『常識を破るモノ』2


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

『常識を破るモノ』

  • 作者 1スレ651
  • 投下スレ 2スレ
  • レス番 7 37-38 92-93 224-227
  • 備考 電波的な彼女世界でのクロスオーバー的な何か

7 名無しさん@ピンキー sage 2007/02/12(月) 15:45:44 ID:PDX1Jd7P
前スレの>>775からどうぞ。

 ジッ、と鬱陶しい雨の前髪越しに彼女の瞳を見つめる。
 微かに覗く彼女の瞳は驚きと緊張が見え隠れしているような気がする。
 いつも力になってくれるこいつは果たしてどんな存在なのだろうか。伊吹に訊かれたあの問いがふっと脳裏をかすめる。
 だがこいつは決まってこう答えるだろう。「ジュウ様の騎士であり奴隷です」と。
「え、ええと…」
「あ、ああ、悪い。少し考え事をしてた」
 どういうわけか雨もどこかぎこちなさそうにする。しかし、それは居心地が悪いものではなく、どこか嬉しいような恥ずかしいようなもの。
 ジュウにはそう感じられたが、あえてそれは頭の外から追い出して言葉を続けた。
「……おまえも気をつけろよ」
「はい?」
「雪姫にも言ったが、こいつの狙いは俺だ。
 大切なものというのが何かは分からないが…おまえたちにも被害が及ぶかもしれない」
 一瞬驚いた様子だったが、雨は嬉しそうに微笑んだ。
「…ありがとうございます。私はジュウ様に仕えることが出来て光栄です」
「あのな…」

 そんな大げさな。ここのところ雨と一緒にいることが多かったためか、彼女の言い回しには慣れたつもりであったが、
 やはり時折彼女の思考回路はどうなっているのかと知りたくなるときがある。
 けれど、それは彼自身の好奇心が他人に向いているということになる。

 以前は他の誰かに興味を抱くことなんてなかったのに。
 思えば、雨と出会ってから少し自分は変わったように思える。変わることが全て良いことだとは思わないが、
 それでもこの変化は良いものだろうと、信じたくなった。

 と、そこでジュウの携帯が鳴る。
「悪い。ちょっと待て。 ……円堂から?」
 雨に断り、携帯を開くと『円堂円』と画面に写し出されていた。
 珍しい。男嫌いで、ジュウにあまりいい印象を持たない彼女から自分に電話をかけてくることはなかった。
「もしもし、円堂か?」
『柔沢くん? 今どこにいるの?』
「雨の家だけど……」
『ならちょうど良かったわ。…いい? 今すぐ雨と一緒に駅前の病院に来て』
「駅前の病院? ああ、そこなら知ってるけど…どうしたんだよ?」
 矢継ぎ早に話す円の言葉を聴きながら、頷いた。夏休み前の事件でジュウが世話になった病院だ。
 冷静沈着な彼女がここまで慌てて話すのは珍しい。何があったのだろう。
 円は一拍置いた後、静かに言葉を紡いだ。

『……雪姫が襲われたの。今、手術中よ』

 なんだって。ジュウは言葉にする前に、携帯を取り落としてしまった。


※※※
と、今回はここまで。
なんというか、色々と冒険してみたので、違和感覚えるところもおありかと思いますが、
暇つぶしにどうぞ。そして遅れましたが>1お疲れ様です。

37 『常識を破るモノ』 - ジュウの決意 sage 2007/02/25(日) 00:12:42 ID:RwOADItg

 俺はいつもこうだ。
 気づいたときには遅い。後悔ばかりして生きている。どうして俺はこんなにもバカなんだ。
 藤嶋の時も。桜の時も。いつも誰かが被害に遭ってから気づいてしまう。

 どうしてあの時もっと真剣に雪姫に忠告をしてやれなかったのか。
 いや、それ以前にどうして真実を打ち明けられなかったのか。
 誰にも迷惑をかけたくないというちっぽけなプライドがそうさせたのか。

 考えても考えても、答えは出ない。やっぱり俺はバカだ―――。




 円から連絡を受けて十数分後、ジュウは雨を連れ病院に向けて疾走していた。
 円の言葉を聞いて、彼は信じても信じ切れなかった。詳しい事情はまだ聞いていないが、
 あの雪姫がそう簡単にやられるような人間ではないことは、よく知っている。
「ジュウ様……」
「喋るな…! 俺は…!」
 気遣う雨の声も封殺して、ジュウは怒りを何とか静めようとしていた。
 不甲斐ない自分への怒り。そして、雪姫を襲った犯人へと怒り。
 その怒りのあまり、冷静さを欠いている。怒りに己を委ねればいいことはないと
 今までの事件でも学んだと言うのに、それでもその怒りを抑えることができなかった。
 だが今はそれよりも雪姫の安否。それが唯一ジュウの理性を繋いでいた。
 アスファルトを叩く足音を強くしながら、人ごみのなかを掻き分け疾走していく。今はただ、雪姫のために。


「……やっと来たわね、柔沢くん、雨」
 病院のロビーで待ち受けていたのはいつも以上に鋭さを増している円の眼差しだった。
 まるで、そこに敵意を込めればナイフのように肌身を切り裂かれそうなほど、鋭く。
「それで、雪姫の様態は?」
「一命は取り留めたみたいよ。ただし、当分の間は面会謝絶らしいけど」
「…そうか」
 そこでジュウは安堵の吐息を吐き出す。もしかしたら、と最悪の場合を考えていたが、
 円の話によると奇跡的にぎりぎりのところで致命傷を免れていたらしく、
 あと少しでも相手の狙いが的確であったか雪姫が対応できていなかったら、確実に命を落としていただろうとのこと。
「今日雪姫と遊びに約束をしていたのよ。少し時間が立っても待ち合わせに来なかったから、
 駅周辺を探してみると案の定よ。血を流して倒れていたの、雪姫が」
「円堂……おまえ」
 彼女を知らないものが見たら、なんでそんなに冷静にいられるんだと声をあげていただろう。
 しかし、ジュウも雨も彼女が冷静ではないことは、一見してすぐにわかった。
 爪を噛み、苛立たしげにとんとんと足踏みをする。
 いつも冷静沈着である彼女がこれだけの僅かな苛立ちでも見せることがかなり珍しい。
 それだけ彼女もまた怒りを感じているということだった。




38 『常識を破るモノ』 - ジュウの決意 sage 2007/02/25(日) 00:15:05 ID:RwOADItg
「円堂、実は……」
 そんな円の様子を見て、ジュウは逆に自分の頭がクリアになっていくのが感じられた。
 冷静な様子ではあるが、雨も実際のところ怒りを感じていないはずがないのだ。
 ただ雨はジュウの前だから冷静な振る舞いができ、感情をコントロールすることが出来ているのだろう。
 俺はなんてバカなんだ。自分だけが怒りを感じているわけではないのだ。
 そう思いながら包み隠さず円にあの脅迫文のことを話した。

 全てを聞き終わった円は険しい表情でジュウを睨みつける。
「柔沢くん、いつか言ったわよね。あなたが何をしようと勝手だけれど、それに雨や雪姫を巻き込まないでって?」
「円! これはジュウ様の罪ではないでしょう」
「いい。雨、お前は下がってろ」
「しかし」
「雨」
「……分かりました」
 冷静な声で何か言いたげな雨をジュウは制止させ、じっと真正面から円からの視線を受け止める。
 分かっていたのだ。もしかしたら雪姫も狙われるかもしれない危険性を。だから忠告した。
 だがちっぽけなプライドのために事実を話さなかった。なんて中途半端な自分。
 それに円にも忠告されていたことだ。雨や雪姫を巻き込むぐらいなら、彼女らに迷惑がかからないように遠く離れさせると。
 結局これはジュウの傲慢さによって引き起こされた悲劇。少なくともジュウはそう思い込んでいた。
「円堂、お前がこいつらと俺を引き離れさせたいのならそれでもいい。
 けど、今はやることがある」
「………何を?」
「俺は、この『常識破り』って奴を捕まえてみせる。」
「それが貴方にできると思うの? ナイフを持っていなかったとは言え、雪姫を襲った相手よ」
「だからお前の力を貸して欲しい。もちろん雨も、だ」
「勝手な独り善がりね」
 冷たい刃のような円の言葉。だが、言われても当然。自分から彼女たちを巻き込もうとしているのだから。
 けれど、自分は無力。それを十分に承知している。だからこそ、彼女たちの力が必要なのだ。
 偽善者だろうが、卑怯者だろうが、雪姫を襲った犯人を捕まえたい。

 そう訴えかけるようにジュウは力を込めて円を見つめた。円はそれには答えず、今度は雨に視線を向ける。
「わたしはジュウ様の従者です。ジュウ様のお言葉に従いましょう」
「雨……。貴女はそれでいいの?」
「もちろんです」
 自分の言葉の内容が誇らしいと言わんばかりの雨の笑顔をしばし見つめたあと、
 円は呆れるようなそれでいてどこか冷たくないため息をついて、瞼を閉じる。

「…あなたたちは本当にバカね。しなくてもいいことを、目を背けて見なかったふりにしておけばいいことを、
 あなたたちはしようとしている。でも、悪いことじゃないわ」
 前髪を掻きあげながら、円は呟く。どこか表情も穏やかで、口元を緩めている。
 どうやらジュウは彼女にまた試されていたようだ。しかし、ジュウは気分を害するわけでもなく、素直に驚いた。
 それだけ叱責されるようなことを黙っていたのだ。本来ならば縁を切られてもおかしくはなかったのだ。
「それじゃあ…」
「ええ。協力しましょう。でも、これはあなたのためじゃない」
 彼女が自分に協力してくれるのは、飽くまで彼女自身や雨、雪姫のため。そこに馴れ合いはない。
 だが、それでもジュウにとっては十分力強い仲間だ。気を引き締めた表情で頷いた。
「分かってる。それで上等だ。何が何でもあいつを襲った犯人を…『常識破り』をとっ捕まえてやる…!」

 もう二度と後悔しないように。もう誰かを悲しませたりしないために。
 無力なら、無力なりの悪あがきを見せてやる。

 ジュウは静かに未だ姿を見ぬ敵へと宣戦布告した。

92 『常識を破るモノ』 - 雨に対する考察 sage 2007/03/20(火) 19:47:13 ID:lYbDnkG9
38の続きです、暇つぶしにどうぞ。

 それから一週間ほどが過ぎた。
 その間、ジュウは雨と共に現場付近の探索に出かけたが、得られる情報は殆どなかった。
 雨に言わせればよほど綿密に計画を立て、こういったことに慣れている人物、ということらしいが。
 確かにジュウが考えてみても、情報が少なかったことからそれは頷けてしまう。
 えぐり魔も同様に情報は殆ど得ることができなかったが、それは犯行者と被害者の両親と繋がりがあったからだ。
 その事件と決定的に違うは、この犯行は完璧な『犯罪』ということにある。
 どのような犯罪でも、必ずどこからかほつれが出てくるものだが、今回の場合は圧倒的にそれがないのだ。

 時間が経てば経つほど、ジュウの心には漠然とした不安が色濃く彩られていく。
 雪姫を襲った犯人、おそらくは『常識破り』であろう人物はわざわざ犯行予告までしてきている。
 今回雪姫を襲ったのも、その意の固さを見せしめとして示したのだろう。
 ならば、確実に仕掛けて来ると考えても違いはない、とジュウは考えていた。

「……今日も手がかりはなし、か。クソッ!」
「ジュウ様…、焦らないで下さい。
 最悪の場合、標的となり得る様な人物を見張り、襲ってきたところを捕らえればいいのですから」
 すっかり夕暮れが早くなった12月。通学路を並んで歩くジュウと雨。
 『常識破り』の事件に加え、巷を賑やかす凶悪事件が日常茶飯事となった最近では、
 薄暗がりのこの通学路もその犯罪の狩場のひとつとなってしまっている。
 電柱に備え付けられている電灯もちかちかと点滅しかけているのもあり、
 『普通』の女子学生であれば、この通りを歩くのも厭いそうなぐらいに、気味が悪かった。
 実際、痴漢がよく出没らしく、被害に遭っている女生徒もなかにはいるとか。

 ジュウは収穫のなさに苛立ちを感じていたが、ちらりと横に並んで歩く雨に視線を落としてため息をつく。
(そういえば、こいつ、『普通』じゃねえよな…)

 堕花 雨。
 出会ったのは、夏休みに入る少し前のこと。
 いきなり、何の脈絡もなく体育館裏に呼び出され、下僕宣言をされてしまう。
 はっきり言ってしまえば、第一印象は最悪。初めて母親の紅香以上に『敵わない』と判断せざるを得ない人物だった。
 それから、彼女から逃げ惑う日々が続き、終いには先輩の不良を使って雨に襲わせるなどと言った愚考もした。
 だが、結局のところ彼女が自分の傍にいることを許してしまい、現在に至る。

 今までに、色んな事件に首を突っ込んで、その度に雨に救われた。
 むろん、彼女が話すような前世などと言った話は未だ信じていないが、それでもなぜだろうか。
 彼女と共にいる時間が独りでいた時間よりも心地よく思えるのは。

「……雨、お前も気をつけろ。お前だってヤツの標的になってるかもしれないんだ」
「ジュウ様…」
 その言葉が意外だったのか雨は立ち止まりぼぉっとジュウのことを見つめる。心なしか顔が赤い。
 しかし、すぐに表情を引き締めると自信に満ちた表情で控えめに頷いた。
「ご安心を。ジュウ様の目の前から勝手に消えるようなことは致しませんから」
「そうか…、それならいいんだ」
 普段であれば、その言葉に納得できただろう。堕花雨という少女はそういう人間だからだ。
 けれどこのときばかりは、ジュウは不安を覚えた。雪姫でさえ『そいつ』には敗北してしまったのだ。

 ―――堕花雨が自分の目の前から姿を消す。

 それを考えると寒気が走った。
 雨たちが自分の傍から離れることは何度も想像していたことだ。
 つまらない自分にいつまでも付きまとわないだろう。いつかはまた自分は独りに戻るのだ。
 年少の頃から親しい友人という友人がいなかったジュウにとってはそれが当然の結果だと信じ込んでいた。
 しかし、それでも雨と共にいる時間が奪われると考えると、なぜか切なさがこみ上げてくる。

 自分はいつの間に、これだけ軟弱になってしまったのだろうか?


93 『常識を破るモノ』 - 雨に対する考察 sage 2007/03/20(火) 19:50:20 ID:lYbDnkG9
 そして、何の手がかりを得ることも出来ないまま、宣告された聖夜まで残りわずかとなった。
 二学期の終業式も終えて、ジュウは一人デパートの中をうろついていた。
 『常識破り』のことで忘れかけていたが、クリスマスイブには雨にクリスマスプレゼントを渡すことになっている。
 本来ならクリスマスに渡すつもりだったのだが、やはりわざわざ家族水入らずのパーティーを邪魔するのも
 何だか気が引けると思ったジュウは、その理由を告げず24日にプレゼントを渡すと約束した。
 理由を告げなかったのは、雨が遠慮すると思ったからだ。
 家族の温かい愛情というものとは縁遠いジュウではあったが、それぐらいの気配りぐらいはしてもいいだろう。

「にしてもあいつが喜びそうなもの……な」
 雨の趣味はどこか普通の女子高生とはズレている。
 普通の女子高生であれば、アクセサリーやぬいぐるみと言ったものをプレゼントすれば喜びそうなものであるが、
 果たして雨にその類のものを渡して彼女は喜ぶだろうか?
 いや、ジュウのプレゼントということになれば彼女が喜ぶとは思うが、やはり『ジュウのプレゼント』としてでなく
 心の底から彼女を喜ばせるようなプレゼントを贈りたい。
 しかし、そうは思っていてもやはり順当に思い浮かぶのがアクセサリーの類だった。

 自分の想像力はなんて貧困なんだ。
 ジュウは自分に毒づきながらも、アクセサリーが並べられているショーケースを眺めていた。

「柔沢、こんなところで何してるの」
「…村上……先生?」
 ふと声をかけられ、振り返ってみると無表情に視線をジュウに向けるスーツ姿の村上銀子の姿があった。
「アンタこそ、こんなところで何してるんだよ」
「…デートよ」
「え?」
 ぶっきら棒に言う銀子の頬は僅かに赤くなっていた。ジュウにはそれが意外でならなかった。

 村上銀子については色んな噂を耳にしている。
 あまりの鉄面皮に近づく男はおらず婚期を逃しているのではないか、とか、
 むしろ近づく男は辛辣に口撃して追い払っているのではないか、など、そんな色気の無い噂が飛び交っている。
 それよりも何よりも、彼女が一瞬ひとりの少女らしい少女に見えたのだ。恋に生きる少女、とは
 雨の口からマンガやゲームなどのストーリーからそういう類のキャラクターがいることは聞いているが、実際目の前に現れるとは思いもしなかった。

 ジュウの視線を感じたのか、不機嫌そうに彼を見返した。
「……何? 私がデートしてたら不思議?」
「いや、そんなことはねえけどよ…」
 ジッと睨まれて、言いよどむジュウ。そんな彼を気にした風でもなく、ぷいっと顔を逸らしながら彼女は呟く。
「デート…と言っても、スリーマンセル…いえ、この場合はフォーマンセル、と言うのかしら。
 ……ったく、あいつったら『二人で』って言ったのに」
 既に銀子の意識はジュウになく、他の誰かに飛んでいるようだ。
 ぶつぶつと文句を呟く様子は学校では見られない彼女の姿だった。
 ようやく我に返ったのか、更に無表情になるとジュウを再び睨みつけた。

「私のことはどうでもいいの。貴方は何をしていたのよ」
「……あ、いや……、プレゼントを買いに…」
 何故か、ジュウは素直に白状してしまった。口を滑らせてしまったと言った方が適切か。
 兎も角、鋭い銀子の眼光に敵うことはできず、しどろもどろながら口にした。
 そこからある程度の事情を悟ったのか、ふっと小さく冷笑を浮かべると腕を組んで彼を見る。
「人間、素直が一番よ。自分の思いを伝えられるときに伝えられる……、その逆になるよりはよっぽどマシよ」
「……?」
 何のことを言っているのだろうか?
 ジュウは不思議に思いながらも、自然と納得してしまう。

「青春なんてもの、あっという間に過ぎてしまうんだから、後悔しないようにしなさい」

 銀子はそれだけを伝えるとその場を離れた。
 気のせいか、彼女の後姿は上機嫌そうに見えた。

224 『常識を破るモノ』-急転落下 sage 2007/06/08(金) 19:08:49 ID:OIfJ/eer
 悩みに悩んで閉店ギリギリまで粘った結果、雨へのプレゼントは3000円程度の安いアクセサリーにすることにした。
 十字架をあしらったアクセサリーがついている程度の質素な造りのネックレス。
 もっと高価な物を買うことが出来たかもしれないが、残念ながらジュウの懐はそれほど温かくはなかった。
「まあ…プレゼントが決まっただけでもよしとするか」
 誰かにプレゼントを買うなんていつ振りだろうか。
 昔は母親に誕生日や母の日に贈り物と称して、お手伝い券や肩たたき券など渡していたような気がするが、
 それもまだ紅香がまともに母親として役割を果たしていた頃のことだ。
 今となっては、贈り物を渡すような友人すらいない。果たしてそれは気が楽と思うべきか、それとも寂しいと思うべきか。

 兎も角、誰かに贈り物をするなんて久しぶりだった。
 何故か、このアクセサリーを雨に渡すことを楽しみにしている自分がどこかにいる、と不意にジュウは感じた。
 すぐにその感情は、恥ずかしいという気持ちと馬鹿馬鹿しいという思いに摩り替わる。
 まるでこれじゃあ、恋人にでも贈り物を贈るみたいではないか。
 しかし、それとは別に雨の反応が楽しみだということはジュウ自身も認めた。
 勿論、ジュウからの贈り物ということで彼女が喜びそうだというのは分かる。
 だが、少しジュウが雨のことを褒めただけで喜ぶ彼女のことだ。
 きっと贈り物なんかすればそれ以上の反応を見せてくれるだろう。

 そこで、少々打算的な自分に苦笑する。
 誰かの反応を楽しみにする、これもまたジュウにとっては久しぶりの期待感だった。


 そして、幸か不幸かクリスマスイブが訪れた。



225 『常識を破るモノ』-急転落下 sage 2007/06/08(金) 19:10:08 ID:OIfJ/eer
 雨の家に行くのは夕方だと、ジュウは彼女に伝えておいた。そしてそれまで家から出ないように、とも。
 一応念には念を押した。何かあれば雨か光に電話して貰うようにしてある。
 最初、光は気色ばんだが、雨が上手く言い包めた。これで雨が被害に遭うという可能性はぐんと低くなるだろう。

 雨について取り敢えずは安心したジュウは、『常識破り』について円と情報交換するため、カフェで落ち合うことにした。
 クリスマスイブということもあってか、店内は客で賑わっていた。
「結局情報はなし…か」
「ごめんなさい。…もう少し時間があれば、ヒントのひとつぐらいは掴めたはずなんだけれど」
「いや、結果から言えば俺も同じだ。円堂が謝るようなことじゃねえよ」
 素直に謝る円は珍しく、軽く驚きながらもジュウは首を横に振った。
 確かに以前の事件で彼女の情報網はかなりのものだと思っていたこともあり、多少の期待はあった。
 だが、相手は難なく雪姫に大怪我を負わせ、警察から逃げ延びれているヤツだ。尻尾が掴めないのも当然だろう。
「それより、今日と明日についてだ。ヤツが狙ってくるとしたら、この二日間。
 実際雪姫が被害に遭ってるんだ。雨はもとより、円堂、お前だって標的になる可能性がある」
 ジュウが真摯にそう呟く。すると、円はそんな様子のジュウが面白いのかいつものような冷笑を浮かべた。
「あら、柔沢くん、心配してくれてるのかしら」
「ふざけるな。俺は真面目に言ってるんだ」
 からかわれている、と思ったジュウは語気を強めるが、それがどうしたと言わんばかりに円は冷笑で受け流す。
「貴方って、本当に不思議ね。いえ、不思議というよりもヘンだわ。
 それほど親しくない私にも、雨や雪姫と同じように心配してくれる。
 もう少し貴方、他人には無関心だと思っていたけれど」
「……」
 円にそう言われ、ジュウは押し黙った。
 確かに自分はもっと他人には無関心だったはずだ。ところがどうだろう。
 同じクラスメイトに、ほんの少しの間会話を交わしただけの少女、そして自分を嫌っている少女。
 誰もが自分とは親交の深い人物だとは、今でも到底思えない。
 だというのに、彼女らが事件に巻き込まれ、被害者となった途端に、自分は事件に首を突っ込んでいる。
 彼女らに対して無関心を決め込んで、何も知らない振りをしておけば、今まで危ない目に遭わずに済んだだろう。
「分からねえよ…」
 ジュウが言えたのはそれだけだった。
 円は何か言いたげではあったが、軽く溜息をつくとかぶりを振り、出てきたコーヒーに手を伸ばし一口啜った。
「……まあ、いいわ。それはいいとして、貴方も気をつけなさい。
 最終的なターゲットは貴方なんだから。貴方に何かあったら、雨が悲しむわ。私はそうなることを許さないから」
 貴方はどうでもいいけれど。そんなことを言葉の裏に滲ませながら、円は窓の外を睨む。
 天気は陰り、今にも雨が降りそうなほどの曇り空となっていた。
「分かった」
 素直にジュウは忠告を受取り、コーヒーを飲み干した。




226 『常識を破るモノ』-急転落下 sage 2007/06/08(金) 19:11:02 ID:OIfJ/eer
 気づけば、既に時刻は夕方に差しかかっていた。
 雨も降り出してきて傘を持って来ていないジュウは、面倒だ、と心の中で毒づく。
「雨ね」
「そうだな……どうやって、あいつの家まで行けばいいんだか」
「近くにコンビニがあったでしょう? そこで買っていけばいいじゃない」
 そういえばそうだった。この一帯は飲食店から洋服店、ゲームセンターなど様々な店が立ち並んでいる。
 コンビニも例外ではなく、この店から出て100メートルほど歩けばすぐそこにある。
 この雨だ、ビニール傘も販売していることだろう。仕方がない、と腰をあげるとコーヒー代をテーブルの上に置く。
「そろそろ、あいつの家に向かう。……雪姫のほうは頼んだぞ」
「……ええ。一度襲われたからと言って、また襲ってこないとは限らないし」
 円はそう言ったが、実際のところジュウも彼女も再び雪姫が襲われるとは、端から思っていない。
 病院という場所は多くの人間が出入りする。
 無差別殺人でもすれば話は別だが、ひとりを狙い絞って殺すには少々人の目に付き過ぎる。
 聞こえは悪いが、『常識破り』にとって雪姫は所詮見せしめでしかなかったのだ。
 それ以上のことはしないだろうと、どこか確信めいたものをふたりは感じていた。

 ならば、どうして円を病院に向かわせるのか。
 答えは簡単だ。『常識破り』に彼女を襲わせ難くさせるためだ。
 交友関係の狭いジュウにとっては仲の良い友人とは呼べない円もターゲットの候補として見てもおかしくはない。
 円自身、空手の心得があるので心配はいらないだろうとジュウは考えていたが、あの雪姫を襲った犯人だ。
 念には念を、ということである。
 そこは円も理解していたというわけだ。勘の鋭い彼女のことだ、遠回りな言い草でも勘付いてくれているだろう。

「本当に心当たりはないのかしら」
「え?」
 唐突に漏れ出た円の言葉にジュウはきょとんとする。
 出来の悪い生徒に教える教師のように、円は溜息をついて説明した。
「『常識破り』についてよ。だって、おかしいとは思わないの?
 雪姫が襲われたからとはいえ、最終的なターゲットは…柔沢ジュウ、貴方なのよ」
 つまり、ピンポイントで狙ってくるということは、何かジュウが私怨を買っているのではないだろうか、と。

「……色々と、恨まれる覚えはあるけどな」
「自覚していたら世話ないわよ」

 円は微笑む。
 だが、ジュウにはそれが嘲笑なのか、好意的なものなのかは分からなかった。


227 『常識を破るモノ』-急転落下 sage 2007/06/08(金) 19:11:59 ID:OIfJ/eer
 結局情報交換はしたものの、有力な情報がないまま二人は別れることにした。
 別に友人とも呼べない彼女と話すようなことはなかったし、その時間が楽しいものだとは、ジュウには想像がつかなかった。
 無論、それは相手にとってもそうだっただろうが。
 店の前で別れ、病院へと向かう円の背を見送りながら自らもまずは傘を買いにいこうと足を近くのコンビニへと向ける。

 その時。

「携帯…?」
 幸せ潰しの事件の際に故障した携帯電話を買い替えたばかりの新品同然の携帯から、爽快なメロディが流れる。
 ディスプレイには「堕花光」の文字が無機質に表示されていた。
「なんだ?」
『ねえ、お姉ちゃんそっちに行ってない?』
「は? 今日は家にいるんじゃないのか」
 不思議がる光の言葉に、不意にジュウの胸中に不安がよぎる。
『お姉ちゃん、ちょっと出かけてくるって言って出かけたから、あんたに電話かけたんじゃない。
 あんたがわたしに頼んだことでしょ?』
 次第にジュウの不安は色濃くなっていく。
 想定していた最悪の場合が、ふと脳裏によぎる。ジュウは自然と声が震えるのが分かった。
 情けない、と思うよりもまずその不安が的中しないで欲しいという願いが強く、構っていられなかった。
「な、なあ……、あいつ、お前にどこに出かけるか言わなかったのか?」
『だからこうしてかけてるんでしょ。お姉ちゃんったら、何も言わずただ「ちょっと出かけてくるわね」って言っただけで、
 そのまんま出て行っちゃったんだもん。だから、あんたなら知ってるんじゃないかと思って』
「………!」

 雨がいなくなった。
 ジュウはその衝撃に携帯電話を取り落としそうになった。
 あれだけジュウが釘を刺しておいたのに、彼女がそれを反故にするような真似をするはずがない。
 だが、事実として雨が家から出て行った。それが示すものは一体何なのか。
 ―――考えるまでもない。
 雨は何らかの方法で、『常識破り』に家から呼び出されたのだ。
 あの雨をジュウの言いつけを破ったのだ。そう考えるのが当然である。
 雨がジュウの言いつけを破り、自ら自分の身を危険の中へ晒し出すとは到底思えなかったのだ。
 確信めいたものがあった。雨とは出会ってから半年強ほどの付き合いだが、
 ジュウは、それぐらいは雨の行動を理解することは出来るようになっていた。

「くそッ、何であいつ…!」
 雨の行動に腹立つ。
 危険だとは分かっているのに、自分のせいで危険な目に遭うのは分かっているのに。
 ――――そして、同時に自分自身の不甲斐なさに。
 考えて見れば、今までだって彼女が大怪我をしないとは限らなかったのだ。
 紗月美夜との対峙、草加聖司の雇った始末屋との戦い、暗木との『勝負』、確かにその時はジュウも危機に瀕していた。
 しかし、それと同時に雨もまた危険な状況に身を置いていたのだ。……自分の馬鹿馬鹿しい見栄と無計画さのために。

 今回にしたってそうだ。実際に雪姫は自分の知人というだけで大怪我を負わされた。
 そして、今度は雨自身を。
 いつもそうだ。やっと今になって、紅香が『弱い』と評価する理由が少しは分かったような気がする。
 それは、自分自身を守れないばかりか、他人すらも危険な目に巻き込んでしまうから。
 だから、無力。

 何をやっても中途半端で、結局己の無力さだけを思い知らされる。
 今までの事件にしたってそう。何一つ、自分の力で誰かを助けたということはなかった。

「俺は……俺はッ! 馬鹿だ!!」

 ジュウは乱暴に携帯をズボンのポケットに突っ込むと、12月の冷たい雨の中を駆け出した。
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。