第九章 国民代表と選挙制度

阪本昌成『憲法理論Ⅰ 第三版』(1999年刊)   第一部 国家と憲法の基礎理論    第九章 国民代表と選挙制度 p.133以下

<目次>

■第一節 代表をめぐる歴史 - 代表の種類


[155] (一)歴史上最初の代表は王であった


代表概念は実に多義的えある。
それは、ある権限それ自体、その権限を有する人・機関、または、それらの権能(役割)のいずれか、または、全てを表す。

今日いう「代表」とは、通常、選挙民によって選出された人をいい、そのための制度を「代表制」という。
そのことからすれば、「代表」なる概念は、選挙制、議会制といった制度の表現体である。
これを「狭義の代表」と称することにしよう。
この狭義の代表概念は、例えば、《アメリカの大統領は、全国民の利益を代表する》、とか、《君主は国家を代表する》とかいわれる場合の、機能からみた「代表」概念と同じではない。

狭義の代表は、議会において必ず民意(選挙人の利益、全国民の利益)を表出しなければならないわけではない。
代表の表出する利益は、一院制か二院制かによって異なり、二院制のなかでも、州の利益代表、職能の利益代表等々、様々である。

議会が登場する以前の代表は、王であった。
王は、その機能からみれば、国家・国民の一体性を象徴しているという意味での「 象徴的代表 」であったり、国家・国民のもつ特質を集約的に共有しているという意味での「 縮図的代表 」であったりした。

[156] (二)等族会議は王の諮問機関として登場した


中世中期以後、王への自主的援助金(これが後に税となる)に対する等族(司祭、村長、修道院長等)の同意を得る実際的必要性から、審議権限をもつ集会たる等族会議が登場する。
王は、財政的基礎を領主関係を超えた諸階層に求め始めたのである。
等族は、「国家」機関ではなく、「国家内国家」(公法上の団体)であって、それぞれの構成員を支配する権限を有する独立団体であった。

等族は、等族会議に代表を送り出すが、その代表は、①選挙区の特権身分の有する伝統的な固有の権利を君主から守るために、各身分から派遣され、②私法的な委任の原則による規律に服する存在であった。
それは、選出母体からの命令的・個別的委任を受ける「 委任的代表 」であった。
委任の条件と範囲を逸脱する代表の行為は無効とされるばかりでなく、代表の罷免事由とされた。
また、その役割は、君主の諮問機関であったために、討論・表決することではなく、君主と選出母体との間の導管役を果たすにとどまった。

右の代表の役割がいかに限定されていたとはいえ、その統治にもたらした変容は、重大な意味をもっていた。
すなわち代表の登場は、君主の権力は絶対的ではなく、等族の有する権力との二元構造のなかで制限されていることの象徴的意義を有していた。
絶対君主制に代わる制限君主制が説かれるに当って、歴史上のモデルとされたのが等族的な代表であった。

[157] (三)近代国家は王と等族との二元構造を克服することによって成立した


国家は、等族国家にみられた君主と等族との二元構造を克服することによって成立した。
ヨーロッパ大陸では、その克服は、政治的統一を一身で代表する君主の登場、すなわち、絶対君主制の確立によって達成された([2]参照)。
これに対して、市民革命期のイギリスにおいては、等族君主制から立憲君主制への円滑な移行によって、二元構造が克服されたのである。
立憲君主制は、パーラメントという統一的統治機構を有するイギリスにおいて、まず実現された。
その後、統一的国家の中に、最高・直接機関としての君主と、もう一つの直接機関としての議会(または議院)が存在するに至った段階で、近代国家は新たな二元構造上の政治的軋轢に遭遇することになる(この新たな二元構造を克服する試みが、議院内閣制であることは後の第11章の [208] でふれる)。
なお、「 直接機関 」とは、 国家の組織法たる憲法に基づき国家機関となるもの をいい、 委任に基づいて機関たる地位を与えられる「間接機関」と対比される

イギリスでの議会は、法を語る大法院でもあり、間歇的に活動する諮問機関でもあったパーラメントから発展して成立する。
パーラメントは、等族会議とは違って公法上の団体ではなく、地域的閉鎖性を打破する国民代表機関(政治的統一を担う機関)としての性格を次第に獲得していった。
そして、パーラメントは、代表機関の同意こそ法の拘束力の基礎たるべしと主張しつつ、「すべての人に関係あることはすべての人により同意されるべきである」との標語のもとで、まず、「法を作ること」(law-making)に参与する。
それが、国民の同意の通路、国民の代表者としての議会(パーラメント)となる。
議会は、もともと法の確認と修正を行う機関であったが、「法を作ること」がすなわち「立法」であると法実証主義的公法学者によって同視されるに至って、「立法機関としての議会」が誕生するのである。

もともと議会の成立要因は、立法機関としての地位を獲得することだけにあったのではない。
議会は、課税という立法でもなく行政でもない君主の作用について同意することから発生・生育したことに表れているように(後述する [289] 参照)、執政府を監視監督しながらそれを抑制することを目指していた。
その本来の目的に従って議会は、立法権限から、さらに勢力を拡張して、執政府の責任追及権まで獲得していく。
この段階であっても、君主は立法の裁可権を保持するのであるが、ほぼ全面的に制限された君主となる。

[158] (四)ウィッグの代表観が選挙制代表となっていく


右のような移行は、代表制のあり方と密接に関連している。
等族会議から議会への移行は、トーリ的代表観に代わってウィッグ的代表観が定着してきたことを反映している。

トーリ的代表観 とは、代表は地域的利害を君主に対して表明し交渉する存在であるべし、とする思考をいう。
等族会議への代表は、同質的な地域的利害を代弁する存在であった。
これに対して、 ウィッグ的代表観 とは、直接機関の構成員としての代表は、「一つの利益をもった一つの国民」の意思を表示すべきであって、選出母体から自由に見解を表明できる存在足るべし、とする思考をいう。
ウィッグ的代表観は、次のようなE. バーク演説(1774年)に典型的に表れている。
すなわち、「議会は全体の利益をもった一つの・・・・・・国民の審議のための集会である。・・・・・・代表者は、その偏見なき意見、その成熟した判断力・・・・・・を、いかなる人間、団体に対しても、犠牲に供してはならない。」

これは、議会が政治権力の中心となるために、代表の意思は、選挙区からの個別的な訓令がなくとも全国民の意思を表わすが故に正当であることを強調したものである。
この代表観によって初めて、議会は全国民の代表としての地位と、それに相応しい政治権力とを獲得したのである。
このウィッグ的な代表制は「 選挙制代表 」と呼ばれ、その代表は、委任的代表、象徴的代表、縮図的代表のいずれであってもならない、とされる。

もっとも、17世紀以降のイギリスにおける代表観は一様ではない。
先にふれたように、トーリ流に、地方の利害を代表し、不満の救済を王に求めるという伝統的代表観ばかりでなく、急進派レヴェラーズのように、委任的代表観に立って頻度の高い選挙を要求する流れもみられた。
こうした様々な代表観は、個人を単位として成立している近代社会にあって、部分(地域)的利害を全体(全国)的利害へと社会統合するための架橋として、複数の解答があることを示唆している。

[159] (五)フランスでは純粋代表、委任的代表、そして半代表として理論化された


こうした様々な代表観は、18世紀フランスに渡った。
そこでは、二つの代表概念が意図的に使い分けられた。

まず、1791年憲法はウィッグ的代表観に影響され、「各県から選出された代表者は個々の県の代表ではなく全国民の代表である」(第三編第一章第五節七条)と謳うことによって委任的代表制を否定した( 命令的委任の禁止 または 自由委任 )。
代表が選挙民から自由であるために、「代表として、職務執行に際しては、言動を理由として捜索され、起訴され、裁判されることはない」とする免責特権をも同憲法典は認めた(第三編第一章第五節七条)。
この代表は「 純(粋)代表 」と呼ばれる。
この代表制が、ナシオン主権理論のもとで主張された点については、既にふれた([114]参照)。

これに対して、ルソー理論の影響のもとでプープル主権理論にでた1793年憲法(ジャコバン憲法)は直接民主制の原則を標榜し、純(粋)代表観を否定して、命令的委任の制度を採用した(ルソーによれば「主権は代表され得ないし、同様に譲り渡し得ない」のであるから、議員は代表ではなく、受任者となる)。

19世紀中葉以降のフランスにおいて、また新たな代表観の登場をみる。
男子普通選挙制の実現(1848年)後に制定された第三共和国憲法(1875年)は、純粋代表に代わる別の代表を模索して、選挙民の意向を無視できなくするための工夫を凝らした。
具体的には、(ア)大統領による民選議院の解散制度を導入し、(イ)選挙民を直截に代表する議会の最高機関性を謳った、のである。
これによって選挙民は、代表の行為と表決を実効的に統制でき、ここに選挙人と代表との事実上の同一性が確保される、とする新たな代表観が誕生した。
この代表が「 半代表 」または 社会学的代表 と呼ばれることについては、既にふれた([113]参照)。

[160] (六)アメリカ合衆国憲法では二元的代表構造が採用された


アメリカ合衆国憲法典における代表観は、総じてウィッグよりも急進的である。
同憲法典は、主権が人民にあることを宣言し、代表制を直接民主制の次善の策またはその手段として捉えた。
そのために、連邦議会の下院議員に大きな独立性を与えることを避け、議員を二年ごとの頻繁な選挙に服せしめるのである。
さらに同憲法典は、一身で全国民を代表する大統領を置いた。
もっとも、その選出に当っては、人民の激情による選出を阻止するために、間接選挙という制度が採用された。
大陸諸国の相当数が、君主と議会という二つの代表機関を置けば、かっての二元構造の復活となることを危惧して、議院内閣制という新たな理論によってこれを克服しようとするのに対して(議院内閣制については第11章 [207] 以下でふれる)、アメリカは独自の代表観と権力分立構想のもとで、独自の道を歩むのである(アメリカ独特の権力分立については。[196] でふれる)。

■第ニ節 代表または代表制の意義


[161] (一)政治的代表は法的代表とは異なる


法的な意味での代表とは、Aの行為の法的効果がBに帰属する場合のAをいうが、憲法学でいわれる代表とは政治的意味でのそれ、つまり、ある政治体制のなかで統治の一体性を、公然と表象する地位または役割を有する人をいう。
それを「 政治的代表 」という。
政治的代表の概念は、私法上の代表概念とは全く異なる。

歴史を振り返れば、我々は、三つの代表概念が存在してきたことに気づく。
その第一は、 民会を中心として行われる直接民主政における ポリス的代表観 である。
そこでは、有責・有徳の人物(君主、貴族または多数の公民)から構成される政治的共同体において、各人が共通利益を代表しながら、積極的・自発的に政治参加することが理想とされた。
その第二は、 理性の力によって自由な判断(私利私欲を払拭した判断)を為す公民が自らの意思を現前させれば、一般意思が形成され、たとえ代表が存在するとしても、それが最終的決定権を持つことはない、とする18世紀の ルソー的な代表観 である。
その第三は、 一定の条件を満たせば選挙人としての資格をもって、その選挙人が代表を選出するという装置のなかで、代表は、公衆(public)の政治的選好を公然と(publicly)再現前(represent)すべきものである、という 今日的な代表観 である。

この最後の代表観は、選挙によって選出される議員から成る議会が、選挙民に代わって政治上の争点を解決する、とする制度を前提とする。
その制度は、強制的委任を排除しながらも、定期的な選挙に代表を服さしめる(一定の任期期間中だけ存在する)制度でもある。

[162] (ニ)国民主権のもとでの政治的代表は国民代表と呼ばれるに至る


政治的代表は、国民主権の実現と共に、一般意思または主権者意思を表明する機関または機関構成員を意味するようになる。
そして、そこでの代表制とは、多数の意思を反映するように機関が組織されていることをいう(宮沢『憲法』219~220頁)。
これを 国民代表(制) という。
国民代表には、二つのタイプがあり、一つが直接民主制、他の一つが間接民主制である。

直接民主制 とは、機関概念を用いて説明するとすれば、全体としての国民が一つの機関となると同時に、全員が機関構成員となる統治技術をいう。
この直接民主制は、国民の各自が代表者兼決定者となり、統治の自同性を最大化するための国民代表制である。
これに対して 間接(代表)民主制 とは、同じく機関概念を用いるとすれば、一次機関としての国民が二次機関としての議会(その構成員たる議員)を選出し、二次機関が政治的統一性を表象する統治技術をいう。

近代国家は、右の二つのうち、間接民主制を採用して議会を置き、その構成員たる議員の選出方法として、選挙によるとするのが通例である。
間接民主制が各国で採用された理由は、
第一に、 広大な領土と多大な人口を抱える近代国家においては直接民主制の実行は不可能または困難であること、
第二に、 加熱しがちの人民のパッションや、地域的利害のストレートな強要を抑制する必要のあること(近代立憲主義は、人民の積極的政治参加に警戒的であった点は、既に [78] [81] でふれた)、
第三に、 統治の自同性を確保実現することは、憲法の目指すところではなく、統治にとってリーダー(代表)は不可欠であること、
等に求められる。
右のうち、(ニ)(※注釈:第二の理由)が最も重要である。
直接民主制は多数者の選好をストレートに反映するのに対し、間接代表制は少数者をも代表し得るのである。

[163] (三)代表概念によって直接機関・立法機関としての議会が成立した


近代立憲主義にとって、代表という観念は極めて重要な発明であった。
というのは、この代表技術によって初めて、絶対君主のもとにあった単一の権力から分離独立した権力保持者としての議会が成立し得たからである。
換言すれば、代表技術の考案によって成立をみた議会こそ、絶対君主の専制からの訣別の第一歩であった。
議会は、君主の権力を剥奪または抑制するための組織として成立をみたのである。

議会の成立時においては、議会に対する信頼は絶大であった。
普通選挙のもとでの自由な投票は、議会が国民に対して最大の効用を実現するであろう、と期待された。
J. S. ミルでさえ、代議政治こそ最善の統治形態である、と述べたのは、そのためであった。

実際、19世紀は「議会制の時代」となった。
それを先導したのは、一つには、イギリス憲法史の所産である、代表制、両院制、大臣責任制、議院内閣制といった制度であり、一つには18世紀の哲学の所産である、国民主権、憲法制定権力、権力分立等の理論であった。

君主と議会との力関係は国によって異なるものの、立憲君主制以降は、両者が直接機関としての地位を占めるに至り、議会がまず立法権の本質部分を担うようになる([156]でふれたように等族会議の時代には、その会議体は直接機関ではなかった。また、立憲君主制の意義については、[197]参照)。
その時代には、イェリネックの如く、一次機関(国民)と二次機関(国民代表)とが「法的な統一体となる」と解することも、「議員の意思は国民全体の意思である」と解することも、本来擬制であるとはいえ、説得的であり得た。
なぜなら、国民が統一体として、統一的選挙によって代表を選べば、国民の統一的意思は議会に反映され、従って、我々は民主制を獲得したのだ、といい得るからであった(同時に、多くの人々は、民主制のなかに自由がある、と確信して、19世紀の「議会の時代」を賞賛した)。

ところがその後、君主権限が完全に名目化されたり、君主の存在自体が否定されたりして、議会は抵抗すべきターゲットを失った。
この時点以降、選挙制代表または純粋代表制のもとでの議会は、国民から法上独立した機関であって、議会と国民との間の法的同一性こそ擬制中の擬制であることが判明してくる。
例えば、「昔の政治の大迷信は国王の神権であった。今日の政治の大迷信は議会の神権である」(H. スペンサー)とか、「疑いもなく代議制は民主主義の歪曲である。純粋な民主制は、人民主権を議会という媒介者を通じてのみ発動せしめることを否定する直接民主制のはずである」(ケルゼン)とかの指摘は、「議会の時代」への反省を人々に迫った。

「個」と「全体」との対立は、いかなる代表技術をもってしても解決されることはない。
そこで、真の民主制としての「治者と被治者との自同性」を満たす直接民主制への回帰を訴える人々が出てくるのも当然である。
しかしながら、直接民主主義的統治理念も、ほかならぬ擬制であり、空虚な主張形式に過ぎない。
各人全員が代表者であり、かつ、決定者となる事態は在りようもなく、在ったとしても「感情という誘惑を伴う群衆の仕事であって何者もその衡平を保障しない」であろう(デュギー『公法変遷論』第一章)。

国家は、二つの相対立する形成原理に拠って立つ。
一つは、「 同一性の原理 」であり、他の一つが、「 代表の原理 」である。
同一性の原理に依拠する国制が直接民主制である が、統治に一定の組織・機構と指導者が不可欠である以上、その国制といえども、自己統治を実現することはなく、ただ、民意と指導者の意思とのギャップを極小化することに期待されるだけである。
これに対して、 代表の原理に徹する国制は、指導者たちによる統治を極大化する であろう。
それにも拘わらず、代表制や普通選挙制と、国民主権とを関連させながら、議会が主権者たる国民の意思を代表すると説くことは、有害無益である(主権者としての国民、すなわち、選挙人団としての国民が議会を創設することをもって、主権の行使であると説くことは出来ない。この点については、既に [56] [130] でふれたが、後の [173] でもふれる)。

この点と関連して、「議会制民主主義」という用語に過剰な内容を吹き込むことにも我々は慎重でなければならない。
その用語は、国民と代表との間の関係を表示するものではなく、議会内での討議、表決等の手続にみられる特徴をだけ指すものに限定されるべきである。

[164] (四)代表制は統治方法として最善ではない


民主制とは、被治者が治者(代表)に対して有効な統制を及ぼすための装置である ([56]参照)。
その装置のうち 間接民主制または純(粋)代表制は、統治技術としてベストではなく、様々な工夫によって補完されなければならない
まず
第一に、 民意の多元的な分布を可能な限り正確に反映する代表制とするために、選出(選挙)の在り方が検討されなければならない。
その工夫の一つが比例代表制である。
これは、複数政党の掲げる公約または綱領が選挙の争点となり、基本的には、選挙民が投じた票数に応じて議席が配分される選挙制である(比例代表制のタイプについては、[183]でふれる)。
政党は、代表制を補完する政治的装置として、自然発生的に生まれたのである。
第二に、 地域的利害は、住民の生活に最も密着した地方政府に直接表明されることが望ましく、そのためのチャネルの整備保障も望まれるところである。
地方自治制度は、地域的部分意思を住民自ら形成するための制度であるばかりでなく、全国的な多数者意思形成を準備させるための基盤でもある。
第三に、 一定種の公務員に関しては、任命による公務員であっても、国民による選定罷免権の対象とすることも一つの対応である(日本国憲法にみられる最高裁判所裁判官の国民審査はその一例である)。
第四に、 政治過程から隔絶されている少数集団(マイノリティ・グループ)は、その政治的意思を政治過程へ正確に反映できないこと(under-representation)に鑑みて、非政治的機関(典型的には司法府)による救済手段を彼らに柔軟に講ずることも必要であろう。
最後に、 代表制を半代表制に近づけることも一案ではあるが、社会学上の概念である半代表を、法上の概念として制度化することは困難であって、結局民意と代表者意思との可能な限りの一致は、現実の政治的展開によって解決されるほかない(半代表をいかに評価すべきかについては、すぐ後の [166] で述べる)。

■第三節 日本国憲法上の代表制


[165] (一)我が国の代表制は直接民主制を基礎としていない


日本国憲法が採用している国民代表制につき、徹底した直接民主制であると解する余地はなく、次のいずれかの選択肢が残される。
まず、
選挙人の意思から法上独立するなかで、独自に統一的意思形成をする代表制、すなわち「純代表制」である、とするA説、
選挙人の意思を反映しながら、代表と選出母体との利害の類似性を確保する代表制、すなわち「半代表制」である、とするB説、
日本国憲法が人民主権に立っているとの前提で、その採用する代表制は、命令的委任に服する代表制、すなわち「委任的代表」か、直接民主制の次善手段としての代表制である、とするC説。

我が憲法上の代表制は、「権力は国民の代表者がこれを行使する」と謳う前文、国会議員が「全国民の代表である」と定めて選出母体からの統制を受けないことを示唆する43条、それを具体化するために代表に免責特権を与えている51条等から考えて、A説(純代表制)またはB説(半代表制)の説くところであろう。
なお、本書は、「実在する民意または選挙民の意思」という表現を使用しない。
民意や選挙民の政治的選好は、モザイクのように、ただ浮遊するのみであって、統一的な実在物ではない。

[166] (ニ)我が国の代表制は半代表でもない


このうち、半代表とは、何度か繰り返したように、選挙人の意思と代表の意思との「事実上の同質性」を満たすものをいい、ときに社会学的代表ともいわれる。
なるほど、普通選挙制の実現、民選議院解散に伴う選挙の実施、党員政党の発達等によって、事実としては、代表への自由委任は貫徹し得なくなってきている。
とはいえ、法上の代表の性質如何を問う場合に、事実上の性質をもって論ずることでは、代表に対する法的拘束力を説き得ない。
また、純代表であっても、選挙民の意思に十分配慮すべきものとされていることからしても、A説が妥当である(今日いう純代表を擁護する有名な演説をしたE. バークでさえ、選挙民との密接な接触の必要性、彼らの利益の優先性を説いた点を忘却すべきではない。また、普通選挙制が国民主権の実現であるとか、民主制の実現であると、ナイーヴに同視してはならない。プルードンの指摘するように「普通選挙制とは、人民をしてその本質的統一の姿において語らしむるを得ない立法者が、市民をして一人一人自己の意見を発表せしむるもの」に過ぎない。この点については、[173]でふれる。
半代表制論には、地域的利益は同質であってその意思は代表され得るであろう、との想定がある。
ところが、地域的利益も実は多元的であって、代表され得ると思われる利益も、実は、個別的でしかないのである。
半代表論は、得票最大化動機や団体利益促進願望に支配される代表を産み、国会を地域の特殊・個別的利益の巣とするであろう(大統領公選制や首相公選制は、特殊利益代表と化した議会に対して、全体利益代表としての執政府の長を置いて、半代表機能を修正する試みである)。
さらには、参議院議員の任期が6年、衆議院議員のそれが4年と長期であることからして(45条、46条)、選挙民と代表との事実上の同質性は強調し得ない。

[no.抜け] (三)代表制は、多数の利益をも代表しない


法律を行うはずの「行政」担当者、なかでも、官僚が、法律案の策定のみならず、執政領域の政策立案、政策の見直し等々、統治の全過程に力を持ってきた。
それは、「自由市場のもたらしてきた不公正の是正」を理由として、国家が、ときには企業として、ときには保護者として、我々の「市民社会」にきめ細かく介入して、生産とその成果の分配を決定し始めた。
これは、「福祉国家・積極国家」の必然の帰結であった。
実際、無数ともいえる国家目的決定の選択肢と実現手段が、投票者には理解できないほど複雑になったために、その主導権は、議会でもなく、国民でもなく(ましてや国民の多数派でもなく)、官僚へと移ってきたのである。

かくして官僚は、リソースの配分と分配を決定する「権力」を保有することとなった。
この現代立憲国家においては、ヘーゲル『法権利の哲学』第311節が既に指摘していたように、個人は代表されることはなく、ただ、規模の大きい組織化可能な利害のみが代表されるに至った。
民主主義は、多数派を代表することさえしないのである。

なかでも、代表民主制は、「代表する者」と「代表される者」とを切断するばかりでなく、その二つの者の間隙に、「代表されない者」を出現させる。
代表制は、まさにその中に、「代表されない者」を生み出すという逆説をもつのである。

■第四節 選挙と選挙権


[167] (一)通説は選挙を選挙人団による選任行為であるとする


任命権者による選任を「任命」というのに対して、選挙人(有権者)によって代表を選任する行為を「選挙」という。
我が国の通説は、選挙に当って選挙人が選挙人団という一つの機関を構成すると捉える。
この観点からは、選挙における個々の選挙人の意思表示は、選挙とは異なるものと観念されて、「投票」と呼ばれる。

こうした思考は、国家法人説に立って、国家という法人の構成員たる選挙人が、選挙人団という法人の一機関を構成する、と捉えることによる。
この考え方でいけば、「選挙行為」とは、最高国家機関でもあり一次機関でもある選挙人団が二次機関を創設する行為(公的な行為、従って公務としての特質をもつ行為)であり、「選挙権」とは、個々の選挙人が選挙人団の構成員たる資格を求める権利(選挙人資格請求権)である、とされる。
この資格は、国家構成員であるが故に認められるのであるから、これを国籍保有者に限定するのが当然である(選挙人資格を認められた者の氏名等を登録した名簿を選挙人名簿という。同名簿の作成方法には、本人の登録に基づく自発的登録制と、公的機関が職権で登録する自動登録制とがある。我が国は後者に拠っており、公職選挙法第4章に詳細な定めがある)。

[168] (ニ)選挙に関する理論はイェリネックを元祖とする


「選挙人団」という観念を持ち出すと、その行為は個々の選挙人の権利とは別次元のものと考えざるを得なくなる。
ここから、「選挙人団の行為=公務としての選挙」と、「個々人の選挙権=資格請求権としての選挙権」との区別が帰結される。
これが、イェリネックにみられた、 公務としての選挙行為と能動的権利としての選挙権 という 二元説 である。

[169] (三)我が国の二元説はイェリネック理論とは異なる


もっとも、我が国で二元説といわれる場合には、イェリネックの見解とは異なった意味で用いられる。
それは、選挙権は、選挙人団という機関の公務であると共に、「参政の権利」として主観的権利でもある、という趣旨で通常用いられる(芦部信喜『憲法と議会政』281頁、佐藤・109頁)。
つまりこの二元説は、選挙行為を、機関としての国民から統一的にみれば選挙人団の機関行為であるとみる一方で、個々人のレヴェルに分解してみれば参政権の行使である、と説くのである。

この我が国の通説は、「機関としての選挙行為=公務としての選挙行為」という等式にさらに、「選挙人資格請求権+自己の意思表示としての選挙行為(参政権)=主観的利益としての選挙権」とする等式を加えることによって、選挙権の二元的正確を解明してみせるのである。
しかしながら、各人の選挙権と選挙人団の選挙行為という異なる次元のものを「二元的」と称すること自体、誤導的である。

もともと「参政権」という概念自体、イェリネックにはみられなかった極めて曖昧な概念である。
選挙権が主観的利益であることが解明されて初めて「それは参政権である」といい得るのであって、芒洋とした「参政権としての選挙権」という前提から選挙権の権利性を根拠づけることは結論先取りの循環論に過ぎない。
機関概念を前提とする限り、定義上、個々人の選挙権はあくまで「有権者の一員となる資格の請求権」であり、選挙行為は「機関としての国民の行為(公務の遂行)」である、と説くのが正しい。

[170] (四)近時、我が国では選挙権権利説も有力である


通説的位置を占める二元説に対抗するかたちで、最近では、 選挙権を権利であるとする立場 権利説 )が提唱されてきている。
権利説の中にも、自然権説、憲法上の基本権説、等様々な立場があるが、中でもプープル主権論を基礎とする権利説が注目されている。

プープル主権論によれば、主権が現実的具体的存在としてのプープルに帰属する以上、プープルが最大限直接に国家権力を行使すべきものとされ、選挙とは、主権主体たるプープルが、主権の客体たる国家機関を創設したり改廃したりする「権利」である、と位置づけられる。
この場合の「権利」には、選挙人となる資格および選挙行為の双方が含まれるばかりでなく、同権利は「主権を直接に行使する権利」(奪うことの出来ない政治的権利)である、と特徴づけられる。

この プープル主権論を基礎とする権利説 は、次のような多くの難点を残す。
第一に、選挙を主権の行使と捉えることは、正しくない。
選挙を主権的権利であると捉え得るか否かは、主権や民主主義をいかに捉えるかと関連している。
プープル主権論は、民主主義を「治者と被治者の自同性の実現」と捉えるために、主権の行使(治者の行為)と選挙権の行使(被治者の行為)との同質性を見て取るのである。
しかしながら、 統治に同質性など在り得ない
多元的社会における民主主義は、国民の最大可能な部分が、治者を定期的に交替させる装置をもつ政治体制、または、決定者(代表)を決定する政治体制である([56]参照)。
今日においては、シュンペーターも指摘するごとく「人民の意思は政治過程の推進力ではなくて、むしろその産物である」といわざるを得ず、選挙民の意思を統一的に捉えて、それが政治的意思の最高の決定であり推進力である(主権の行使である)、とすることは擬制にすぎる。
「民主主義理論は、最小限度、一般市民が指導者に対して比較的高度のコントロールを発揮できる諸過程に関連をもっていると考えられている。このことこそ、・・・・・・[民主主義理論という言葉の]最低限度の定義なのである」(R. ダール『民主主義理論の基礎』11頁)。

選挙とは、右にいう「統治者に対する有効なコントロール」を行うためにシトワイアン(各市民)が参加するメカニズムであって、プープル(シトワイアンの総体)の行為ではない、と考えるべきである。
選挙は、自ら統治することを含意していない(間歇的な選挙は、不断の統治とは異なる)。
また、プープル主権論に基づく選挙権権利説に対する疑問の第二として、次の点が挙げられよう。
すなわち、いかに民主主義が徹底されようとも、選挙権の享有主体の具体化は法令に待たねばならず、シトワイアンであれば選挙権を「奪われることのない権利」として保障されるわけではない。
選挙権は、国民のうち、行為能力のある成人にのみ、平等原則に基づいて法認されるのが通例であり、何歳をもって成人とするか、居住要件や不適格要件をどうするか等は、立法府の裁量的判断によって決せられざるを得ない。

なお、選挙権を自然権の一種であると説いて、その権利性を主張する立場もみられるが、各種の技術的制約(例えば、年齢、定住性、登録等)に服さざるを得ない選挙権を自然権と理論構成することは、不可能である。

[171] (五)国政レヴェルでは外国人に選挙権を与えることは許されない


選挙権は、国籍保有者たる国家構成員にのみ付与される。
憲法15条1項が「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」と定めているのは、国家は、対人高権によって画される政治的共同体であって、その政治的意思決定は、対人高権の指標でる国籍の保有者によって下されるべきことを明らかにしているものと解される。
また、国民主権または民主制の観念が、選挙人資格を最大限広げることを要請しているとしても、それは、国政が国籍保有者によって為されるものとする結論に変化はもたらさない。
イェリネックの指摘するように、「民主制的共和制の理念がどんなに進んでも、国家の全ての住民が政治的権利を持つべきだということにはならない。せいぜい、国家の全ての構成員が政治的権利を持つべきだというところで止まる」(イェリネック『一般国家学』582頁)。

最高裁判決は(最ニ小判平5.2.26、判時1452号37頁)、永住外国人が平成元年の参議院議員選挙での投票を行い得なかったことを理由として国家賠償を請求した事案において、マクリーン事件判決(最大判昭53.10.4、民集32巻7号1233頁)を援用しながら、「国会議員の選挙権を有する者を日本国民に限っている公職選挙法9条1項の規定が憲法15条、14条の規定に違反するものではない」と判断した。
同判決は、国家権力行使の源泉は「国民」とすることが国民主権原理の意であるとしながら、学界の通説である「権利性質説」に立って、外国人をその権利保障の範囲外としたのである。

国家権力行使の源泉が「国民」にあるとする伝統的な思考に従えば、被選挙権が外国人に保障されない、と解釈されざるを得ない。
ある下級審判決は(大阪地判平6.12.9、判時1539号107頁)、国会議員の被選挙権について、日本国籍を有さない者が参議院議員選挙への立候補を受理されなかったことを理由として国家賠償を請求した事案において、「右権利は、国民主権原理に基づくものであるから、同条[憲法15条]の『国民』とは日本国籍を有する者のことであることは明らかである」と述べた。

[172] (六)地方自治レヴェルにおける外国人の選挙権付与は微妙である


選挙は、国政だけにみられるわけではない。
地方政治のレヴェルにおいても各種の選挙が実施される。
そこでの選挙権は、その地方の住民であることに基づく資格であると考えれば、その要件として一定期間の定住性が課せられることに異論はない(定住性を満たさない外国人については、論外である)。
地方公共団体における選挙について、「定住性」以外を要件とすることにつき、日本国憲法の採用するスタンスについては、以下の三説があり得る。

まず、A説は、 憲法93条2項が「住民」による直接選挙を保障していることを根拠に、日本国憲法は、定住外国人への選挙権付与を要請している、とする( 積極説 )。
この説に立てば、国籍を要件としている現行の地方自治法11条は違憲とされる。
このA説には、地方自治の目的は、国家の意思から独立して、住民の身近に感じている地域的な行政需要に応ずることにある、との前提がある。
この前提に立てば、定住性や、共同体意識においても日本人と変わりない外国人に選挙権を付与して、その意思を地方行政へ反映するためのチャネルを解法するのは当然の対応ということになろう。
次にB説は、 憲法93条2項にいう「住民」には、外国人を含み得る余地ありと解して、憲法が外国人の選挙権を許容している、とする( 許容説 )。
この説をとれば、現行の地方自治法は違憲とまではされないものの、同法を改正して、定住外国人に選挙権を与えたとしても違憲ではないことになる。
これに対してC説は、 地方自治をもって住民の行政需要に応ずるためのものでなく、あくまで地方の「政治(統治)」を決定する統治制度であると捉えながら、地方自治であっても、それはあくまで国家における統治であって、その政治的統一性は国民のなかの一定の意思によって為されなければならない、とする。
となれば、93条2項にいう「住民」とは国民の中での部分意思を意味し、従って、憲法は、外国人の選挙権を否認していると帰結される( 禁止説 )。
この説に立てば、現行の地方自治法上の規定は合憲であり、外国人に選挙権を承認する法改正は禁止されることになる。

憲法93条2項の文理からすれば、A、B説の成立する余地がないではないが、地方自治の統治的性格からして、「住民」とは「国民の中の住民」を意味すると解するのが妥当である。
1990年、ドイツの憲法裁判所が、外国人に選挙権を与える州および特別市の法律について違憲判決を下したのも、統治なるものは、同質なる国民(Volk)の意思によて為されるべし、との古典的な思想を基本的には反映している(もっとも、右のドイツ憲法裁判所の違憲判決は、ドイツ基本法20条にいう「全ての国家権力は、国民(Volk)に由来する。国家権力は、選挙および投票において国民により、かつ、立法・執行権および裁判の個別の機関によって行使される。」との定めを文理解釈しながら導き出されたものであって、その意味では、やや技術的な姿勢にとどまるものの、基本的な国家観とも関連を有していると考えられる。なお、ドイツにおいては、1992年12月に基本法28条が一部改正され、「郡および市町村における選挙に際しては、欧州共同体を構成する国家の国籍を有している者も、欧州共同体の法の基準に従って、選挙権および被選挙権を有する」こととされた)。
本書は、C説を妥当と考える。

なお、国際人権規約(B規約)25条は、すべての「市民」が「普通かつ平等の選挙権」を有すると定めるが、「市民」とは、国籍保有者を意味するものと理解すべきである。

外国人の地方公共団体における選挙権について、最高裁は(最三小判平7.2.28、判時1523号49頁)、
公務員を選定罷免する権利を保障した憲法15条1項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、その権利の保障は、在留外国人には及ばないこと、
憲法93条2項にいう「住民」とは、地方公共団体の区域内の住所を有する日本国民を意味すること、
を明らかにした。
もっとも、同判決は、「我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるものについて、・・・・・・法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではない」と指摘したこと(許容説にでたこと)に我々は留意しておかなければならない。

地方レヴェルでの被選挙権に関する最高裁の判断は、今のところ、示されていないとはいえ、右の最高裁判決が「日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に [永住外国人等の意思を] 反映させるべく」と表現していることからすれば、地方統治の意思を決定するポストに関わる被選挙権に対しては、消極的とならざるを得ないものと思われる。

[173] (七)本書は選挙権を「代表を選ぶ権利」と考える


【表12】選挙権に関する本書の見方
国家法人説に立たず、従って、有権者団という国家機関を考えない。
求心性に欠ける有権者が統一的意思をもつことはなく、従って、有権者が機関となることはない。
秘密投票まで承認する選挙方法は、公的責任ある統一的な政治的判断を産むことはない。
間歇的に行われる選挙は、主権の行使ではない。
        ↓
選挙とは、統治される民主主義のもとで個々の選挙人が、代表を選出する行為であり、選挙権は主観的公権である。

本書は、選挙とは選挙人団という機関行為(公務)ではなく、代表を選出するための個々人の行為であると解する(表12をみよ)。
選挙人団なる概念は、払拭されるべきドイツ国法学上の残滓である。
もし、選挙行為を公務であると考えれば、「個人の自由な処分に服するという意味での権利ではない」とする思考が正しく(シュミット『憲法論』295頁)、従って、ベルギー憲法48条にみられるように「投票義務」を帰結することとなる(「同国憲法48条1項は「選挙人団の構成は、法律により定められる。」と「選挙人団」という用語によりつつ、3項は「投票は義務であり、秘密である。」と定めている)。

確かに我が国の二元説は、この不当な帰結を回避するかの如くである。
ところが、その二元説が理論構築に成功しているわけではない。
特に今日の選挙が個別的地域を基礎にした選挙区制によって為される以上、選挙民は統一的国家意思の法上の単位ではない。
代表は、選挙民のバラバラの行為(通常は秘密投票)の後に、有効投票の多数が法上結合されて、法上の効果として、出来上がるのである。
利害を異にする有権者が機関を構成することはない(佐々木・318、224頁)。
また、選挙人の多数により示される意思をもって主権であるとする理論は、単純な擬制である(J. ベンサムは、19世紀初頭、「支配する少数者」を選定・解任する権利を多数者に認めることが「最大幸福」に繋がるとみた。これに対して、デュギーは、20世紀初頭にその著『公法変遷論』において既に「現代意識は、選挙団体の多数によりて示される主権の単純すぎる観念ではもはや満足しない」と指摘していた)。

選挙とは、代表(リーダー)からみれば選挙人の投票の獲得を目指して競争する過程であり、選挙人からみれば、それは、その競争過程の最終段階において、代表を選択する行為である、と考えたい。
つまり、選挙とは、機関としての行為でもなく、公務でもなく、主権の行使でもなく、代表を選出する主観的権利の行使である、と本書は考える。
各自の投票におくる意思表示が法上結合されて、そのうちの有効投票で最多数または一定数以上の投票を得た候補者が、法上の効果として、代表の資格を与えられるのである。
この権利は、国民が統治者に対する有効なコントロールを及ぼすための基本的で重要な権利である。
かく解すれば、「選挙権/選挙行為」、「選挙/投票」の区別は不要となる。

我が国の古い最高裁判例(最大判昭30.2.9、刑集9巻2号217頁)は「国民主権を宣言する憲法の下において、公職の選挙権が国民の最も重要な基本的権利の一つである」と述べた。
その後も、議員定数不均衡に関する一連の最高裁判決(最大判昭51.4.14、民集30巻3号23頁)も、選挙権をもって憲法上の最も重要な基本的権利であることを、繰り返し指摘している。
その最高裁の論理は、国民主権から選挙権の権利性を説く点で、プープル主権論にみられると同様の疑問を残すものの、通説にみられる二元説に立っていない点では、基本的方向として妥当である。

■第五節 選挙制度


[174] (一)「普通選挙制」と「制限選挙制」


年齢、居住要件以外を選挙権資格の認定に必要としないものを、「 普通選挙制 」という。
これに対して、独立した政治的判断は、教養と「財産」を有する有閑階層のみが出来ると考えられた場合には一定以上の納税額が、公事に参画するためには一定以上の教養・判断能力が必要であると考えられた場合には知能または教育レヴェルが、女性は家事に男性は公事にという女性への差別感が反映した場合には男性であることが、選挙権付与の要件とされる。
これらの要素のいずれかまたは全部を要件とする選挙制度を「 制限選挙制 」という。
我が憲法典は、「公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する」(15条3項)としている。

数多くの国々で採られていた制限選挙制は、19世紀中葉から20世紀にかけて、次々と撤廃されていった。
普通選挙制の実施によって、政治の様相は一転する。
第一に、 大衆を指導・組織する政党政治が生まれた。
議院内閣制の成立も普通選挙制と無関係ではない。
第二に、 労働者階級を基盤とする社会主義政党が登場して、福祉国家への変容を促進した。
第三に、 純粋代表の思想はもはや実際上貫徹できず、半代表概念が説かれるに至る。

選挙が統治者に対する有効なコントロールのための最大の機会である以上、選挙人となる範囲を意味する「包括度」が可能な限り高くなければならない([57]参照)。
それは、普通選挙制度のもとでも、欠格事由が、やむを得ざるものであり、かつ、その範囲が最小限でなければならないことを意味する。

我が国の公職選挙法11条は、禁治産者、禁固以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者等を欠格者として法定している。
旧憲法時代には欠格事由として、準禁治産者、破産者、貧困のため生活扶助を受ける者等が挙げられていたことと比べれば、その範囲は縮小されたといえよう。
選挙違反による処罰者に対し選挙権・被選挙権を停止している公選法252条につき、最高裁は「選挙の公正を害した者として、選挙に関与せしめるに不適当なものとみとめるべきであるから、これを一定期間、公職の選挙に関与することから排除するのは相当」である、と合憲判断を示した(前傾最大判昭30.2.9)。
しかし、選挙関係犯罪を「公民権停止」事由としていることには、公選法が本来合法的とも思われる戸別訪問等の選挙運動を犯罪として法定している点も合わせ考慮すれば、疑問が残らざるを得ない。

[175] (ニ)「平等選挙制」と「差等選挙制」


「何人も一人として数えられ、一人以上には数えられない」との形式的正義原理に基づいて投票数または投票価値を平等にする one person one vote, one vote one value に依拠する選挙制度を「 平等選挙制 」といい、これらに格差を設けるものを「 差等選挙制 」という。
差等選挙制度には、選挙人に一票もつ者と複数票もつ者との別を設ける「 複数投票制 」、選挙人を幾つかの等級に分けて、各等級ごとに一定の代表数を配分する「 等級選挙制 」とがある。

[176] (三)我が国の選挙制度は普通・平等・直接選挙制である


我が国では、大正14年に25歳以上のすべての男子に選挙権を認める普通選挙制が採用された。
昭和20年には、女子にも選挙権が与えられると共に、年齢資格が20歳以上に引き下げられ、完全な普通選挙制度となった。
日本国憲法15条3項は、明文で普通選挙制を保障している。
これに対して、同憲法典には平等選挙制に関する明文規定はないものの、14条の平等原則規定、国会議員選挙における選挙人資格の平等を定める44条但書からして、当然にこれを採用しているものと解される。
なかでも、44条但書は、投票数および投票価値に関して、選挙人の判断能力、財産、社会的身分等の差異を捨象した、徹底した形式的平等観を示したものである(この点については『憲法理論Ⅱ』 [230] でふれる)。
また、直接選挙制について我が憲法典は、地方公共団体の長および議会議員等の選挙について明文規定をもつにとどまるものの、これを当然視しているものと思われる。
公選法の定める選挙は、すべて直接選挙である。

■第六節 被選挙権と立候補の自由


[177] (一)民主主義はリーダー間の自由な競争を要請する


民主主義は、自由に闘わされる複数の選択肢のうち、最大多数の票によって支えられたものが勝利を得た選択であるとみなされ、それまでの選択肢に平和裡に取って代わることにその特質がある([56]参照)。
日本国憲法前文の第一文が「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、・・・・・・自由のもたらす恵沢を確保し、・・・・・・」と述べているには、この特質に基づく統治体制を予定してのことである。

民主主義は、選挙民となる人口が大であることのみならず、複数の政党または候補者が投票獲得を求めて自由に競争することをも、その必要条件としている。
この観点からすれば、被選挙人資格につき、特定政党の構成員であることや、特定団体の推薦を受けること等を法上の要件とすることは許されず(一党制を公認するとなると、党が国家となってしまう)、立候補は自由でなければならない。

[178] (ニ)被選挙権は資格か権利か


通説は、被選挙権とは、選挙人団によって選定されたとき、これを承諾し、公務員となりうる資格をいう、と解している( 資格説 )。
この説は、被選挙権とは公務就任権の帰属主体となりうる資格をいうのであって、権利そのものではなく、権利能力の如きものと捉えるようである。
これに対して、我が最高裁(最大判昭43.12.4、刑集22巻13号1425頁)は、「被選挙権は、15条1項の保障する重要な基本的人権の一つ」であるとして、選挙される資格につき、国家から妨害、干渉を受けない自由とみている( 自由権説 )。

なるほど、被選挙人資格の具体的あり方は、立法府の判断に委ねられざるを得ないものの、選挙人資格の決定に当って、性別、財産、教育等を関連性のなき不合理な要素とする思考は、被選挙資格の付与の際にも妥当する。
従って、これらの不合理な要素を理由に被選挙資格を制限されないことをもって、被選挙権という、と解してよい。
我が憲法典は、特に国会議員のそれについて、法律事項に委ねながら「但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって差別してはならない」(44条)と規定しているのは、この趣旨にでたものと解される。
もっとも、包括度が最大である必要はない。
例えば、公務員(官僚と呼ばれる人々)であること、補助金受給者であること、といった事実を欠格事由とすることが真剣に検討されるべきである。
なぜなら、彼らは、それ以外の人々とは違って、政策の立案実行の段階で、既に数票を投じておきながら、選挙時点で、また、一票をもつことになるからである。

[179] (三)立候補は自由でなければならない


被選挙人資格を有する者が、自己の自由な意思に基づいて公選に係る公職に就任するために立候補することを、立候補の自由という。
政党を主導とする選挙制が採用される場合には、政党によって立候補の自由も規制されることがありうるが、それは、基本的には、党と立候補者の私人間の問題である(もっとも、政党の国法上の位置によっては、また、現実の政治に対する政党の統制力如何によっては、政党を国家機関またはそれに準じたものとして扱い、憲法典規定を直接適用することがあり得る)。

これに対して、政党の存在を憲法上公認している国家にみられるように、法上、政党を単位とする選挙制が採用されている場合には、
政党結成の自由が保障されていること、
立候補決定の党内手続が公開され、多数者意思を反映するよう整備されていること、
構成員が立候補するについては、その自由意思に委ねられること(構成員の自由)、
等の条件が必要である。

我が憲法典には、立候補の自由に関して明示的規定はない。
その根拠については、憲法13条の幸福追求権を挙げるもの、14条1項にいう政治的関係における平等原則を挙げるもの等、様々である。
公選法は、憲法典が同自由を保障していることを当然の前提として、公職の候補者になろうとする者に暴行または威力を加えること等を禁止している(225条)。

なお、政党だけを単位とする選挙制を採用することには、我が憲法典上、個人の立候補の自由との関係上、大きな疑義がる。
公選法(87条の2)が、参議院議員の比例代表選挙について、政党 その他の政治団体 が候補者名簿を選挙長に届け出ることにより、名簿記載者を候補者とすることが出来る、としているのは、そのためである。

■第七節 選挙区


[180] (一)分割された選挙人団の単位を選挙区という


全体の選挙人を数個の選挙人団に分割して、それぞれの選挙結果を独立に決定するための単位を選挙区という。
通常、選挙区は地域を標準として区分され、一名を選出するものを小選挙区制、二名以上を選出するものを大選挙区制という。

選挙区の設定は、古くは王の特権であった。
議会の勢力が強くなるにつれ、その特権は否定され、議会の制定法による原則が確立された。
これを「選挙区法律制度」という。

我が憲法典も、国会議員の選挙区につき、「法律でこれを定める」ことを明らかにしている(47条)。
それを受けて公選法は、衆議院については大選挙区制を採用している(3名ないし5名区が多く、我が国特有に「中選挙区制」と呼ばれている)。
参議院については比例代表選出と選挙区選出という方式に分かたれ、前者は全都道府県の区域という大選挙区制をとり(12条2項)、後者の選挙区は都道府県を単位とする大選挙区制をとっている。

[181] (ニ)選挙区制のもとで議員定数が配分される


選挙区制のもとでは、立候補から当選人の決定までの選挙手続は、一定地域を単位として行われる。
各選挙区から選出される議員数の配分方法としては、各区の人口に比例させるもの、一定地域(例えば各県につき一人)を基礎とするもの等、様々のものがある。

我が憲法典は、議席配分基準を明示することなく、法律事項としている(47条)。
公選法は配分基準を明示することなく、衆議院の小選挙区選出議員については別表第一で、同議員比例代表選出議員については別表第二で、参議院選挙区選出議員については別表第三で定めることとしている(13、14条)。
そのうち、別表第二の末尾には、「この表は、国勢調査(統計法・・・・・・第四条第二項の規定により十年ごとに行われる国勢調査に限る。)の結果によって、更生することを例とする。」と述べられており、人口を基礎にすることが示唆されている。
これに対して、参議院の選挙区選出議員に関しては、こうした指示は見当たらない。
それは一つには、都道府県を単位とする地域代表的性格をもっていることから来るものとみる余地もある(議院定数不均衡と日本国憲法14条との関係については、『憲法理論Ⅱ』でふれる)。

■第八節 選挙方法


[182] (一)「直接選挙制」、「間接選挙制」、「複選制」


選挙人が、議員や首長等公選に係る公務員を直接に指名することを「直接選挙」といい、選挙人が特定数の中間選挙人を選出し、その中間選挙人の選挙によって公職就任者が選出されるものを「間接選挙」という。
そして、実定法によってそれぞれの選挙方法を制度化したものを「直接選挙制」、「間接選挙制」と呼ぶ。
後者は、一般有権者の判断能力に対する不信感から採用されたが、その後の民主主義思想の浸透に伴って、今日では直接選挙制を採用する国家が多くなっている。

間接選挙制の典型例が、アメリカ合衆国の大統領選挙にみられる(もっとも、アメリカの大統領選挙においては electoral college と呼ばれる大統領選挙人が政党別に選出され、各人は予め支持すると公約した大統領候補者に投票しなければならないという習律が成立しているために、その実質は直接選挙となっている)。
これに対して、フランスの大統領選挙は、かつては議会が選出する方式によっていたが、1962年の憲法的法律制定以来、それに代えて直接選挙制によっている。
大統領権限の正当性を強化するためである。

また、「直接選挙制」と似て非なるものとして、被選議員によって構成される合議機関が別の議員を選出するという「複選制」というものもある。
この場合の議員は、複選のためだけの職務に限定されていない点で、中間選挙人の職務とは異なる。

[183] (ニ)「多数代表法」、「少数代表法」、「比例代表法」


代表の選出がその選挙区の多数派の意思によって決定される選挙方法を「多数代表法」という。
これは、代表機関は多数者意思を反映すべきものである、という思想に基づく。
大選挙区制のもとでの連記投票制や小選挙区制がこれに当たる。
ところが、これによれば多数派による代表機関の独占の可能性が生ずるため、少数派もまた代表を送り込める方策が模索される。
その方策を「少数代表法」といい、典型的には、大選挙区制のもとでの単記制がこれに当たる。
もっとも、この方法によれば必ず少数派が代表を送り出せるというわけではなく、立候補者の数や投票行動といった外的要因によって左右される。
そこで、これを修正し、多数派・少数派に各々その勢力に比例した代表数を確保しようとする「比例代表法」も考案されて、19世紀後半からヨーロッパ各国で実施されている。

比例代表法の基本的特徴は、
当選に必要な標準票数(当選基数)が一定されること(その方法も様々であって、採用頻度の高いものとしてドント式がある)、
当選基数を超える投票が他の候補者に移譲されること、
この二点にある。
比例代表法は、移譲の方式によって、単記移譲式比例代表法と、名簿式比例代方法とに大別だれる。

単記移譲式比例代表法
これは、大選挙区制のもとでの単記投票で、当選基数を超えた残余の得票が選挙人の指定する順序に従って移譲される方式をいう。
名簿式比例代方法
これは、政党の作成した候補者名簿に対して選挙人が投票し、投票の移譲は名簿上の候補内で為される方法をいう。この方法には大別して二つある。
一つは、政党の決定した候補者名簿の順位が絶対的に優先する厳正拘束名簿式と、他の一つは、同一名簿上での候補者順位について選挙人の選択の余地を認める単純高速名簿式である。

我が国の参議院議員の比例代表選挙で採用されている方式は、厳正拘束名簿式であり、当選者の決定はドント式によるものとされている(公選法95条の2)。

[184] (三)「秘密投票」、「公開投票」


投票内容が第三者には判明しないよう工夫された投票方法を、「秘密投票」という。
これに対して、挙手、起立、記名等の方法のように、第三者に投票内容が知れるものを、「公開投票」という。
政治は、責任ある公人によって為されるものであるという理念が強調されれば、公開投票制が好まれる。
しかし、その制度は、他者による拘束や圧力等の不利益を選挙人に与えることになる。
そこで今日では、各人の自由な意思に基づく投票を確保する秘密投票制が広く採用されている。

我が国の憲法典も、「すべての選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない」(15条4項)と定める。
これを受けて公選法は、無記名投票(46条3項)、投票の秘密侵害罪(227条)につき定め、さらに、何人も投票した被選挙人の氏名または政党その他の政治団体の名称を陳述sる義務はない(52条)としている。


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