第11章 権力分立(権限の分割)

阪本昌成『憲法1 国制クラシック 全訂第三版』(2011年刊)     第Ⅰ部 統治と憲法   第11章 権力分立(権限の分割)    本文 p.71以下

<目次>

■1.モンテスキューのいいたかったこと


[51] (1) モンテスキューの着想


モンテスキューの有名な著作『法の精神』の日本語訳は、次の一文で始まっている。
 「法律とは、その最も広い意味では、事物の本性に由来する必然的な諸関係である」

この 冒頭部分 を「 法律 」と訳出したのでは、 意味が通らない
モンテスキューにとって、国家における法は、異なる国家機関が異なる作用を及ぼしあう諸関係として - 単独者の命令としてではなく - 現れるのである。
彼の『法の精神』にいう「 」とは、今日我々が想像する“法律”からは程遠く、 ある関係における法則(law)を指した のだ(このことは、法の支配と権力分立との関係を論ずる際に再び言及するだろう)。
モンテスキューは、ニュートンの法則のように、相互に引き合う力のなかに法則が現れる、と期待したのだ。

モンテスキューは、人間の本性を強調する自然法思想に反対だった。
人間の本性といわれてきたものが、エートス(精神)によっていかに可変的であるかを論ずるために、彼は『法の精神』を書いたのだ。

彼は、経験的に人間を観察しようとする目をもって、人間の権力欲と専制的権力の濫用の歴史に注意を払った。
そのとき、彼の目にとまったのがイギリスという特定の国の国制だった。
今日の言葉でいえば社会学的な観点に立ってイギリスの代議制を「観察」したうえで彼は、自由な政体を理論的に構築しようとしたのである。
これが、後世、「権力分立」と呼ばれる理論の出発点であった(モンテスキュー自身は、「権力分立」という言葉を一度も用いなかった)。

[52] (2) モンテスキューの理論


彼は、あるべき政体を、次のような順序で理論化していった。

第1 国家作用を、理論上、類型化する。
第2 さらに、その作用を活動形式別に分類してみる。
たとえば、立法作用についていえば、提案、審議、議定(制定)、異議(再審議要求)、署名、監督、というように。
第3 社会に存在している諸勢力(国王、貴族、庶民)がそれぞれ国家機関となり得るよう構想する。
そのために、それらが、君主、議会の一院、同じく議会の一院をそれぞれ構成する。
ある機関の構成員が他の機関に属することはない
第4 先の活動形式を、この3つの国家機関の性質別に割り当てる。
たとえば、立法作用においていえば、「審議し議定する活動形式」という最も重要な実体権限を議会に配分する。
第5 議会のこのメジャーな実体的権限を取り巻くように、他の機関にマイナーな手続的な関与権限を配置する。
たとえば、「阻止する活動形式」という手続的権限が君主(政府)権限となる、というように。
第6 ある作用が完遂されるには、ある機関のメジャーな実体的権限と、他の機関のマイナーな権限とが関連づけられねばならない。
つまり、分離独立した機関が複数の活動形式をもって連携したとき、ある作用が完遂する、という相互関係を持たせる。
第7 そうすれば、国制のなかに、機関相互の制御関係が「相対的に正しい法則」をもたらすだろう。
《抑制し合え、然らば均衡がもたらされる》
第8 その法則に従ってそれぞれの国家機関が活動すれば、特定の国家機関が権力を濫用することはなく、公民の政治的自由にとって危険は最小化される。

上のように、モンテスキューは、
国家作用(統治権)を理論上区別し、
担当機関を区別し、
さらには人をも分離(兼職を禁止)し、
いったん区別した国家作用を複数の機関に分有させることによって、
相互の抑制を図り、
その抑制関係のなかに均衡が産まれたとき、政治的自由は保障されるだろう、
と、あくまで理論的に構想したのである。

このうち、上の④・⑤または先の第4・5に留意すれば、 権力分立理論は、作用の分離独立論ではなく、権限の分割論だ ということが分かるだろう。
そう理解する立場を、「 相互作用論 」と呼ぶことにしよう。
モンテスキューの理論は、相互作用論だったのだ。
それもそのはず、彼は、庶民を代表する議会が法律制定権を独占することを阻止したかったのだから。
だからこそ、議会が二院となること(一院は貴族院)、君主が立法作用の一部を担当することを説いたのだ。
ひとつの権限の分割である。

彼の政治的意図は権力の均衡論(均衡政体論)のなかで立憲君主のための権力分有論を説くことにあった。
その理論は、法的な様相をとっているものの、実は、当時の社会勢力(君主・貴族・庶民)を均衡させる政治的デッサンだったのである。

こうした背景を無視して、“モンテスキューの権力分立論は、民主的な統治構造のあり方を説いたもの”と解するとすれば、それは浅薄な理解である。

[53] (3) モンテスキュー理論の俗流の理解


その浅薄な理解とは別に、 彼の理論の誤った理解 が今日にまで流れてきている。
誤った理解とは、“権力分立は、立法・行政・司法の3つの国家作用を完全に分離し、それを各機関に担当させることだ”という理解である。
この理解は、“権力分立とは権力の集中を排除し、もって市民の自由を保護することだ”という機能論のもとで、もっともらしく響いた。
こう解答されたとき、権力分立構造においては、作用Aは機関aが担当し、作用Bは機関bが担当すること、機関Aは機関Bの存立を左右する権限をもたないこと、機関Aの人的構成は機関Bの構成と異なること、といった一作用一機関対応型イメージとなる。
縦割りを強調する権力分立論を「 完全分離論 」と呼ぶことにしよう。
完全分離論が特に強調するのは、法律制定作用の議会による独占である。

なぜ、かような誤導的な理解が世を席巻することになってしまったのか?
その理由は、3つあるように思われる。

第一は、 「分立(separation)」という用語からくる印象である。
第二は、 ヴァージニア憲法がいち早く完全分離論に与して「立法、執行、司法の各部門は分立され区別され、他の部門に属する固有の権能を行使しない」と謳ったことである(ヴァージニアにおいては、民主主義者T. ジェファソンの完全分離論が強い影響力を持った。ジェファソンは、モンテスキュー理論に比較的忠実に相互作用をもたせた合衆国憲法の権力分立構造に反対だった)。
第三は、 権力分立を民主的なものだと理解し直そうとしたとき、“立法権は議会が独占する”という主張が説得的にみえたためである。
言い換えれば、法治国における権力分立構想は、モンテスキューの権限の分割論を意図的に変形し、議会に大きなウェイトを持たせるための「分立」論となったのである。

議会中心の「分立」論とは、議会が一般的抽象的な法規範を制定し、行政権がこれを個別具体的な事案に適用する、という「作用別」の理論である。
これは、一見したところ分立論であるかのようであるが、モンテスキュー理論以前に既に説かれていた「立法/執政」の区別を説いているに過ぎない。
モンテスキュー理論の重要ポイントは、法律制定権限が一院ニ院一君主または大統領に分割されるべし、という点にある。
にも拘わらず権力分立論の民主化を望む人々は、法治主義(行政の法律適合性原則(*注1))の要請が、完全分離の構想のもとでこそ、ピタリ実現されるとみたのである。

完全分離論は、分立論の狙いと機能(権力の集中を排除し自由を擁護する働き)に論議のウェイトを置いて、多くの賛同者を獲得した。
完全分離論は、「抑制と均衡 check and balance」という表現を常用したにも拘わらず、完全縦割り構造のなかで各機関がどのように抑制できるというのか、真剣に問い直すことはなかった。

(*注1) 行政の法律適合性原則について
[14]の脚注を参照願う。

[54] (4) 法の支配との関連づけ


俗流の権力分立論が、縦割りの完全分離を説いてきたのに対して、“モンテスキューは、国家作用が重層的に発動される順序を考えることによって、法の支配を実現しようとしたのだ”“権力分立論は、法の支配という壮大な構想の一部だ”と唱え続けてきた論者もみられた。
今日では、この見方が我が憲法学界に次第に浸透しつつある。

この立場は、モンテスキューが次のような段階的な国家作用論を考えていたのだ、という。
 第一段階は、 「正しい法の制定」、
 第二段階は、 「制定された正しい法への服従」である。
 第一段階においては、 国家における最高位の作用である立法段階に抑制均衡を作り出す工夫が施される。そして、
 第二段階においては、 〔立法→その執行〕という理論的な優先関係を作り出し、行政府と裁判所の作用を立法に服従させる工夫が施される。
 以上のふたつの段階を通して、モンテスキューは「法の支配」(相対的に正しい法則)を実現する理論を考えた。

これを私なりに整理すればこういうことになろう。
第一に、 立法の段階においては、「立法が事物の本性に由来する」よう、「君主⇔第一院⇔第二院」の抑制均衡を作り出す。
この抑制の相互関係のなかに相対的に正しい法則が出来上がるだろう。
第二に、 立法の執行段階においては、行政が正しき法を正しく執行しているかどうか、議会は常に監督する。
裁判所に関しては、「制定された法を語る口」として統治権力から外して「無」とする。
そのために、裁判所は常設の機関とはされず、必要なときに設置されて紛争解決と同時に解散する。

本章の冒頭に引用した『法の精神』の一文を眺め直したとき、モンテスキューは上のような相互作用関係のなかに「相対的な正しさ(法則)」が確保されるものと期待したのではないか、と推察していいだろう。

もっとも、モンテスキューには、法の支配理論で説かれてきた「高次の法」なる発想はない、と私は診断している。
彼の理論には、“法が本質的に正しいかどうか”は眼中にはなく、“異なる国家機関間の相互関係のなかに「法則」が現れるはずだ”というニュートン的な自然法則(本来的関係)があったのだ。
彼のいう「法」のイメージは、今日の公法学者が思い描きがちな「法の支配」にいう「法」とは程遠いものだったろう。

《モンテスキュー理論は、自然法思想とは系譜を異にしながらも、正しい法の制定と、その法の執行という重層関係を考えていた》のである。
で、私は、我が国の憲法学界が権力分立論を再解釈してきた傾向を歓迎したい気持ちになっている。


■2.権力分立論の受容と変容


[55] (1) 権力分立論の受容


モンテスキュー理論は、アメリカの邦(独立までの「州」をいう)の憲法に受容された。
ついで、合衆国憲法にも受容された。
アメリカ合衆国の憲法典は、
“モンテスキュー理論をブルー・プリントとして制定された”といわれることがあると思えば、
“いやいやモンテスキューとは違っている”という見方もあって、
我々を混乱させる。
私は前者の見方が正しい、とみている。

建国の父たちは、モンテスキュー理論を正確に理解していたからこそ、分離の原則だけでなく、機関間の緊張関係(ひとつの権限の分割)を合衆国憲法典に組み入れたのである。
緊張関係の例は、「議会の立法権⇔大統領の一時的拒否権」、「大統領の条約締結権⇔上院の条約承認権」、「大統領の高官任命権⇔議会の承認権」等である。

合衆国憲法がモンテスキュー理論とは異なっている点も幾つかある。
もし、モンテスキュー理論に忠実であったとすれば、“議会は大統領によって招集されて初めて活動能力をもつ”“大統領は議会によって弾劾されることはない”“司法府は「法を語る口として、いわば無」となって統治に容喙することはない”となっただろう。

合衆国憲法とモンテスキュー理論との違いを強調する論者は、裁判所が司法審査権をもつ点を挙げることもある。
ところが、建国の父たちが、憲法制定にあたって当初から司法審査権を構想していたものかどうか、論争はいまなお続く謎である(合衆国憲法は司法審査権に関する明文規定を欠いている。もっとも、建国の父たちは「司法審査制」という概念と制度を既に知っていた)。
モンテスキューの知らなかった司法審査権という新発見物が憲法にあるからといって、“合衆国憲法はモンテスキュー理論に忠実ではなかった”“合衆国憲法は権力分立論をはやくも変容させた”というのは性急だろう。

合衆国憲法がモンテスキュー理論に比較的忠実であったかどうかは、個別的な機関の個別権限からみるのではなく、全体の構造のなかで主要な権限がどう配分されたか、という視点から判断されるべき事柄だ。
そのためのパースペクティブは、「完全分離論/相互作用論」である。
“合衆国憲法は、いずれの理論をその基本原則としているか?”と問われたとき、その正解は、相互作用論である。

[56] (2) 権力分立論の古典的「変容」?


多くの論者が、「権力分立の変容」について語ってきた。
「変容」というとき、何がどう変わった、といいたいのだろうか?
権力分立の原型すら明らかにしない論者が「変容」を語れるはずがない。
そのために、我々は大いに混乱させられてきた。

モンンテスキューの権力分立論は、あくまで理論である。
合衆国憲法にあってさえ、その理論をそのまま実定化したわけではなく、ある意味では「変容」させたのだ。
大統領制や司法審査制がその好例だろうが、論者のいう「変容」は決してこれではない。

変容にも、古典的なものと、現代的なものとがあるようだ。
現代的なものは、比較的分かり易い。
《近代憲法の知らなかった政党と巨大官僚団とが、統治過程すべてを「統合」しているかのようだ》という意味での変容である(この点については、後の [71] でも再びふれる)。

現代的変容ではないものを、「古典的な変容」ということにして、論点をクリアにすることにしよう。
それでも、古典的な変容を理解することは、国によって展開が異なるために難儀な業である。
そのうえ、論者が変容前の原型をどう捉えているかによって、変容の中味も全く違ってくる。
たとえば、「完全分離論」をイメージする論者にとっては、他の国家機関が立法権に関与することが“変容”と映るだろう。
たとえば、司法審査制である。
これに対して「相互作用論」をイメージする論者にとっては、議会が法律制定権を独占するルソー的議会主義こそ“変容”である。

「変容」とは、このことでもないようだ。
ここで再度確認すれば、権力分立論は、3つの社会的勢力のための権力の均衡を正当とする理論だった。
その理論は、一院と他の一院、議会と君主の間にみられる「引力の法則」に期待して、国のかたちを探究する均衡政体論だった。
この理論は、君主勢力の強い国家において、立憲君主制へと展開するだろうことは、我々にも容易に予想できる。

立憲君主制とは、
(ア) 君主と議会とが憲法上の国家機関であること、
(イ) 法律の制定にあたって君主が何らかのかたちで参与すること、
(ウ) 議会が君主・臣下の活動を常時監督すること、
(エ) 君主の活動に主任の大臣が副署すること
等を憲法が定めている体制をいう。
これらの要素は、権力分立理論を君主制に合うように焼き直したものである。
これらのうち立憲君主制にとって重要な要素が (エ) にいう「大臣助言制」である。
これは、大臣の助言(副署)権のなかに実質的決定権を読み込むことによって君主の責任を「空」にし、君主無答責を論拠づけるやり方である。
この君主に対する大臣の責任が、デモクラシーの進展に伴って、やがて議会に対する責任、それも、政治責任へと拡大されたとき、その統治体制は議院内閣制となるのである(議院内閣制については、次章でふれる)。

権力分立の「変容」とは、立憲君主制や議院内閣制へと展開したことでもなさそうだ。

「変容」とは、権力分立における抑制関係が画期的に変化することをいうのだろう。
では、権力分立論後の、抑制関係の画期的変化とは何であるのか?
それは、選挙人(国家法人説によるとすれば、有権者団という国家機関。 [105]をみよ)が、〔議院-議会-政府〕の間の均衡関係に、公式の影響力を持つに至ったことだ。
国家機関のうち、「政治部門」と呼ばれるこれらの機関の間にみられる抑制・均衡関係は、普通選挙制が実現された時点で画期的に変わったのだ。
《選挙人が、選挙または人民投票を通して、政治部門の緊張関係を最終的に均衡させる国家構造》へと「変容」したのだ。
換言すれば、抑制均衡関係の起点が選挙人となったのだ。
この点を、古典的な権力分立論は、知らなかったのである。

その具体的な影響は、二院をともに公選制とすることに表れた。

[57] (3) 権力分立論の「現代的変容」 - 官僚団と政党


国家の役割が増加するにつれ、統治の基本方針の大綱を考え、法案にまとめ上げ、修正していく作業は、専門的官僚団の仕事となった。
「積極国家」においては特にこのことが顕著である。
専門的官僚団は、現実の統治のなかでは、議会以上の働きを示しているといっても過言ではない。

《官僚団をいかに統制するか》、この問題は、実は、現代のものではない。
議会は、官僚団のひとつである軍隊を法的に統制する課題を、ずっと負ってきたのである。
もっとも、軍隊を除く官僚の統制がどうあるべきか、この論点を真剣に扱ったのは、憲法学ではなく、行政法学と行政学だったのだが。

先に、均衡抑制関係の起点が選挙人となった、という「変容」についてふれた。
そこでの選挙人の役割は、間歇的である。
これに対して、統治の役割が金銭的利害の再分配や希少なリソースの分配にまで及んでくると、相当数の国民は間歇的な役割を超えて、統治に対して日常的に影響を与えようと試みてくる。
そのためには、結社を作り上げて声を大きくしなければならない。
この結社が政党である。

自由な国家に存在する複数の政党は、選挙人がもっている無数の政治的選好を、議会の内外で、処理可能な数にまとめあげる政治的結社である。
複数政党制の役割を抜きにした統治の理論は、通用力を持たないだろう。

この現代国家における権力抑制構造は、「立法府 対 大統領(内閣)」といった公式機関の間にあるというよりも、「議会内部の与党 対 野党」の抑制、そして「政党によって組織化された国民 対 政治部門」の抑制、という非公式で流動的なかたちをとっている。
政党、与党・野党、圧力団体といった勢力は、憲法典上の公式機関ではない(政党については、後の [67] 以下でふれる)。
フォーマルな機関とその作用にみられる抑制均衡関係を説いてきた権力分立論と、それを制度化した憲法は、上のよなインフォーマルな組織体とその活動を射程に捉えていないのだ。

こうした現象が「権力分立の変容」として捉えられてきているようだが、それが憲法規範学にどのような見直しを求めているのか、私には分からない。
多くの論者が語ってきた「変容論」は、憲法社会学の視点からのものにとどまっていたように私にはみえる。

[58] (4) 三権分立という誤導的表現


権力分立の「現代的変容」よりも、私にとっては、権力分立論が当初より抱えてきた、次のような落とし穴に留意するほうが重要である。
第一に、 権力分立を三権分立と同視しないこと、または、相互互換的に用いないことだ(⇒[53])。
これが誤りであることは、モンテスキュー『法の精神』を一読すれば、すぐに分かるだろう(私は、三権分立というタームを用いる憲法学者の知性を疑っている)。
権力分立は、議会においては二院制、執政府においては君主権限と大臣団の間の機関内抑制、国家統治においては中央政府と地方政府との抑制関係等々にもみられるのである。
第二に、 権力分立理論と実定憲法における権力分立構造とをはっきりと区別しておくことだ。
または、特定の権力分立理論を金科玉条として、そこから憲法典に実現された構造の乖離・逸脱を強調しないことだ(なかでも、「完全分離論」がモデルとされるとき、“我が国における統治の実態は権力分立から乖離してきている”という権力分立論が幅を利かせた)。
第三は、 “権力分立は民主的だ”と断定しないことだ。
モンテスキューの理論における民主的な要素は一院だけに表れる。
合衆国憲法におけるその側面は、一院と大統領に表れる(ただし、“大統領は間接選挙によって選出される、擬似君主だ”と考えるほうが厳密には正しいだろう)。
権力分立論は、統治構造に民主化を徹底させない工夫である。
では、“権力分立論は自由主義の産物だ”というのはどうか?
これも正答には、まだ遠い。
モンテスキューの理論は、自由主義から程遠い。
《集中化された権力は必ず濫用される、だから抑制関係を相互に持たせる》と彼が述べたことは、自由主義とは直接には関係がなかった。
権力分立の思想は、人間の本性に対する懐疑的な見方の発露であって、自由主義の発露ではなかったのである。
第四は、 権力分立論のもとで、すべての国家作用が〔立法→そのもとでの行政・司法〕に類型化できるはずだ、と即断しないことだ。
特に、権力分立を三権分立と表現する論者は、すべての国家作用から立法と司法とを控除した領域が「行政だ」と考えがちである。
これが所謂「行政に関する控除説」である。
この第四の落とし穴については、もう少し説明したほうがよさそうだ。

控除説によれば、立法・司法・行政から漏れ出る作用はない。
そればかりか、控除説のもとでいう「行政」を法律適合性原則のもとにおいてこれを統制できるとすれば、控除部分すべての牙を抜くことができる。
このように、法治国原理を貫徹させようとする控除説は、一見、よく出来ている。

控除説的な見方は、“権力分立論とは、君主のもっていた行政権を議会が統制しようとする民主的理論だ”という俗流の理解と相俟って、さらに説得力をもつようにみえた。
ところが、イギリスには、「行政」とは別に国王の「大権 prerogative」、アメリカには「行政」とは別に大統領の「執政権 executive power」が存在してきた。
日本国憲法の場合、解散権、外交権、予算作成権等が内閣の権限とされているが、これらは、法律の執行を指す「行政」でないことは明らかである。
このことを考慮して私は、内閣を「執政府」、内閣権限を「執政権」と呼ぶことにしている(この点については、内閣の章でもふれる)。
C. シュミットの鋭い分析をここで引用すべきだろう。
 「『分立』は、正確には、諸権力のひとつのものの内部での区別、たとえば、立法権を、元老院と代議院のようなふたつの議院に分割することを意味する。」
「(モンテスキューの)本来の関心事は、ただ立法権と執政権の区別のみである。この場合、・・・・・・執政権は決して単に法律の適用ではなく、本来の国家活動(そのもの)である。」

権力分立論にいう「行政」は、法治主義(行政の法律適合性原則)という概念に納まり切らないのだ。
この点に留意すれば、ふたつの解決策しかないことに我々は気づくだろう。

第一の解決策は、 《モンテスキュー以来の権力分立論は、すべての国家作用を網羅する理論ではなかった》と割り切ることだ。
第二の解決策は、 《権力分立論は、国民の自由に関連する国家作用を、理論的に3つに分けたのだ》と、同理論の作用法的性質を強調する方向である。

我が国の有力な論者は、作用法(*注2)的な発想である後者を選択しているようだ。
が、もともとの権力分立論が、君主による議会の召集、二院制等、組織法的な体系から出来上がっていたことを考えたとき、有力説の採る筋道は私にはどうも納得がいかない(権力分立の歴史的展開は、まさに、組織法的側面の争いだった。この点については、次章の議院内閣制を検討すれば明らかになるだろう)。

(*注2) 「作用法/組織法」について
法学において「作用法/組織法」は、「実体法/手続法」と同じくらい基本的で重要な区別である。
作用法とは、国民の権利義務を規律する(権利義務に作用する)法令をいい、組織法とは統治機関の構造を定める法令をいう。


※以上で、この章の本文終了。
※全体目次は阪本昌成『憲法1 国制クラシック 全訂第三版』(2011年刊)へ。


■用語集、関連ページ


阪本昌成『憲法理論Ⅰ 第三版』(1999年刊) 第一部 第十章 権限・機関の区別(「権力分立」)論

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