■ 環の告白 ■


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■ 環の告白 ■ お試し導入Ver


 12年後の、ある日。

 黒い車が古いアパートの前に停車し、後部座席から一人の青年が降り立った。青年が運転席の者に
何事か告げると、しばらくして黒い車は走り去って行く。

 「やれやれ」

 久し振りに帰国した真九朗は、ホッと溜息を漏らした。近頃の彼は多忙を極める毎日だ。殊に紫と
の結婚が決まって以降は九鳳院に連なる者として、年間の殆どを各国行脚に投じている。過去の自分
が、パスポートのスタンプ欄をメモ帳の様に消費する現在の自分を見たら、どう思うことだろう。

 ここは五月雨荘。ようやく我が家に帰ってきた真九朗は、目元に安堵の色を浮かべた。

 しかし、それも短い事になりそうだ。明後日には自室の荷物を纏めて、九鳳院の屋敷に移らなくて
はならない。

 真九朗は改めて五月雨荘を見つめる。本当は、このまま引越し後も部屋をとっておきたかった。実際、
不戦の約定が交された五月雨荘は、セーフハウスとして申し分ない物件でもある。

 だが部屋を確保し続ければ、次にこのアパートを必要としている、過去の自分の様な人間の生活空間
を奪う事にもなってしまうだろう。真九朗は、もうここを辞するべきだった。

 もしかすると自分が入居する以前にも、同じ様に出て行った人がいたのかも知れない――

 そんな事をぼんやり考えていた真九朗は、突然、背後から体当たりを食らって飛び上がった。

 結婚が決まって九鳳院に入る以前、真九朗は数々の修羅場を潜り抜けてきた、プロの中でも有数の揉
め事処理屋だった。現在も仕事のステージを移しただけで、職業人としての自覚や技能は捨てていない。
それに紫との婚約を契機に、崩月での稽古はより一層厳しいものになった。師範による闇討ちじみた路上
稽古も増え、今の真九朗は気を抜いている様でも、自分に近寄る気配はまず見逃さない。

 その警戒をすり抜けて後背を至近距離から襲える者など、そうは居ない筈だった。真九朗は直後に迫
る猛攻を想定して総毛だったが、昂ぶる事無く冷静に状況を把握し―――

 飛びついてきた相手が、環である事を突き止めたのだった。

 「・・・いたんですか、環さん」

 「ええ、ずっと」

 環はニコニコしている。真九朗はがっくりと空を仰ぎ、先程とは別種の溜息をついた。背後と頭上の
死角を突かれたまま、のほほんと構えていたとは、我ながらなんてザマだ。

 「今日は。闇絵さん」

 樹上から闇絵の声が降ってくる。

 「久し振りだな。少年」

 過去の自分が、未だに少年呼ばわりを免れない現在の自分を見たら、どう思うことだろう。



 ■ 環の告白 ■ No.2-1

 樹上からふわりと降り立った闇絵に、持っていた手土産を渡す。免税品店で大量に買い込んだ煙草
の袋だ。

 「ありがとう、少年。近頃では軒並み値上がりでね。困っていたのだよ」

 ちっとも困っていない体で、闇絵は言う。真九朗はついぞ、彼女が自分で煙草を買う場面を見たこと
がない。実際、自分で買うことはないのではないかと思う。

 環には大量のビーフジャーキーと焼酎。

 首にぶら下がった姿勢のまま、屈託無く土産を受け取った環は思い出したように言う。

 「聞いたよっ、真九朗くん!ついに紫ちゃんと結婚だってね。おめでとう!」

 満面の笑みを浮かる環。その笑顔は無邪気で魅力的なのだが――遺憾にも“これは今夜の御肴です”
という意味と同義。弄くり回すのに丁度いいネタを嗅ぎつけた時に見せる表情だという事を、真九朗は
長年の経験から悟っていた。心の中で溜息を漏らす。

 とはいえ実のところ、この結婚話をこんな風に祝ってくれたのは環が初めてだった。比較的近い祝辞
は「ふーん逆玉ね嬉しそうね良かったわねロリコン」。他には「私は今夢を見ているのです立派に成長
して逞しくなった真九朗さんが私を捨てて紫ちゃんと結婚するなんて酷い事を言いだす悪夢なんです
夢なんです」という一風変わった祝辞・・・もあった。

 額に嫌な汗を一筋たらしながらも、真九朗は礼を言う。

 「有難うございます、環さん」

 「やったじゃ~ん?七難八苦を乗り越えて、ロリコンの夢をものにしたねっ!真九朗くん、勇者だよ
ペドの勇者っ!」

 「はあ、お陰様で・・・って、誰がペドですかっ!」

 ロリコンよりも酷かった。



 環はぶはあっと酒臭い息を吐き出した。どうも朝からご機嫌さんのようだ。

 しかし彼女が酒臭いのはいつもの通りだし、紫と出会ってからロリコン扱いされる事も珍しくはない。
まして実際に結婚する今となっては、もはや抗弁もならず、真九朗としては耐えるより他に術が無い。
まあ、流石にペドの勇者というのは新境地だったが。

 しかし、もう紫は19歳で真九朗は28歳だ。過去の経緯を知る環には何を言われても仕方がないも
のの、未だにロリコン呼ばわりはどうなのだろうと思わなくもない。まあ、その説を強く主張する者も
彼女の他に2名ほど居るのだが。

 ともあれ、引越しの日取りまで時間が無い。こうしてじゃれつかれる機会も、もうない事だろう。
一瞬そう思った真九朗は、つい何時もの自分役を演じてしまうのだった。

 一方環は、相変わらずのズボラな格好で、頭を掻いていたりなどする。未だ出会った頃の若々しさは
変わる事無く、その愛嬌ある美貌も僅かなりと損なわれていない。ただ外見に問題なしとはいえ、彼女
の実年齢は30過ぎの筈。いわゆるOLなどとは職種が違うにせよ、何日風呂に入っていないか分らない
様な風体はそろそろどうかと思うのだが。

 そう思いつつも、彼女の変化の無さに真九朗は微かな笑みを漏らす。前述の建前を棚上げすれば、
この風景は彼女以外には到底実現できない、一種の奇跡のようなものだった。


 当の環はしばらく目を擦っていたが、やがて欠伸をかみ殺しながら訊いてくる。

 「んで、新居はどうすんの? 五月雨荘は出ちゃうんだよね?」

 「ええ、九鳳院の空いた家に入る事になりまして。俺はあんまり荷物がありませんから、明後日には
  引越しになると思います」

 にへらっと笑う環。

 「えへへへ~~そりゃまた、急だねぇ」

 朗らかな魅力に富んだ笑顔。だが、その屈託のない笑みは――こう語っていた。


 これは今夜の御肴です。



 ■ 環の告白 ■ No.3-1

 酷い宴会だった。あまりの騒ぎに、真九朗は鋼森の顔を10年振りに拝む事になった程だ。勿論、彼は
近所迷惑を訴えて怒鳴り込んできた訳だが。

 その後の狂宴は鋼森を巻き込んで続いた。当初抵抗を示して暴れた鋼森も、酔った環に締め上げられた
挙句に大量の酒を流し込まれ、闇絵にいたぶられ続ける内に据わった目で社会への不満を訴える様になる。
彼の愚痴を元にブツブツと始まった一連の説話は歴史を遡ってヘロドトスから地政学経由で地質学に至り、
鉱物とプレート理論の解説を経て工学へシフトした後、ベルヌーイの定理を詳述。気付いた頃には地球圏
を飛び出して太陽系規模に拡大し、オールトの雲に至った辺りで唐突に途絶えた。

 満足げな屍と化した鋼森の頬を、ダビデがひっぱたいて続きを要求していたが、他は鋼森が落ちた事に
すら気付いていない。

 やがて飲む物も食べる物も無くなり、声も枯れ果てる頃になってようやく騒ぎは終息する。真九朗も未
青年ではないから、環によってしこたま酒を飲まされて意識が朦朧としていた。そのせいだろうか、自室
に引き返す闇絵の後姿が、なんだかふらふらしていた様に見えたのは。

 環は床と一体になっていた。このまま放っておけば、何だか分らない芽でも生えてきそうなので、真九朗
は彼女を無理矢理起して水を飲ませる。

 「・・・しまった、芽が生えてくる」

 真九朗ははっきりしない頭を一振りして、自分も水を飲む。少し意識がはっきりした。コップ入りの水
の出所をちょっと考え、自分の影だと思い当たる。酔いは、もう醒めていた。


 座り込んだ後も、強風に煽られる竹の様にぐらんぐらんと頭を回している環。真九朗は彼女を背負い、
部屋まで運ぶ事にする。

 真九朗の意識は既に醒めきっていたが、如何せん足元が不確かな事はどうにもし難く、廊下の途中で古
新聞に躓いてしまった。環の頭がごちごちと壁に当る。

 「わーん、お母さんごめんなさい~~お供えのお萩食べたのあたしです~~でもカマドウマは嫌ぁ~~」

 何かトラウマがあるらしい。




 ■ 環の告白 ■ No.3-2

 しばらくかかって部屋に這い入った後も、環は酷く酔っているようだった。ふらふらと体を揺らしながら
布団を敷く真九朗を眺めている。その様子は傍目に『落ちる寸前』といった体。しかし、眠気に耐えるよう
に目を擦った環は、ふと真九朗に話しかける。

 「ねえねえねえ、真九朗くん真九朗くん」

 「はいはい。何ですか、環さん」

 多分「水ちょうだい、水」とでもくるのだろうと思いながら、真九朗は手を動かし続けていたが、実際に
かけられた言葉は予想とは違っていた。

 「真九朗くんが~五月雨荘に来てから~~あたし何回、真九朗くんと結婚する~って言ったっけ?」

 変な質問だったが、真九朗は手を止めずに応じる。

 「知りませんよ。環さんいつも酔っ払ってましたし、酔うとそんな事ばっかり」

 「238回だよ」

 停止する真九朗。その背中に、環はにへらっと笑いかける。

 「えへぇ」

 「真九朗くん、あたしは君に238回もラブラブラブコールしたのでしたぁ~~」

 環はふらふらしていた頭をカクッと伏せると、小さく付け足した。

 「全部振られたけど」


 言い知れぬ雰囲気に言葉を失い、真九朗は固まる。殆ど完全な不意打ちだった。

 普段なら冗談ばかりの環の事、ホラ話と受け流す場面だったが、今の言葉は気配が違う。真九朗はなぜか、
この数字が真実である事を殆ど確信していた。

 部屋に沈黙が降りた。 

 相変わらず散らかった環の部屋。真九朗がここに入って布団を敷く事は多分、もうない。


 突然、環が弾かれた様に顔を上げ、大声で喚いた。

 「も~~~~~~~~~~!真九朗くん、なまいき過ぎっ!!なまいき過ぎっ!!年下のくせにぃっ!!!」

 強張る真九朗の背中に、小さな呟きが続く。

 「1回くらいっ・・・いいよってゆってくれたって、良かったじゃんか」


 声は部屋の空気に霧散し、後には言葉が残る。真九朗は、いつも能天気な環がこんな気配を纏う事が信じら
れず、引き攣ったように身動きが取れないでいた。



 ■ 環の告白 ■ No.4-1


 それきり静まり返った室内で、目覚まし時計の秒針の音だけが響いていた。

 真九朗はふいに、その時計は数年前の環の誕生日に自分が贈ったものだと気付く。寝起きの悪い彼女が
壁に叩き付けても壊れないよう、ブリキで出来た頑丈な品を選んだのだ。大分痛んでいるが、まだ壊れて
はいない。

 よく見ると環の部屋には、そうした道具や調度類が幾つも置いてある。真九朗はこの十数年の間、自分
が如何に彼女の生活空間に浸透していたかを自覚した。いつの間にか、こんなに。


 幾許かの時が過ぎる。


 環に背を向けたまま、真九朗は布団を整える作業を再開した。

 布団の綿を均等に整え、新しいシーツに隙間無く挟む。枕の中のそば殻を均しながら、真九朗は環に語り
かけた。


 「・・・環さんは基本滅茶苦茶ですけど、俺は随分助けられました。覚えてます?」


 環は無言。だが真九朗は布団を引き延ばしながら、話し続ける。

 そう。五月雨荘に引っ越して来た日。崩月家から逃げ出すように一人暮らしを始めた日。真九朗に一番
最初に声をかけてくれたのは彼女だった。


 「いい匂いだね。今から晩御飯?」


 過去。幼かった真九朗は両親と姉を空港テロで亡くして以降、他人の庇護の下で暮らしてきた。幸運な
事に、周囲は優しい人ばかりだった。彼らはとても親身に接してくれ、愛してくれさえもした。だがそれ
でも家族と居場所を失い、周囲の人々の好意に甘えるばかりで何も出来ない自分を思う時、真九朗は彼等
から一歩引いた場所に身を置かざるを得なかった。ずっとそうでないと、いけない気がしていた。

 そんな真九朗にとって五月雨荘は、孤児になって以来、初めて得た自分の居場所。誰憚る事なく、自由に
過ごせる大切な居場所だった。時に、水しか口にできない日もあったけれど。



 ■ 環の告白 ■ No.4-2


 当初隣人との関係は、それまで暮らした崩月家とは違う、確固たる他人同士として始まった――筈だった
のだが、環の行動や生活様式ときたら滅茶苦茶で、到底見ているだけの立場に甘んじられる様なものでは
なかった。

 変化は直ちに現れる。ある日、仕事のプレッシャーとテスト勉強と異臭とハエとゴキブリに追い詰めら
れた真九朗が、箒と雑巾とバケツを装備して決起したのだ。

 そうして受ける被害を避ける内に、気付くと衣食住の世話の多くを自分がやるハメになっていた。


 「なぜだろう」と腕を組む日が無いではなかったが、しかし、その結果は意外な副産物をもたらした。
真九朗は他人の世話をする側になって初めて、周囲の人々が自分に寄せる好意や気持ちを、素直に受け入
れられるようになったのだ。

 あれ程始終、薄く厚く繭の様に自分に纏わり付いていた“報いられないはがゆさ”、“借り物の様に感じる
生活感”。それは、これほど単純な行為の副産物としても、受け手によっては生じ得る。自分が環や闇絵に
料理を振舞う時がそうである様に、厚意の相手は報いなど、それこそ毛程も考えていないかも知れないのに。

 勿論、これは受けた恩を軽視して良いという事ではない。だが、与えられる厚意を必要以上に意識して
しまう事は、相手の行いの意味や規模や内容を正しく理解できていない事に他ならない。遠慮や辞意も行
過ぎれば、互いの関係にとって良くないに違いないのだ。

 それに、いざという時に環が見せる自分への厚意。単なる隣人、利害のない他人。当初はそういう間柄で
始まろうと、人間はあれだけの関係を他者と結ぶ事が出来る―――真九朗の心の奥深くで形作られた、その
善性とも言うべき確信の基には間違いなく、環という女性が席を占めていた。


 少し照れたように微笑み、真九朗は話し続ける。

 「それに環さんは、なんだかんだ言ってスゴい人ですからね。傍に居られて有難かったし、嬉しかったんです」




 ■ 環の告白 ■ No.4-3


 真九朗は過ぎた時間を思う。12年の間に数多くの出会いと別れがあった。中には墓場に行っても忘れ
られない、忘れるべきでない別れもある。

 「いつか、犯人を見つけたら・・・ぶっ飛ばしてやってね、わたしの分も・・・」

 機械に繋がれ続けた生涯の最後に、彼女は言った。その事件で出会った黒リボンの刃使いは後年、窮地
に陥った真九朗のために孤人要塞に立ち向かい、最後まで紫達の身を案じた隻眼の近衛は手懸りと簡潔な
メッセージを残した。そして“あの事件”以後、行方を絶った世界最高の揉め事処理屋――――

 残された真九朗には、するべき事が山程あった。

 彼等との約束――自分の影に潜む忍の末裔が、無言の内にそれを思い起こさせる。もう真九朗の身は、
本当の意味で彼一人の物ではない。だが、そんな事情に環が巻き込まれる理由もないのだ。

 「でも、今の俺には負い切れるかどうかの預かりものが沢山あって。年下のくせに、ほんと生意気なん
  ですけど・・・」

 真九朗は告げた。分水嶺を過ぎて遠い、別たれた支流に語りかけるように。

 「だから、御免なさい。俺は――いいよ、とは言えない」

 黙って作業を続ける真九朗。背後の環は、何も言わなかった。

 ようやく寝具の準備を終え、それを確認した真九朗は後の懸念事項を告げる。

 「そうそう、俺が引っ越した後の話ですが。うるさく言う人間が居なくなるからって、お酒は飲み過ぎ
ないで下さい。アル中になったりしたら本当に一滴も飲めなくなるんだから」

 環の方に振り返りながら

 「程々にしておいた方が、結局は――――」


 とんっ


 しばらく逡巡し、改めて後ろを振り返る。真九朗の背に頭を預けた、どこか可愛い年上の女性。彼女の
あどけない口許からは、小さく寝息が漏れていた。

 一息ついた後、真九朗は環を起こさないよう体制を入れ替えて正面に向き直る。彼女の顎を前から肩に
乗せるようにして後頭部を押さえ、膝上に置いた両手がこぼれない様に気を配りながら、ゆっくりと布団
へと運んだ。

 枕に環の頭を乗せて、静かに身を起こす。改めて見つめる環の寝顔は睫毛が長くて顎の線が薄い、なか
なかの美人だ。しかし、無邪気であどけない雰囲気もある。ふっくらした頬と、への字に結んだ口許。

 足音を忍ばせて、戸口に向かう。


 「おやすみ、環さん。また明日」




 ■ 環の告白 ■ No.5-1


 翌日。環の部屋には朝から人の気配がなく、ノックしても応じる声はなかった。真九朗は自分の引越し
準備に忙しく、そのまま慌しい一日が過ぎて準備は滞りなく完了する。


 引越しの日の朝。


 環は顔を見せないままだ。流石に気になった真九朗は、見送りに現れた闇絵に尋ねてみた。


 「ああ、環か」

 紫煙をたなびかせ、闇絵はこともなげに語る。

 「どうやら身の振り方を決めたらしい。今は実家に戻っているそうだ」


 真九朗は時計を見る仕草で心情を隠す。お陰で少し面白げに細めた闇絵の視線には、気付けなかった。
足元で背中を擦っていたダビデがスッと闇絵の肩に乗る。

 「少年には、よろしく伝えるよう言われたよ」

 「・・・そうでしたか」

 真九朗は少し五月雨荘に視線を向けた後、再び闇絵に向き直った。静かに息を吸うと、思い切って尋
ねてみる。いつか聞きたいと思っていた『答え』。自分が五月雨荘を離れる事になり、環も身の振り方
を決めた今、真九朗はどうしても尋ねておきたかった。それを闇絵は見つけられたのだろうか。

 「闇絵さんは―――」

 「ああ、いつかの答えかね?」

 闇絵とダビデ。心を見透かす四の視線に見据えられる。いつも捉え所の無い闇絵だが、こんな視線を向
けられるのは初めてのことだった。半ば覚悟していた様に、真九朗はこの瞬間、自分とこれまでの12年
間が審判に晒されている事を知る。

 ふと笑みを漏らし、闇絵は告げた。

 「出て行くその日からここの暮らしに未練とは、いくらなんでも気が早過ぎやしないか?」

 黒い手袋に包まれた細い指にタバコを挟み、紫煙を吐き出す。こういう仕草がここまで絵になる人物を、
真九朗はもう一人知っていたが。

 「選んだ選択肢を正しいものにしていくのは、少年。君自身の仕事だよ。他人は手伝う以上の事は出来ない」




 ■ 環の告白 ■ No.5-2


 真九朗は息を呑む。これは何時か聞いた言葉の続きだった。紫と出会ったあの事件、ホテルに向かう車内。
ただ、それを告げた相手は―――

 改めて見遣る、闇絵の姿。それは初めて見た時と変わらない、朝日の下でも闇が凝固した様な美しい姿
だった。

 真九朗は既に成人して久しい。当然、周囲の人々にも同じように12年の歳月は降り積もっている。紫
はもう少しで成人を迎えるし、銀子は幾つもの会社を経営、夕乃も美しいながら最早高校生などではなく、
5歳だった散鶴は今や大学受験に励んでいる。雰囲気の変わらない環でさえも、容貌そのものは往時のまま
ではない。

 しかし、闇絵の姿は出会った時と全く変わらない。真九朗は一瞬、自分と闇絵が並び立っているこの様子
が第三者の目にどう映るかを思い、即座にその思考を断ち切った。馬鹿馬鹿しい。『下手をすると、自分の方
が年上に見えるのではないか』などと。

 一瞬、取り留めのない思考に囚われかけた真九朗に向かい、黒い魔女は静かに言う。

 「今の選択を大事になさい」


 真九朗はどこか優しい、その声に意識を戻された。辛くても飲まなくてはならない言葉の薬。そう、自分
はもう揺り篭願望など抱いて許される年齢でも、立場でもないのだ。一昨日、自分で環に語ったように。


 闇絵はついでの様に告げる。

 「私は――そうだね。もうしばらくは、ここに居るよ。先の事は分らないが」


 真九朗は黙って頭を下げた。何時も、こういう時は想いの割に何も出来ないものだと悟りながら。





 ■Epilogue


 ところで。正しく、先の事は分らない。この数日後、真九朗は意外なところで彼女等と再会する。

 それは九鳳院の新居での事。仕事先から戻った真九朗が荷を降ろす直前、ダイニングテーブルを料理
やジュースやビール缶で覆い尽くした連中が、一斉に挨拶をよこした。人数も相まって妙な迫力。

 「おお、戻ったか!おかえり真九朗、待ちかねたぞ!」
 「おかえりなさい、真九朗さん。お食事になさいます?それともお風呂・・・」
 「それはわたしのセリフだろう!」「料理もお風呂も、用意したのはわたしです!」
 「・・・いやらしい」
 「やあ、少年。しばらくだな」「ニャー」
 「やっほー。今日からお世話になるよー!」
 「おかえりなさいませ、お兄ちゃん」

 肩から滑り落ち、ガラガラと床に散らばる荷物。硬直する真九朗。

 「・・・えっ、あ・・・ただいま・・・?」


 真九朗の思考が四次元に飛び立っている間に『預かると言うなら全員住ませろ』という、物凄い要求を
呑まされるのはこの後の話。


 □ Fin.
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