第14章 政党

阪本昌成『憲法1 国制クラシック 全訂第三版』(2011年刊)      第Ⅰ部 統治と憲法   第14章 政党    本文 p.102以下

<目次>

■1.政党の意義と機能


[67] (1) 政党の意義


政党の意義を正確にうち立てた論者は未だに存在しない。
それだけ複雑な問題なのだ。
何が複雑だというのだろう?

政党には、それこそピンからキリまである。
私ひとりでも政党を名乗ることが出来る。
ところが、私のこの「政党」では趣味のサークルや市民運動と変わらない。
少しばかり人数が増えたとしても、圧力団体にすら届かないかも知れない。
また、政党を名乗らないことを好む人もいるだろう(「緑の党」と訳されるドイツの組織は、もともと党ではなかった)。

政党とは、どうも名称によって決まるわけでもなければ、人数の問題でもなさそうだ。
では、議会における議席を獲得する、という目的を掲げるものが「政党」だろうか?
それを目的としない「政党」も存在する。

“国民の政治的選好を国政に反映することを目的とする団体”では限定的すぎる。
地方公共団体の政治レヴェルでも「政党」は存在するからだ。

ドイツの政党法の定義を見てみよう。
「永続的または長期間にわたって、連邦またはラントの領域での政治的意思形成に影響を与え、かつドイツ連邦議会またはラント議会における国民の代表に協力しようとする市民の結社」となっている。
これは、自治体政党が政党法にいう「政党」ではないことのほか、「政党/選挙人団」、「政党/圧力団体」の区別を暗に示している。
要するに、“政党法の立法目的からすれば、これを政党と呼ぶのだ”というのである。
この例から分かるように、政党の定義は、立法の目的によって多様とならざるを得ないのである。

政党は、結社の自由を享受することによって、次第しだいに姿を現してきたことに留意すれば、結社の意義と重ね合わせるのが有効だろう。
結社とは、共通の目的のもとで複数の人間が自発的に結合し、その構成員の変動にも拘わらず継続性をもつ組織体である。
政党の特質は、ここにいう「共通の目的」に、政党特有の目的を挿入すれば判明するだろう。
ドイツ政党法に倣っていえば、“国民の政治的意思形成に協力すること”となるだろう。
これが、どうも国民を実体化しており擬人的で宜しくないと考える人は、“人々の多数の政治的選好を間まとめ上げること”を挙げてもいいだろう。
以下にいう「政党」は、国政に政治的選好を反映しようとする組織体が念頭に置かれている。

[68] (2) 政党の機能


現代政治における政党の機能は、次のように要約できる。
さまざまな個人や集団の表出する利害・要求を、処理可能な数セットの選択肢にまとめる 利益集約機能
政治に関する情報を選挙民に提供し、公論の形成を助ける 情宣機能
政治的リーダー(議員、首相等)を選抜して、統治機構上の地位に就任させる 選出機能
内閣や大統領府を組織したり、議会や委員会での審議のイニシアティブを握ったりするための、 意思決定マシーン化機能

今日、選挙民が政治的リーダーを選出したり交替させたりする民主制において(民主制の意義については、[27]をみよ)、上のような政党の機能は不可欠である。
良きにつけ悪しきにつけ、政党は現代政治の動脈だ、といわざるを得ない。

政党が議会を通じて政権を掌握し、運営するに至った段階の政治を、「 政党政治 」という。
また、政党政治において、政党相互間作用が展開される枠組みを「 政党システム 」という。
政党システムは、行動単位数に焦点を当てて、一党制、二党制、多党制に従来は分類されてきたが、今日では、この分類の単純さに気づかれて、一党制、一党優位政党制、二大政党制、穏健な多党制、分局的多党制等が挙げられる。

19世紀から20世紀にかけて、政党政治と民主主義とが矛盾なく結合していたのは、イギリスとアメリカだけであった。
それ以外の西欧世界の諸憲法典が、政党をタブー視することなく正式に政党の存在に言及するようになるには、第二次大戦の終了とその後の先進自由主義国の政治的安定を待たねばならなかった。

概して、大陸においては、多元的国家観、代議制、中間団体等は警戒感をもってみられた。
国家は有責の公民から成る一元的な政治的共同体であることが望ましい、と考えられてきたからだろう(⇒[57])。
この見方は、議会のあり方にも反映された。


■2.政党の歴史的展開


[69] (1) 議会観の変容と政党


市民革命とともに誕生した国民代表機関としての議会は、身分制議会への反動も手伝って、《国民の一般意思を表すべき組織体だ》と期待された(⇒[65])。
この古典的議会観は、代表もその選出母体も「教養と財産」をもつ同質の人々であった時代だったからこそ成立し得た(⇒[64])。
古典的議会観は、普通選挙制が実施された後は、大きな変容を被らざるを得なかった。
選挙人は、多様な社会的背景をもった多元的な人々から成っており、一般意思の主体であるはずがなかった。
彼らの利害関心は、凝集した一体ではなく、政治的には勿論、経済的・宗教的・文化的にも多様である。
大衆民主主義の時代である。

この時点から、議会は、統一的な国民意思の表示の場ではなく、社会における利害対立を、公式のルールに従いながら議事公開のなかで調整する場だとみられてくる([102]もみよ)。
議会が、現実的利害対立の調整の場であるとすれば、その利害を明確に表示し、集約化する媒体が登場すること必定となる。
この利害の表出・集約機能を果たす最も重要な結社が、政党である。

先の章でふれた議院内閣制は、政党政治が議会の内外で確立するのと並行して、憲法にも定着したのである。
議院内閣制の成立する条件は、複数政党のうち、議会における多数派を占める政党のリーダーたちが内閣を組織することにあった。
この条件が満たされて初めて、議会と内閣の間に統治方針の一致の原則が成立し得るのである。
議院内閣制は政党政治の行われる国制上の装置として生成し発展してきたのである。

[70] (2) 政党の歴史


政党は、国民のなかでの利害対立を政治過程に表出するための基本的条件が整った後に登場した。
その基本的条件とは、言論・集会・出版の自由が保障されて権力回路が開かれていることであり、代表制や議会政治のルールが確立することであった。
政党の存在が憲法典を頂点とする実定法によって認知されるまでには、有名な トリーペルの政党の4段階説(敵視→無視→法制化→憲法編入) にみられるように、紆余曲折がみられた。

政党の存在がまず国法によって忌避された理由は、《議会は自由で平等なる議員から成る》という古典的議会観と相容れなかったことによる。
当時の国家が、中間団体に対して一般的に強い警戒感を抱いていたことはいうまでもない。
だからこそ、19世紀までの憲法典上の規定は命令的委任の禁止、免責特権条項、を組み入れ、議院規則は、議席の抽選による配分等、政党組織発生を阻止するよう様々な方策を施したのである。
当時までの国家理論によれば、統治権なるものは憲法典上の正式機関に排他的に委ねられるべきものであった。
この時期は「 政党敵視の時代 」だった。
その後、19世紀の諸憲法にいう結社の自由には政治的結合の権利が含まれる、と理解され始めた。
この理解は、政党の誕生を手助けはしたものの、政党そのものは、国家秩序のなかに何らの地位をも占めなかった。
無視の時代 」である。
さらにその後、生育の基本条件も整った段階で、政党は、主に選挙法によってその存在を認知されつつも、規制の対象となっていく。
この「 法制化の時代 」への第一歩は、ヴァイマル時代の選挙法だった。
同法は、各政党が候補者名簿を作成し、選挙人は自己の支持する政党の候補者名簿に票を投ずることを法認したのである。
ところが、この法律上の承認にも拘わらず、ヴァイマル憲法自身は、命令的委任の禁止(21条)、議員の免責特権(36条)規定を有しており、政党に対して防御的態度を維持した(また、130条において、官吏は全体の奉仕者であって一政党の奉仕者であってはならない、とされていたのも、政党に対する警戒心の表れであった)。
この時期にあっても、「政党は憲法外の現象」との評価が一般的だったのだ。
憲法典自身、議会は自由・平等な独立して表決する議員によって構成されるものだ、という理念に依然として依拠していたのである。

政党は、政党政治の時代に突入した段階で、あたかも国家機関の創設機関の如くとなってきた。
先に指摘した政党の選出機能(政権担当者としての政党)および政治的意思決定のマシーン機構化機能(政局運営者としての政党)は、国家機関創設機関さながらの機能である。

政党は、このように、一方の顔を市民社会に向け、他方の顔を国家に向けているヤヌスの如くである。
今日の政党は、市民社会と国家とのギャップに架橋すべく、議会を起点として、他の政党と競争しながら、国家機構に手をのばすのである。
このことからすれば、政党をフォーマルに公的機関と位置づけることも、不合理ではない。
第二次世界大戦後の諸外国の憲法典のうちの幾つかは、一国の政治が政党の動向によっても決定されるとの認識に立って、政党のあり方につき言及してくる。
たとえば、ドイツ基本法は、結社条項(9条)とは別に、政党条項をもち(21条)、「政党の内部秩序は、民主的諸原則に合致しなければならない。政党あh、その資金の出所および使途ならびにその資産について、公開の説明をしなければならない」と、政党の活動を統制しようとしている。
これは、憲法の前提とする議会制民主制が機能するには、政党の活動を必要とすることを承認しながら、他方、政党制度を憲法秩序のなかに正式に位置づけようとする規定である。
この規定は、私的結社とは異なる憲法上の地位を政党に与えている点で、トリーペルのいう「 政党の憲法編入 」という第4段階を示唆するかのようである。
特に、「内部秩序」、すなわち、党の意思形成、候補者の選定、綱領・党則の決定、役員の選出等につき、民主的諸原則に合致するよう求めている基本法21条1項は、他の国にみられるような、政党の役割を宣言するスタイルとは性質を異にしている。

それでもなお、ドイツ基本法は、政党を公式の国家機関として位置づけているというには程遠い。
そのことを表すように、基本法は、命令的委任禁止条項(38条1項)をもっている。
これは、議会は自由で独立の議員から成るという古典的議会観を基本法が残しているのだろう。
政党条項は、命令的委任禁止を乗り越えることは出来ないようだ。ドイツ基本法は政党の憲法編入の時代まで、いまだ至っていないのだろう。

政党は、国家機関と違って、市民社会において消長を繰り返す任意結社である。
憲法は、政党について詳細な定めを持たないほうが望ましいように私には思える。
その設立や解散が自由な政党は、国家機関として公式化されるべきではなかろう。
自由に設立され、政治過程の自主的な仲介者となるところに政党の存在理由がある。


■3.政党の病理と法的規制


[71] (1) 政党の病理


確かに、政党は、国民と議会を、さらに、議会と執政府とを結ぶ不可欠のリンクであり、議会制民主制(代議制)の生命線である。
純代表制のもとでの議会が国民の意思を代表することはないのに対し、政党はその支持者の意思を代表する、と期待されるからである。
政党は、国民の政治的選好を誘導し、明確化するところに徹すれば、まさに民主政の生命線として機能する。
「徹すれば」というのは、政党は、行政や司法に足を踏み込むべきではない、という分離の規範を含意してのことである。

ところが、政党は、議会内外での法案・政策作成過程において、専門知識を有する官僚組織の協力を得なければならないために、官僚団と癒着し、「全体の奉仕者」であるはずの官僚団を「政党の利益の奉仕者」へと変質させている。
そしてまた、国民との関係をみれば、政党は、世論の最大公約数にターゲットを当てるために、各党の公約は政治的争点を相対化し、曖昧にしがちである(耳目に優しいスローガンばかりとなる)。
その実、政党は、最も有効に票を獲得しようとして利益誘導的政治活動へ流れ、組織票をもつ特定の集団利益を代表する傾向をみせる。
政党が選挙時に掲げた政策表明(公約)や「マニファスト」は、選挙に勝った後の行動指針ともならないのが現状である。
政治学者たちが、「選挙民の政党嫌い」を口にし、選挙民の多数が既存の政党に満足していないのは、こうした現象を反映している。

上のように、政党は、民主制にとって病理現象をもたらしつつある。
それでも、統治者の平和裡の交替は、政党なしにはあり得ない(官僚に求められる政治的中立性は、統治者の交替を平穏かつ円滑にするための条件なのだ)。
その意味では政党は、病理をもたらすとはいえ、統治過程にとって必要な存在である。
病理は、政党法、選挙法等の法律によって対処されなければならない。

[72] (2) 政党の法的規制


政党条項をもっているドイツ基本法のもとで、政党の憲法典上の性質につき、学説は、
(ア) 政党の政権担当機能を重視して、政党をひとつの国家機関、すなわち、国法上の創設機関であると解する 国家機関説
(イ) 政党がその根を市民社会に置いている任意の非営利的結社であると解する 社会団体説
(ウ) 政党の地位は「公/私」いずれかであるとする硬直した態度を避け、画一的に法処理できぬ独自の法理に従うものと理解しようとする 媒介説 折衷説 )、

と、鋭く対立している。

上の学説のうち、政党の公的性格を強調するものほど、政党に対する法的規制の許容度が大となる。
但し、結社の自由の産物である政党を過剰に法規制してはならない。
過剰な法規制は、政党の機能を損なうだろうからだ。
過剰な法規制とならないためには、問題の法令(たとえば、政党法)は、政党の自由を相対化(弱化)するのではなく、党員が党の指導者たちを平和裡に交替させる方策を定めることで止まらなければならないだろう。
党内民主制の確立を政党に義務づけることが、その典型例である。
立憲主義のもとでの統治が、開かれた権力回路のなかでの多数者意思によって為されなければならない以上、権力奪取を目指す政党の内部的運営は、その範型(モデル)となるよう求められている。
その限度にとどまる法的関与は、規制ではなく「規整」と呼ぶのが相応しいだろう。

[73] (3) 日本国憲法と政党


我が国の憲法典は、政党条項をもたない。
日本国憲法は、政党の憲法編入の時代まで相当の距離を残している。
先の政党の4段階でいえば、「 法制化の時代 」にとどまっている。
そのことは、我が国の憲法典が命令的委任の禁止(43条1項)、議員の免責特権の保障(51条)、そして公務員の政治的中立性(党派的中立性)に関する規定(15条)等をもって、政党に対して防御的姿勢をみせていることに表れている。
政党に関連する規定は、憲法21条の結社の自由である。
政党は、設立の自由、内部組織・運営・活動の自由、解散の自由を保障される。

周知のように、八幡製鉄政治献金事件における最高裁判決は(最大判昭45.6.24民集24巻6号625頁)、政党が議会制民主主義を支える不可欠の存在であると指摘したうえで、憲法は政党の存在を当然に予定している」と述べた。
ところが、議会制民主制は、政党に対して懐疑的であったことを考えれば、「当然に予定されている」と間単に片付けるわけにはいかないのだ。

日本国憲法が政党条項を持たず、政党に対して憲法21条上の各種の自由を保障している ことは、我が国憲法典の政党への姿勢は、違憲政党を禁止する ドイツ流「戦う民主主義」とは根本的に異なる と解するほかない。
我が国の場合、いかに「自由」や「民主主義」を否定することを綱領として掲げる政党であっても、このこと自体を理由にして、その設立を禁止することは出来ないだろう。

現在のところ、我が国は政党法を制定していない。
政党は、任意結社のひとつと捉えられて、その組織運営も、政党の自主的な運営に任されている。
それだけ、我が国の政党は、国法による規律に神経質なのだ。

現在のところ、政党を規制する法令として挙げられるものは、政治資金規正法のみである(これは、表題が示すように政党を「規制」するのではなく、政治資金の流れを「規制」するのである)。
同法は、「議会制民主政治の下における政党その他の政治団体の機能の重要性」に鑑み、政治団体の政治活動を国民の不断の監視と批判のもとに置いて、政治団体の届出、政治資金の収支の公開および授受の規制その他の措置を講ずることを目的としている。

政党が現実問題として国家意思の形成に重大な影響を与えているといわれているにも拘わらず、現行法は、政党を国家機関として扱っていない。
実状をみれば、政党は、正式の国家機関である国会と内閣に対して、その選好を実現させようとしているといわざるを得ない。
それでも、 現行法制は、“国家意思の決定は国家機関によって為されるべし”という古典的スタンスに出ている
これは 「統治/政治」の違いの反映 である(⇒[3])。

日本国憲法は、一般に考えられているよりは、ずっと古典的な憲法典である。
が、それにしても、政党の党内民主制の確立を法令で求めることは、柔軟な憲法解釈を通して可能であるばかりでなく、そう実現すべきだ、と私は感じている。


※以上で、この章の本文終了。
※全体目次は阪本昌成『憲法1 国制クラシック 全訂第三版』(2011年刊)へ。


■用語集、関連ページ


阪本昌成『憲法理論Ⅰ 第三版』(1999年刊) 第一部 第十ニ章 政党論

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