもない。――メイド長にプディング届けてくるっ」 がちゃん! 魔王「変な勇者だなぁ」 ****301 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:52:44.57 ID:OGIpmW2P ――開門都市、『同盟』の新商館、大執務室 火竜公女「すまぬ、ありがとう」 同盟職員「いえいえ、おやすいご用で」 火竜公女「帰ったぞよ」 辣腕会計「お帰りなさい。どうでした?」 火竜公女「やはり、大通りの整備は必須という結論になった」 同盟職員「インフラですか」 中年商人「おう! 竜の嬢さんだ!」 火竜公女「お久しぶりでありまする。商人どの」 中年商人「なんだい。ちょっと見ないうちにすっかり、  板についたじゃないですかい。  その服もブラウスも、地上のだろう」 火竜公女「こちらの方が活動的で、商談には便利ゆえ。  竜族の衣装はおちつくが、インクを使うと袖が汚れてしまって  なんとも困ってしまうのでありまする」 同盟職員「ははは。お似合いですよ、姫様!」 中年商人「おおっ? 姫様なんて呼ばれてるのか?」 辣腕会計「あははは! お帰りなさい、中年商人殿。公女様」 火竜公女「ただいま帰えりました。  あれは、職員のみんなが冗談半分に口にしているだけゆえ」 辣腕会計「公女様ですからね。姫様と云ったって  ちっともおかしくはないでしょう?」 ****303 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:55:51.01 ID:OGIpmW2P 火竜公女「ふんっ。からかっておるだけじゃ」 同盟職員「それより、頼まれていたリストが出来ていますよ」 火竜公女「ありがたい。……ふむ」ぺらっ 中年商人「そいつは?」 火竜公女「最近の人夫の人件費と、生活環境の調査でありまする。  ギルドによる機構がないせいで人材の流動性が高すぎる、  商人殿の云われるとおりかや……」 コッコッコッ……がちゃん 青年商人「おお。お二人ともお帰りなさい」 辣腕会計「委員もお疲れ様です」 火竜公女「良いところに来た」 中年商人「こっちもだ」 青年商人「早速話ですか。せっかちですね」 中年商人「はははっ。せっかちなのは商人にとっては美徳だ」 青年商人「お茶を頼みます」 同盟職員「はいっ」 火竜公女「では、商人殿からどうぞ」 中年商人「うん。まずは報告だな。大空洞の橋の初期工事の方は  工期を短縮して進行中だ。具体的には、人夫を増やして対応する  ことにより今週いっぱいで、木造の橋は全て建築を終える」 青年商人「良かった。これで時間に多少の余裕が出来る」 中年商人「で、その後の相談なんだがね」 青年商人「ええ、話にあがっていた大規模のしっかりとした  ルートの敷設、と云う話ですよね」 ****304 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:57:27.18 ID:OGIpmW2P 中年商人「ああ、どうだ?」 青年商人「もちろん行いたい気持ちはあります。  しかし、8年という歳月と総工費を考えた時、  『同盟』だけで負担すべきかどうかと云いますと、  これは難しいですね」 中年商人「それについて新しい提案があってやってきたんだ」 青年商人「提案?」 中年商人「こいつを見てくれ。  これは、今あの大空洞現場の監督をやっている  掘り出し物が書いた図面なんだがな」 青年商人「これは、なんですか? 水路? 水道橋?」 中年商人「いや、どっちかって云うと、井戸、のようなものらしい」 青年商人「ふむ」 中年商人「つまり、あの通路を人の行き来する街道として  認識することも可能だが、  ちょっと特別な巨大な『穴』として見ることももちろん可能だと、  その設計士は云うんだな」 青年商人「ふむふむ」 中年商人「で、この滑り台にも似た井戸だ。こいつはもちろん  壊れやすいものは無理だが、しっかり梱包した荷物を  “落とす”事が出来る」 青年商人「え?」 中年商人「落とすんだよ。紐をくくりつけた専用の台に入れて」 ****305 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:58:45.20 ID:OGIpmW2P 青年商人「あの長い距離を!?  どんな梱包をしたところで、全て粉々になってしまいますよ」 中年商人「いや、そうはならないと云うんだ。  あそこ前にも話した“引力”が反転する地点があるだろう。  その場所を利用すれば、重さが実際には無くなる。  いや、無くなるんじゃなくて“無いかのようになる”?  詳しいことは俺にも判らないが。  それどころか反転した地点の逆側の引力を使って  滑らかに勢いを停止させることも出来ると云うんだ。  えーっと、“引力”を錘と動滑車をつかって、なんちゃらとか」 青年商人「ふむ」 中年商人「で、反対側からは、水車の水を汲み上げる装置の  応用で荷物を引き上げてゆく。合図には磨いた鉄をつかった  反射鏡を用いる」 青年商人「具体的には、どのような効果が見込めますか?」 中年商人「効率のアップだな。大空洞のあちらとこちら、  それから中継点にもそれなりの人数を配置する必要がある。  勤務体制は鉱山に似るだろうと設計者は云っている。  その費用はそれなりに掛かるだろうが、  いくつかの難所のルートにこの装置を設置するだけで、  毎日馬車二十台分の荷物を安全に“送る”事が出来る」 青年商人「検討に入ってください」 中年商人「調査には実費が発生するが?」 青年商人「商人殿の裁量で認めて構いません」 中年商人「あんたは話が早くて助かるよ」 ****308 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:00:40.28 ID:OGIpmW2P 青年商人「お願いします」 中年商人「よっし、早速とりはからおう。俺はこれで行く」 青年商人「はい」 火竜公女「また会いましょうぞ。商人殿っ!」 中年商人「おう、姫様。今度は夕食でも一緒にしようや」 火竜公女「姫ではないというのにっ」ぷぅ 中年商人「ははははっ! ではっ!」 タッタッタ、ガチャン! 辣腕会計「彼はあの橋やインフラに入れ込んでいますね」 青年商人「元々旅商人だと云っていたからな。得がたい人材を得た」 火竜公女「あの調子であれば、すぐにでも立派な街道が復活しよう。  交易の発展にとって街道はなくてはならぬゆえな」 青年商人「そうですね。そちらの案配はどうです?」 火竜公女「やはり北の門を中心に不便さが募りまする。  あの一帯は以前の攻防戦で大きく破壊されました。  そろそろ復興に手をつけるべきだというのが、  自治委員会の意見でありまする」 青年商人「何か計画はあるんでしょうかね」 火竜公女「このままで行けば、商業区か居住区と  云うことになるだろうが」 青年商人「ふむ……」 ****309 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:01:52.23 ID:OGIpmW2P 火竜公女「板バネ式馬車の方はどうじゃ?」 辣腕会計「あれは素晴らしい発明ですね」 火竜公女「機怪族からの技術供与と部品提供らしい。  自治委員会に申し出があり、その代わりに一部地域を  機怪族へと貸し出しを行ったと」 青年商人「ほう」 火竜公女「機怪族は長い間迫害されてきた歴史がある。  この世界へ自分たちを馴染ませるためには並ならぬ努力が  必要なのだろうな……」 青年商人「こちらも新しい動きを始める時期でしょうね」 火竜公女 こくり 青年商人「“小麦引き渡し証書”は始末できましたか?」 辣腕会計「はい、全て売却しました」 火竜公女「“小麦引き渡し証書”?  この春、もうじき取れる小麦の権利だろう?  それを手放したのか?」 辣腕会計「ええ」 青年商人「売りましたよ」 火竜公女「なぜだ? 小麦を買い占めていた方が、  三ヶ国同盟に都合がよいのではないか?」 青年商人「別にわたしは、あの通商同盟の守護者ではありませんし」 ****313 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:12:09.56 ID:OGIpmW2P 青年商人「それに考えても下さい。  あの“小麦引き渡し証書”は確かに強力な武器ですが、  それは相手が取り立てを恐れている間のこと。  騎士や軍を持っている領主達が一斉に踏み倒すと決めたならば、  武器を持たない我ら『同盟』は取り立てる手段がありません。  もちろん経済攻撃などで多大な損害を与えることは可能ですが  ダメージを与えるためにもお金が必要です。  ここいらが引き際ですよ」 火竜公女「誰に売ったのだ?」 青年商人「教会ですよ。中央の」 火竜公女「なっ」 青年商人「貴族が寄ってたかっても  絶対に踏み倒せない相手です。  もちろん、三ヶ国になびきそうな国には、  わたし達に小麦を売った国そのものに売り直して  あげましたけれどね。  そうでない国は、結局は聖光教会の言いなりなのですから  多少仲を冷えさせておくのも良いでしょう」 辣腕会計「良い取引が出来ました」 火竜公女「そうなのか?」 青年商人「今回の件でもっとも大きな動きだったのは、  旧金貨から新金貨への乗り換えです。  我が『同盟』は、この乗り換え時期、その資産のほぼ全てを  小麦などの物資の現物と、“小麦引き渡し証書”に変えて  保持していました。つまり、価値の無くなった旧金貨を  持ってはいなかった」 ****314 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:13:59.91 ID:OGIpmW2P 辣腕会計「そして、今度の“小麦引き渡し証書”売却で、  大量の新金貨を得ることが出来ました。  この新金貨のお陰で『同盟』の資産は元の量を回復。  いや増大さえしました。  また、“小麦引き渡し証書”を高値で買い取った教会は、  結局は小麦の値段を高く推移させざるを得ない。  それだけの新金貨を失ったのですからね。  回収するためには、高く売らざるを得ないでしょう。  しかし、それでも売らないと自領の民が飢えることになる。  小麦の取り立ては、教会に任せましょう」 火竜公女「……悪辣じゃのぉ」 青年商人「褒め言葉と取っておきましょう」 辣腕会計「詳細な資産把握はもはや不可能ですが、  概算ではこのような結果になったようです」 青年商人「ふむ……」ぺらっ 火竜公女「どれくらい儲かったのだ?」 青年商人「それは云わぬが華でしょうね。  ……聖王国は旧金貨と新金貨の交換を、  おおよそ1/3~1/4で行いました。  『同盟』はこの交換を、“小麦引き渡し証書”を通して  1/1.5~1/2程度の間で行ったことになりますか」 火竜公女「では……。およそ2倍の資産になったのかや!?」 青年商人「そこまでは行きませんよ。覚えておいででしょうが  小麦の大量輸送や、保管にだってお金はかかります。  途中でジャガイモを大量購入したり、  三ヶ国通商に肩入れしたりで、随分資金は溶けていますしね」 辣腕会計「そうですね……。仕込みに随分お金を使ってるんですよ」 ****315 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:15:20.50 ID:OGIpmW2P 火竜公女「すると、儲けはないのかや?」 青年商人「しょんぼりしないでくださいよ」 辣腕会計「ははは。利益の話を聞いてがっかりするあたり、  姫様はすっかり、我らが『同盟』と商人の流儀が  身についたようですね」 火竜公女「そのようなことはない。  妾はただ、磨いた手中の玉が二束三文で  売れてしまったかのような  寂しい気持ちになっただけゆえ」むっ 青年商人「まぁ、2倍とは行きませんが、  少なくない儲けを出すことが出来ました。  『同盟』が過去4年で築いたのとほぼ同額の富です」 火竜公女「十分ではないかっ」 辣腕会計「しかし、今回得た本当の宝は  金貨ではありませんからね。金貨は道具に過ぎません」 青年商人「ええ、もちろん。  その過程で金貨では買えない貴重なコネや機会、  新しい商売のチャンスを手に入れました。  今回の戦は『同盟』の勝ちだと云えるでしょうね。  しかし商売の戦に終わりはないんですよ」 火竜公女「次は何を狙うのじゃ?」 青年商人「それについては祝杯を挙げながら、策を練りますか」 火竜公女「ふふふっ。それならば是非お供をせねばならぬなっ」 ****372 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 22:38:02.16 ID:OGIpmW2P ――冬越し村、魔王の屋敷 (――お節介かも知れないけれど、  “そこ”にいつまでも隠れているわけにも行かないだろう?) メイド姉「……」 メイド妹「おねえちゃーん」 メイド姉「……」 メイド妹「お姉ちゃんっ!、お姉ちゃんってばぁ!」 メイド姉「あ、うんっ」 メイド妹「もう、お姉ちゃんぼうっとしてる」 メイド姉「ごめんね、なんだっけ?」 メイド妹「客室に風通して、リネン取り替えないと」 メイド姉「うん、そうだね。やっちゃおう!」 メイド妹「うんっ! らんらんらん♪」 メイド姉「ね、妹……」 メイド妹「なぁに?」 メイド姉「楽しい?」 メイド妹「うんっ! 毎日楽しいよ。お仕事大好き!」 メイド姉「そか」 ****374 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 22:39:58.57 ID:OGIpmW2P メイド妹「暖かいし、お布団は柔らかいし。毎日ちゃんと  ご飯食べられるし、当主のお姉ちゃんも眼鏡のお姉ちゃんも  勇者のお兄ちゃんも好きだよ」 メイド姉「そう……だよね」 メイド妹「うんっ!」 メイド姉「……らんらんらん♪」 メイド妹「お姉ちゃんはそっちの端っこもってね」 メイド姉「うん」 メイド妹「ぱりぱりシーツをひきましょー!」 メイド姉「よいよー」 ぱんっ! メイド妹「完成!」 メイド姉「良く出来ました」なでなで メイド妹「えへへ~。あ!」 メイド姉「なに?」 メイド妹「お姉ちゃんも大好きだよ。お姉ちゃんが一番好き」ぎゅ メイド姉「うん。妹のこと、好きよ」 メイド妹「よかったぁ」 メイド姉「じゃぁ、洗濯の続きやっちゃおっか」 メイド妹「うん!」 ****382 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:06:49.15 ID:OGIpmW2P ――氷の宮廷、謁見の間 コンコンッ! 貴族子弟「こんにちはー」のこのこ 氷雪の女王「こら。どこの世界に謁見の間に  のこのこ入ってくる宮廷官吏がいるのですか」 貴族子弟「いやいや。女王様、ごきげん麗しく。  あんまり格式張っていない方が良いかと思いまして」 氷雪の女王「とは?」 カチャリ 外交特使「お初にお目に掛かります」 貴族子弟「こちら赤馬の国の戦爵。  中央風に云うと、侯爵位ですね。今宵のお客人です。  こちらは我が氷の国の誇る女王陛下」 氷雪の女王「はじめまして、戦爵。無礼な臣下で申し訳ありません」 外交特使「いえいえ。子弟殿は我が国に、勇猛な王子と  花のように美しい姫を取り戻してくださいました恩人です」 氷雪の女王「おや」 外交特使「我が君主、赤馬王はそのため、  わたしを氷の国への特使として派遣されました。  この感謝の意を伝えるためでございます。  誠にありがとうございました」 ****383 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:08:16.88 ID:OGIpmW2P 氷雪の女王「ふふっ。ちゃんと働いたようですね」 貴族子弟「いえいえ、脇役の道化踊りでございますよ。陛下」 氷雪の女王「寒かったでしょう、特使殿。  我が国の林檎の風味を効かせた、熱いリキュールなどを  入れさせましょう」 外交特使「かたじけありません」 貴族子弟「まぁ、あまり儀礼張らずに。進む話も進みませんから」 氷雪の女王「そうですね。我が国は南の辺境。  中央のような典雅な礼儀にも欠ける素朴な国ですから」 外交特使「いえいえ、そんな事はありません。  貴族子弟殿は中央の名門家をも凌ぐ学識と見識の持ち主と  お見受けいたしました」 貴族子弟「常に慇懃無礼なのはかえって礼節を欠くってだけです」 氷雪の女王「この若者はひねくれ者ですからね。ほほほっ」 外交特使「これはまた。ははっ」 とくとくとく。 貴族子弟「さ、どうぞ。暖まりますよ」 外交特使「これはどうも。……うむ、甘くて良い香りですな」 貴族子弟「女王はこの酒がことのほかお好みでして」 氷雪の女王「長い冬の無聊を慰めてくれるのです」 外交特使「我らの国にもよい果実酒がございます。  近日中にでも届けさせましょう」 ****384 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:09:21.81 ID:OGIpmW2P 氷雪の女王「では!」 外交特使「はい」 貴族子弟「やれやれ」 氷雪の女王「条約に署名して頂けるのですね」 外交特使「はっ。陛下はご決断されました。  このたびの大きな転回点を越え、  国家としての信義に照らすところを冷静に判断した結果、  氷雪の女王陛下に仲立ちしていただき、三ヶ国通商同盟に  参加させて頂きたいとのことでございます。  これは、赤馬の国の公式な意思表示と取って頂いて構いません」 氷雪の女王「ありがとうございます。百万の味方を得たような  思いです。これで近隣国家のいくつかも、さらなる交渉へと  一歩踏み出せるでしょう」 外交特使「今回の決断に当たっては、貴族子弟殿と湖の国の  修道院が手配してくださった、天然痘の治療班の働きが  特に大きかった、と。  陛下自らの感謝の言葉をお伝えせよと申し使っております」 貴族子弟「うんうん」 氷雪の女王「そんな事を?」 貴族子弟「手を回しておきましたけど。いけなかったですか?」 氷雪の女王「いいえ、もちろん良いことです。  でもあなたはもうちょっとびっくりさせないようにしなさい」 外交特使「あはははっ」 ****385 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:11:22.44 ID:OGIpmW2P 貴族子弟「とはいえ、治療法のある病気ではないんですよ。  あの修道士達は『予防』を受けていたから、天然痘末期の  患者の看病を出来たと云うことだけで」 外交特使「いいえ、それだけでも十分です。  また、我が国だけでも数千人、数万人いる天然痘患者が  今後どれだけその命を救われるのか。その可能性を示して  下さったのはまさに福音としか言い様がありません」 貴族子弟「やっと効果が実感できる段階まで来ましたね」 氷雪の女王「ええ、修道院や学士殿には感謝をせねば」 外交特使「その件ですよ」 貴族子弟「?」 氷雪の女王「どういう事でしょう」 外交特使「いいえ、馬鈴薯もそうですし、  此度の天然痘の治療――予防ですか? もそうですが、  湖畔修道会は常に我らの命を救おうとしてくださる。  聖教会は湖畔修道会を敵とさだめ、  その命脈を絶とうとするに対して、  湖畔修道会はただひたすらに命を救おうとなさる。  故に我が国は、どちらが真の精霊の教えかという点について  割れた国論がまとまったのです」 氷雪の女王「……そう、でしたか」 貴族子弟「……」 氷雪の女王「子弟?」 貴族子弟「はい」 氷雪の女王「あの少女を気にかけてやってね」 貴族子弟「はい。我らの妹弟子ですからね」 ****392 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:34:18.13 ID:OGIpmW2P ――冬越しの村、魔王の屋敷 勇者「おーい。おーい。到着したぞー!」 メイド長「さ、まおー様。つきましたよ」 魔王「わかっている。情けないな。  転移先からわずか20分ほど歩いただけで、脚が痛む」 女騎士「普段から運動不足だから、  ちょっと寝付いたくらいで身体が萎えるのね」 メイド姉「お帰りなさいませ、当主様。メイド長さま」 メイド妹「お帰りなさい、当主のお姉ちゃん、眼鏡のお姉ちゃん!  それから、お兄ちゃんと騎士のお姉ちゃん!」 魔王「ああ、ただいま。二人ともかわりはなかったか?」 勇者「悪いな、ドア開けてくれ。まずは……」 魔王「ベッドはイヤだ」 メイド長「あらあら、まぁまぁ。談話室は暖まっている?」 メイド姉「はい、暖めてあります」 魔王「では、そちらに行こう」 メイド妹「うんっ。膝掛け持ってくるね!」ぱたぱたぱたっ 女騎士「張り切っているな」くすっ メイド姉「待ち遠しかったんですよ。  昨日からおかしくなっちゃったのかってくらい大はしゃぎで  料理の下ごしらえなんかして。この屋敷に二人は、やはり  寂しいですから」 ****393 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:35:59.31 ID:OGIpmW2P ――冬越しの村、魔王の屋敷、談話室 コッコッコッ、ガチャ 勇者「そっか。二人だもんな」 魔王「留守中心配をかけたな」 メイド長「後で仕事ぶりを見ますよ?」 メイド姉「はいっ」 魔王「ふぅ」 とさっ 「やはり外はまだ冷えるな」 女騎士「部屋着だからだ」 魔王「仕方ないではないか。まだ少し不自由なのだ」 メイド妹「膝掛け持ってきたよ。当主のお姉ちゃん」 魔王「ありがとう、妹よ」にこっ 勇者「ふぅ~。着いたなぁ」 魔王「やはりこの屋敷は落ち着くな。  あちらの城の方が長く過ごしていたはずなのに、  この部屋はずっと暖かい気がする」 勇者「騒がしい二人娘もいるしな」 メイド長「ふふふっ」 メイド姉「当主様、書類をごらんになられますか?」 魔王「うん、目を通そう」 勇者「おいおい大丈夫か? 執務室まで行くのか?」 メイド姉「いえ、執務室ではなくこちらで見ることが出来るよう  抜粋や統計をまとめてあります」 魔王「ありがたいな」 ****394 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:37:21.21 ID:OGIpmW2P メイド姉「はい、ただいまお持ちします」パタタッ メイド妹「じゃ。お茶を入れるね? それから  夕食はご馳走だからね? お腹減らしていてね?」 魔王「楽しみにしておるぞ」 メイド妹「えへへ~」にぱぁ 女騎士「ふぅむ。では、わたしは夕食まで、  一回修道院の建物の方に顔を出してくる。  ちょくちょく帰っていたが、やはり一週間ぶりだしな」 魔王「済まなかったな、女騎士」 女騎士「気にすることはない。  しかし、もうちょっと体力をつけた方がいいな」 魔王「善処する」 勇者「……」 メイド長「どうなさいました? 勇者様」 勇者「いや、何か妙に仲が良いな。って思って」 魔王「別にわたし達は最初から仲が悪かったわけではない」 女騎士「そうだ。別に仲が悪くはないぞ」 勇者「そうなのか?」 メイド長「殿方はあまり思い悩まない方が良いと思いますわ」 勇者「そ、そか。んじゃそうする」 女騎士「勇者、修道院までちょっと付き合え」 #right(){{&link_up(ページトップへ)}} ---- #center(){[[<前6-7へ>6-7]]|[[次7-2へ>>7-2]]} ----
#center(){[[<前7-1へ>7-1]]|[[次7-3へ>>7-3]]} ---- **魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」7-2 ---- ****252 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:01:50.54 ID:OGIpmW2P ――開門都市、安い下宿、隣り合った部屋の片方 土木子弟「いやぁ、これは美味いな」 奏楽子弟「ん。ああ……」 土木子弟「羊、って云うのか? 初めて食べるけれど」 奏楽子弟「うん。地上の家畜らしいよ」 土木子弟「へぇ~地上かぁ」 奏楽子弟「うん……」 土木子弟「どうかしたのか?」 奏楽子弟「へっ? ううんっ。何でもないよ」 土木子弟「美味いなぁ。……むっしゃむっしゃ」 奏楽子弟「……もぐ」 土木子弟「よっし、こいつだ」カリカリッ 奏楽子弟「もうっ。食事中くらい、図面をおこうよ」 土木子弟「悪い悪い。だけど、どんどん頭の中に  新しい工法や工夫がわき上がってきてさ。  メモを取っておかないと忘れてしまうんだ」 奏楽子弟「もうっ。本当に馬鹿だなぁ」 土木子弟「仕方がないさ。早く作ってくれって橋が云っている」 奏楽子弟「橋が?」 土木子弟「ああ。そうさ」 奏楽子弟「あんたほんとに変わってるよ」 ****253 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/23(水) 18:03:02.18 ID:OGIpmW2P 土木子弟「そうかなぁ。お前にも聞こえるもんだと  ばっかり思っていたけれど」 奏楽子弟「え?」 土木子弟「お前だって憑かれたように歌ったり、  あふれ出すみたいに戯曲を書いたりするじゃないか」 奏楽子弟「それは、まぁ」 土木子弟「あれは、お前の内側から、そう頼まれてじゃないのか?」 奏楽子弟「……」 土木子弟「頼まれる、と云うと相手が俺たちみたいな言葉を  話しているみたいだけれど、そうじゃなくさ。  なんていうのかな。  迂回路を通ってまとまった水流がため池に注ぎ込んで、  それが溢れ出しそうと云うか、  こぼれ落ちそうになって、俺をせき立てるんだ。  “早く作って! 早く完成したいよ!”ってな。  だってそうだろう?  この橋は完成すれば、沢山の人のお腹や、懐や、冒険心を  満たすためにあらゆるものを運ぶことが出来るんだ。  早く生まれたがっても不思議じゃないさ」 奏楽子弟「……うん」 土木子弟「ん?」 奏楽子弟「判るよ。それは歌声でしょう?  生まれ出たい声なき声で歌い上げるハルモニアだ。  胸の中で、フィドルが、リラが、ツィンクの勇壮な響きが  なっている、早く生まれたいと懇願の声を立てる」 土木子弟「ちゃんと判っているじゃないか」 ****254 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:04:20.84 ID:OGIpmW2P 奏楽子弟「ねぇ、土木子弟」 土木子弟「なんだい? ……もぎゅ、むしゃ」 奏楽子弟「『聖骸』って聞いたことがある?」 土木子弟「ん。いいや? なんだ、それ」 奏楽子弟「わたしも詳しくは知らない。  ただ、開門都市の噂にかすかに聞こえるんだ」 土木子弟「ふぅむ」 奏楽子弟「その言葉が、わたしを誘うんだ。  時にわたしを誘う風が強すぎて、必死に何かにしがみつかないと、  魂ごと吹き飛ばされそうなくらいなんだ……」 土木子弟「……」 奏楽子弟「わたし、出掛けたい」 土木子弟「うん」 奏楽子弟「でも、一緒にもいたいんだ」 土木子弟「うん」 奏楽子弟「……」 土木子弟「……」 奏楽子弟「……」じわぁ 土木子弟「そんな顔するなよ。馬鹿だなぁ」 奏楽子弟「だってさ」 土木子弟「遠くに行くのか? もしかして、地上か?」 ****255 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:06:07.33 ID:OGIpmW2P 奏楽子弟「うん……。いつ帰れるかも判らないんだ」 土木子弟「でも帰ってくるだろう」 奏楽子弟「そんなの当たり前だっ」 土木子弟「じゃあ、何一つ変わらないじゃないか。行けば良いんだ」 奏楽子弟「でもっ」 土木子弟「はははっ」 奏楽子弟「……?」 土木子弟「じゃぁ、俺の橋は、お前を旅立たせることが  出来るんだなっ! そして、お前を迎え入れることもっ!」 奏楽子弟「あ……」 土木子弟「行けばいいさ。  俺の橋はお前の帰りをずっと待っている。もちろん、俺もだ。  俺の橋はありとあらゆるものが通るんだ。  地下世界の誇る天才作家! 妖精の歌い手だって通るんだぞ!  妖精の歌い手は、地上を旅して、新しいお話と  新しい音楽を見てくるんだ。なんてすごいんだろう!  俺の橋には音楽だって通るんだ!」 奏楽子弟「う、うんっ」 土木子弟「すごいものを沢山見てこい」 奏楽子弟「すごいおとも沢山聞いてくるよ」 土木子弟「そうして、またこの街で会おう」 奏楽子弟「うん、うんっ。……約束、だっ」 土木子弟「われらは紅の子弟」 奏楽子弟「ああ。わたし達の約束は絶対だっ」 ぎゅうっ ****265 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:34:13.12 ID:OGIpmW2P ――魔王城、深部、魔王の居住空間 コンコンッ 勇者「……あれれ」 コンコンッ 勇者「寝てるのかな」 カチャ 魔王「……すぅ。……すぅ」 勇者「寝てらぁ」 魔王「むー」くてん 勇者「寝てる時まで賢そうな顔しちゃって、まぁ」 魔王「……すぅ」 勇者「仕方ないなぁ。せっかくなのに」 魔王「……すぅ」 勇者「……」 魔王「……くふぅ」 勇者「髪の毛、細いな」 ****266 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/23(水) 18:35:09.04 ID:OGIpmW2P 勇者「相当美人だと思うんだけど、自覚ないんだろうな」 魔王「……むぅ」 勇者 ちょん 魔王「……ふにゅ。……すぅ」 勇者「まおー」 魔王「……? ……んぅ」 勇者「起きたか?」 魔王「……うう」 勇者「……」 魔王 きょろきょろ 勇者「おはよう」 魔王「……おはようだ」 勇者「ぼけぼけ?」 魔王「茶が欲しい」 勇者「判った。メイド長かな、用意してあるみたいだ」 魔王「ありがたい」 とぽとぽとぽ 勇者「ただいま、魔王」 魔王「おかえり、勇者」 勇者「胸は平気か?」 魔王「うん、もう痛みはない。呼吸も正常だ」 ****270 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:36:55.86 ID:OGIpmW2P 勇者「そろそろベッドからは出られるかな」 魔王「いい加減にして欲しい。退屈すぎる」 勇者「よし、んじゃ今日はお土産が沢山あるぞ」 魔王「なんだ?」 勇者「まずは、これだ。できたてだぞ?  妹新作のカスタードプディングだ」 魔王「?」 勇者「まぁ、食えば判るよ」 魔王「ふむ……。こっ! これは!!」 勇者「すごくないか?」 魔王「甘いではないか! 冷たくと、とろぉりとして、  初めて食べる味だ。なんだこれは?  このとろりとしたものは果樹の蜜か? まったく新しい」 勇者「卵と砂糖で作るらしい」 魔王「なんと……。ちょっと目を離した隙に、  どんどん技術を身につけ、新しい料理をつくりだすな」 勇者「うん、こればっかりは俺もびっくりだ」 魔王「すさまじい美味しさだなっ。メイド長も云っていたぞ。  “料理はメイドの必須技能の一つですが、あの子のご馳走に  かける執念は時には上級魔族を越えた気迫を感じる”ってな」 勇者「はははっ! 違いない」 魔王「これは本当に美味しいなぁ」 勇者「他にもあるぞ」 魔王「ん?」 ****272 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:38:46.85 ID:OGIpmW2P 勇者「まずはこいつは、砦将経由で預かったものだ」 魔王「うむ、封書か……。ナイフを」 勇者「ほいよ」 サクッ。ぴぃっ。――がさっ。 魔王「……うむ。青年商人殿からだ。これは、ふむ。  開門都市に商館を作ったらしい」 勇者「はやいなぁ」 魔王「そう言えば面識があるのだったな」 勇者「腐れ縁でな、あ。そうそう」 魔王「なんだ?」 勇者「結構前の話だったけど、あいつには開門都市の  交易勅書出しちゃったぞ? 魔王の直轄地だから、  別に良いかなぁーって」 魔王「ああ、ここにも書いてある。お礼の言葉と共に  確認をな。今回は問題ないとは思うが、軽はずみなことを。  そこらの木っ端商人にこんな無制限な交易許可を与えたら  面倒この上ないことになるぞ」 勇者「面倒って?」 魔王「勅書の転売とかまた貸しとかだ」 勇者「ああ、そっか」 魔王「そっか、ではない。まぁ、青年商人殿ならばそんな  足下を見られるような、信用を損なう真似はしないだろうが」 勇者「で、あいつなんだって?」 ****274 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:41:51.18 ID:OGIpmW2P 魔王「ふむ、羊、牛など家畜の導入。銀行と貨幣経済の  導入などを進めたい、としているな」 勇者「何だ、こっちには金貨はないのか? 普通に使ってたけれど」 魔王「使えることは使えるが、  砂金での取引も通常に行われているな。  人間の住む地上に手をつける前、つまりは勇者と出会う前には、  この魔界の改革にも手をつけていたのだが、  あの頃はまだ試行錯誤もあってな」 勇者「ふぅん」 魔王「魔界は、大地の恵みという意味では、  地上よりも恵まれている。極端に寒い場所は多くはないしな。  しかし、領土により荒れ地は多かったから  激しい戦乱は起きていたんだ。  魔界には人間界よりも、どちらかというと  潅漑や治水といった土木技術や、音楽や物語などの文化的  技術が必要で、だからそう言う意味でも――あ」 勇者「どうした?」 魔王「いや、そういえば……。魔界でも育てかけていた  弟子がいたのだが」 勇者「はぁ?」 魔王「勇者がやってきたので放置してしまっていた」 勇者「おいおい」 魔王「まぁ、彼らも良い若者だ。  のたれ死んでいると云うことはあるまいが」 勇者「結構放任主義だなぁ」 魔王「技能は現場でないと最終的には身につかないものだよ」 ****277 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:01:20.50 ID:OGIpmW2P 魔王「まぁ、そんな魔界側の事情もあってな。  そもそも魔界は氏族による領地の運営が通常で、  その意味では横断的な土木工事の必要がなかったんだ。  家と畑が作れれば、それで済む程度には豊かだった。  金貨による経済や食糧事情を改善は現状で機能している  地下世界では随分と後回しになっていたのだ」 勇者「そうなのか。では、青年商人の件はどうする?」 魔王「銀行については、しばらく保留だな。  まだ時期尚早ということもあるが、両界の銀行を  一者の手に握らせるのも良くないだろう。  これについては事情を説明する返事を書こう。  羊と牛については止めようもないし、有り難いことでもある」 勇者「考えてみたら、あいつ、学士が魔王だって知らないんだ」 魔王「そうなのか?」 勇者「魔族だって云うのは明かしたけれど、魔王だとは思ってない」 魔王「それで魔王宛の丁寧な手紙なのか。  回りくどい文章だと思ったぞ」 勇者「どうする?」 魔王「まぁ、そのままでもよかろう。いずれ自然に判る。  後で返事を書いておくとしよう」 勇者「そっか。んじゃ、次だ」 魔王「次は何だ?」 勇者「今度はメイド姉からの手紙だよ。結構重いぜ?」 トサッ 魔王「ほほう」 ****278 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:02:31.18 ID:OGIpmW2P ガサガサッ 勇者「なんだっていうんだ?」 魔王「これは……。ふむ、馬鈴薯の栽培報告だな。  それに冬越し村の日誌。  こちらには冬の国の税収に関する報告書。  ああ、商人子弟に聞き取りをしたんだな?  財務諸表もつけてあるではないか!」 勇者「面白いものなのか?」 魔王「ああ、これは面白いぞ。  すごいな、このGDPの伸びは。予想どおりだ。  南部諸王国は恒常的な戦争という重しを取りのけてやれば、  これだけ伸びる自力を持っていたはずだったんだ」 勇者「三ヶ国はここ最近は、流入してくる逃亡農奴や開拓民の  対応に追われているらしい。商人子弟も軍人子弟も相当に  煮詰まっているらしいな」 魔王「ああ、メイド姉の手紙にも書いてある。……ふむ」 勇者「どうだ?」 魔王「どちらも国の特徴を生かして対応しているみたいだな。  どういった成果が出るかはまだまだ判らないが、  鉄の国の軍の工兵科を大拡充という発想は面白い。  民兵の発想を逆にしたわけだな。インカムと釣り合えば  国民公社的組織の礎となるだろうが、最大の問題点は生産性か」 勇者「生産性ってなんだ?」 魔王「経済の用語でな。……うーん、云ってしまえば、  “ものを作る時どれくらい効率がよいか”ってことだ」 勇者「ふむふむ」 ****281 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:08:46.29 ID:OGIpmW2P 魔王「軍人子弟のアイデアでは、流入してくる難民や  開拓民をとりあえず全部軍が雇用してしまうわけだ。  これは、治安維持や当面の問題解決に大きな効果を発揮する。  また開拓や道路の整備などの公共財の充実にも効果がある」 勇者「ああ、そういう目的らしいな」 魔王「だが、この体制を続けた場合、農業を営む雇用される側にも  甘えというか油断が生じるんだ。だってそうだろう?  がんばって馬鈴薯を沢山作っても、少ししか作らなくても  国からもらえる給料や食料は一緒だ。軍人なんだからな」 勇者「ああ。……云われてみればそうだな」 魔王「そう。だから、こういった環境では『生産性』は  下がってゆくんだ。腐敗した役人や硬直した組織にも  見られる問題だな。努力や結果が評価されないから  どんどん腐ってゆく」 勇者「じゃぁ、これは愚策なのか? 止めさせた方がいいのか?」 魔王「いや、そういうことじゃない。  さっき云ったように、目の前の問題の特効薬としては  有用なのも事実だ。  特に今この瞬間は、これだけの難民が一挙に入ってきても、  実際耕す地面がない。それではみんなが飢えてしまう。  耕作するためには開拓しなければならないんだからな。  この開拓を、軍という集団の力で実行してしまえるのは大きい」 勇者「ふむ……」 魔王「軍人してはその辺も考えて、退役を五年後と  さだめているみたいだ。工夫のあとが伺える。  わたし達が上からだめ出ししなくても、  多少失敗するかも知れないが上手く対応してゆくさ」 ****283 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:10:53.53 ID:OGIpmW2P 勇者「魔王はさ」 魔王「ん?」 勇者「決して先生が向いてない訳じゃないと思うぞ。  自分では苦手だとか、むしゃくしゃするなんて云っていたけれど」 魔王「そんなことはない。話を聞かない生徒を見ていると  本当に口の中にブラックパウダーを詰め込んでやりたくなる」 勇者「でも、子弟達の話をする時はすごく楽しそうだ」 魔王「そうかな。そんな事はないだろう」 勇者「いーや、あるって」にやにや 魔王「むぅ」 勇者「おーい」 魔王「ん?」 勇者「ほれ」ちょん 魔王「なんだ? なんだ?」 勇者「カスタードクリームつけっぱなしだ」 魔王「そうだったのか。……うむ、あれは美味しい」 勇者「もう一個食べるか?」 魔王「あるのか? 食べよう」 勇者「即答だな」 魔王「温くなっては味が損なわれる」 ****284 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:12:49.19 ID:OGIpmW2P 勇者「もきゅ……美味いな」 魔王「うん。本当にとろっとしてて最高だ」 勇者「半分こだぞ?」 魔王「そうなのか?」 勇者「女騎士とかメイド長さんの分まで食ったら悪いだろ」 魔王「そうか。……しかし、こんな半分こなら悪くないな」 勇者「……? ああ。うん、そうだな」 魔王「勇者」 勇者「ん?」 魔王「勇者も唇についてるぞ。――ほら」 勇者「魔王だって、端っこについてる。へたくそめ」 魔王「しょうがない。まだ右腕じゃ美味く食べれないんだ」 勇者「しかたないな、ほれ。あーん」 魔王「いいのか? や、やるではないか。偉いぞわたし。  やれば出来るではないか! 待望のシーンだぞ!?」 勇者「食わないのか?」 魔王「いやっ! 食べる。食べるぞ!  誰が何と言おうが断固として徹底的に食べる!」 勇者「どんだけいやしんぼなんだよ」 魔王「……食べさせてくれ」 勇者「お、おう」 魔王「……ん。あむっ……、ん」こくん ****287 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:14:38.45 ID:OGIpmW2P 勇者「あ。ううう……。えっと、その……美味いか?」 魔王「うん、甘いぞ」にこっ 勇者「そ、そか。ほら、ついてる」 魔王「あ、だめだぞ。勇者っ!」 勇者「なんだよ」 魔王「その指ですくったのもわたしの分だ」 ぺろっ 勇者「~っ!?」 魔王「半分こだと行ったら半分にすべきだぞ。  契約を守らないのは信義に悖る行為だ」 勇者「あ。う、うん」 魔王「美味しいな。今度行ったらまた頼んでくれ」にこっ 勇者「わ、わかった……」 魔王「?」 勇者「なんでもねーよっ!」ばむばむっ 魔王「そうなのか? わたしは満足だ。美味しかった!」 勇者「はいはい」 魔王「やはりあーんは勇者からされるべきだ。  親友には悪いが、このドキドキにはかえられない」 勇者「ううう」 魔王「どうした勇者?」 勇者「なんでもない。――メイド長にプディング届けてくるっ」 がちゃん! 魔王「変な勇者だなぁ」 ****301 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:52:44.57 ID:OGIpmW2P ――開門都市、『同盟』の新商館、大執務室 火竜公女「すまぬ、ありがとう」 同盟職員「いえいえ、おやすいご用で」 火竜公女「帰ったぞよ」 辣腕会計「お帰りなさい。どうでした?」 火竜公女「やはり、大通りの整備は必須という結論になった」 同盟職員「インフラですか」 中年商人「おう! 竜の嬢さんだ!」 火竜公女「お久しぶりでありまする。商人どの」 中年商人「なんだい。ちょっと見ないうちにすっかり、  板についたじゃないですかい。  その服もブラウスも、地上のだろう」 火竜公女「こちらの方が活動的で、商談には便利ゆえ。  竜族の衣装はおちつくが、インクを使うと袖が汚れてしまって  なんとも困ってしまうのでありまする」 同盟職員「ははは。お似合いですよ、姫様!」 中年商人「おおっ? 姫様なんて呼ばれてるのか?」 辣腕会計「あははは! お帰りなさい、中年商人殿。公女様」 火竜公女「ただいま帰えりました。  あれは、職員のみんなが冗談半分に口にしているだけゆえ」 辣腕会計「公女様ですからね。姫様と云ったって  ちっともおかしくはないでしょう?」 ****303 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:55:51.01 ID:OGIpmW2P 火竜公女「ふんっ。からかっておるだけじゃ」 同盟職員「それより、頼まれていたリストが出来ていますよ」 火竜公女「ありがたい。……ふむ」ぺらっ 中年商人「そいつは?」 火竜公女「最近の人夫の人件費と、生活環境の調査でありまする。  ギルドによる機構がないせいで人材の流動性が高すぎる、  商人殿の云われるとおりかや……」 コッコッコッ……がちゃん 青年商人「おお。お二人ともお帰りなさい」 辣腕会計「委員もお疲れ様です」 火竜公女「良いところに来た」 中年商人「こっちもだ」 青年商人「早速話ですか。せっかちですね」 中年商人「はははっ。せっかちなのは商人にとっては美徳だ」 青年商人「お茶を頼みます」 同盟職員「はいっ」 火竜公女「では、商人殿からどうぞ」 中年商人「うん。まずは報告だな。大空洞の橋の初期工事の方は  工期を短縮して進行中だ。具体的には、人夫を増やして対応する  ことにより今週いっぱいで、木造の橋は全て建築を終える」 青年商人「良かった。これで時間に多少の余裕が出来る」 中年商人「で、その後の相談なんだがね」 青年商人「ええ、話にあがっていた大規模のしっかりとした  ルートの敷設、と云う話ですよね」 ****304 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:57:27.18 ID:OGIpmW2P 中年商人「ああ、どうだ?」 青年商人「もちろん行いたい気持ちはあります。  しかし、8年という歳月と総工費を考えた時、  『同盟』だけで負担すべきかどうかと云いますと、  これは難しいですね」 中年商人「それについて新しい提案があってやってきたんだ」 青年商人「提案?」 中年商人「こいつを見てくれ。  これは、今あの大空洞現場の監督をやっている  掘り出し物が書いた図面なんだがな」 青年商人「これは、なんですか? 水路? 水道橋?」 中年商人「いや、どっちかって云うと、井戸、のようなものらしい」 青年商人「ふむ」 中年商人「つまり、あの通路を人の行き来する街道として  認識することも可能だが、  ちょっと特別な巨大な『穴』として見ることももちろん可能だと、  その設計士は云うんだな」 青年商人「ふむふむ」 中年商人「で、この滑り台にも似た井戸だ。こいつはもちろん  壊れやすいものは無理だが、しっかり梱包した荷物を  “落とす”事が出来る」 青年商人「え?」 中年商人「落とすんだよ。紐をくくりつけた専用の台に入れて」 ****305 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:58:45.20 ID:OGIpmW2P 青年商人「あの長い距離を!?  どんな梱包をしたところで、全て粉々になってしまいますよ」 中年商人「いや、そうはならないと云うんだ。  あそこ前にも話した“引力”が反転する地点があるだろう。  その場所を利用すれば、重さが実際には無くなる。  いや、無くなるんじゃなくて“無いかのようになる”?  詳しいことは俺にも判らないが。  それどころか反転した地点の逆側の引力を使って  滑らかに勢いを停止させることも出来ると云うんだ。  えーっと、“引力”を錘と動滑車をつかって、なんちゃらとか」 青年商人「ふむ」 中年商人「で、反対側からは、水車の水を汲み上げる装置の  応用で荷物を引き上げてゆく。合図には磨いた鉄をつかった  反射鏡を用いる」 青年商人「具体的には、どのような効果が見込めますか?」 中年商人「効率のアップだな。大空洞のあちらとこちら、  それから中継点にもそれなりの人数を配置する必要がある。  勤務体制は鉱山に似るだろうと設計者は云っている。  その費用はそれなりに掛かるだろうが、  いくつかの難所のルートにこの装置を設置するだけで、  毎日馬車二十台分の荷物を安全に“送る”事が出来る」 青年商人「検討に入ってください」 中年商人「調査には実費が発生するが?」 青年商人「商人殿の裁量で認めて構いません」 中年商人「あんたは話が早くて助かるよ」 ****308 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:00:40.28 ID:OGIpmW2P 青年商人「お願いします」 中年商人「よっし、早速とりはからおう。俺はこれで行く」 青年商人「はい」 火竜公女「また会いましょうぞ。商人殿っ!」 中年商人「おう、姫様。今度は夕食でも一緒にしようや」 火竜公女「姫ではないというのにっ」ぷぅ 中年商人「ははははっ! ではっ!」 タッタッタ、ガチャン! 辣腕会計「彼はあの橋やインフラに入れ込んでいますね」 青年商人「元々旅商人だと云っていたからな。得がたい人材を得た」 火竜公女「あの調子であれば、すぐにでも立派な街道が復活しよう。  交易の発展にとって街道はなくてはならぬゆえな」 青年商人「そうですね。そちらの案配はどうです?」 火竜公女「やはり北の門を中心に不便さが募りまする。  あの一帯は以前の攻防戦で大きく破壊されました。  そろそろ復興に手をつけるべきだというのが、  自治委員会の意見でありまする」 青年商人「何か計画はあるんでしょうかね」 火竜公女「このままで行けば、商業区か居住区と  云うことになるだろうが」 青年商人「ふむ……」 ****309 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:01:52.23 ID:OGIpmW2P 火竜公女「板バネ式馬車の方はどうじゃ?」 辣腕会計「あれは素晴らしい発明ですね」 火竜公女「機怪族からの技術供与と部品提供らしい。  自治委員会に申し出があり、その代わりに一部地域を  機怪族へと貸し出しを行ったと」 青年商人「ほう」 火竜公女「機怪族は長い間迫害されてきた歴史がある。  この世界へ自分たちを馴染ませるためには並ならぬ努力が  必要なのだろうな……」 青年商人「こちらも新しい動きを始める時期でしょうね」 火竜公女 こくり 青年商人「“小麦引き渡し証書”は始末できましたか?」 辣腕会計「はい、全て売却しました」 火竜公女「“小麦引き渡し証書”?  この春、もうじき取れる小麦の権利だろう?  それを手放したのか?」 辣腕会計「ええ」 青年商人「売りましたよ」 火竜公女「なぜだ? 小麦を買い占めていた方が、  三ヶ国同盟に都合がよいのではないか?」 青年商人「別にわたしは、あの通商同盟の守護者ではありませんし」 ****313 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:12:09.56 ID:OGIpmW2P 青年商人「それに考えても下さい。  あの“小麦引き渡し証書”は確かに強力な武器ですが、  それは相手が取り立てを恐れている間のこと。  騎士や軍を持っている領主達が一斉に踏み倒すと決めたならば、  武器を持たない我ら『同盟』は取り立てる手段がありません。  もちろん経済攻撃などで多大な損害を与えることは可能ですが  ダメージを与えるためにもお金が必要です。  ここいらが引き際ですよ」 火竜公女「誰に売ったのだ?」 青年商人「教会ですよ。中央の」 火竜公女「なっ」 青年商人「貴族が寄ってたかっても  絶対に踏み倒せない相手です。  もちろん、三ヶ国になびきそうな国には、  わたし達に小麦を売った国そのものに売り直して  あげましたけれどね。  そうでない国は、結局は聖光教会の言いなりなのですから  多少仲を冷えさせておくのも良いでしょう」 辣腕会計「良い取引が出来ました」 火竜公女「そうなのか?」 青年商人「今回の件でもっとも大きな動きだったのは、  旧金貨から新金貨への乗り換えです。  我が『同盟』は、この乗り換え時期、その資産のほぼ全てを  小麦などの物資の現物と、“小麦引き渡し証書”に変えて  保持していました。つまり、価値の無くなった旧金貨を  持ってはいなかった」 ****314 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:13:59.91 ID:OGIpmW2P 辣腕会計「そして、今度の“小麦引き渡し証書”売却で、  大量の新金貨を得ることが出来ました。  この新金貨のお陰で『同盟』の資産は元の量を回復。  いや増大さえしました。  また、“小麦引き渡し証書”を高値で買い取った教会は、  結局は小麦の値段を高く推移させざるを得ない。  それだけの新金貨を失ったのですからね。  回収するためには、高く売らざるを得ないでしょう。  しかし、それでも売らないと自領の民が飢えることになる。  小麦の取り立ては、教会に任せましょう」 火竜公女「……悪辣じゃのぉ」 青年商人「褒め言葉と取っておきましょう」 辣腕会計「詳細な資産把握はもはや不可能ですが、  概算ではこのような結果になったようです」 青年商人「ふむ……」ぺらっ 火竜公女「どれくらい儲かったのだ?」 青年商人「それは云わぬが華でしょうね。  ……聖王国は旧金貨と新金貨の交換を、  おおよそ1/3~1/4で行いました。  『同盟』はこの交換を、“小麦引き渡し証書”を通して  1/1.5~1/2程度の間で行ったことになりますか」 火竜公女「では……。およそ2倍の資産になったのかや!?」 青年商人「そこまでは行きませんよ。覚えておいででしょうが  小麦の大量輸送や、保管にだってお金はかかります。  途中でジャガイモを大量購入したり、  三ヶ国通商に肩入れしたりで、随分資金は溶けていますしね」 辣腕会計「そうですね……。仕込みに随分お金を使ってるんですよ」 ****315 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:15:20.50 ID:OGIpmW2P 火竜公女「すると、儲けはないのかや?」 青年商人「しょんぼりしないでくださいよ」 辣腕会計「ははは。利益の話を聞いてがっかりするあたり、  姫様はすっかり、我らが『同盟』と商人の流儀が  身についたようですね」 火竜公女「そのようなことはない。  妾はただ、磨いた手中の玉が二束三文で  売れてしまったかのような  寂しい気持ちになっただけゆえ」むっ 青年商人「まぁ、2倍とは行きませんが、  少なくない儲けを出すことが出来ました。  『同盟』が過去4年で築いたのとほぼ同額の富です」 火竜公女「十分ではないかっ」 辣腕会計「しかし、今回得た本当の宝は  金貨ではありませんからね。金貨は道具に過ぎません」 青年商人「ええ、もちろん。  その過程で金貨では買えない貴重なコネや機会、  新しい商売のチャンスを手に入れました。  今回の戦は『同盟』の勝ちだと云えるでしょうね。  しかし商売の戦に終わりはないんですよ」 火竜公女「次は何を狙うのじゃ?」 青年商人「それについては祝杯を挙げながら、策を練りますか」 火竜公女「ふふふっ。それならば是非お供をせねばならぬなっ」 ****372 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 22:38:02.16 ID:OGIpmW2P ――冬越し村、魔王の屋敷 (――お節介かも知れないけれど、  “そこ”にいつまでも隠れているわけにも行かないだろう?) メイド姉「……」 メイド妹「おねえちゃーん」 メイド姉「……」 メイド妹「お姉ちゃんっ!、お姉ちゃんってばぁ!」 メイド姉「あ、うんっ」 メイド妹「もう、お姉ちゃんぼうっとしてる」 メイド姉「ごめんね、なんだっけ?」 メイド妹「客室に風通して、リネン取り替えないと」 メイド姉「うん、そうだね。やっちゃおう!」 メイド妹「うんっ! らんらんらん♪」 メイド姉「ね、妹……」 メイド妹「なぁに?」 メイド姉「楽しい?」 メイド妹「うんっ! 毎日楽しいよ。お仕事大好き!」 メイド姉「そか」 ****374 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 22:39:58.57 ID:OGIpmW2P メイド妹「暖かいし、お布団は柔らかいし。毎日ちゃんと  ご飯食べられるし、当主のお姉ちゃんも眼鏡のお姉ちゃんも  勇者のお兄ちゃんも好きだよ」 メイド姉「そう……だよね」 メイド妹「うんっ!」 メイド姉「……らんらんらん♪」 メイド妹「お姉ちゃんはそっちの端っこもってね」 メイド姉「うん」 メイド妹「ぱりぱりシーツをひきましょー!」 メイド姉「よいよー」 ぱんっ! メイド妹「完成!」 メイド姉「良く出来ました」なでなで メイド妹「えへへ~。あ!」 メイド姉「なに?」 メイド妹「お姉ちゃんも大好きだよ。お姉ちゃんが一番好き」ぎゅ メイド姉「うん。妹のこと、好きよ」 メイド妹「よかったぁ」 メイド姉「じゃぁ、洗濯の続きやっちゃおっか」 メイド妹「うん!」 ****382 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:06:49.15 ID:OGIpmW2P ――氷の宮廷、謁見の間 コンコンッ! 貴族子弟「こんにちはー」のこのこ 氷雪の女王「こら。どこの世界に謁見の間に  のこのこ入ってくる宮廷官吏がいるのですか」 貴族子弟「いやいや。女王様、ごきげん麗しく。  あんまり格式張っていない方が良いかと思いまして」 氷雪の女王「とは?」 カチャリ 外交特使「お初にお目に掛かります」 貴族子弟「こちら赤馬の国の戦爵。  中央風に云うと、侯爵位ですね。今宵のお客人です。  こちらは我が氷の国の誇る女王陛下」 氷雪の女王「はじめまして、戦爵。無礼な臣下で申し訳ありません」 外交特使「いえいえ。子弟殿は我が国に、勇猛な王子と  花のように美しい姫を取り戻してくださいました恩人です」 氷雪の女王「おや」 外交特使「我が君主、赤馬王はそのため、  わたしを氷の国への特使として派遣されました。  この感謝の意を伝えるためでございます。  誠にありがとうございました」 ****383 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:08:16.88 ID:OGIpmW2P 氷雪の女王「ふふっ。ちゃんと働いたようですね」 貴族子弟「いえいえ、脇役の道化踊りでございますよ。陛下」 氷雪の女王「寒かったでしょう、特使殿。  我が国の林檎の風味を効かせた、熱いリキュールなどを  入れさせましょう」 外交特使「かたじけありません」 貴族子弟「まぁ、あまり儀礼張らずに。進む話も進みませんから」 氷雪の女王「そうですね。我が国は南の辺境。  中央のような典雅な礼儀にも欠ける素朴な国ですから」 外交特使「いえいえ、そんな事はありません。  貴族子弟殿は中央の名門家をも凌ぐ学識と見識の持ち主と  お見受けいたしました」 貴族子弟「常に慇懃無礼なのはかえって礼節を欠くってだけです」 氷雪の女王「この若者はひねくれ者ですからね。ほほほっ」 外交特使「これはまた。ははっ」 とくとくとく。 貴族子弟「さ、どうぞ。暖まりますよ」 外交特使「これはどうも。……うむ、甘くて良い香りですな」 貴族子弟「女王はこの酒がことのほかお好みでして」 氷雪の女王「長い冬の無聊を慰めてくれるのです」 外交特使「我らの国にもよい果実酒がございます。  近日中にでも届けさせましょう」 ****384 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:09:21.81 ID:OGIpmW2P 氷雪の女王「では!」 外交特使「はい」 貴族子弟「やれやれ」 氷雪の女王「条約に署名して頂けるのですね」 外交特使「はっ。陛下はご決断されました。  このたびの大きな転回点を越え、  国家としての信義に照らすところを冷静に判断した結果、  氷雪の女王陛下に仲立ちしていただき、三ヶ国通商同盟に  参加させて頂きたいとのことでございます。  これは、赤馬の国の公式な意思表示と取って頂いて構いません」 氷雪の女王「ありがとうございます。百万の味方を得たような  思いです。これで近隣国家のいくつかも、さらなる交渉へと  一歩踏み出せるでしょう」 外交特使「今回の決断に当たっては、貴族子弟殿と湖の国の  修道院が手配してくださった、天然痘の治療班の働きが  特に大きかった、と。  陛下自らの感謝の言葉をお伝えせよと申し使っております」 貴族子弟「うんうん」 氷雪の女王「そんな事を?」 貴族子弟「手を回しておきましたけど。いけなかったですか?」 氷雪の女王「いいえ、もちろん良いことです。  でもあなたはもうちょっとびっくりさせないようにしなさい」 外交特使「あはははっ」 ****385 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:11:22.44 ID:OGIpmW2P 貴族子弟「とはいえ、治療法のある病気ではないんですよ。  あの修道士達は『予防』を受けていたから、天然痘末期の  患者の看病を出来たと云うことだけで」 外交特使「いいえ、それだけでも十分です。  また、我が国だけでも数千人、数万人いる天然痘患者が  今後どれだけその命を救われるのか。その可能性を示して  下さったのはまさに福音としか言い様がありません」 貴族子弟「やっと効果が実感できる段階まで来ましたね」 氷雪の女王「ええ、修道院や学士殿には感謝をせねば」 外交特使「その件ですよ」 貴族子弟「?」 氷雪の女王「どういう事でしょう」 外交特使「いいえ、馬鈴薯もそうですし、  此度の天然痘の治療――予防ですか? もそうですが、  湖畔修道会は常に我らの命を救おうとしてくださる。  聖教会は湖畔修道会を敵とさだめ、  その命脈を絶とうとするに対して、  湖畔修道会はただひたすらに命を救おうとなさる。  故に我が国は、どちらが真の精霊の教えかという点について  割れた国論がまとまったのです」 氷雪の女王「……そう、でしたか」 貴族子弟「……」 氷雪の女王「子弟?」 貴族子弟「はい」 氷雪の女王「あの少女を気にかけてやってね」 貴族子弟「はい。我らの妹弟子ですからね」 ****392 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:34:18.13 ID:OGIpmW2P ――冬越しの村、魔王の屋敷 勇者「おーい。おーい。到着したぞー!」 メイド長「さ、まおー様。つきましたよ」 魔王「わかっている。情けないな。  転移先からわずか20分ほど歩いただけで、脚が痛む」 女騎士「普段から運動不足だから、  ちょっと寝付いたくらいで身体が萎えるのね」 メイド姉「お帰りなさいませ、当主様。メイド長さま」 メイド妹「お帰りなさい、当主のお姉ちゃん、眼鏡のお姉ちゃん!  それから、お兄ちゃんと騎士のお姉ちゃん!」 魔王「ああ、ただいま。二人ともかわりはなかったか?」 勇者「悪いな、ドア開けてくれ。まずは……」 魔王「ベッドはイヤだ」 メイド長「あらあら、まぁまぁ。談話室は暖まっている?」 メイド姉「はい、暖めてあります」 魔王「では、そちらに行こう」 メイド妹「うんっ。膝掛け持ってくるね!」ぱたぱたぱたっ 女騎士「張り切っているな」くすっ メイド姉「待ち遠しかったんですよ。  昨日からおかしくなっちゃったのかってくらい大はしゃぎで  料理の下ごしらえなんかして。この屋敷に二人は、やはり  寂しいですから」 ****393 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:35:59.31 ID:OGIpmW2P ――冬越しの村、魔王の屋敷、談話室 コッコッコッ、ガチャ 勇者「そっか。二人だもんな」 魔王「留守中心配をかけたな」 メイド長「後で仕事ぶりを見ますよ?」 メイド姉「はいっ」 魔王「ふぅ」 とさっ 「やはり外はまだ冷えるな」 女騎士「部屋着だからだ」 魔王「仕方ないではないか。まだ少し不自由なのだ」 メイド妹「膝掛け持ってきたよ。当主のお姉ちゃん」 魔王「ありがとう、妹よ」にこっ 勇者「ふぅ~。着いたなぁ」 魔王「やはりこの屋敷は落ち着くな。  あちらの城の方が長く過ごしていたはずなのに、  この部屋はずっと暖かい気がする」 勇者「騒がしい二人娘もいるしな」 メイド長「ふふふっ」 メイド姉「当主様、書類をごらんになられますか?」 魔王「うん、目を通そう」 勇者「おいおい大丈夫か? 執務室まで行くのか?」 メイド姉「いえ、執務室ではなくこちらで見ることが出来るよう  抜粋や統計をまとめてあります」 魔王「ありがたいな」 ****394 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:37:21.21 ID:OGIpmW2P メイド姉「はい、ただいまお持ちします」パタタッ メイド妹「じゃ。お茶を入れるね? それから  夕食はご馳走だからね? お腹減らしていてね?」 魔王「楽しみにしておるぞ」 メイド妹「えへへ~」にぱぁ 女騎士「ふぅむ。では、わたしは夕食まで、  一回修道院の建物の方に顔を出してくる。  ちょくちょく帰っていたが、やはり一週間ぶりだしな」 魔王「済まなかったな、女騎士」 女騎士「気にすることはない。  しかし、もうちょっと体力をつけた方がいいな」 魔王「善処する」 勇者「……」 メイド長「どうなさいました? 勇者様」 勇者「いや、何か妙に仲が良いな。って思って」 魔王「別にわたし達は最初から仲が悪かったわけではない」 女騎士「そうだ。別に仲が悪くはないぞ」 勇者「そうなのか?」 メイド長「殿方はあまり思い悩まない方が良いと思いますわ」 勇者「そ、そか。んじゃそうする」 女騎士「勇者、修道院までちょっと付き合え」 #right(){{&link_up(ページトップへ)}} ---- #center(){[[<前7-1へ>7-1]]|[[次7-3へ>>7-3]]} ----

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