食料増産における藩王の死闘

~または、彼はいかにして弱点を克服し、巨大魚と対決することになったか~




ここは山と森の国、玄霧藩国。
そんな国にも川はある。むしろ河というべき大きさの河が。幅は広く底は深く、しかし水は澄んでおり魚影も確認できる。
まぁ、いくら澄んでいても一番深い場所は底が良く見えない訳だが。ちなみに子供たちが間違って覚えれないように色々工夫を凝らしている。そのへん説明するとSS一本近く使うので次の機会にしたい。
さて、そんな河べりに釣り糸をたらす男が一人。この国の藩王である玄霧である。
「・・・やっぱり題名に『異常な』って入れるべきかねぇ」
とまぁ、謎なことをのたまいながら生あくびを噛み潰す藩王。この人物、都合が悪くなるともっぱら旧友の家に逃げたり釣りをしたりすることで有名である。
その彼が釣りをしていると言う事は、何か都合が悪くなったのであろう。
「ふぅ・・・急に食料増産っつってもなぁ・・・」
溜息をつく彼を笑うようかのように魚が跳ねた。



さて、時は少し戻る。
以前の戦闘動員から数日。『やれやれ大変だったなぁ』と吏族が口をそろえて言う中に、慌てて駆け込んで来る影が一つ。
「た、た、大変だぁっ!」
と言いながら、文字通り転がり込んでくる若き吏族。彼の手には書簡が握られていた。倒れた彼を解放している吏族をヨソに藩王は書簡を取り上げ、中を見た。
「えー、なになに?『戦闘動員に付く食糧不足が予測されるため、各藩国は規定の量以上を増産されたし』か。んーと、ウチの割り当ては・・・19万tか」
無言で所定の位置に座る吏族達。『会議始めろ』の合図である。藩王は溜息つきながら上座に歩いて行き
「はい、じゃー藩国会議はじめまーす。技師と文師呼んでー」
と、非常にやる気の無い声で宣言した。
その後はテキパキと進み、恙無く会議は終了した。
一言で言えば「食糧生産地の規模を広げよう」で決着が付いた。
だが、しかし。
どう計算しても足りない。強いて言えば4万tほど。
足りない分は山から頂戴しよう。ということになったが、ほぼ全員が足りないだろうなぁと思っていた。


時は戻る。
つまりの所、彼は妙案を求めて釣りに来ていたのだった。無論、釣りで食料を増やそうとは考えておらず『肴が釣れればいいか』位の気分である。
だが、珍しく上流のほうまで脚を伸ばし、釣り糸をたらすがマッタク釣れない。自分の釣りの腕が落ちたかとか思ったが即座に考えないことにした。
「やれやれ。今日は坊主か。たまにはそんなこともあらぁなぁ」
そう呟きながら片付けようとすると、手に感触があった。
「おっと。最後にいっぴぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
急に重くなる竿、そして衝撃。
もしもこの状況を見ていたものがいたら『人が水面を跳ねる決定的瞬間を目撃した』と口をそろえて言うだろう。
「わちょっ!まっ!なっ!なにこれぇぇぇぇぇぇぇぇ」
見事なドップラー効果付きで川下に爆走というか水切り石のごとく飛び跳ねる藩王。
どうでも良いが水に擦れた影響でズボンが脱げそうである。
「誰かたぁーすぅーけぇーてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
非常に情けない声を上げながら飛び跳ね続けるこの国のTOP。国民が見たら目を疑うだろう。
いや、そもそも人が水面を跳ねる時点で目を疑うとは思うが。
そのとき。
『ザバァァァァァァァッ!!!』
魚が跳ねた。魚というには幾分大きすぎるがシルエットは確かに魚であった。と、同時に
『ブチィッ!!』
糸が切れた。糸と言っても皮紐をねじり合わせただけのものであり、今まで持ったのが奇跡と言えるだろう。
で、慣性というものを殺せずに吹っ飛んでいく藩王。
・ ・ ・ 1時間後。だいぶ下流のほうで水死体っぽい藩王が救出された。なお、まだ生きていたという。




ズドドドドド、と何かが疾走する音。そして・・・
「くぉーれぇーどぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
バァン、と政庁の扉を叩き壊さんかの勢いで開く藩王。救出されたままなのでずぶぬれである。
「・・・あー、えー。とにかく体を拭いてズボンをキッチリはいて下さい」
「それどころじゃねぇこれだ!」
「だからなんなんですか」
堂々巡りになりそうな予感を感じ取ったのか、目で合図する雅戌。即座に如月が首筋にチョップをかます。
其れを見事に回避失敗しながらも続ける藩王。
「だから!食料問題が解決しそうなんだよ!全員集合!!」
先ほどとは打って変わって物凄いやる気な藩王を止めるよりか会議に付き合ったほうが労力が低いと判断し、即座に集合する吏族達。
というか藩王の扱い酷すぎである。
そして数分後。
「というわけで、魚を釣って食料にするぞ!」
微妙に諦めたような空気の中、雅戌が手を上げる。
「はい、藩王。ウチの国には魚の養殖所がありますが其れとは別物ですね?」
「違う!天と地ほどの差の大きさだ!」
「で、何処までが本当ですか」
「100%本当だ!嘘偽りは無いっ!」
「私怨でそんなこと言ってるんじゃ無いですね?」
「否ッ!断じて否ッ!!」
「じゃ、検討しますかね。先ずは釣竿ですか」


藩王と摂政の三文芝居のような論戦の後。
遂に「対・巨大魚?」用の竿が出来た。
本体は粘度を高く保った鉄製。糸は皮紐を3本より合わせて強化したもの。針は硬度を高くした鉄製。
藩王も大満足で「うむ、完璧だ」と言った後、重くて持てんわっ!と床に叩きつけた。
「重くて使いもんにならんわーい!!」
「藩王。其れは固定して使うものです」
以下略。
さて、問題の最初に掛かった場所まで人員動員してえっちらおっちら竿を担いでやってくる藩王一向。
指示を出す前に自分で設置に掛かる藩王。基本的に釣り好きなのである。
程なくして設置完了。竿の持ち手から伸びた皮紐を周囲の木々に固定し、押し切られるのを防ぐ形らしい。
常に持っている必要も無い(掛かれば確実に気付く)ため、藩王と一部の側近以外はやや下流の場所で釣りをすることになった。


そして、2時間ほどした後。
「・・・かかりませんねぇ」
側近が折れた。
暇で耐えられないと言ったので下流のグループに混じって釣りするように言うと暇つぶしにいいやと逃げた。
さらに、1時間後。
「藩王。もう諦めませんか?」
摂政たちが折れた。
煩いので下流に行けと言うと渋々行った。その割にはちゃっかり釣竿を持っていた。
それからさらに1時間後。
いい加減に太陽も沈みそうなので藩王拾って帰るか。と側近達が思い立った頃に異変は起こった。
あまりに長い間待ったため船を漕いでいた藩王を尻目にしなる竿。木々の揺れる音。次第に大きくなっていく。
と、ここで藩王が気付いた。
「うぉっしゃー!掛かったー!」
嬉々として釣竿に近づく。何かを踏んづけた気もするが気のせいだろうと竿にかじりつき、魚の動きにあわせて竿を振る。
流石に質量差がありすぎるため、疲れさせてからゆっくりと引き上げる算段である。
「ぬぉっちょっ!クソ、竿を振るだけでやたら疲れる!側近達は下流に行ったしどうするかっ・・・!」
そうこうしている間にも竿は振れる。既に固定してた台座は吹っ飛んでいる。
『プチ・・・プチプチ・・・』
嫌な音が藩王に聞こえ、振り向いたときにはジ・エンド。
バツンバツンバツン、と木に固定していた皮紐が弾け跳び、藩王は再び水上の人となった。
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
二度目でも慣れないようで、彼は泣いていた。



一方その頃、側近達。
「ぅわー、またつれたー」
「おー、こっちも。ここは穴場だなぁ」
既にピクニック気分である。
「さて、そろそろ日も暮れるし藩王を拾って帰ろうかー」
「おーぅ」
と言った会話の中、とある吏族が川上に異変を発見した。
「あ、あのー。あそこ、なんか、水飛沫上がってません?ねぇ!?」
彼女の言葉に皆が振り向くと同時に疾走する物体が通り過ぎる。
「ぁぁぁぁすぅぅぅけぇぇぇてぇぇぇぇぇぇぇ」(ドップラー効果)
ブオシャアァ! と濡れ鼠になる側近達。
あるものは眉間を押さえ、あるものは帰還の準備をし、あるものは目をパチパチさせながら川上と川下を見比べている。
「・・・藩王だったな」「ですね」「いきますか」「そだな」
有る意味抜群のタイミングで各自呟いたあと、やや投げやり気味に追跡が始まった。
「助けてって言うくらいなら放せば良いのに」
と、誰かが呟いたが返すものは居なかった。


そして藩王サイド。
「作者っ!同じネタはっ!禁止っ!って俺だぁぁぁぁ!!」
ザパッ、ザパッ、ザパッ、っと水面を跳ね回りながら意味不明な言葉を叫ぶ藩王。きっと錯乱しているのだろう。
「うぬぉぉぉ、埒があかん!何か!何か無いかっ!?」
必死にあたりを見回す。すると、高速で流れていく風景の端に何かが見えた。
「ちょいやっ!!」
足を伸ばして掴む。ややタイミングがずれたか足に痛みが走るが、気にせずに掴んだものを凝視する。太めの枝だった。
即座に捨てて次に視界に入ったものを必死で挟む。しかし今度は空振り。
「何か!何かぁぁぁぁぁ」
そのとき、彼はふとデジャヴを感じた。そう、確かこの辺で・・・
『ザッパァァァァァァァ!!!』
『ブチィィィッ!!』
「ギィィィヤァァァーーー!!」
彼は今日二度目のフライングを楽しんだ。
なお、今回は10分程度で側近達に回収されたらしい。




翌日。
どう見ても不機嫌な顔の藩王と其れをなだめる吏族が一人。
「結局国の総力を挙げて魚一匹連れんのか」
「自然と言うものは強大です、藩王」
「ところでこの国は巨大ヒトデだの巨大魚だの怪獣があつまっとるのか」
「類友かと」
そんな会話を尻目に今日も帳簿をつける吏族達。なんとか食料も集まりつつあるらしい。
「ところで藩王」
世間話を思い出したかのようになだめていた吏族が告げてくる。
「ウチの国、釣り糸に使えるのが皮紐しかないんでそもそも糸の強度が足りませんよ?」
藩王、固まる。たっぷり100秒の後再起動。
「てめぇー!気付いてるなら言えぇー!?」
「言ったところですむとは思えませんでしたので。ギブギブ」
首を掴んでガクガク揺らしながら訴える藩王と吏族。
そんなこんなで一日はすぎてゆく。もう直ぐ戦争があるのかも知れないという不安を吹き飛ばすかのように。
ともかく。玄霧藩国は今日も今日とて平和である。
そして、藩王の闘いも続く。


ここからは余談である。
藩王は即急に交易を開始し、強度の高い糸を手に入れようと画策しているようだ。
また、藩王以外の釣りに出たものは大量で食糧増産に少なからず貢献したと言う。
結局、坊主は藩王だけであった。