『常識を破るモノ』1

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**『常識を破るモノ』 -作者 651 -投下スレ 1スレ -レス番 651-653 718-721 748-751 772-775 -備考 電波的な彼女世界でのクロスオーバー的な何か 651 名無しさん@ピンキー sage 2007/01/01(月) 22:03:08 ID:t4d2o9OZ ネタ投下。電波的な彼女世界でのクロスオーバー的な何か。  ジングルベール、ジングルベール……  クリスマスも近づく12月の上旬、柔沢ジュウはひとり商店街を歩いていた。  今日の夕飯の買出しついでに寄ってみただけだったが、  暢気にかかっている陽気なクリスマスソングが耳に入ってくると、もうそんな時期になるかとぼんやりと思った。  と、言ってもジュウにとってはただの風物詩みたいなものであって、クリスマス自体になんら興味を惹かれるものはなかった。  あの母親―――紅香が自分のためにクリスマスプレゼントを与えてくれたことは無かったし、  まだ幼少であった自分に「サンタクロースなんてふざけた不法侵入者はこの世の中にいねぇよ」と断言し、  いとも簡単に希望も夢も打ち砕いてくれた。  それが母親のすることか、と毒づくジュウだが、それはそれでよかったかもしれないと思うところがある。  子どもが想像するサンタクロースの正体は親。サンタクロースに夢を抱く子どもがそれを悟ってしまったときの落胆と絶望は計り知れない。  そういう意味では、紅香は嘘偽りなく真実を語ってくれたのだから、まだマシなのか。誰に話すでもなく、そうひとりごちると、いつも通うスーパーへと足を伸ばした。  誰だっていつかはこの世の中が決して綺麗ではないことを知る。  自分はただそれが早かっただけだ。 652 名無しさん@ピンキー sage 2007/01/01(月) 22:04:54 ID:t4d2o9OZ 「ジュウ様、どうかされましたか?」 「いや、なんでもねぇよ」  翌日の下校途中、いつものように雨と共に帰路についていると、彼女は心配しているのか訊ねてきた。  そんなに不機嫌な顔をしていただろうか。眉間にしわを寄せて首を傾げる。まあ確かに機嫌がいいとは言えなかった。  12月に入ってクリスマスや冬休みが近づいたせいからだろうか、クラスの連中があちこちでその予定について  楽しく浮かれたように喋っていた。まるでそれが自分へのあてつけのように聞こえたのだ。  別に羨ましいわけではないが、孤独である自分を嘲笑されているようで癇に障る。  自分のことながら度量のない男だと実感する。他人は他人、自分は自分と割り切ればいいものを、  この年になってまで何かを期待しているのだろうか。馬鹿馬鹿しい。  だからいつまでも紅香に舐められっぱなしにされているのではないのだろうか。  そのことについてはあまり考えないようにしようと、自分のなかで勝手に結論付けると、ジュウは今度はこちらから話題を振った。 「…お前はクリスマス、何か予定でもあるのか?」 「はい、家族でクリスマスパーティーを開くつもりですが…。  良ければジュウ様もいらっしゃいますか? 私はもちろん、母も喜ぶでしょうし」 「いや、遠慮しておく。折角の家族水入らずを邪魔したくないからな」  ジュウの返事に雨は「そうですか」と残念そうに呟いた。確かにあののんびりとした彼女の母親なら自分を受け入れてくれるかもしれないが、  まず自分のことを嫌っている雨の妹の光がそれを嫌がるだろうし、父親も厳格な人間と聞いている。  同性ならまだしも異性でこんな不良ぶった自分を受け入れてくれるとは思えなかった。  娘にスタンガンをプレゼントするような人間だ、出会うなりぶっ飛ばされかねない。  そして、なによりもそんな幸せな家庭の雰囲気に自分が馴染めるとは思えない。そう思ったジュウだがあまりにも残念そうな雨の表情に気づき溜息をついた。 「…分かったよ。お前には何度か借りがあるからな。折角のクリスマスだし、何かプレゼントを持って少しだけ邪魔させてもらう」 「ジュウ様…っ」  鬱陶しい前髪からはあまり表情を読み取ることは出来ないが、高くなった声のトーンを聴けば彼女が喜んでいるということが分かる。  俺なんかからプレゼントを貰って嬉しいものなのだろうか、それともよほど欲しいものでもあるのだろうか?  円堂円や光がいる場で口にすれば蹴り飛ばされそうなことを思い浮かべながら不可解そうに首を捻った。  …それにしてもこいつが喜ぶようなプレゼントって何だ? 653 名無しさん@ピンキー sage 2007/01/01(月) 22:10:10 ID:t4d2o9OZ 「…そうだ。ラーメンでも食べて帰るか? 今日は俺が奢る」 「はい、喜んで」  偶然差し掛かったラーメン屋が視界に入って、ジュウは雨を誘った。  12月にも入ると、寒さは厳しさを増すばかりであり、普段は暑さや寒さに文句を言わないジュウも流石にこの寒さが身に染みる。  熱いラーメンでも食べれば寒さを和らげることぐらいはできるだろう。  雨のため、というよりは自分のためであったが、奢ることで差し引きゼロだ。  そんなことをぼんやり考えながら、ジュウたちはそのラーメン屋の暖簾を潜った。 「へい、らっしゃい!」  暖簾を潜ると、威勢のいい従業員の声がふたりにかけられた。  『楓味亭』―――それがこの店の名前らしい。そういえばクラスの連中も時々この店の噂をしているな、となんとなくジュウは思い出した。店内は昔ながらの素朴さでどこか懐かしさを感じる。  ふたりでカウンターの席に座ると、ここの従業員がことりと水の入ったコップとおしぼりを二人の手元に置いた。 「…ごゆっくり」 「ありがとう………え?」  不意に顔を上げると、そこには鋭い眼光を眼鏡越しに光らせるエプロン姿の女性。  その顔はジュウも雨もよく見知っていた人間のものだった。 「せ、先生?」 「下校途中の飲食店の立ち寄りは学校の規則で禁止されているはずよ。  まあ、今日は私の店だったから黙って見過ごすけど、次はないからね」  愛想もない従業員はぼそりとそう呟くとメニューをふたりに配って厨房へと戻ってしまった。 「なんで、村上がここにいるんだよ………」  校則違反という以外には悪いことをしていないはずなのに、予期しない遭遇にジュウは憂鬱そうに溜息を漏らした。  村上銀子。情報処理技術の授業を担当しているジュウたちの学校の女教師。  ショートヘアを揺らし、小柄ながらもきびきびとした仕草やきりっとした顔立ちはモデルか女優を思わせる。  鋭利な目つきもその容姿に凛々しさを持たせている。  性格は簡単に生徒に対しても教師に対しても毒舌を吐くことから、少々キツ目だが生徒への愛情は確かなものがある、とジュウは評価している。  口では厳しいことを言っても、授業が理解できない生徒には個別に丁寧に教えているし、きちんと課題をこなしたら褒めもしてくれるからだ。  銀子のことをジュウは嫌いではなかったが、少々苦手であった。大抵の教師は不良である自分のことを敬遠しているのに対し、  銀子の場合は出席日数が足りなくなりそうになると容赦なく職員室に呼び出し、言いたいことをずばずば言いのけてしまう。  だから、ジュウとしてはあまり関わりたくは無い人種ではあったのだが。  少しばかり苦渋に顔をしかめるジュウに雨はきょとんとした様子で見上げた。 「村上先生はここのラーメン屋のご主人の娘さんなんですよ」 「お、おい……、雨、おまえ知ってたのか?」 「申し訳ありません。以前クラスの方がそう噂しているのを聴いていましたので」 「あ、別に謝ることじゃねえ……。それにしても随分賑わっているんだな」  ぐるりと背中を捩って店内を見渡した。テーブル席にも多くの中高生やサラリーマンが  雑談あるいはラーメンを啜っている賑やかさを見て、へぇとジュウは感心したように溜息を漏らした。 「当然でしょ。私の父が経営しているんだから」  注文を取りに来た銀子に声をかけられた。そう断言するということはよほど父親を誇りに思っているのか。  少しだけジュウは銀子が羨ましくなった。おそらくは彼女も雨と同じように幸福な家庭環境に育ったのだろう。  立派な父親がいて、優しい母親がいる。ジュウには想像してもできない家庭だ。  それよりも注文は? そう言わんばかりに軽く睨まれて、ジュウはメニューに目を落とした。 「それじゃ俺はもやしラーメン、大盛りで。おまえは?」 「では私はネギラーメンを」  わかったわ。銀子はそう承諾すると厨房へと戻っていった。 この後、雨が巷で騒がられている誘拐犯に浚われて、彼女を助けるために 雨が抜けた穴を銀子が補う形で、事件を追う……そこからエロにもって行こうと考えたがあまりに長くなりそうなので断念した。 やっぱり、伊南屋氏のSSを見ると創作意欲が沸くのだが……おいらには難しいみたいだよ? orz 718 651 sage 2007/01/23(火) 19:37:18 ID:kxMXrFlA 伊南屋先生に刺激されて>>653の続きを書いてみました。 まあ、ネタってことで。 「美味しかったな」 「ええ。……それではジュウ様、私はこちらになりますので」  ラーメン屋からの帰り道、ふたりは十字路に差し掛かり家の方角のために別れることになった。  気をつけて帰れよと一言雨に声をかけ、ジュウは今夜の夕食の買出しに行くことにした。    しかし、雨と二人きりでどこかに食べに出かけるのは初めてだったかもな、と柄になく思う。  いつだったか、雪姫と三人でカフェに入ったことはあるが、こうしてふたりで何の事件の絡みもなくどこかに食べに行くというのは  改めて意識してみると、今までなかったような気がする。雨も案外喜んでいたみたいだし、またどこかに行くか。  そうとめどもないことを考えながら、ジュウは商店街の街道を歩いていた。  先日と同様、やはりクリスマスも近づいているということで商店街は多くの人で賑わっていた。  主婦はもちろん、子供連れの親子、恋人であろう男女、あるいは友人グループ、サラリーマンの男性などその種類は様々だった。  …そういや、あいつへのプレゼントも考えなきゃな。  まだクリスマスに時間があるとはいえ、時間というのは案外流れるのが早いものだ。  何も考えずにぼやっとしていたら、あっという間にクリスマスを迎えてしまう。 「適当に定員に見繕って貰えば、何か見つかるだろ……」  買う買わないにせよ、あの地味な雨にも似合いそうな装飾品が見つかるかもしれない。  そう考えたジュウは、なんとなく足をアクセサリー屋へと向けることにした。  冷たい空気を身体に浴びながらも、足を進めていくとひとりの少女が目を輝かせてショーウインドウを覗きこんでいる姿が視界に入る。  別に何も珍しいことではないのだが、あまりにも『興味津々』と言わんばかりに覗き込んでいるため、少しジュウには奇妙に思えた。  子どもならいざ知れず、どう見ても彼女はジュウと同世代ぐらいだ。  それぐらいの年頃の女の子ならこういう洒落たショーウインドウには見慣れているだろうに。  ふとその中に視線を向けると、豪華ではないが洗練されたデザインのカーディガンだった。  基本的に他人とは関わりを持ちたくないジュウは一瞥しただけで、その場を立ち去ろうとした。  この間の痴漢騒ぎもあったことだし、妙な誤解を招くと後々厄介なことになり得る可能性だってある。  面倒なことはもうこりごりだ。そう思い視線を少女から外し、目的であるアクセサリー屋へと向かおうとする、が。 「よぉ、嬢ちゃん。今ひとりかい?」 「オレたちとどこか遊びにいかない?」  どこの一昔前のナンパ野郎だ。  ジュウは内心苦笑すると同時に、その声の主をちらりと見た。  いかにも女性とは無縁そうな性質の悪い軟弱そうな不良たちが数人、先ほどの少女を取り囲んでいた。  少女はきょとんとしていて、状況を飲み込めていないのか首を傾げている。 「ふむ、だが私は人を待たせている。  ついつい夢中になっていたが、そろそろ急がないと待ち合わせ時間に間に合わなくなってしまう。  ……すまないが、そこを通してくれないか?」  透き通るような声。だがその声に耳を傾けず、連中はわざと少女の行く手を遮っている。  その表情は卑しく、目的が何なのか他人の気持ちの機微を察することが得意ではない  ジュウにも分かるほどありありと映し出されていた。 719 名無しさん@ピンキー sage 2007/01/23(火) 19:42:40 ID:kxMXrFlA (早速面倒ごとかよ……)  どうしてこうも自分の前には厄介ごとがごろごろと転がっているのか。  もちろん、それらを全て無視して生きれば、自分ももっと楽に生きることができるのだろう。  だが、柔沢ジュウという男はその厄介ごとを無視出来るほど、大人でもなく賢くない人間ではなかった。  辺りを見渡してみると、多くの通行人がその様子に一瞥をくれるも、  その少女を助けようとする人間は誰一人としていなかった。  中には体格のいい男も何人かいたが、係わり合いになるのは面倒なのか素通りばかりしていく。  そしてついに、ジュウは口を開いてしまった。 「おい、お前らそいつが困っているのがわからないのか?」  ああ、やっちまった。自分の不機嫌かつ怒りの篭った声を聞きながら、ジュウは心のなかで己にあきれ返る。  自分は他人とは関わりたくないというのに、雨という少女と出会ってから  自分はどんどん他人の事情に首を突っ込んでいるような気がする。  でも、やってしまったものは仕方が無い。男たちが不機嫌そうな文句をこちらに次から次へとぶつけるが、  それは関係ない。犬がぎゃんぎゃん吠えているのと同じだ。それで威嚇しているつもりなのだろうか。  やけに自分が落ち着いているのが分かる。  今まで自分が首を突っ込んできた事件に比べたらこんなものたいしたものではなかった。  拳を鳴らし、構えを取る。  連中もやっと自分たちが相手にしている人間がどれだけ喧嘩慣れしているのか理解したようだ。  衆人環視のなか、空気が張り詰める。  連中は標的をあの少女から自分へと変更し、周りを取り囲んだ。  それはまるで獲物を駆るような猛獣かのように。 「へっ…、上等だ」  久しぶりの高揚感。雨と出会ってからは忘れかけていたが、やはり自分はこういう人間だということを自覚する。  ジュウと連中の決定的な違いは独りかそうでないかということだ。  どれだけ雨たちと馴れ合ってはいても、柔沢ジュウという人間の本質は孤独であり、  誰かと一緒にいるというのは幻想だったのだ。  どこか、心のなかで寂しさを感じたような気もしたが、それはたぶん気のせいだ。  だって自分はその寂しさと喪失感を味わないように生きようとしているのだから。  そこで気分を切り替える。そんなことを考えても仕方が無い。  今はただ、目の前の厄介ごとを片付けてしまえばいい。  ――――先手必勝。  相手が警戒しているうちに強烈な拳撃を、ジュウの正面にいたひとりの顔面に叩き込む。  男は仰け反り激痛の走る顔面を押さえながら、もんどりうって悶え苦しむ。  それに逆上した他の仲間は一度に襲い掛かってきた。  さすがに複数人を相手には多少のダメージもやむなしか、骨の一本や二本は覚悟しないとなと腹をくくるジュウ。 「ほら、早くかかってこいよ…いくらでも相手になってやるぜ?」 「このクソガキぃぃぃっ!! ……ぶごろぁっ!?」  だが次の瞬間、襲い掛かってきた男のひとりが横っ飛びに蹴り飛ばされる。  誰かと思いジュウはそちらに視線を向けてみた。すると、そこには見知った顔があった。 「……相変わらずみたいだな、柔沢」 「伊吹?」  光雲高校空手部で光の思い人――伊吹秀平がそこには立っていた。  彼もまた部活を終え学校の帰りなのか、制服姿のままで無愛想にこちらを見つめていた。  あれから―――幸せ潰し事件から顔をしばらく会わせていなかったが、相変わらず精悍な顔立ちをしていた。 720 名無しさん@ピンキー sage 2007/01/23(火) 19:46:50 ID:kxMXrFlA  だが、そんな世間話をしている場合じゃないよな、と内心呟くとジュウは辺りを見渡す。  残りの男たちも血気盛んに怒りと敵意を剥き出しにして、今にも殴りかかってきそうな勢いだった。  伊吹と背中合わせに構える。 「いいのかよ? 空手部のエースが一般人を蹴り飛ばして」 「この場合は正当防衛だろう。それに手加減はしている」  そう軽口を叩き合うとお互いに不敵な笑みを浮かべ、二人は動いた。  その動きと拳撃の嵐はまさに疾風迅雷。  襲い掛かる男の拳を上手く受け流しながら、的確に一撃一撃を男たちの身体に打ち込んでいく。  数分とかからず、男たちは全員地面に倒れ伏せてしまった。 「これに懲りたら、女を騙そうとしないことだな。……そうだ、そこのあんた大丈夫か?」  ジュウと伊吹は着衣を整えると、男たちに絡まれていた少女へと振り返る。  彼女はにっこりと天真爛漫な笑顔を浮かべていた。  姿は白シャツにその上から薄い青色のジャケットを羽織っており、下はジーンズとやけに男っぽい格好だったが、  その格好が逆に少女の溌剌さを映えさせているように思えた。 「おぉ、すまない。邪まな気配はあったが、なかなか通してくれなかったのでな。  助かった。礼を言うぞっ」 「………なぁ伊吹」 「なんだ」 「こいつは天然か?」 「………」  ジュウも伊吹も閉口する。外見とは裏腹にどこか時代がかった口調に、ジュウは雪姫のようにこの少女が  何かのアニメやマンガのキャラクターを演じているのか、とも思った。  が、それにしては自然な口調であったしどこか演じるような節も見当たらない。 721 名無しさん@ピンキー sage 2007/01/23(火) 19:47:58 ID:kxMXrFlA 「まあ、気をつけろよ。このご時勢だ。どっかのバカに殺されても文句は言えないぞ」  ジュウは忠告する。  妊婦刺殺事件、女子高生拉致事件、金銭詐欺、銀行強盗…  昨今頻繁に起きている犯罪を例に挙げればきりがないくらいに、この街、いやこの国は犯罪で満ち溢れている。  一見は平和を繕っているこの国だが、蓋を開けてみれば  そこは偽りと憎しみと狂気が掻き混ぜられた毒液で満ちている。  胸糞が悪くなることばかり。やっぱりこの世の中は綺麗なんかじゃない。どろどろとした泥沼が覆い尽くしているばかりだ。  ジュウはそう言葉にしたわけではないが、そう感じた。  この少女はどこか間が抜けていると思う。言い換えれば純粋そうとも言えるのだが。  せめてこの忠告を聞いて、この少女が身を守ることができるのなら  自分のちっぽけな正義感も少しは救われるのではないだろうか。  そこまで考えて、ジュウは馬鹿馬鹿しいと思った。偽善にも程がある。  他人のことに無関心である自分が誰かのことを案じるなんて、間抜けで滑稽だ。 「ああ、ありがとう。やはりわたしは外に出てよかった。  世界はこんなにも醜くて残酷だが、たしかにそこには温もりがあるな」  だが、少女は嬉しそうに微笑む。その微笑はジュウだけが知る雨の笑顔とどこか似ている、と感じた。 「……よければその待ち合わせ場所まで送りますが、どうしますか」  そう問いかけたのは伊吹だった。妙な言い回しに彼も気後れしていたようだが、  やはり彼もこのまま少女をひとりで行かせるのは不安だったのだろう。言葉に優しさを持たせてそう問うた。  やっぱり俺とこいつは違うな、と漠然と思った。伊吹は本気で他人を心配し、それを行動に移す。  自分の感情のために動く俺とは全然反対だと苦笑を浮かべる。女子からの人気が出るのも当たり前か、とも。  けれども、少女は首を横に振った。 「なに、知り合いとの待ち合わせ場所はすぐそこなんだ。気遣い感謝する。  それではそろそろ時間なので、これで失礼するぞ。いろいろと迷惑をかけたな」  ――――純粋無垢。そんな言葉を思わせるような笑顔を浮かべると、  たたっとその少女はその場を駆け去っていった。 748 名無しさん@ピンキー sage 2007/02/04(日) 00:23:11 ID:3z4Bkhvz 流れをぶった切らせて貰って、>>721の続きを投下。 他の職人さんのつなぎぐらいに気楽に読み流してもらえると幸い。  少女を見送った後、ふたりは並んで街中を歩きはじめた。 「そう言えば伊吹。お前、何でこんなところにいるんだ? お前の学校は離れてるだろ」 「………」  伊吹は最初どこかバツの悪そうな表情を浮かべたが、すぐに答えは返って来なかった。  世間話程度に話を持ち出したのだが、嘘をつくなり話題を逸らすなりすればいいのに  真面目に迷うところはこいつらしいな、と思いちらりと伊吹の顔を覗き込んだ。 「……この間の件はすまなかった」 「…あ、光のことか。別に、俺に謝るようなことじゃねえだろ。  俺にだって向こう見ずなところがあったし、お前は光に謝っていただろう? …それでいいじゃねえか」  あまりに沈痛な伊吹の表情にため息をついた。  以前、円は伊吹のことを『良くも悪くも、真面目で潔癖な奴』と評価した。  成る程、謹直なのはいいがそれが故に、些細なことでも拘ってしまうということか。  その性格で光を傷つけたのは確かだが、悪いのはそれを仕掛けた幸福クラブの人間たちで、  更に言えばそんな誤解を招くようなところを見られてしまった自分自身にも落ち度はある。  今更伊吹だけを責めるというつもりは全くなかった。  その意を伝えると、若干伊吹は表情を緩めて苦笑いした。 「……そうか。堕花さんにも同じようなことを言われた。  『先輩に誤解させるようなことをしてしまってすみません、あの不良バカは気にしなくていいですから』……とな」  あのときの会話の内容は知らないが、成る程あいつならそう答えるかとジュウは口元を緩めた。  これで、元の鞘に収まったわけだ。これから二人がどうするかはジュウの関知するところではない。  あとは光自身がどう行動するか、ただそれのみだ。 「それで、今日は彼女に謝罪の意味も含めて、クリスマスプレゼントを選びに来たんだ」 「………お前もか。俺は……いつも世話になってる奴に贈ろうと思って。  お前も知っているだろ? あの時に雪…斬島と一緒にいた光の姉ちゃん。前髪の鬱陶しい…」  ジュウが伊吹に再び説得しに行ったとき、散々サンドバックにされた場面を雨にも見られている。それは自分から彼女たちへ頼んだことだったが、いざ思い出してみるとどうも情けなさが先行してしまう。 「ああ、彼女か。……上手く行くといいな?」 「おい…? お前、何か勘違いしてないか?」  やけに爽やかに笑う伊吹を見て、ジュウは不機嫌そうに眉をしかめた。  時折、自分たちの学校でもジュウと雨はカップルだの何だの謂れのないうわさをされることがあるが、  ジュウはそういった噂話が大嫌いだった。 「……? だとしたら、おまえたちは一体どう言った関係なんだ?」  だが不思議に思った伊吹がそう尋ねると、ジュウは言葉に詰まった。 749 名無しさん@ピンキー sage 2007/02/04(日) 00:25:48 ID:3z4Bkhvz  確かに恋人ではない。けれども、それ以外の友人や仲間と言った言葉にも当てはまらないだろうと感じた。  今まで敢えて意識することは避けていたが、改めて関係を尋ねられると一言で言うのは難しい。  雨に言わせれば主従関係と言うことになるのだろうが、ジュウとしてはどうにも釈然としない。  前世云々は今でも彼女の妄想だと信じているし、  事実であったとしてもそのような記憶がない限りはどうしても信じようがなかった。  とすれば、一体自分と雨の関係はどういったものなのだろうか。  雪姫のような友人感覚でもなければ、円のように見知りあい程度というわけでもない。 「……ただの知り合いだ」  捻り出した答えがこれだった。我ながら情けないとも思いつつ、無難な答えを答えるしかほかないだろう。 「…そうか」  ジュウの曇った表情から心情を察したのか、伊吹はそれ以上追求することはなく小さくひとつ頷いた。 「……ただ、気をつけたほうがいい。  最近は物騒な事件が多発している。いつ…おまえやあの人が事件に巻き込まれるか分からない。  これは飽くまで俺の予測だが、その時、あの人を守れるのはきっとおまえだけだ」 「………」  既にいくつかの事件に巻き込まれている、とは言えなかった。  それに、これから先、あいつが俺に守られることなんてあるのだろうか、とも。  むしろ助けられてきたのはジュウ自身であり、彼はいつもその度に自分自身の無力さに嘆いてきた。  ただ、その時あいつを守れなかったら俺は本当のろくでなしになるな、と何となく心の中でその思いがよぎった。 750 名無しさん@ピンキー sage 2007/02/04(日) 00:29:43 ID:3z4Bkhvz  結局ふたりはそこで別れ、ジュウはアクセサリーショップに寄ってみたが  いいものが見つからず、結局手ぶらで帰ってきてしまった。  まあ、まだクリスマスまでには時間がある。じっくり考えて選べばいいだろう。  ジュウはぼんやりそう思いながらアパートの郵便受けを開けた。あるのは何通かのダイレクトメールや広告のみ。  …と思いきや一通の茶封筒がそのなかに紛れていた。  基本的に外の世界にはあまりつながりを持たないジュウにとっては  珍しいことだったが、もしかしたら紅香宛てのものかもしれない。  彼は不思議そうに首を傾げながら、自分の部屋の中に上がってからその封を調べてみた。  一見すると『柔沢ジュウへ』としか書かれておらず、差出人も明記されていなかった。  封を切ると、その中には一枚のA4程度の大きさの手紙が入っていた。 「雪姫からか?」  雨は毎日学校で会うし、円は間違っても必要なこと以外は自ずからジュウと連絡を取ろうとはしないだろう。  とすれば、思い当たるのは雪姫ぐらいなものだが、  その雪姫もジュウの自宅の電話番号も知っているはずだし、雨からメールアドレスも聞いているはずだ。  不思議に思いながらも、その手紙を開き読み始める。 「ええと、何だ……?」  しかし、その中に書かれていたのは、次のようにワープロ打ちで一文かかれていただけだった。 『聖なる夜、あなたの一番大切なものを奪います    ―――『常識破り』より』 「……は?」  一瞬ぽかんとする。そしてもう一度茶封筒の宛先を確認する。何度見ても自分宛だ。  聖なる夜…つまりはクリスマスか、またはイブか。………それにしても、大切なものを奪う? 「…俺の一番大切なもの?」  今日は何でこうも難しいことを何度も考えさせられるのだろうか。憂鬱げなため息をついてかぶりを振った。  妥当に考えれば母親の紅香ということになるのだろう。  悔しいことだが、どう天地が引っくり返っても自分の母親はあの女以外には有り得ないわけで、  唯一無二の存在なのは事実だ。  どれだけ一般的な母子のあり方として違っていても、心の奥底では彼女を認めるしかなかった。 751 名無しさん@ピンキー sage 2007/02/04(日) 00:34:31 ID:3z4Bkhvz  ……とはいえ、あの女は他の誰かにやれるような殊勝な女だっただろうか。  ジュウのなかで知る『最強』は母親の紅香であって、加来羅清よりも、円堂円よりも、伊吹秀平よりも、  強烈で過激で獰猛で、そして何より最初から最後まで自分を貫く――、柔沢紅香とはそういう人間だ。  彼女を負けさせる人間がいるとすれば、そいつは世界で一番の異常者だ。  柔沢紅香という人間はありとあらゆる『常識』を超越した傍若無人。  『常識』に捕らわれる限りはあいつを叩きのめすことなんてありえるわけがない。  それにしても、どうしてこのような脅迫文が送られて来たのだろうか?  ふと以前に遭った幸福潰しが頭の中をよぎったが、首謀者である綾瀬一子は自首、  そのメンバーも『暗木』の不在によりバラバラになった。  白石香里のようにそのうちの一人が綾瀬一子の『真理』とやらの考えを引き継いでいたとしても、  この一文はそれとは何かが違うものが感じられる。  以前、雨の家で見せてもらった脅迫文やいやがらせの手紙にしては前回の幸福潰しと同様、  憎しみや怨嗟のようなものは感じられない。だが、何故だろうか。  この手紙からは確実に実行するという強い意志と、まるで自分には不可能はないと言わんばかりの余裕が見える。  そう、どこかプロ意識を露骨に見せる人間のような、何かが。  ―――何にしても、嫌がらせ、で処分できそうにはない。 「明日、雨にでも相談してみるか…」  ジュウは手紙を茶封筒に入れなおすと夕飯の準備に取り掛かった。 ……と、こんな感じで。 長々しく、キャラの口調がおかしかったりとへんてこなところは多いですが、 暇つぶし程度に読んでくださるとコレ幸い。 以下続く。かも。 772 名無しさん@ピンキー sage 2007/02/12(月) 15:30:35 ID:PDX1Jd7P 埋めついでに>>751の続きをば。  翌日。土曜日で学校が休みだったために、ジュウは直接雨の家を訪れることにした。  メールで確認すると雨本人は当たり前のように承諾、  ジュウを嫌っている光も今日は部活のために家を出ているとのことだった。  早速ジュウは部屋を出ると、雨の家と赴くことにした。  12月ともなると、どれだけ空がからりと晴れていても空気の寒さは変わることがなかった。  まるで太陽とこの地上が見えない壁で遮られているかのように。  そんな寒空のなか雨の家へと向かっていると、その途中雪姫と出会った。 「やっほーっ、柔沢くん! 元気にしてるかーい?」 「ああ、まあな」  よくいつも変わらずこんなハイテンションでいられるな、と思いながら軽く手を挙げて挨拶を返す。 「柔沢くんが外を出歩くなんて珍しいねぇ? なになに、もしかして雨とデートだったりしてっ!?」 「んなもんじゃねーよ。雨に聞きたいことがあって、アイツん家に行くだけだ」 「ふむふむ、成る程……。わたしにもまだチャンスがあるってことかー…」 「はあ?」  時々ジュウは彼女の言葉が理解できないことがある。  ふざけたことばかりを言うこともあれば、物事の本質を見抜いているかのような素振りも見せる。  それだけ彼女は色んな場数を踏んできているのか、それとも過去に何かあったのか。  雨によれば、中学時代に何か騒ぎを起こしたとのことだが…今更詮索しても仕方のないことだ。  何があったにしろ、それを知ったからと言って今の彼女が変わるわけがない。 「そうだ。どうせだからお前も来るか?」 「うーん、残念だけどこれから円と一緒に秋葉原に行く約束があるんだよね~…あ、そうか」  雪姫は何かに気づくと唇を歪めて、にやつく。 「何だよ」 「だからかぁ…愛しのご主人様との逢瀬があったから、雨、あたしたちの誘いを断ったんだなぁ~」  どうやら雨にも一緒に遊びにいこうという誘いがあったらしい。 「……アホか。だからそういうんじゃねえって」  素直に話した方がいいのだろうか。あの脅迫文に書かれていた『大切なもの』とは、  こいつもそのなかに含まれているのかもしれない。  であれば、誤解も解けるだろうから少なくとも変な勘違いをされずに済むのだが。  だが、ジュウは話すことを躊躇った。無用な心配をかけても仕方がない。  もし、何かあればその時連絡を取ればいいだけのことだ。 「それはどうでもいいとして、最近あちこち物騒だからお前も気をつけろ」 「わぁ、柔沢くん、あたしのこと心配してくれるんだ」 「真面目に聞け。昨日も俺と同じぐらいの女がバカどもに絡まれてた。  ……まあ、お前に限って心配はいらねぇだろうけどな」 「ふふっ、ありがと。柔沢くん」  真面目に聞いているのか聞いていないのか、にこにこと雪姫は笑顔を浮かべるだけだった。  そんな様子を見て、呆れ気味にジュウはため息をつき、頭を振る。 「兎に角、気をつけろよ」 「はいはい」  それだけ会話を交わすと、二人はそこで別れ、ジュウは雨の家へと急いだ。 773 名無しさん@ピンキー sage 2007/02/12(月) 15:34:47 ID:PDX1Jd7P  約束の時間には間に合ったか。  左手首に巻いている安物の腕時計を見ながら、雨の家を眺め上げた。  いつ見ても立派な家で、マンションの一室を借りているジュウにとっては何度見ても目新しいものに見えた。  インターフォンを押して、それに出た雨の母親、薫子と一言二言会話を交わすと  家の門扉をくぐり、玄関のドアを開けた。  玄関は靴が散らかって混雑している自分の部屋とは、見比べもできないほど整然と靴が並べられ整理されていた。 (ん………?)  そこでどこか見かけたような赤いハイヒールを見つける。  特に特徴はないのだが、どうも見覚えがあるような気がして首を傾げる。  まあ、どこにでもあるようなハイヒールだ。デパートかどこかで見たのだろう、そう一人結論付けると玄関をあがった。 「お邪魔します」  雨の家に来るのも何度目かになるので、彼女の部屋は覚えている。  そのまま彼女の部屋に向かおうとすると、リビングから雨の母親が姿を現してジュウに声をかけた。 「あらまあ、柔沢さん。よくいらっしゃいました。ふふふっ、雨も喜んでますよ」 「は、はぁ…そりゃどうも…」  いつも感じることだが、この母親にはいつもこちら側のペースを崩されてしまう。  こちらがペースを崩さずにはいられないほど、彼女は穏やかで気品のある女性だった。  見た目も若く、一見したら子どものいる母親とは思えない。  年が若く見えると言う点では自分の母親もそうだったが、  それ以外の全てにおいてあいつとは真逆だなと毎度のこと感じさせられる。  それほどまでに俺は雨がもつような家庭に憧れ欲していたのか、  と一瞬考えたが、それを振り払うようにかぶりを振った。 「すいません、挨拶もなしに…」 「いえいえ、いいんですよ。男の人のお友達なんて柔沢さん以外には滅多に来ませんから」 「はっ、気色悪ぃー……いつから敬語を使うようになったんだ、あ?」 「そりゃ知り合いの親に下手な口は利けない………って、なっ!?」  答えてから気づく。薫子の後ろにはよく見慣れた母親の姿があった。 「て、てめぇっ! 何でこんなところに!?」 「ほぉ、手前の母親にはそんな口を聞くのか? ま…、いいか。  こいつとあたしは同級生なんだよ。久しぶりに同級生の顔を見に来た、それじゃおかしいか?」  にやりと不敵な笑みを浮かべる紅香。確かに薫子も紅香も並んで見たら、  同世代のような雰囲気ではある。一方は絵に描いたような淑女、もう一方は絵にも描かけないような傍若無人。  凸凹さはあまり余ってあるが、それが故の気軽さというのがふたりの間には流れているような気がする。 「………」 「まあ、こいつがあの嬢ちゃんの母親だとは思わなかったけどな」  そんなふたりの雰囲気を読み取ってか否か、雨の母親はジュウを雨の部屋へと促す。 「まあまあ。柔沢……、ジュウさん、早く雨のところに行ってあげてくださいな。  あの子、楽しみにしているのかそわそわと落ち着かないみたいで」 「はぁ……、わかりました」  あの雨がそわそわしているところなんて想像もつかなかったが、  これ以上ふたりと話すこともなかったので、ジュウは紅香を睨みつけるとそのまま雨の部屋へと向かった。 774 名無しさん@ピンキー sage 2007/02/12(月) 15:37:35 ID:PDX1Jd7P 「ふふふ、あのジュウさんが紅香さんの息子さんとは思いませんでした」 「あぁ。まあ、あんなバカ息子だけどな」  リビングに戻ったふたりは、再びソファーに腰掛けた。  無愛想にぽり、と頬を引っ掻いた紅香は薫子が出してくれた紅茶を一口飲み、息を漏らす。 「で、だ。本題に戻ろう。…あいつがまた戻ってきたってのは本当の話か?」 「ええ。その情報については貴女の方が詳しいと思いますけれど」 「ああ。崩月の嬢ちゃんから聞いたんだが、やっぱりか……」  紅香は苦渋の色を表情に表しながら、咥えたタバコにマッチで火をつけ煙を吐き出す。 「円堂さんから聞いたところによると、脱獄したのがこの春。行動を起こしたのが夏に入る前。  ……紅香さん、タバコは身体に悪いですよ」 「ほっとけ。しかしお前さんも罪作りな女だね。昔振った男から情報を聞き出すとはな。  ―――それはさておき、あの餓鬼の目的は?」  ひとしきり笑うと、目を細め視線を灰皿へと落とす。 「おそらくは…やはり貴女でしょう。ただし、手段を選んでないようです。  悪宇商会の殺し屋も使っているようで、今現在分かっているだけでも、彼女が関わった事件で殺害されたのは  10余名、重軽傷者に至っては60人を超えています。彼女にしてはまだおとなしい方ですが」 「……ふん。それでいて誰にも居場所を掴ませてないということか」 「逆恨みというものはこわいですね」  それを笑って話せるお前も十分に怖いよ。  のほほんと笑う薫子に苦笑を漏らし、紅香はタバコの吸殻を灰皿に落とす。 「ですが、一番怖いのは私たちの子どもたちに被害が及ぶことですけれど」 「………」  若干、薫子の声色が堅くなったのを紅香は聞き逃さなかった。だが、彼女はそれについて言及することはなく、  ただ黙って小さく頷いた。渋面のまま紫煙を吐き出し、足を組みなおすとくしゃっと自身の髪を掴む。 「やれやれ…厄介なことになってきたな、こりゃ」 775 名無しさん@ピンキー sage 2007/02/12(月) 15:43:05 ID:PDX1Jd7P 「…なるほど、確かにこれは厄介な脅迫文ですね」 「………」  ジュウの来訪に最初嬉しそうにしていた雨だが、ジュウが例の脅迫文を渡しその内容を吟味し始めると  一変して無表情になってしまった。こういう感情の切り替えはそう簡単に出来るものなのだろうか。  自分にはとてもではないが出来そうにもないな、とジュウはぼんやり思いながら雨の言葉を黙って聴いていた。 「幸せ潰しのときの手紙と違う点はひとつ。明らかな行動意思が見えることです。  これがなければ無視できるところでしたが…」  まるで専門家だな。幸せ潰しのときにも思ったが漠然とした自分の解釈とは違い、そのあやふやな部分を  はっきりさせて理路整然と言葉にしてくれる。ジュウはいつものことながら感心する。 「じゃあ、そっちの『常識破り』っていうのは何だと思う?」 「……残念ながら今の段階ではなんとも。ただ単に自己顕示欲がこうさせているのか、それともそれ以外の  何らかの意図が含まれているのか……申し訳ありません」  頭を垂れて済まなさそうに謝る雨に、苦笑し彼女の頭を撫でてやる。 「気にするな。こうして相談に乗ってくれただけでも役に立った」 「いいえ、ジュウ様のお力になることこそが私の本懐ですから」 「………」 「あの…ジュウ様?」
**『常識を破るモノ』 -作者 1スレ651 -投下スレ 1スレ -レス番 651-653 718-721 748-751 772-775 -備考 電波的な彼女世界でのクロスオーバー的な何か 651 名無しさん@ピンキー sage 2007/01/01(月) 22:03:08 ID:t4d2o9OZ ネタ投下。電波的な彼女世界でのクロスオーバー的な何か。  ジングルベール、ジングルベール……  クリスマスも近づく12月の上旬、柔沢ジュウはひとり商店街を歩いていた。  今日の夕飯の買出しついでに寄ってみただけだったが、  暢気にかかっている陽気なクリスマスソングが耳に入ってくると、もうそんな時期になるかとぼんやりと思った。  と、言ってもジュウにとってはただの風物詩みたいなものであって、クリスマス自体になんら興味を惹かれるものはなかった。  あの母親―――紅香が自分のためにクリスマスプレゼントを与えてくれたことは無かったし、  まだ幼少であった自分に「サンタクロースなんてふざけた不法侵入者はこの世の中にいねぇよ」と断言し、  いとも簡単に希望も夢も打ち砕いてくれた。  それが母親のすることか、と毒づくジュウだが、それはそれでよかったかもしれないと思うところがある。  子どもが想像するサンタクロースの正体は親。サンタクロースに夢を抱く子どもがそれを悟ってしまったときの落胆と絶望は計り知れない。  そういう意味では、紅香は嘘偽りなく真実を語ってくれたのだから、まだマシなのか。誰に話すでもなく、そうひとりごちると、いつも通うスーパーへと足を伸ばした。  誰だっていつかはこの世の中が決して綺麗ではないことを知る。  自分はただそれが早かっただけだ。 652 名無しさん@ピンキー sage 2007/01/01(月) 22:04:54 ID:t4d2o9OZ 「ジュウ様、どうかされましたか?」 「いや、なんでもねぇよ」  翌日の下校途中、いつものように雨と共に帰路についていると、彼女は心配しているのか訊ねてきた。  そんなに不機嫌な顔をしていただろうか。眉間にしわを寄せて首を傾げる。まあ確かに機嫌がいいとは言えなかった。  12月に入ってクリスマスや冬休みが近づいたせいからだろうか、クラスの連中があちこちでその予定について  楽しく浮かれたように喋っていた。まるでそれが自分へのあてつけのように聞こえたのだ。  別に羨ましいわけではないが、孤独である自分を嘲笑されているようで癇に障る。  自分のことながら度量のない男だと実感する。他人は他人、自分は自分と割り切ればいいものを、  この年になってまで何かを期待しているのだろうか。馬鹿馬鹿しい。  だからいつまでも紅香に舐められっぱなしにされているのではないのだろうか。  そのことについてはあまり考えないようにしようと、自分のなかで勝手に結論付けると、ジュウは今度はこちらから話題を振った。 「…お前はクリスマス、何か予定でもあるのか?」 「はい、家族でクリスマスパーティーを開くつもりですが…。  良ければジュウ様もいらっしゃいますか? 私はもちろん、母も喜ぶでしょうし」 「いや、遠慮しておく。折角の家族水入らずを邪魔したくないからな」  ジュウの返事に雨は「そうですか」と残念そうに呟いた。確かにあののんびりとした彼女の母親なら自分を受け入れてくれるかもしれないが、  まず自分のことを嫌っている雨の妹の光がそれを嫌がるだろうし、父親も厳格な人間と聞いている。  同性ならまだしも異性でこんな不良ぶった自分を受け入れてくれるとは思えなかった。  娘にスタンガンをプレゼントするような人間だ、出会うなりぶっ飛ばされかねない。  そして、なによりもそんな幸せな家庭の雰囲気に自分が馴染めるとは思えない。そう思ったジュウだがあまりにも残念そうな雨の表情に気づき溜息をついた。 「…分かったよ。お前には何度か借りがあるからな。折角のクリスマスだし、何かプレゼントを持って少しだけ邪魔させてもらう」 「ジュウ様…っ」  鬱陶しい前髪からはあまり表情を読み取ることは出来ないが、高くなった声のトーンを聴けば彼女が喜んでいるということが分かる。  俺なんかからプレゼントを貰って嬉しいものなのだろうか、それともよほど欲しいものでもあるのだろうか?  円堂円や光がいる場で口にすれば蹴り飛ばされそうなことを思い浮かべながら不可解そうに首を捻った。  …それにしてもこいつが喜ぶようなプレゼントって何だ? 653 名無しさん@ピンキー sage 2007/01/01(月) 22:10:10 ID:t4d2o9OZ 「…そうだ。ラーメンでも食べて帰るか? 今日は俺が奢る」 「はい、喜んで」  偶然差し掛かったラーメン屋が視界に入って、ジュウは雨を誘った。  12月にも入ると、寒さは厳しさを増すばかりであり、普段は暑さや寒さに文句を言わないジュウも流石にこの寒さが身に染みる。  熱いラーメンでも食べれば寒さを和らげることぐらいはできるだろう。  雨のため、というよりは自分のためであったが、奢ることで差し引きゼロだ。  そんなことをぼんやり考えながら、ジュウたちはそのラーメン屋の暖簾を潜った。 「へい、らっしゃい!」  暖簾を潜ると、威勢のいい従業員の声がふたりにかけられた。  『楓味亭』―――それがこの店の名前らしい。そういえばクラスの連中も時々この店の噂をしているな、となんとなくジュウは思い出した。店内は昔ながらの素朴さでどこか懐かしさを感じる。  ふたりでカウンターの席に座ると、ここの従業員がことりと水の入ったコップとおしぼりを二人の手元に置いた。 「…ごゆっくり」 「ありがとう………え?」  不意に顔を上げると、そこには鋭い眼光を眼鏡越しに光らせるエプロン姿の女性。  その顔はジュウも雨もよく見知っていた人間のものだった。 「せ、先生?」 「下校途中の飲食店の立ち寄りは学校の規則で禁止されているはずよ。  まあ、今日は私の店だったから黙って見過ごすけど、次はないからね」  愛想もない従業員はぼそりとそう呟くとメニューをふたりに配って厨房へと戻ってしまった。 「なんで、村上がここにいるんだよ………」  校則違反という以外には悪いことをしていないはずなのに、予期しない遭遇にジュウは憂鬱そうに溜息を漏らした。  村上銀子。情報処理技術の授業を担当しているジュウたちの学校の女教師。  ショートヘアを揺らし、小柄ながらもきびきびとした仕草やきりっとした顔立ちはモデルか女優を思わせる。  鋭利な目つきもその容姿に凛々しさを持たせている。  性格は簡単に生徒に対しても教師に対しても毒舌を吐くことから、少々キツ目だが生徒への愛情は確かなものがある、とジュウは評価している。  口では厳しいことを言っても、授業が理解できない生徒には個別に丁寧に教えているし、きちんと課題をこなしたら褒めもしてくれるからだ。  銀子のことをジュウは嫌いではなかったが、少々苦手であった。大抵の教師は不良である自分のことを敬遠しているのに対し、  銀子の場合は出席日数が足りなくなりそうになると容赦なく職員室に呼び出し、言いたいことをずばずば言いのけてしまう。  だから、ジュウとしてはあまり関わりたくは無い人種ではあったのだが。  少しばかり苦渋に顔をしかめるジュウに雨はきょとんとした様子で見上げた。 「村上先生はここのラーメン屋のご主人の娘さんなんですよ」 「お、おい……、雨、おまえ知ってたのか?」 「申し訳ありません。以前クラスの方がそう噂しているのを聴いていましたので」 「あ、別に謝ることじゃねえ……。それにしても随分賑わっているんだな」  ぐるりと背中を捩って店内を見渡した。テーブル席にも多くの中高生やサラリーマンが  雑談あるいはラーメンを啜っている賑やかさを見て、へぇとジュウは感心したように溜息を漏らした。 「当然でしょ。私の父が経営しているんだから」  注文を取りに来た銀子に声をかけられた。そう断言するということはよほど父親を誇りに思っているのか。  少しだけジュウは銀子が羨ましくなった。おそらくは彼女も雨と同じように幸福な家庭環境に育ったのだろう。  立派な父親がいて、優しい母親がいる。ジュウには想像してもできない家庭だ。  それよりも注文は? そう言わんばかりに軽く睨まれて、ジュウはメニューに目を落とした。 「それじゃ俺はもやしラーメン、大盛りで。おまえは?」 「では私はネギラーメンを」  わかったわ。銀子はそう承諾すると厨房へと戻っていった。 この後、雨が巷で騒がられている誘拐犯に浚われて、彼女を助けるために 雨が抜けた穴を銀子が補う形で、事件を追う……そこからエロにもって行こうと考えたがあまりに長くなりそうなので断念した。 やっぱり、伊南屋氏のSSを見ると創作意欲が沸くのだが……おいらには難しいみたいだよ? orz 718 651 sage 2007/01/23(火) 19:37:18 ID:kxMXrFlA 伊南屋先生に刺激されて>>653の続きを書いてみました。 まあ、ネタってことで。 「美味しかったな」 「ええ。……それではジュウ様、私はこちらになりますので」  ラーメン屋からの帰り道、ふたりは十字路に差し掛かり家の方角のために別れることになった。  気をつけて帰れよと一言雨に声をかけ、ジュウは今夜の夕食の買出しに行くことにした。    しかし、雨と二人きりでどこかに食べに出かけるのは初めてだったかもな、と柄になく思う。  いつだったか、雪姫と三人でカフェに入ったことはあるが、こうしてふたりで何の事件の絡みもなくどこかに食べに行くというのは  改めて意識してみると、今までなかったような気がする。雨も案外喜んでいたみたいだし、またどこかに行くか。  そうとめどもないことを考えながら、ジュウは商店街の街道を歩いていた。  先日と同様、やはりクリスマスも近づいているということで商店街は多くの人で賑わっていた。  主婦はもちろん、子供連れの親子、恋人であろう男女、あるいは友人グループ、サラリーマンの男性などその種類は様々だった。  …そういや、あいつへのプレゼントも考えなきゃな。  まだクリスマスに時間があるとはいえ、時間というのは案外流れるのが早いものだ。  何も考えずにぼやっとしていたら、あっという間にクリスマスを迎えてしまう。 「適当に定員に見繕って貰えば、何か見つかるだろ……」  買う買わないにせよ、あの地味な雨にも似合いそうな装飾品が見つかるかもしれない。  そう考えたジュウは、なんとなく足をアクセサリー屋へと向けることにした。  冷たい空気を身体に浴びながらも、足を進めていくとひとりの少女が目を輝かせてショーウインドウを覗きこんでいる姿が視界に入る。  別に何も珍しいことではないのだが、あまりにも『興味津々』と言わんばかりに覗き込んでいるため、少しジュウには奇妙に思えた。  子どもならいざ知れず、どう見ても彼女はジュウと同世代ぐらいだ。  それぐらいの年頃の女の子ならこういう洒落たショーウインドウには見慣れているだろうに。  ふとその中に視線を向けると、豪華ではないが洗練されたデザインのカーディガンだった。  基本的に他人とは関わりを持ちたくないジュウは一瞥しただけで、その場を立ち去ろうとした。  この間の痴漢騒ぎもあったことだし、妙な誤解を招くと後々厄介なことになり得る可能性だってある。  面倒なことはもうこりごりだ。そう思い視線を少女から外し、目的であるアクセサリー屋へと向かおうとする、が。 「よぉ、嬢ちゃん。今ひとりかい?」 「オレたちとどこか遊びにいかない?」  どこの一昔前のナンパ野郎だ。  ジュウは内心苦笑すると同時に、その声の主をちらりと見た。  いかにも女性とは無縁そうな性質の悪い軟弱そうな不良たちが数人、先ほどの少女を取り囲んでいた。  少女はきょとんとしていて、状況を飲み込めていないのか首を傾げている。 「ふむ、だが私は人を待たせている。  ついつい夢中になっていたが、そろそろ急がないと待ち合わせ時間に間に合わなくなってしまう。  ……すまないが、そこを通してくれないか?」  透き通るような声。だがその声に耳を傾けず、連中はわざと少女の行く手を遮っている。  その表情は卑しく、目的が何なのか他人の気持ちの機微を察することが得意ではない  ジュウにも分かるほどありありと映し出されていた。 719 名無しさん@ピンキー sage 2007/01/23(火) 19:42:40 ID:kxMXrFlA (早速面倒ごとかよ……)  どうしてこうも自分の前には厄介ごとがごろごろと転がっているのか。  もちろん、それらを全て無視して生きれば、自分ももっと楽に生きることができるのだろう。  だが、柔沢ジュウという男はその厄介ごとを無視出来るほど、大人でもなく賢くない人間ではなかった。  辺りを見渡してみると、多くの通行人がその様子に一瞥をくれるも、  その少女を助けようとする人間は誰一人としていなかった。  中には体格のいい男も何人かいたが、係わり合いになるのは面倒なのか素通りばかりしていく。  そしてついに、ジュウは口を開いてしまった。 「おい、お前らそいつが困っているのがわからないのか?」  ああ、やっちまった。自分の不機嫌かつ怒りの篭った声を聞きながら、ジュウは心のなかで己にあきれ返る。  自分は他人とは関わりたくないというのに、雨という少女と出会ってから  自分はどんどん他人の事情に首を突っ込んでいるような気がする。  でも、やってしまったものは仕方が無い。男たちが不機嫌そうな文句をこちらに次から次へとぶつけるが、  それは関係ない。犬がぎゃんぎゃん吠えているのと同じだ。それで威嚇しているつもりなのだろうか。  やけに自分が落ち着いているのが分かる。  今まで自分が首を突っ込んできた事件に比べたらこんなものたいしたものではなかった。  拳を鳴らし、構えを取る。  連中もやっと自分たちが相手にしている人間がどれだけ喧嘩慣れしているのか理解したようだ。  衆人環視のなか、空気が張り詰める。  連中は標的をあの少女から自分へと変更し、周りを取り囲んだ。  それはまるで獲物を駆るような猛獣かのように。 「へっ…、上等だ」  久しぶりの高揚感。雨と出会ってからは忘れかけていたが、やはり自分はこういう人間だということを自覚する。  ジュウと連中の決定的な違いは独りかそうでないかということだ。  どれだけ雨たちと馴れ合ってはいても、柔沢ジュウという人間の本質は孤独であり、  誰かと一緒にいるというのは幻想だったのだ。  どこか、心のなかで寂しさを感じたような気もしたが、それはたぶん気のせいだ。  だって自分はその寂しさと喪失感を味わないように生きようとしているのだから。  そこで気分を切り替える。そんなことを考えても仕方が無い。  今はただ、目の前の厄介ごとを片付けてしまえばいい。  ――――先手必勝。  相手が警戒しているうちに強烈な拳撃を、ジュウの正面にいたひとりの顔面に叩き込む。  男は仰け反り激痛の走る顔面を押さえながら、もんどりうって悶え苦しむ。  それに逆上した他の仲間は一度に襲い掛かってきた。  さすがに複数人を相手には多少のダメージもやむなしか、骨の一本や二本は覚悟しないとなと腹をくくるジュウ。 「ほら、早くかかってこいよ…いくらでも相手になってやるぜ?」 「このクソガキぃぃぃっ!! ……ぶごろぁっ!?」  だが次の瞬間、襲い掛かってきた男のひとりが横っ飛びに蹴り飛ばされる。  誰かと思いジュウはそちらに視線を向けてみた。すると、そこには見知った顔があった。 「……相変わらずみたいだな、柔沢」 「伊吹?」  光雲高校空手部で光の思い人――伊吹秀平がそこには立っていた。  彼もまた部活を終え学校の帰りなのか、制服姿のままで無愛想にこちらを見つめていた。  あれから―――幸せ潰し事件から顔をしばらく会わせていなかったが、相変わらず精悍な顔立ちをしていた。 720 名無しさん@ピンキー sage 2007/01/23(火) 19:46:50 ID:kxMXrFlA  だが、そんな世間話をしている場合じゃないよな、と内心呟くとジュウは辺りを見渡す。  残りの男たちも血気盛んに怒りと敵意を剥き出しにして、今にも殴りかかってきそうな勢いだった。  伊吹と背中合わせに構える。 「いいのかよ? 空手部のエースが一般人を蹴り飛ばして」 「この場合は正当防衛だろう。それに手加減はしている」  そう軽口を叩き合うとお互いに不敵な笑みを浮かべ、二人は動いた。  その動きと拳撃の嵐はまさに疾風迅雷。  襲い掛かる男の拳を上手く受け流しながら、的確に一撃一撃を男たちの身体に打ち込んでいく。  数分とかからず、男たちは全員地面に倒れ伏せてしまった。 「これに懲りたら、女を騙そうとしないことだな。……そうだ、そこのあんた大丈夫か?」  ジュウと伊吹は着衣を整えると、男たちに絡まれていた少女へと振り返る。  彼女はにっこりと天真爛漫な笑顔を浮かべていた。  姿は白シャツにその上から薄い青色のジャケットを羽織っており、下はジーンズとやけに男っぽい格好だったが、  その格好が逆に少女の溌剌さを映えさせているように思えた。 「おぉ、すまない。邪まな気配はあったが、なかなか通してくれなかったのでな。  助かった。礼を言うぞっ」 「………なぁ伊吹」 「なんだ」 「こいつは天然か?」 「………」  ジュウも伊吹も閉口する。外見とは裏腹にどこか時代がかった口調に、ジュウは雪姫のようにこの少女が  何かのアニメやマンガのキャラクターを演じているのか、とも思った。  が、それにしては自然な口調であったしどこか演じるような節も見当たらない。 721 名無しさん@ピンキー sage 2007/01/23(火) 19:47:58 ID:kxMXrFlA 「まあ、気をつけろよ。このご時勢だ。どっかのバカに殺されても文句は言えないぞ」  ジュウは忠告する。  妊婦刺殺事件、女子高生拉致事件、金銭詐欺、銀行強盗…  昨今頻繁に起きている犯罪を例に挙げればきりがないくらいに、この街、いやこの国は犯罪で満ち溢れている。  一見は平和を繕っているこの国だが、蓋を開けてみれば  そこは偽りと憎しみと狂気が掻き混ぜられた毒液で満ちている。  胸糞が悪くなることばかり。やっぱりこの世の中は綺麗なんかじゃない。どろどろとした泥沼が覆い尽くしているばかりだ。  ジュウはそう言葉にしたわけではないが、そう感じた。  この少女はどこか間が抜けていると思う。言い換えれば純粋そうとも言えるのだが。  せめてこの忠告を聞いて、この少女が身を守ることができるのなら  自分のちっぽけな正義感も少しは救われるのではないだろうか。  そこまで考えて、ジュウは馬鹿馬鹿しいと思った。偽善にも程がある。  他人のことに無関心である自分が誰かのことを案じるなんて、間抜けで滑稽だ。 「ああ、ありがとう。やはりわたしは外に出てよかった。  世界はこんなにも醜くて残酷だが、たしかにそこには温もりがあるな」  だが、少女は嬉しそうに微笑む。その微笑はジュウだけが知る雨の笑顔とどこか似ている、と感じた。 「……よければその待ち合わせ場所まで送りますが、どうしますか」  そう問いかけたのは伊吹だった。妙な言い回しに彼も気後れしていたようだが、  やはり彼もこのまま少女をひとりで行かせるのは不安だったのだろう。言葉に優しさを持たせてそう問うた。  やっぱり俺とこいつは違うな、と漠然と思った。伊吹は本気で他人を心配し、それを行動に移す。  自分の感情のために動く俺とは全然反対だと苦笑を浮かべる。女子からの人気が出るのも当たり前か、とも。  けれども、少女は首を横に振った。 「なに、知り合いとの待ち合わせ場所はすぐそこなんだ。気遣い感謝する。  それではそろそろ時間なので、これで失礼するぞ。いろいろと迷惑をかけたな」  ――――純粋無垢。そんな言葉を思わせるような笑顔を浮かべると、  たたっとその少女はその場を駆け去っていった。 748 名無しさん@ピンキー sage 2007/02/04(日) 00:23:11 ID:3z4Bkhvz 流れをぶった切らせて貰って、>>721の続きを投下。 他の職人さんのつなぎぐらいに気楽に読み流してもらえると幸い。  少女を見送った後、ふたりは並んで街中を歩きはじめた。 「そう言えば伊吹。お前、何でこんなところにいるんだ? お前の学校は離れてるだろ」 「………」  伊吹は最初どこかバツの悪そうな表情を浮かべたが、すぐに答えは返って来なかった。  世間話程度に話を持ち出したのだが、嘘をつくなり話題を逸らすなりすればいいのに  真面目に迷うところはこいつらしいな、と思いちらりと伊吹の顔を覗き込んだ。 「……この間の件はすまなかった」 「…あ、光のことか。別に、俺に謝るようなことじゃねえだろ。  俺にだって向こう見ずなところがあったし、お前は光に謝っていただろう? …それでいいじゃねえか」  あまりに沈痛な伊吹の表情にため息をついた。  以前、円は伊吹のことを『良くも悪くも、真面目で潔癖な奴』と評価した。  成る程、謹直なのはいいがそれが故に、些細なことでも拘ってしまうということか。  その性格で光を傷つけたのは確かだが、悪いのはそれを仕掛けた幸福クラブの人間たちで、  更に言えばそんな誤解を招くようなところを見られてしまった自分自身にも落ち度はある。  今更伊吹だけを責めるというつもりは全くなかった。  その意を伝えると、若干伊吹は表情を緩めて苦笑いした。 「……そうか。堕花さんにも同じようなことを言われた。  『先輩に誤解させるようなことをしてしまってすみません、あの不良バカは気にしなくていいですから』……とな」  あのときの会話の内容は知らないが、成る程あいつならそう答えるかとジュウは口元を緩めた。  これで、元の鞘に収まったわけだ。これから二人がどうするかはジュウの関知するところではない。  あとは光自身がどう行動するか、ただそれのみだ。 「それで、今日は彼女に謝罪の意味も含めて、クリスマスプレゼントを選びに来たんだ」 「………お前もか。俺は……いつも世話になってる奴に贈ろうと思って。  お前も知っているだろ? あの時に雪…斬島と一緒にいた光の姉ちゃん。前髪の鬱陶しい…」  ジュウが伊吹に再び説得しに行ったとき、散々サンドバックにされた場面を雨にも見られている。それは自分から彼女たちへ頼んだことだったが、いざ思い出してみるとどうも情けなさが先行してしまう。 「ああ、彼女か。……上手く行くといいな?」 「おい…? お前、何か勘違いしてないか?」  やけに爽やかに笑う伊吹を見て、ジュウは不機嫌そうに眉をしかめた。  時折、自分たちの学校でもジュウと雨はカップルだの何だの謂れのないうわさをされることがあるが、  ジュウはそういった噂話が大嫌いだった。 「……? だとしたら、おまえたちは一体どう言った関係なんだ?」  だが不思議に思った伊吹がそう尋ねると、ジュウは言葉に詰まった。 749 名無しさん@ピンキー sage 2007/02/04(日) 00:25:48 ID:3z4Bkhvz  確かに恋人ではない。けれども、それ以外の友人や仲間と言った言葉にも当てはまらないだろうと感じた。  今まで敢えて意識することは避けていたが、改めて関係を尋ねられると一言で言うのは難しい。  雨に言わせれば主従関係と言うことになるのだろうが、ジュウとしてはどうにも釈然としない。  前世云々は今でも彼女の妄想だと信じているし、  事実であったとしてもそのような記憶がない限りはどうしても信じようがなかった。  とすれば、一体自分と雨の関係はどういったものなのだろうか。  雪姫のような友人感覚でもなければ、円のように見知りあい程度というわけでもない。 「……ただの知り合いだ」  捻り出した答えがこれだった。我ながら情けないとも思いつつ、無難な答えを答えるしかほかないだろう。 「…そうか」  ジュウの曇った表情から心情を察したのか、伊吹はそれ以上追求することはなく小さくひとつ頷いた。 「……ただ、気をつけたほうがいい。  最近は物騒な事件が多発している。いつ…おまえやあの人が事件に巻き込まれるか分からない。  これは飽くまで俺の予測だが、その時、あの人を守れるのはきっとおまえだけだ」 「………」  既にいくつかの事件に巻き込まれている、とは言えなかった。  それに、これから先、あいつが俺に守られることなんてあるのだろうか、とも。  むしろ助けられてきたのはジュウ自身であり、彼はいつもその度に自分自身の無力さに嘆いてきた。  ただ、その時あいつを守れなかったら俺は本当のろくでなしになるな、と何となく心の中でその思いがよぎった。 750 名無しさん@ピンキー sage 2007/02/04(日) 00:29:43 ID:3z4Bkhvz  結局ふたりはそこで別れ、ジュウはアクセサリーショップに寄ってみたが  いいものが見つからず、結局手ぶらで帰ってきてしまった。  まあ、まだクリスマスまでには時間がある。じっくり考えて選べばいいだろう。  ジュウはぼんやりそう思いながらアパートの郵便受けを開けた。あるのは何通かのダイレクトメールや広告のみ。  …と思いきや一通の茶封筒がそのなかに紛れていた。  基本的に外の世界にはあまりつながりを持たないジュウにとっては  珍しいことだったが、もしかしたら紅香宛てのものかもしれない。  彼は不思議そうに首を傾げながら、自分の部屋の中に上がってからその封を調べてみた。  一見すると『柔沢ジュウへ』としか書かれておらず、差出人も明記されていなかった。  封を切ると、その中には一枚のA4程度の大きさの手紙が入っていた。 「雪姫からか?」  雨は毎日学校で会うし、円は間違っても必要なこと以外は自ずからジュウと連絡を取ろうとはしないだろう。  とすれば、思い当たるのは雪姫ぐらいなものだが、  その雪姫もジュウの自宅の電話番号も知っているはずだし、雨からメールアドレスも聞いているはずだ。  不思議に思いながらも、その手紙を開き読み始める。 「ええと、何だ……?」  しかし、その中に書かれていたのは、次のようにワープロ打ちで一文かかれていただけだった。 『聖なる夜、あなたの一番大切なものを奪います    ―――『常識破り』より』 「……は?」  一瞬ぽかんとする。そしてもう一度茶封筒の宛先を確認する。何度見ても自分宛だ。  聖なる夜…つまりはクリスマスか、またはイブか。………それにしても、大切なものを奪う? 「…俺の一番大切なもの?」  今日は何でこうも難しいことを何度も考えさせられるのだろうか。憂鬱げなため息をついてかぶりを振った。  妥当に考えれば母親の紅香ということになるのだろう。  悔しいことだが、どう天地が引っくり返っても自分の母親はあの女以外には有り得ないわけで、  唯一無二の存在なのは事実だ。  どれだけ一般的な母子のあり方として違っていても、心の奥底では彼女を認めるしかなかった。 751 名無しさん@ピンキー sage 2007/02/04(日) 00:34:31 ID:3z4Bkhvz  ……とはいえ、あの女は他の誰かにやれるような殊勝な女だっただろうか。  ジュウのなかで知る『最強』は母親の紅香であって、加来羅清よりも、円堂円よりも、伊吹秀平よりも、  強烈で過激で獰猛で、そして何より最初から最後まで自分を貫く――、柔沢紅香とはそういう人間だ。  彼女を負けさせる人間がいるとすれば、そいつは世界で一番の異常者だ。  柔沢紅香という人間はありとあらゆる『常識』を超越した傍若無人。  『常識』に捕らわれる限りはあいつを叩きのめすことなんてありえるわけがない。  それにしても、どうしてこのような脅迫文が送られて来たのだろうか?  ふと以前に遭った幸福潰しが頭の中をよぎったが、首謀者である綾瀬一子は自首、  そのメンバーも『暗木』の不在によりバラバラになった。  白石香里のようにそのうちの一人が綾瀬一子の『真理』とやらの考えを引き継いでいたとしても、  この一文はそれとは何かが違うものが感じられる。  以前、雨の家で見せてもらった脅迫文やいやがらせの手紙にしては前回の幸福潰しと同様、  憎しみや怨嗟のようなものは感じられない。だが、何故だろうか。  この手紙からは確実に実行するという強い意志と、まるで自分には不可能はないと言わんばかりの余裕が見える。  そう、どこかプロ意識を露骨に見せる人間のような、何かが。  ―――何にしても、嫌がらせ、で処分できそうにはない。 「明日、雨にでも相談してみるか…」  ジュウは手紙を茶封筒に入れなおすと夕飯の準備に取り掛かった。 ……と、こんな感じで。 長々しく、キャラの口調がおかしかったりとへんてこなところは多いですが、 暇つぶし程度に読んでくださるとコレ幸い。 以下続く。かも。 772 名無しさん@ピンキー sage 2007/02/12(月) 15:30:35 ID:PDX1Jd7P 埋めついでに>>751の続きをば。  翌日。土曜日で学校が休みだったために、ジュウは直接雨の家を訪れることにした。  メールで確認すると雨本人は当たり前のように承諾、  ジュウを嫌っている光も今日は部活のために家を出ているとのことだった。  早速ジュウは部屋を出ると、雨の家と赴くことにした。  12月ともなると、どれだけ空がからりと晴れていても空気の寒さは変わることがなかった。  まるで太陽とこの地上が見えない壁で遮られているかのように。  そんな寒空のなか雨の家へと向かっていると、その途中雪姫と出会った。 「やっほーっ、柔沢くん! 元気にしてるかーい?」 「ああ、まあな」  よくいつも変わらずこんなハイテンションでいられるな、と思いながら軽く手を挙げて挨拶を返す。 「柔沢くんが外を出歩くなんて珍しいねぇ? なになに、もしかして雨とデートだったりしてっ!?」 「んなもんじゃねーよ。雨に聞きたいことがあって、アイツん家に行くだけだ」 「ふむふむ、成る程……。わたしにもまだチャンスがあるってことかー…」 「はあ?」  時々ジュウは彼女の言葉が理解できないことがある。  ふざけたことばかりを言うこともあれば、物事の本質を見抜いているかのような素振りも見せる。  それだけ彼女は色んな場数を踏んできているのか、それとも過去に何かあったのか。  雨によれば、中学時代に何か騒ぎを起こしたとのことだが…今更詮索しても仕方のないことだ。  何があったにしろ、それを知ったからと言って今の彼女が変わるわけがない。 「そうだ。どうせだからお前も来るか?」 「うーん、残念だけどこれから円と一緒に秋葉原に行く約束があるんだよね~…あ、そうか」  雪姫は何かに気づくと唇を歪めて、にやつく。 「何だよ」 「だからかぁ…愛しのご主人様との逢瀬があったから、雨、あたしたちの誘いを断ったんだなぁ~」  どうやら雨にも一緒に遊びにいこうという誘いがあったらしい。 「……アホか。だからそういうんじゃねえって」  素直に話した方がいいのだろうか。あの脅迫文に書かれていた『大切なもの』とは、  こいつもそのなかに含まれているのかもしれない。  であれば、誤解も解けるだろうから少なくとも変な勘違いをされずに済むのだが。  だが、ジュウは話すことを躊躇った。無用な心配をかけても仕方がない。  もし、何かあればその時連絡を取ればいいだけのことだ。 「それはどうでもいいとして、最近あちこち物騒だからお前も気をつけろ」 「わぁ、柔沢くん、あたしのこと心配してくれるんだ」 「真面目に聞け。昨日も俺と同じぐらいの女がバカどもに絡まれてた。  ……まあ、お前に限って心配はいらねぇだろうけどな」 「ふふっ、ありがと。柔沢くん」  真面目に聞いているのか聞いていないのか、にこにこと雪姫は笑顔を浮かべるだけだった。  そんな様子を見て、呆れ気味にジュウはため息をつき、頭を振る。 「兎に角、気をつけろよ」 「はいはい」  それだけ会話を交わすと、二人はそこで別れ、ジュウは雨の家へと急いだ。 773 名無しさん@ピンキー sage 2007/02/12(月) 15:34:47 ID:PDX1Jd7P  約束の時間には間に合ったか。  左手首に巻いている安物の腕時計を見ながら、雨の家を眺め上げた。  いつ見ても立派な家で、マンションの一室を借りているジュウにとっては何度見ても目新しいものに見えた。  インターフォンを押して、それに出た雨の母親、薫子と一言二言会話を交わすと  家の門扉をくぐり、玄関のドアを開けた。  玄関は靴が散らかって混雑している自分の部屋とは、見比べもできないほど整然と靴が並べられ整理されていた。 (ん………?)  そこでどこか見かけたような赤いハイヒールを見つける。  特に特徴はないのだが、どうも見覚えがあるような気がして首を傾げる。  まあ、どこにでもあるようなハイヒールだ。デパートかどこかで見たのだろう、そう一人結論付けると玄関をあがった。 「お邪魔します」  雨の家に来るのも何度目かになるので、彼女の部屋は覚えている。  そのまま彼女の部屋に向かおうとすると、リビングから雨の母親が姿を現してジュウに声をかけた。 「あらまあ、柔沢さん。よくいらっしゃいました。ふふふっ、雨も喜んでますよ」 「は、はぁ…そりゃどうも…」  いつも感じることだが、この母親にはいつもこちら側のペースを崩されてしまう。  こちらがペースを崩さずにはいられないほど、彼女は穏やかで気品のある女性だった。  見た目も若く、一見したら子どものいる母親とは思えない。  年が若く見えると言う点では自分の母親もそうだったが、  それ以外の全てにおいてあいつとは真逆だなと毎度のこと感じさせられる。  それほどまでに俺は雨がもつような家庭に憧れ欲していたのか、  と一瞬考えたが、それを振り払うようにかぶりを振った。 「すいません、挨拶もなしに…」 「いえいえ、いいんですよ。男の人のお友達なんて柔沢さん以外には滅多に来ませんから」 「はっ、気色悪ぃー……いつから敬語を使うようになったんだ、あ?」 「そりゃ知り合いの親に下手な口は利けない………って、なっ!?」  答えてから気づく。薫子の後ろにはよく見慣れた母親の姿があった。 「て、てめぇっ! 何でこんなところに!?」 「ほぉ、手前の母親にはそんな口を聞くのか? ま…、いいか。  こいつとあたしは同級生なんだよ。久しぶりに同級生の顔を見に来た、それじゃおかしいか?」  にやりと不敵な笑みを浮かべる紅香。確かに薫子も紅香も並んで見たら、  同世代のような雰囲気ではある。一方は絵に描いたような淑女、もう一方は絵にも描かけないような傍若無人。  凸凹さはあまり余ってあるが、それが故の気軽さというのがふたりの間には流れているような気がする。 「………」 「まあ、こいつがあの嬢ちゃんの母親だとは思わなかったけどな」  そんなふたりの雰囲気を読み取ってか否か、雨の母親はジュウを雨の部屋へと促す。 「まあまあ。柔沢……、ジュウさん、早く雨のところに行ってあげてくださいな。  あの子、楽しみにしているのかそわそわと落ち着かないみたいで」 「はぁ……、わかりました」  あの雨がそわそわしているところなんて想像もつかなかったが、  これ以上ふたりと話すこともなかったので、ジュウは紅香を睨みつけるとそのまま雨の部屋へと向かった。 774 名無しさん@ピンキー sage 2007/02/12(月) 15:37:35 ID:PDX1Jd7P 「ふふふ、あのジュウさんが紅香さんの息子さんとは思いませんでした」 「あぁ。まあ、あんなバカ息子だけどな」  リビングに戻ったふたりは、再びソファーに腰掛けた。  無愛想にぽり、と頬を引っ掻いた紅香は薫子が出してくれた紅茶を一口飲み、息を漏らす。 「で、だ。本題に戻ろう。…あいつがまた戻ってきたってのは本当の話か?」 「ええ。その情報については貴女の方が詳しいと思いますけれど」 「ああ。崩月の嬢ちゃんから聞いたんだが、やっぱりか……」  紅香は苦渋の色を表情に表しながら、咥えたタバコにマッチで火をつけ煙を吐き出す。 「円堂さんから聞いたところによると、脱獄したのがこの春。行動を起こしたのが夏に入る前。  ……紅香さん、タバコは身体に悪いですよ」 「ほっとけ。しかしお前さんも罪作りな女だね。昔振った男から情報を聞き出すとはな。  ―――それはさておき、あの餓鬼の目的は?」  ひとしきり笑うと、目を細め視線を灰皿へと落とす。 「おそらくは…やはり貴女でしょう。ただし、手段を選んでないようです。  悪宇商会の殺し屋も使っているようで、今現在分かっているだけでも、彼女が関わった事件で殺害されたのは  10余名、重軽傷者に至っては60人を超えています。彼女にしてはまだおとなしい方ですが」 「……ふん。それでいて誰にも居場所を掴ませてないということか」 「逆恨みというものはこわいですね」  それを笑って話せるお前も十分に怖いよ。  のほほんと笑う薫子に苦笑を漏らし、紅香はタバコの吸殻を灰皿に落とす。 「ですが、一番怖いのは私たちの子どもたちに被害が及ぶことですけれど」 「………」  若干、薫子の声色が堅くなったのを紅香は聞き逃さなかった。だが、彼女はそれについて言及することはなく、  ただ黙って小さく頷いた。渋面のまま紫煙を吐き出し、足を組みなおすとくしゃっと自身の髪を掴む。 「やれやれ…厄介なことになってきたな、こりゃ」 775 名無しさん@ピンキー sage 2007/02/12(月) 15:43:05 ID:PDX1Jd7P 「…なるほど、確かにこれは厄介な脅迫文ですね」 「………」  ジュウの来訪に最初嬉しそうにしていた雨だが、ジュウが例の脅迫文を渡しその内容を吟味し始めると  一変して無表情になってしまった。こういう感情の切り替えはそう簡単に出来るものなのだろうか。  自分にはとてもではないが出来そうにもないな、とジュウはぼんやり思いながら雨の言葉を黙って聴いていた。 「幸せ潰しのときの手紙と違う点はひとつ。明らかな行動意思が見えることです。  これがなければ無視できるところでしたが…」  まるで専門家だな。幸せ潰しのときにも思ったが漠然とした自分の解釈とは違い、そのあやふやな部分を  はっきりさせて理路整然と言葉にしてくれる。ジュウはいつものことながら感心する。 「じゃあ、そっちの『常識破り』っていうのは何だと思う?」 「……残念ながら今の段階ではなんとも。ただ単に自己顕示欲がこうさせているのか、それともそれ以外の  何らかの意図が含まれているのか……申し訳ありません」  頭を垂れて済まなさそうに謝る雨に、苦笑し彼女の頭を撫でてやる。 「気にするな。こうして相談に乗ってくれただけでも役に立った」 「いいえ、ジュウ様のお力になることこそが私の本懐ですから」 「………」 「あの…ジュウ様?」

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