姜日出(カン・イルチュル)

【2007年9月3日】毎日新聞:
姜さんは1943(昭和18)年、まだ16歳だった時に「工場で働かないか」と
だまされて中国の牡丹江などの「慰安所」へ連行された。
「無理やり連行されたのに、金のためにやっていると言われて傷ついた」などと涙ぐみながら話した。
また、「腸チフスにかかった者は山に連れて行かれ、穴の中で生きたまま焼かれた
などと声を詰まらせながらも強い口調で証言した。

【ナヌムの家歴史館ハンドブック】:
慰安所に来た翌年の春に腸チフスにかかり、高熱が続き、食事も摂れなくなってしまった。
1945年初夏の頃、軍人に連れられて車に乗せられて山のふもとに行くと、すでに薪を積み上げ、火を燃やしていた。
しかしそのとき、朝鮮人たちが日本の軍人と乱闘のすえ、ハルモニを背負って逃げた

【2007年3月13日】北海道新聞:
従軍慰安婦だった韓国人の姜日出(カンイルチュル)さんが、
自宅から日本の官憲に連行される様子を帯広市内で本紙に語った。
カーキ色の服を着た軍人と、黒っぽい服を着て腰にサーベルを付けた巡査に
両腕をつかまれ、トラックに乗せられた
」。
▼十六歳だった。そのまま慰安所に行かされた。いま七十九歳、道内各地で証言を続ける。
釧路の集会では、安倍首相が「官憲による強制連行的なものがあったということを証明する証言はない」
などと「狭義の強制」を否定したことに、憤りの涙を流したそうだ。

【2004年12月5日】毎日新聞:
旧日本軍の「慰安婦」にされた姜日出さん(75)=韓国籍=を招いた証言集会「消せない記憶」
(12・4 全国同時証言集会・福岡実行委員会主催)が4日、福岡市早良区の西南学院大学であった。
約200人の聴衆は、60年以上前の悪夢を語り、現在の小泉政権の危うさを訴える姜さんの言葉に耳を傾けた。
証言によると、姜さんは14歳のころ「慰安婦リスト」に掲載されたことを知り、
小学校をやめて親せき方に隠れ、連行を逃れた。
だが、実家に戻ったところを巡査に連れ去られ、中国で慰安婦にさせられたという。


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