3-1

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#center(){[[<前2-5へ>2-5]]|[[次3-2へ>>3-2]]} ---- **魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」3-1 ---- ****63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 18:45:11.38 ID:I63MLpWkP ――冬の王宮 冬寂王「こ、こんなことになるとは」ぐったり 執事「若、大丈夫でございますか?」 冬寂王「強い氷酒をくれ。――いや、酒は自殺行為だな。  茶をくれ。うんと濃くしたヤツだ」 執事「ははっ」 将官「王よ、次の一団が控えの間に」 冬寂王「うう、判った。五分だけ、五分だけ休憩をくれ」 執事「若、お茶でございます」 冬寂王「とんでもないことになってしまった」 執事「さようですなぁ。これはまったく」   ごちゃらぁ 冬寂王「早まった決断だったのだろうか」 執事「いえいえ、決断自体は決して」 冬寂王「しかしこの惨状では……」 執事「はぁ、いかんともしがたいですな」 ****71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 18:53:04.67 ID:I63MLpWkP 冬寂王「まさか、あの協定でここまで書類や陳情、  嘆願に取引が増えるとは」 執事「予想外でしたな」 冬寂王「そもそも税などと云うのは、  春と秋の2回にわけて、地主が城の倉庫へ運んできて  終わりだったではないか」 執事「さようで」 冬寂王「内政など、堤が切れたら賦役の発布し、  軍を養い食わせる程度であったのに、  ここまで仕事が増えるのか!?」 執事「南氷海の西側を通るルートと、港の使用権。  それに商人から上がる税収に、移民の申請……。  王一人で捌くのは無理がありますな」 冬寂王「そうだ。我が国の文官はどうした?  税務官も居ただろうに」 執事「あまりの激務に一週間で倒れましたな。  そもそも税務官など親子二人でやっていた仕事です。  これは我が国も、中央の大国のように  専用の役人を雇用しなければなりませんかなぁ」 将官「あのー。王? そろそろ次の商人を通して  よろしいでしょうか?」 冬寂王「ええい、通せ!」 ****73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 18:58:49.17 ID:I63MLpWkP 商人子弟「お初にお目にかかります、王よ!!」 ごちゃらぁ 冬寂王「おお、良く来たな、若き商人殿よ」 商人子弟「はぁ」 執事「こっちか?」 将官「その山は、探しました。こっちでは?」 冬寂王「それともこれか? 違うではないか!」 商人子弟「何を探しておられるのですか?」 冬寂王「ああ、すまんな。立て込んでいて。  商人殿はニシンの交易であったか?  商人殿があらかじめ出しておいた書状が届いていたはずなのだが  確かここらに置いたと……それから今月の税の  とりまとめも。すまぬ、取り紛れてしまって」 商人子弟「ああ、それなら」 すたすたすた   ひょい。 商人子弟「これですね。紹介状です。……税のとりまとめは」  ひょい 「おそらく、この帳簿でしょう」  ひょい 「嘆願書はこれ。今月分は、  紐でまとめてあるようですね。几帳面だけど乱暴だなぁ」 ****78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:06:17.82 ID:I63MLpWkP 冬寂王「おお! 助かった。時間の節約になった」 執事「いやはや、毎日が戦争ですな」 将官「しかも乱戦気味です。消耗戦かも」 冬寂王「して、商人殿。ニシンであったかな?」 商人子弟「違います。僕は商人の家の三男坊でして  ニシンを含む交易は次男の兄さんが、  商会と金貸しは長男の兄さんが継いだせいで、  仕事がないんですよ」 冬寂王「ふむふむ。それは大変だな。して、我が宮殿に  どのような用件で参ったのだ?」 商人子弟「この紹介状を……」 「育てるのには飽きた。  あとは浴びるほど仕事を与えて  現場でこき使ってやってくれ。         ――紅」 冬寂王「……」 商人子弟「この宮殿で小さな船でも貸してくれるなら  僕も商売やら情報集めやらでお役に立てると思うんですよ。  一応商人の家の子ですからね」 ほやん 冬寂王「ふむ。いや、良いところにきた。あははは」 がしっ 執事「この国は、有望な若者を歓迎しますぞ」 がしっ ****82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:13:27.57 ID:I63MLpWkP ――開門都市、大通りの縁日   ~♪ ~~♪ 勇者「へぇ、随分賑やかだな」 東の砦将「ああ、思いつきの突貫企画にしちゃ、良い線行ってるな」 勇者「良い匂いだ」 東の砦将「こいつぁ、焼き豚だな?  おい懐かしいな! おい、黒騎士。一切れ買おうぜ」 勇者「おう、そうしよう、そうしよう!」 東の砦将「冷たいエールもなっ」 人間商人「らっしゃい!」 勇者「その良く味の染みてそうなところを4切れくれ!」 人間商人「ほいよ! 金貨2枚で良いよ!」 勇者「そんなに安くていいのかい?」 人間商人「この祭りの販売物の仕入れは、  半額は都市の委員会さんがもってくれるんだとさ。  それで今日は大盤振る舞いって訳だ!」 勇者「そうだったのか~。うっわぁ、良い匂いだなぁ!」 人間商人「そりゃそうだ。この焼き豚は、砂丘の国の  秘伝のスパイスで味付けしてあるんだから。  兄ちゃん、良い買い物をしたよ!」 ****90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:22:34.47 ID:I63MLpWkP 東の砦将「エールをくれ、ジョッキで二杯だ!」 魔族商人「こりゃぁ、東の大将じゃねぇですか」 東の砦将「ああ、すまねぇな。邪魔をして」 魔族商人「いやいや、とんでもねぇ。二杯ですね?  きゅっと冷えた所を出しますから、待っててくだせえよ」 東の砦将「たのんだぜ。……どうだい? 案配は」 魔族商人「盛況ですねぇ。打ち壊し団も、今日ばっかりは  出ねぇと思いますよ。こんなに楽しい祭りなんだもの」 東の砦将「だといいがなぁ」 魔族商人「なんせ、戦いがないのが一番ですや。  もうね、戦争はまっぴらごめんですよ。焼け出されるのも  おわれるのも、そりゃぁ辛いもんでがしょう?」 東の砦将「ああ、誓ってそんなことには  成らないようにするととっつぁんに約束するよ」 魔族商人「はははは! 人間の約束かぁ……。  でも、将軍様のだもんな! この都市ならそれも  ありかもしれないなぁ。ほら、二杯だよ! 冷たいよ!」 東の砦将「おお、酒手はここに置くぜっ」 ****93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:26:36.58 ID:I63MLpWkP   ~♪ ~~♪ 勇者「おー。大将、買ってきたぜ?」 東の砦将「こっちもエール仕入れてきたぞ」 勇者「食おう、食おう」 東の砦将「よしきた。くっはぁ! んめぇなぁ!」 勇者「この火傷しそうな所を噛みちぎって、じゅわーってのがな!」 東の砦将「そいつを、この冷たいエールで流し込むと!  最高だな、おい。やっぱ食い物ってのはこうじゃなきゃ!」   ~♪ ~~♪ 火竜公女「ここにおったかや」 魔族娘「あ、あの……ここ、こ、こんばんわっ」 勇者「あ?」 東の砦将「出たよ」 火竜公女「出た、とはなんですか。  視察も公務だと再三言っておいたではないですか。  それをお二人でこっそりと」 勇者「べ、べつにこっそりって訳じゃないし」 東の砦将「なぁ? 部下にだって云ってきたし」 勇者「俺……部下居ない……」 ****98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:32:23.87 ID:I63MLpWkP 魔族娘「ご、ご、ご……あぅあぅ」 火竜公女「妾を振り切って出掛けるのがすでに  やましさの証です、黒騎士殿っ!」 勇者「は、はいぃ?」 火竜公女「妾は黒騎士殿の妻なのです。  なんて連れない態度なのですか?  火竜の一族でも涙が大河となってしまいましょう」 勇者「妻じゃないです」 火竜公女「そのような手練手管を用いずとも  妾の心も身体も、我が君の物」 勇者「俺のじゃないしっ。何の関係もしてませんしっ」 魔族娘「ご、ご、ご。ごめんなさいっ」 勇者「いや、魔族娘は悪くないから」 魔族娘「いえ、その……黒騎士様が、出掛けたの……  その……云ってしまった……ので、その  ご、ごめんなさい」 勇者「まぁ、どっちにしろ、すぐばれたよ。うん」 がくり ****104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:39:47.33 ID:I63MLpWkP   ~♪ ~~♪ 東の砦将「それにしても、着飾ってるじゃないか?」 火竜公女「当然です。……だって東の砦将様が、  “縁日って云えば、庶民の娘も着飾ってくる”って  仰ったんじゃありませんか?」 勇者「でも、ちょっと布すくなくね?」 東の砦将「ははは! そうだそうだ、云ったんだっけ。  それになんだなぁ、見ようによっては、東の衣装に  似て無くもないような、奇天烈なような……」 火竜公女「急いでしらべさせたのですよ。  仕立てさせるのに手間がかかりましたが」 勇者「俺スルー……」 魔族娘「ううう、なんか、みなさんが……その……  み、見てるような……」 東の砦将「おお、魔族の嬢ちゃんも可愛い格好させてもらって」 火竜公女「この娘に着替えさせるのに手間取ったのですわ。  まったくとんだ愚図ですこと」 魔族娘「す、す、すみません……その、ごめんなさい」 ****106 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:45:50.35 ID:I63MLpWkP 火竜公女「いいえ。良いんですっ」 魔族娘 びくっ 火竜公女「たかが下女とは云っても我が君に仕える以上  最低限この程度、と云うたしなみと  美麗さが必要なのです。  だいたい、魔族の未婚の女性が  肉体を誇示しなくてどうしますっ!」 魔族娘「それは竜族のことであって……ごにょごにょ……」 火竜公女「魔族の常識ですっ」 魔族娘「ひゃ、ひゃ……ひゃいっ!」    勇者「おー。焼き馬鈴薯だよ、こんなとこまで」   東の砦将「あれはこのあたりの食い物だぞ」   勇者「そういえば魔界原産だったっけ。食うか?」   東の砦将「食おう、食おう! 美味いぞ!」 火竜公女「我が君?」    勇者「美味いな、バターが最高だな!」   東の砦将「だろう? このまろやかな岩塩がな」 火竜公女「わ が き み っ!!」 勇者「はいっ!?」 ****109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:53:09.65 ID:I63MLpWkP 火竜公女「いかがです?」 くるんっ 勇者「いかがって? 良い縁日だな」 火竜公女「いかがでしょう?」 ふわり、くるんっ 魔族娘「ご、ご、ごめんなさい、黒騎士様」 勇者「美味いぞ、馬鈴薯食うか?」 火竜公女「い、い、いかがですか!?」 くるんっ    勇者「えーと」   東の砦将(小声)「おい、その、あんだろ、もうちょっとこう」   勇者(小声)「へ?」   東の砦将(小声)「服褒めるとかさ」 火竜公女 ゴゴゴゴゴ 勇者「あー、うん! よく似合ってるぞっ。  公女はスタイルが良いからどんな服でも似合うけれど、  今日のは異国情緒が合って素敵だな!  ……その、ちょっと露出が多いような  気がしないでもないが、祭りだしな!」    東の砦将「あ、馬鹿。それは褒めすぎだ、知らんからなっ」 火竜公女「そ、そ、そうですかっ!? 我が君っ!  妾はっ。妾は三国一の果報者でございます!」 ****123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:04:29.19 ID:I63MLpWkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、執務室 魔王「ふむ……」 メイド長「今月に入って、もう2度ですから」 魔王「間隔も短くなってきているな」 メイド長「ええ、限界かと……」 魔王「あと、どれくらい余裕がある?」 メイド長「早ければ、早いに越したことはありませんが。  そうですね……一週間程度なら」 魔王「よかろう。一週間後だ」 メイド長「……心中、お察しいたします」 魔王「いや、なに。二年近くだ。良くもったものさ。  いずれこの日が来るとは判っていた」 メイド長「はいっ」 魔王「冥府宮に我が寝台を運ばせておけ」 メイド長「承りました」 魔王「人間界の仕事の後始末を急がねばな」 メイド長「はい」 魔王「そのような顔をするな」 メイド長「……」 魔王「すぐに戻れる。すぐにまた会えるさ」 ****128 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:12:48.73 ID:I63MLpWkP ――鉄の国、郊外の丘の上 しゅいんっ! 魔王「ふぅ、こちらはまだ空気が湿っているな」 メイド姉「頭の中がくわんくわんします……」 勇者「大丈夫か」 メイド姉「は、はい……」 魔王「無理はせず、大きく息を吸え」 勇者「考えてみたら転移呪文は初体験だったな」 メイド姉「はい。なんだか、目眩みたいで……。  ふぅ、もう大丈夫です」 魔王「転移酔いだな、仕方がない」 勇者「ゆっくり歩けば、回復するだろう」   ざっ、ざくっ、ざくっ 魔王「街までは、20分と云うところか」 勇者「そんなもんかな」 メイド姉「あれが鉄の国の都ですか! 大きいですねぇ!」 魔王「うむ、煙がたなびいているだろう?  数多くの工房が並んでおるのだ」 ****132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:18:25.84 ID:I63MLpWkP 勇者「それにしても、今日は何の仕事なんだ?」 魔王「ああ、頼んでおいた機械の試作が出来たそうでな」 勇者「見に来たのか? メイド姉も?」 魔王「最近、わたしの仕事を色々教えておるのだ。  貴族よりも商人よりも筋が良いぞ」 メイド姉「そんなこと、ないです……」 魔王「ほれ、市街地に入るぞ」   門衛「止まれ!」  門衛「どこからやってきた、商人か?」  魔王「冬の国の学者だ。これが身分証明」   門衛「冬の国の国王印。そうでしたか! どうぞっ!」 魔王「身分も、役に立つものだな」 勇者「面倒がないのはありがたいよ、ほんと」 メイド姉「すごいですねぇ! 家がみんな石で出来てますよ?」 魔王「こらこら、上ばかり見ては危ないぞ」 ****135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:23:40.86 ID:I63MLpWkP 勇者「で、どこへ行くんだ?」 メイド姉「どこでしょう?」 魔王「うむ、判らん」 勇者「なんだよ、頼りないな。手紙を見せろよ」 魔王「これだ」 ぺらっ 勇者「ああ、これは川沿いの職人街だな」 メイド姉「お詳しいのですね!」 勇者「勇者は風来坊だからな、色んな街でもめ事を  解決する旅だから地理だけは詳しくなるんだよ」 メイド姉「すごい特技ですよ」 魔王「わたしの物だからな。ふふんっ」 勇者「はいはい」 魔王「ほほう、あれは鉄か? こちらの工房では、銀細工か」 勇者「興味津々だな」 魔王「現場を見るのは初めてだからな」 勇者「今日は、何の工房にいくんだ? 武器か、農具か?」 魔王「工房自体は、銅の鋳造を行っている工房だ。  だが武器でも農具でもないな」 ****141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:28:42.95 ID:I63MLpWkP 魔王「勇者とは以前、教育について話したことがあったな」 勇者「ああ、そうだな」 メイド姉「……」 魔王「わたしは、教育はこの世界においてもっともっと  大きな力を持っているのじゃないかと思う」 勇者「……ふむ」 魔王「本当の世界の広さは誰にも判らないほど広いのだ。  それを人間は……魂ある存在は、己の常識や、知識に  当てはめて知ったつもりになる」 勇者「それは、覚えがあるなぁ。  自分のやり方しかないと思い込んだり、  自分が正しいと思い込んだり」 メイド姉「はい……」 魔王「それらの闇を払うには、教育が必要だ。  しかも、教育がより重要である理由は  “教育が重要であるという事実”も教育がないと  理解されないという点にある」 勇者「ん? ちょっと難しいぞ」 ****144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:39:19.79 ID:I63MLpWkP メイド姉「それは、そうなんです」 勇者「判るのか? メイド姉は?」 メイド姉「はい。そのぅ……  たとえば、農奴は、教育が、つまり知識が少なくて  “もっと良い世界がある”事もよく判ってないんです。  だからずっと貧しいんです」 勇者「でも、地主だのなんだのは良い生活してるだろ?  そういうの見てるじゃないか」 メイド姉「でも、“そっちに行く方法”が判らないんです。  ううん、正確には“そっちに行けるかもしれない”って  事すらも判らないんです」 勇者「……」 魔王「……」 メイド姉「それは、とても不幸なことです。  だからわたしには当主様の話はよく判ります」 勇者「そっか……」 ****154 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:49:05.09 ID:I63MLpWkP 魔王「さて、そんな風に重要な教育だが、  重大な欠点というか、弱点がある。判るか?」 勇者「なんだろう? なぁ?」 メイド姉「判りませんね……」 魔王「それは、速度が遅いと云うことだ。  一人の人間が持つ知識を他の一人に伝えるのには  莫大な時間がかかる。  しかも、同時に多数の人間に伝えるのには限界がある。  もし仮に、一人の教師が自分と同等の生徒一人を  育てるのに一生の時間がかかるならば、  知識を持っている人間は増えないことになるではないか」 勇者「あー。まぁ、云われてみればそうだなぁ」 メイド姉「でも、知識は尊い物ですからそれも仕方ないの  ではないでしょうか? 当主様を学べば学ぶほど、  追いつける気がしませんし……」 魔王「それもまた、勝手に思い込んだ限界だ」 勇者「そう、なのか?」 ****159 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:53:49.16 ID:I63MLpWkP ――鉄の国、職人街、大型工房 がちゃり 職人長「やぁ。これは学士様! 長旅、お疲れになったでしょう!」 魔王「世話になっているな、職人長」 職人長「いやなんの! この年齢になって  まだこんなに面白い仕事をくださるなんて、  みなの意気も上がっておりますよ」 メイド姉「広い工房ですね!」 職人長「ああ、あまり歩き回ると危険ですよ、お嬢さん」   プシュー!! 職人長「熱い蒸気なども使っていますからね!」 メイド姉「はいっ」 職人長「さて、お疲れでしょう。お茶でも入れますので、  裏の屋敷の方にでも……」 魔王「いや、結構。何よりも、まずは試作品を見たい」 職人長「あははは。冬の国で話したときと  その性急さは変わりませんなぁ! さぁ、お連れ様も  こちらへどうぞ。専用の倉庫を設けたのですよ」 ****162 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:57:58.44 ID:I63MLpWkP 魔王「これか!」 勇者「でかいなぁ!」 メイド姉「これは、なんですか……?  脱穀機に似ているような、もっと大きなような……」 職人長「外側は仮組ですから、  どうしても大きくなってしまいました。  もっとも本体は小さい物です。巨大に見えるのは、  ある種の棚というか、倉庫ですね」 勇者「倉庫?」 職人長「いらっしゃい」   カツン、カツン、カツン メイド姉「引き出しと、棚がすごい数ですね」 職人長「これが入っているんですよ」 コロンッ 勇者「これは、印章?」 メイド姉「ハンコですか?」 職人長「ええ、『活字』と呼んでいます」 魔王「これが、私たちの新しい武器さ」 職人長「活版印刷機と名付けました」 ****169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:03:57.87 ID:I63MLpWkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、深夜の廊下 女騎士「……」じぃぃっ 魔王「……」じぃっ 女騎士「な、なんで、こ、こんなところにっ」 魔王「それはこちらの台詞だ」 女騎士「いや、その洗面所はどこかなぁと」 魔王「洗面所は廊下の反対だ」 女騎士「大体、魔王は何でこんな所に?」 魔王「そっ、それはだな」 女騎士「それは?」 魔王「ええい、なんだ!  女騎士のその白いふりふりの寝間着は!  これは、き、き、絹ではないかっ!!??」 女騎士「いいではないか、人が何を着ようとっ!」 魔王「良くはないぞっ。そんなもの」 女騎士「それを言うなら、魔王は何で枕を抱えているんだっ」 ****177 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:10:37.74 ID:I63MLpWkP 魔王「……それはその」じりじり 女騎士「そこ、ドアににじり寄るんじゃない」 魔王「べつにそんなことはしていない」 女騎士「勇者の部屋にこんな夜更けに行くつもりなのか?」 魔王「か、かまわないではないか。夜の茶会だ」 女騎士「それならこっちだって夜のお茶会決行だっ」 魔王「どこの世界に絹の寝間着で男の部屋に  尋ねるお茶会があるのだ! この馬鹿!」 女騎士「枕持参でお茶会と言い切る馬鹿よりは  まだましな馬鹿だ!」 魔王「うむ。あー、こほん。女騎士」 女騎士「なに?」 魔王「わたしは女騎士を人間界で  ほとんど唯一の友達だと思っている……」 女騎士「……うん、そうだね。魔王」 魔王「だから見逃してくれ」 女騎士「それはダメ」 ****186 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:15:46.92 ID:I63MLpWkP 魔王「後生だ。事情があるのだ」 女騎士「こっちだって事情があるの」 魔王「どんな?」 女騎士「これだっ」 ばっ! 魔王「なになに? 『我が君への永久の忠誠を誓って』?  これは女物のハンカチではないか……。  え? ええっ!?」 女騎士「そうだ、あんの火竜公女だ。  こっちがなんやかやの仕事で忙殺されていると思って、  こんな粉かけるとは喧嘩を売るにもほどがある」ゴゴゴ 魔王「確かに……」ゴゴゴ 女騎士「そういう訳なので、今宵の私は退くに退けん。  愛剣・神性惨殺も血に飢えている」 魔王「どんな事情だ! こちらだって、残り数日のっ」 女騎士「?」 魔王「いや、なんでもない。とにかく、こちらも退けないっ」 メイド長「それでは私めが」 魔王・女騎士「え?」 ****193 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:24:27.59 ID:I63MLpWkP 魔王・女騎士「えぇっ!?」 メイド長「夜伽でしょう?  そんなことでもめるなんてはしたないですわ。  不肖、私がお務めさせて頂きます。  それで角が立たないでしょう?」 魔王「なんて事を云うんだメイド長!?」 女騎士「まったくだ、なんて横暴なんだ! 恥を知れっ!」 メイド長「だいたい未経験者の相手なのですから  そんなにぴりぴりした気持ちで居てどうします?  成功もおぼつきませんよ。  こんな時こそ包容力と寛容の精神が必要なのです。  閨房で殿方を甘えさせられなければ一人前とはいえますまい」 魔王「それは、そうかもしれんが……」 女騎士「たしかに婦女としてはずべきであった」 メイド長「ではちゃっちゃと済ませてきますので、  そこで待っててくださいますね」 魔王「それとこれとを一緒にするなぁ!」 女騎士「それは騎士として諾とは云えないぞ!!」 メイド長「では、廊下でなんか騒がないで  お二人で。いえ、三人で仲良くしてください」 にこりっ       がちゃ! ポポイッ! ****199 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:29:42.50 ID:I63MLpWkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、勇者の部屋 ごろごろごろ、ズテン! 魔王・女騎士「ふぎゃっ!!」 勇者「……なにやってるんだ? お前ら」 女騎士「いや、その。こ、これはな! 事情があるんだ」 魔王「うむ、話せば長い事ながら深くやむにやまれぬ事情が  あるのだ知っての通り世界情勢は混迷を極め我らが立場も  また深い迷夢の中と言って良いというこの時期にだな」 女騎士「他人の錯乱を目にするとちょっと落ち着くな」 魔王「つまり、今後の展望と展開を踏まえた思索の果てに  光明を見いだすべき勇者と我らが腹を割って話すことこ  そが今もっとも求められていることなのではないか?  たしかにぷにぷにと云われるリスクはあるのだが、  我らはそろそろ次のステップを踏むべきなのではないかと」 勇者「落ち着け」 スコン! 魔王「ぐっ!」 ****203 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:34:04.82 ID:I63MLpWkP 勇者「で、要約するとどういう事なんだ」 魔王「……」ちらっ 女騎士「……」ちらっ 勇者「アイコンタクトとってんじゃねぇよ」 魔王「ではタイムだ」 勇者「は?」 魔王「あちらで作戦会議をするから、聞くなよ?」 勇者「はぁぁー?」   こそこそっ 女騎士「作戦ってどんな作戦があるんだ」 魔王「これでも私は話し合いの魔王なのだ。  交渉は我が領域。話し合いで決着をつけよう」 女騎士「どんな?」 魔王「上は私で下が女騎士でどうだろう」 女騎士「どこの変態なのだっ。魔王はっ!?」     勇者「ひまだなぁ」 ****209 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:38:10.54 ID:I63MLpWkP 魔王「変態とは何だ? ベッドの上下だ」 女騎士「そ、そうか。済まない、誤解した」 魔王「それでいいか?」 女騎士「ちょっとまって、勇者は?」 魔王「ベッドの上に決まってる」 女騎士「私だけ下じゃないか、どこのいじめだ!」 魔王「だめか、ではタイムシェアリングはどうだ?」 女騎士「たいむしえあ? なにそれ?」 魔王「時間によって案件を共有するのだ」 女騎士「マシそうな提案ね」 魔王「生産性向上のための基礎知識だ」 女騎士「で、具体的には?」 魔王「勇者のベッドを陽のある間は女騎士が、  陽が落ちてからは私が使う」 女騎士「魔王だけ勇者つきではないかっ!?」    勇者「なんか小腹へってきたし」 ****216 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:46:44.50 ID:I63MLpWkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、勇者の部屋 勇者「なんだこの状況は。何が起きてるんだ!?」 魔王「交渉とは妥協の婉曲な表現でもある。  その現実の哀しい写し絵だ」 女騎士「私だって不本意だ。しかし、しかたない。  “パンが一つ無いときは半分で感謝しなければならない”  そうお祖母ちゃんも云っていた」 勇者「すげぇ粗末な扱いだよなぁ、俺」 魔王「何を言うんだ! 両手に女を抱えて!!  まさか、勇者。……ふ、ふ、不満なのか」 女騎士「火竜のなんとかの方が良いって  云うんじゃないでしょうね!?」 勇者「いや、そうじゃなくてっ」 魔王「ぷ、ぷにぷにだからダメなのか!? 駄肉だからか!?  勇者は私の所有契約なのだぞ」むぎゅっむぎゅっ 女騎士「胸がないとだめなのかっ!?  そんな腐った肉がいいのか?  乙女の最上級は清らかさだぞっ。  神に捧げられた純潔の方がいいに決まってるっ」すりすり 勇者「ううう、なんでだよう。なんでこうなんだよ」 ****230 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:52:09.48 ID:I63MLpWkP 魔王「むぅ。このままではメイド長のいうとおりだ」 女騎士「……腹立たしいけど、そうだな」 魔王「一次休戦だ」 女騎士「心得た」 勇者「いつも俺の頭越しに会談がまとまるよ」 魔王「頭越しではないぞ? こうやって耳元で横になっている」 女騎士「うむ、肩に頭をもたせかけているだけだ」 勇者「……」びくびく 魔王「勇者は緊張しているのか?」 女騎士「自分の寝床なんだからそんなことはないだろう」 勇者(緊張してるよっ! しないわけないだろがっ!?) 魔王「まあ落ち着け」 女騎士「うん、戦場では冷静が生死を分けるぞ」 勇者(絶体絶命だ!) 魔王「暖かいなぁ! もふもふだ!」 女騎士「うむ、意外なほどに寝心地が良いな」 ****241 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22:02:03.90 ID:I63MLpWkP 勇者「……すー……すー」 魔王「寝たのか? 勇者」 女騎士「かもしれないな。疲れているのだろうし」 勇者(寝れるかっ。この状況下で寝れる童貞が居たら  俺が全部雷撃魔法で電気椅子にしてやるわっ!!) 魔王「勇者の髪は、もふもふだ」 女騎士「うん、大きな犬みたいだね」 魔王「この髪を触るのが好きなのだ。  勇者の髪を整えているのはわたしなのだぞ?」 女騎士「わたしの方が付き合いは長いから。そんなの知ってる」 勇者「……すー……すー」 勇者(だ、だめだ。寝たふりをするしかない。  精神を鎮めるんだ!! 高まれ俺の魂!) 魔王「……」 女騎士「……」なで、なで 魔王「なぁ、女騎士」 女騎士「なに?」 ****249 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22:08:26.33 ID:I63MLpWkP 魔王「わたしは、来週にでも魔界へ帰る」 女騎士「へ?」 勇者(え?) 魔王「いや、なに。魔王の免許更新のようなものでな」 女騎士「免許? 免状みたいなもの?」 魔王「そうだ」 女騎士「そっか……。すぐ帰ってくるの?」 魔王「いや、どうかな。早くて数ヶ月はかかると思う」 女騎士「何かあるの? 魔王……躊躇ってるよね?」 魔王「いや迷いはない。仕方ないことだ。  魔王というのは、何というか……。  魔王以外には上手く説明できないこともあってな。  代々の魔王の墓があるんだが、そこへ詣らないといけない」 女騎士「……」 魔王「それに、魔界にはたくさんの氏族があるが、  それらの多くは人間界侵攻に賛成なのだ。  今戦争が小康状態なのは、魔王であるわたしが  勇者と相打ちになり怪我の療養をしているという話に  なっている事が大きい。  そろそろ姿を見せて、魔族の心をまとめなければ、  かえって暴走した一部の氏族が勝手に戦争を再開する  かもしれない」 ****251 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22:21:00.90 ID:I63MLpWkP 女騎士「でも、それなら……」 勇者(……) 魔王「ん?」 女騎士「魔王は、魔界で戦争賛成派のまっただ中に  取り残されることになるんじゃないのか?  それはすごく危険なように聞こえる」 勇者(……) 魔王「わたしの専門は経済、すなわち交渉だ。  そこまで酷いことにはならないさ。だいたい金も  食料も無しで戦争を続けられる生き物なんて居ないよ」 女騎士「しかし誰か連れてった方が良いだろう?  その……。勇者とか。なんならわたしが行こうかっ」 魔王「いや……」なで…… 女騎士「……」 魔王「いいんだ。魔王の墓は、冥府殿というのだが、  そこにはどうせわたし以外は誰も入れないのだ。  ついてきて貰うには及ばない。一人で行く」 ****253 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22:23:31.94 ID:I63MLpWkP 女騎士「そう……なのか……」 魔王「うん、だから、ちょっとだけ勇者の体温が欲しくてな」 勇者(……) 魔王「駄々をこねてしまった。許されよ」 女騎士「いや……」 魔王「もちろんメイド長はつれてゆく。身を守る程度なら  二人でどうとでもなる」 女騎士「そうか」 ほっ 魔王「こちらの世界のことは、書類を残してゆくし、  馬鈴薯や農業については女騎士も知っての通りだ」 女騎士「うん、修道会に任せて欲しい」 魔王「『同盟』に頼んだニシンも届こう。  そろそろ風車の代金や新型羅針盤の契約料も入ってくるはずだ。  これらの利益管理も『同盟』に依頼してある。  必要なときは相談してくれ」 女騎士「承知した」 魔王「細かいことはみな、メイド姉に教えてある。  そして……。  勇者のことを頼む」 女騎士「わかった。――その命、この剣に賭けて守ろう」 ****366 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:37:01.74 ID:CkBATQ0gP ――冬越し村、魔王の屋敷、執務室 魔王「さて」 メイド姉「はい」 メイド妹「はーい」 魔王「大体飲み込めたか?」 メイド姉「判りました」 メイド妹「よくわかんない」 メイド長「妹は、お姉さんの云うことをちゃんと聞いて  毎日のやることをこなしていくんですよ?」 メイド妹「はーい!」 メイド長「語尾を不必要に伸ばさない」 メイド妹「は、はいっ」 魔王「なに、気負うことはない」 勇者「やはり長引きそうか?」 魔王「メイド長の手の者に調べて貰っているが、  氏族の長の中には頑固者も居るからな。  人間世界が宝の山に見えている者も居るだろうし。  何を考えているやら……。  そんなものは、隣の芝生に過ぎないのだが」 ****370 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:42:05.60 ID:CkBATQ0gP 勇者「やっぱり俺も行くべきじゃないか?」 魔王「一人で行く」 勇者「……」 魔王「そのような顔をするな。  どちらにせよこれは魔王の仕事なんだ。  魔王でなければ出来ないこともする。  約束する、無理はしない」 メイド長「わたしがまおー様のことは守りますわ」 魔王「うん、メイド長が居るからな」 勇者「……」 魔王「それに、この世界のことだって心配だ。  南部諸王国は安定してきたし、農業改革も順調だとは云えるが  聞いた話だと、白夜王国は政情不安定になってきていると  云うじゃないか」 勇者「らしいな」 魔王「わたしがこの世で一番信頼しているのは、勇者だ。  何せわたしの持ち主だからな」 ****372 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:47:53.84 ID:CkBATQ0gP 魔王「だから、この場所に勇者を残していくのは、  心強いことなんだ。  前回は勇者が魔界に行って、わたしは残った。  農業改革や技術指導は、わたしにしか出来なかったからだ。  だが、今回は違う。  開門都市の件で勇者がもうただの戦士じゃないことは判っている。  もう一人のわたしだ。  だから、ここを任せる」 勇者「……判った」 魔王「それから、メイド姉」 メイド姉「はい」 魔王「これを預けよう」 メイド姉「指輪、ですか?」 魔王「ああ、知り合いの地妖精に作らせたんだ。  大したことはないが、姿変えの幻術が仕込んである。  幻術だから声や仕草はどうにもならないが、  わたしの姿になれるぞ」 メイド姉「どういうことでしょう?」 魔王「商人からの代金の受け取りや、尋ねてきた客人 と  会わなければならないときもあろう?  大抵は勇者がうまくやってくれるだろうが、  どうしても必要なときは、この指輪でわたしの替え玉を  やってくれ」 ****373 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:53:26.57 ID:CkBATQ0gP メイド姉「判りました」 メイド妹「当主のおねーちゃん!」 魔王「ん、なんだ?」 メイド妹「おみやげ。ね♪」にぱ メイド長「これ!」 魔王「あははは。うん、何か見繕ってこよう」 勇者「……」 メイド姉「無事のお帰りを祈っております」 メイド妹「お祈りしてるー!」 魔王「うむ。早ければ三ヶ月、長くても半年といったところか」 メイド長「おなかを出して寝ちゃいけませんよ?」 メイド姉「いってらっしゃいませ」 メイド妹「いってらっしゃーい♪」 しゅいんっ! ****376 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:57:38.85 ID:CkBATQ0gP ――開門都市、街外れ ひゅわんっ! 魔王「やはり勇者の転移魔法は便利だな」 勇者「運び屋は任せてくれよ」 メイド長「まおー様のよりずっと転移酔いが少ないですね」 魔王「うん、久しぶりの魔界だ!」 メイド長「そうですね、緑色の太陽。懐かしいですわ」 魔王「ここは――うん。大体判った、都市の南の外れだな」 勇者「そうだ、丘を下れば開門都市の南門に出る」 魔王「よし、ではここでお別れだ」 勇者「いや、街までは送るよ」 魔王「いいや、ダメだ。勇者は街に近づくな」 勇者「へ?」 魔王「と、とにかく禁止だ。  ……そんな、そのぅ。火竜の小娘に会いに行かなくても……」 勇者「?」 魔王「ええい。勇者!」 勇者「おう?」 魔王「もふもふさせろ!」 わしゃわしゃ! ****378 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:03:27.05 ID:CkBATQ0gP 勇者「なっ、なんだよいきなり!」 メイド長「あらあら、まぁまぁ」 魔王「なぁに。ちょっとした燃料補給だ」 勇者「――大丈夫なのか?」 魔王「勇者は心配性だな。男が廃るぞ」 勇者「とは云ってもなぁ」 魔王「大丈夫だ。今エネルギーを貰ったからな。  先代たちが束になってかかってきたところで  負ける気はしない」 勇者「……」 魔王「それに、やっとここまで来た。  わたしにも開門都市の明るい空気が感じられるぞ。  人間と魔族が一緒に暮らしている街があるじゃないか。  もう、丘の頂上は見え始めているんだ」 勇者「ああ、そうだな」 魔王「だから行ってくるぞ――わたしの勇者」 勇者「おう、いってきやがれ。――俺の魔王」 魔王・勇者「「また会おう、すぐにでも」」 ****383 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:07:45.08 ID:CkBATQ0gP ――冬越し村、実りの秋 小さな村人「ほーうぃ! ほーうぃ!」 中年の村人「おんや、こんにちはぁ」 羊毛職人「こんにちはぁ!」 小さな村人「きょうは一杯だぁね、どうするんだい?」 羊毛職人「ああ、もう秋だからねぇ。チーズの仕込みをしないと」 小さな村人「ああ、そうかぁ。今年はどんな案配だい?」 中年の村人「アーモンド入りのは作るだか?」 羊毛職人「良いよぉ、ミルクの出も良いし。  もちろんアーモンド入りのも作るだぁよ。  クローバーの葉をたっぷり食べてるせいかなぁ。  今年のミルクは、すごく甘いだよ」 小さな村人「そりゃぁ、良いことを聞いただよ」 中年の村人「小麦か馬鈴薯ととりかえてくれるだか?」 羊毛職人「もちろんだよ。銀貨でもかまわないよ?」 小さな村人「そういや、銀貨も使うようになっだぁね」 中年の村人「そうだなや。うちは埋めて貯めてるだよ」 羊毛職人「あんれまぁ。そうだね、用心せんとね」 ****386 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:11:55.63 ID:CkBATQ0gP 小さな村人「こっちは馬鈴薯の畑に、灰と魚カスを撒くだよ」 中年の村人「撒くのかい?」 羊毛職人「魚カスってなんだべ?」 小さな村人「教会で教えて貰った、肥料だなや。  大地の恵みが弱らないように撒くと良いらしいだよ」 中年の村人「でも、お金がかかるんがなぁ」 羊毛職人「そうなのかぁ」 小さな村人「まぁ、でも、たいした金額じゃねぇさ。  修道士様が教えてくれた馬鈴薯で作った金だ。  その修道院にお返ししたって罰は当たらないべ」 中年の村人「そりゃ、そうかもしれんなぁ」 小さな村人「それに、撒かないと馬鈴薯は病気に  なりやすいっていうべさ。うちんとこは小麦の畑は  減らしたから、馬鈴薯病気になったら困っちまう」 中年の村人「そうか、そうか。おらんとこも撒くかなぁ」 羊毛職人「おらは、自分の腹にニシン詰めてぇな」 小さな村人「あははは! 酒場でバター焼きを詰めるべ」 中年の村人「ああ、そりゃいいだなや!」 羊毛職人「チーズが一杯売れたら考えるだぁよ」 小さな村人「そうすべなぁ!」 ****387 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:17:57.20 ID:CkBATQ0gP ――聖王都、貴族院   がやがやがや 軍閥貴族「――開門都市を放棄して――」 富裕貴族「おめおめと――退却――とは」 司教「精霊の――にも――処罰――」 軍閥貴族「さすがは――弱腰の貴族――」 富裕貴族「――妾腹――な」 司教「王国臣民――100万の――」 軍閥貴族「この罰――」 富裕貴族「極刑――磔刑――」 司教「塩――すりこみ――焼きごて――」   がやがやがや 軍閥貴族「判決を――」 富裕貴族「いや、いまこそ――軍事法廷――」 司教「しかるべき――宗教裁判――」 軍閥貴族「敵前逃亡――任務放棄――」 富裕貴族「王国に対する裏切り――利敵行為――」 司教「神聖冒涜――」 #right(){{&link_up(ページトップへ)}} ---- #center(){[[<前2-5へ>2-5]]|[[次3-2へ>>3-2]]} #center(){[[<前2-5へ>2-5]]|[[次3-2へ>>3-2]]} ---- **魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」3-1 ---- ****63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 18:45:11.38 ID:I63MLpWkP ――冬の王宮 冬寂王「こ、こんなことになるとは」ぐったり 執事「若、大丈夫でございますか?」 冬寂王「強い氷酒をくれ。――いや、酒は自殺行為だな。  茶をくれ。うんと濃くしたヤツだ」 執事「ははっ」 将官「王よ、次の一団が控えの間に」 冬寂王「うう、判った。五分だけ、五分だけ休憩をくれ」 執事「若、お茶でございます」 冬寂王「とんでもないことになってしまった」 執事「さようですなぁ。これはまったく」   ごちゃらぁ 冬寂王「早まった決断だったのだろうか」 執事「いえいえ、決断自体は決して」 冬寂王「しかしこの惨状では……」 執事「はぁ、いかんともしがたいですな」 ****71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 18:53:04.67 ID:I63MLpWkP 冬寂王「まさか、あの協定でここまで書類や陳情、  嘆願に取引が増えるとは」 執事「予想外でしたな」 冬寂王「そもそも税などと云うのは、  春と秋の2回にわけて、地主が城の倉庫へ運んできて  終わりだったではないか」 執事「さようで」 冬寂王「内政など、堤が切れたら賦役の発布し、  軍を養い食わせる程度であったのに、  ここまで仕事が増えるのか!?」 執事「南氷海の西側を通るルートと、港の使用権。  それに商人から上がる税収に、移民の申請……。  王一人で捌くのは無理がありますな」 冬寂王「そうだ。我が国の文官はどうした?  税務官も居ただろうに」 執事「あまりの激務に一週間で倒れましたな。  そもそも税務官など親子二人でやっていた仕事です。  これは我が国も、中央の大国のように  専用の役人を雇用しなければなりませんかなぁ」 将官「あのー。王? そろそろ次の商人を通して  よろしいでしょうか?」 冬寂王「ええい、通せ!」 ****73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 18:58:49.17 ID:I63MLpWkP 商人子弟「お初にお目にかかります、王よ!!」 ごちゃらぁ 冬寂王「おお、良く来たな、若き商人殿よ」 商人子弟「はぁ」 執事「こっちか?」 将官「その山は、探しました。こっちでは?」 冬寂王「それともこれか? 違うではないか!」 商人子弟「何を探しておられるのですか?」 冬寂王「ああ、すまんな。立て込んでいて。  商人殿はニシンの交易であったか?  商人殿があらかじめ出しておいた書状が届いていたはずなのだが  確かここらに置いたと……それから今月の税の  とりまとめも。すまぬ、取り紛れてしまって」 商人子弟「ああ、それなら」 すたすたすた   ひょい。 商人子弟「これですね。紹介状です。……税のとりまとめは」  ひょい 「おそらく、この帳簿でしょう」  ひょい 「嘆願書はこれ。今月分は、  紐でまとめてあるようですね。几帳面だけど乱暴だなぁ」 ****78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:06:17.82 ID:I63MLpWkP 冬寂王「おお! 助かった。時間の節約になった」 執事「いやはや、毎日が戦争ですな」 将官「しかも乱戦気味です。消耗戦かも」 冬寂王「して、商人殿。ニシンであったかな?」 商人子弟「違います。僕は商人の家の三男坊でして  ニシンを含む交易は次男の兄さんが、  商会と金貸しは長男の兄さんが継いだせいで、  仕事がないんですよ」 冬寂王「ふむふむ。それは大変だな。して、我が宮殿に  どのような用件で参ったのだ?」 商人子弟「この紹介状を……」 「育てるのには飽きた。  あとは浴びるほど仕事を与えて  現場でこき使ってやってくれ。         ――紅」 冬寂王「……」 商人子弟「この宮殿で小さな船でも貸してくれるなら  僕も商売やら情報集めやらでお役に立てると思うんですよ。  一応商人の家の子ですからね」 ほやん 冬寂王「ふむ。いや、良いところにきた。あははは」 がしっ 執事「この国は、有望な若者を歓迎しますぞ」 がしっ ****82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:13:27.57 ID:I63MLpWkP ――開門都市、大通りの縁日   ~♪ ~~♪ 勇者「へぇ、随分賑やかだな」 東の砦将「ああ、思いつきの突貫企画にしちゃ、良い線行ってるな」 勇者「良い匂いだ」 東の砦将「こいつぁ、焼き豚だな?  おい懐かしいな! おい、黒騎士。一切れ買おうぜ」 勇者「おう、そうしよう、そうしよう!」 東の砦将「冷たいエールもなっ」 人間商人「らっしゃい!」 勇者「その良く味の染みてそうなところを4切れくれ!」 人間商人「ほいよ! 金貨2枚で良いよ!」 勇者「そんなに安くていいのかい?」 人間商人「この祭りの販売物の仕入れは、  半額は都市の委員会さんがもってくれるんだとさ。  それで今日は大盤振る舞いって訳だ!」 勇者「そうだったのか~。うっわぁ、良い匂いだなぁ!」 人間商人「そりゃそうだ。この焼き豚は、砂丘の国の  秘伝のスパイスで味付けしてあるんだから。  兄ちゃん、良い買い物をしたよ!」 ****90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:22:34.47 ID:I63MLpWkP 東の砦将「エールをくれ、ジョッキで二杯だ!」 魔族商人「こりゃぁ、東の大将じゃねぇですか」 東の砦将「ああ、すまねぇな。邪魔をして」 魔族商人「いやいや、とんでもねぇ。二杯ですね?  きゅっと冷えた所を出しますから、待っててくだせえよ」 東の砦将「たのんだぜ。……どうだい? 案配は」 魔族商人「盛況ですねぇ。打ち壊し団も、今日ばっかりは  出ねぇと思いますよ。こんなに楽しい祭りなんだもの」 東の砦将「だといいがなぁ」 魔族商人「なんせ、戦いがないのが一番ですや。  もうね、戦争はまっぴらごめんですよ。焼け出されるのも  おわれるのも、そりゃぁ辛いもんでがしょう?」 東の砦将「ああ、誓ってそんなことには  成らないようにするととっつぁんに約束するよ」 魔族商人「はははは! 人間の約束かぁ……。  でも、将軍様のだもんな! この都市ならそれも  ありかもしれないなぁ。ほら、二杯だよ! 冷たいよ!」 東の砦将「おお、酒手はここに置くぜっ」 ****93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:26:36.58 ID:I63MLpWkP   ~♪ ~~♪ 勇者「おー。大将、買ってきたぜ?」 東の砦将「こっちもエール仕入れてきたぞ」 勇者「食おう、食おう」 東の砦将「よしきた。くっはぁ! んめぇなぁ!」 勇者「この火傷しそうな所を噛みちぎって、じゅわーってのがな!」 東の砦将「そいつを、この冷たいエールで流し込むと!  最高だな、おい。やっぱ食い物ってのはこうじゃなきゃ!」   ~♪ ~~♪ 火竜公女「ここにおったかや」 魔族娘「あ、あの……ここ、こ、こんばんわっ」 勇者「あ?」 東の砦将「出たよ」 火竜公女「出た、とはなんですか。  視察も公務だと再三言っておいたではないですか。  それをお二人でこっそりと」 勇者「べ、べつにこっそりって訳じゃないし」 東の砦将「なぁ? 部下にだって云ってきたし」 勇者「俺……部下居ない……」 ****98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:32:23.87 ID:I63MLpWkP 魔族娘「ご、ご、ご……あぅあぅ」 火竜公女「妾を振り切って出掛けるのがすでに  やましさの証です、黒騎士殿っ!」 勇者「は、はいぃ?」 火竜公女「妾は黒騎士殿の妻なのです。  なんて連れない態度なのですか?  火竜の一族でも涙が大河となってしまいましょう」 勇者「妻じゃないです」 火竜公女「そのような手練手管を用いずとも  妾の心も身体も、我が君の物」 勇者「俺のじゃないしっ。何の関係もしてませんしっ」 魔族娘「ご、ご、ご。ごめんなさいっ」 勇者「いや、魔族娘は悪くないから」 魔族娘「いえ、その……黒騎士様が、出掛けたの……  その……云ってしまった……ので、その  ご、ごめんなさい」 勇者「まぁ、どっちにしろ、すぐばれたよ。うん」 がくり ****104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:39:47.33 ID:I63MLpWkP   ~♪ ~~♪ 東の砦将「それにしても、着飾ってるじゃないか?」 火竜公女「当然です。……だって東の砦将様が、  “縁日って云えば、庶民の娘も着飾ってくる”って  仰ったんじゃありませんか?」 勇者「でも、ちょっと布すくなくね?」 東の砦将「ははは! そうだそうだ、云ったんだっけ。  それになんだなぁ、見ようによっては、東の衣装に  似て無くもないような、奇天烈なような……」 火竜公女「急いでしらべさせたのですよ。  仕立てさせるのに手間がかかりましたが」 勇者「俺スルー……」 魔族娘「ううう、なんか、みなさんが……その……  み、見てるような……」 東の砦将「おお、魔族の嬢ちゃんも可愛い格好させてもらって」 火竜公女「この娘に着替えさせるのに手間取ったのですわ。  まったくとんだ愚図ですこと」 魔族娘「す、す、すみません……その、ごめんなさい」 ****106 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:45:50.35 ID:I63MLpWkP 火竜公女「いいえ。良いんですっ」 魔族娘 びくっ 火竜公女「たかが下女とは云っても我が君に仕える以上  最低限この程度、と云うたしなみと  美麗さが必要なのです。  だいたい、魔族の未婚の女性が  肉体を誇示しなくてどうしますっ!」 魔族娘「それは竜族のことであって……ごにょごにょ……」 火竜公女「魔族の常識ですっ」 魔族娘「ひゃ、ひゃ……ひゃいっ!」    勇者「おー。焼き馬鈴薯だよ、こんなとこまで」   東の砦将「あれはこのあたりの食い物だぞ」   勇者「そういえば魔界原産だったっけ。食うか?」   東の砦将「食おう、食おう! 美味いぞ!」 火竜公女「我が君?」    勇者「美味いな、バターが最高だな!」   東の砦将「だろう? このまろやかな岩塩がな」 火竜公女「わ が き み っ!!」 勇者「はいっ!?」 ****109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:53:09.65 ID:I63MLpWkP 火竜公女「いかがです?」 くるんっ 勇者「いかがって? 良い縁日だな」 火竜公女「いかがでしょう?」 ふわり、くるんっ 魔族娘「ご、ご、ごめんなさい、黒騎士様」 勇者「美味いぞ、馬鈴薯食うか?」 火竜公女「い、い、いかがですか!?」 くるんっ    勇者「えーと」   東の砦将(小声)「おい、その、あんだろ、もうちょっとこう」   勇者(小声)「へ?」   東の砦将(小声)「服褒めるとかさ」 火竜公女 ゴゴゴゴゴ 勇者「あー、うん! よく似合ってるぞっ。  公女はスタイルが良いからどんな服でも似合うけれど、  今日のは異国情緒が合って素敵だな!  ……その、ちょっと露出が多いような  気がしないでもないが、祭りだしな!」    東の砦将「あ、馬鹿。それは褒めすぎだ、知らんからなっ」 火竜公女「そ、そ、そうですかっ!? 我が君っ!  妾はっ。妾は三国一の果報者でございます!」 ****123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:04:29.19 ID:I63MLpWkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、執務室 魔王「ふむ……」 メイド長「今月に入って、もう2度ですから」 魔王「間隔も短くなってきているな」 メイド長「ええ、限界かと……」 魔王「あと、どれくらい余裕がある?」 メイド長「早ければ、早いに越したことはありませんが。  そうですね……一週間程度なら」 魔王「よかろう。一週間後だ」 メイド長「……心中、お察しいたします」 魔王「いや、なに。二年近くだ。良くもったものさ。  いずれこの日が来るとは判っていた」 メイド長「はいっ」 魔王「冥府宮に我が寝台を運ばせておけ」 メイド長「承りました」 魔王「人間界の仕事の後始末を急がねばな」 メイド長「はい」 魔王「そのような顔をするな」 メイド長「……」 魔王「すぐに戻れる。すぐにまた会えるさ」 ****128 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:12:48.73 ID:I63MLpWkP ――鉄の国、郊外の丘の上 しゅいんっ! 魔王「ふぅ、こちらはまだ空気が湿っているな」 メイド姉「頭の中がくわんくわんします……」 勇者「大丈夫か」 メイド姉「は、はい……」 魔王「無理はせず、大きく息を吸え」 勇者「考えてみたら転移呪文は初体験だったな」 メイド姉「はい。なんだか、目眩みたいで……。  ふぅ、もう大丈夫です」 魔王「転移酔いだな、仕方がない」 勇者「ゆっくり歩けば、回復するだろう」   ざっ、ざくっ、ざくっ 魔王「街までは、20分と云うところか」 勇者「そんなもんかな」 メイド姉「あれが鉄の国の都ですか! 大きいですねぇ!」 魔王「うむ、煙がたなびいているだろう?  数多くの工房が並んでおるのだ」 ****132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:18:25.84 ID:I63MLpWkP 勇者「それにしても、今日は何の仕事なんだ?」 魔王「ああ、頼んでおいた機械の試作が出来たそうでな」 勇者「見に来たのか? メイド姉も?」 魔王「最近、わたしの仕事を色々教えておるのだ。  貴族よりも商人よりも筋が良いぞ」 メイド姉「そんなこと、ないです……」 魔王「ほれ、市街地に入るぞ」   門衛「止まれ!」  門衛「どこからやってきた、商人か?」  魔王「冬の国の学者だ。これが身分証明」   門衛「冬の国の国王印。そうでしたか! どうぞっ!」 魔王「身分も、役に立つものだな」 勇者「面倒がないのはありがたいよ、ほんと」 メイド姉「すごいですねぇ! 家がみんな石で出来てますよ?」 魔王「こらこら、上ばかり見ては危ないぞ」 ****135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:23:40.86 ID:I63MLpWkP 勇者「で、どこへ行くんだ?」 メイド姉「どこでしょう?」 魔王「うむ、判らん」 勇者「なんだよ、頼りないな。手紙を見せろよ」 魔王「これだ」 ぺらっ 勇者「ああ、これは川沿いの職人街だな」 メイド姉「お詳しいのですね!」 勇者「勇者は風来坊だからな、色んな街でもめ事を  解決する旅だから地理だけは詳しくなるんだよ」 メイド姉「すごい特技ですよ」 魔王「わたしの物だからな。ふふんっ」 勇者「はいはい」 魔王「ほほう、あれは鉄か? こちらの工房では、銀細工か」 勇者「興味津々だな」 魔王「現場を見るのは初めてだからな」 勇者「今日は、何の工房にいくんだ? 武器か、農具か?」 魔王「工房自体は、銅の鋳造を行っている工房だ。  だが武器でも農具でもないな」 ****141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:28:42.95 ID:I63MLpWkP 魔王「勇者とは以前、教育について話したことがあったな」 勇者「ああ、そうだな」 メイド姉「……」 魔王「わたしは、教育はこの世界においてもっともっと  大きな力を持っているのじゃないかと思う」 勇者「……ふむ」 魔王「本当の世界の広さは誰にも判らないほど広いのだ。  それを人間は……魂ある存在は、己の常識や、知識に  当てはめて知ったつもりになる」 勇者「それは、覚えがあるなぁ。  自分のやり方しかないと思い込んだり、  自分が正しいと思い込んだり」 メイド姉「はい……」 魔王「それらの闇を払うには、教育が必要だ。  しかも、教育がより重要である理由は  “教育が重要であるという事実”も教育がないと  理解されないという点にある」 勇者「ん? ちょっと難しいぞ」 ****144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:39:19.79 ID:I63MLpWkP メイド姉「それは、そうなんです」 勇者「判るのか? メイド姉は?」 メイド姉「はい。そのぅ……  たとえば、農奴は、教育が、つまり知識が少なくて  “もっと良い世界がある”事もよく判ってないんです。  だからずっと貧しいんです」 勇者「でも、地主だのなんだのは良い生活してるだろ?  そういうの見てるじゃないか」 メイド姉「でも、“そっちに行く方法”が判らないんです。  ううん、正確には“そっちに行けるかもしれない”って  事すらも判らないんです」 勇者「……」 魔王「……」 メイド姉「それは、とても不幸なことです。  だからわたしには当主様の話はよく判ります」 勇者「そっか……」 ****154 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:49:05.09 ID:I63MLpWkP 魔王「さて、そんな風に重要な教育だが、  重大な欠点というか、弱点がある。判るか?」 勇者「なんだろう? なぁ?」 メイド姉「判りませんね……」 魔王「それは、速度が遅いと云うことだ。  一人の人間が持つ知識を他の一人に伝えるのには  莫大な時間がかかる。  しかも、同時に多数の人間に伝えるのには限界がある。  もし仮に、一人の教師が自分と同等の生徒一人を  育てるのに一生の時間がかかるならば、  知識を持っている人間は増えないことになるではないか」 勇者「あー。まぁ、云われてみればそうだなぁ」 メイド姉「でも、知識は尊い物ですからそれも仕方ないの  ではないでしょうか? 当主様を学べば学ぶほど、  追いつける気がしませんし……」 魔王「それもまた、勝手に思い込んだ限界だ」 勇者「そう、なのか?」 ****159 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:53:49.16 ID:I63MLpWkP ――鉄の国、職人街、大型工房 がちゃり 職人長「やぁ。これは学士様! 長旅、お疲れになったでしょう!」 魔王「世話になっているな、職人長」 職人長「いやなんの! この年齢になって  まだこんなに面白い仕事をくださるなんて、  みなの意気も上がっておりますよ」 メイド姉「広い工房ですね!」 職人長「ああ、あまり歩き回ると危険ですよ、お嬢さん」   プシュー!! 職人長「熱い蒸気なども使っていますからね!」 メイド姉「はいっ」 職人長「さて、お疲れでしょう。お茶でも入れますので、  裏の屋敷の方にでも……」 魔王「いや、結構。何よりも、まずは試作品を見たい」 職人長「あははは。冬の国で話したときと  その性急さは変わりませんなぁ! さぁ、お連れ様も  こちらへどうぞ。専用の倉庫を設けたのですよ」 ****162 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:57:58.44 ID:I63MLpWkP 魔王「これか!」 勇者「でかいなぁ!」 メイド姉「これは、なんですか……?  脱穀機に似ているような、もっと大きなような……」 職人長「外側は仮組ですから、  どうしても大きくなってしまいました。  もっとも本体は小さい物です。巨大に見えるのは、  ある種の棚というか、倉庫ですね」 勇者「倉庫?」 職人長「いらっしゃい」   カツン、カツン、カツン メイド姉「引き出しと、棚がすごい数ですね」 職人長「これが入っているんですよ」 コロンッ 勇者「これは、印章?」 メイド姉「ハンコですか?」 職人長「ええ、『活字』と呼んでいます」 魔王「これが、私たちの新しい武器さ」 職人長「活版印刷機と名付けました」 ****169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:03:57.87 ID:I63MLpWkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、深夜の廊下 女騎士「……」じぃぃっ 魔王「……」じぃっ 女騎士「な、なんで、こ、こんなところにっ」 魔王「それはこちらの台詞だ」 女騎士「いや、その洗面所はどこかなぁと」 魔王「洗面所は廊下の反対だ」 女騎士「大体、魔王は何でこんな所に?」 魔王「そっ、それはだな」 女騎士「それは?」 魔王「ええい、なんだ!  女騎士のその白いふりふりの寝間着は!  これは、き、き、絹ではないかっ!!??」 女騎士「いいではないか、人が何を着ようとっ!」 魔王「良くはないぞっ。そんなもの」 女騎士「それを言うなら、魔王は何で枕を抱えているんだっ」 ****177 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:10:37.74 ID:I63MLpWkP 魔王「……それはその」じりじり 女騎士「そこ、ドアににじり寄るんじゃない」 魔王「べつにそんなことはしていない」 女騎士「勇者の部屋にこんな夜更けに行くつもりなのか?」 魔王「か、かまわないではないか。夜の茶会だ」 女騎士「それならこっちだって夜のお茶会決行だっ」 魔王「どこの世界に絹の寝間着で男の部屋に  尋ねるお茶会があるのだ! この馬鹿!」 女騎士「枕持参でお茶会と言い切る馬鹿よりは  まだましな馬鹿だ!」 魔王「うむ。あー、こほん。女騎士」 女騎士「なに?」 魔王「わたしは女騎士を人間界で  ほとんど唯一の友達だと思っている……」 女騎士「……うん、そうだね。魔王」 魔王「だから見逃してくれ」 女騎士「それはダメ」 ****186 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:15:46.92 ID:I63MLpWkP 魔王「後生だ。事情があるのだ」 女騎士「こっちだって事情があるの」 魔王「どんな?」 女騎士「これだっ」 ばっ! 魔王「なになに? 『我が君への永久の忠誠を誓って』?  これは女物のハンカチではないか……。  え? ええっ!?」 女騎士「そうだ、あんの火竜公女だ。  こっちがなんやかやの仕事で忙殺されていると思って、  こんな粉かけるとは喧嘩を売るにもほどがある」ゴゴゴ 魔王「確かに……」ゴゴゴ 女騎士「そういう訳なので、今宵の私は退くに退けん。  愛剣・神性惨殺も血に飢えている」 魔王「どんな事情だ! こちらだって、残り数日のっ」 女騎士「?」 魔王「いや、なんでもない。とにかく、こちらも退けないっ」 メイド長「それでは私めが」 魔王・女騎士「え?」 ****193 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:24:27.59 ID:I63MLpWkP 魔王・女騎士「えぇっ!?」 メイド長「夜伽でしょう?  そんなことでもめるなんてはしたないですわ。  不肖、私がお務めさせて頂きます。  それで角が立たないでしょう?」 魔王「なんて事を云うんだメイド長!?」 女騎士「まったくだ、なんて横暴なんだ! 恥を知れっ!」 メイド長「だいたい未経験者の相手なのですから  そんなにぴりぴりした気持ちで居てどうします?  成功もおぼつきませんよ。  こんな時こそ包容力と寛容の精神が必要なのです。  閨房で殿方を甘えさせられなければ一人前とはいえますまい」 魔王「それは、そうかもしれんが……」 女騎士「たしかに婦女としてはずべきであった」 メイド長「ではちゃっちゃと済ませてきますので、  そこで待っててくださいますね」 魔王「それとこれとを一緒にするなぁ!」 女騎士「それは騎士として諾とは云えないぞ!!」 メイド長「では、廊下でなんか騒がないで  お二人で。いえ、三人で仲良くしてください」 にこりっ       がちゃ! ポポイッ! ****199 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:29:42.50 ID:I63MLpWkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、勇者の部屋 ごろごろごろ、ズテン! 魔王・女騎士「ふぎゃっ!!」 勇者「……なにやってるんだ? お前ら」 女騎士「いや、その。こ、これはな! 事情があるんだ」 魔王「うむ、話せば長い事ながら深くやむにやまれぬ事情が  あるのだ知っての通り世界情勢は混迷を極め我らが立場も  また深い迷夢の中と言って良いというこの時期にだな」 女騎士「他人の錯乱を目にするとちょっと落ち着くな」 魔王「つまり、今後の展望と展開を踏まえた思索の果てに  光明を見いだすべき勇者と我らが腹を割って話すことこ  そが今もっとも求められていることなのではないか?  たしかにぷにぷにと云われるリスクはあるのだが、  我らはそろそろ次のステップを踏むべきなのではないかと」 勇者「落ち着け」 スコン! 魔王「ぐっ!」 ****203 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:34:04.82 ID:I63MLpWkP 勇者「で、要約するとどういう事なんだ」 魔王「……」ちらっ 女騎士「……」ちらっ 勇者「アイコンタクトとってんじゃねぇよ」 魔王「ではタイムだ」 勇者「は?」 魔王「あちらで作戦会議をするから、聞くなよ?」 勇者「はぁぁー?」   こそこそっ 女騎士「作戦ってどんな作戦があるんだ」 魔王「これでも私は話し合いの魔王なのだ。  交渉は我が領域。話し合いで決着をつけよう」 女騎士「どんな?」 魔王「上は私で下が女騎士でどうだろう」 女騎士「どこの変態なのだっ。魔王はっ!?」     勇者「ひまだなぁ」 ****209 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:38:10.54 ID:I63MLpWkP 魔王「変態とは何だ? ベッドの上下だ」 女騎士「そ、そうか。済まない、誤解した」 魔王「それでいいか?」 女騎士「ちょっとまって、勇者は?」 魔王「ベッドの上に決まってる」 女騎士「私だけ下じゃないか、どこのいじめだ!」 魔王「だめか、ではタイムシェアリングはどうだ?」 女騎士「たいむしえあ? なにそれ?」 魔王「時間によって案件を共有するのだ」 女騎士「マシそうな提案ね」 魔王「生産性向上のための基礎知識だ」 女騎士「で、具体的には?」 魔王「勇者のベッドを陽のある間は女騎士が、  陽が落ちてからは私が使う」 女騎士「魔王だけ勇者つきではないかっ!?」    勇者「なんか小腹へってきたし」 ****216 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:46:44.50 ID:I63MLpWkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、勇者の部屋 勇者「なんだこの状況は。何が起きてるんだ!?」 魔王「交渉とは妥協の婉曲な表現でもある。  その現実の哀しい写し絵だ」 女騎士「私だって不本意だ。しかし、しかたない。  “パンが一つ無いときは半分で感謝しなければならない”  そうお祖母ちゃんも云っていた」 勇者「すげぇ粗末な扱いだよなぁ、俺」 魔王「何を言うんだ! 両手に女を抱えて!!  まさか、勇者。……ふ、ふ、不満なのか」 女騎士「火竜のなんとかの方が良いって  云うんじゃないでしょうね!?」 勇者「いや、そうじゃなくてっ」 魔王「ぷ、ぷにぷにだからダメなのか!? 駄肉だからか!?  勇者は私の所有契約なのだぞ」むぎゅっむぎゅっ 女騎士「胸がないとだめなのかっ!?  そんな腐った肉がいいのか?  乙女の最上級は清らかさだぞっ。  神に捧げられた純潔の方がいいに決まってるっ」すりすり 勇者「ううう、なんでだよう。なんでこうなんだよ」 ****230 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:52:09.48 ID:I63MLpWkP 魔王「むぅ。このままではメイド長のいうとおりだ」 女騎士「……腹立たしいけど、そうだな」 魔王「一次休戦だ」 女騎士「心得た」 勇者「いつも俺の頭越しに会談がまとまるよ」 魔王「頭越しではないぞ? こうやって耳元で横になっている」 女騎士「うむ、肩に頭をもたせかけているだけだ」 勇者「……」びくびく 魔王「勇者は緊張しているのか?」 女騎士「自分の寝床なんだからそんなことはないだろう」 勇者(緊張してるよっ! しないわけないだろがっ!?) 魔王「まあ落ち着け」 女騎士「うん、戦場では冷静が生死を分けるぞ」 勇者(絶体絶命だ!) 魔王「暖かいなぁ! もふもふだ!」 女騎士「うむ、意外なほどに寝心地が良いな」 ****241 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22:02:03.90 ID:I63MLpWkP 勇者「……すー……すー」 魔王「寝たのか? 勇者」 女騎士「かもしれないな。疲れているのだろうし」 勇者(寝れるかっ。この状況下で寝れる童貞が居たら  俺が全部雷撃魔法で電気椅子にしてやるわっ!!) 魔王「勇者の髪は、もふもふだ」 女騎士「うん、大きな犬みたいだね」 魔王「この髪を触るのが好きなのだ。  勇者の髪を整えているのはわたしなのだぞ?」 女騎士「わたしの方が付き合いは長いから。そんなの知ってる」 勇者「……すー……すー」 勇者(だ、だめだ。寝たふりをするしかない。  精神を鎮めるんだ!! 高まれ俺の魂!) 魔王「……」 女騎士「……」なで、なで 魔王「なぁ、女騎士」 女騎士「なに?」 ****249 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22:08:26.33 ID:I63MLpWkP 魔王「わたしは、来週にでも魔界へ帰る」 女騎士「へ?」 勇者(え?) 魔王「いや、なに。魔王の免許更新のようなものでな」 女騎士「免許? 免状みたいなもの?」 魔王「そうだ」 女騎士「そっか……。すぐ帰ってくるの?」 魔王「いや、どうかな。早くて数ヶ月はかかると思う」 女騎士「何かあるの? 魔王……躊躇ってるよね?」 魔王「いや迷いはない。仕方ないことだ。  魔王というのは、何というか……。  魔王以外には上手く説明できないこともあってな。  代々の魔王の墓があるんだが、そこへ詣らないといけない」 女騎士「……」 魔王「それに、魔界にはたくさんの氏族があるが、  それらの多くは人間界侵攻に賛成なのだ。  今戦争が小康状態なのは、魔王であるわたしが  勇者と相打ちになり怪我の療養をしているという話に  なっている事が大きい。  そろそろ姿を見せて、魔族の心をまとめなければ、  かえって暴走した一部の氏族が勝手に戦争を再開する  かもしれない」 ****251 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22:21:00.90 ID:I63MLpWkP 女騎士「でも、それなら……」 勇者(……) 魔王「ん?」 女騎士「魔王は、魔界で戦争賛成派のまっただ中に  取り残されることになるんじゃないのか?  それはすごく危険なように聞こえる」 勇者(……) 魔王「わたしの専門は経済、すなわち交渉だ。  そこまで酷いことにはならないさ。だいたい金も  食料も無しで戦争を続けられる生き物なんて居ないよ」 女騎士「しかし誰か連れてった方が良いだろう?  その……。勇者とか。なんならわたしが行こうかっ」 魔王「いや……」なで…… 女騎士「……」 魔王「いいんだ。魔王の墓は、冥府殿というのだが、  そこにはどうせわたし以外は誰も入れないのだ。  ついてきて貰うには及ばない。一人で行く」 ****253 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22:23:31.94 ID:I63MLpWkP 女騎士「そう……なのか……」 魔王「うん、だから、ちょっとだけ勇者の体温が欲しくてな」 勇者(……) 魔王「駄々をこねてしまった。許されよ」 女騎士「いや……」 魔王「もちろんメイド長はつれてゆく。身を守る程度なら  二人でどうとでもなる」 女騎士「そうか」 ほっ 魔王「こちらの世界のことは、書類を残してゆくし、  馬鈴薯や農業については女騎士も知っての通りだ」 女騎士「うん、修道会に任せて欲しい」 魔王「『同盟』に頼んだニシンも届こう。  そろそろ風車の代金や新型羅針盤の契約料も入ってくるはずだ。  これらの利益管理も『同盟』に依頼してある。  必要なときは相談してくれ」 女騎士「承知した」 魔王「細かいことはみな、メイド姉に教えてある。  そして……。  勇者のことを頼む」 女騎士「わかった。――その命、この剣に賭けて守ろう」 ****366 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:37:01.74 ID:CkBATQ0gP ――冬越し村、魔王の屋敷、執務室 魔王「さて」 メイド姉「はい」 メイド妹「はーい」 魔王「大体飲み込めたか?」 メイド姉「判りました」 メイド妹「よくわかんない」 メイド長「妹は、お姉さんの云うことをちゃんと聞いて  毎日のやることをこなしていくんですよ?」 メイド妹「はーい!」 メイド長「語尾を不必要に伸ばさない」 メイド妹「は、はいっ」 魔王「なに、気負うことはない」 勇者「やはり長引きそうか?」 魔王「メイド長の手の者に調べて貰っているが、  氏族の長の中には頑固者も居るからな。  人間世界が宝の山に見えている者も居るだろうし。  何を考えているやら……。  そんなものは、隣の芝生に過ぎないのだが」 ****370 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:42:05.60 ID:CkBATQ0gP 勇者「やっぱり俺も行くべきじゃないか?」 魔王「一人で行く」 勇者「……」 魔王「そのような顔をするな。  どちらにせよこれは魔王の仕事なんだ。  魔王でなければ出来ないこともする。  約束する、無理はしない」 メイド長「わたしがまおー様のことは守りますわ」 魔王「うん、メイド長が居るからな」 勇者「……」 魔王「それに、この世界のことだって心配だ。  南部諸王国は安定してきたし、農業改革も順調だとは云えるが  聞いた話だと、白夜王国は政情不安定になってきていると  云うじゃないか」 勇者「らしいな」 魔王「わたしがこの世で一番信頼しているのは、勇者だ。  何せわたしの持ち主だからな」 ****372 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:47:53.84 ID:CkBATQ0gP 魔王「だから、この場所に勇者を残していくのは、  心強いことなんだ。  前回は勇者が魔界に行って、わたしは残った。  農業改革や技術指導は、わたしにしか出来なかったからだ。  だが、今回は違う。  開門都市の件で勇者がもうただの戦士じゃないことは判っている。  もう一人のわたしだ。  だから、ここを任せる」 勇者「……判った」 魔王「それから、メイド姉」 メイド姉「はい」 魔王「これを預けよう」 メイド姉「指輪、ですか?」 魔王「ああ、知り合いの地妖精に作らせたんだ。  大したことはないが、姿変えの幻術が仕込んである。  幻術だから声や仕草はどうにもならないが、  わたしの姿になれるぞ」 メイド姉「どういうことでしょう?」 魔王「商人からの代金の受け取りや、尋ねてきた客人 と  会わなければならないときもあろう?  大抵は勇者がうまくやってくれるだろうが、  どうしても必要なときは、この指輪でわたしの替え玉を  やってくれ」 ****373 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:53:26.57 ID:CkBATQ0gP メイド姉「判りました」 メイド妹「当主のおねーちゃん!」 魔王「ん、なんだ?」 メイド妹「おみやげ。ね♪」にぱ メイド長「これ!」 魔王「あははは。うん、何か見繕ってこよう」 勇者「……」 メイド姉「無事のお帰りを祈っております」 メイド妹「お祈りしてるー!」 魔王「うむ。早ければ三ヶ月、長くても半年といったところか」 メイド長「おなかを出して寝ちゃいけませんよ?」 メイド姉「いってらっしゃいませ」 メイド妹「いってらっしゃーい♪」 しゅいんっ! ****376 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:57:38.85 ID:CkBATQ0gP ――開門都市、街外れ ひゅわんっ! 魔王「やはり勇者の転移魔法は便利だな」 勇者「運び屋は任せてくれよ」 メイド長「まおー様のよりずっと転移酔いが少ないですね」 魔王「うん、久しぶりの魔界だ!」 メイド長「そうですね、緑色の太陽。懐かしいですわ」 魔王「ここは――うん。大体判った、都市の南の外れだな」 勇者「そうだ、丘を下れば開門都市の南門に出る」 魔王「よし、ではここでお別れだ」 勇者「いや、街までは送るよ」 魔王「いいや、ダメだ。勇者は街に近づくな」 勇者「へ?」 魔王「と、とにかく禁止だ。  ……そんな、そのぅ。火竜の小娘に会いに行かなくても……」 勇者「?」 魔王「ええい。勇者!」 勇者「おう?」 魔王「もふもふさせろ!」 わしゃわしゃ! ****378 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:03:27.05 ID:CkBATQ0gP 勇者「なっ、なんだよいきなり!」 メイド長「あらあら、まぁまぁ」 魔王「なぁに。ちょっとした燃料補給だ」 勇者「――大丈夫なのか?」 魔王「勇者は心配性だな。男が廃るぞ」 勇者「とは云ってもなぁ」 魔王「大丈夫だ。今エネルギーを貰ったからな。  先代たちが束になってかかってきたところで  負ける気はしない」 勇者「……」 魔王「それに、やっとここまで来た。  わたしにも開門都市の明るい空気が感じられるぞ。  人間と魔族が一緒に暮らしている街があるじゃないか。  もう、丘の頂上は見え始めているんだ」 勇者「ああ、そうだな」 魔王「だから行ってくるぞ――わたしの勇者」 勇者「おう、いってきやがれ。――俺の魔王」 魔王・勇者「「また会おう、すぐにでも」」 ****383 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:07:45.08 ID:CkBATQ0gP ――冬越し村、実りの秋 小さな村人「ほーうぃ! ほーうぃ!」 中年の村人「おんや、こんにちはぁ」 羊毛職人「こんにちはぁ!」 小さな村人「きょうは一杯だぁね、どうするんだい?」 羊毛職人「ああ、もう秋だからねぇ。チーズの仕込みをしないと」 小さな村人「ああ、そうかぁ。今年はどんな案配だい?」 中年の村人「アーモンド入りのは作るだか?」 羊毛職人「良いよぉ、ミルクの出も良いし。  もちろんアーモンド入りのも作るだぁよ。  クローバーの葉をたっぷり食べてるせいかなぁ。  今年のミルクは、すごく甘いだよ」 小さな村人「そりゃぁ、良いことを聞いただよ」 中年の村人「小麦か馬鈴薯ととりかえてくれるだか?」 羊毛職人「もちろんだよ。銀貨でもかまわないよ?」 小さな村人「そういや、銀貨も使うようになっだぁね」 中年の村人「そうだなや。うちは埋めて貯めてるだよ」 羊毛職人「あんれまぁ。そうだね、用心せんとね」 ****386 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:11:55.63 ID:CkBATQ0gP 小さな村人「こっちは馬鈴薯の畑に、灰と魚カスを撒くだよ」 中年の村人「撒くのかい?」 羊毛職人「魚カスってなんだべ?」 小さな村人「教会で教えて貰った、肥料だなや。  大地の恵みが弱らないように撒くと良いらしいだよ」 中年の村人「でも、お金がかかるんがなぁ」 羊毛職人「そうなのかぁ」 小さな村人「まぁ、でも、たいした金額じゃねぇさ。  修道士様が教えてくれた馬鈴薯で作った金だ。  その修道院にお返ししたって罰は当たらないべ」 中年の村人「そりゃ、そうかもしれんなぁ」 小さな村人「それに、撒かないと馬鈴薯は病気に  なりやすいっていうべさ。うちんとこは小麦の畑は  減らしたから、馬鈴薯病気になったら困っちまう」 中年の村人「そうか、そうか。おらんとこも撒くかなぁ」 羊毛職人「おらは、自分の腹にニシン詰めてぇな」 小さな村人「あははは! 酒場でバター焼きを詰めるべ」 中年の村人「ああ、そりゃいいだなや!」 羊毛職人「チーズが一杯売れたら考えるだぁよ」 小さな村人「そうすべなぁ!」 ****387 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:17:57.20 ID:CkBATQ0gP ――聖王都、貴族院   がやがやがや 軍閥貴族「――開門都市を放棄して――」 富裕貴族「おめおめと――退却――とは」 司教「精霊の――にも――処罰――」 軍閥貴族「さすがは――弱腰の貴族――」 富裕貴族「――妾腹――な」 司教「王国臣民――100万の――」 軍閥貴族「この罰――」 富裕貴族「極刑――磔刑――」 司教「塩――すりこみ――焼きごて――」   がやがやがや 軍閥貴族「判決を――」 富裕貴族「いや、いまこそ――軍事法廷――」 司教「しかるべき――宗教裁判――」 軍閥貴族「敵前逃亡――任務放棄――」 富裕貴族「王国に対する裏切り――利敵行為――」 司教「神聖冒涜――」 #right(){{&link_up(ページトップへ)}} ---- #center(){[[<前2-5へ>2-5]]|[[次3-2へ>>3-2]]} ----

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