闇絵さんと黒い服


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闇絵さんと黒い服
  • 作者 2スレ550
  • 投下スレ 2スレ
  • レス番 606-609
  • 備考 紅 小ネタ



606 闇絵さんと黒い服 1/4 sage 2008/01/05(土) 23:17:54 ID:v+/ztT6d

 その日、いつものように帰宅の挨拶を樹上の闇絵とかわし、自室に戻ろうとした真九郎は、ふと足を止めて振り返った。なんとはなしに覚えた違和感の正体に、遅まきながら気付いたからだった。
「闇絵さん。今日は、ちょっと恰好が違いますね」
 声をかけてみたのだが、闇絵は空を眺めてタバコをくゆらせる姿勢を崩さなかったので、もしかすると耳に届かなかったのかもしれないと思った真九郎が再び踵を返しかけた時、
「ふむ。これくらいだと気付くのだな。なかなか面白い」
 するりと聴覚に忍び込んできた呟きに振り向いた真九郎を見下ろす闇絵は、確かにいつもと違って、黒いブラウスの上に黒いショート丈のボレロカーディガンを重ね着していた。
「はあ…まあ…」
 いつものことながら、闇絵のセリフの含意がつかめず、真九郎は曖昧なあいづちを打つ。そういえば、今まであまり気にとめたことはなかったのだが、ひょっとして。
「ひょっとして少年。今まで、わたしがいつも同じ服を着ているなどと思っていたのではあるまいな」
「えっ…いやーそのー…」
 なんだか得体の知れないプレッシャーを感じて、目が泳ぐ。手に冷たい汗が湧く。闇絵はさらに真九郎を追い込むように、
「そして今、わたしが実は日によって微妙に違う装いだったのに、全然気付かなかったのではないかなどと不安になっているのではあるまいな」
「あー…えーとですね…」
「少年。女性には、他人がやたらと触れてはならない神秘というものがあってな。男というのは、それに敬意を払うことで、かろうじて生存を許されることになっている。これもまあ、そういった類のことではある」
「はあ…」
 どうやら放免してもらえるのか、と思いきや、
「だが、それでも敢えて問うことにしよう。いったい君はどちらだと思うのかな。いつも同じ服なのか、それとも違うのか。うむ。これは実に興味深い設問だ。少年が隣人としてどれだけわたしのことを気に掛けてくれているかを理解するのに、極めて有用な問いと言える」
「いやいきなりそう言われましても…」
 そも五月雨荘は隣人付き合いを大切にするような場所じゃない筈ではとか、いつも黒づくめなんだから服のディテールまで気付く訳ないでしょとか、どっちにせよクローゼットは似たような黒い服で一杯なんでしょうがそういえば洗濯してるの見たことないですねとか。
 いろいろな考えは頭をよぎったのだが、そのどれもが口にすると自分の命を縮めそうな気がして、真九郎は、ここは素直に頭を下げておくことにした。
「えー……分かりません。すみません」
「ふむ。正直さと潔さは美徳だが、時として人をがっかりした気分にもさせるものだな」


607 闇絵さんと黒い服 2/4 sage 2008/01/05(土) 23:19:06 ID:v+/ztT6d

 その闇絵のセリフを耳にした真九郎は、やっぱり人をいじってるだけだったんだな早めに白旗を掲げておいて良かった、と内心冷や汗を流しながら、なんとか話題を変える術を探す。そしてようやく思いついたのが、
「それにしても、闇絵さん。黒が本当に好きですよね」
 闇絵はかるい微笑を浮かべたままで、その膝の上ではダビデが大きな欠伸をしてみせる。どちらも真九郎の思惑など全てお見通しというかのようだったが、めげずに続けてみた。
「何でしたっけ、いつだったか話してくれた…黒は女性の美しさを際立たせる、でしたっけ」
「そんなことを言ったかな」
「はあ、確か。まあ、闇絵さんを見てると分からないでもないですけど」
 この場を切り抜けるためのお世辞も入ってはいるが、まずは偽らざる実感だった。闇絵の青白い美貌も神秘的な立ち居振る舞いも、その黒衣があってこそ一層映えることに、真九郎としても疑問をはさむつもりはない。
 だが闇絵は、さも当たり前のことを言われたかのように、いたってつまらなさそうな口調で、
「少年。なかなか洒落た物言いを身に付けたものではないか」
「…すみません」
 やはり、真九郎ふぜいが一筋縄でかなう相手ではなかった。しおたれる真九郎がさすがに哀れになったのか、
「たしかに、わたしを見てそう言いたくなる気持ちは分からないではないがね」
 慰めなのか自慢なのか、今ひとつ微妙なフォローが入ったりはした。
「はあ…」
「ただ、黒というのはずっと身に着けているには怖い色だよ。よほど本人が勝らねば、服に喰われてしまって、単に陰々滅々となるだけだからな。わたしにしたって、物心ついてこの方黒以外を着たことなどないが、それでもいまだに日々これ精進といったところさ」
「そんなもんですか…」
 女性というのも、なかなかに大変なものだと素直に感心する。闇絵と黒服というのは、真九郎にとってみれば自然極まりない取り合わせで、それ以外の姿など想像もできない。おそらく、産着も(闇絵に赤ん坊の頃があったとしての話だが)黒だったに違いない。
 ただ、闇絵のセリフを受けてあらためて考えてみると、ちょっとした疑問は生じた。
「…でも、ほんとにずっと黒ばかりで、たまには飽きたりしませんか」
 闇絵はまじまじと真九郎を見た。まるで、そこに火星人がいることに今気付いたとでも言いたげに。
「…ふむ。少年。君はときどき、大変面白いことを言うな。飽きる、か。考えてみたこともなかったよ」
「いやですから、あの、それほど深い意味はですね」
 また何かやらかしてしまったかと慌てる真九郎に構わず、闇絵は真面目くさった表情で続ける。
「人間というものは、大体において、かくあるべしとか、かくありたいとか、かくあらざるをえないとか、そういったことで生きていくものだ。それが、自分が自分であることに飽きる、か。なるほど。たしかに、そういう単純な選択肢もあるのかもしれないな」
「え、ええと…」
「いや、思った以上に有益な会話だったよ。ありがとう、少年」
 そう言うなり、闇絵は再び、空に視線を戻してしまう。真九郎がそこにいることなどすっぱり忘れ去ってしまった様子とあっては、真九郎も首をひねりながら、自室へ引き上げざるを得なかった。


608 闇絵さんと黒い服 3/4 sage 2008/01/05(土) 23:20:22 ID:v+/ztT6d

 その翌日のこと。
 帰り際にたまたま環といっしょになり、買い物袋の中身を詳しくチェックされながら五月雨荘に戻ってきた真九郎は、門の側の大木の上に見慣れた姿を認めて、いつものようにポケットからタバコを取り出した。
 木の上からすとんと降りてきたダビデにタバコをくわえさせてやると、身軽に闇絵のところに戻る。闇絵はダビデから箱を受け取って一本を取り出し、どこからともなく取り出したマッチで火を付け、どこへともなくマッチをしまい、ふかぶかと一服した。
 何もかもが、いつもどおりの光景だった。
 それなのに、真九郎も環も、その場に根が生えたようになって、闇絵を凝視したまま動けない。
「どうしたのかな。二人とも。わたしがタバコを吸うのがそんなに珍しいかね」
 ややあってから、闇絵が多少うっとうしげな口調で訊いた。真九郎と環は顔を見合わせ、しばらく視線だけで美しい譲り合いの精神を競い合った結果、真九郎がおずおずと口を開く。
「あの…その袖口」
「ああ。これかね。昨日、君と話したことを少し実践してみただけだよ。何か?」
「い、いえ…」
 訊きたいことは山ほどあったが、それを尋ねると心にも体にも優しくない結果が訪れるような気がして、真九郎は口をつぐんだ。環も、じつに珍しく一言も発しない。
 その二人の視線の先で、闇絵がタバコを持つ手の袖口に僅かにのぞく純白のレースは、深い闇の中に差し込んだ一筋の陽光のように、どんな豪奢な装いよりも鮮烈な印象をもって、見る者を惹き付けてやまなかった。
 よく考えればそんなに大したことではないはずなのに、なぜこれほどまでに驚きと魅惑を覚えねばならないのか、真九郎には分からない。分からないまま、闇絵の手が優雅にタバコを扱う様から、ただ目を離せない。
「…ふーん」
 だから、後ろで何やら考え込んでいる環にも、真九郎は気付かない。

 さらに、その翌日の午後のこと。
「ただいまっ真九郎くんっ」
「…ええとどちらさまでしょう」
「んふふふふー分かんないかなーあたしだよあたしっ」
「って…ええっ…た環さん? どどどうしたんですその服は髪型は化粧は」
「いやー最近ちょっと出遅れ気味だから、そろそろ真九郎くんにあたしの真の魅力を見せつけとかないとなー、なんて。どう? このスタイルに美貌、めったにない掘り出し物ですよ旦那っ。今なら先着一名様に漏れなく進呈しちゃおうかなっ」
「はあ…これは見違えますね。美人なのは元から知ってましたけど…っていうかそんなに小綺麗にできるなら普段からしといてくださいよ」
「…えー、そんだけえ? 他になんか言うことないのー?」
「いやそんなに露出が多くて寒くないのかなってああもしかしてホステスのバイトとか始めたんですかええとなんですか何で目が笑ってないんですか何で人の頭を小脇に抱えるんですか何で俺の頭蓋骨がめりめりいってるんですかちょっと待ってうわあああっ」
「真九郎くーん。可愛さ余って憎さ百倍って、知ってるかなー?」


609 闇絵さんと黒い服 4/4 sage 2008/01/05(土) 23:21:33 ID:v+/ztT6d

 とまあ、そんな風に、いつだって、女性というのは男どもの度肝を抜くことに長けてはいるのだ。闇絵と環には限らない。

 九鳳院家の末娘ときたら、車の中で真っ赤なパーティードレスに着替えながら、いつもと違って赤いパンツを取り出すように真九郎に命じたり。「しし真九郎の趣味は知っているが、たたたまには意外性で攻めるのも有効だと環が言うのでなっ、たた他意はないっ」とか。
 あのエロ大学生いつかシメてやると思いながら「まあ…たまにはいいんじゃないか」などと言ってみたら、どういうわけだか、相手はふにゃあとだらしなく笑み崩れるし、バックミラーで跳ね返って突き刺さってくる隻眼の運転手の視線はやたらと痛いし。

 崩月家の長女ときたら、稽古に訪れた真九郎の前に、髪を結い上げた割烹着姿で現れたり。「ええと巫女さんはやりましたしFAとかナースは狙いすぎみたいで本当はメイドも捨て難いんですけどやっぱり控えめな方が殿方には好まれるかとあのういかがですか?」とか。
 どうでもいいけどその恰好で稽古するのかと思いながら「あー…良妻賢母っぽいね」などと言ってみたら、うっとりと昇天した表情で暫く自失するし、我に返ったかと思うと「ええと襟足の後れ毛なんかに凝ってみたんですけどムラムラします?」と畳みかけてくるし。

 村上家の一人娘ときたら、崩月家でそんなことがあったと話したところ、「…やらしい」と睨み付けてきたり。いやさ、それはいつもどおりのことだったのだが、その翌朝、なんだかいつもと違う雰囲気を漂わせていたり。
 それが何に起因するものなのか、午前中一杯頭を悩ませた挙げ句、昼休みの新聞部部室で相手が何故かやけ食い気味に三つ目のアンパンにかぶりつく口元を見てようやく頓悟し、「リップ付けてんだな、珍しい。けっこう綺麗だな、それ」と言ってみたところ。
 ごくナチュラルなピンクだが艶めいた光彩がなくもなく、道理で少しあでやかに見えたはずだと思いながらの素直な感想だったのに、相手は素っ気なく「冬は乾燥するからね。にしても相変わらずぼんやりしてるわねこのバカ」と罵ってくるし。
 さらに、「ごめん。今まで荒れ性とは知らなくてさ。そのうちにハンドクリームでも買ってやるよ」とフォローのつもりで言ってみたら、一瞬何かを言いかけて結局口を食いしばり、おそろしげなくらい無表情になってじっとり睨み付けてくるし。

 本当に、女性が唐突に何をしでかすかなんて、愚かな男には予測もつかないものなのだった。これもきっと女性の神秘というものなんだろう、と、真九郎などでは棚上げしておかざるをえないくらいに。






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