『レディオ・ヘッド リンカーネイション』Ⅵ-Ⅷ


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『レディオ・ヘッド リンカーネイション』

  • 作者 伊南屋
  • 投下スレ 1スレ
  • レス番 559-562 594-597 640-645 659-661
  • 備考 雨が語った前世の話という設定

559 伊南屋 sage 2006/12/09(土) 13:38:53 ID:p5PvNOIM
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』

Ⅵ.
 人の何かが切り替わる瞬間というものがある。
 真九郎はかつて、それを見た事があった。一人の少女が刃を持った瞬間、それは起こった。
 人という存在の特異点。あれは世の中にある“そういったもの”の一つだった。
 なればこそ、二度と見る事は無いだろうと、そう思っていた。
「雪姫、抜いて良いぞ」
 金髪の少年の一声。それを聞き、雪姫は腰に差した倭刀を引き抜いた。
 刹那、まるで氷水に叩き込まれたかのように全身が粟立った。襲撃者すらその足を止めてしまっている。
 雪姫から噴き出す、圧倒的に濃密な空気。真九郎はそれを知っていた。
 それはかつて、“あの少女”が放っていたものと全く同質のものだった。
 人の持つ負の感情の中でも、最も昏く忌避される感情。
 それを、殺意と言う。
 他者の命を蔑ろにし、奪い、棄てる。その明確な意志。
「斬島雪姫、参る」
 初めて聞く雪姫の氏。それは“あの少女”と同じ氏だった。
 刃を扱う為に存在する、斬島切彦という、あの少女と同じだった。
 全てが、同一。酷似した存在。
 雪姫は悪辣な笑みを浮かべた。
 人の全てを否定する笑み。
 そこに来て、襲撃者達は再び動き出した。雪姫に呑まれた空気が、再動する。
 次の一瞬、光刃が交差する。
 血が、糸を引いて散った。


「疾っ!」
 裂帛の声に合わせ、ジュウに刃が振るわれる。煌めく銀閃。それが弧を描く。
 ジュウはそれを、腕に填めた鋼鉄の小手で拳を放ち、受け止める。
 火花を散らせ、甲高い鋼同士の激突音が響いた。鐘を打つかのように鐘音が鳴り渡る。
「うおぉっ!」
 弾かれた刃が再び振るわれる。だが遅い、遅すぎる。刃より速く、逆の腕で拳を握り渾身の一撃を襲撃者の顔面に叩き込む。顔の中心、鼻が砕かれ血糊を盛大に撒き散らしながら襲撃者の一人が無様な悲鳴を上げ倒れた。
 それを見届けたジュウが息吐く間もなく背後、更に一人がジュウに斬り掛かる。高速の大上段からの振り下ろし。刃が肩を深く抉る軌道で迫る。ちりちりと首筋を灼く緊迫感をジュウは感じた。
 反応したジュウが身を避わし、振り向こうとするも間に合わない。完璧な死角からの攻撃に身体が付いていかなかった。
 迎撃は土台無理と見たジュウは更に体を傾げる事で刃の軌道から外れる。
 軸のずれた体は辛うじて刃を掠めつつも逃れた。



560 伊南屋 sage 2006/12/09(土) 13:40:10 ID:p5PvNOIM
 掠めた刃はジュウの肩を薄く斬り裂いていた。血が俄かに噴き出し、ジュウの肩口を赤く染める。しかし、それをものともせずにジュウは体を建て直す。
 脚は地を強く踏み締め、崩れた体に力を漲らせ、直立させる。
「くっ!」
 力んだ事でジュウの肩口から更に血が溢れた。
 襲撃者の振り下ろした刃が、返す軌道で斬り上げに変わる。その刹那。
「これ以上、手前に斬らせる肉はねえ。だがな――」
 ジュウの口角が吊り上がり獰猛な笑みを象る。
「骨は二、三本貰っとくぞ」
 胴への拳。突き上げる角度で打ち込まれたそれは、肋骨を数本へし折り内臓に突き刺さる。肉の潰れる音が体内から漏れ聴こえる。
 内臓の潰された襲撃者の口からは鮮血が吐き出させれた。
「がはっ……」
 自らの吐いた血溜まりに襲撃者が沈む。
 それを見下ろし、ジュウは呟いた。
「まったく、肉を斬らせて骨を断つなんて、割に合わねえんだよ」


 円堂円は丸腰だった。騎士ならば持っているだろう剣も、今は馬車の中。
 しかし円は恐れていなかった。
 例え眼前に三人の襲撃者が居ても、それは変わらず、揺るがない。
 自らに対する確固たる自信と、襲撃者に対する如実な蔑み。
 前者は兎も角、後者は円の男嫌いから来る感情だ。
 それを感じ取ったのか否か、襲撃者に剣呑な気配が漂う。
「まったく……丸腰の女相手に大の男が寄ってたかって。刃物振り回さなきゃ戦えないの? これだから男なんて嫌いなのよ」
 それを挑発と受け取ったか、襲撃者達は色めき立ち、包囲の輪を縮める。
 じりじりと迫る襲撃者達に、円は横柄に言った。
「めんどくさいから早くしましょう。まとめて掛かって来なさい」
 その一言は致命的だった。
 弾かれた様に襲撃者達が円へ肉迫する。応じ、円も動いた。
 三人の内一人、その懐に潜り込む。
 その男には世界が回った様に見えた筈だ。
「あが……?」
 背に衝撃。見えた夜空に仰向けに倒れた事を知る。
 立ち上がろうとするも、出来ない。身体に力が入らない。視界が揺れ、酷い吐き気が込み上げた。
「脳を揺らしたわ。しばらくは立てないでしょう」
 そう言って円は冷めた瞳を男に向けた。
 円がしたのは単純な事。懐に潜り込み、掌で男の顎を撃ち上げた。それだけ。
 それだけの単純な事だが、簡単な事ではない。



561 伊南屋 sage 2006/12/09(土) 13:41:23 ID:p5PvNOIM
 目にも留まらぬ速さと寸分違わぬ正確さ、それがあって初めて、一撃で脳震盪による戦闘不能に陥れる事が出来る。
 まさに、達人の動きであった。
「――次」
 呟き。同時、円は再び動き出す。
 襲撃者は身構え、迎え撃つ一撃を見舞う。
 横薙の一振りを身を低くする事で避わす。大きく開いた胴へ、拳。
 鳩尾へ振るわれたそれは、柔らかい腹に抉り込まれる。
 ジュウの肉体破壊の一撃とは違い、この攻撃は内臓破壊の一撃。臓腑への衝撃に襲撃者は吐寫物を吐き散らし倒れる。
 身を痙攣させ蹲るこの男もやはり、一撃で戦闘不能。
 圧倒的だった。
 恐怖に身を竦ませる最後の一人に、円が一歩踏み出す。
「ひっ!」
 恐慌に陥った男は後じさる。
「……ここで捨て鉢になって掛かって来るならまだ救いもあったのに。――情けない」
 一瞬で男の顔面に円が現れる。少なくとも男にはそう見えた。
 身に戦慄が走る。
「だから男って嫌いよ」
 衝撃。それは恐ろしい苦痛を伴って、下半身から全身に伝わった。
「あ……っが!」
 円の膝が、容赦なく男の股間に突き刺さっていた。それだけならまだしも、ぐりぐりと穿っていた。
 男が泡を吹き、白目を向き倒れる。
 場合によっては金的はショック死すら引き起こす。
 こと男に対しては、最も残虐な攻撃であった。
 それでも円は終始変わることのない冷淡な表情で佇んでいた。
「……情けない」
 ――いや、こればっかりは無理です、流石に。
 その場にいた男が全員そう思ったのは言うまでもない。


562 伊南屋 sage 2006/12/09(土) 14:00:34 ID:p5PvNOIM
レディオ・ヘッド補足授業二時間目
「と言うわけで二時間目です」
「随分いきなりだな……」
「お気になさらず。では今回も一問一答で行きましょう」
Q.雨が電波一巻で前世は魔法や魔物のある世界と言っていましたが?
「そういやそうだったな」
「はい。これについては作者の責任です。しっかりと読み返していなかった為、忘れ去られていました。恐らくその内何事も無かったかのように世界がファンタジー化して行くと思われますね」
「良いのか、それ?」
「まあ未熟者だと思い流してあげてください」
「……そうか」
Q.ジュウと真九郎が同年代のようですが?
「作者は現世においてはジュウ、紫同年代説を推していますが作中においてはジュウ、真九朗同年代でやっていますね」
「なんでズレるんだ?」
「一応解説としては“決して転生のサイクルは一定ではない”と言うことらしいですね。つまり現世への転生はジュウ様の方が遅かったためズレが生じた。と言うことらしいです」
「なる程」
「それに作中より年を重ねた紅キャラだとクロス感が出ない。と言うのもありますね」
「演出上の理由か」
「はい」

「少ないですが今日はこの辺にしておきましょう」
「そうか」
「ちなみ補足授業は作品が進むにつれ何度か行われると思います」
「未熟者故……か」
「はい。なお本コーナーでは皆さんからの質問を募集します。質問には次回の補足授業で、答えられる範囲で答えますので遠慮なくして下さい」
「……なんの番組だよ」
「作者がバカですから、仕方ありません」

続く

594 伊南屋 sage 2006/12/16(土) 18:21:11 ID:jr5NPNkQ
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』
Ⅵ・2.

「うわぁ……」
 思わず呟いた真九郎が見る先。そこには体を痙攣させ地をのた打つ男。
 円に股間を潰される一部始終を見ていた身としては、男ならではの同情を禁じ得なかった。
 それは自らが対峙する男も同じ様で、顔を蒼白にしながら視線を無様に転がる仲間に向けていた。
 しかし、それも短時間の事。互いにすぐに気を取り直し、仕切り直しとなった。
 こうして改めて向かい合うと、やはりただ者ではない。
 浅く身構える姿は一分の隙もなく、その実力を窺わせる。
 滲み出る闘気に、体の芯が震え出す。それは真九郎の悪い癖だった。
 どれだけ肉体を鍛えようとも、精神は薄弱なまま。容易く怯え、身を竦ませる。
 真九郎は舌打ちして、自分の不甲斐なさを嘆く。いくら崩月の技を磨こうと、遂に崩月の戦いに置ける心構えは身に付かなかった。
 躊躇ってしまう。傷付ける事に、傷付けられる事に。
 だが、退く事は出来なかった。
 角を――肘に埋め込まれた崩月の力を解放すれば、対等以上に戦えるだろう。だが、それで自らが崩月の関係者であると知られてはならない。
 紫が九鳳院であると知られてはならないのと同様。それはマズい。
 それでも決めたのだ、守ると。あの、幼い少女を、濃紫の闇に沈められていた少女を。
 他の誰でもなく、この自分、紅真九郎が。
 少女――紫の事を想う。誓いを思い出す。
 それで、震えは止んだ。
 がくがくと揺れていた脚は、確かに地を踏み締めていた。
 一つ、深呼吸。大きく息を吸い、呼気を腹に溜める。丹田、臍のすぐ下にエネルギーがあるイメージ。
 脚を浅く曲げる。溜め込んだ力を、全て下半身に伝える。
 爆発するように、力を解放。水平に近い角度で身を跳躍させる。
 一瞬、距離は零に。しかし敵も超反応を見せ、身構える。
 身体を狙った真九郎の拳は、辛うじて掌に受け止められる。
 男はそのまま肩を引き、真九郎を引き寄せるように腕を取る。
 体勢を崩し、よろめいた真九郎の背中に肘が撃ち込まれる。衝撃に肺が潰れるような感覚に襲われ、息が詰まる。
「かはっ……!」
 微かに洩れたのは喉に引っ掛かったような呻き声だった。痛みにそのまま倒れ込みそうになる。
 それでも、倒れるわけにはいかない。



595 伊南屋 sage 2006/12/16(土) 18:22:55 ID:jr5NPNkQ
 片膝を付き、両手で体を支える。不格好に跪くが、倒れだけはしない。自分が倒れたら紫を守れないと、己に言い聞かせ踏ん張る。
「おぉっ!」
 立ち上がらない。跪いたまま、腕を相手の腰へ。低くから突き上げるタックル。
 均衡を失い、襲撃者もろとも倒れる。もつれるように転がり、真九郎と襲撃者は共に土を纏った。
 そこからは美しさも何も無い、まるで子供の喧嘩だった。
 上に乗った方が殴り、時に上下を逆転させ、互いに拳を振るい合う。
 それは、戦闘技能など無視した、ただの殴り合いだった。或いは我慢比べ。殴り勝つまで殴る。それだけの戦い。
 真九郎は怯えていた。相手の力量に。
 ならば、その力量の関係のない戦いにすれば良い。最初はタックルし、そのまま地に転がすつもりだった。
 それを、手痛い反撃を受けたが、結果的には目標は達成した。
 後はスタミナ勝負だった。
 複数人相手では通用しない、稚拙な策を真九郎は成し遂げた。或いはそれは、真九郎に運があっただけなのだろう。
 しかし、要は勝てば良いのだ。そこに至る経緯など気にしない。気にする余裕など無い。
 ただ殴る。殴り、殴られ。それでも殴る。
 勝つために。
 勝って、紫を守るために。それだけのシンプルなロジック。
 殴って、殴って、殴って、殴って。
 やがて、襲撃者は動かなくなった。どうやら真九郎は勝った、らしい。
 自らも鼻血を垂らし、顔を腫らし、内出血で肌を紫色に変色させながら、それでも真九郎は勝ったのだ。
 自らの誓いを、今は守ることが出来た。不思議と力が溢れてくるようだった。
 そうだ、自分でも戦い、勝つことが出来る。不細工で格好悪くとも。それでも勝てる。
 真九郎には未だ、美学と呼べるものがない。戦いに置けるそれならば尚更だ。
 だからこそ、ただ勝利だけに拘って戦える。諦めず、泥に汚れながら、血を流しながら。
 ただ、勝てば良い。
 ――なんだ、簡単じゃないか。
 恐れはいつの間にか無くなっていた。
 それは単に高揚がもたらした、感覚の麻痺なのかも知れない。だが、真九郎は構わなかった。
 気が付けば、周りを数人の男が囲っていた。一人が倒され、警戒を強めているようだった。
 怖くない。それだけで良い。今の自分に必要なのは恐れない事なのだから。
 真九郎は、自分でも気づかぬまま唇で弧を描いていた。
 そうして、名乗りを上げる。



596 伊南屋 sage 2006/12/16(土) 18:24:10 ID:jr5NPNkQ
「崩月流甲一種第二級戦鬼、紅真九郎」
 他の誰にも聞こえぬよう小さな声。だが、そこに込められる意味は変わらない。その代わり、次の言葉は強く、力を込めて言う。
「さあ、次はどいつだ」
 肘の角は未だ腕の中。それでも真九郎は、死んでも引かない覚悟を決めていた。

 圧倒的だった。銀閃が煌めく度に血煙が飛沫く。痛みなど感じる間もなく、男達は己が身を、命を欠落させていく。
 そこは戦場ですらない。ただの処刑場だ。それも私刑による殺戮でしかない。何の正義もなく、ただ屍が積み重ねられる。
 薄い笑みを張り付けたまま、雪姫は刃を振るっていた。
 刀を突き刺し、そこを狙われれば襲撃者から刃を奪い、それで返り討ちにする。
 全て急所。必殺の一撃だった。雪姫に向かった襲撃者はことごとく斬り捨てられている。
 最初から異様な雰囲気を放っていた雪姫に、最も多くの人手が割かれたがそれも無意味であった。
 むしろ、悪戯に死者を増やすだけだ。
 雪姫の周りに転がる死体。ジュウ達には無い、絶対的な差だった。
 実力では、そこまで差が開く訳ではない。体術で言えば円とはほぼ同等。
 なのに、この差はなんなのか。
 簡単だ。意識の差。殺すか殺さないかの選択の差だ。
 ジュウも、真九郎も、円でさえも。誰一人殺していないのは殺す意志がないからだ。
 しかし、雪姫にはそれがある。
 たったそれだけの差が、屍を生み出していた。
 刃がある限り、雪姫は止まらない。殺す事を止めない。
 ただ、返り血の雨の中を往く。
 それだけの事だった。

 ジュウ達はひたすら、襲い来る襲撃者達を倒し続けた。しかし事態は好転しない。
 それは、物量の差。人数の差故だった。倒しても倒しても、襲撃者は更に仲間を増やす。
 一体、これだけの人数を動かすどんな理由があるのか。
 馬車の中の少女が関係するのか。事態を把握しきれないジュウには判断出来ない事だった。
 しかし、解ることもある。このままでは不味い。
 戦い続けるにも限度がある。そして、それは近い。
 止む無し、ジュウは声を張り上げた。
「このままでは無理だ! 正面突破する! 円は馬車を走らせろ。雪姫は進路の確保、活路を斬り拓け! 真九郎と行ったな。お前は馬車に乗り込め!」
 言葉に、全員が動き出す。
 馬車に向け全員が駆ける。
 雪姫は前に立ち、立ち塞がる者を斬る。円の捌きに応え馬が嘶き、馬車が走り出した。



597 伊南屋 sage 2006/12/16(土) 18:26:13 ID:jr5NPNkQ
 ジュウと真九郎は幌に駆け込む。
「行くぞ! 進路は領主城! 雪姫は道が開いたらすぐに乗り込め!」
 怒号の中、ジュウの声が凛と響き渡る。
 進路が開く。雪姫は指示通り、馬車へと乗り込む。それを円は確かめると、手綱を引き馬を全力で走らせる。
 加速する馬車に、襲撃者達が追いつこうとするが、間に合わない。
 徐々に離れていくその姿に、全員が安堵する。
「逃げ切れた……のか」
 呟いたのは真九郎だった。へたり込み、肩で呼吸をしている。
「まだだ、まだ安心は出来ない」
 否定するジュウの声に、真九郎がジュウを見る。
「少なくとも領主城に辿り着くまではな」
「そう……だな」
 確かに、いつ再襲撃があるか知れない。ならば、一刻も早く安全な所まで行かなくてはならない。
「円。馬は走れそうか?」
「疲れているとは思うけど大丈夫。朝まで止まらずに走れば領主城に着くでしょう」
「そうか……さて、と言うわけで俺達はこのまま領主城に向かう。お前達にはそれまでに降りて貰うわけだが……」
「大丈夫。こっちも領主城に用があるんだ」
 真九郎の応えにジュウは眉をひそめる。
「領主城に用?」
「悪いが言えない。こちらからも何も聞かないから、それであいこにしてくれないか?」
「……まあ、良いだろう」
 聞かれて不味いのはジュウも同じ。まさか、王であると名乗るわけにも行くまい。今回はあくまで忍びの旅なのだ。
「すまない」
「気にするな」
 二人の少年は互いに口を噤む。
 ただ、馬車が領主城へと走る中。沈黙が場を支配していた。
 虚偽と隠蔽。それらを抱えながら、二人は肩を並べる。
 それは、後の世から見れば運命的な、二人の英雄の出会った夜であった。

 続

640 伊南屋 sage 2006/12/31(日) 12:07:31 ID:4l9gF13N
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』
Ⅶ.

 空がうっすらと白み始め、朝の訪れを告げる。
 夜通し馬車を走らせた一行は、疲労の色も露わにしながらも、目的地への到着を知った。
 ギミアの東部に位置する都市、クスル。商工業が発達する一方、武芸の盛んな都市であり、名だたる武人を輩出している事で知られている。
 この周辺の都市、集落と合わせ、クスルを治めているクスル領主との会談がジュウ達の目的であった。
「なんか、久しぶりだな」
 呟いたのは真九郎だ。その表情は懐かしい景色に、微笑んでいるようだった。
「お前、ここの出身だったのか」
 問うジュウに、真九郎は肯いて応える。
「ああ、生まれは違うけどな。ここで戦い方も学んだ」
「なる程な」
 相槌を返しながらジュウは辺りを見渡す。まだ早朝だと言うのに街は既に活気に溢れ、ざわめきを生んでいる。
 時折遠くに聞こえるのは道場の修練の掛け声だろうか。
「良い街なんだな」
 呟くジュウに、真九郎は微笑みを浮かべる。
「良い街だよ。良い人ばかりで平和だ。豊かではないけど貧しいって訳じゃないしな」
 領主が善政を行っているのだろう。やはり、周囲の領主を纏めるだけはある。一角の人物であるらしい。
 ならばこそ。ジュウとしては領主と話し合い、友好的な関係を築きたい。
 それが国の為になる。
 内部に亀裂を入れたままではやはり、これからの国政に不安が残る。
「円、後どれくらいで着く?」
「街に入ったし、もうすぐね」
 昨夜から馬を捌き続けた円は、それでも一行の中、ただ一人疲れを感じさせない様子で答えた。
 答えを聞き、ジュウはさっさと眠ってしまった雪姫に声を掛ける。
「起きろ、雪姫」
 声に、雪姫は小さな呻きを上げ、目覚める。
 しかし、まだ幼い紫が眠っているのは仕方ないとして。また何時襲撃されないとも知れない状況で、さっさと眠ってしまうのはどうなのか。
 ジュウは自分の護衛の信頼性を、改めて疑わざるを得なかった。
「そういえば真九郎も領主に用があるんだったな」
 何気ない問いに、真九郎は苦い表情を浮かべる。
「ああ、だけどその用については――」
「分かってるさ」
 ジュウは苦笑して答える。一度言われたのだ、それについては理解している。
 正直な話、大して興味があるわけでもない。説明されたとしても「そうなのか」と思う程度だろう。
「……何か聞きたい事があるんじゃないのか?」



641 伊南屋 sage 2006/12/31(日) 12:08:44 ID:4l9gF13N
 苦笑いを浮かべるジュウに真九郎が尋ねる。
「いや、単に確認したかっただけだ。他意はない」
 答えるジュウに「そうか」とだけ真九郎は返す。
 そんな時だ。不意に円が口を開いた。
「さあ、着いたわよ。領主邸に」
 言われ、外に視線を向ける。
「ここか……」
 領主の屋敷が、ジュウの視界の中、迫って来ていた。

 クスル領主、その氏を崩月と言う。
 古くから伝わる武術の名門。しかし、その技は門外不出。崩月の家系にのみ伝わる技は、その家系の者にしか使えないという。
 ただ、武芸の名門であったのは過去の話。今は領主として施政を行い、武家の側面はなりを潜めている。
 ジュウが予め与えられていた情報はその程度だった。
 こうして屋敷の前に立って、自ら情報を書き加えていく。
 屋敷は極東建築。木を基調とした造りだ。
 これはギミアの東に隣接する国、ヤマトの建築様式である。
 クスルは国内でも東、つまり隣接するヤマトに近い位置にある為、珍しい事ではない。
 屋敷はまるでそこだけ空間を切り取った様な雰囲気を醸し出している。
 ただそれは違和感ではない。どこか郷愁を誘うような佇まいだった。
 馬車に残ると言う円を残し、ジュウ達は門の前に降り立つ。
 真九郎が一歩踏み出した。門を潜り、玄関へと歩いていく。迷いなく歩くその姿は自分達が感じる郷愁とは別の、より親しい懐かしさを感じているようだった。
 黙して真九郎は歩みを進める。
 そう言えば、とジュウは考える。
 最初、領主城へ向かう筈だったジュウ達へ、邸宅に向かうように進言したのは真九郎だった。
 領主である崩月法泉は城にいることは稀で、常は邸宅にいるらしい。
 領主に用があり、かつその領主との関係を仄めかす真九郎。何か複雑な事情があるのだろうが、それを語ってくれるとは考え難い。
 ならば、今は何も言わず付き従うしかないだろう。
 玄関へ向かい、幾ばくかの庭を歩む一行に掛けられる声があった。
 凛としていて、かつ穏やかな響きを持つ声で、
「真九郎さん?」
 と言った。
 視線を声の方に向ける。
 そこに少女が居た。
 年は真九郎同様に同年代。その落ち着いた雰囲気から真九郎よりは年上を思わせる。
 見目は美しい。すらりと伸びた肢体は豊満な曲線を描いている。黒々と輝く髪を垂らすその姿は、さぞかし異性を引き付けるだろう。
「夕乃さん」



642 伊南屋 sage 2006/12/31(日) 12:10:14 ID:4l9gF13N
 真九郎が少女に返す。少女の名は夕乃と言うらしい。名を呼ばれた夕乃は、柔らかな笑みをその美貌に浮かべた。
 そこにある暖かい空気に、ジュウは憧憬を抱く。分かり合っている関係。家族のような、そんな暖かさ。
「……こちらは?」
 夕乃が真九郎の背後に視線を寄越す。つまりジュウ、雪姫、紫の三人だ。
「こいつは紫。今日はこの娘の事で話があってきたんだ。それでこちらは――」
 振り向く真九郎。その表情は互いに詮索しあわない事にした故にジュウ達の説明に困っているようだった。
 仕方なく、代わりにジュウが自ら名乗る。
「柔沢ジュウだ。こちらの当主に用があって出向いて来た」
「柔沢……ジュウさん。ですか」
 呟く。夕乃は柔沢の氏が示す意味を捉えたらしい。柔らかな表情を、凛としたものに変えた。
「そうですか、貴方が……。分かりました。では中でお待ち下さい」
 言って、夕乃は玄関を開け一同を誘う。
 躊躇うべくもない。
 ジュウは、崩月の屋敷へと入っていった。

 客間に通されたジュウは待たされていた。理由は簡単。真九郎の要件が先になった為だ。
 当主の間では現在、真九郎が紫と共に事情を話しているらしい。しばらく経ってはいるが一体どんな話なのか。
 興味が無いと言えば嘘になろう。だからと言って無神経に根掘り葉掘り聞くほど不粋ではない。
 突き放した言い方をすれば、これから関わる事もないと思う。所詮は行きずり、その程度の関係性だ。
 ならば、深く関わらないべきか。
 そこまで考えて、ジュウは思考を放棄した。今は関係の無いことだ。
 ふと天井を見上げる。極東建築の常として、それは低い。恐らく、ジュウが立って手を伸ばせば触れてしまうのではないか。
 それでも、そこに圧迫感はない。素朴な造りで、むしろ落ち着く。
 住む者の暖かさを連想させるに充分だった。
「失礼します」
 声と共に夕乃が襖を開け、入ってくる。手には盆を抱え、その上には湯呑み茶碗が乗っている。
「どうぞ」
 差し出された茶碗を受け取る。緑色の液体はヤマトの茶、緑茶であった。
「柔沢ジュウ様……でしたよね?」
 傍らに盆を置きながら夕乃が尋ねてきた。
「ああ、そうだが」
「やはり……。真九郎さんったら気付かなかったのかしら」
「分かって……るんだな」
「それはもう。むしろ気付かない真九郎さんがおかしいんです」
 溜め息混じりに話す夕乃はまるで、不出来な弟を嘆く姉のようだった。



643 伊南屋 sage 2006/12/31(日) 12:12:05 ID:4l9gF13N
 苦笑しながら夕乃が続ける。
「真九郎さんは、なんというか世間知らずと言うか、世間擦れしてない所があって……。疎いんですよ全体的に」
 真九郎を憂う夕乃の様子に微笑みながらジュウは答えた。
「でも、良い奴ではある。ほんの少しの付き合いだが、それが分かるくらいには真っ直ぐな奴だと思う」
「そう思いますか」
 夕乃も苦笑を単なる微笑みに変えてみせる。
「ところで」
 不意に表情に硬さを持たせ、夕乃が問いを口にした。
「一国の王が、どういった御用向きでしょうか」
 何気なく踏み込む。問いにジュウは、一呼吸置いて答える。
「それは当主殿に直接」
「あら、大丈夫ですよ。私、次期当主夫人の予定ですから」
「なにを勝手なこと言ってんだよ夕乃さん!」
「あら、真九郎さん」
 唐突に真九郎が乱入同然で客間に入ってくる。その後ろには老人。
 恐らくは当主、崩月法泉。
「話は済んだのか」
 ジュウの質問に、今にも夕乃に掴み掛かりそうになっていた真九郎は若干冷静さを取り戻す。
「ああ、一応はな」
 一応、と言う真九郎の顔色がやや不満気だったが、それについては触れずに置く。
「済まないな、待たしちまって」
 老人が会話に割って入る。改めて見て、正直大層な人物には見えない。
「当主の間は散らかっちまってるから話はここでって事で一つ頼む」
 本当にこの人が崩月法仙なのかと、ジュウは自分の認識を疑いたくなった。
「先生、俺は……」
「残れ」
「……はい」
 老人の言葉に真九郎は肯いて応える。
 今、真九郎は先生と言った。
 確か崩月では外部から弟子は取らないのではなかったか。それとも武道に置ける師弟関係ではないのだろうか。
 もっとも、詮索しても詮無いこと。これもジュウは思考の停止をする。
 考える事は得意ではない。答えが見つからないなら投げるのも手段の一つと思うことで自分を納得させる。
「さて、前置きはなしにしようや。ズバリ、何の用だ?」
 腰を下ろしながら法泉が言う。
「……貴方に、力を貸してもらいたい。国を纏めるための力を」
 力強く答える。真摯な想いを口にしたつもりだ。
「ふむ……随分評価されてるみたいだな。そりゃあれか、俺がこの辺の元締めみたいな事してるからって事か」
「まあ、そうなる」
 法泉はふん、と鼻を鳴らした。



644 伊南屋 sage 2006/12/31(日) 12:13:20 ID:4l9gF13N
「まあ、俺としては反抗するとかそんなつもりじゃなくてな。ちぃっと見極めようと思ってたわけだ。そうしたらどうだ。お誂え向きな厄介事抱えた真九郎と一緒に来やがる」
 全くおもしれえ。最後に法泉はそう呟いた。
「少し話が見えないんだが」
「つまりはこういうこった。俺はお前さんに従うに吝かじゃねえ。面白そうだしな。ただしそれには条件がある」
 そこで人差し指を立て、それを真九郎に向ける。
「こいつが抱え込んできた厄介事を片付けてくれねえか。こいつには話は通してあるからもう受けるんなら話してくれるだろうよ。
 嫌だっつんなら仕方ねえ。俺はお前さんには従わねえ。そん代わり反発もしねえがな。国相手に戦争するほど暇じゃねえからな」
 ジュウはやや迷ったが、すぐに回答を提示してみせた。
「良いだろう。その話、受ける」
「いいねえ、決断が早いのは良いことだ」
 法泉が満足気に笑う。
「じゃあ聞いてやんな。真九郎の話を」
 言葉に真九郎が動く。
「覚悟してほしい。今から話す内容を聞いたらもう引けないし、内容事態が胸糞悪い話だ」
 真剣な面差しで語る真九郎に、ジュウは確かな意志を持って答える。
「話してくれ」
 その言葉に真九郎は、その重い口を開いた。



645 伊南屋 2006/12/31(日) 12:40:36 ID:4l9gF13N
『レディオ・ヘッド補足授業』

「またやって来ました本コーナー。早速ですが質問に入りましょう」
「おう」
Q.ジュウ様は剣を執らないんですか?
「答えは“執る”だ。本来戦争なんて素手でやるもんじゃないしな。円にしたって馬車の中に剣を忘れただけだ。
 なので勿論、俺も剣を振るう」
「因みにジュウ様は大剣使いです」
Q.雨が出ませんね?
「只今私は国政に追われている……はずです」
「はずってなんだ」
「それはお答え出来ません」
「……そうか」

「今回はこの程度ですね」
「だな」
「本コーナーでは引き続き質問をお待ちしています」
「なんなら展開に関する要望でも可だ」
「それではまた来年」
「良いお年を……ってか」
「ジュウくん、私も私も!」
「お姉ちゃん! またこいつと2人っきり!?」
「私はお呼びじゃないかしら?」
「とりあえず引っ張られてきたんだけど……なんなんですかこれ?」
「あら、真九郎さん。折角の年の瀬ですから。みんなで祝いましょうよ」
「そうだぞ! そして年が明けたら“ひめはじめ”だと環が言っていた!」
「……やらしい」
「ジュウくん私達も姫始めならぬ雪姫はじ――っ痛!」
「あなたアホでしょ? 雪姫」
「なんつうか、色々お疲れ様です……」
「お互いにな……」
「はーいそこ、BL禁止!」
「黙れ雪姫!」
「なあ夕乃、BLってなんだ?」
「紫ちゃん、世の中には知らなくていいことがあるのよ」
「……なんでこんな事に?」
「楽しければ良いのよ光ちゃん」
「楽しいの、お姉ちゃん?」
「ええ」
「で、男二人が女六人も侍らしてなんだこの騒ぎは」
「てめえ……」
「紅香さん!」
「騒がしいですね」
「……誰?」
「弥生さんまで……」
「さぁ皆さん、収拾がつかなくなる前に挨拶だけはしておきましょう」
「雨、お前が仕切るのか」
「まあ良いじゃないですか、あの人しか纏められませんよ実際」
「……だな」

「それでは皆さんまた来年も宜しくお願い致します。最後に今年一年の感謝の気持ちを挨拶に代えまして――」

『一同:良いお年を!!』

659 伊南屋 sage 2007/01/05(金) 21:08:44 ID:j1ILVdq9
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』
Ⅷ.

 九鳳院と言う一族がいる。大陸の中でも特に強い、通称「三國」と呼ばれる中の一つ、アルハザト聖国を治める王族である。
 古くから続く血脈に、彼らは誇りを持ち、自らが選ばれた一族であり、世を統べるのは我々だと、強く主張している。
 その九鳳院。その闇の産物が紫である。
 九鳳院に代々続く風習。近親相姦。
 言ってしまえば古い王族にはそう珍しい話ではない。優れた血をより濃くするために近しい者同士で交わる。
 そんな話は枚挙に暇がない。
 しかし、それもかつてはの話である。
 かつては許された事も、今の倫理に重ね合わせれば到底許されない。
 だが、その時点で九鳳院は致命的な問題に直面した。
 近親でしか子を作れなかったのだ。いくら外の血筋を取り入れようと子が産まれない。だから近親相姦を続けるしかなかった。
 それを通すために、九鳳院は一つのシステムを作り上げた。
 奥の院と呼ばれる施設がそれである。
 そこに、近親で作った女子を入れ、世間から隔離するのである。
 表向きには外から妃を取り、結婚する。だがそれでは子は産まれない。
 そこで奥の院にいる女子と交わり、産まれた子が男子であれば、表向きの妃との子として表の世界で育て、女子ならば奥の院に入れ、次代の子を産む為に育てる。
 紫はそこで産まれ、育てられた。
 それも、現国王・九鳳院蓮丈の実子であるという。
 真九郎は、九鳳院蓮丈が国外遠征していた隙を見て、とある筋からの手助けを得て脱出した紫を保護した。
 真九郎はその身の上を知った上で紫を助けたいと思った。
 紫に、奥の院なんて狂ったシステムに組み込まれて良いはずがないと思ったのだ。
 無論、そんな思いだけで彼女を救えるなら苦労はない。
 仕方無く真九郎は、崩月に頼ることにした。
 しかし、それはなかなかに叶わなかった。九鳳院――否、それは九鳳院全体の総意ではない。
 アルハザト聖国第二王子、即ち紫から見て次兄にあたる九鳳院竜士が傭兵を雇い、個人的な追跡を始めたのである。
 何故、九鳳院の力ではなく外部から傭兵を雇い入れて追うのか。
 紫本人の口から聞かされた。
 曰わく、紫を自分の物にするため。紫に自分の子を産ませるため。そして、次期国王になるため。



660 伊南屋 sage 2007/01/05(金) 21:10:01 ID:j1ILVdq9
 今まで奥の院のルール――初潮前の女児に手を出してはいけないと言う規則が邪魔したが、この混乱した事態に乗じて、紫を犯す。
 そう、考えているらしい。
 だから、逃げるのだ。九鳳院から、それ以上に竜士から。
 その話を、紫は泣きながら語ったという。


「成る程ね……」
 重い沈黙を、ジュウが破った。
「確かに胸糞悪くなる話だ。近親相姦に幼女趣味ね……。まったくヘドの出る話だ」
 忌々しげなジュウの言葉は、重みを持って響く。
 子供に甘い――無論やましい意味でなく、純粋な意味で――ジュウとしては、相当に頭に来る話だった。
 子供は汚れていない。何の罪もない。だから、何も悪くない子供が不当に辛い目に会うのは許せなかった。
「そう思うんなら、手を貸して貰いたい。どうか頼む」
 頭を下げる真九郎に、ジュウは応える。
「最初っからそういう話だろ? っていうか、今更聞かなかった事にしてくれって言われたって勝手に手を出してやる」
 その言葉に、真九郎は頭を上げ、ただ感謝の気持ちを込めて、しっかりと言った。
「……ありがとう」


 クスルの街外れの森。
 とある一団があった。
 一人の少年を中心に集まる集団だ。
 少年は森の中の切り株に腰を降ろしている。その切り株は今し方出来たものだ。証に切り口は真新しく、傍らには切り倒された木が転がっている。
 そこに、何の予兆もなく一つ、低い声が響いた。
「あいづらみんな、やしき、はいっだ」
 酷く濁ったその声を受け、少年が「そうか」と呟いた。
 いつからか少年の傍には巨人が立っていた。ついさっきまで存在していなかった筈なのに。
 少年はそんな事は気にせず、軽く溜め息を吐いた。
「あーあ、面倒くさいよねえ。よりによって崩月だもんなあ」
 そう言いながら顔は笑っている。
「ま、いいよね。所詮は子鬼だし」
 少年は立ち上がる。
「うん、決定。善は急げって言うし。今夜、今夜だ。紫を奪還する」
 周囲に言い聞かせるように。自分が、命令を出すことが当然だと、人の上に立つのが当然だという表情で少年は語る。
「屋敷を襲撃する。全部ぶち壊して構わない。刃向かう奴は殺せ。ただし紫には絶対傷つけるな。髪の毛一筋でも怪我させた奴は殺す」
 味方すら殺すと言ってみせる少年だが、不満の声は上がらない。
「特に斬島のお前。お前が一番危なそうだ。気を付けろよ」



661 伊南屋 sage 2007/01/05(金) 21:10:53 ID:j1ILVdq9
 声を掛けられたのは少女だ、小柄な少女。無気力な瞳で少年を見つめ小さく頷く。
 その足元には、鋸。
「鉄腕は僕の護衛。ビッグフットは襲撃中に紫を回収して来い」
 言われた各々が頷いて応える。
「さあ、思い知らせてやる。“刃向かう者は潰せ”って言う、九鳳院の掟をさ!」
 そう言って少年は――九鳳院竜士は笑い出す。
「ははっ! 紫。お前は僕の物だ。それを分からせてやる。はははっ! あはははははは!」
 まだ日の高い昼。それでも暗い森の中。九鳳院竜士の高笑いが木霊した。
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