第8章 国民主権あるいは憲法制定権力

阪本昌成『憲法1 国制クラシック 全訂第三版』(2011年刊)     第Ⅰ部 統治と憲法   第8章 国民主権あるいは憲法制定権力    本文 p.49以下

<目次>

■1.国民主権の意義と展開


[36] (1) 問題の所在


国民主権は、我々には馴染み深い言葉である。
我々は、幼い頃から「国民が主権者だ」と教えられ、その論拠として日本国憲法の前文を見るよういわれた。
それを読んで納得してきた。
前文ばかりか、上諭、1条には「日本国民の総意に基」づいて、・・・・・・との表現があることも我々は知っている。
「総意」という表現は、あたかも国民が実在し意思をもっているかのような印象を我々に与えてきた。

そういえば、重大な政治問題の解決に迫られたとき、ある政治家(政党)は、“主権者である国民が○○を望んでいる”といい、別の政治家(政党)は、“主権者である国民が○○を許すはずはない”という。
国民が一体として存在して、何かを望んだり望まなかったりしているかのようだ。
ところが、主権者の一人であるはずの我々は、政治家たちとは全く別の◇◇という選択肢を希望していることが多い。
そのとき、我々は、“国民であるようで国民ではなく、主権者であるといわれながら主権者ではない”と、もどかしく感じるだろう。
実は、国民なるものは、実在しないのだ。
実在するのは、個々人だけである(人民が実在する、などと信じているのは、ナイーヴなルソー主義者だけだ)。
我々が薄々感じてきたもどかしさの原因はここにある。
実在しないものを実在するかのように、意思できないものが意思できているかのようにいうトリックに、もどかしさの原因があるのだ(⇒[4])。

「国民」の政治的選好は、個々人が投票する機会を与えられたとき、多数の票の中に初めて浮かび上がる。
それとて、「国民」の選択ではなく、多数者の選択に過ぎない。

「国民」が実在しない擬制であるのと同じように、「主権」も実体のない、空虚な概念ではないか?
憲法学界の泰斗が「国民主権は建前だ」と率直に述べたのは、そのためではなかったか?

“いやいや”と貴方は考え、「我々は、選挙権者として、度々投票しているではないか、これが国民主権というものだろう」と解答するかも知れない。

“ところが・・・・・・”と私は、こう反論するだろう、
《私たちが、投票し、政治的な選択を時に為すことは、「国民主権」ではなく、民主制というべきだ》、
《我々は民主制の中で統治されているからこそ、間歇的に投票するのだ》、
《投票していることについて、わざわざ実体のない「国民主権」などと大迎なことをいわないほうがいい》
と(⇒[27])。

それでも、「社会契約」のことを思い出した貴方は、“社会契約によって私たちが国家を樹立したことが「国民主権」だ”と、別の解答を見つけるかもしれない(⇒[7])。

国民主権とは、一体、何を意味するのか?
国民とは何をいうのか?
主権とは何をいうのか?
まずは、主権の意義から考えてみよう。

[37] (2) 主権の意義


我々にとって、最も馴染み深い主権といえば、国際社会における国家の対外的独立性だろう。
独立性が国の空間に表されたとき、領土・領海といわれ、この空間が他国によって侵害されたとき、《主権の侵害だ》といわれる。
これを「国家のもつ主権」と呼んで、「国家における主権」とは区別すると分かりやすいだろう。
次に、国家法人説にたったとき、国家という法人のもつ権利が“主権だ”といわれることもある。
ただし、厳密にいえば、この権利は、主権と称すべきではなく、「国家の統治権」と呼ぶほうが適切である。
「国民主権」にいう主権は、上のいずれでもない。
それは、国家(法人と捉えるかどうかに関わりなく)が有する何らかの権限を指すのではなく、国家における統治のあり方を最終的に決定する法力(権限)を指すのである。

これまで、憲法学を含む法学は、権限を分析するにあたって、ある法主体Aが他者や物を支配したり、影響を与えたりする「意思」をキー・タームとしてきた(その割には私は、「意思」の意味合いを正確に説明する論者に出くわしたことが未だかつてない)。
国民主権というタームは、すぐ後にふれるように、君主という自然人の恣意的意思の発動に取って代わるものだった。
君主というひとつの法人格を国民というひとつの法人格に代えるのだ。
そのために、“国民主権は、君主の意思に代わって、国民が意思主体となって、統治の最終的な決定を為すことだ”といわれるのである。

抽象的な観念にすぎないはずの「国民」を語るにあたって、意思なるタームが使用されてきたからこそ、「国民」は実体化され、あたかも実在して意欲するかのように扱われたのだ。
この実体化の誤りに陥らないためには、我々は、意思というタームや、“国民が主権を持つ”という言い方は、あくまで擬制にすぎないということを重々承知しなければならない。
できれば、国民に関しては、「統一的意思」「自己決定」などといった言葉を避けるべきだろう(本書は、できるだけそのように努めている)。

[37続き] (3) 主権の歴史的展開


なぜに、「主権」は、上のように多義的であるのか?
それは、「主権」が次のような歴史的な背景を背負ってきたからだ。
主権と邦訳される sovereign の概念は歴史上さまざまな変転をみせてきた。

まず、中世ヨーロッパにおいて sovereign とは、 重層的統治の中で、「優越的な支配権」または「第一の高位を有する者の地位」 を表した。
この用法は、いまでもイギリスに残っている。
「議会主権」という言い方がそれである。
そればかりでなく、国家法人説において、国家の統治機関の中で最高意思の決定機関をもって「主権者」というときも、同様の用法である。
例えば、“選挙人団である国民が主権者だ”という日常的にお馴染みの用法がそれである(この用法は、我々の「国民主権」の捉え方を混乱させる元凶だ、と私は考えている)。
その後、国王が、一方で、国内の封建諸侯のもつ支配権を統合し、他方で、法王からの独立を勝ち取るなかで絶対国家を成立させると、sovereign とは、 国王の至上権・絶対権 を表す言葉となった。
その用法を初めて示したのが、J. ボダンの『国家論』6編(1576年)である。
ボダンは「国外のあらゆるものは王を拘束しえず、・・・・・・国内のすべての権力は王からの派生物にすぎない」と説き、対外的な独立性、対内的最高性のみならず、それらの始源的性格にも言及した(「始源的」とは、伝来的ではない、それ自らが因子となっていることをいう)。
これが君主の主権は法の外に出る絶対権だとする理論である。
この君主主権を市民革命が打倒した。
その際、君主という一自然人の有する命令権としての主権に対抗するために、“市民の総体が主権者だ”という、新しい主権概念を君主勢力に叩きつけた。
この主張は、これまでの君主という一人格の意思を、国民という一人格の意思にすげ替える単純なアナロジー(※注釈:analogy 類推(作用))だった。
それでも、君主主権のもとで他律的に生活することに倦んだ当時の人々にはその新理論は新鮮で、大きなインパクトをもった。
そして、旧体制勢力を打倒した。

ここにおいて主権は、国家の対外的独立性・対内的最高性を表すものから、 国家における統治権力が国民の意思に発するという概念 へと変容した。
これが「国民『主権』」といわれる際の用法となる。

国民主権原理を実現した国家が、先にふれた「国民国家」であり、その後の変容も既に述べたとおりである(⇒[7]~[8])。
この国民国家は、国民の場合と同じように擬人的に捉えられ実体化されて、国家自身が対外的な意思主体だ、と理論構成された。
だからこそ、“団体としての国家は、始源的な意思力を持ち、対外的には最高・独立の意思力=主権を有している”と、今でもいわれるのである。

[38] (4) 国民主権の意義


“国民主権の意義は、フランス憲法史に見出し得る”といわれることが多い。
フランスにおける国民主権論争は、「国民」が国家統治のあり方を最終的に決定するだけでなく、恒常的に決定し続けるには何を必要とするのか、を巡って展開された。
論争があるとはいえ、その共通の出発点は、社会契約説だった。

急進的な思想家・政治家たちは、“社会契約締結の状態を、いつでも回復できる状態に置いておくこと”を望んだ。
彼らは、国家統治のあり方が代表者によって決定されたり、それが相当期間維持されたりすることを忌避した。
そのために、彼らは、身分制議会、自由委任・純粋代表制(間接民主制)、制限選挙制等に反対した。
そのための理論上の武器が「人民主権論」だった。
それは、“社会契約締結に参加した「市民=シトワイアン(正確には「公民」)」が共通目的へと結集したとき「人民=プープル」として一体的意思主体となる”という理論である。
“実在する人民が自ら政治参加し、自らが決定者となる、これを統治の原則とするときが「人民主権」だ”というわけだ(人民 peuple は、貴族に対する一般庶民または恵まれない人々という語感をもっている)。
これに対して、穏健派の思想家・政治家たちは、社会契約締結前の状態と、憲法制定後の状態とを異質にすることを望んだ。
彼らは、社会契約の理論が革命の理論と容易に結びつくことを知っていた。
そのために彼らが用意したのは、“全員が同意したかも知れない社会契約と、憲法協約とは別物だ”という理論だった。
憲法協約段階では、その制定のために特別に選出された代表からなる「憲法制定会議」の審議・決定に委ねてよく、制定後の国制の運営も純粋代表の手に委ねてよい、というわけだ。
さらに、「国民主権」原理を革命の理論から引き離すために、国民なる概念が実体化されないよう意識された。
そこで、先の「人民=プープル」とは区別して「国民=ナシオン」という言葉が用いられた。
「国民主権」の論者は、この原理と、普通選挙制、代表制、議会の構成(一院制か二院制か)等を直接関連づけなかった。

[39] (5) 憲法制定権力理論


国民主権をめぐる、「人民(プープル)主権/国民(ナシオン)主権」の違いは、制憲権の捉え方に最も特徴的に現れた。

[A]

制憲権という聞き慣れないタームに接した我々は、「制定」という言葉が用いられているため、それは「起草された憲法典について審議し決定することだろう」と理解しがちである。
ところが、 憲法制定権力にいう「憲法」とは、憲法典のことではなく 、先にふれた 「国制」を指す (ということは、「制定」権力という訳語は誤導的なのだ。ある有名な憲法学者は、敢えて「憲法設定権力」なる言葉に拠ったところ、読者からミス・プリントだ、と指摘されたという)。

制憲権 とは、 国制を決定する権力 をいうのだ。

国家の根本構造を意味する国制は、社会契約=全員の合意意思によって決定される。
これが、当時、強い影響力を持った理論であり、特に、市民革命にとって説得的な理論だった。
実際、アメリカ革命とフランス革命は、制憲権発動の産物だと理解された。
それは、ナマの実力の発動でもあったと同時に、規範的意味での国制の決定でもあった。

[B]

国民の意思に淵源をもつとする制憲権論を、社会契約と誤って結びつけながら、最初に実体憲法で高々と謳ったのは、マサチューセッツの憲法だった。
その前文に曰く、「政治的統一は、個人の自由意思による結合によって成立し、それは社会契約の結果であり、この契約により一定の法律に従い一般的利益に合致して統治が為される目的のもとに、人民の全体が各市民と、各市民が市民全体と契約を結ぶのである」。
ところが、その起草者J. アダムスの考えたほどには制憲権論は単純ではなかった。

[40]   [C]

フランスにあっては、制憲権は「人および市民の権利宣言」(フランス人権宣言)にその大枠が実定化され、“権利を保障し、権力分立を定める”立憲主義憲法を制定するよう求めた(⇒[20])。
その作業のために憲法制定会議が召集された。
身分制議会が憲法を制定できない点については、当時の指導者たちの間に合意があったからだ。

同会議は、制憲権の法的性質を論争した。
ある論者は、“制憲権とは実体的にも手続的にも法的制約に服さず、至上最高のものであり、いつでも発動して実定憲法をいかようにも変えることができる”と主張した。
これは、先にふれたように、社会契約の締結状態を恒常的に残しておきたい、という急進派の理論だった。
穏健派はこの見解に反対だった。
実定法を超越すると同時に、憲法をいつでも改変できるものとする実定憲法破壊的な法的性質を制憲権に与えることは、革命の火種を常に抱えるがごとき危険な理論だった。
そこで、穏健派は、こう主張した。
“制憲権は、いったん発動されて実定憲法を制定した後は、実定憲法を支える正当性の契機となる”
“改正権は「憲法によって作り出された権限」であって、「憲法を創り出す権力」とは異なる”

実際、フランス1791年憲法は、制憲権を実定憲法の正当性原理として凍結させたばかりでなく、改正権から峻別し、さらには、改正権の発動についても厳格な手続を踏むこと、および、改正内容にも限界のあることを明示したのだった。

[D]

同時代のアメリカにおいても、フランス類似の展開を示した。
革命当時は、人民主権(popular sovereignty)による憲法制定権力(constitution-making-power)の理論は、強い影響力をもった。
が、その危険な性質は次第に気づかれていった。

先にふれたように、歴史上初めて制憲権の理論に依拠したアメリカではあったが、そこでの人民主権の理論は、《すべての権力が人民に由来する》というところで立ち止まった。
経験主義的な発想を重視した憲法制定会議は、人民自らが主権を行使するわけではないこと、人民は多元的な集団から成っていることを知っていた。
合衆国憲法は、直接民主制とはならないよう、様々な工夫を施した。
例えば、大統領や上院議員の間接選挙制、二院制、そして、司法審査制もそのためだった。
さらに、公職者の一年ごとの改選、憲法改正の簡単な手続、仰々しい権利章典は意図的に避けられた。
建国の父たちが、合衆国憲法の統治体制を、わざわざ「共和制」(Republican Government)と名づけて、民主政体から区別したのはそのためだった。

[41]   [E]

制憲権の理論は、人またはその集合体の意思が権力(power)または権威(authority)を創り出す、という近代合理主義哲学の法学版だった。
それは、社会契約論の影響を受けて、“意思の発動の源が誰であるかに応じて、作り出される権力または権威に序列ができる”とする理論でもあった。
「人民の意思>憲法制定会議の意思>議会の意思」という序列である。

このことを理論として明確にしたのが、ドイツの憲法学者、C. シュミットだった。
彼は、国家の構成員であるとの政治的な自覚をもった国民が、その自覚のもとで、国家全体のあり方を決断する政治的意思を「制憲権」と呼んだ。
彼にとってその権力(※注釈:憲法制定権力)は、ナマの実力で構わなかった。
国民が意欲すれば、そこに統一的秩序と規範とが生ずる、とシュミットは謎に満ちたことを述べた。
これが、「決断主義」と呼ばれるシュミット特有の立場である。

シュミットは、国民のかような意思の所産を Verfassung (憲法、彼の場合、「憲政」と訳すべきか)と呼んだ。
この基盤の上に、個別条規の統一体たる「憲法律」(Verfassungsgesetz)が制定される。
この憲法律は、Verfassung と呼ぶに値しない条規を含むが、それらをも含めて“憲法律だ”といわしむるのは、Verfassung の力だ、というのだ。

憲法律は、特定の国家機関に、立法権、司法権・・・・・・といったように、ある権限を付与する。
憲法改正権も憲法律が付与した権限である。

上のように、シュミットは、〔政治的意思としての制憲権→憲法→憲法律→憲法律によって付与された権能(そのひとつが改正権)〕という公式を作りあげた。
これは政治的意思が階梯的な規範を作り上げていくことをいいたかったのだ(この公式は、憲法改正の限界問題に対してひとつの解答を与えるだろう。この点については、後の[46]でふれる)。
この理論は、意思の発動手続だけに注目して形式的効力の軽重を語ってきたドイツ公法学(いわゆる法実証主義)のなかでは、異彩を放った。


■2.日本国憲法における国民主権


[42] (1) 古典的学説


上にみたように、国民主権を正確に理解することは、我々の予想を裏切るほど困難である。
学説も、次のように多岐に分かれ、主権論争を繰り返してきたのも、むべなるかな、といわざるを得ない。

[A] 最高機関意思説


日本国憲法制定当時は、なお国家法人説が支配的だった。
この見解によれば、国家の諸機関のうち、優越的な政治的決定権を有している機関が「主権者だ」と捉えられた。
この把握の仕方が、先の[37]でふれた「最高機関意思説」だ。
この立場からすれば、日本国憲法のもとでの主権者は、“機関としての国民(選挙人団)だ”となる。
この見方は、我々の常識にもなっていて、疑問を寄せ付けないところがある。
ところが、この説には、次のような難点が残されている。

今日の多くの憲法学者は、国家法人説に批判的なはずである。
というのも、国家法人説は、“国民でもなく、君主でもなく、国家自体が主権を有する団体だ”といいながら、当時忍び寄ってきた国民主権論を否定するイデオロギーだったからだ(⇒[4]をみよ)。
それは、国家主権の万能性を説いてきた。
万能の国家の中で国民が有するといわれる「主権」は、厳密にいえば、統治権の一部ではないか?
選挙人団の範囲と資格は、公職選挙法という法律によって定められる。
法律によって決定された人的範囲・資格をもって、“憲法上の主権者だ”ということは、法律から憲法(国制)を理解するという本末転倒の論理ではないか?
“主権者は選挙人団だ”と考えるとすれば、国民のなかに主権者と主権者ならざる者とが存在することになるが、それでよいか?
日本国憲法41条が「国会は、国権の最高機関」としている文理と抵触しないか?

主権とは、国家統治の源泉を問う概念だった。
にもかかわらず、“国民が主権者だ”との言い方は、憲法典によって権限配分が示された後の統治過程、すなわち、選挙において表示された意思に解答を求めている。
これは、統治の根源を問う主権と、統治の民主化を表す選挙人団とを混同した解答である。
この解答が正答ではないことは、次のような国家を例に考えればすぐに分かるだろう。

【統治権の総攬者は君主であると明文規定をもつ君主主権国家において、選挙人団が普通平等選挙制のもとで議会の構成員を定期的に選出している】。

国家法人説のもとで“国民が主権者だ”といわれるとき、国民がどのような権力を有していればその名に値するのだろうか?
何年かに一度行われる選挙で我々が投票できることで「主権者」は満足すべきなのだろうか?
私には到底満足できない。

[B] 制憲権説


先の[39]~[40]でフランスやアメリカでの革命時の理論を紹介した。
それによれば、“国民主権にいう主権とは、国家統治のあり方を最終的に決定する意思力”を指した。
それが既に検討した制憲権のことだ。

我が国の通説は、国民主権における主権とは制憲権を指す、と解している。
もっとも、制憲権の法的性質の理解の仕方となると、学説は様々な対立を示してくる。

ある立場は、“制憲権とは法外的な政治的決断・意思の発動であって、規範とは無関係だ”という前提に出ながらも、その理論の危険性を看て取って、“日本国憲法の場合、主権者である国民が憲法典をつくりあげるさい、「よき社会」の形成発展のために自然権保障型を中心部分とする立憲主義的憲法典を選択したのだ”という。
国家の自己拘束ならぬ、「 国民の自己拘束説 」である。
この説に対しては、制憲権の理論は近代立憲主義思想(社会契約論=規範の理論)とともに誕生したという歴史的な展開を軽視しているのではないか、との疑問が生じてくる。
さらにまた、日本国憲法制定にあたって、主権者が自己拘束したことが論証されているわけでもない。
日本国憲法の諸規定から後知恵によって“主権者が自己拘束した証左だ”といっているようにも見える。
制憲権論争は、主権者意思の発動前に、その権力を拘束する法力が内臓されているかどうかを問うはずのものである。
自己拘束説の不十分さは火を見るより明らかだ。
自己拘束説と対照的なのが、“制憲権は根本規範による授権によって根拠づけられた法的な力だ”とする見解である。
これを「 権限説 」と称することにしよう。
なぜ、「権限」かといえば、“始源的な規範である根本規範によって授権され枠づけられた法力だ”とみられているからだ。
もっとも、根本規範が「根本」である理由はどこにあるのか、何をもって根本規範とするのか、日本国憲法における根本規範は何であるのか、権限説には謎が多すぎる。
根本規範説に近い立場が、“制憲権は、個人の尊厳または人格不可侵の原則によって規範的拘束を受けている”とする見解である。
この説が「個人の尊厳」「人格不可侵」というとき、どうも、人間のあるべき本性(nature)が念頭に置かれているようだ。
日本版自然法・自然権論 だろう、と私はこの説を診断している。
この説は、自然権思想を受容している論者以外には説得力をもつことはないだろう。

[43] (2) 制憲権と日本国憲法の構造


実定憲法である日本国憲法の解釈問題を離れて、制憲権の法的性質ばかりを論争することは、有意義ではない。
そのことに気づいた学説は、制憲権の法的性質と日本国憲法の構造との関連性を問い始めた。

(※注釈:
<1>)
ある学説は、実定憲法から制憲権の法的性質に接近して、こういった。
“制憲権は、本質的には権力(意思力)であり、超実定的な性質をもつが、実定憲法制定と同時に実定憲法の中に凍結され、正当性の契機となったのだ”
これを「 正当性契機説 」と呼ぶことにしよう。
この説は、
制憲権が革命の理論であること、
国民主権がイデオロギーに過ぎないこと、
を知っている。
実体として存在しない「国民」が主権者であるはずはなく、統治する者は常に少数で、統治されるのが「国民である我々だ」とこの説は見抜いている。
この論者の目は覚めている。曇りがない。
ところが、覚めた立場は、冷めた目で批判されるのが常である。
批判者は、“市民が血を流して勝ち取った国民主権という概念が空虚だとか、イデオロギーに過ぎないだとか、あろうはずがない”と、正当性契機説の空虚さを突くのである。
(※注釈:
<2>)
国民主権を無内容としないためには、そしてまた、日本国憲法の解釈と直接の関連性なし、などとクールに割り切らないためには、どうすべきか?
正当性の契機にとどめることなく、権力的契機をも制憲権にもたせて、“その権力(※注釈:憲法制定権力)は、実定憲法制定について、一定のヴェクトルを示している”と語ることだ。
ある論者は、そう解するにあたって、
権力的契機 を示す場合の制憲権の主体が 選挙人団
正当性の契機 を示す場合の制憲権の主体は 全国民 だ、
と、その担い手に変化をもたせる。
これは、一見巧みな解釈技法にみえる見解ではあるが、国家創設後に国法上に登場する概念である選挙人団を唐突に登場させるところで、破綻してしまっている。
(※注釈:
<3>)
別の論者は、主体云々よりも、制憲権が実定憲法(日本国憲法)の構成原理を指し示している点に留意している。
この論者は、
(ア) 民意をできる限り反映する「民主的」統治メカニズムを備えること、すなわち、選挙人となりうる人的範囲が最大であること、
(イ) 選挙人の意思が反映されるよう統治制度が整備されること、
(ウ) 選挙人の意思が自由に反映されるために、統治者批判が自由であること、
といった要素を挙げている。
ところが、上の(ア)~(イ)は、「国民主権」によって必然的に要請されるものではない。
先の[27]でふれたように、これらは、《統治される国民が統治者に対して有効なコントロールを及ぼすための要素》である。
“統治のあり方を最終的に決定する力を国民が持っている”という命題と、“日本国憲法には、国民が統治者を定期的に交替させる装置が組み込まれている”という命題とは、必然的関連性はないと私は考えている。
実定憲法に用意されている民主的なチャネルは、社会契約でもなければ、その擬似物でもない。
(※注釈:
<4>)
先の[38]でふれたように、社会契約の思想を実定憲法制定後も生かし続けたい、と考える人々もいるだろう。
それに賛同する論者が直接民主制原則に立つ国民主権を唱えるのであれば、その論旨は一貫したものとなる。
「自同性」を満たす統治構造でなければならない、というわけだ。
ところが、実定憲法制定後も、“制憲権は権力的契機を持ち続けている”といいながら、民選議会、参政権、公的言論の自由等の保障で妥協する論者も多い。
民選議会、普通平等選挙制(選挙人資格の拡大)等の要素を満たす統治構造は「半代表制」と呼ばれることがある。
半代表制については、[64]において代表制を論ずる際にふれるが、大いに曖昧な概念にとどまっている。

[43a] (3) 制憲権論から解放された理論を


憲法典上要請される構成原理または統治構造は、あくまで、制定後の憲法典から理解すべきものであり、我々はそこでとどまって憲法解釈に従事すればいいだろう。
制憲権理論は、自然状態から抜け出る際の国制決定の力を「主権」と呼ぶ、実に特殊な場面へと主権概念を限定する思考である。
これに対して、私たちが「国民主権」と聞いてイメージするのは、実定憲法のもとで展開されている、日常的な統治において、誰が(どの機関が)最終的決定権をもっているか、という視点のはずである。
このイメージは、先の[42]でふれた「最高機関意思説」にいいたいところである。

国家法人説の臭いのする「最高機関意思説」に共鳴できないとすれば、「国民主権といわれてきたものは、デモクラティックな統治過程において、国民が何を為し得るか」という見方のことだ、と割り切るとよい。
こう割り切ると、《国民主権とは国政選挙において示された国民(有権者)の多数意思に従って統治される政治体制だ》となろう(⇒[27])。
日常的な統治、または、実定憲法の構成原理を検討するにあたっては、制憲権論は不要である

それでも国民主権はあくまで建前であり、理念にとどまる。
“国民主権原理を採用する実定憲法であれば、その構成原理としてこれこれの要素が選択されるはずだ”と予見することはできない。
“国民の意思が規範を生ぜしめる”という国民主権の理論には、私は合点がいかない。
私には、国民を擬人化したうえで、国民の意思が規範を生むと考えることは、二重の誤りをおかす理論にみえる(⇒[37])。

“法人格の意思が、ネガのかたちで存在している規範をポジにするのだ”という法実証主義を信奉する論者であって初めて、国民主権の理論は受容されるはずだ。
それにしても、法学の基本的タームである「意思」を正面から論じないまま、“意思が規範を生む”などという命題を繰り返してきた法学を、哲学者はどう評価するだろうか?


※以上で、この章の本文終了。
※全体目次は阪本昌成『憲法1 国制クラシック 全訂第三版』(2011年刊)へ。


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