SS集積所


詠唱

猫野・詠唱攻撃

「……いや、まいった」
 猫野は腕組みしてため息をついた。分厚く黒い外套を羽織り、歯の根をかちかち言わせながら猫野は一人細かく体を震わせた。
「うぅー。本職はI=D職人なのにぃ、何故僕は幻影使い~」
 一人呟く。誰も反応を帰してくれないのが寂しかった。
 がちがちと体を震わせながら首をならす。
「唐突ですが奇襲である」
 攻撃の指示が下りたのは一分前。それから猫野は一人攻撃のタイミングを待っていた。いやもう早く敵でもいいから来てくれーの気分である。奇襲するためこっそりしていなきゃいけないのだが、そろそろ我慢と尿意の限界であった。
 と、そこにようやく念願の敵が現れた。
「やった来たぁ、愛してるーっ!」
 最早何を叫んでいるのか自分でもわかっていない状態で詠唱を開始。片目を瞑り、意識の半分を自分の内に沈めていく。半分だけで外界を知覚。早口で唱える詠唱は舌を噛みそうで心配だった。
「頼りにしてますからねー。ミスしないでくださいよー」
 周りからヤジだか応援だかが届く。まったく好き勝っていってくれるよな、と思いつつも、その反面笑みがこぼれてくる。期待されるのは悪くない気分だった。詠唱しなければならないのが残念だ。もしも自由に口が聞いたのなら、「任せろ」、と言ってやれたのに。
 まあいい。彼らの声には行動で応えよう。心の内で呟きながら、猫野は詠唱を完成させた。
「ふっ……とべぇー!」
 気合いの入ったかけ声と共に放たれる攻撃。緊張の糸を引き裂きながら、猫野の放った攻撃は衝動にかまかけた破壊の牙を穿っていった。

偵察

さじ子・サイレン:偵察

「寒いよー」
「やかましい」
 心温まる会話を行うのは偵察隊のさじ子とサイレンの二人組である。なお、前者がさじ子で後者がサイレンの物だった。
 こんな会話を見ると、二人は仲が悪いのかと思えるかも知れないが、実際そんなことはない。会話だけでなく、少し不安そうに寄り添って歩くその姿も見たならば、むしろ逆に思う者の方が多いだろう。
 二人は息と足音をひそめて歩いた。結構寒いので、呼吸にすら気をつけないと白い息が目立ってしまう。これって偵察よりも待ち伏せとかで有効な方法だよなーと考えながらさじ子はちらちらと周囲を見た。マスク(?)をずらし、ぴんとはられた猫のひげがぴくぴくと震えている。どんな微細な反応も逃さないとばかりに、二人は集中した。
 まあ、遠くから見ると、猫が二匹じっと立ちつくしてぴくぴくしているようにしか見えないのだが。いやまあそれはそれで和む、という意見もあるが、実際偵察行為を行っている二人にしてみれば細心の注意を払っているわけで、和んでいる余裕なんかは当然持ち合わせていなかった。
「ねえ、さじ子さん」サイレンがぽつりと呟く。
「うるさいだまって探れ」にべもないさじ子。
「カレーの匂いがする。これって敵と関係あると思う?」
「……あ、ごめん。それ私がさっき食べたやつ」
 心の底から無関係であった。サイレンはがくりと肩を落とす。
「珍しく匂いでも見つけられたと思ったんだけどなぁ」
「だから素直にひげに頼れ、ひげに。何のために伸ばしてると思ってるんだ」
「うう……面目ない」
 がっくりとうなだれながら、サイレンは再びひげをぴくぴくさせた。名前に相応しいサイレンとなってくれればいいのに、とさじ子は思った。口にしようかとも思ったが、あまりセンスがない発言だと思って、やめた。黙ってひげをぴくぴくさせる。
 二人の偵察は、今しばらくの時間を必要とする。

侵入

さじ子・サイレン:侵入行為

「こんどは侵入だにゃー」
「だから静かにって言ってるでしょうがッ!」
 てっきり「おー」と答えてくれると思っていたサイレンは、次の瞬間頭頂部に落ちてきたげんこつをくらい、星を、見た。
「て、敵だ……敵を感じる」
「危険性を感じているのだとしたら間違ってないけど、現状甚だしく間違ってるね」さじ子は冷ややかにサイレンを見つめた。
 そんなやりとりをしつつ、二人はこっそりと移動する。抜き足差し足忍び足。あと何足があればいいんだろうと思いながらぺたぺたと歩いていく。今回は侵入行為が目的だった。誰にも気づかれずにばれずにこっそり入れればそれが一番。いざとなったらサイレン囮にすればいいし、と外道な事を考えるさじ子。
 だがどれだけふざけているように見えても、さすがは猫忍と言うべきか、侵入行為にかけてはなかなか優れていた。足を踏み出してもまったく音を出さないし、どんな場所でもするすると移動していく様はどう見ても野良猫、もとい立派な猫忍である。
 ぺたぺた。ぺたぺた。
 二人して黙って歩いていく。呼吸を調整して、気配を消す。ピンとたてたひげはどんな些細な反応も見逃さず、確実に奥へと進む灯火になる。たとえ真っ暗闇の中であっても、このひげある限り二人に行けない場所はない。
「ねえ、さじ子さん」サイレンが呟く。「なんかこう、悪戯してるみたいでどきどきしません?」
 もう一度殴るべきかどうか、二秒ほど考えて、やめた。殴る前に最後通牒をするべきだろう。うん。
「これは悪戯じゃすまされないよ」
「ええっ? 僕藩王に『遊んでこい』って言われたんですが」
 あの野郎。ぎりぎりぎりと歯を食いしばりながらさじ子はぷるぷる体を震わせる。
「……あー、えっと、先に進みましょう。はい」
 身の危険を感じてすたすた進み始めるサイレン。さじ子はさらに一秒ほど悩んだ後、とりあえず帰ったら藩王叱ってやろうと心に決めて、サイレンの後ろに続いた。侵入を再開する二人。少なくとも、緊張だけは感じていないようだった。