『レディオ・ヘッド リンカーネイション』Ⅸ-ⅩⅠ

『レディオ・ヘッド リンカーネイション』

  • 作者 伊南屋
  • 投下スレ 1スレ
  • レス番 665-669 697-699 701-702 708-714
  • 備考 雨が語った前世の話という設定

665 伊南屋 sage 2007/01/07(日) 20:12:42 ID:xjybrmRf
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』
Ⅸ.

「そう言えば紫は?」
 話が一段落した所で、ジュウは姿の見えない紫の事を尋ねた。
「今は風呂に入れてる。ここの所走り通しだったから、大分汚れてたし」
「そうか」
 成る程、言われてみれば紫と行動を共にしていた真九郎もそれは同じらしく、服の至る所が破れ、泥に汚れている。
「紫ちゃんが上がったら、次は真九郎さんですからね」
 微笑みながら夕乃が声を掛ける。それに真九郎は、
「はい、ありがとうございます」
 と応えて見せた。
「宜しかったら後で柔沢さまもどうぞ」
「すまない。それと、俺はジュウで良い」
 応えるジュウに、夕乃は驚いた表情を向ける。
「……不思議な王様ですね。普通はそんな事言いませんのに」
「いや、畏まられるのは苦手でな」
 言って、自分の従者を思い出す。
 あいつの態度は長い時間で慣れてしまった。これに関してだけは、いきなり態度を改められたりすれば自分は面食らうだろう。
 下らない想像に微笑を零す。
「ん? 真九郎っ!」
 廊下の向こうから元気な声がした。木の床を駆け紫がこちらに向かってきている。
 辿り着くと、紫は相好を崩した。
 こうして改めて見れば、実に美しい少女である。濡れた黒髪など幼いながらに色香のようなものを漂わせている。
 確かにこの美貌は幼女趣味には堪らないものがあるのかも知れない。
「体は綺麗にしたか?」
 嬉しそうにじゃれつく紫に、真九郎は尋ねる。
「ああ、真九郎に裸を見られたって今は平気だぞ!」
 刹那、空気が凍る。
「……真九郎さん?」
「真九郎、お前……」
 ジュウと夕乃。訝しげな視線を二人が送る。
「え? いや、誤解だって! 俺は紫の裸に興味は――」
「真九郎は私の裸を見たくないのか? 私の裸が汚いからか?」
「ああ、いやそうじゃないよ。紫の裸は綺麗だって……って夕乃さん!? 痛い痛い耳は痛い! お願い引っ張らないで!」
「不潔です不健全です不健康です。その真九郎さんの性根、私が叩き直して差し上げます」
「いやだから聞いて。これには不幸な誤解と誤謬があああぁぁ!」
 屋敷の奥へ消えていく夕乃と真九郎を見つめるジュウ。
 苦笑まじりに嘆息する。
 勿論、真九郎が幼女趣味だと信じたわけではない。正直、際どいとは思うが。
 夕乃が信じているかは――まあ、微妙だが、それはそれだ。
 遠く廊下の向こうから、
「お風呂はお先にどうぞ~」



666 伊南屋 sage 2007/01/07(日) 20:14:31 ID:xjybrmRf
 と夕乃の声が聞こえてきた。
 それと共に真九郎の悲鳴も。
「なあ、真九郎は一体どうしたんだ?」
 足元の紫が心配そうな声を掛けてくる。ジュウはしゃがんで紫に視線を合わせる。
「なんでもないさ。お前が心配する事はない」
 紫の頭を武骨な掌で、優しく撫でながら言う。それに安心したのか紫は「そうか」とだけ呟いた。
「さてと」
 口に出し、ジュウは立ち上がる。
「お言葉に甘えて風呂に入るかな」
 ジュウも昨日は野宿なので風呂に入っていない。不快な汗を流したいと思っていた所だ。
 しかし、よく考えれば風呂場がどこなのか分からない。
 ふと、足元を見る。
 そう言えば紫はさっきまで風呂に入っていたんだったか。ならば風呂の場所も分かるだろう。
「紫、風呂場がどこにあるか、分かるよな?」
「ああ、分かるぞ」
「じゃあ、案内してくれないか?」
 優しく聞くジュウに、紫は笑いながら頷く。
「こっちだ! 付いて来い!」
 誘われるがまま。ジュウは紫の後を付いて。屋敷の廊下を歩き出した。

 ***

 話も落ち着き、各々が席を立った客間。
 真九郎の悲鳴を聞きながら、未だに席に着いているのは当主・崩月法泉と、珍しく黙り込んだ斬島雪姫だけであった。
「なあ嬢ちゃん」
 法泉が口を開いた。
「真九郎から聞いたが。お前さん、斬島なんだって?」
「そうだよ。斬島雪姫。それが私の名前」
 軽い口調の法泉に、雪姫はやはり軽い口調で答える。
 法泉は「そうか」と呟やく。その表情から内心を慮る事は難しい。
 こめかみ辺りを掻き、次の言葉を探す。
「まあ、落ちこぼれだけどね」
「うん?」
 法泉が何か言うより早く、雪姫が漏らす。その言葉の意を、法泉は計りかねた。
「私の家は、斬島からはぐれたんだよね。お父さんが才能なくて。半ば勘当みたいに本家から放り出された」
 そこまで言って溜め息を吐く。
「まあ、その娘の私が斬島の血を強く受け継いでるんだから皮肉だよね」
 その言葉通り、雪姫の“斬島”としての才能は、殺しを生業とする直系。天才『切彦』に及ばずとも、劣らない。
「先祖返り……ってやつか」
 法泉は深く唸りながら呟いた。
 先祖返り。或いは隔世遺伝。
 代を重ねた血筋が、幾代かをおいて、かつての血筋を強く受け継ぐ事を言う。
 才能の無さ故に斬島を追われた者の子が天才。
 蛙の子は蛙に成らずとも、その子は蛙と成る。
 正に、皮肉な話であった。



667 伊南屋 sage 2007/01/07(日) 20:17:07 ID:xjybrmRf
 しかし、それだけで話は終わらない。
「ある日ね、私の事を知った本家が、私を消す為にやって来たの」
 自分達が追いやった血族。落ちこぼれの家系に生まれた天才の存在を察知した本家は、雪姫がいずれ本家に楯突くと判断したらしい。
「そんな事、する訳無いのにね。私は勿論、お父さんだって本家を怨んだりはしなかった」
 それでも、本家は雪姫を消そうとした。それも直系、切彦を使ってまで。
「逃げたよ。沢山逃げた。足が痛くなるまで、ううん足が痛いのか分からなくなるまで、それでもずっと」
 それを拾ったのが、ジュウだった。
「私達家族を拾って、私に自分の国の軍人っていう仕事もくれて」
 たがら今笑ってられるのはジュウ様のおかげ。雪姫は最後にそう締めた。
「成る程ねえ」
 法泉が漏らす。
「裏十三家が廃れ始めてから互いの家の事は分からなくなってたが、そんな事になってたか……」
 思いを巡らす法泉。そこにあるのはかつての記憶。
 崩月も、似たような家系だ。他人事ではない感慨もある。
 だからこそ感じる思いを、法泉は笑い、口にする。。
「良い男を、主に持ったなお前さん」
「うんっ!」
 雪姫は満面の笑みでそれに応えた。

 ***

「はぁっ!」
 ずしん、と崩月の道場に重い響きが木霊した。投げられること二十二回。真九郎がまた地に伏せた。
「今日はここまで。お疲れ様でした真九郎さん」
 実ににこやかに真九郎を見下ろしながら夕乃が言う。汗一つ掻いた様子もない。
 彼女がさっきまで真九郎をちぎっては投げ、ちぎっては投げしていたと、一体誰が信じようかという程の余裕振りだった。
「あ、ありがとう……ございました」
 真九郎が、体に残響するダメージを抑えながらなんとか立ち上がる。意識が遠くなりながらも挨拶は欠かさない。
「それじゃあ真九郎さんはお風呂に行ってきて下さい。着替えは用意しておきますから」
 冷たい水で絞った手拭いを渡しながら夕乃が言う。
 それを受け取り、体を拭きながら、真九郎は「分かりました」と答えた。
 一度、庭に出て井戸から水を汲み上げる。桶にたまった冷水を、真九郎は勢い良く体に掛けた。
 熱と痛みとが水に流されるかのように引いていく。
「ふぅっ……」
 恐らく、この後風呂に入り、上がる頃には痛みなどないだろう。夕乃はそうなるように手加減していた。
「敵わないよなぁ……」



668 伊南屋 sage 2007/01/07(日) 20:18:10 ID:xjybrmRf
 手加減した上でそこまで考えられる夕乃に、圧倒的な力量差を感じる。
 ――まだまだ未熟だ。
 改めて自らの実力を思う。体が出来ていても技が未熟。そして何より心が薄弱。
 その事を痛感する。
 しかし、それが紫を守れない理由になっても、守らない理由にはならない。
「守るんだ……絶対に」
 例え今は未熟でも、いずれ必ず強くなる。
 ただ今は出来る事を出来る限りする。
 それを胸に誓う。
「っし!」
 自らを一喝。
 誓いを新たに、真九郎は歩き出す。
 ――今はまあ、取り敢えず風呂場へと。

 ***

「あれ?」
 真九郎が風呂場に入ると先客がいた。
 湯船に浸かるのは金髪の少年王・柔沢ジュウ。
 しかし、脱衣所に服は見当たらなかったはずだが。
「服はついさっき持ってかれた。洗うというから断ったが、何せこっちは全裸。出て行って止めることも出来ずに無理矢理だ」
 苦笑いを浮かべたジュウが、真九郎の疑問に先回りして答える。どうやら先にこちらに来た夕乃がジュウの服を持っていったらしい。
 だから脱衣所には服がなく、ジュウが中にいると気付けなかったのだ。
「あ……悪いな、じゃあ上がるまで待ってる」
「俺なら構わない。入ってけ。疲れてんだろ」
 崩月家の風呂は広い。ジュウと真九郎が同時に入っても、まだ余裕がある程だ。
 ジュウの言葉に「じゃあ」と真九郎は従う。
 真九郎は腰を下ろし、まずは湯浴みをする。
「しかし凄いな、お前」
 呟いたのはジュウだ。真九郎の体を見つめながらぽつりと零す。
「俺がか?」
「ああ」
 まさか、といった風に真九郎が肩を竦めてみせる。
「何も凄くなんかないさ」
「いや」
 卑下する真九郎をジュウが否定する。
「お前は戦う力を持ってるじゃないか。そして、それを自らが正しいと思う事に使える。それは十分凄いことだと、俺は思う」
「それを言うなら、ジュウの方が……すまない。柔沢殿の方が凄いと思いますが」
「止せ、さっきも言ったろう。そういうのは苦手なんだ。ジュウ、で構わない。勿論敬語も要らない」
「そうか……。でもやっぱりジュウの方が凄いだろ。何せ一国の王だ。何でも出来るじゃないか」
 湯浴みを終え、湯船に浸かりながら真九郎が言う。
 その言葉に、ジュウは苦い表情を浮かべた。
「凄いのは周りの奴らだよ。戦争も、政治も、周りの奴らが居るから出来る。俺一人じゃ、子供一人守ることすら出来ない」



669 伊南屋 sage 2007/01/07(日) 20:19:11 ID:xjybrmRf
「でも、ジュウの周りに居る人はお前を慕って集まってるんだろ? だったらそれは、ジュウの力じゃないか」
「……そうかも知れない。だけど、俺はやっぱり一人で戦う力を持つお前が羨ましい」
「それを言ったら、俺は一人じゃ絶対出来ない事が出来るジュウが羨ましいよ」
 よく似た二人は、しかし互いに羨み合う。
 その事に、自然とある言葉が二人から苦笑と共に零れた。
「「所詮は無い物ねだりか……」」
 重なり合う二人の呟きは、風呂場の壁に反響して消えた。

697 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/20(土) 23:13:00 ID:Su7byAgy
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』
Ⅹ.

「へい、らっしゃい!」
 店内へと足を踏み入れたジュウに、威勢の良い声が浴びせられる。同時、鼻孔を刺激するスープの香り。
 真九郎に案内された店は宿も兼ねた大衆食堂。楓味亭という名のこの店はなかなかに繁盛しているらしく、昼時らしい賑やかな喧騒に溢れていた。
 それを見て、ジュウは内心辟易する。人混みは余り得意ではない。王として、それなりの経験を経ているジュウにとって、それだけは幼少から変わることのない事実だった。
 真九郎は紫を連れ、さっさと空いた席を見つけ腰を下ろすと、ジュウに手招きをした。
 ジュウは溜め息ひとつ。味は、せめて混雑しているだけはあるんだろうなと考え、真九郎の向かいに座り、この店に来るまでの経緯を思い返し始めた――。

 ***

「お昼は如何なさいますか?」
 そう問うたのは夕乃だった。柔らかい笑みを浮かべ、風呂上がりのジュウと真九郎に尋ねてくる。
 言われてみて気付いたが、よく考えればジュウ達は今朝から何も口にしていない。今までは忘れていたが、一度意識してしまうと空腹感が襲ってくる。
 それは真九郎も同じようで、盛大に腹の虫が存在を主張した。
「あらあら。ふふ、ではご飯の準備しますね」
「いや」
 否定の言葉を口にしたのは二人同時。真九郎とジュウだった。
 重なった言葉に互いを見やり、次の言葉を先に口にしたのはジュウだった。
「風呂まで借りて、これ以上迷惑は掛けられない。俺達は外で食べるから心配しないでくれ」
「……そうですか」
 若干、寂しそうに夕乃が呟く。
「俺も」
 そこに真九郎も言葉を重ねた。
「村上の所に挨拶も兼ねて飯を食いに行くよ。だから、俺も遠慮しとく」
「挨拶ですか……」
 二人の答えに不満気ではあったが、夕乃は納得したらしく頷く。
「分かりました。そういう事でしたら仕方ありませんね」
 そう言って、不満気だった表情を朗らかな笑みに変える。
「じゃあ、もう行くよ」
「はい、お気を付けて」
「一つ良いか?」
 割り込むようにジュウが質問する。夕乃は真九郎からジュウに視線を移した。
「雪姫はどこにいる?」
「まだ客間のはずですが」
「すまない」
 一言を残し、ジュウは足を客間に向ける。
 その後をなんとなくだろうか。真九郎と夕乃が付いて歩いた。
 客間に着いたジュウは、襖を開ける。
「雪姫、出掛ける……ぞ」



698 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/20(土) 23:14:54 ID:Su7byAgy
 最後の方が歯切れ悪くなったのは中の光景に嘆息したからだ。
「ふぉふぉふぃ?」
 恐らくは「どこに?」と言ったのだろう。しかし口の中に食べ物を詰めた状態では、発音は不明瞭極まり無かった。
 しかもその隣ではいつの間に屋敷に入ったのか。円も膝の前に置かれた膳を黙々と口に運んでいた。
「如何なさいます?」
 夕乃が苦笑混じりに尋ねてくる。
「……外で食べるさ。すまんがこいつらは頼む」
「護衛をお連れにならなくて宜しいんですか?」
「勝手に飯をたかる奴が護衛とは認めたくないんでな」
「そうですか」
 襖を閉じ、二人の付き人を視界から消し去る。
 そのまま玄関へと真っ直ぐ歩き出そうとした時だ。
 木張りの廊下の向こうから軽い足音が聞こえた。ぱたぱたと言うその足音は紫だった。
「真九郎! 出掛けるのか?」
「ああ」
「ならば私も付いて行くぞ!」
 宣言し鷹揚に頷く紫だが、真九郎は内心困っていた。
 街に連れ出せば紫は危険に晒すことになる。まして、付いていられるのは自分一人。
 悩む真九郎の肩を叩く手があった。
「あ~……なんだ。俺も着いてくから連れて行ってやらないか?」
 それは、子供には甘いジュウの見せた優しさであった。

 ***

 ――ということがあって今。ジュウ達は楓味亭に来ていたのだ。
「いらっしゃいませ」
 席に着いたジュウ達に、抑揚の少ない声が掛けられた。
 声の主に視線を向けると、そこには一人の少女が無表情に立っていた。
「よう、銀子」
 真九郎が親しげに声を掛ける。知り合いらしい。親愛の情を露わに、真九郎は笑顔を浮かべ銀子と呼んだ少女に笑いかけた。
「帰ってたのね」
 真九郎とは対照的に感慨もなさそうに返す銀子にジュウは疑問を投げかけた。
「真九郎の知り合い……なのか?」
 その問に答えたのはしかし、銀子ではなく真九郎だった。
「こいつは村上銀子。楓味亭の店主の一人娘。俺の幼馴染みってとこかな?」
 その答えにジュウは成る程、と思う。だから真九郎はあんなに親しげに声を掛けていたのか。
 銀子はそうでもないように見えるが、逆に親しいからこそ、余計な気を張る必要が無く、素っ気ない態度を取れるとも言えるかも知れない。それ以上の感情も或いは、あるのかも分からないが。
「ところで真九郎。この子は?」
 銀子の視線が紫を捉える。
「私は九鳳院紫だ!」



699 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/20(土) 23:16:21 ID:Su7byAgy
 答えようとした真九郎より先に紫が名乗る。九鳳院という単語を出した事に真九郎とジュウ。二人は冷や汗を流した。
 まわりを眺めれば、紫の声は店内の喧騒に紛れたらしく、こちらを注視している者はいない。
 銀子も一瞬、驚きの表情を見せたが騒ぐ事はせず、しゃがんで紫に視線を合わせると柔らかい笑みを浮かべた。
「よろしく、紫ちゃん」
 ジュウはそれを見て意外に思う。冷徹そうだった表情から一転、慈母のような微笑みを浮かべる事が出来たのか。
 それを見てなんとなく、短い時間ながら銀子という少女の少女の人となりが分かったような気がした。
 冷静沈着、しかし情に厚く思いやり深い。それが銀子の本質であるように思う。
「じゃあ、アレってあなた達絡みなのかしら」
 呟いた銀子の台詞に、ジュウと真九郎は疑問符を浮かべる。
「アレってなんだ?」
 真九郎の質問に、銀子は若干声を落として答えた。
「街外れの森で、怪しい奴らが集まってるって話。“商売柄”そういう情報が入ってくるから。」
 そこで銀子は溜め息を一つ漏らす。
「そこにこんな大物二人を――名乗らなくても紫ちゃんでない方が誰かは分かるわ。その二人を連れて真九郎が来たのよ。関係を疑っても仕方ないでしょ」
 その答えにジュウは驚く。夕乃もそうではあったが、銀子の今の口振りからすると自分が誰であるか一目で看破したらしい。
「まあ周りは気付いてないけど、もう少し自分の身を隠す事を覚えたらどう?
ジュウ“様”」
 確定だ。名乗っていないジュウの名と、それに様を付けた事実。それは言外に自分が国王・柔沢ジュウであると知っている事を物語っていた。
「まあ、そんな事はどうでも良いのだけれど。……真九郎」
 瞳に真剣な光を宿して、銀子が言った。
「早く注文してくれる? 今、忙しいのよ」

 続

701 伊南屋 ◆WsILX6i4pM 2007/01/20(土) 23:55:04 ID:Su7byAgy

 ***

「なあ、飯なんか食ってて大丈夫か?」
「ちゅるちゅる」
「ああ、大丈夫だ」
「むぐむぐ」
「しかし、飯食うより情報をだな……」
「ず~っ、んくっんくっ」
「飯食わなきゃ情報を教えて貰えないんだよ」
 結局。
 あれ以上詳しい話は銀子から聞けず、ジュウ達は昼食を食べていた。
 真剣な話し合いのはずが、紫がラーメンをすすり、スープを飲む音で緊張感に欠けてしまっている。
「実を言えばな、銀子が今すぐに教えないって事は、一分一秒を争う事態じゃないって事だ。だからむしろ安心すらしている」
 真九郎の言葉にジュウは質問を返す。
「銀子だったか。大分信頼してるよな、確かに情報通ではあるみたいだが」
「“通”なんてもんじゃない。歴としたプロだよ」
「プロ?」
「……村上銀次って知ってるか?」
 唐突な話題転換に戸惑いながらもジュウが応える。
「ああ、名前と噂くらいは」
 ――村上銀次。
 伝説の情報屋の名だ。彼は噂話から国家機密に至るまで大量かつ精確な情報を集め、売ったという。
 大分前に亡くなったらしく、ジュウ自身彼から情報を買ったことは無いが、昔は彼からどれだけの情報を買えるかが知略戦の勝敗を分けたと言う。
「村上――待てよ、村上って事はまさか」
「そう。銀子は村上銀次の孫娘。二代目だよ。祖父から受け継いだ膨大な情報とその情報源、ネットワーク。それを使い銀子は情報屋を運営しているんだ」
「成る程……」
 それならば真九郎の信頼も頷けるというものだ。
「しかし、お前も変わった人脈を持ってるな……」
 崩月。村上。そして九鳳院。
 ただの少年が持つには強烈過ぎる人脈。無論、その人脈を持つ真九郎がただの少年ではない事は明らかだが。
「実際助かってるよ」
「それは良かった」
 不意に降ってきた声に視線を向ける。そこにはいつの間に居たのか。銀子が相変わらずの無表情で立っていた。
「失礼するわね」
 そう言って、ジュウ達の席に、銀子も腰を降ろす。
「仕事は良いのか?」
「忙しい時間も終わりかけだしね」
 言われてみれば、入ってきた時ほど人は多くない。僅かながら空席も見られた。
「だからまあ、大丈夫。それで、聞きたいんでしょ?」
「ああ、教えてくれ」
「構わないわ」
 そう言うと銀子は情報をまとめたらしい、数枚の紙を取り出した。
「助かる」
「良いのよ、有料だから」
 さらりと述べる銀子に真九郎は苦笑して応える。



702 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/20(土) 23:56:20 ID:Su7byAgy
「……プロだから、か?」
「……プロだから、よ。あんたもその辺ちゃんとしなさいよ?」
「分かってるよ……」
「どうだか」
 そう言って銀子は真九郎を見つめる。なんの感情も込められていないように見えるが、ジュウには銀子が真九郎を案じているのが感じ取れた。
「折角だから説明しながら読むわ」
 言って、銀子は街外れの不審者について、ゆっくりと話し出した――。

 続

708 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/23(火) 00:16:06 ID:w014PtwQ
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』
ⅩⅠ.

 夜。
 雲が月を覆い、闇を深くしている。
 影はその漆黒に身を潜め、蠢く。
 嫌な空だ。ジュウは嘆息を漏らした。
 崩月邸。その庭でジュウは今宵起こるであろう惨劇に思いを巡らせていた。
 銀子の情報は予想以上に深くまで掴んでいた。
 大まかな人数と今夜、襲撃を掛けるであろう事。更には襲撃者の中には裏では名の知れた戦闘屋も含まれる事。
 具体的にそれが誰かまでは分からなかったが、これは十分に大きな収穫と言える。
「しかし、昨日の今日で仕掛けてくるか……」
 ジュウが漏らした呟きに返す者があった。
「今回は次男坊の独断専行。時間掛けるのはあっちにもマイナスってこったな」
 日本酒を杯で飲みながら、崩月法泉がジュウの傍らに立っていた。
 不戦を表明しているとは言え、余りにも余裕の態度であった。
 ちなみに不戦の理由は「俺が傷つくと涙する女性がいるから」だそうだ。
 真九郎や夕乃は、そんな理由を聞いても、既に慣れきっているらしく反論はしなかった。
「さて……そろそろ月も真上に来る。見えちゃいないが多分そうだ。――来るぜ。奴ら」
 法泉は目を細め、そう言った。
「――らしいな」
 ジュウの呟きに呼応するように。屋敷を包む空気が一変する。ちりちりと首筋を焼く気配。
 敵意――或いは殺意。
「始まるか……今夜は長くなりそうだぜ」
 酒臭い息と共にこぼされた法泉の言葉は、生温い風に溶かされ、虚空に消えた。

 ***

 崩月邸――正門

 襲撃者の多くは、侵入者を拒むために聳え立つ門の前に集結していた。無論、玄人である所の彼等が無策に正面から仕掛ける筈はない。
 陽動である。数十人を攪乱に回し、その他ほんの数名が屋敷に侵入する。
 例え陽動であると分かっていてもこの人数。人手を割かぬ訳にはいかない。そう見越しての配置だった。
 裏門にも数では劣るが、やはり多くの陽動部隊が配置されている。
 だが、この布陣に不満を上げる者もいる。
 曲がりなりにも全員が手練れ。素人などは断じて混じっていない。それなのにたかが子供一人を攫うだけ。
 ましてや厳重な護衛が敷かれて居る訳でもない屋敷を攻めるのに、この大人数、しかも陽動の為である。
 敵を侮るつもりはないが、やはり慎重過ぎると思う。
 それがこの部隊の過半数が抱える疑念であった。



709 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/23(火) 00:17:27 ID:w014PtwQ
 しかし、やはりそこは玄人である。与えられた仕事はこなす。
 時間が、やってきた。
 襲撃者達は動き出す。まずは門破りだ。
 先陣を切って走る一団が門に辿り着かんとした時だ。
 破る筈であった門が、内から開かれた。その向こうに立っていたのは、少女。
 長い黒髪を闇に溶かし、身に纏うは紅袴。
 いわゆる巫女装束であった。
「ようこそいらっしゃいました……と言いたい所ではありますが、少々礼に掛けるお客様のようですね」
 あくまで穏やかな微笑を浮かべ、少女――夕乃は淡々と語る。
「申し訳ありませんが、お帰り願いますか?」
 夕乃の言葉を疑いながらも、襲撃者の一人が一歩踏み出す。
 或いは彼が昨晩。ジュウ達と手を合わせた者であれば。相手が少女であっても油断はせず。不用意に近付いたりはしなかっただろう。
 ――もっとも。慎重に動いたからと言って何が変わるわけでもないのだが。
「退け、女。退かぬなら容赦はしない」
「退きません。あなた方を通す訳にはいきませんから」
「……ちっ」
 男が、音もなく駆け、距離を一瞬で詰める。手にした刃は容赦なく、夕乃の細く白い首を捉え振るわれた。
「あら」
 軽い言葉と共に、男の動きが止まる。
「些か短気ではありませんか?」
 刃を持った腕は、夕乃が掴んでいた。男は抵抗しようとするもビクともしない。
「お帰り下さい」
 言って、夕乃の腕が振るわれる。それは男を掴んでいた腕だ。
 軽々しく男の体が宙に舞い、背中から叩きつけられる。と、同時。鳩尾に固く握られた拳が、深々と突き刺さる。
「あっ……がっ!」
 口から血を吐き、男が痙攣して横たわる。
「もう一度言いますね? ――お帰り下さい」
 その言葉は強く男達を怯ませた。しかし、引く者は誰一人いない。それはプロの意地。
 それを見つめ、夕乃は溜め息を吐く。
「仕方ありませんね……」
 それでは、と呟き。そこで夕乃は初めて構えをとった。
「次代崩月流当主・紅真九郎夫人予定。崩月夕乃。――参ります」
 告げる夕乃の顔は、少し恥ずかしげな笑顔を浮かべていた。

 ***

 崩月邸――裏門

「本当に来たのね。それもまあゾロゾロと」
 円は冷ややかな視線を、眼前の一団に向ける。その声は気だるげに響き、次いで漏らされた溜め息に吹き飛ばされた。
 崩月邸裏門。正門同様に陽動部隊が展開されたそこは、既に緊張の糸が張り詰め今にも決壊しそうであった。



710 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/23(火) 00:19:18 ID:w014PtwQ
「まったく。うちの王様のお人好しにも困ったものだわ。これが雨ならもっと楽に話は着いていたんでしょうに」
 目の前の危機を危機とも思わず愚痴を漏らす。常と変わらぬ円の姿がそこにあった。
「貴様は……っ!」
 一団の中から一人の男が声を上げた。
「あら、貴方……」
 その男を視界に捉え、円は記憶を掘り返す。それは昨夜、股間に膝を打ち込んでやった男であった。
 男はその顔を憤怒に染め、円を睨み付けている。
「……ふん」
 しかし、それを見た円は鼻を鳴らすだけであった。詰まらない物を見たとでも言うように視線を逸らす。
「やるなら早くしましょう。退屈なのよ」
 相も変わらず自信と侮蔑に満ちた言葉を投げる。張り詰めた緊張は一気に弾け、対峙の場を戦場に変えた。
「おおぉっ!!」
 男達の怒号が響く。
「下らない……」
 円はただ嘆息し、鞘に仕舞っていた剣を抜き放った。
 刹那。無数の剣刃が交差し、悲鳴を生む。
 倒れたのは数名の襲撃者。対する円は傷一つなく、息一つ荒らげてすらいない。怜悧なその表情は、ただひたすらに余裕。始まる前と変わるところは無い。
 ただ一つの変化。手にした刃だけが血に濡れていた。
「さて、どれくらい貴方達が持つかしら?」
 その言葉を呟いた時。ようやく円の顔に、表情らしいものが浮かんだ。
 それは、蔑み。ただ対峙する男達が邪魔で仕方ないといった表情。
 憎しみではない。そんな感情などぶつけてやらない。そう物語っているような顔。
 煩わしい。それだけ。
「次、来なさい。早く終わらせたいの」
 再び怒号が響く。
 それは夜の闇空を突き、長い戦いの夜の始まりを、今になって告げているようであった。

 ***

 崩月邸――中庭

 怒号が聴こえる。襲撃者達が動き出したらしい。今は夕乃と円がそれぞれに当たっているだろう。
「始まったみたいだね」
 ジュウの傍ら、「寝る」と言って中に下がった法泉の代わりに立つのは雪姫だった。
 緊張するでもなく、鞘に収まった倭刀の鍔を指で弾いている。今すぐにでも抜きたい。そう言っているようだった。
「陽動……だな」
「だね、あまりにも騒ぎ過ぎだもの」
 恐らくはそろそろ、屋敷に別働隊が侵入してくるだろう。紫の側に真九郎が付いているとは言え、決して油断は出来ない。
「――来たんじゃないかな?」
 雪姫が常人離れした鋭敏な感覚で、侵入者の存在を察知した。



711 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/23(火) 00:20:32 ID:w014PtwQ
 それを証明するように、塀を越え、中庭に二人の人影が降り立つ。
 闇に慣れた瞳に映ったのは、黒い肌に、肩まである鋼鉄のガントレットを装着した巨漢と、口元をマフラーで隠し、胡乱な瞳をした少女であった。
「よし、雪姫。抜いて良いぞ」
 敵を確認し、ジュウが雪姫に戦闘許可を出す。雪姫はそれと同時。刹那の内に抜き身の刃を晒していた。
 空気が一変する。さっきまではただの少女であった“ソレ”から、殺気が溢れ出す。
「ほう……」
 巨漢が興味深げに呟いた。
「こいつは斬島か?」
 巨漢は雪姫と、自らの傍らで呆っと突っ立っている少女を見比べた。
「なんだ、詰まらねえ仕事かと思ったら案外イカしたアトラクションがあるじゃねえか」
 そう言って巨漢は、携えていた包みを少女に渡した。
「女の子……?」
 その様子を見ながらジュウが訝しげな声を上げる。敵にも少女が居るのか。
 無論、だからといって手加減はしない。女を殴れば目覚めが悪いが、ここは既に戦場。情けは掛けられない。
 ましてやこちらに至っては戦力の多くが女性である。今更驚いた位で、なにが変わる訳でもない。
 だが、ジュウは更なる驚きを少女から与えられる事になる。
 マフラーをした少女が包みを解く。中から出てきたのは鋸であった。
 なんの変哲も無い。木を切り倒す為の工具。或いは刃とも言える。
 少女がその鋸――刃を持った瞬間。場に満ちる殺気が倍加した。
「なっ!?」
 余りのことにジュウは声を上げる。
 似ていた。余りにも似ていた。
 吹き上がる殺気は、二人の少女から。互いの存在を否定するその気配はぶつかり合い、質量すら伴って場を圧倒する。
 そして、ぶつかり合う殺気は、とてもよく似ていた。
「まさか……斬島なのか? あいつも」
 気だるげな目をした少女は――今や笑っていた。
 楽しそうに笑っていた。
 驚いた様に笑っていた。
 泣いた様に笑っていた。
 嬉しそうに笑っていた。
 そして、心の底から憎そうに笑っていた。
「てめえ……何だ? なんで斬島が此処にいる」
 雪姫は、答えない。
「答えなし……か。普通、斬島ならオレの仕事は邪魔しないんだがな?」
 そこで少女は一つ思い当たったように「ああ」と頷いた。
「そういや先代の時だったか。勘当した無能が、バカ強え斬島を産んじまって、斬島全体でそいつを消そうとしたらしいな。するってえとアレか。お前がそうなのか?」



712 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/23(火) 00:21:53 ID:w014PtwQ
 少女は愉快そうに、また笑った。
「あっははははは! 先代の唯一とちった仕事を、オレが片付けるってか!」
 その声は、明らかな歓喜の声。
「良いねえ。先代切彦を良いとこまで追い詰めたらしいじゃねえか。そん時の怪我のお陰で存外早くオレに切彦の襲名が回ってきた」
 切彦。その言葉に、雪姫が表情を変える。
「切彦……」
「そーだよ、切彦だ。現当主ってとこか。だからまあ、一族の不始末をつける義務? そういうのがあんだよ」
 そう言う切彦はあくまで楽しそうだった。実際、義務なんかは建て前で、殺し合えるのが嬉しくて仕方ない。そんな笑みを浮かべていた。
「んじゃま。始めようぜ、はぐれ野郎」
 その言葉を皮切りに、二者の殺気は更に膨れ上がる。
「《斬島》第六十六代目切彦!」
「ギミア国軍侍頭・斬島雪姫!」

「「参る!」」

 名乗りを上げる二人。告げた名は高らかに。
 斬島の正統と、斬島の異端。二つの刃が打ち合う音が、闇夜の空に響き渡った。

 ***

「さて、こっちも始めるか」
 笑みを浮かべて巨漢が言った。鋼の拳を打ち鳴らし、戦闘への意欲を見せる。
「……戦ったりは好きじゃ無いんだがな」
 呟いたジュウの言葉は偽らざる本心だった。戦うという行為は酷く疲れる。わざわざ疲れる事を進んで行う程、ジュウは物好きでも自虐嗜好者でもない。
 それでも。売られた喧嘩を買わない程に、大人しくもない。
 ジュウは、足元に置いていた物を拾い上げた。
 それは、長く巨大な鉄板だった。その一端には握りとなる部分がある。
 否、それは鉄板等ではない。幅広の大剣だ。なんの装飾もなく。柄もただ、布が適当に巻かれただけ。
 しかし、飾りがないからこそその剣は、ただひらすらに武骨な暴力性を主張していた。
 それをジュウは構える。
 軽く揺するだけでまるで空気が震えるような圧迫感を醸し出す大剣を見て、巨漢は笑っていた。
「ほお……そいつで壊すってか。良いねえ、壊し合いは望むところだ」
 ――壊し合い。殺し合いではなく、壊し合い。人を肉塊としか見ず、ただ潰す。
 その言葉を使った巨漢は、今までそういった戦い方をしてきた。そう告げるような物言い。
「てめえ、外道だな」
「斬島の嬢ちゃん達程じゃないさ」



713 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/23(火) 00:23:24 ID:w014PtwQ
 そう言って、皮肉な笑みを浮かべながら、男は拳を突き出した。
「折角だから名乗るとしようか」
 ずしん、と四股を踏むように脚を鳴らす。それを見て、ジュウも瞳に真剣な光を宿し巨漢を睨んだ。
「《鉄腕》ダニエル・ブランチャード! ――お前さんは?」
「ギミア国王・柔沢ジュウだ。覚えとけ薄らデブ」
 瞬間、弾けるは《鉄腕》の巨漢。自らの巨体を一塊の砲丸として突進する。
 ジュウは大剣を強く握り、それを迎え討つ。
 地を揺るがす衝撃が、二人の間で激突した。

 ***

 崩月邸――当主の間

 外は既に戦場になっているらしい。無数の怒号が邸内にまで聞こえている。
 真九郎は紫を胸に抱きながらそれに耳を傾けていた。
「真九郎……」
 怯えているのだろう。聞こえるか聞こえないかと言うほどにか細く、震えた紫の声が真九郎を呼んだ。
「なんだ?」
 恐怖を払拭させる為、優しく聞き返す。紫は不安に声を揺らしながら答えた。
「みんな、大丈夫だろうか?」
 紫は、皆を案じていた。
 狙われているのは自分なのに。一番危ないのは自分なのに。それでも尚、周りを案じていた。
 優しい娘だと、真九郎は思う。だから、そんな娘を不安にさせてはいけないとも。
「――大丈夫だよ。みんな大丈夫だ」
 真九郎は言う。紫に言い聞かすように。自分に言い聞かすように。
「みんな、強い。負けたりしない。勿論、紫に手を出させなんかしない」
 自分でも驚く程、力強く断言できた。或いは、ジュウ達への信頼がそうさせたのか。
「そうだな。真九郎」
 紫が、真九郎に抱かれながら笑みを浮かべた。満面の笑みだ。
「ありがとう」
 そう言って紫は真九郎を抱き締めた。
 紫の腕が伝える感覚に、真九郎は自分も安心していくのを感じていた。この娘の為に戦えおうと、改めて思う。
 その時だ。真九郎は自分の顔から笑顔が消えるのが分かった。
「……な?」
 いつの間にか。巨体が視界を遮っていた。いや、それは巨体などと生易しい物ではない。余りに巨大なその姿は人ではなく、むしろそう――怪物を思わせた。
 腕だけで真九郎の胴程もある巨体。
 それが、何故ここに?
 ジュウ達が既にやられたとは思えない。証拠に外の騒ぎは収まっていない。
 ならば見逃した? この巨体を?
 有り得ない。本来ならば。
 しかし、たった一つ分かる事実。
 こいつは、敵だ。
「紫。巻き込まれないように下がってろ」



714 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/23(火) 00:24:31 ID:w014PtwQ
 紫を庇うように真九郎は立ち上がる。
 離れていく紫を背後に感じながら、真九郎は目の前の大男を睨み付けた。
「にげ、る。むらさき。にげる」
 濁った声で呟きながら、大男は紫を目で追いかける。
「どこを見てる」
 真九郎が、大男に声を掛ける。その瞳にはありありと敵意が浮かんでいた。
 守る。紫を。
 その為には、こいつを倒さなければ。
 今、真九郎に出来るのは、外を守っているジュウや夕乃を信じること。そしてこの侵入者を排除すること。
 深く息を吐き出し、構えをとる。
 それを見て大男は、笑みを浮かべた。獲物を見つけた獣の瞳。
「おまえ、じゃま。じゃまする。ころす」
 たどたどしく言葉を並べる大男は、全身に力を行き渡らせる。
 まるで巨大化したと錯覚する程に気が膨れ上がる。
 気圧されそうになるが、なんとか踏みとどまる。
「へえ……《ビッグフット》を見てビビらないなんてね」
 不意に、大男の背後から声がした。
「彼、フランク・ブランカって言うんだ。《ビッグフット》っていう二つ名を持ってる戦闘屋なんだ」
 楽しそうに言いながら、フランクの背後から現れたのは、細身の少年。
「に、兄様……」
 遠く、様子を伺っていた紫が呟く。
 それだけで真九郎は全てを察した。こいつが、紫の兄。紫を穢そうとしている糞野郎か。
「お前……」
「さあ、《ビッグフット》と。この無知な下郎に、身の程を教えてやれ」
「お、おう!」
 フランクの巨体が、躍動した。
 丸太のような腕が振るわれる。真九郎はそれを腕で防御するが、身体ごと弾かれ後方に吹き飛ばされる。
 壁を打ち砕き、真九郎の体が瓦礫に沈んだ。
「真九郎っ!」
 紫の悲鳴が木霊する。
「――大丈夫だ」
 真九郎が瓦礫の中から立ち上がる。
「大丈夫だよ、紫。こんなの大した事ない」
 真九郎は、口の端から血を垂らし、しかしその顔は、あくまで優しい微笑を浮かべ、紫を見つめていた。
 それもすぐ消え、フランクに真剣な目を向ける。
「まだだ」
 見つめる視線は真っ直ぐに。
 倒すは二人。巨人と首領。とりあえず今は、巨人を先に。
 真九郎は、その身体を低く、巨人に突進させた。

 続

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最終更新:2007年06月29日 17:19
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