『Radio head Reincarnation~黒い魔女と紅い魔女~』 3

3 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/06(日) 00:30:21 ID:0T5nahuO
『Radio head Reincarnation~黒い魔女と紅い魔女~』

Ⅵ.
 爆炎と業火、地を舐める炎と舞い上がる炎――紅に、夕暮れの紅よりも尚紅く染まる、血のような真紅の空。
 街が燃えている。火の粉が吹雪のように舞い散る中、人々は逃げ惑う。
 炎から逃げ、逃げた先で炎に出会し、また逃げる。
 右往左往して人々が駆ける中、唯一と言って良いほどに淀みなく、迷いなく走る一団があった。
 闇絵達である。
 彼女達は一心に己が敵へと駆け抜ける。
 雑踏を抜け、人混みを掻き分け、爆炎へと、最も新しい地獄へと。
「追い付けるかな?」
 言ったのは環であった。走りながらも息を切らせず、淀みなく話すのは流石と言うべきか。
「大丈夫だろうさ」
 やはり同じ様に――いや、まるで椅子に腰掛けて話しているかの様に落ち着いた声音で紅香が応えた。
「あの爆発だ。あいつだってただで済んでいるはずがない。入念に仕掛けたのでなければな」
「入念に……違うの?」
「違うさ。あれは追い詰められたあげくにやってしまっただけさ。でなければ、最初から私を爆殺してる。この有り様だって、単に計画を早めざるを得なかっただけだ」
 ――街を滅ぼすなら、もっと効率の良い方法がある。
 例えば、今使っている発火装置。それを更に出力が高く、街全体を同時に爆破するという事だって可能だ。
 或いは、今使っているものを幾つも用意し、仲間を使い一斉に起爆する。
 無論それは、その様に計画し、その計画が破綻しなければの話だが。
 計画を破綻させる異端要素さえなければ。異端要素に追い詰められたりしなければ――。
 闇絵が二人よりは若干遅れながら言う。
「過信していたんだろうな。むしろ酔っていたと言うべきか」
 己の勝利を過信していた。
 己の狂気に陶酔していた。
 それが――突き崩す隙だった。
 闇絵達にとってみれば圧倒的な勝機。一子にとっては絶望的な敗因。
 それは余りにも大きすぎる差だった。
「所詮その程度。いずれ一子は自滅する。だが放ってはおけない。放って置いても害のない存在じゃない」
 いずれ身を滅ぼすであろう一子。だが、その時が来るまでに広がる被害は、余りにも大きい。
「止めなければならない」
 地を強く踏み、三人は加速する。

 † † †

 街が火だらけだ。
 一子は笑みを浮かべながら内心で呟く。
 きっとこれは祝福の炎。
 私の不幸を祓う、浄化の炎。


4 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/06(日) 00:31:17 ID:0T5nahuO
 燃えてしまえ。私を陥れる何もかもを。
 私に不幸を与える全てを。
 ――世界を。
 ああ、なんて素敵。壊れていく。街が、全てが、世界が。
 これが終われば、残るのはきっと、とても素敵な新世界。
 彼が語った素敵な、誰もが幸せになれる――私が幸せになれる世界。

 くすくすくす。

 思わず笑いが零れる。
 嬉しくて、楽しくて。
 ああ、でもどうしてだろう? さっきからとても歩き辛い。まるで、水銀の海を歩くよう。
 ――そうか。これもきっと、世界が穢れているからだ。
 穢れきった世界は、毒素が満ちて、それが海のように際限なく広がっているのだ。
 やっぱり、綺麗にしなくちゃ。
 そう、これは正しい事。世界を綺麗にする大切な事。
 やらなくちゃ。誰かがやらなくちゃ――私がやらなくちゃ。
 それにしても歩き辛い。それに、足が痛んできたような気がする。
 毒素に侵されてるのだろうか。
 ああ――痛い。
 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

「あーーっ!! もう嫌! 全部嫌! 壊れろ! みんな壊れろ! みんな、みんな、みんなっ! 壊れろぉっ!!」

 破綻する。
 理論も、感情も、何もかも。
 全てが、狂気に呑み込まれていく。

 † † †

「見えた」
 闇絵の示す先、業火の終わりがあった。
 一つ、また一つと広がりながらも、その速さは遅い。
 ともすれば、火を起こすより、広がる方が早いのではないかと言うほどにそれは緩やかだった。
「居たっ!」
 環の瞳が、一子の姿を捉える。紅蓮を背に進む姿は、今にも倒れそうな程頼りなかった。
 そして、一子から聞こえる声。それが、三人を一瞬、戸惑わせた。
「嫌、もう……嫌。消えちゃえ、消してやる。全部、全部、全部……っ」
 声――怨嗟の、声。
 呟く声は、呪いの言葉だった。
「あれは……壊れたな」
 無情にもそう言ったのは紅香だ。蔑むでも憐れむでもなく一子を見ている。
 紅香の言葉通り、一子は壊れていた。
 意志も決意も欺瞞もなく、ただ己が狂気に従い、壊れきった体を壊れきった心で動かし続けていた。
 まるで、壊れたブリキ細工。そんな一子が――振り向いた。
「……こんばんわ、皆さん」
 平淡な声音、“接客”の時のような甘い笑顔、血に塗れた体。
 まるでアンバランスなそれらは、まさしく壊れた一子の姿だった。
「――やぁ」


5 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/06(日) 00:32:19 ID:0T5nahuO
 それに、まるで友人に声をかけるような気安さで闇絵は応えた。
「邪魔……するんですか?」
「するともさ。そういう仕事だ」
「やっぱり、あなたもここで消さないといけないみたい」
 くすくすくす。
 そう笑って、一子は手をかざした。
 包丁を持った手を。
「出来ると思うのか?」
「出来ます」
 一切の前置きも、微塵の迷いもなく、一子が飛び出す。
 壊れきった躯は、尚素速く、驚異的な勢いで動いた。
「――っ!」
 声もなく刺突が闇絵を狙う。横合いから環が拳で腕を叩き軌道を逸らす。
 反転、刃は環に向けられる。弧を描き迫る白刃を一足後ろに跳ぶことでそれを躱す。
 追撃、追撃、追撃。我武者羅に振るう刃を環は危なげなくいなしていく。
 反転、環が一子の胴に潜る。
「ふっ!」
 一子の腹に、重い拳がめり込む。確かな手応えに環は勝利を確信する。
 しかし、覗き込んだ一子の表情は未だに意志を持っていた。
 一子の口角が歪み、邪悪な笑みを浮かべる。
 瞬間――爆発。
「うぁっ!」
 環が悲鳴を上げる。胸元で爆ぜた炎が大輪の花を咲かす。
 衣服を燃やす炎はすぐに消えたものの、環は爆発の衝撃から意識を失い、その場に倒れた。
「発火魔具……っ!」
 一子の左手。拳大の、装飾の施された半透明の赤い石。
 任意に発火する事の出来るそれは、そのまま戦闘の道具になる。
「やるな、だが……っ」
 紅香が踏み込む。頭を目掛けた蹴りが鮮やかに決まった。
「ぐ……っ! あぁっ!」
 意識を刈り取る一撃に、しかし一子は倒れない。
 バランスを崩しながらも、一子は発火魔具を発動させる。しかし、視界がぶれ、ろくに認識の出来ない状態で放ったそれは虚しく空に炎を舞わせるだけだった。
「あ、ぁああぁ、ああ、ぁああああ!」
 蹴られた痛みにか、頭を押さえ辺り構わず炎を飛ばす一子に、紅香ですら近付けなくなる。
 乱舞する炎は周囲の物を片端から燃やし、街並は紅蓮を増していく。
「近付けない……っ!」
 手を出しあぐねる間にも、炎は勢力を増し、地獄を深くしていく。
「……ふむ」
 闇絵が何かを思い付いたように頷く。
「紅香。このままじゃ近付けないか?」
「あぁ。何かを狙うんなら動きを読めるが、如何せん素人の下手鉄砲だ。私とて迂闊には近寄れん」
「そうか……」
 闇絵は帽子を目深に被り直し、言った。
「――つまり、一子が何かを狙えば良いんだな?」
「お前……」


6 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/06(日) 00:33:09 ID:0T5nahuO
「仕方なかろうさ。環は動けんし、私では一子を止める力はない。だったら、囮にでもなるしかないさ」
 そう言って、悲壮になるでもなく、決意するでもなく、まるで散歩にでも行くような素振りで――闇絵は一歩を踏み出した。
「一子」
 二歩目。
「お前は不幸だったんだろうさ」
 三歩目。
「でもな、敢えて言ってやろう」
 四歩目。
「お前程度の不幸など世界にはありふれているのさ」
 五歩を――踏み出す。
「悪いが、その程度の自覚も諦めも出来ない子供に付き合う気はない」
 闇絵が、駆ける。
「あぁぁああああ!」
 言葉を聞いていたのか、それとも単に近づくものに反応しただけか、一子が魔具を闇絵に向ける。

「お前のつまらない人生に、興味なんかない」

 石が輝く。
 炎が闇絵の胸元で煌めく。
「おぉっ!」
 紅香の拳が、一子の腹を穿つ。
 炎に撃たれた闇絵と、紅香に打たれた一子が倒れるのはほぼ同時だった。

続く。

13 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/12(土) 18:15:50 ID:GEMnWOlU
『彼と彼女の非日常』

Ⅶ.
「……ここか」
 はぁ、と溜め息を吐く。
 ここが、あの揉め事処理屋・柔沢紅香の家だとは俄かには信じがたかった。
 普通――全くの普通だ。
 強固なセキュリティも、頑強なガードマンもない。
 暫く観察した限り、特異な住人が居るわけでもない。
 不戦の協定は流石に分からないが――本当に普通のアパートだった。
「しかしまぁ……だからこそって事なのかな?」
 本人の印象が派手だからこそ、印象が結び付かないからこそ、誰にも気付かれない。
 そういった意味では、この上ない意表の突き方だった。事実、こうして見ている自分ですら、まだ疑いは消えていない。
 情報源の信頼度を疑う訳ではないが、やはり俄かには信じがたいと、どうしても思ってしまう。
 ――まぁ、疑っていても、悩んでいてもしょうがない。
 一歩を踏み出す。
 皮切りに歩みを進める。
 階段を上り、端から順に表札を確かめていく。
「本当にあった……」
 立ち止まり、見つけた表札を確かめるように撫でる。
 柔沢――間違いなくそう書いてあった。
 耳を済まし、意識を集中する。
 扉の向こうに人の気配。
 複数あるその気配の中に、紅香は居るのだろうか。また、彼女の子供が。
 そして――紫が。
 深呼吸をする。チャイムを押す。
 そうして、呼び掛ける。中にいる人間に。己が到来を告げる。

「ごめん下さい。紅真九朗というものですが」

 † † †

 軽い音を立てて扉が開いた。
「あぁ、すみませ――」
「紫なら、あんたには会いたくないって言ってる」
 バタン。
「…………」
 完全な拒否だった。存在を否定されたかのような、関係を断絶されたかのような、そんなショックを真九朗は受けていた。
「え~と」
 額に手を当てて考える。
 一応、紫はいるらしい。発言から察するにそうだ。
 発言――そう、発言だ。
 いや、確かに何も言わずに飛び出して行ったし、分からなくもないけど……俺、拒否られたんだよな?
 会いたくないって、言われた。
 ――思ってた以上にショックだった。
 人づてとは言え、紫に会いたくないと言われた事が。
「……いや待て」
 人づて、なのだ。
 思い出す。対応に出た人間を。
 金髪、真九朗より高い身長、鋭い目つき、不機嫌そうに寄せた眉毛。
 不良――そんな言葉がしっくりくる少年だった。
 紅香の息子なのだろうか。
「いやでも……」


14 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/12(土) 18:16:54 ID:GEMnWOlU
 子供について決して多くは語らない紅香。そんな彼女が何度か自分の子供を評した言葉。
『弱い奴だよ。いつまでも泣き虫で、餓鬼のままだ』
 ――弱い、弱い人間であると紅香は言っていた。
 そのイメージからは、かけ離れていた。と言うことは紅香の子供ではないのだろうか?
 或いは紅香の子供の友人というラインも考えられるが――。
「――考えても仕方ない……か」
 兎に角、紫本人から聞かなくては。真意を――本心を。
「ごめん下さい!」
 再びチャイムを鳴らす。いくらか待って、扉が開いた。
 再び金髪の少年が現れ、真九朗を睨み付ける。それに怯む事なく、真九朗は言った。
「紫に……会わせてくれ」
「……多分後悔すると思うけどな」
「構わない」
「……良いだろう。上がれ」
 誘うように少年が体をどけ、道を開く。
「一つ聞いて良いかな?」
「なんだ?」
「名前は?」
「……柔沢ジュウ」
 ――話が違うよ紅香さん。
 真九朗の弱いという言葉から描いていたイメージはもっと華奢で繊細そうな少年だった。
 ――まぁ、紅香さんからしたら大抵の人間は弱いのかも知れないけどさ。
 別段追及する事はせず、部屋に上がる。通されたリビングは、日中なのに何故かカーテンが閉められ薄暗い。
 そんな薄闇の中、浮かび上がるように少女の後ろ姿が見えた。
 小柄な背に、艶やかな長い黒髪。活動的な、ボーイッシュな服装。
 身に纏うのは凛とした気高さ。
「紫……」
 少女は――応えない。
「……何か言ってくれよ。そうじゃなきゃ、分からない」
「分からないのか?」
 背後からの声は、追い付いた少年――ジュウのもの。
 ジュウの問い掛けに、真九朗は考え込み応える。
「……分からない」
 やれやれと言った風情で溜め息をついて、ジュウは真九朗の肩を叩く。
「こういう事だ」
 言って、ジュウは真九朗を抜いて歩き、少女の傍らへと進む。
 そうして、真九朗を正面に――少女と対面になる位置に立った。
 そっと肩に腕が回され、少女を抱き寄せる。
「よく見とけ」
 ジュウは少女の顔を覗きこんで、それから一度、真九朗に挑発的な視線を寄越すと、そっと少女の唇に自らの唇を――寄せた。
「――っ!?」
 言葉もない。ただ途方もない衝撃が、真九朗の心を殴りつけた。


15 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/12(土) 18:18:30 ID:GEMnWOlU
「なっ……おま……何してっ!?」
 混乱する。今、目の前で何が起きた?
 後頭からでは表情は窺えない。はたして、どんな表情で――どんな想いで少年の行いを受け入れているのか。
 ――後悔。
 後悔、後悔、後悔。
 少年の言う通りだった。胸に渦巻くのは激しい後悔。
 こんなもの――見たくなかった!
 頭に血が昇り何も考えられなくなる。
 ただ、真九朗の心を内から染める感情は――怒り。
 何故自分が怒っているのかも分からないままに、真九朗は激情のみを糧にジュウに殴りかかろうと――。
「少しは私の気持ちが分かったか?」
 呼び掛ける声は再び背後から。但し、今度は少年の声ではなく少女の――とてもよく聞き慣れた声だった。
「あ……え?」
 拳を振りかぶったまま振り返る。
 そこには、憮然とした、小柄な背の、長い艶やかな黒髪の、ボーイッシュな服装をした、凛とした気高さを纏う少女が――紫がいた。
「いつもの仕返しだ」
 ぴんっ、と鼻っ柱をデコピンされた。
「え? え? 紫が二人……?」
 二人の少女に向け頭を振りながら真九朗は狼狽える。
「違ぇよ」
 少年の声に振り返れば、先まで背を向けていた少女が、面を向けていた。
「――紫じゃ……ない」
「雨と申します。紅さん」
 紫とは違う。紫を陽とするなら、陰。それでも美しい事は疑いようもない少女だった。
 雨と名乗ったその少女は、紫を見ながら言った。
「ちょっとした仕返しだ。そこの二人を怨むなよ。怨むなら――自分自身だ」
 ――日頃の行いが悪いからだ。
 そう、紫は言った。
「な……なんで?」
「ここに来れたのは何故だ?」
「……銀子に情報を頼んだ」
「一人で捜したか?」
「切彦さんに頼んだけど……」
「他には?」
「……夕乃さんにも。でも、断られた」
「それが答えだ」
 強く言って、紫は真九朗を睨み付ける。
「私がこんなにも想っているのに、真九朗の周りには別な女が居て、その好意に甘えている。私は……それが我慢ならない」
 それまで蚊帳の外だったジュウが見た、その言葉を発した紫の顔は、真っ赤に染まっていて、ジュウはその時、初めて紫の年相応の、少女としての表情を見た様な気がした。
 その一方、真九朗は呆気に取られていた。
 呆気に取られて、顔を赤くしていた。
「その……それは」
「たまには……私を頼ってくれても良いじゃないか」
 ――守られるだけは嫌なのだ。紫はそう言って俯いた。


16 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/12(土) 18:20:17 ID:GEMnWOlU
「紫……」
 真九朗の胸に渦巻くのは、やはり後悔だった。紫との長い関係の中で与え続けてきた不安。
 守れば良いと、そう思っていた。しかしそれは違うのだと気付かされた。
 紫は望んでいるのだ。対等な関係を。守られてばかりではない、互いの関係を。
 それと、不安。
 想ってくれているのは知っていた。そして、それに甘えていた。
 紫が嫉妬して、居なくなるなんて思いもせずに、周りの好意に甘えていた。
「ごめん……」
 自然と漏れた謝罪の言葉だったが、紫が表情を和らげる事はなかった。
「……言葉よりも態度で、態度よりも行動で示せ」
 真九朗を見上げる紫の瞳はどこまでも真っ直ぐで、真九朗もそれを見つめ返す。少しだけ躊躇って、真九朗は唇を――。

 † † †

「全く、見てらんねえ」
 玄関の外、部屋の中から抜け出したジュウは苦笑混じりに呟いた。
「ああいうこそばゆいのは見てて辛くなるな」
 傍らの従者に、お前はどうかと問う。
「私は素敵だと思います」
「そうか」
 ――悪戯の発案は雨だった。
 話を聞いて、少し仕返しをしてやろうという事になり、雨が仕組んだ。
 部屋を暗くして、服を変えれば後ろ姿からは雨と紫の見分けは難しい。
 そこで雨を紫と思い込ませ、目の前で奪う。そういう悪戯を。
「しかし本当、最後の最後まで蚊帳の外だな」
「そうですね。何をするでもなく巻き込まれただけでした」
 巻き込まれて、掻き回された。それだけの事だった。そうジュウは思う。
「ですが、そうとも限りません」
 雨は言う。
「ジュウ様が居たから、舞台は整いました。最後の一計もジュウ様が居たから成立しました」
 最後の最後まで脇役。しかし脇役が居なくては成り立たない物語もある。
 雨はそう締めくくった。
「それに――」
 ジュウに聞こえぬ声。少し頬を赤らめて、雨は付け足した。
「フリとは言え、役得もありましたから」
「なんか言ったか?」
「いえ、お気になさらないで下さい」
 追求するでもなく、ジュウはそうかと頷いた。
 余計な事は話さず、心も全てを晒しているわけではない関係。それが今の二人の距離感。
 中の二人とは対照的な、不思議な関係。
 それでも中の二人を関係を羨む事も、互いの関係を疎む事もない。
 なぜなら、心を晒さなくとも分かり合える事もあると、そう思えるからだ。
 もちろん、中の二人のようにぶつかり合う事だって、時には必要だろう。



17 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/12(土) 18:21:20 ID:GEMnWOlU
 その時はその時だ。思う存分ぶつかってやろう。
「ちゃんと、あの二人は仲直りできたんだよな?」
「はい」
「なら、良かった」
 心からそう思える。
 ぶつかり合う事で分かり合えるその証があの二人だ。だから、ちゃんと笑い合えるようになって貰わなくては困るのだ。


 それから――部屋の中から笑い声が聞こえるまでは、そう長くなかった。




18 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/12(土) 18:22:54 ID:GEMnWOlU
『Radio head Reincarnation・Ⅶ』

 ――いつかの記憶。
「幸せ……かい? そうだね、一応は幸せだと思うよ?」

「え? 幸せになる方法? そうだな……努力して手に入れるしかないんじゃない?」

「……へぇ。そうか、君はそう思うんだね?」
 ――笑顔。
「じゃあ、僕が手伝って上げよう。なに、気にしなくて良い。これは僕にとっても利益のある事だ。だから――」

「頑張って、幸せを貯めるんだよ」


 † † †

「闇絵!」
 くずおれる一子など一顧だにせず、紅香は倒れ伏す闇絵に駆け寄った。
「はは……思ったより辛いな」
 辛うじて返す声。
「大丈夫……なのか?」
「大丈夫なわけないだろう。しかし……はは、紅香に心配して貰えるなら、偶にはこういうのも悪くない」
「……っ! ふざける余裕があるなら立て」
「それは無理な相談だよ。体がいう事を聞かない」
 黒い服は直撃した炎で燃え、肌が覗いている。それも、状況が状況なら大いに色香を放っただろうが、今は痛々しいだけだ。
 ボロボロの体は衝撃で骨がバラバラになったのではと錯覚する程に力が入らず、闇絵は地に寝転がるしか出来なかった。
「無茶をしやがって……」
「そうだな、柄にもないことをしてしまった」
 手を引かれ身を起こし、半ば紅香の肩に吊されるように闇絵が立ち上がる。
「それで、どうするんだ?」
 言って、紅香は視線だけで一子を差す。
 うずくまり倒れる一子は苦しげな呻きを漏らすのみで、動くことはしない。
「さてね? 彼女が起きたら考えようじゃないか。一応はケリが付いたんだ」
「最悪のケリだけどな」
 紅香が向き直り、見つめる視線の先。そこには未だ炎に包まれる街の姿がある。
「一子を止める事は出来た。でも、全ては手遅れで、一子の願いは叶った」
 街一つを壊滅させる。その目的は達せられたと言っても過言ではない。
 一子の広げる炎はもうない。しかし、炎は勝手に燃え移るのだ。
 そしてそれは、既に闇絵達の手でどうにか出来る範囲には無かった。
「……一時的なものだよ」
 闇絵が言う。
「確かに今日。街は燃え、壊れてしまった。それでもここに人がいる限り、誰かが諦めない限り、いくらでも立ち直るさ」
 だから、と闇絵は付け加える。
「結局の所、一子には最初から成功の見込みなんてなかったんだ」

27 18と19の間 sage 2008/04/13(日) 06:25:57 ID:2Yyy1P+E

 † † †

 ――いつかの記憶。

「君の望みを叶える手助けをするよ。お金が必要なら言ってくれ。物が必要なら言ってくれ。策が必要なら言ってくれ。その全てを用意しようじゃないか」

「君の望みは僕の望み。だから遠慮なんかしないでくれ。」

「――二人で一緒に世界に仕返しをしよう」

「僕の名前かい? 僕は――」

 † † †

「う……」
 小さな声を漏らし、一子が目を覚ます。冷たい夜風が吹いて、思考の靄を払う。それで、痛みを思い出した。
「痛っ……!」
「お目覚めかい?」
 それが一子にとっての敵の声だと気付いて、彼女は身を強ばらせた。
 強ばらせた体が振動で崩れて、自分が馬車の上に居ることに気付く。
 屋根も幌もない。荷台だけの馬車に、一子、闇絵、紅香、環の四人が乗っていた。
「……殺すの?」
「随分飛躍するね。安心したまえ。君の身柄引き渡しが私の仕事だ、殺しはしない」
「そう……」
 何かが抜け落ちたような無感情で一子が頷く。
「裁かれる覚悟はあるかな? 君は相当な罪を犯した――赦されざる程にね」
 闇絵の問いにも、やはり一子は無表情に返す。
「死刑にでも、なんでもすれば良いわ」
 そんな投げやりな言葉を、闇絵は否定する。
「残念だが、君は死なないよ。誰も君を殺さない」
「どうして?」
「誰も君に責任逃れなんかさせないからさ」
「……っ!」
 一子が言葉を飲む。
「死んで詫びます。すいませんでした――で済む程世の中楽じゃないんだよ。ま……“アイツ”が死刑なんて禁止っつう甘い法律作ったからってのもあるがな」
 紅香の言葉に、一子が問いを返す。
「アイツ?」
「んとね、この国の王様」
 環の言葉に得心がいったのか、一子は一度溜め息を吐いて、こう言った。
「……そう。だったらさ、あなた達が殺してよ」
「はあ?」
 紅香が疑問の声をあげると、一子は淡々と語った。
「誰も殺してくれないなら、あなた達が殺して。あなた達は私を殺したい程憎んでるんじゃない?」
「ふむ……憎む、か」
「確かにそうかもな」
「だったら……」

「ふざけるな」

「……っ!」
 強い紅香の否定――拒絶の言葉。その声音に一子が身を竦ませる。
「良いか? 私はお前を殺してなんかやらないし、お前にばらまいた不幸の責任をとれなんて言わない。なぜか分かるか?」
 一子は首を横に振る。理解が及ばないと、そう答える。


19 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/12(土) 18:25:01 ID:GEMnWOlU
「お前がばらまいた不幸なんて塗り潰す位に私が幸せを振り撒くからだ。お前は指くわえて、お前以外の人間が幸せになるのを眺めてろ」
「……あなたも、私から幸せを奪うの」
「それは違うな。幸せの量なんて決まっちゃいない。いつか、世界が幸せで溢れる時だって来るかも知れない」
 一子を真っ直ぐに見つめ、闇絵は強く言い放つ。

「絶望するのは早すぎる。いや、いつだって絶望なんて必要ないんだ」

 希望に溢れた言葉が一子には届いたのか、それきり黙り込んだ彼女から、伺い知ることは出来なかった。

 † † †

「以上が事の顛末。その報告だ」
「ご苦労様です」
 闇絵から一部始終を聞き終えた可奈子は、事務的に答える。
「済まないな。何事もなく綺麗に解決とはいかなかった」
「いえ、本来ならば国があたるべき事件でした。国の力を持ってすれば、もっと小さな被害で済んだはずです」
 その言葉には、国の力を動かす事の出来なかった無念が籠もっていた。
「死者七十二名。負傷者多数。その責は国が負うべきです」
 既に、復興の支援は始まっている。派遣された兵士、作業員達はかつての街並を取り戻すため、復興に取り掛かっているはずだ。
 それでも――喪われた者は帰ってこない。街の住人の心に刻まれた爪跡は消える事はない。
 それを理解しているから、可奈子は――まだ大人になりきれない少女は悲しくて胸が張り裂けそうになる。
「一子はどうなったんだ?」
「……無期限禁固です。出れるのか、出れないのかも分かりません」
 それは厳しいようでいて、一子がまたいつか日の光を浴びる可能性が残された罰だった。
「王の、寛大な処置かい?」
「そうですね。彼女もまた、犠牲者なのでしょうから」
 事件の後、一子の母親を捜索した所、死体として見つかった。
 焼死体ではなく、白骨死体に限りなく近い腐乱死体として。
「彼女は知っていたんでしょうか?」
「……さてね。知っていたとして、理解していたかどうか」
 一子が求めた幸せとはなんだったのか。そこに家族の姿はあったのか。口を閉ざした一子からは、分からなかった。
 他の全てを話した彼女でも、幸せの形だけは頑なに話さなかった。
「なにを……求めていたのかね」
 場を沈黙が支配する。
「……そう言えば、彼女が話した協力者ですが」
「なにか分かったのか?」
「はい……九鳳院ではないかと」
「一触即発にある国の王族が?」


20 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/12(土) 18:28:48 ID:GEMnWOlU
「彼女を使って、国に混乱を起こそうとしたのではないかと、騎士団長は判じました」
 優秀で、それでいて王に走狗のように付き従う騎士団長の判断を、可奈子は同意をもって受け入れていた。
 如何に馬が合わなくとも、その能力は認めるに値すると可奈子はそう信じている。
 だからこそ、危機感が募る。
「王族が、自ら暗躍する程に目の敵にされている。それ位に買った恨みは深い」
「運命の犠牲になって、尚、戦争の犠牲になったか――救えないな」
 やれやれと溜め息を吐いて、闇絵はソファから立ち上がる。
「お帰りですか?」
「ああ。話すことは話したし、聞きたいことは聞いた。要件は全て済んだ」
「そうですか」
 闇絵が部屋の扉に向き直り、歩む。
「一つ、良いですか」
「……なんだね?」
「あなたは“黒い魔女”と呼ばれています。あなたなら、魔術をもって事件の解決にあたれたのでは?」
 もしそうならば、なぜ魔術を使わなかったのかと、そう言いたげな瞳だった。
「――私は魔術師ではないよ」
 闇絵は事実を答える。
「私に出来るのは迷信にも似たまじないくらいだ。魔術は使えない」
「二つ名は二つ名であると?」
「そうさ。それにね? 私は魔術師なんてものにはなりたくないんだ」
「何故?」
「魔術師っていうのは神様になりたくて、なりたくて、それでもなれなかった人間の事を言うのさ」
 そこで、闇絵は目をすうっと細めた。
「私は神様になんかなりたくない。私には地べたを這い回る人間程度で十分さ」
「もう一つ、良いですか?」
「なんだい?」
「彼女に、一子さんに言ったことは、本心なんですか?」
 ――絶望なんか、必要ない。
「……偽善さ」
 でも、と闇絵は付け加える。
「確かな、願いさ。人間のね」
 そう言って、これ以上は何も話す事はないとばかりに扉を潜る。
 不思議な事に、扉を閉じた瞬間そこにいたはずの闇絵の気配が感じられなくなった。
「――……不思議な人」
 まるで魔法みたいに、存在が曖昧な人だと可奈子は思う。
 正しく、歪みながら在る。
 そんな、不思議な存在感。
 そんな雑感も、直ぐに消える。
「……忙しくなるわ」
 争いが近い。見えないけれど、目の前にそれはある。
 確かめる事は出来ないけれど、確かにそれはある。



21 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/12(土) 18:30:03 ID:GEMnWOlU
 争いが近い。見えないけれど、目の前にそれはある。
 確かめる事は出来ないけれど、確かにそれはある。
 やがて、戦火に飲まれ、不幸が押し寄せるだろう。
 それでも、絶望したくは無かった。
 そのために、今は戦う術を練る。
 それは偽善かもしれないけど、確かな、人間としてのの願い。
 ――いつか、もっと大きな幸せが溢れるという、優しい願い。








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最終更新:2008年07月25日 20:43
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