依頼


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

14 :依頼:2009/05/19(火) 19:59:28 ID:T9YPEMaK

仕事の依頼というのは何のこともないただの相談だった。
急ぎの依頼と言ったのは紅香が忘れていたからだ。
本来なら昨日に連絡するところをあまりに忙しく、重要な件ではないので伝え忘れていた、すまんな、と軽く謝っていた。
滅多にない失敗だが、たまにあるのだろうか、と真九郎は考える。
だが、助けてもらったことにはかわりないので一応礼を言っておいた。
紅香は不思議な顔をしたが、理由は聞かずに、気にするな、とだけ声を掛ける。


真九郎が紅香に指示された場所に行くと二人の少女が待っていた。
一人は光。
落ち着きがなく、そわそわしている。

もう一人は見たこともない少女。
元気そうな光とは対照的に落ち着いた清楚な空気を纏っているように感じた。
肩より少し長い黒髪がそよ風で揺れ、その姿勢の良い立ち方のせいか少し大人びて見える。
持っていた鞄には小さなピアノのキーホルダーのようなものが付いていた。
ただの付き添いだろうか。

「私、堕花光といいます。この前は…」

『堕花』という名字に真九郎は少し動揺するが、顔には出さずに自己紹介をする。

「揉め事処理屋の紅真九郎です。こんにちは。
 こんなにすぐに会うことになるなんて思ってなかったよ」

「あ、あのっ、私は、工藤綾です。あの…」

隣にいた少女も自己紹介をした。
どこか話し辛そうにしたまま口をつぐんだ。
代わりにだろうか、光が話しだした。

「すみません。私、『揉め事処理屋』なんて知らなくて。この前もらった名刺をお母さんに見せて相談したらどこかに連絡していたようで。
 何かあるなら相談に乗ってくれる人がいるって。それで今日ここに来るように言われて…」

光の母親が紅香さんに連絡を取ったということになる。
ってことはやっぱりあの『堕花』なのか…?
でもこの娘は何も知らなそうだ。
真九郎の名刺の相談だから紅香は真九郎に話をもってきたのだろうか…。

「相談っていうのは、私、お姉ちゃんがいるんですけど、最近ずっと変な不良に絡まれてて…。
 『私はジュウ様の下僕にしていただいた』とか『前世の強い絆がある』とか言っていて。
 お姉ちゃんがその男にたぶらかされるのを見ていられないんです!
 だから、その男の普段の生活を追ってみようと思って、私ったらあんな行動を…。

 だ、だ、だから!こ、この前のことは誰にも言わないでください!!」



15 :依頼:2009/05/19(火) 20:00:16 ID:T9YPEMaK

恥ずかしそうに顔を赤く染め、頭を下げながら言い訳をする光。
隣の少女は穏やかな顔をして真九郎のことを不思議そうに眺めている。
何かを思い出しそうとしているようにも見えた。

前に見た光の行動を思い出し、笑いそうになる真九郎。
笑いを誤魔化しながら光に尋ねる。

「もちろん、誰にも言わないよ。
 その話だけ聞くとちょっと危ないね。
 依頼っていうのは、その『ジュウ様』っていう男の人を何とかしてほしいの?」

嫌な予感が頭をよぎったが、無視することにした。
でもこういう時の予感って的中率が凄いんだよな…。

「いえ、どんな人間か見極めて欲しいんです。
 悪い奴ではないのですが、こういう仕事をしている紅さんなら色んな人を見てきていると思うので。
 なぜか私も助けられたことがあって…、私にはあいつの考えがまるでわかりませんでした」

「じゃあ、今知っていること教えてくれる?」

「はい。え~と、外見は金髪、背は高くて、目つきが悪い。周りからも不良と言われていて恐れられているような…。
 やる気のない態度が全面に出ていて、かなり強いです。それからいつも左手首に高そうな腕時計をしていたと思います。
 名前は柔沢ジュウです」

真九郎は「やっぱりか~」と心の中で唱えながら光に対応する。
同時に紅香が言っていた言葉を思い出す。
『何も出来ないヘタレな息子』のようなことを言っていたと思うけど…。
彼のどこがヘタレなんだろうと疑問を持つ真九郎。

きっと基準が紅香ということがそもそもの間違いなのだろう。
あの人を基準にしたらヘタレじゃない人間は世界中でどれだけいるのだろうか。

「あ~、君のお姉さんはきっと大丈夫だよ。安心していいと思う。
 もしその柔沢君が悪いことをするようだったら、誰も逆らえないくらい圧倒的に強くて怖い真っ赤な人がちゃんと止めてくれるはずだし。
 多分、ぐぅの音も出ないくらいコテンパンにやられちゃうよ。
 だから安心していいよ。その人が動いたら大抵の問題は一瞬に解決しちゃうしね。
 まぁ、常識はないけどね。『授業参観』っていう言葉を知らなかったくらいだから」

「知ってるんですか?」

「少しだけね」

依頼を受けそうになっている今の状況でこんなことを言うのはなんだが、真九郎としては紅香の個人情報はあまり触れたくはないというのが本音だ。
紅香のことは知らない方がいい情報があまりに多過ぎる。
それでトラブルになり、殺されかけた経験もある。



16 :依頼:2009/05/19(火) 20:01:02 ID:T9YPEMaK

ジュウを調べるということは紅香を調べるということに直結する。
だから断るというわけではないが、今回の話では真九郎の力になれることはなさそうだ。
もしかしたら紅香はこの依頼の内容を知っていたのかもしれない。
真九郎に依頼を持ってきたのはそういう理由もあるのかもしれない。
今回の依頼を受け、ジュウのことを調べると、紅香の住んでいる家や環境、家族のことにまで踏み込んでしまう恐れがある。

もし他の揉め事処理屋にこの情報が流れでもしたら…。
きっと莫大な料金で裏で取引されるだろう。
裏の世界で知らない者のいない柔沢紅香だが、その素性は極々一部の人間しか知らない。
もしかして本人は以外に誰も知らないのかもしれない。
きっとジュウにも揉め事処理屋のことは言っていないだろうと思う。

だけどこの話は紅香が持ってきた。
ということはこれは「引き受けろ」と暗に言っているのだろうか?

真九郎と光が接触したことを知って、光の母親が紅香に任せた。
紅香は真九郎と光を会わせるように仕組んだ。

少し考えさせてもらおうか…。

家庭環境のことなど知りたくない。
紅香のことで知りたいと思ったのは、九鳳院蓮杖との関係くらいだろう。

蓮杖との関係は未だ掴めていない。
訊いても笑うだけで教えてくれない。
怪しい関係でもあったのだろうか。
銀子に頼もうとしたことがあったが、以前紫のことを調べてもらったことを思い出し、やめておくことにした。

あの時銀子は目を細め、パソコンに向かってブツブツと呟いていたのをよく覚えている。
「データベースにハックしても手動でどんどん修復されていくのよ」と珍しく愚痴も零していた。
時間が経つのに比例して、機嫌も悪くなっていく。
銀子は真九郎にとって一番長い付き合いだが、そのような姿は見たことなかったし、見たくもなかった。
何より興味本位で人の過去をほじくり返すのは失礼極まりないことだと思う。

「そういえば光ちゃんのお母さんは柔沢くんのこと知ってるの?」



17 :依頼:2009/05/19(火) 20:01:47 ID:T9YPEMaK

「あ、はい。何度か家に来ているので。
 でも母やおっとりしていて、何の抵抗もなく受け入れてしまいました。
 心配したとこといえば…、柔沢ジュウの髪が痛んでいるかどうかだけです」

「…へぇ、ちょっと変わったお母さんだね。
 でも、うん、やっぱり大丈夫だと思うよ。
 会ったことはないけど光ちゃんのお母さんも、それに柔沢君のお母さんも人を見る目はあると思う。
 その人たちが問題ないと思ってるってことは、きっとそうなんだよ。
 多分、こんな言葉じゃ納得は出来ないだろうけどね…」

さすがに初対面の男にこんなことを言われても納得はできない。
やはり一応は調べてもらいたいものだ。

「そうですか。でも、もしもの…」と光が言いかけたところで、突然綾が真九郎の胸に抱きついた。
油断していた真九郎は何もすることが出来ずに体勢を崩し、よろけてしまう。
綾を良く見てみると真九郎の胸に顔を埋めながら強く抱き締め、肩を震わせていた。
泣いているのだろうか…?
いくら知らない人間だからといって、ここで身体を無理矢理離すような無粋な真似は真九郎にはできない。

どうしたんだろう?と考えたが、落ち着くまではこのままの方が良いだろう。
敵意や悪意や殺気は一切感じない。
初対面のはずなんだけど…。知り合いなのだろうか?

さっきまで紫と夕乃からの攻撃を回避するためだけに使っていた頭を働かせる。
見たことはない…、じゃあ間接的に知っている?
もしかして麻里子さんの知り合いとか?

杉原麻里子さんはあれから何度も知り合いを紹介してくれた。
『絶対信用できる頼れる正義の味方!!』というキャッチコピーをつけて自信満々に言うから、依頼者は期待するんだろうな。
依頼者に会った時、ちょっと残念な顔をされる度にショックを受けていたのを思い出す。
でもこの娘はそんな反応じゃなかった。
やっぱりわからない。
もうしばらく様子見か。

光も友人の突然の行動に驚いていた。
光には仲の良い友達でおしとやかな綾がこんな行動に出るなんて想像も出来ない。
知り合いなのかと訝しい顔を真九郎に向けるが、真九郎は目に見えて困っていた。



18 :依頼:2009/05/19(火) 20:02:25 ID:T9YPEMaK

光と真九郎は視線が合ったが何も言葉に出来ず、お互い苦笑いのまま綾が落ち着くのを待つ。

まだ「………っ、…ぅ。…ぅっ…」と声を漏らしているが、何とか落ち着いてきたようで息が整い始めた。
「……すみ…ません」とかすれた声で呟いた綾は真九郎を見上げる。
綾の顔は涙に濡れて、真九郎に何かを求めているようにも感じる。
とりあえず綾の頭を撫でながら、ハンカチを取り出し涙を拭ってあげた。
されるがままになっている綾に微笑みかけ、問いかけてみる。

「俺のこと知ってるの?」

「ぁっ、はぃ…。すみません。突然抱きついたりして…」
綾はそう言って紅潮した顔を隠すように両手で覆い、涙を拭っている。

「いや、いいよ。気にしないで。どこかで会ったことあるんだっけ?」

「はい。一度小さな頃に命を助けてもらいました。
 紅さんは制服を着ていたらしいので、多分高校生くらいの頃だと思います」

『高校の頃に命を助けた』か…。全く覚えがないけど。
高校生になって揉め事処理屋を始めてから一年以内に大変な仕事がいくつも入ったのを思い出す。
一流になるためには通らなければならない道なのだろうが、何度も死ぬ覚悟を決めた仕事だ。
『命を賭ける』ではなく、『死ぬ覚悟をする』ということ。
全力を尽くして、手を尽くして、ひたすら前を向いて歩くために『命を賭ける』のではなく、
現実から顔を背け、逃げるために死を選ぶ、生きることを諦めて『死ぬ覚悟をする』といったバカバカしい考え方が頭の中にあった頃の話だ。
早く一流になりたいということを考え、背伸びしようとしていた時期だから余計に危なかったのだろう。
生き残れたのは紫が居てくれたのと、運が良かっただけだろう。

あの頃の仕事といえば、
一つは、紫の護衛。
二つ目は、理津の護衛。
三つ目は、人探し。

どれも瀕死の重傷を負った。

紫の護衛をしていた頃は、麻里子さんから依頼と銀子からの依頼、あと紅香さんからの依頼だけだったと思う。
目の前の綾という少女が真九郎と関わるようなものはなかった。

理津さんの時は切彦ちゃんと会って、刺されて殺されかけて、帰り道に切られて殺されかけて、病院でもビッグフットに殺されかけて…。
…なんで今、生きているんだろうかと強く自問したくなる。

絶奈さんの時の依頼主は確か六歳くらいの女の子だから綾とは同年代のはず。
でも名前は…かりんとうを食べて喜んでいた…、…う~ん、瀬川、だったと思う。
…あの子は確か瀬川静之だ。
今でも元気だろうか?
姉さんはどうなったのかな?
懐かしい。
でも目の前の少女とは何の関係もないだろう。

話は変わるが、絶奈はあれから何かと絡んでくるようになった。
「私は崩月には負けないよ」と言い出し「右腕も星噛製にしてあげる」とか「なんなら身体全部でもいいよ」とか「家に来なよ」と怪しい笑顔で何度も迫ってきた。
もちろん丁重にお断りしているわけだけど、崩月の角を研究したいのだろうか?

あの事件のせいで紅香の代わりに真九郎が狙われるようになったらしい。
なんとかしたいものだけど、いくらなんでも相手が強すぎる。

『身体を酷使して、角の力を使い力を限界ギリギリまで引き出して、絶奈に全身の力を抜いてもらった状態で一発だけ全力のパンチを頭に打ち込ませてもらう』という有り得ないハンデをもらって、ようやく対等になれる相手だ。
敵対することはさすがにもう二度とないだろう。
今度、本気で闘ったら間違いなく殺されてしまう。



19 :依頼:2009/05/19(火) 20:03:16 ID:T9YPEMaK

だからいつも適当に流しているわけだけど、相変わらず身体に悪いアルコールを飲んでいるのだけは会うたびに注意する。
すると「そんなこと言うのはキミだけだよ」と顔を綻ばせていた。
こんな顔もできるんだ、と疑ってしまうほど優しい笑顔には毎回見蕩れてしまう。

いつか殺しあった時の狂気に塗れた絶奈のイメージとは全く掛け離れており、甘く柔らかい表情に今では大人の艶やかさも加わり、酔いで顔を赤く染めた無防備な姿は、思わず護りたくなってしまうような、そんな魅力で溢れていた。
もちろん何かあったら絶奈を護るなんて言ってられないし、女性らしさを持った絶奈と殺し合うことなんて真九郎には出来ない。

このことが夕乃に知られたら『崩月の一級戦鬼×星噛製陸戦兵器』の試合を生で見れるのだろうか。
マニアのルーシー・メイなら心を躍らせるだろうが、真九郎としてはあってはいけないことだと考えている。
だから絶対知られてはいけない。
…なんという危ない橋を渡っているのか、と今日になってやっと自覚した。

でも裏十三家の会合には出ているわけだから、きっと知り合いなんだろう。
そうすると切彦ちゃんも絡んでくるわけか…。
『崩月×星噛×斬島』なんてことに…。
ま、有り得ない、とそんな考えはそうそうに捨ててしまう。
『崩月夕乃+星噛絶奈+斬島切彦×紅真九郎』だったらあるだろうか。

有無を言わさず正座をさせられ反論の余地はない。
夕乃に笑顔で迫られ、酔った絶奈にからかわれ、切彦に狂った口調で問い詰められる。
『闘う』なんていう選択肢は初めからなかったわけだ。
でも殺される感じはする。
闘ったらどうなるんだろうか。
切彦ちゃんに右腕と首を切断される。
絶奈さんに一発もらって気を失う。
夕乃さんには手も足も出ないことは目に見えるほど明らか。
対戦はまさに刹那の間に終わるだろう。

余計なことを考えていた思考を元に戻す。
綾に目を向けると真九郎がずっと難しい顔で考えていたからか、綾は顔を崩して心配しているようだった。



20 :依頼:2009/05/19(火) 20:04:39 ID:T9YPEMaK

じゃあこの娘は誰だろう。
他の依頼か?
暴走族に文句を言いに行ったり、落書き犯を捕まえたり…。
泣かれるようなことはしていないはずだけど…。
あぁ、そうか!人違いか!
この娘の為にも間違いは正しておかなければいけない。

「あの人…」

「そうです!小さい頃、人殺しの老人に誘拐されたんです!思い出してもらえましたか!?」

綾は嬉しそうに声を張って期待を込めた目を真九郎へ向ける。
今の世の中、人殺しの老人なんて一杯いるんだけど…。
人違いではなく、確信しているように思える。
さてどうしたものか?

なんか銀子のとこのラーメンが食べたくなってきたな。
そこで話を聞こうか?

「ごめんね。まだちょっと思い出せないかな。話は変わるけどお腹空かない?ラーメンでも食べに行こうか?
 おいしいところがあるからさ」

銀子に問いたださなければいけないことがあったので光と綾を誘ってみる。
二人とも「はい」と言ってついてきた。
良かった、昼ごはんはまだ食べてなかったようだ。

歩きながら改めて綾の顔を良く見てみるがやっぱり心当たりはない。
高校の頃だと何年前だろう。
それに小さい頃と言っていた。
面影はあるはずだと思って見つめるが全然思い出すことはできない。
何かきっかけでもあれば良いのだけど…。

真九郎は光と綾の話に耳を向ける。
名前だけでは国内か国外かはわからないが、ピアノコンクールで良いところまでいったという話が聞こえてきた。
ピアノをやっている幼い子を助けるという依頼された覚えはない。
他は雑談のようで特に目ぼしい情報はなかった。

「ちょっと遅くなったけど、ここでお昼を食べよう。なかなか好評でおいしいんだよ」

「あ、はい。何度かきたことあります。店員さん綺麗だし、ラーメンおいしいですよねっ」

綾は真九郎の言葉に素早く反応してくれる。
初対面だから気を使っているという風ではなく、真九郎に話しかけられたのが嬉しいようだった。
真九郎は二人を連れて風味亭の暖簾をくぐる。
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。