闇絵さんとお買い物


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闇絵さんとお買い物
  • 作者 2スレ550
  • 投下スレ 2スレ
  • レス番 684-687
  • 備考 紅 小ネタ





684 闇絵さんとお買い物 1/4 sage 2008/01/17(木) 00:14:46 ID:sjE3/o/Z

 それは、壮絶なまでに場違いな光景だった。
 近所の肉屋の店先に、買い物バッグを提げた闇絵がたたずんでいる。

 それを目にした瞬間、周囲の時空が歪んで見えたというか、ふと幽明の境を踏み外してしまったというか、足下の固い地面がいきなりどこかへ失せて体が宙に浮いたというか、とにかく、尋常ならぬ衝撃が真九郎を打ちのめした。
「あ…」
 何か言おうとしても、声帯が何かに絡め取られてうまくいかない。何度も繰り返し努力して、ようやっと自分のものとも思えぬ嗄れ声が絞り出された。
「や…闇絵さん?」
 力ないその声が、しかし確かに届いたと見えて、頭のてっぺんからつま先まで黒づくめの姿が、真九郎の方を振り向いた。正面から向き合うと、なおさらあり得ない光景に思える。地面に落ちるその影までが、作り物めいて見えるのはどういう訳なのか。
「やあ、少年。今帰りかね」
「はあ…まあ」
 そちらへ歩み寄りながら、まだ本当に現実のこととは思えない。
「な…何してるんですか、こんなとこで」
「買い物だよ。見れば分かるだろう」
「いや、まあ…」
 小さく頷きながら、できれば他の返事をしてほしかった、と思う。どんな奇天烈な答えであれ、目の前の黒い魔女がふつうの主婦みたいに買い物をしているなどという事態よりは、まだしもこの世界の色々な法則に抵触することなく信じられる気がした。
 闇絵はといえば、真九郎のそんな疑わしげな視線などに全く注意を払う様子もなく、再び店の方へ向き直った。
「店主。どうかな」
「はあ…」
 肉屋の主人が、これも青ざめた表情で突っ立っている。真九郎に向けたすがるような視線が痛々しかった。
「ウチは普通の肉屋でして…ご注文のような品はどうも」
「それは困ったな。ヒツジの脳味噌だのヘビの乾物だのヤギの睾丸だのクイ肉だのカメの蒸し焼きだのカイ・ルゥクだのがないというなら分からないでもないが、そんなに特別なものを所望しているつもりはないのだが」
「いやお客さん…いきなり仔ブタ一頭丸ごとって言われましても…っていうか、日頃何を食べとるんですあんた」
 店主の勇気ある突っ込みなど、闇絵にとってはむろん意に介するに値しない。平然と陳列棚を見渡しながら、
「仔ブタの丸焼きはこの上なく旨いのだが。産まれる直前のならなお良いな」
「はあ…」
「それなら、せめてブタの足と血くらいはあるかな」
「ございません」
「トリの頭と脚は」
「それもちょっと」
「ウシの脊髄は」
「あんたニュースとか見とらんのですか」
「そうか。何もないのだな」
 闇絵は真面目に落胆したらしく、ずらりと並んだ牛・豚・鶏の様々な種類の肉を目の前にして嘆息した。店主の顔が微妙にひきつる。
「では店主、世話になったな。また来よう」
「贔屓にしないでくださいよ。お願いですから」
 店主の祈るような声を背中に、闇絵はその場を離れた。真九郎も慌てて後を追う。


685 闇絵さんとお買い物 2/4 sage 2008/01/17(木) 00:16:10 ID:sjE3/o/Z

「…ええと」
 闇絵の横に追いつき、おそるおそる声をかけた。
「どう…したんですか、いったい」
「何のことかな」
「いやあ…闇絵さんが買い物だなんて、珍しいな、と…」
「ほう」
 闇絵が横目で真九郎を見ながら、片眉だけを持ち上げてみせた。
「少年。わたしが買い物をしていては何かおかしいのかな」
「え…いやそんなことは…」
 大いにありますけど、と言いたいのをぐっと堪えて、乾いた笑い声でごまかす。まあしかし、場の空気など一切読まない買い物の中身は、いくぶん闇絵らしくて少し安心というかなんというか。
 闇絵の無表情な視線の前には、そんな真九郎の心の声など全て余すところなく看取されてしまっていたのかもしれないが、やがて闇絵自身が僅かに苦笑した。
「確かに、わたしもひさしぶりだ。とりわけ、このあたりではな」
「はあ…」
「九鳳院の少女がな」
 いきなり紫の名が出てきて、真九郎は少しびっくりする。
「少年がわたしと環にせっせと食事を貢いでいるという話をしていたら、食材くらいはわたしたちで整えようと言い出してな」
「いや別に貢いでるわけじゃ…と、紫が来てるんですか」
 先日の雨の夜以来、どうやら紫は、真九郎がいない時でも闇絵や環のところを訪ねてくるようになったらしい。少女の教育上あまりよろしくないのではないか、という懸念は拭えなかったが、本人が望むことを止めさせるのも野暮に思えて、そのままにしてある。
「ああ。そう言われてみれば、少女の言い分にも一理ある、ということになったのだ」
「はあ…。それで、ですか」
 有り難いと言えば言えなくもない話だったが、どうせ料理するのは真九郎の役目になるであろうことを考えると、大した助けになるようにも思えなかった。それに問題は、
「…それで、何を買ったんですか」
 闇絵が提げているスーパーの買い物袋に疑惑の眼差しを投げかける。さっきの肉屋とのやりとりから推して、まともな食材が入っているかどうか、極めて疑わしかった。
「ああ、これかね。そんな大したものではないよ」
「見せて貰っていいですか」
 当然のように、下げ渡される。ここから荷物持ちをしろということでもあるんだろうなと思いながら、真九郎は袋の中身を確かめた。
「…」
 するめや干し貝柱、塩辛といった辺りは(酒のつまみと思えば)まあまともとして、袋に一杯のニンニクに、色も香りもとりどりのスパイスが一揃い、豆板醤の大瓶ときては、調味料棚を賑やかにはしてくれても、これで一食をでっちあげろと言われればお手上げだ。
 それにしても、それほど珍妙な品物を置くはずもないスーパーだからこの程度で済んだのだろうな、といささか安堵しなくもない真九郎の胸中を見透かしたかのように、
「ろくなものがなかったよ。その割に、値切るのにずいぶん苦労したしな。わたしも腕が落ちたか」
「…値切ったんですか。スーパーで」
 一体どうやって、と訊きかけて、止めた。世の中、知らない方がいいこともある。


686 闇絵さんとお買い物 3/4 sage 2008/01/17(木) 00:17:12 ID:sjE3/o/Z

「それで、それぞれの食材を専門に扱う店なら、もう少しはましかと思って廻ってみたのだがな。大概が、あの体たらくだ」
「はあ」
「全くもって、昨今の食文化の零落ぶりは嘆かわしい」
 いやいつも人に食い物をたかっとるあんたが言わんとってください、という真九郎の内心の突っ込みなど全く関知せず、闇絵は真剣な口調で続ける。
「魚屋もホンオ・フェを置けとまでは言わないが熟鮓の一つも出せんとはけしからん話だ。八百屋ときたら正体不明のキノコなど一切並べていないしな。乾物屋にもどこにも、シロアリやイモムシはおろか蜂の子もイナゴもザザムシもカイコのサナギも見当たらんとは」
「はあ…」
 いつになく熱を込めて語る闇絵の前で、ここは日本の普通の商店街であって、決して世界のびっくり食材市場ではない、という事実を指摘するのは憚られた。
 それと共に、仮に(まずあり得ないだろうが)闇絵と旅する機会があっても絶対についていくまい、と心を決める。何を食べさせられることになるやら、知れたものではない。
「それは残念でしたね」
 それでも一応、無難に話だけは合わせてみようかと思ったが、
「そうだな。そのうち何か手に入ったら、ぜひ少年に料理してもらおう」
「全力で遠慮しときます」
 やはり引くべき一線は守っておいた方がいいようだった。闇絵の咎めるような視線には気付かないふりをして、少しだけ話題を変える。
「そういえば、今日はダビデはどうしたんです」
「ああ。五月雨荘で留守番さ。どうやら今日は外出する気分ではないらしい」
 ダビデも、なにかしら不穏な空気を感じ取りでもしたのだろうか。闇絵との付き合い方については、ダビデを見習うべき点もいろいろと多いのではないかなどと思いながら、さらに訊いてみる。
「ええと…それで、紫と環さんはいっしょじゃないんですか」
「ああ。それぞれに手分けして買い物を済ませることになっている。ちょうど、これから落ち合うところでね」
「はあ」
 そちらはもう少しまともだと助かるんだが、と思いつつ、まず間違いなくそんなことはあり得ないという確信もあった。世間的な常識など持ち合わせない箱入り娘と、世間的な常識など気にしたことがない酔いどれ大学生に、何を期待しようもあるまい。
 結局、五月雨荘における穏当な食生活を守り抜く上で頼りになるのは(まあ、時折夕乃の力は借りているにしても)自分一人、という冷厳な事実を突きつけられて、真九郎が深い深いため息をついたところへ、
「真九郎!」
 前方の交差点の角から元気のよい声がかけられたかと思うと、小さな体が勢いよく走り寄ってきた。思いっきりぶつかるようにして抱きついてくるのを、腰を落として受け止めてやる。その後ろから、環がにやつきながら歩いてくるのが見えた。
 真九郎にしがみつかんばかりの恰好で、紫は頬を上気させて目を輝かせながら、
「やっと帰ってきたな! 喜べ、今日は真九郎が買い物をする必要はないぞ!」
「あー…闇絵さんに話は聞いたよ。偉いな」
 気持ちは有り難いと思うので、とりあえず褒めておく。ただ、それとは別問題として、
「で、何を買ったんだ」
「うむ。これだ!」
 紫から手渡された買い物袋には、一杯にチョコレートやらクッキーやらビスケットやら飴やらが詰まっていた。
「美味しそうなものばかりを選んだからな。ピーマンとかニンジンとか、人間の食べ物でないものは一切入っていないぞ」
「…そうだな」
 つい泣けてくるのを何とか堪え、環にも目を向ける。そちらは、袋の中で缶や瓶がぶつかり合う音を聞いただけで、確かめる必要すら感じなかった。
「…そっちは食べ物じゃなくて飲み物ですか」
「何言ってんの真九郎くんっ。これはね、全部お米とか麦でできてるんだよー。これさえ飲んでれば、ご飯やパンなんて食べなくてもいいんだよー。知らないの?」
「…はいはい」


687 闇絵さんとお買い物 4/4 sage 2008/01/17(木) 00:18:22 ID:sjE3/o/Z

 という訳で、そこからまた買い物をし直して台所に立つような気力も体力も、真九郎にはなかったのだ。
「…で、ご注文は。スケコマシ」
 だが、だからといって、客に向かって容赦なく身も凍るような視線と刺すような罵り文句を投げつけてくる店員がいるラーメン屋で晩ご飯を食べることにしたのは、失敗だったかもしれない。三人も客を連れてきてやったのだから、感謝してくれてもいい筈なのに。
 それは確かに、入ってくる際に紫と環が真九郎の左右から腕に抱きついて騒いでいたり、闇絵は闇絵で「ほう。こういうのが少年の好みか。憶えておこう」などと思わせぶりな視線を店内と店員に走らせたり、店にとってはやや感じの悪い迷惑な客かもしれなかったが。
 あまりの居たたまれない雰囲気に、ぼそりと「…じゃあ味噌ラーメン」と呟くのが精一杯の真九郎に比べ、連れの三人は遠慮も配慮もなく、
「あたし、ラーメンギョーザ定食二人前ね! 青島もとりあえず五本!」
「ううむこれは何と読むのだ。なに、ホイコーロー? よく分からんが、ではそれにしよう。辛くて子どもの口には合わないから何か他のにした方がよいだと? 絶対、そのホイ何とかにするぞ」
「まずは皮蛋だな。それから担々麺を、花椒と唐辛子は四倍増しで」
「…うけたまわりました。ところで、お勘定は一緒で構いませんね、スケコマシ。別々だとうちも面倒ですから」
「いやそれはいいけどさ…何だよそのスケコマシって」
 せめて、こっそり抗議はしてみたのだが、ラーメン屋の看板娘は、真九郎一行が陣取ったテーブルを睥睨しながら、動ずる気配も見せずに言い放った。
「ロリコンどころじゃないあんたの手広さに呆れ果ててんのよ。スケコマシ」
「手広さって…」
「幼女から年増までお盛んなことで。スケコマシ」
「お盛んって…」
「周りに女の子侍らしてんのをここまで見せびらかしに来るなんていい度胸ね。スケコマシ」
「侍らすって…」
「乱交ならあの怪しげなアパートに引きこもってしてれば? スケコマシ」
「乱交って…」
 お前ぜったい何か誤解してるよ、と目で訴える真九郎に、冷たい冷たい一瞥をくれると、幼なじみの店員は厨房へ引っ込んだ。それを見送った紫と環が真九郎に顔を寄せてくる。
「ううむ。真九郎。銀子はなぜあんなに不機嫌なのだ?」
「俺が訊きたいよ…」
「それに、スケコマシとはなんだ?」
「いやそりゃあ…ええとだな」
「んふふふふー。紫ちゃん、お姉さんが教えたげよーか?」
「あんたは引っ込んでてください。まあその、バカとかいうのと同じだよ。…たぶん」
「へええー? ま、いっけどさー。いやー、それにしても今の銀子ちゃん、可愛いかったよねー。真九郎くんもそう思わない?」
「そうですか…? 一体どこらへんが…?」
「そっかやっぱ分かんないかー。うん、それでこそあたしの真九郎くんだっ」
「いや、何言ってるのかさっぱりです、それ」
 ぐだぐだと会話につきあいながら、真九郎は、ふと向かい側に座った闇絵に目を留める。いつもと同じ無表情で、いつもと同じにタバコをふかしているその姿は、だが不思議と、小綺麗とは言い難いラーメン屋の中で周囲にしっとりと融け込んで見えた。
 周りに自分たちがいるからだろうか。それとも、さっき歩きがてら話すうちに、やや意外な側面について知ったからだろうか。いずれにせよ、最初に肉屋の前で見かけた時よりも遙かに人間臭く見える闇絵から、真九郎はつい目を離せなくなった。
「どうしたのかな。少年」
 どれくらいの間そうしていたのか、よしない凝視を断ち切ったのは、闇絵の何もかもを承知したような穏やかな声で、
「あ、いや…」
 真九郎はうろたえて目をそらす。その罰が当たったという訳でもないだろうに、紫の膨れっ面と環の目が笑っていない笑顔に遭遇して頬をひきつらせる真九郎の耳に、厨房のあたりから低い低い呟きが忍び込んできたりもしたのだった。
「…やらしい」



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