『紅・外伝~銀(しろがね)~』

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**『紅・外伝~銀(しろがね)~』 -作者 伊南屋 -投下スレ 1スレ -レス番 355-360 -備考 紅 355 伊南屋 sage 2006/10/08(日) 19:52:59 ID:A4j4qjb8  何時からだったろうか。  幼なじみの少年に恋したのは。  崩月流を学び、逞しく成長してから?  かつて誘拐されかけた私を庇ってくれた時から?  幼い、幸せな時を共に過ごしていた時から?  いや――きっと、俯き私の目の前に現れた時。その手を無理矢理引いた時から好きだったのだ。  そして、今でも。  彼は知らない――。  私の想いを。  ならば知らせればいいのだ。  彼にぶつけてやろう。  私の想いを。  たった一つの変わらぬ想い。  ――貴方が好きです。  その、たった一言を。 『紅・外伝~銀(しろがね)~』  紅真九郎は、いつもより早く目を覚ました。   隣を見れば、九鳳院紫がすやすやと穏やかな寝息をたてている。  昔の自分からは信じられない。しかし今では日常となった朝。  真九郎が早く目覚めたのには理由がある。  誘われたのだ。デートに。  よりにもよって、村上銀子に。  よりにもよってと言うのは、嫌だからではない。意外なのだ。あまりにも。  これが単に、一緒に出掛けよう。と誘われたのなら。外面的にはデート。当事者にとっては友人同士のお出掛け。で済む。  終わりに近付いてから銀子に。 「これってデートよね」  と、からかわれ、真九郎があたふたするということはあった。  こういったようなデートなら幾度かあった。  しかし今回は、最初から。 「デートに行きましょう」  と、誘われたのだ。一緒に出掛けた結果、デートなのではなく。最初からデートとして出掛ける。  この差は余りにも大きい。  色恋沙汰に免疫の無い真九郎が緊張したのは当然の帰結と言える。  今にして思えば、銀子は自分にとって、かなり比重の大きい存在である。  しかし、それが愛情、特に恋愛感情なのかは――正直計りかねる。  もしかしたら家族愛に近いのかもしれない。もしくは親友に寄せる信頼、友情。  自分でも分からなかった。  分からないままに、今日を迎えた。  ならば今日確かめるしかない。  銀子の真意は分からない。何故デートなのか。  銀子は自分に好意を寄せているのか。  もとより他人の感情を察知するのは得意ではない。  だから、それらも含め確かめようと思う。  そう覚悟して、真九郎は二人分の朝食を作り始めた。 356 伊南屋 sage 2006/10/08(日) 20:17:12 ID:A4j4qjb8  紫を自宅へと送り届け、待ち合わせ場所へ向かう。  紫には今日の事を話していなかったはずだが「浮気はするなよ」と釘を刺された。  下に恐るべきは女の勘か。  もっともその事は大して気にしていない。紫は結局、妹のような存在だし。いずれ自分以外も見るだろう。  そうなったら寂しいかもな、と思いつつ。結局は子供の戯言と思うことにした。  街の中央付近に位置する自然公園。そこにある噴水前が待ち合わせの場所だった。  余裕を見て出掛けた真九郎は待ち合わせ時間の十数分前に着いた。  しかし、銀子は既に待っていた。  ただ、以外な姿で。 「え?」  そう漏らしてしまった。というより最初、それが誰か気付けなかった。  待ち合わせしていた噴水の前には、着飾った銀子が佇んでいた。  私服の銀子は見慣れているが、それは所謂普段着という奴で、地味なものばかりだった。  しかし今は違う。  なんと言うか。  あの銀子が女の子している。  真九郎の頭ではそれくらいしか形容出来なかった。  おとなしめのデザインの薄手のワンピースにミュール、と言うのだったか。それを履いている。  首元には派手になりすぎない感じでネックレスがかけられている。  こんな銀子は初めて見た。 「あ……」  銀子がこちらに気付く。 「おはよう。……どうしたの真九郎?」  挨拶を返す事すら出来なかった。  なんとなく声をかけるのが躊躇われたから。 「な、何か変? 私の格好」  そんな風に少し照れた様子も見たことがない。まるで知らない誰かの様にすら感じられる。 「あ……いや、変……じゃない。すごい似合ってる。その……どっかのお嬢様かと思った」  その言葉は偽りではない。  事実、今の銀子は深窓の令嬢といった言葉がよく似合った。  本物の令嬢の紫より、今の銀子の方が余程それらしい。 「そっか……良かった」  銀子がそう言って微笑む。そんな笑顔も久しく見ていなかった事に気付く。  思わずドギマギしてしまう真九郎の手を取って、銀子はその手を引く。 「さ、行きましょう」  手を引かれるままに歩きだした真九郎は。まるで初めて会ったときみたいだ。  そう思った。 357 伊南屋 sage 2006/10/08(日) 20:58:24 ID:A4j4qjb8 「そう言えば、どこ行くんだ?」  歩き出して数分。迷いなく歩む銀子に真九郎は尋ねてみた。  手は握られたまま。先を歩くのが銀子なのもそのまま。 「一応スタンダードに映画」 「なに観るんだ?」 「……ラブストーリー」  微かに頬を朱に染めた銀子の様子が新鮮で、真九郎の鼓動が跳ねる。 「そうか……」  まさか、自分がデートにラブストーリーの映画を観るなんてベタな事をやろうとは。それも銀子と一緒に。  そんな事を考えている間に、なんとなく言葉を交わさないまま映画館に着いてしまった。  チケットを買い入場。二人並んで席に腰を降ろす。  始まるまでの間を保たせようと真九郎が切り出した。 「どんな映画なんだ?」 「とある男女が出会うの、雨の中ね。だけどそれは一方的なもので女の方は気付いていないの。  それから数年経ってから二人は改めて出会う、仕事の同僚として。最初はぎこちないけど二人は互いと過ごす時間に居心地の良さを感じ始める。  それから互いの距離は縮んでいき、やがて二人は付き合い始める。  だけど実は女の方は前の恋人を忘れられないでいて、あるきっかけから前の恋人によりを戻そうと言われるの。 それから二人の関係にズレが生じ始め……」 「ストップ」  思わず真九郎は銀子の言葉を遮る。 「お前まさか、ラストまで知ってるのか?」 「え……うん」  銀子がこくん、と肯く。 「それ、調べたのか?」  やはり首肯。 「お前……それじゃ話分かっちゃって映画詰まんないだろ」 「あ……」 「気付かなかったのか?」 「だって、真九郎が退屈しないようにって」 「それでお前が楽しめなかったら意味ないだろ……何やってんだよ、らしくない」  銀子が顔を真っ赤にして俯いてしまう。  その、やはり新鮮な反応に胸を高鳴らせつつ。言い過ぎたか、と思う。 「あ~……その、なんだ? お前が俺に楽しんで貰いたかったのは嬉しいからさ」  そう言い切ると同時、薄い照明だけが点いていた場内が、暗闇に落とされる。 「ほら、始まる。……ちゃんと楽しんで観よう。な?」  黙ったまま銀子が頷き、視線をスクリーンに向ける。  やがて、後方から光が投射され、白いスクリーンに色を与える。  真九郎は銀子に向けていた視線を、ようやくその時になって、遅ればせながらスクリーンへと向けたのだった。 358 伊南屋 sage 2006/10/08(日) 21:28:49 ID:A4j4qjb8 「映像がつくだけであそこまで違うものだとは思わなかった」  映画館から出た二人は、昼食を摂るために入ったファミレスで先程観た映画の感想を交わしていた。 「確かにな、そんな映画詳しい訳じゃないけど、なんて言うか映像美ってものを感じた」  結局の所、銀子も映画は楽しめた。映像だから表現できる部分は、やはりネットの文章を介する説明、批評では実感出来ない。  その部分が良くできていた作品だったために、銀子も十分満足出来たのだ。  その内感想の交換は。 「最後に主人公と出会う女性のシーンは蛇足」  だとか。 「一部の登場人物が濃すぎて主人公カップルが飲まれてるシーンがある」  といった批評に発展した。 「――でさ、序盤で消えた人がラストでまた戻ったきて余韻がぶち壊しみたいな……」 「……ふふっ」 「え?」  唐突に笑いだした銀子に、真九郎は戸惑ってしまう。 「俺なんか的外れな事でも言ったか?」 「ううん……ただ、単純に楽しいなって。裏の世界で生きてる私達が、こんな普通なことして楽しんでるのが嬉しくて」  クラスメイトは絶対に知らない銀子の柔らかな表情。真九郎ですら、ここの所お目にかかった事のない。普通の女の子としての笑顔に、また胸が高まる。  今日は銀子にドキドキさせられっぱなしだ。と真九郎は思う。 「ねえ、真九郎。出よう。色々見て回りたい」  そう言って、伝票を持ち銀子が立ち上がる。  つられるように真九郎も立ち上がり会計を済ませる。  それから二人は街の中を歩き回った。雑貨店に入ったり、露店を冷やかしたり、屋台で軽食を買ったり。  それは、真九郎にとって、もっとも縁遠いと思っていた。“普通”の高校生の姿。  幸せというものの、最も分かりやすい形だった。  やがて、日が傾き。どちらからともなく、歩みは家路に向かう。  その途中、銀子が立ち止まった。 「真九郎。もう一度、公園に行きたい」  待ち合わせの公園。今日の始まりの場所を、今日最後の場所にしたいと。銀子が言った。 「分かった。行こう」  ある意味、助かった。  真九郎はそう思った。  銀子に話たい事が出来たのだ。ただ、いつ切り出すか、ずっと迷っていた。  公園に着いた時がチャンスだ。  ――真九郎は知らなかったが。それは銀子も同じだった。  今日話すべき事を、公園に着いたら話そう。  二人は互いの想いを胸に、公園への道を歩んだ。 359 伊南屋 sage 2006/10/08(日) 21:54:42 ID:A4j4qjb8  空は濃紫に覆われ、夜の近付きを予感させる。  公園の中は薄暗く、街頭が頼りなく並木道と、そこに並ぶベンチを照らしている。  そのベンチの一つに、銀子と真九郎は並んで座っていた。  そこにあるのは沈黙。切り出すべき言葉を探す迷いと、切り出すべきタイミングを計る躊躇い。 「「あの……」」  重なった言葉は気まずさを生み、再びの沈黙を運ぼうとした。  しかし、意を決した銀子がそれを赦さなかった。 「話があるの……」 「……どうぞ」 「真九郎にとって大切な人って誰?」 「……色々居るよ。紫。崩月のみんな。五月雨荘の人達。紅香さん。それに勿論、銀子も」 「じゃあ」  銀子が真っ直ぐに真九郎を見据える。 「その中で一番は?」  言葉に、詰まる。 「なあ、銀子……」 「答えて」  強い、言葉だった。  此処に来て、今更迷う事など出来ないのだと悟る。  弱い人間だと思う。紅真九郎は弱い人間だ。覚悟したはずなのに、今、迷おうとした。誤魔化そうとした。  だけど、それは許されない。いや、許されなかった。 「俺は、きっと銀子が一番大切だよ。いや、きっとじゃない。確かに村上銀子が大切だ。比べるものではないと思う。それでも、素直な紅真九郎の意志として、銀子が大切だよ」  ――言えた。なんの誤魔化しもない自分の想いを。 「……銀子は?」  自分の想いは伝えた。では、銀子は? 「……」  銀子は黙ったままだ。それでも真っ直ぐ瞳は真九郎に向けられている。  やがて、銀子の口が開かれる。 「私……も」  一度漏れた言葉は溢れ出す。 「私は、ずっと前から……きっと最初から真九郎が好きだった。  でもそれを言葉にする事はおろか、自分で認めることすら怖かった。  なんでかは分からないけど。怖かった。  だけど、頑張ってる真九郎を見て、逃げちゃ駄目だって思ったの。自分のことを認める事から始めなきゃって。  それで、言おうって思った。好きだよって。それで、どうすれば良いか分からなかったから、調べたの。  私は調べる事しかできないから……それで、調べた結果、今日の事を考えた」  それでか。なる程、映画の事を調べすぎたのも。あまりにも当たり障り無いデートコースも、それなら納得がいく。  それに気付いた瞬間、不意に思ってしまった。 「銀子……お前、可愛いな」 「なっ……バカ! 何を言ってっ……」  ようやく、いつもの銀子になった。 360 伊南屋 sage 2006/10/08(日) 22:11:41 ID:A4j4qjb8  それでも一度感じた愛しさは薄れなかった。  今こうして不機嫌そうにそっぽを向く銀子も、今日見た、普通の女の子の銀子もやはり同じ銀子。  だから、やはり愛しい。 「真九郎、覚悟は出来てる?」  不意に銀子が言った。 「覚悟?」 「そう、私と付き合うのよ? 生半可な覚悟じゃ無理よ?」  ――なる程、確かにお互い裏社会に生きる者。特に自分は揉め事処理屋。命のやり取りだってある。  だが、だからこそ矢面に立つことで銀子を守れる。 「ああ……守るよ。銀子を」 「何言ってんの? あんたが守るべきは私よりも家の看板よ?」 「は?」 「ちゃんと美味しいラーメン作れるようになってね? ――二人で足洗って平和に生きるんだから」 「……は、ははっ」  そうか、そんな生き方も在ったか。  なる程、生半可な覚悟じゃ無理だ。  だってよく言うじゃないか。 「普通が一番難しい」  って。  ああ――でも、悪くない。悪くないな。そんな生き方も。 「分かったよ、銀子。日本一旨いラーメンを作ってやる」 「バカ」  そう言うけれど。銀子は笑っている。  それを見ると、やっぱり愛しいと思う。想いが、止まらない。  手を、握る。  引き寄せる。  唇が近づく。 「…やらしい」  銀子が呟く。 「……嫌か?」 「嫌じゃない」  唇が触れた。  気が付けば、夜が来ていて、頭上には銀色の月が昇り、二人を照らしていた。

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