反日問題Q&A上級

上級編


朝鮮(韓国・北朝鮮)はどんな歴史を歩んできたの?

(答)
韓国・朝鮮両国の国定教科書に出てくる、朝鮮半島の最初の国家は紀元前2333年に檀君王倹が建国したとされる檀君朝鮮です。
しかし、この檀君が朝鮮の史書に現れるのは、ようやく13世紀の高麗王朝の時代(鎌倉時代)のことで、それ以前の神話は伝承しておらず、作為的で全く荒唐無稽な内容と言っていいでしょう。
考古学的に証明できる朝鮮半島の最初の国家は、紀元前195年建国の衛氏朝鮮ですが、この国家は支那の漢帝国に紀元前108年に滅ぼされ、それ以降は楽浪郡支配のように漢族の直接支配を受けるか、周辺の部族国家として漢族に朝貢する状態となりました。
その後、紀元4世紀に満州南部にいた高句麗(満州族であり、朝鮮族ではありません)が楽浪郡を滅ぼし、朝鮮半島南部では新羅・百済2国が成立、最南部には日本書紀や支那の史書に任那と記されている当時の倭国(大和王朝)に臣属する小国の連合体が成立しました(現在の韓国の歴史教科書では「任那」の語を避けて「伽耶諸国」と呼んでいます。そして何故か近年の日本の教科書もそれに倣っています。⇒「教科書の近隣諸国条項」で検索)
この高句麗・新羅・百済3国の抗争は、最弱だった新羅が進んで支那の唐帝国の臣下となり(この時新羅は、臣従のあかしとして自ら先祖伝来の姓を捨て支那風の姓に改名したと言われています・・・「創氏改名」)、その援軍を受けて百済・高句麗を滅ぼすことで7世紀半ばに終結し、それ以降は、信じられない事に日清戦争の終わる明治28年(1895)まで、朝鮮半島の支配者は、支那を支配する漢族・モンゴル族・満州族の皇帝の臣下、つまり歴代の支那の帝国の属国として年号や王号も自分では定められず、外交・内政も全て支那の帝国の指図に従う被支配国として歩んできました。
支配下といっても、お互い同意の上で、朝鮮も進んで支那に事大したのです。お互いが「中国は世界の中心だ」とする中華思想を信じ、歴代朝鮮王は歴代支那皇帝の元へ行き、三跪九叩頭の礼をして朝貢(貢ぎ物)を持っていったのです。すると、支那皇帝が「そなたが国を治めよ」と、統治者として認めてもらえるのです。「朝鮮」という国号も支那の明から「『朝鮮』か『和寧』かどっちか選べ」と言われて選んだ国号です。
ちなみに、朝貢の中には「女」もいました。要するに「慰安婦」です。
その後、大日本帝国と清国との間に日清戦争が起こり、日本が勝って清と下関条約を結び、この条約により朝鮮は清から独立して「大韓帝国」となりました。初めて日本の天皇や支那の皇帝と同等の「皇帝」号を名乗る「帝国」として自立したのです。
ところが、この大韓帝国は、国家経営を行う能力が不足し、欧米や日本に借款(借金)を重ねて遂に経済破綻に至り(11年前や本年の韓国経済危機を思い浮かべて下さい)、その当時日露戦争に勝利して世界の列強に躍り出た日本に対して、救済の為の合併運動、具体的には大韓帝国最大の政治団体「一進会(イルチンフエ)」が「韓日合邦建議書」という文書を韓国統監府(後の朝鮮総督府)へ送るなどの行動を重ね、それが後の韓国併合へつながったわけです。
その後、大日本帝国が大東亜戦争に敗戦すると、朝鮮人たちは自分たちを「戦勝国」と名乗り、戦後の混乱期に騒乱・衝突を起こしました。
そして、朝鮮戦争が起こり20万~40万人が戦火を逃れて日本へやってきました。やがて38度線で休戦協定が結ばれて、現在に至るわけです。

東京裁判って何?

(答)
極東国際軍事裁判。通称東京裁判。ポツダム宣言に基づくものです。
いわゆるA級戦犯28名が裁判にかけられました。よく勘違いされるのはA級・B級・C級というのは、「罪の重さ」ではなく、ただの「区分分け」だということです。
A級とは「平和に対する罪」「人道に対する罪」を犯したとされる者につけられた区分項目です。しかし、開戦当時にこのような罪は国際法に存在しませんでした。
近代司法制度において「過去の行為を今から法律を作って裁く」というのは「法の不遡及」あるいは「事後法」と言って、絶対にやってはならないことなのです。
裁判官は11ヵ国から11名が出席しました。すべてが戦勝国側から構成されています。裁判と言うのは公正な場ですから、日本側の裁判官も必要だったはずとしてとして議論されています。
この裁判官の中にインドからパールという判事が出席していて、このパール判事は被告人全員無罪を下しました。その理由は先ほどの「法の不遡及」による理由です。この事は日本の戦後教育において一切教育されてきませんでした。
7名が死刑判決をうけ、その死亡したA級戦犯14名が昭和53年(1978)に靖國神社に合祀されました。
東京裁判に対する日本政府の見解は「サンフランシスコ講和条約により、東京裁判を受諾しているから、異議を述べる立場にない。」としていますが、この講和条約11条の受諾のというのは「東京裁判」ではなく「諸判決」を受諾したものです。
サンフランシスコ講和条約第11条の英語版を見ると、「accepts the judgments」と書いてあります。司法用語で裁判は「trial」、判決は「judgment」と翻訳するのが普通です。そしてjudgmentに複数形「s」がついているので「諸判決」と訳すのですが、なぜか「裁判」と誤訳されています。そのへんの詳細は、小林よしのり 著『ゴーマニズム宣言SPECIAL いわゆるA級戦犯』(幻冬舎 刊)をお読みください。

GHQって何?GHQがしたことって何?

(答)
GHQがやった事で最も悪質なのはWGIP(ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム)です。
日本人に戦争への嫌悪感を植えつける洗脳プログラムをやったのです。
さらに、日本国憲法を作ったのもGHQ(マッカーサー草案)です。憲法を簡単に改正させないように改正手続きの規則を厳しく定めた憲法を「硬性憲法」と言います。憲法9条のような条文を押し付け、硬性憲法にすることによって、二度と軍隊を持てないようにしたのだと思われます。
詳しくはGHQの占領政策と影響をお読み下さい。

何で日本は大東亜戦争(太平洋戦争)を起こしたの?

(答)
列強間の植民地拡大戦争は第一次世界大戦(1914-18)の終結を持って終わっています。よく言われる「日本は欧米の植民地にならない為に戦争を起こした」は、日清戦争(1894-95)・日露戦争(1904-05)については当て嵌まりますが、大東亜戦争(1941-45)については該当しません。
大東亜戦争の原因については、世界革命、特に「東アジアの共産化」を狙っていたソ連(コミンテルン:国際共産党はその尖兵です)や「孫子呉子の兵法書や楚漢抗争・三国志以来の伝統である謀略」を以って支那全土の征服を狙っていた支那共産党の組織的な謀略工作が基底部分にあり、これらに侵食された①蒋介石の国民政府・②近衛首相時代の日本政府、③F.D.ルーズベルト政権時代の米国政府らの「合成の誤謬」によって引き起こされたと考えるのが最も真相に近いでしょう。(要は共産主義者の日米離間策・日支離間策に日米両政府・日支両政府が見事に引っ掛かってしまった、ということ・・・この日米離間工作は、現在も中共政府により形を変えて執拗に継続されています。)
日本の敗戦によって、結果的に東アジアの大部分が共産化されてしまったことが、以上の傍証となります。
大東亜戦争開戦までの詳しい流れ・戦争の意義については大東亜戦争への経緯をご覧ください。また大東亜戦争当時から現代に至るまでの日本を取り巻く東アジアでの謀略工作の実情については自虐史観の正体を是非ご参照下さい。

太平洋戦争と大東亜戦争という、二つの呼び方があるのはなぜ?

(答)
連合国側はあの戦争の正式名称を「第二次世界大戦太平洋戦線」とし、「太平洋戦争」という呼称も併用していました。
大日本帝国では「大東亜戦争」が正式名称でした。
GHQの占領統治開始後に、GHQが下した「神道指令」により日本側正式名称である「大東亜戦争」は報道や公文書・出版物・学校教育での使用が完全禁止となり、米国側名称の「太平洋戦争」の使用が強制されました。サンフランシスコ講和条約発効(日本の主権回復)後は、再び真正保守は「大東亜戦争」の名称を使用し始めましたが、左翼勢力に毒されたマスコミ・教育界は今に至るまで「太平洋戦争」の語を使用し続けています。
詳しい事情は、こちらもGHQの占領政策と影響大東亜戦争への経緯をご覧下さい。

政治思想や経済思想などの区分けで、○○主義とか○○イズムとか○○派という言葉がたくさん出てきて分かりません。

(答)

政治思想の基本的な二分法

保守主義(Conservativism) 人間の理性の可能性は有限であるから、それをむやみに過信せずに、祖先が幾世代にも渡って培ってきた伝統を重んじるべしという思想。
進歩主義(Progressivism) 人間の理性の可能性は無限であるから、みんながそれを正しく活用すれば、人間社会が桃源郷になるという思想。 革新 ともいう。
※もともとは、日本では、政治思想を「保守」と「革新」に二分していました。しかし1989年に中国で天安門事件がおき、ソ連・東欧諸国で共産主義体制が次々と崩壊していく中で、「革新」という言葉にマイナス・イメージが定着したため、それまで「革新」(reformist)と自称していた政党・政治家やその支持者は、自らを「進歩派」(progressive)あるいは「リベラル(自由主義者)」(liberal)と呼び始めました。

経済思想の基本的な分類

資本主義(Captalism) 生産手段の個人所有を前提とする経済制度を良しとする思想。富の分配は個人の努力に応じる
社会主義(Socialism) 生産手段の社会的共有を基本とする経済制度を良しとする思想。富の分配は個人の努力にある程度応じるが、資本主義よりも平均化される
共産主義(Communism) 社会主義を突き詰めて私有財産を廃止し、全ての生産手段を共有とする経済制度を良しとする思想。富の分配は均一となる
修正社会主義(Revised Socialism) 革命を伴う急進過激な共産主義の実現ではなく、漸進的な社会改革を通した社会主義の実現を目指す立場。政治的には社会民主主義という

善い行動をするためにはどうすればよいのか

保守主義(Conservatism) 伝統的価値観を重んじるべし
共同体主義(Communitarianism) 価値観は属している集団によって形成される
原理主義(Fundamentalism) 聖典に書いてある価値観に忠実に従うべし
自由主義(Liberalism) 人に迷惑をかけない限り何をしても善きものとすべし
功利主義(Utilitarianism) 最大多数の最大幸福をもって善とすべし

誰が権力を持つべきか

民主制(Democrasy) 民衆が権力をもつべし
貴族制(Aristocracy) 貴族が権力をもつべし
神権制(Theocracy) 神(もしくは神に選ばれし者)が権力を持つべし

平等のあり方

機会の平等 どんな貧乏人でも努力すれば金持ちに登りつめることができるよう、国家がその機会を保障すべきという思想
結果の平等 誰もが最終的には平等になるように、金持ちから税金を取って貧乏人にまわすべきという思想

誰の利益を優先すべきか

個人主義(Individualism) 全体よりも個人の利益を優先すべし
全体主義(Totalitarianism) 個人よりも全体の利益を優先すべし

参考サイト


日本に民主主義をもたらしたのはアメリカですか?

(答)
これは違います。
明治元年3月14日に明治天皇が示された政府の基本方針『御誓文』(通称 五箇条の御誓文)が、日本の民主主義の原点です。
この『御誓文』の最初の条項は「広く会議を興し、万機公論に決すべし。」です。
まさに民主制(Democracy)を簡潔に表現した文ではないでしょうか。
この条項を根拠に自由民権運動の運動家たちが政府に対して議会を創設するように求めました。自由民権運動は同時に、言論の自由、集会の自由も求めました。
そして、大正デモクラシー。吉野作造が民本主義を提唱し普通選挙制度が、美濃部達吉は天皇機関説を提唱し政党政治制が、それぞれ支持されました。
東洋史研究家のエドウィン=オールドファザー=ライシャワーは、この大正デモクラシーについて、「戦後民主主義を形成する遺産として、大きな意味を持った。」と指摘しています。

保守思想について教えてください。また、保守派と進歩派の思想の違いを教えてください。

(答)
保守と進歩の大きな違いは理性に対する見解です。それは以下の通りです。
保守 人間の理性には限界がある。
進歩 人間の理性に限界はない。
理性とは簡単に言えば、「理詰めで物事を考える力」のことです。
この理性は、科学の研究をするとき、善悪を判断するとき、政治をするときなどに絶対確実に正しく働くのだろうか。
そうではないと考えるのが保守である。たとえば、「善悪を判断するとき」ならばどうだろう。
「人を殺すことは悪いことだ」という主張がある。でも、本当に「人を殺すこと」は「悪」なのだろうか。
「なぜ人を殺すことは悪いことなのですか」と自問自答すると、「痛いから」もしくは「人に迷惑をかけてはならないから」
という答えが導けるだろう。じゃあ、「なぜ痛いとだめなのですか」「なぜ人に迷惑をかけてはならないのですか」
と問い返したら、もう理詰めでは答えられない。「そんなの当たり前じゃないか!」という感情的な答えが返ってくるだろう。
つまり、「善悪」に絶対的な基準など無い、もしくは、あったとしても理性でそれを認識することはできないのだ。

では、何を基準に善悪を判断すればよいのだろう。その基準は「伝統」だと考えるのが保守だ。
伝統とは我々の祖先が何世代にも何世代にも渡って培ってきた知恵の結晶である。だから、現世代がゼロから考えて判断した善悪の基準よりも、伝統のほうが善悪を振り分ける精度は高いといえる。もちろん、「絶対確実」とはいえない。なぜなら、祖先も人間であり、その理性にもまた限界があるからだ。しかし、「一世代の理性」と「何百もの世代の理性の積み重ね」とでは、後者のほうが精度が高いはず。だからこそ、保守派は伝統を重んじるのである。

一方、進歩派は理性を絶対確実と考える。だから、「偉い人(=理性を正しく使える人)が一人で統治すればよい」といって、全体主義になったりする。さらに、「みんなが理性を働かせて一生懸命働こう」といいながら、金持ちから税金を取って貧乏人にまわそうとするが、貧乏人には働かずに金がまわってくるから、労働意欲が無くなるに決まっているし、金持ちだって無条件に税金をとられるから、金儲けするのが馬鹿らしくなり、これまた労働意欲が無くなり、経済は衰退するに決まっている。

ちなみに、ナチスは「ドイツ人は世界で最も賢い」とプロパガンダしていたが、これも「ドイツ人の理性に限界は無い。」と言ってるのと同じ。ナチスの勢力拡大当時、ドイツでは「ナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)とコチス(ドイツ共産党)は双子の兄弟」と言われた。極右は頭に抱くものが「民族」になるだけで、目指す政治体制・経済体制は実は極左と同じだ。つまりナチス(極右)は変形した進歩派(極左)なのである。普通の進歩派との違いは、普通の進歩派は「全ての人間の理性に限界は無い」と考え、ナチスの類は「特定の民族の理性に限界は無い」と考える点が違う。でも、「理性に限界なし」と考える点は共通している。

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