国体の本義1

◇1.目次

国 体 の 本 義
一、本書は国体を明徴にし、国民精神を涵養振作すべき刻下の急務に鑑みて編纂した。
一、我が国体は宏大深遠であつて、本書の叙述がよくその真義を尽くし得ないことを懼れる。
一、本書に於ける古事記、日本書紀の引用文は、主として古訓古事記、日本書紀通釈の訓に従ひ、又神々の御名は主として日本書紀によつた。
目  次
 緒言(1) ※数字は何ページ目を示す
第一 大日本国体(9)
 一、肇国(9)
 二、聖徳(21)
 三、臣節(32)
 四、和と「まこと」(50)
第二 国史に於ける国体の顕現(63)
 一、国史を一貫する精神(63)
 二、国土と国民生活(85)
 三、国民性(91)
 四、祭祀と道徳(101)
 五、国民文化(114)
 六、政治・経済・軍事(126)
結語(143)

◇2.緒言

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現代日本と思想問題  我が国は、今や国運頗る盛んに、海外発展のいきほひ著しく、前途弥々多望な時に際会してゐる。産業は隆盛に、国防は威力を加へ、生活は豊富となり、文化の発展は諸方面に著しいものがある。夙に 支那・印度に由来する東洋文化 は、我が国に輸入せられて、 惟神(かむながら)の国体に醇 化せられ、更に 明治・大正以来、欧米近代文化の輸入 によつて 諸種の文物は顕著な発達 を遂げた。文物・制度の整備せる、学術の一大進歩をなせる、思想・文化の多彩を極むる、万葉歌人をして今日にあらしめば、再び「御民(みたみ)吾(われ)生ける験(しるし)あり天地(あめつち)の栄ゆる時にあへらく念(おも)へば」と謳ふであらう。明治維新の鴻業により、旧来の陋習を破り、封建的束縛を去つて、国民はよくその志を途げ、その分を竭くし、爾来七十年、以て今日の盛事を見るに至つた。
 併しながらこの盛事は、静かにこれを省みるに、実に安穏平静のそれに非ずして、内に外に波瀾万丈、発展の前途に幾多の困難を蔵し、隆盛の内面に混乱をつつんでゐる。即ち 国体の本義 は、 動もすれば透徹せず学問・教育・政治・経済その他国民生活の各方面幾多の欠陥 を有し、伸びんとする力と混乱の因とは錯綜表裏し、燦然たる文化は内に薫蕕(くんいう)を併せつゝみ、こゝに 種々の困難な問題 を生じてゐる。今や我が国は、一大躍進をなさんとするに際して、生彩と陰影相共に現れた感がある。併しながら、これ飽くまで発展の機であり、進歩の時である。我等は、よく現下内外の真相を把握し、拠つて進むべき道を明らかにすると共に、奮起して難局の打開に任じ、弥々国運の伸展に貢献するところがなければならぬ。
 現今 我が国の思想上・社会上の諸弊 は、 明治以降余りにも急激に多種多様な欧米の文物・制度・学術を輸入したため に、動もすれば、 本を忘れて末に趨り、厳正な批判を欠き、徹底した醇化をなし得なかつた結果 である。抑々我が国に輸入せられた西洋思想は、主として 十八世紀以来の啓蒙思想 であり、或は その延長としての思想 である。これらの思想の根柢をなす世界観・人生観は、 歴史的考察を欠いた合理主義 であり、 実証主義 であり、一面に於て 個人に至高の価値を認め、個人の自由と平等とを主張 すると共に、他面に於て 国家や民放を超越した抽象的な世界性を尊重 するものである。従つてそこには 歴史的全体より孤立 して、 抽象化 せられた 個々独立の人間とその集合 とが重視せられる。かゝる世界観・人生観を基とする政治学説・社会学説・道徳学説・教育学説等が、一方に於て 我が国の諸種の改革に貢献 すると共に、他方に於て深く広くその 影響を我が国本来の思想・文化に与へた
 我国の啓蒙運動に於ては、先づ 仏蘭西啓蒙期の政治哲学たる自由民権思想 を始め、 英米の議会政治思想や実利主義・功利主義独逸の国権思想等 が輸入せられ、固陋な慣習や制度の改廃にその力を発揮した。かゝる運動は、文明開化の名の下に広く時代の風潮をなし、政治・経済・思想・風習等を動かし、所謂 欧化主義時代 を現出した。然るにこれに対して伝統復帰の運動が起つた。それは国粋保存の名によつて行はれたもので、澎湃たる西洋文化の輸入の潮流に抗した国民的自覚の現れであつた。蓋し極端な欧化は、我が国の伝統を傷つけ、歴史の内面を流れる国民的精神を萎靡せしめる惧れがあつたからである。かくて 欧化主義と国粋保存主義との対立 を来し、 思想は昏迷 に陥り、国民は、内、伝統に従ふべきか、外、新思想に就くべきかに悩んだ。然るに、明治二十三年「 教育ニ関スル勅語 」の 渙発 せられるに至つて、国民は皇祖皇宗の肇国樹徳の聖業とその履践すべき大道とを覚り、こゝに進むべき確たる方向を見出した。然るに欧米文化輸入のいきほひの依然として盛んなために、この 国体に基づく大道明示 せられたにも拘らず、未だ消化せられない西洋思想は、その後も依然として流行を極めた。即ち 西洋個人本位の思想 は、更に新しい旗幟の下に 実証主義 及び 自然主義 として入り来り、それと前後して 理想主義的思想・学説 も迎へられ、又続いて 民主主義・社会主義・無政府主義・共産主義等 の侵入となり、最近に至つては ファッシズム等 の輸入を見、遂に今日我等の当面する如き 思想上・社会上の混乱を惹起 し、 国体に関する根本的自覚を喚起 するに至つた。
国体の自覚  抑々 社会主義・無政府主義・共産主義等詭激なる思想 は、究極に於てはすべて 西洋近代思想の根柢をなす個人主義に基づくもの であつて、その発現の種々相たるに過ぎない。個人主義を本とする欧米に於ても、 共産主義 に対しては、さすがに これを容れ得ず して、今やその本来の個人主義を棄てんとして、 全体主義・国民主義の勃興 を見、 ファッショ・ナチスの擡頭 ともなつた。即ち個人主義の行詰りは、欧米に於ても我が国に於ても、等しく思想上・社会上の混乱と転換との時期を将来してゐるといふことが出来る。久しく個人主義の下にその社会・国家を発達せしめた欧米が、今日の行詰りを如何に打開するかの問題は暫く措き、 我が国 に関する限り、 真に我が国独自の立場に還り、万古不易の国体を闡明 し、一切の追随を排して、よく本来の姿を現前せしめ、而も 固陋を棄てて益々欧米文化の摂取醇化に努め 、本を立てて末を生かし、 聡明にして宏量なる新日本を建設すべき である。即ち今日我が国民の思想の相剋、生活の動揺、文化の混乱は、我等国民がよく 西洋思想の本質を徹見する と共に、 真に我が国体の本義を体得する ことによつてのみ 解決 せられる。而してこのことは、独り我が国のためのみならず、今や個人主義の行詰りに於てその打開に苦しむ世界人類のためでなければならぬ。こゝに我等の重大なる世界史的使命がある。乃ち「 国体の本義 」を 編纂 して、 肇国の由来 を詳にし、その 大精神を闡明する と共に、 国体の国史に顕現する姿を明示 し、進んでこれを今の世に説き及ぼし、以て 国民の自覚と努力とを促す 所以である。

◇3.第一 大日本国体

※省略

◇4.第二 国史に於ける国体の顕現

※省略

◇5.結語

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 我等は、以上我が国体の本義とその国史に顕現する姿とを考察して来た。今や我等皇国臣民は、現下の諸問題に対して如何なる覚悟と態度とをもつべきであらうか。惟ふに、先づ努むべきは、国体の本義に基づいて諸問題の起因をなす外来文化を醇化し、新日本文化を創造するの事業である。
 我が国に輸入せられた各種の外来思想は、支那・印度・欧米の民族性や歴史性に由来する点に於て、それらの国々に於ては当然のものであつたにしても、特殊な国体をもつ我が国に於ては、それが我が国体に適するか否かが先づ厳正に批判検討せられねばならぬ。即ちこの自覚とそれに伴ふ醇化とによつて、始めて我が国として特色ある新文化の創造が期し得られる。
西洋思想の特質  抑々 西洋思想 は、その源を ギリシヤ思想 に発してゐる。ギリシヤ思想は、主知的精神を基調とするものであり、合理的・客観的・観想的なることを特徴とする。そこには、都市を中心として文化が創造せられ、人類史上稀に見る哲学・芸術等を遺したのであるが、末期に至つてはその思想及び生活に於て、漸次に個人主義的傾向を生じた。而して ローマ は、このギリシヤ思想を法律・政治その他の実際的方面に継承し発展せしめると同時に、超国家的な キリスト教 を採用した。 欧米諸国の近世思想 は、一面には ギリシヤ思想を復活 し、中世期の宗教的圧迫と封建的専制とに反抗し、 個人の解放、その自由の獲得主張 し、天国を地上に将来せんとする意図に発足したものであり、他面には、 中世期超国家的な普遍性真理性 とを 尊重する思想 を継承し、而もこれを 地上の実証に求めん とするところから出発した。これがため自然科学を発達せしめると共に、教育・学問・政治・経済等の各方面に於て、 個人主義・自由主義・合理主義主流 として、そこに 世界史的に特色ある近代文化著しい発展 を齎した。
 抑々 人間 は現実的の存在であると共に永遠なるものに連なる歴史的存在である。又、我であると同時に同胞たる存在である。即ち 国民精神 により 歴史 に基づいてその 存在が規定 せられる。これが人間存在の根本性格である。この具体的な国民としての存在を失はず、そのまゝ個人として存在するところに深い意義が見出される。然るに、 個人主義的な人間解釈 は、 個人たる一面のみを抽象 して、その 国民性と歴史性 とを 無視 する。従つて 全体性・具体性失ひ 、人間存立の真実を逸脱し、その理論は現実より遊離して、種々の誤つた傾向に趨る。こゝに個人主義・自由主義乃至その発展たる種々の思想の根本的なる過誤がある。今や西洋諸国に於ては、この誤謬を自覚し、而してこれを超克するために種々の思想や運動が起つた。併しながら、これらも畢竟 個人の単なる集合 を以て 団体 或は 階級 とするか、乃至は 抽象的の国家を観念する に終るのであつて、かくの如きは誤謬に代ふるに誤謬を以てするに止まり、決して真実の打開解決ではない。
東洋思想の特質  我が国に輸入せられた支那思想は、主として儒教と老荘思想とであつた。儒教は実践的な道として優れた内容をもち、頻る価値ある教である。而して孝を以て教の根本としてゐるが、それは支那に於て家族を中心として道が立てられてゐるからである。この孝は実行的な特色をもつてゐるが、我が国の如く忠孝一本の国家的道徳として完成せられてゐない。家族的道徳を以て国家的道徳の基礎とし、忠臣は孝子の門より出づるともいつてゐるが、支那には易姓革命・禅譲放伐が行はれてゐるから、その忠孝は歴史的・具体的な永遠の国家の道徳とはなり得ない。老荘は、人為を捨てて自然に帰り、無為を以て化する境涯を理想とし、結局その道は文化を否定する抽象的のものとなり、具体的な歴史的基礎の上に立たずして個人主義に陥つた。その末流は所謂竹林の七賢の如く、世間を離れて孤独を守らうとする傾向を示し、清談独善の徒となつた。要するに儒教も老荘思想も、歴史的に発展する具体的国家の基礎をもたざる点に於て、個人主義的傾向に陥るものといへる。併しながら、それらが我が国に摂取せられるに及んでは、個人主義的・革命的要素は脱落し、殊に儒教は我が国体に醇化せられて日本儒教の建設となり、我が国民道徳の発達に寄与することが大であつた。
 印度に於ける仏教は、行的・直観的な方面もあるが、観想的・非現実的な民族性から創造せられたものであつて、冥想的・非歴史的・超国家的なものである。然るに我が国に摂取せられるに及んでは、国民精神に醇化せられ、現実的・具体的な性格を得て、国本培養に貢献するところが多かつたのである。
新日本文化の創造  これを要するに、 西洋の学問や思想の長所分析的・知的 であるに対して、 東洋の学問・思想 は、 直観的・行的 なることを特色とする。それは民族と歴史との相違から起る必然的傾向であるが、これを我が国の精神・思想並びに生活と比較する時は、尚そこに大なる根本的の差異を認めざるを得ない。我が国は、従来支那思想・印度思想等を輸入し、よくこれを摂取醇化して皇道の羽翼とし、国体に基づく独自の文化を建設し得たのである。明治維新以来、西洋文化は滔々として流入し、著しく我が国運の隆昌に貢献するところがあつたが、その個人主義的性格は、我が国民生活の各方面に亙つて種々の弊害を醸し、思想の動揺を生ずるに至つた。併しながら、今やこの西洋思想を我が国体に基づいて醇化し、以て宏大なる新日本文化を建設し、これを契機として国家的大発展をなすべき時に際会してゐる。
 西洋文化の摂取醇化に当つては、先づ 西洋の文物・思想の本質究明 することを 必要 とする。これなくしては、国体の明徴は現実を離れた抽象的のものとなるであらう。 西洋近代文化顕著なる特色 は、 実証性 とする 自然科学 及び その結果 たる 物質文化華かな発達 にある。更に 精神科学 の方面に於ても、その 精密性論理的組織性 とが見られ、 特色ある文化を形成 してゐる。 我が国益々これらの諸学を輸入 して、 文化の向上、国家の発展を期せねばならぬ 。併しながらこれらの学的体系・方法及び技術は、西洋に於ける民族・歴史・風土の特性より来る西洋独自の人生観・世界観によつて裏附けられてゐる。それ故に、我が国にこれを輸入するに際しては、十分この点に留意し、深くその本質を徹見し、透徹した見識の下によくその長所を採用し短所を捨てなければならぬ。
諸般の刷新  明治以来の我が国の傾向を見るに、或は伝統精神を棄てて全く西洋思想に没入したものがあり、或は歴史的な信念を維持しながら、而も西洋の学術理論に関して十分な批判を加へず、そのまゝこれを踏襲して二元的な思想に陥り、而もこれを意識せざるものがある。又著しく西洋思想の影響を受けた知識階級と、一般のものとは相当な思想的懸隔を来してゐる。かくて、かゝる情態から種々の困難な問題が発生した。 嘗て流行 した 共産主義運動 、或は 最近 に於ける 天皇機関説の問題 の如きが、往々にして 一部の学者・知識階級の問題 であつた如きは、よくこの間の消息を物語つてゐる。今や共産主義は衰頽し、機関説が打破せられたやうに見えても、それはまだ決して根本的に解決せられてはゐない。各方面に於ける西洋思想の本質の究明とその国体による醇化とが、今一段の進展を見ざる限り、真の成果を挙げる事は困難であらう。
 惟ふに西洋の思想・学問について、一般に 極端なるもの 、例へば 共産主義・無政府主義 の如きは、何人も容易に 我が国体と相容れぬもの であることに気づくのであるが、 極端ならざるもの 、例へば 民主主義・自由主義等 については、果してそれが 我が国体と合致するや否や については多くの注意を払はない。抑々如何にして近代西洋思想が 民主主義・社会主義・共産主義・無政府主義等 を生んだかを考察するに、先に述べた如く、そこには すべての思想の基礎 となつてゐる 歴史的背景 があり、而もその 根柢 には 個人主義的人生観 があることを知るのである。西洋近代文化の根本性格は、個人を以て絶対独立自存の存在とし、一切の文化はこの個人の充実に存し、個人が一切価値の創造者・決定者であるとするところにある。従つて個人の主観的思考を重んじ、個人の脳裡に描くところの観念によつてのみ国家を考へ、諸般の制度を企画し、理論を構成せんとする。かくして作られた西洋の国家学説・政治思想は、多くは、国家を以て、個人を生み、個人を超えた主体的な存在とせず、個人の利益保護、幸福増進の手段と考へ、自由・平等・独立の個人を中心とする生活原理の表現となつた。従つて、 恣な自由解放のみを求め、奉仕といふ道徳的自由を忘れた謬れる自由主義や民主主義発生 した。而してこの個人主義とこれに伴ふ抽象的思想の発展するところ、必然に 具体的・歴史的な国家生活 は抽象的論理の蔭に 見失はれ 、いづれの国家も国民も一様に国家一般乃至人間一般として考へられ、具体的な各国家及びその特性よりも、寧ろ 世界一体の国際社会、世界全体に通ずる普遍的理論 の如きものが 重んぜられ 、遂には 国際法国法よりも高次の規範 であり、高き価値をもち、 国法 は寧ろ これに従属するものとするが如き 誤つた考すら発生するに至るのである。
 個人の自由なる営利活動の結果に対して、国家の繁栄を期待するところに、西洋に於ける近代自由主義経済の濫觴がある。西洋に発達した近代の産業組織が我が国に輸入せられた場合も、国利民福といふ精神が強く人心を支配してゐた間は、個人の溌剌たる自由活動は著しく国富の増進に寄与し得たのであるけれども、その後、個人主義・自由主義思想の普及と共に、漸く経済運営に於て利己主義が公然正当化せられるが如き傾向を馴致するに至つた。この傾向は貧富の懸隔の問題を発生せしめ、遂に階級的対立闘争の思想を生ぜしめる原因となつたが、更に共産主義の侵入するや、経済を以て政治・道徳その他百般の文化の根本と見ると共に、階級闘争を通じてのみ理想的社会を実現し得ると考ふるが如き妄想を生ぜしめた。利己主義や階級闘争が我が国体に反することは説くまでもない。皇運扶翼の精神の下に、国民各々が進んで生業に競ひ励み、各人の活動が統一せられ、秩序づけられるところに於てこそ、国利と民福とは一如となつて、健全なる国民経済が進展し得るのである。
 教育についても亦同様である。明治維新以後、我が国は進歩した欧米諸国の教育を参酌して、教育制度・教授内容等の整備に努め、又自然科学はもとより精神諸科学の方面に於ても大いに西洋の学術を輸入し、以て我が国学問の進歩と国民教育の普及とを図つて来た。五箇条の御誓文を奉体して旧来の陋習を破り、智識を世界に求めた進取の精神は、この方面にも亦長足の進歩を促し、その成果は極めて大なるものがあつた。併しそれと同時に個人主義思想の浸潤によつて、学問も教育も動もすれば普遍的真理といふが如き、抽象的なもののみを目標として、理智のみの世界、歴史と具体的生活とを離れた世界に趨らんとし、智育も徳育も知らず識らず抽象化せられた人間の自由、個人の完成を目的とする傾向を生ずるに至つた。それと同時に又それらの学問・教育が、分化し専門化して漸く綜合統一を欠き、具体性を失ふに至つた。この傾向を是正するには、我が国教育の淵源たる国体の真義を明らかにし、個人主義思想と抽象的思考との清算に努力するの外はない。
 かくの如く、 教育・学問・政治・経済等の諸分野 に亙つて 浸潤 してゐる 西洋近代思想の帰するところ は、結局 個人主義 である。而して 個人主義文化個人の価値を自覚 せしめ、 個人能力の発揚を促した ことは、その 功績 といはねばならぬ。併しながら西洋の現実が示す如く、個人主義は、畢竟個人と個人、乃至は階級間の対立を惹起せしめ、国家生活・社会生活の中に幾多の問題と動揺とを醸成せしめる。今や 西洋 に於ても、 個人主義是正 するため 幾多の運動 が現れてゐる。所謂 市民的個人主義 に対する 階級的個人主義 たる 社会主義・共産主義 もこれであり、又 国家主養・民族主義 たる最近の所謂 ファッショ・ナチス等の思想・運動 もこれである。
 併し我が国に於て真に個人主義の齎した欠陥を是正し、その行詰りを打開するには、 西洋社会主義 乃至 抽象的全体主義等そのまゝ輸入 して、その思想・企画等を 模倣 せんとしたり、或は 機械的西洋文化排除 することを以てしては 全く不可能 である。
我等の使命  今や 我が国民の使命 は、 国体 として 西洋文化を摂取醇化 し、以て 新しき日本文化を創造 し、進んで 世界文化の進展に貢献する にある。我が国は夙に支那・印度の文化を輸入し、而もよく独自な創造と発展とをなし遂げた。これ正に我が国体の深遠宏大の致すところであつて、これを承け継ぐ国民の歴史的使命はまことに重大である。現下 国体明徴 の声は極めて高いのであるが、それは 必ず西洋の思想・文化の醇化を契機としてなさるべき であつて、これなくしては国体の明徴は現実と遊離する抽象的のものとなり易い。即ち 西洋思想の摂取醇化国体の明徴 とは 相離るべからざる関係にある
 世界文化に対する過去の日本人の態度は、自主的にして而も包容的であつた。我等が世界に貢献することは、たゞ日本人たるの道を弥々発揮することによつてのみなされる。国民は、国家の大本としての不易な国体と、古今に一貫し中外に施して悖らざる皇国の道とによつて、維れ新たなる日本を益々生成発展せしめ、以て弥々天壌無窮の皇運を扶翼し奉らねばならぬ。これ、我等国民の使命である。

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