4スレ 845

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845 :しがない物書き:2011/04/16(土) 19:32:43.69 ID:rrCldC6b ―警告― ・この小説は、非エロ小説です。 ・この小説に出てくる人物の性格などは、漫画版の紅をベースとします。 ・この小説には、オリジナルキャラが出演します。 ・オリジナルキャラたちが干渉したことにより、本来の紅とは違った展開を見せることもあります。 ・人物の性格などは物書きの主観で決定します。読む人によっては、  「こんなの真九郎じゃねえ」と思われるかもしれません。 このssは、オリキャラが「もう一人の主人公」的な立場で描かれますので、真九郎が登場しないことがしばしばあります。 なお、物書きの文章力は「皆無」です。 上の警告を読んだうえで、「それでも良い」という方のみ、この小説をご覧ください。 その日は、オレにとって、少しだけ特別な日だった。 オレは目の前の高層ビルを見上げ、そこが今日の自分の目的地であることを確認。 ポケットから携帯を取り出し、届いていたメールを見て最終チェック。 ---------------------------- 件名:情報 配達先 九鳳院 蓮丈 現在地 ホテル オベロン ヘリポート または 同ホテル 35階 期限 20090317 23:30 報酬 1,200,000 注意 最優先配達物 ワレモノ 〈業務〉終了後は、速やかにこのメールを削除すること。 ---------------------------- ふと、12時間ほど前の会話を思い出す。 「…って訳だから。これ、頼むよ」 目の前に座る相棒の顔を、オレは呆れ顔で見つめる。 「…期限今日じゃねえか。もっと早く言ってくれよ」 「僕だってついさっき連絡されたんだよ。で、どうするの?」 「≪九鳳院≫のボスへのブツにしてはずいぶん報酬安いな。もうちょっと取れなかったのか?」 そう言うと、今度は相棒に呆れ顔で見られた。 「交渉するのは僕の仕事じゃないし、大体君今そんなこと言える立場か?ここ1か月、まともに仕事してないだろ?」 「仕方ねえだろ、いろいろ忙しかったんだから。」 「…で、どうすんだよ?報酬7ケタはひさしぶりだろ?このへんで君の銀行口座のお金、増やしといてもいいんじゃない?」 「…わかった。引き受ける。妨害が入ったら…」 相棒は、にこやかに言った。 「『いつも通り』で」 「りょ~かい、っと」 相棒に話を振られた時から、なんとなく嫌な予感はしていたんだが。 「…やばくね?」 つい先ほど、今まさに向かおうとしていた最上階近辺で、結構な規模の爆発を確認。 なんか人みたいなのが吹っ飛んでいくのが見えた気がする。 急いだほうがよさそうだな。万が一死なれたら、せっかくの割のいい仕事が台無しだ。 オレは、オベロンの内部へと足を踏み入れた。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 無論、彼は同じころ、九鳳院の令嬢が実の兄にレイプされかけていたことなど知らなかったし、 一人の揉め事処理屋がその娘を救おうとオベロンに乗り込んでいたことも知らなかった。 豪華な、しかし破壊された部屋に、男の声が響く。 そして。 「紫!」 男――九鳳院蓮丈は。 「おまえを、奥の院から出す。以上だ」 自分の娘に、自由を与えた。 ―――――――――――――――――――――――― 上昇するエレベーターの中で、考える。 ――娘を救うためとはいえ、自分は≪九鳳院≫のルールを破った。 何の不安も、危険もなく生き、死ねるはずだった自分の娘を、魑魅魍魎が渦巻く外界へ放り出した。  自分は、正しかったのだろうか? そこまで考えて、蓮丈は、自分の愚かさに気付いた。 ――そうだ。外の世界に出たことが正しかったのか間違っていたのかを決めるのは、あの子自身。 自分は、遠くから見守ってやるしかないのだ。紫が、歩んでいく姿を。 そう考えることで自分の迷いに決着をつけた蓮丈は、これからのことを考える。 ――馬鹿をやったあのバカ息子は、5~6年海外に飛ばし、頭を冷やさせよう。それから… さらに重ねようとしていた蓮丈の思考は、しかし、中断された。 きっかけは、屋上に着き、エレベーターの扉が開いたこと。 そこでは、近衛隊の者たちが、自分を待っているはずだった。 しかし。 彼が見たものは、コンクリートに横たわり、うめき声をあげる近衛隊の者たち。 そして、その中で1人だけで立ち、蓮丈を見据える(おそらく)男だった。 青…いや、『蒼』と表現すべきだろう。遠くから見たら黒と間違えてしまいそうな、深すぎる蒼い服。 肩からは大きめの鞄のようなものを下げている。どう見ても、近衛隊の者ではない。 そして、何より目を引くのは。 顔に着けた、まるでピエロの笑顔を写し取ったかのような、仮面。 1分…いや、1秒だったか。 沈黙を破ったのは、男。 「九鳳院蓮丈様デイラッシャイマスネ」 機械変換された無機質な声で、一方的に告げる。 「私ハ業務代行機関『ソレイユ』総務部配達課所属、S-4級エージェントノ」 一瞬言葉を切り、息継ぎ。 「【イーグル】トモウシマス」 業務代行機関『ソレイユ』。 蓮丈は、その名を少しだけ耳にしたことがあった。最近かなりの勢いで成長してきた、、裏社会の組織だ。 組織のシステム自体は、悪宇商会と同じ人材派遣会社。 しかし、明らかに異なる点があった。 一つは、少数精鋭主義なのか、人員があまり多くないこと。 もう一つ。請け負う仕事の幅が、圧倒的に悪宇商会より広いこと。それこそ 令嬢の誕生パーティのセッティングから誘拐計画の立案、果ては要人の暗殺まで『何でも』金さえ出せば 請け負うらしい。 最後は、あまりにも高すぎる任務成功率。そのためだろう。ほかの組織と比べれば高額な依頼料を請求するにもかかわらず、依頼人の姿が絶えることはないという。 噂では、悪宇商会に「今年最も目障りだった非合法組織」なるものに認定されたらしい。 …もっとも、これらの情報は表御三家である≪九鳳院≫の情報網をフル活用してやっと得られた数少ない情報である。 その情報隠蔽能力の高さも、『ソレイユ』の名を高める一因となっていた。 もちろん、実際に『ソレイユ』の人間と会うのは、蓮丈も初めてである。 彼は、屋上に配置した大勢の近衛隊をたった一人で叩き潰されたことに対する動揺を押し殺しつつ、 静かに、しかし威厳をもって問う。 「…その『ソレイユ』とやらの回し者が、わたしに何の用だ?」 その厳しい声に対して、イーグルは一切動じることなく淡々と答える。 「ハイ。本日ハ―――」 そういって、イーグルは無造作に鞄を手に突っ込む。 すると、 「動くな!!」 と、蓮丈と共にエレベーターに乗っていた近衛隊に銃を突き付けられた。 まあ、当然だろう。 近衛隊から見れば、イーグルは突如現れて屋上に配置されていた近衛隊を全員ねじ伏せた挙句に、 蓮丈に接触を図ろうとしている「超」危険人物。 そんな男が突然鞄に手を突っ込めば、「武器を出すのかも」と疑われて当然である。 しかし、イーグルは自分に向けられた警告をあっさり無視。 手をカバンから引き抜き、蓮丈に突き出し、一言。 「――オ届ケ物ガアリマス」 そこに掴まれていたのは、どこにでもありそうなA4サイズの茶封筒。 そして、白い小さな紙とペン。 「受領印トシテ、印鑑カサインヲオ願イシマス」 突然現れて好き勝手に振る舞った挙句、印鑑かサインをよこせとまで言う。 一応敬語を使ってはいるが、それは目上の人間に対するものではなく、取引相手に対するものであった。 ――この男は、わたしを、対等な人間としてみている。 もともと、九鳳院蓮丈のプライドは高い。目の前の男の無礼さに対する怒りは、頂点に達しようとしていた。 その心を察したのだろう。 「下郎!!無礼だぞ!御前の前で…!!!」 と言うや否や、女剣士――リン・チェンシンが、イーグルに刀を突き付けた。 しかし、イーグルは姿勢を崩さない。それどころか、首を少し回して、刀を突き付けているリンをまっすぐと見つめた。 5秒後。 「一度目メノ警告。九鳳院家近衛隊所属、リン・チェンシン。業務代行妨害。」 機械変換された声で、彼はリンに告げた。 リンの頭に浮かんだのは、なぜこいつは自分の名を知っていたのか、という疑問。 そして、どうやらこいつは話を聞く気はないらしい、という確信。 そうとわかれば話は早い。 「…御前。この無礼者を切り捨てます」 そういった瞬間、リンのよく力の入った、しかし力みすぎてはいない鋭い刃が、、イーグルの首めがけて一閃した。 まず彼女が感じたのは、手にズンと響く確かな手ごたえ。 次に彼女が感じたのは、違和感。 ――もし自分の一撃がイーグルをとらえ、その首を飛ばしたのなら、刀は『首のあった場所を超えて進み続ける』はずだが。 手には確かに手ごたえがあった。しかし、振り切った感じはしなかった。どういうことだ。 その違和感は彼女を覆い、生み出された戸惑いが一瞬動きを止めさせる。 その一瞬に、彼女は。 手首に、まるで下から銃で撃ち抜かれたかのような衝撃を感じた。 次に、宙を舞う自分の刀を見た。 そして、撃ち抜いたのはいつの間にか体を思い切り沈めていた、下段からのイーグルの蹴りだと知った。 次の瞬間。 彼女は、その場で足を蹴り下ろした反動を生かして跳躍し、自分のこめかみに向けて勢いよく蹴りを入れるイーグルの足が視界に入った気がした。 そこで、意識が途絶えた。 第4話 20090317 23:19 ホテルオベロン ヘリポート 蓮丈は、今しがた目の前で起こったことが信じられなかった。 文句無く、今ここにいる近衛隊の中でナンバーワンの実力を持っていたリン・チェンシンが、戦闘開始から10秒と持たずに倒されたのだ。 リンの体の陰になっていたせいで詳しく戦闘の様子を見ることはできなかったが、おそらく一方的なものだったのだろう。 イーグルの脚がリンのこめかみを上から蹴り下ろした瞬間、リンは顔からコンクリートの地面にたたきつけられた。 そして、その場で大きくバウンド。もがく様子はなかった。おそらく、その時点で、意識はすでに無かったのだろう。 しかし――― イーグルは、攻撃の手を緩めなかった。バウンドしたリンの背中の横に回り、強烈な手刀を打ち込む。もう一度叩きつけられたリンの脇腹に、 標準を合わせ、思い切り蹴った。 何の工夫もないキックであったにもかかわらず、リンの長身の体はやすやすと吹っ飛び、ほとんど勢いを落とすことなく、派手な音をたてて屋上にあったエアコンの室外機に叩きつけられた。 大きくへこむ、室外機の側面。おそらく壊れただろう。 叩きつけられたリンは、ピクリとも動かない。 蓮丈は、初めて暴力に対する恐怖を感じた。 そんな蓮丈に対し、まるで何事もなかったかのように、イーグルは再度要求。 「印鑑カサインヲオ願イシマス」 その言葉使いには息の乱れなど全く感じられず、つい先ほどと同じように淡々としたものだった。 蓮丈はさりげなく時計を見て、リンが刀を抜いてからまだ一分ほどしか経っていないことを知る。 一分。 その間に、立場は完全に逆転してしまっていた。 リンを倒されたことで、近衛隊は完全に戦意喪失。もはや銃も、「ただ持っているだけ」に近い状態だった。 蓮丈は、自分の取りうる決断が二通りしかないことを悟った。 『九鳳院蓮丈』としての感情を優先させ、目の前の男と一戦交えるか。 『九鳳院家当主』としての賢明さを優先させ、素直にサインするか。 さあ、どうする。一瞬の決断。 3秒後。 蓮丈は尋ねた。 「…ペンを持っているか?」 と。 下降するエレベーターの中で、オレは上機嫌だった。 ちゃんと期限を守り、配達完了。『本部』への連絡は済ませたので、あとは相棒にサイン入りの[配達証明書]を渡してしまえば 完全に〈業務〉終了だ。 これで120万円。当分生活には困らないだろう。 さて、と。 オレは、最後の作業を始めた。手始めにケータイを開き、もらったメールを全消去。 そこで、オレは妙に頭が暑苦しいことに気付いた。 …あ、フードかぶりっぱなしだったか。 オレはかぶっていたフードを脱ぎ、あるところにメールを打つ。 ------------------------- 宛先:ソレイユ 技術部 件名:第16号特殊戦闘服試験運用結果報告 本日実施した試験運用では、特殊服の防刃テストを行った。 使用した刃物は、日本刀『備前長船』。 刀を使用したのは、九鳳院家近衛隊のリン・チェンシン。 首に放たれた全力の斬撃を受けても、服にはほとんど損傷が確認できなかった。 以前に実施したテストの結果と今回の結果とを総合的に判断すると、この特殊服は職員の生命保護に極めて有効であると推測される。 ------------------------- よし。書けた。 オレは、送信ボタンを押した。 一階についたところで、携帯に着信。 相手は…お、相棒だ。 オレは仮面の陰に隠してあった変声器を切り、電話に出る。 「…もしもし?」 『やあ、僕だ。〈業務〉は終わったか?』 「一悶着あったが、無事終わったよ」 『ふーん…〈殲滅〉したのか?』 「いや。警告は一回しか受けてなかった。無力化しただけだ」 『君はやり方が激しいからな…殺してないだろうな?』 「すぐ病院行けば、後遺症も残らないだろう」 『…ボコボコにはしたのか。ま、いいけど』 「…で、本題は?」 『ああ、そうそう。今からそっち行く』 「…は?」 『君、どうせ夕ご飯まだなんだろ?いい店を知ってるんだ。一緒に食べに行こう』 「お前なあ、今何時だか解ってて言ってんのか!?」 『23時47分』 「…わかった。ロビーで待ってる」 『20分で行くよ。またな』 そう言って、電話は切られた。 …あの非常識のKY野郎め。 まあ、腹はペッコペコだし、向こうのおごりなら悪くない。 男二人でディナーってのは不満だがな。 さて、あいつが来るまで暇だ。 オレは近くにあったソファに腰を下ろし、たまたま持っていた東野圭吾の「秘密」を読み始めた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― しかし、彼は勘違いしていた。 彼の相棒は「飯を一緒に食おう」と言っただけで、「おごってやる」とは一言も言っていなかったのである。 第5話 20090911 15:57 CLUB SEGA 店内 「…え?」 真九郎は、思わず声を漏らした。 ――――――――――――――――――――――― その日も、真九郎にとっては、いつも通りの一日となるはずだった。 いつものように学校へ行き、授業を受け、放課後に新聞部に立ち寄って幼馴染の情報屋に滞納していた情報料を支払う。 そのまま下校し、紫のもとへ。道中、最近知り合った切彦という女の子と出会う。 せっかくなので一緒に行き、紫と合流。そのままゲーセンに直行し、紫がクレーンゲームをやる姿を見る。 500円消費してとれたのは、犬のぬいぐるみ。とった本人は「見ろ、真九郎!とれたぞ!」と大はしゃぎ。 その後は切彦がやる格闘ゲームを観戦し、ゲーセンを後にする―――はずだったのだが。 異変は、切彦が49人目のプロレスラーらしきものの首を斬りおとし、50人目のものと闘い始めた時に起こった。 その時の相手のキャラは、おそらく柔道家。いかにも筋骨隆々そうな、ゴツイ体だ。 たぶん、速攻で斬り捨てられて終わりなんだろうなと思っていたのだが… 始まった瞬間から、このゲームをやったことがない真九郎にも、今までの相手とは違うと分かった。 あの切彦が、明らかに押されているのだ。切彦は、凄まじい速さで指をめぐらせ、相手を刺し、切り裂こうとするのだが、 相手のキャラ7は、その巨体に似合わぬ軽やかさで、ひらりひらりと紙一重でかわし続ける。 そして、一撃、また一撃と、確実に剣士にその拳を当てていく。 負けじと切彦も応戦したのだが… 画面の中のナイフ使いは、相手の上段回し蹴りをもろに受け、倒れた。 「…え?」 真九郎は、思わず声を漏らした。 どよめくギャラリー。 何人も、向こうへ様子を見に行ったのが見えた。 切彦も、かなり驚いた表情で画面を見つめる。おそらく、今まで負け無しだったに違いない。 紫が、心配そうな声でに切彦に声をかけた。 「だ、大丈夫か、切彦!?どこか、具合でも悪いのか!?」 それに対して、切彦は、弱弱しい笑みを浮かべ、言った。 「…大丈夫です、けど…」 真九郎も、何か言おうと思ったのだが、それよりも先に、 「お兄さん」 と、声をかけられた。 「な、何?切彦ちゃん」 「…もう一回」 「え?」 「もう一回、やらせてください」 普段の彼女が見せているものとは違う、真剣な目。 それからは、強い意志が感じられた。 「…いいよ。がんばって。切彦ちゃん」 切彦は、一瞬微笑むと、目の前の画面に没頭し始めた。 ……しかし。 気迫のみで何とかできるほど、敵は甘くなかった。 数分後。 切彦は、何とか一矢報いようとしていたが、ナイフはもう、かすりもしない。 相手の男に一本背負いされ、切彦は、7回目となる敗北を味わった。 ギャラリーは、すでにほとんど全員向こう側に行っていた。 真九郎の好奇心は、あっちに行って対戦相手を見ろと言っていた。二人は一緒に画面に熱中しているので、いなくなることもないだろう。 真九郎は、本能に従った。 真九郎のイメージ的には、メガネをかけた小太りの男が熱心に指を動かしているような気がしていたのだが。 実際は、大きく違っていた。 まず目に入ったのは、大勢のギャラリー。 それをさりげなくすりぬけて、真九郎はプレーヤーを見る。 割と痩せた男。それも、真九郎と同年代。 少し野性的な顔立ちをしているが、それはゴリラのように不細工だという隠喩ではない。 では何と表現すべきか。真九郎は、言葉を探した。 だが、見つからなかった。 とにかく。 真九郎は思った。とにかく、文句なしで『美形』に分類される顔だろう、と。 しかし… 真九郎は、なんとも不思議な男だ、とも思った。 理由は一つ。 この男は、野性的な顔立ちでありながら、どことなく王族のような雰囲気をもまとっていたのだ。 だからだろう。 ギャラリーには女も大勢いて、彼を携帯で撮ったりもしている。だが、彼に声をかける者は一人もいなかった。 この男は、美形である魅力より、まるで王のように近寄りがたい雰囲気のほうが強い。 野性的に整った顔。 王のような雰囲気。 そして、アーケードゲーム機。 まるでアンバランスな取り合わせだが、この場においては、なぜかきれいに調和していた。 その指は、切彦を超えるほどのスピードで踊る。 数秒後、再び切彦を沈黙させた。 そして、彼は自分で《ゲーム終了》のボタンを押し、一言も発せず席を立った。 そこで、真九郎は初めて気づいた。 その男が、星領学園高校の制服を着ていたことに。 第6話 20090911 18:59 五月雨荘 5号室 「真九郎く~ん!ごはん、できた?」 五月雨荘に響く、若い女の声。 「…環さん、たまにでいいですから、食事くらい自分で作ってくださいよ」 真九郎は、声の主である空手家―――武藤 環を呆れたような目で見て言った。 「え~、だって真九郎君の作るご飯のほうがわたしのよりおいしいんだも~ん!」 「だったらせめて食費くらいは自分で払っ「ひど~い!真九郎くんったら、女の子にたかる気なの!?」…『たかる』っていう言葉の意味、知ってます?」 文句を言いつつも、真九郎の手は止まらない。 あっという間に、今日の夕飯であるチャーハンが完成。 環の分を盛り付け、手渡す。 「…はい、できましたよ」 「わーい、ありがと!」 環は、そのまま持参したスプーンとともに居間にあがり込み、だらしなく座る。 「俺の部屋で食べるんですか?」 「うんっ、みんなで食べたほうがおいしいじゃない?」 ニコニコと、無邪気に笑う環。その笑顔を見ると、真九郎は何も言えなくなってしまう。 それに――― 一緒に食べてくれる誰かがいることは、真九郎にとっても、うれしいことだった。 「…まぁ、いいですけど」 自分の分もできたので、真九郎は手際よく皿に盛り、環のもとへ。 着席し、 「いただきます」 と声をそろえた。 何気なく、テレビをつける。 2秒後、ものすごく後悔した。 今は7時。 NHKでは、ニュースをやっている時間だった。 「4986名もの犠牲者を出した、アメリカの国際空港爆破テロ事件から今日で8年。爆破されたサンフランシスコ国際空港の慰霊碑前では…」 一日中、注意深く避けていたものを見てしまった。 あの日、真九郎の人生を変えてしまった事件。 どこぞのテロリストによって仕組まれた、無差別テロ。 真九郎が、(戸籍上は)天涯孤独の身となってしまった原因。 全ての元凶。 真九郎は、それが今日だと知っていた。自分の家族全員の命日を、忘れるはずがない。 だからこそ、彼は避け続けていた。 せっかく時が徐々に癒してきていた心の傷が、また開いてしまいそうで。 せっかく心の奥底に封印していた、家族の死にざまや、家族との思い出が、また蘇ってきてしまいそうで。 しかし――― それを見てしまったにもかかわらず、彼は普通に夕飯をおいしいと感じることができ、「環さん、水要ります?」と隣人をいたわることもできていた。 おもわぬ自分の冷酷さに一瞬驚く。しかし、思い直す。 (まあ、こんなものなのだろう) 家族を失った悲しみは、今でも深く、辛い。だが、それでも平静さを失わない程度には、その悲しみを『忘れる』ことができていたのだろう。 それはそうだ。人間は、悲しかったこと、辛かったことを『忘れられる』ようにできている。 だからこそ、過去にとらわれすぎずに生きていける。 家族を失って、8年。さすがにいつまでも頭からその事が離れない、ということはなくなっていた。 だから、 「そういえば、五月雨荘にね、新しく引っ越してきた人がいるみたいだよ」 と環から聞いた時、真九郎は普通に驚いた。 「え!?いや、だって、ここはいつも満室じゃないですか!?なのに…!」 「なんかねー、3号室みたいだよ。いっぱい段ボールおいてあったし」 「どんな人ですか、その人?」 「それがさ、いまだに姿見せてないんだよ。一応転居祝いに余ってたエロビデオまとめて置いといたんだけどさ。さっき見たらそのまんまだったし」 またやったのか。 呆れ顔で見る真九郎。 環は、しばらく考えた後、目を輝かせ、 「そうだ!」 と叫び、真九郎を指さす。 「真九郎君!!チャーハンもって、偵察してらっしゃい!!」 「…は!?」 「チャーハン、余ってるでしょ?それ『転居祝い』ってことで持ってくの!」 「ダ…ダメですよ、そんなの!だいたい、あれは闇絵さんの」 「今日はどっか行っちゃってるよ、闇絵さん。男がギャーギャー言わないの!ほれ、しゅっぱ~つ!」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 「…で、なんで環さんまで?」 「だって真九郎君ばっかりずるいでしょ?こんな面白いこと」 「別に面白くなんか…」 「でも面白そうだから乗ったんでしょ?」 ぐうの音もでない。 それにしても、昼間の一件といい、自分はこんなに好奇心が強かっただろうか? そんなことを思いつつ、真九郎は3号室前へ。 「やっぱビデオはそのまんまか」 それは、環のセリフ。 「気配、探ってみなかったんですか?」 「軽く探ってたんだけど、途中で寝ちゃったんだよね」 それにしても。 環はだらしない女だが、戦闘面では超一流。 その彼女が、軽くとはいえ気配を探ったのなら、おそらく気づけたのではあるまいか。 とすれば―――――― 新参者は、環に気付かれないほど気配を殺したまま、引っ越してきたのだろうか。 そんなことをする必要性は? (ひょっとして、ここに引っ越してきた奴は、普通の奴じゃないのか…!?) 真九郎の胸に湧き上がる、わずかな危機感。 だが。 そんなものでは抑えきれぬほど、真九郎の好奇心は沸き立っていた。 意を決し、扉を軽くノック。 「ごめんください。隣のものですが!」  少し大きめの声と、軽く添えたウソ。  返答なし。 もう一回。 「ごめんください!隣のものですが!」  やはり返答なし。 留守にしているのだろうか…? 真九郎の胸に広がる、かすかな失望感。 「…ねえ、ちょっとこれ見てよ、真九郎君」 環の声。 それは、深刻そうにも聞こえたし、また、必死で笑いをかみ殺しているようにも聞こえた。 何事かと思い、環のほうを見る。 環が指差しているのは、ドアの下におかれた大き目の紙袋。 環の転居祝いがどうしたのだろうと思い覗いてみると。  まず目に入ったのは、一枚の短冊のような紙。  そこには、太いマジックペンで「ありがとうございました」と殴り書き。  汚い、しかし読みやすく、どこか品のようなものさえさえ感じられる、奇妙な字。  次に目に入ったのは、大量のAV。  しかし、それは明らかに環のものではない。  環のものは、すべて古いビデオだが、そこにあったのはすべて真新しいDVDだった。  当然、真九郎のものではない。となると、必然的に持ち主は一人しかいなくなる。  よく見ると、DVDのケースには『輸入品』『規制対象』の文字があるものまで。  その字は、手紙と全く同じ印象。 「…結構面白そうな男の子みたいだね」 ここには、まともな人はこないのか。 真九郎は、心底そう思った。 第7話 20090912 07:43 星領学園高校 1年1組 昨日の「謎の隣人事件」から一夜。 真九郎は、念のため朝に一回3号室をチェックしてみたが、変化なし。 やはり、隣人は現れなかった。 (どこかに、出かけてるのかな) そういえば、闇絵も昨日から姿を見せていない。 (なんか、気になるなあ) まあ、人間なら当然だろう。 突然やってきた、予期せぬ新しい住人。 そのうえ、あの環の新居祝い攻撃(?)に対する切り返し方。 まともな奴ではない、と思う。 でも、面白そうな奴だ、とも思う。 「――あ」 そういえば。真九郎は思った。 なぜ、新参者は、環への届け物を自分の部屋のドアの所に置いといたんだろう。 そんなことを考えているうちに、学校へ到着。 通りなれた道を行き、自分の教室へ。 いつものように、『彼女』はそこにいた。 「おはよう」 『彼女』―――村上銀子は、当然のごとく無視した。 真九郎は、いつものように銀子に近寄り、菓子パンを渡す。 銀子は、一切画面から目を離さずに受け取った。指の動きからして、おそらく今が山場なのだろう。 真九郎は少しだけ銀子の様子を見つめた後、自分の机に戻ろうとした。  そこで、初めて気づいた。 いつもは常に空席となっているはずの、真九郎の右隣の机。 そこに、一人の青年が座っていたことに。 その青年は、興味深いものを見るかのような目で、真九郎と銀子を見ている。 野性的に整った顔。 王のような雰囲気。 そして、昨日は気づかなかったもの。 深い瞳に宿した、理知的な光。 「―――あ」 真九郎は、思わず声を上げる。 その青年は、昨日切彦を完膚なきまでに叩き伏せたゲーマーだった。 銀子は、振り向きもしない。気づいていないのかもしれないが。 場に流れる、沈黙。 それを破ったのは、青年。 「お前等ってさ、恋人なのか?」 一拍。真九郎と銀子の脳が、その意味を理解するのに要した時間。 さらにもう一拍。銀子と真九郎の顔が、真っ赤になるのに要した時間。 そして。 動揺した真九郎は、反射的に言った。 「な…何言ってんだよ!いきなり!」 いくら鈍感な真九郎でも、そこまでストレートに言われれば気づかないわけがない。 低い、銀子の声。 「…あなた、バカなの?」 いつの間にか銀子も振り向き、怒りに満ちた目を向ける。 しかし、青年は。 「…ほほーう」 愉快そうな顔を崩さず、視線を銀子に向け、じっと見つめる。 5秒後。 「『怒り』…いや、『羞恥』のほうが強いな。『思ってもみないこと』ではなく、『隠していること』を暴かれた時の表情… で、そこに『羞恥』が加わるってことは…」 何やらぶつぶつとつぶやいた後、一言。 「…お前、いわゆる『ツンデレ』ってやつ?」 真九郎には、聞き覚えのない単語を銀子に放る。 その直後に銀子が浮かべた表情を、真九郎はしっかり読み取った。 怒り。 凄まじい、怒り。 その感情を声に乗せ、銀子は目の前の青年に火を噴く。 「あなたって人間のクズなのかしら?いや違うわね。人間のクズに失礼よね、そんなこと言ったら。ええと…」 久々に、感情を露わにした銀子を見た。 いままでに真九郎が聞いたことも口にしたこともない恐ろしい声と文言。 背筋が凍るとはまさにこの事か。銀子は静かだが、確実にキレている。 ある意味、鉄腕より恐ろしい。心なしか、足も震えだした様な気がする。 しかしその激流を、目の前の青年は。 「…あんまり言うと、そこの奴に悟られるぞ。今は気づいてないみたいだから、安心しろ。」 一言で、あっさりと沈めて見せた。 こいつは、ただ者ではない。 真九郎の本能は、そう告げた。 ―――だが。 不思議なことに、本当に不思議なことに、真九郎はなぜか、目の前の青年に人間として魅力を感じた。 「…フッ」 青年は、ちろりと笑う。 「お前ら、面白い奴らだな。お名前は?」 「…他人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るものでしょ?」 銀子は、一度静まりはしたが、それでもかなり怒っているようだ。 「おっと、すまん。君の言うとおりだ」 そういうと彼は席を立ち、黒板へ。 チョークを持つと、黒板に勢いよく字を書き始める。 「オレの名は『一成』」 汚いが、品のある字。 チョークを置くと、彼は二人が字を見やすいように場所を移動する。 そして、皮肉めいた笑みを浮かべ、言った。 「『歪空 一成』と申します。今後ともどうかよろしく」 真九郎は思った。 ―――こいつ、変わってるな。 銀子は思った。 ―――この男、まさか。 第8話 20090912 06:21 星領学園高校 新聞部 結局、『歪空 一成』と名乗った男は、あれから真九郎たちに接触してくることはなかった。 見たところ、彼はほかの誰にも接触を図ってはいないらしい。 朝のホームルームで転校生として紹介された時も、彼は「…歪空一成です。よろしく」と簡潔にしか話さなかった。 今日一日。彼は一度も自発的に他のものとかかわりを持とうとすることなく、真九郎の隣で――― 寝ていた。ぐっすりと。 眠っていてもなお、王族のような雰囲気はいささかも衰えることなく彼を覆っていた。そのせいだろう。彼は今日一日、他人からも接触を受けることがほとんどなかった。 今日、彼をなんとなく観察していてわかったこと。それは彼の賢さ。 数学の時間、割と厳しいことで有名である教師が、一成に「歪空!この問題を解け!」と怒りに満ちた声で指示。 その問題は、単元の中で最高難度を誇る問題。銀子さえも一苦労していたようだ。 おそらく、見せしめにするつもりだったのだろうが、一成は。 それまで閉じていた教科書を開き、あっという間にその問題の場所を探り当てると、一瞬だけ目を細めた。 そして、 「…X=4.72,Y=2,43,Z=6」 指示されてから、わずか10秒。 こともなげに、即答して見せた。 一瞬、クラスにどよめきが走る。教師は、一瞬唖然とした顔をしたが、すぐに怒り出す。 「ゆ、歪空!お前、カンニングしただろう!」 一成は、その様を眺める。まるで、汚いものでも見るような目で。 そして。 「…これだからアホは嫌いなんだよ」 隣の真九郎にだけ聞こえる声でぼそりと言うと、真九郎のほうを向き、一瞬笑う。 「これから面白いもの見せてやるよ」と言う、ガキ大将のように。 そして。 「…半径10メートル以内にいる人間の中で、一番頭いいのはオレだ。オレより優秀な人間がいないのに、なんでカンニングできるんだよ」 簡潔にして最もわかりやすい論理を言葉に乗せ、一成は教師に傲然と言い放つ。 一瞬、相手は茹で上げたカニのように真っ赤になって反論しようとしたが、なぜか何も言えない。 おそらく、彼も気づいたのだろう。 彼の全身が全身にまとう、圧倒的な自信に。 「…座れ」 かろうじで、そう絞り出すのが精一杯だった。 一成は玉座につく王のように、ゆったりと座った。 そして、彼は。 クラスメートから、畏怖と敬遠を得た。 2人の人間を除いて。 そして、昼休み。 真九郎は、銀子に腕を掴まれた。 「今日、新聞部に来て。何があっても、必ず来て」 そう告げる銀子の顔は、これまで見てきた彼女の表情の中でもかなり険しいもの。 「…何かあったのか?」 「いいから」 詳しくは新聞部で、ということなのだろう。 「…わかった」 こうして、午後の授業にろくに集中できないまま、真九郎は放課後を迎えたのである。 「…どうしたんだ?」 それは、7分間の沈黙に耐えかね、真九郎が発した言葉。 その声は、おそらく届いているだろうが、銀子は無視。 カタカタと、キーボードをたたき続ける。 「…あんた、気づいてないの?」 30秒後、銀子は問う。 「…何に?」 何のことだかわからない真九郎としては、ただ困惑するしかない。 銀子は椅子を回転させ、真九郎を冷たい目で見る。 ―――そういえば、こいつは鈍かった。 ますます困惑する真九郎に、銀子は仕方無く答えを教える。 「…あいつよ。歪空 一成」 …え? それは、真九郎にとって、全く予想外の言葉。 「銀子、あいつのこと気にしてたのか!?」 「…あたりまえじゃない」 嘘だ。ていうか、これは。 あの銀子が。 一日しか会っていない男を、その、気にしてたってことは。 「…好きなのか?」 その時、銀子が浮かべた表情。 朝のあれと全く同じ。 真っ赤になり、叫んだ。 「そ……そんなわけないでしょ!!!バカ!!」 久しぶりに、銀子の大きい声を聞いた。 「じゃあなんなんだよ」 ここは、さすが銀子。 真っ赤になったまま、しかし、声は幾分落ち着け、彼女は言う。 「歪空 一成」 「いや、だから何?」 「《歪空》」 銀子がアクセントを置いてくれたおかげで、初めて気づいた。 「《歪空》一成でしょ?あいつ」 やはり、自分は鈍い。  《歪空》。 それは、彼にもなじみ深い《崩月》と同じ裏十三家の一つだった。 第9話 20090912 17:35 バー「ツァラストラ」 今回はイーグルの視点で進行します。 高校からの帰り道、バスに乗り込もうとしたオレは、携帯の着信音に気付いた。 メールならシカトしても良かったのだが、それは電話だった。 相手の表示は、『アルタイル』。 オレはため息をついてバスの列から外れ、電話に出た。 「…何だ?」 『やあ、僕だ。どうだい?新しい高校は?』 「特に変わりはない。要件がそれだけなら切るぞ」 『待ってくれ。話したいことがあるんだ。いつもの所で会おう』 「今話せよ」 『〈業務〉にかかわることなんだよ。30分で来てくれ。じゃあな』 オレの返事を待つことなく、奴は切りやがった。相変わらずマイペースな野郎だ。 本当なら行きたくないが、すっぽかそうもんなら奴は家まで飛んでくる。 それは避けたかったので、オレは奴のもとへ向かうことにした。 新宿。 黒く塗りつぶされていく空と反比例するように、町は活気づいてきていた。 煌びやかなネオンや、人の笑い声というものは、闇の中でこそ花開くものだと思う。 一瞬新作のゲームのことを思い出し、ゲームショップへ行きたくなった。 が、オレはプロだ。 お楽しみは、仕事が終わってからにしよう。 オレは、どんどん繁華街から離れ、裏路地へと入っていく。 すぐに人気はなくなり、あたりには腐敗した生ごみのにおいと酔っぱらいのゲロの香りが匂う空間と化してきた。 このあたりの交番には、警官はいない。パトロールという名目で、常にどこかへ行っている。 まあ、職質しただけで撃たれたり、目を合わせただけで青龍刀で切り付けられるような場所に行きたい奴は、だれもいないに違いないが。 そんなことを考えているうちに、オレは目的地に着いた。 バー「ツァラストラ」。 ビルの地下4階に位置する、薄汚い店だ。 立地条件の悪さと、店内の雰囲気とで、客はめったに来ない。 それだけに、オレたちのような『こっち』の人間が大きな声では言えないことを話すときには、使い勝手の良い店だった。 オレは、階段を降り、分厚い木製の扉を開けた。 いつもの、薄汚い店内。 その一番奥、最もトイレに近いところに相棒はいた。 オレはそこが嫌いなのだが、相棒は大好きらしい。 オレは、そこに歩み寄る。 相棒は、一人チェスをしていた。 「〈業務〉の話って?」 オレはそう声をかけ、白いポーンを動かす。 「『ソレイユ』に入ったんだ。割といい仕事がね」 そういって、相棒は黒いナイトを動かした。 しばらくは、駒の音だけが響く。 しばらくして、相棒は言った。 「赤馬 隻という男を知ってる?」 「いや」 「≪レッドキャップ≫とも呼ばれてる」 オレは、しばらく記憶を探る。 脳裏に浮かぶ、白い髪。 「…ああ。『ソレイユ』の資料でチラッと見たな」 そういって、オレはビショップをずらす。 完全に予想外だったらしく、相棒は目を見開いた。 「そいつに、何か届けるものが?」 「殺してくれ」 沈黙。 奴にとっては、たぶん目の前の局面をどうしのぐかで頭がいっぱいなんだろう。 一方、オレは。 「…How much?(いくらで?)」 報酬のほうが気になっていた。 「42」 相棒は、うわの空で答えた。 「え?ホントに割が良いな。42万なんて」 「奇跡的に『第五種危険任務手当』がついたんだよ。で、どうする?」 「ああ、もち…」 ろん、という言葉がなぜか言えなかった。 レッドキャップは、確かにそれなりに名は通っているが、オレでさえ思い出すのに時間がかかったほどの小物だ。 なのに、『第五種』。 何か、裏があるのか。 人の死には興味ないし、殺人にも抵抗はないが、『裏』は気になる。 「言っとくけど、何も言えない。僕も知らないからね」 そういって、相棒はビショップを動かし、防衛。 「ただ、噂によると、そいつは近々大仕事をするらしい。裏社会のパワーバランスを崩しかねないほどの。 それを嫌がる人たちが、依頼してきた―――そんなとこだろう。おまけにそいつ、悪宇商会所属なんだ」 なるほど。 要は「悪宇商会から応援来るかもしれないから」ということだろう。 1対大勢になる危険アリ。 だからこその『第5種』。 しかし、オレには関係ない。 最近、何かと物入りで、そろそろ収入がほしかったところ。 「…決行は?」 「1か月後。時期が近付いたら連絡する」 「わかった。あと…」 オレはクイーンをずらし、「チェックメイト」と宣告。 血の気の引いた相棒に、 「お前が見つけた五月雨荘とかいうところ、なかなか面白そうだ。あそこに引っ越したのは正解だった。ありがとよ」 と、告げた。
845 :しがない物書き:2011/04/16(土) 19:32:43.69 ID:rrCldC6b ―警告― ・この小説は、非エロ小説です。 ・この小説に出てくる人物の性格などは、漫画版の紅をベースとします。 ・この小説には、オリジナルキャラが出演します。 ・オリジナルキャラたちが干渉したことにより、本来の紅とは違った展開を見せることもあります。 ・人物の性格などは物書きの主観で決定します。読む人によっては、  「こんなの真九郎じゃねえ」と思われるかもしれません。 このssは、オリキャラが「もう一人の主人公」的な立場で描かれますので、真九郎が登場しないことがしばしばあります。 なお、物書きの文章力は「皆無」です。 上の警告を読んだうえで、「それでも良い」という方のみ、この小説をご覧ください。 その日は、オレにとって、少しだけ特別な日だった。 オレは目の前の高層ビルを見上げ、そこが今日の自分の目的地であることを確認。 ポケットから携帯を取り出し、届いていたメールを見て最終チェック。 ---------------------------- 件名:情報 配達先 九鳳院 蓮丈 現在地 ホテル オベロン ヘリポート または 同ホテル 35階 期限 20090317 23:30 報酬 1,200,000 注意 最優先配達物 ワレモノ 〈業務〉終了後は、速やかにこのメールを削除すること。 ---------------------------- ふと、12時間ほど前の会話を思い出す。 「…って訳だから。これ、頼むよ」 目の前に座る相棒の顔を、オレは呆れ顔で見つめる。 「…期限今日じゃねえか。もっと早く言ってくれよ」 「僕だってついさっき連絡されたんだよ。で、どうするの?」 「≪九鳳院≫のボスへのブツにしてはずいぶん報酬安いな。もうちょっと取れなかったのか?」 そう言うと、今度は相棒に呆れ顔で見られた。 「交渉するのは僕の仕事じゃないし、大体君今そんなこと言える立場か?ここ1か月、まともに仕事してないだろ?」 「仕方ねえだろ、いろいろ忙しかったんだから。」 「…で、どうすんだよ?報酬7ケタはひさしぶりだろ?このへんで君の銀行口座のお金、増やしといてもいいんじゃない?」 「…わかった。引き受ける。妨害が入ったら…」 相棒は、にこやかに言った。 「『いつも通り』で」 「りょ~かい、っと」 相棒に話を振られた時から、なんとなく嫌な予感はしていたんだが。 「…やばくね?」 つい先ほど、今まさに向かおうとしていた最上階近辺で、結構な規模の爆発を確認。 なんか人みたいなのが吹っ飛んでいくのが見えた気がする。 急いだほうがよさそうだな。万が一死なれたら、せっかくの割のいい仕事が台無しだ。 オレは、オベロンの内部へと足を踏み入れた。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 無論、彼は同じころ、九鳳院の令嬢が実の兄にレイプされかけていたことなど知らなかったし、 一人の揉め事処理屋がその娘を救おうとオベロンに乗り込んでいたことも知らなかった。 豪華な、しかし破壊された部屋に、男の声が響く。 そして。 「紫!」 男――九鳳院蓮丈は。 「おまえを、奥の院から出す。以上だ」 自分の娘に、自由を与えた。 ―――――――――――――――――――――――― 上昇するエレベーターの中で、考える。 ――娘を救うためとはいえ、自分は≪九鳳院≫のルールを破った。 何の不安も、危険もなく生き、死ねるはずだった自分の娘を、魑魅魍魎が渦巻く外界へ放り出した。  自分は、正しかったのだろうか? そこまで考えて、蓮丈は、自分の愚かさに気付いた。 ――そうだ。外の世界に出たことが正しかったのか間違っていたのかを決めるのは、あの子自身。 自分は、遠くから見守ってやるしかないのだ。紫が、歩んでいく姿を。 そう考えることで自分の迷いに決着をつけた蓮丈は、これからのことを考える。 ――馬鹿をやったあのバカ息子は、5~6年海外に飛ばし、頭を冷やさせよう。それから… さらに重ねようとしていた蓮丈の思考は、しかし、中断された。 きっかけは、屋上に着き、エレベーターの扉が開いたこと。 そこでは、近衛隊の者たちが、自分を待っているはずだった。 しかし。 彼が見たものは、コンクリートに横たわり、うめき声をあげる近衛隊の者たち。 そして、その中で1人だけで立ち、蓮丈を見据える(おそらく)男だった。 青…いや、『蒼』と表現すべきだろう。遠くから見たら黒と間違えてしまいそうな、深すぎる蒼い服。 肩からは大きめの鞄のようなものを下げている。どう見ても、近衛隊の者ではない。 そして、何より目を引くのは。 顔に着けた、まるでピエロの笑顔を写し取ったかのような、仮面。 1分…いや、1秒だったか。 沈黙を破ったのは、男。 「九鳳院蓮丈様デイラッシャイマスネ」 機械変換された無機質な声で、一方的に告げる。 「私ハ業務代行機関『ソレイユ』総務部配達課所属、S-4級エージェントノ」 一瞬言葉を切り、息継ぎ。 「【イーグル】トモウシマス」 業務代行機関『ソレイユ』。 蓮丈は、その名を少しだけ耳にしたことがあった。最近かなりの勢いで成長してきた、、裏社会の組織だ。 組織のシステム自体は、悪宇商会と同じ人材派遣会社。 しかし、明らかに異なる点があった。 一つは、少数精鋭主義なのか、人員があまり多くないこと。 もう一つ。請け負う仕事の幅が、圧倒的に悪宇商会より広いこと。それこそ 令嬢の誕生パーティのセッティングから誘拐計画の立案、果ては要人の暗殺まで『何でも』金さえ出せば 請け負うらしい。 最後は、あまりにも高すぎる任務成功率。そのためだろう。ほかの組織と比べれば高額な依頼料を請求するにもかかわらず、依頼人の姿が絶えることはないという。 噂では、悪宇商会に「今年最も目障りだった非合法組織」なるものに認定されたらしい。 …もっとも、これらの情報は表御三家である≪九鳳院≫の情報網をフル活用してやっと得られた数少ない情報である。 その情報隠蔽能力の高さも、『ソレイユ』の名を高める一因となっていた。 もちろん、実際に『ソレイユ』の人間と会うのは、蓮丈も初めてである。 彼は、屋上に配置した大勢の近衛隊をたった一人で叩き潰されたことに対する動揺を押し殺しつつ、 静かに、しかし威厳をもって問う。 「…その『ソレイユ』とやらの回し者が、わたしに何の用だ?」 その厳しい声に対して、イーグルは一切動じることなく淡々と答える。 「ハイ。本日ハ―――」 そういって、イーグルは無造作に鞄を手に突っ込む。 すると、 「動くな!!」 と、蓮丈と共にエレベーターに乗っていた近衛隊に銃を突き付けられた。 まあ、当然だろう。 近衛隊から見れば、イーグルは突如現れて屋上に配置されていた近衛隊を全員ねじ伏せた挙句に、 蓮丈に接触を図ろうとしている「超」危険人物。 そんな男が突然鞄に手を突っ込めば、「武器を出すのかも」と疑われて当然である。 しかし、イーグルは自分に向けられた警告をあっさり無視。 手をカバンから引き抜き、蓮丈に突き出し、一言。 「――オ届ケ物ガアリマス」 そこに掴まれていたのは、どこにでもありそうなA4サイズの茶封筒。 そして、白い小さな紙とペン。 「受領印トシテ、印鑑カサインヲオ願イシマス」 突然現れて好き勝手に振る舞った挙句、印鑑かサインをよこせとまで言う。 一応敬語を使ってはいるが、それは目上の人間に対するものではなく、取引相手に対するものであった。 ――この男は、わたしを、対等な人間としてみている。 もともと、九鳳院蓮丈のプライドは高い。目の前の男の無礼さに対する怒りは、頂点に達しようとしていた。 その心を察したのだろう。 「下郎!!無礼だぞ!御前の前で…!!!」 と言うや否や、女剣士――リン・チェンシンが、イーグルに刀を突き付けた。 しかし、イーグルは姿勢を崩さない。それどころか、首を少し回して、刀を突き付けているリンをまっすぐと見つめた。 5秒後。 「一度目メノ警告。九鳳院家近衛隊所属、リン・チェンシン。業務代行妨害。」 機械変換された声で、彼はリンに告げた。 リンの頭に浮かんだのは、なぜこいつは自分の名を知っていたのか、という疑問。 そして、どうやらこいつは話を聞く気はないらしい、という確信。 そうとわかれば話は早い。 「…御前。この無礼者を切り捨てます」 そういった瞬間、リンのよく力の入った、しかし力みすぎてはいない鋭い刃が、、イーグルの首めがけて一閃した。 まず彼女が感じたのは、手にズンと響く確かな手ごたえ。 次に彼女が感じたのは、違和感。 ――もし自分の一撃がイーグルをとらえ、その首を飛ばしたのなら、刀は『首のあった場所を超えて進み続ける』はずだが。 手には確かに手ごたえがあった。しかし、振り切った感じはしなかった。どういうことだ。 その違和感は彼女を覆い、生み出された戸惑いが一瞬動きを止めさせる。 その一瞬に、彼女は。 手首に、まるで下から銃で撃ち抜かれたかのような衝撃を感じた。 次に、宙を舞う自分の刀を見た。 そして、撃ち抜いたのはいつの間にか体を思い切り沈めていた、下段からのイーグルの蹴りだと知った。 次の瞬間。 彼女は、その場で足を蹴り下ろした反動を生かして跳躍し、自分のこめかみに向けて勢いよく蹴りを入れるイーグルの足が視界に入った気がした。 そこで、意識が途絶えた。 第4話 20090317 23:19 ホテルオベロン ヘリポート 蓮丈は、今しがた目の前で起こったことが信じられなかった。 文句無く、今ここにいる近衛隊の中でナンバーワンの実力を持っていたリン・チェンシンが、戦闘開始から10秒と持たずに倒されたのだ。 リンの体の陰になっていたせいで詳しく戦闘の様子を見ることはできなかったが、おそらく一方的なものだったのだろう。 イーグルの脚がリンのこめかみを上から蹴り下ろした瞬間、リンは顔からコンクリートの地面にたたきつけられた。 そして、その場で大きくバウンド。もがく様子はなかった。おそらく、その時点で、意識はすでに無かったのだろう。 しかし――― イーグルは、攻撃の手を緩めなかった。バウンドしたリンの背中の横に回り、強烈な手刀を打ち込む。もう一度叩きつけられたリンの脇腹に、 標準を合わせ、思い切り蹴った。 何の工夫もないキックであったにもかかわらず、リンの長身の体はやすやすと吹っ飛び、ほとんど勢いを落とすことなく、派手な音をたてて屋上にあったエアコンの室外機に叩きつけられた。 大きくへこむ、室外機の側面。おそらく壊れただろう。 叩きつけられたリンは、ピクリとも動かない。 蓮丈は、初めて暴力に対する恐怖を感じた。 そんな蓮丈に対し、まるで何事もなかったかのように、イーグルは再度要求。 「印鑑カサインヲオ願イシマス」 その言葉使いには息の乱れなど全く感じられず、つい先ほどと同じように淡々としたものだった。 蓮丈はさりげなく時計を見て、リンが刀を抜いてからまだ一分ほどしか経っていないことを知る。 一分。 その間に、立場は完全に逆転してしまっていた。 リンを倒されたことで、近衛隊は完全に戦意喪失。もはや銃も、「ただ持っているだけ」に近い状態だった。 蓮丈は、自分の取りうる決断が二通りしかないことを悟った。 『九鳳院蓮丈』としての感情を優先させ、目の前の男と一戦交えるか。 『九鳳院家当主』としての賢明さを優先させ、素直にサインするか。 さあ、どうする。一瞬の決断。 3秒後。 蓮丈は尋ねた。 「…ペンを持っているか?」 と。 下降するエレベーターの中で、オレは上機嫌だった。 ちゃんと期限を守り、配達完了。『本部』への連絡は済ませたので、あとは相棒にサイン入りの[配達証明書]を渡してしまえば 完全に〈業務〉終了だ。 これで120万円。当分生活には困らないだろう。 さて、と。 オレは、最後の作業を始めた。手始めにケータイを開き、もらったメールを全消去。 そこで、オレは妙に頭が暑苦しいことに気付いた。 …あ、フードかぶりっぱなしだったか。 オレはかぶっていたフードを脱ぎ、あるところにメールを打つ。 ------------------------- 宛先:ソレイユ 技術部 件名:第16号特殊戦闘服試験運用結果報告 本日実施した試験運用では、特殊服の防刃テストを行った。 使用した刃物は、日本刀『備前長船』。 刀を使用したのは、九鳳院家近衛隊のリン・チェンシン。 首に放たれた全力の斬撃を受けても、服にはほとんど損傷が確認できなかった。 以前に実施したテストの結果と今回の結果とを総合的に判断すると、この特殊服は職員の生命保護に極めて有効であると推測される。 ------------------------- よし。書けた。 オレは、送信ボタンを押した。 一階についたところで、携帯に着信。 相手は…お、相棒だ。 オレは仮面の陰に隠してあった変声器を切り、電話に出る。 「…もしもし?」 『やあ、僕だ。〈業務〉は終わったか?』 「一悶着あったが、無事終わったよ」 『ふーん…〈殲滅〉したのか?』 「いや。警告は一回しか受けてなかった。無力化しただけだ」 『君はやり方が激しいからな…殺してないだろうな?』 「すぐ病院行けば、後遺症も残らないだろう」 『…ボコボコにはしたのか。ま、いいけど』 「…で、本題は?」 『ああ、そうそう。今からそっち行く』 「…は?」 『君、どうせ夕ご飯まだなんだろ?いい店を知ってるんだ。一緒に食べに行こう』 「お前なあ、今何時だか解ってて言ってんのか!?」 『23時47分』 「…わかった。ロビーで待ってる」 『20分で行くよ。またな』 そう言って、電話は切られた。 …あの非常識のKY野郎め。 まあ、腹はペッコペコだし、向こうのおごりなら悪くない。 男二人でディナーってのは不満だがな。 さて、あいつが来るまで暇だ。 オレは近くにあったソファに腰を下ろし、たまたま持っていた東野圭吾の「秘密」を読み始めた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― しかし、彼は勘違いしていた。 彼の相棒は「飯を一緒に食おう」と言っただけで、「おごってやる」とは一言も言っていなかったのである。 第5話 20090911 15:57 CLUB SEGA 店内 「…え?」 真九郎は、思わず声を漏らした。 ――――――――――――――――――――――― その日も、真九郎にとっては、いつも通りの一日となるはずだった。 いつものように学校へ行き、授業を受け、放課後に新聞部に立ち寄って幼馴染の情報屋に滞納していた情報料を支払う。 そのまま下校し、紫のもとへ。道中、最近知り合った切彦という女の子と出会う。 せっかくなので一緒に行き、紫と合流。そのままゲーセンに直行し、紫がクレーンゲームをやる姿を見る。 500円消費してとれたのは、犬のぬいぐるみ。とった本人は「見ろ、真九郎!とれたぞ!」と大はしゃぎ。 その後は切彦がやる格闘ゲームを観戦し、ゲーセンを後にする―――はずだったのだが。 異変は、切彦が49人目のプロレスラーらしきものの首を斬りおとし、50人目のものと闘い始めた時に起こった。 その時の相手のキャラは、おそらく柔道家。いかにも筋骨隆々そうな、ゴツイ体だ。 たぶん、速攻で斬り捨てられて終わりなんだろうなと思っていたのだが… 始まった瞬間から、このゲームをやったことがない真九郎にも、今までの相手とは違うと分かった。 あの切彦が、明らかに押されているのだ。切彦は、凄まじい速さで指をめぐらせ、相手を刺し、切り裂こうとするのだが、 相手のキャラ7は、その巨体に似合わぬ軽やかさで、ひらりひらりと紙一重でかわし続ける。 そして、一撃、また一撃と、確実に剣士にその拳を当てていく。 負けじと切彦も応戦したのだが… 画面の中のナイフ使いは、相手の上段回し蹴りをもろに受け、倒れた。 「…え?」 真九郎は、思わず声を漏らした。 どよめくギャラリー。 何人も、向こうへ様子を見に行ったのが見えた。 切彦も、かなり驚いた表情で画面を見つめる。おそらく、今まで負け無しだったに違いない。 紫が、心配そうな声でに切彦に声をかけた。 「だ、大丈夫か、切彦!?どこか、具合でも悪いのか!?」 それに対して、切彦は、弱弱しい笑みを浮かべ、言った。 「…大丈夫です、けど…」 真九郎も、何か言おうと思ったのだが、それよりも先に、 「お兄さん」 と、声をかけられた。 「な、何?切彦ちゃん」 「…もう一回」 「え?」 「もう一回、やらせてください」 普段の彼女が見せているものとは違う、真剣な目。 それからは、強い意志が感じられた。 「…いいよ。がんばって。切彦ちゃん」 切彦は、一瞬微笑むと、目の前の画面に没頭し始めた。 ……しかし。 気迫のみで何とかできるほど、敵は甘くなかった。 数分後。 切彦は、何とか一矢報いようとしていたが、ナイフはもう、かすりもしない。 相手の男に一本背負いされ、切彦は、7回目となる敗北を味わった。 ギャラリーは、すでにほとんど全員向こう側に行っていた。 真九郎の好奇心は、あっちに行って対戦相手を見ろと言っていた。二人は一緒に画面に熱中しているので、いなくなることもないだろう。 真九郎は、本能に従った。 真九郎のイメージ的には、メガネをかけた小太りの男が熱心に指を動かしているような気がしていたのだが。 実際は、大きく違っていた。 まず目に入ったのは、大勢のギャラリー。 それをさりげなくすりぬけて、真九郎はプレーヤーを見る。 割と痩せた男。それも、真九郎と同年代。 少し野性的な顔立ちをしているが、それはゴリラのように不細工だという隠喩ではない。 では何と表現すべきか。真九郎は、言葉を探した。 だが、見つからなかった。 とにかく。 真九郎は思った。とにかく、文句なしで『美形』に分類される顔だろう、と。 しかし… 真九郎は、なんとも不思議な男だ、とも思った。 理由は一つ。 この男は、野性的な顔立ちでありながら、どことなく王族のような雰囲気をもまとっていたのだ。 だからだろう。 ギャラリーには女も大勢いて、彼を携帯で撮ったりもしている。だが、彼に声をかける者は一人もいなかった。 この男は、美形である魅力より、まるで王のように近寄りがたい雰囲気のほうが強い。 野性的に整った顔。 王のような雰囲気。 そして、アーケードゲーム機。 まるでアンバランスな取り合わせだが、この場においては、なぜかきれいに調和していた。 その指は、切彦を超えるほどのスピードで踊る。 数秒後、再び切彦を沈黙させた。 そして、彼は自分で《ゲーム終了》のボタンを押し、一言も発せず席を立った。 そこで、真九郎は初めて気づいた。 その男が、星領学園高校の制服を着ていたことに。 第6話 20090911 18:59 五月雨荘 5号室 「真九郎く~ん!ごはん、できた?」 五月雨荘に響く、若い女の声。 「…環さん、たまにでいいですから、食事くらい自分で作ってくださいよ」 真九郎は、声の主である空手家―――武藤 環を呆れたような目で見て言った。 「え~、だって真九郎君の作るご飯のほうがわたしのよりおいしいんだも~ん!」 「だったらせめて食費くらいは自分で払っ「ひど~い!真九郎くんったら、女の子にたかる気なの!?」…『たかる』っていう言葉の意味、知ってます?」 文句を言いつつも、真九郎の手は止まらない。 あっという間に、今日の夕飯であるチャーハンが完成。 環の分を盛り付け、手渡す。 「…はい、できましたよ」 「わーい、ありがと!」 環は、そのまま持参したスプーンとともに居間にあがり込み、だらしなく座る。 「俺の部屋で食べるんですか?」 「うんっ、みんなで食べたほうがおいしいじゃない?」 ニコニコと、無邪気に笑う環。その笑顔を見ると、真九郎は何も言えなくなってしまう。 それに――― 一緒に食べてくれる誰かがいることは、真九郎にとっても、うれしいことだった。 「…まぁ、いいですけど」 自分の分もできたので、真九郎は手際よく皿に盛り、環のもとへ。 着席し、 「いただきます」 と声をそろえた。 何気なく、テレビをつける。 2秒後、ものすごく後悔した。 今は7時。 NHKでは、ニュースをやっている時間だった。 「4986名もの犠牲者を出した、アメリカの国際空港爆破テロ事件から今日で8年。爆破されたサンフランシスコ国際空港の慰霊碑前では…」 一日中、注意深く避けていたものを見てしまった。 あの日、真九郎の人生を変えてしまった事件。 どこぞのテロリストによって仕組まれた、無差別テロ。 真九郎が、(戸籍上は)天涯孤独の身となってしまった原因。 全ての元凶。 真九郎は、それが今日だと知っていた。自分の家族全員の命日を、忘れるはずがない。 だからこそ、彼は避け続けていた。 せっかく時が徐々に癒してきていた心の傷が、また開いてしまいそうで。 せっかく心の奥底に封印していた、家族の死にざまや、家族との思い出が、また蘇ってきてしまいそうで。 しかし――― それを見てしまったにもかかわらず、彼は普通に夕飯をおいしいと感じることができ、「環さん、水要ります?」と隣人をいたわることもできていた。 おもわぬ自分の冷酷さに一瞬驚く。しかし、思い直す。 (まあ、こんなものなのだろう) 家族を失った悲しみは、今でも深く、辛い。だが、それでも平静さを失わない程度には、その悲しみを『忘れる』ことができていたのだろう。 それはそうだ。人間は、悲しかったこと、辛かったことを『忘れられる』ようにできている。 だからこそ、過去にとらわれすぎずに生きていける。 家族を失って、8年。さすがにいつまでも頭からその事が離れない、ということはなくなっていた。 だから、 「そういえば、五月雨荘にね、新しく引っ越してきた人がいるみたいだよ」 と環から聞いた時、真九郎は普通に驚いた。 「え!?いや、だって、ここはいつも満室じゃないですか!?なのに…!」 「なんかねー、3号室みたいだよ。いっぱい段ボールおいてあったし」 「どんな人ですか、その人?」 「それがさ、いまだに姿見せてないんだよ。一応転居祝いに余ってたエロビデオまとめて置いといたんだけどさ。さっき見たらそのまんまだったし」 またやったのか。 呆れ顔で見る真九郎。 環は、しばらく考えた後、目を輝かせ、 「そうだ!」 と叫び、真九郎を指さす。 「真九郎君!!チャーハンもって、偵察してらっしゃい!!」 「…は!?」 「チャーハン、余ってるでしょ?それ『転居祝い』ってことで持ってくの!」 「ダ…ダメですよ、そんなの!だいたい、あれは闇絵さんの」 「今日はどっか行っちゃってるよ、闇絵さん。男がギャーギャー言わないの!ほれ、しゅっぱ~つ!」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 「…で、なんで環さんまで?」 「だって真九郎君ばっかりずるいでしょ?こんな面白いこと」 「別に面白くなんか…」 「でも面白そうだから乗ったんでしょ?」 ぐうの音もでない。 それにしても、昼間の一件といい、自分はこんなに好奇心が強かっただろうか? そんなことを思いつつ、真九郎は3号室前へ。 「やっぱビデオはそのまんまか」 それは、環のセリフ。 「気配、探ってみなかったんですか?」 「軽く探ってたんだけど、途中で寝ちゃったんだよね」 それにしても。 環はだらしない女だが、戦闘面では超一流。 その彼女が、軽くとはいえ気配を探ったのなら、おそらく気づけたのではあるまいか。 とすれば―――――― 新参者は、環に気付かれないほど気配を殺したまま、引っ越してきたのだろうか。 そんなことをする必要性は? (ひょっとして、ここに引っ越してきた奴は、普通の奴じゃないのか…!?) 真九郎の胸に湧き上がる、わずかな危機感。 だが。 そんなものでは抑えきれぬほど、真九郎の好奇心は沸き立っていた。 意を決し、扉を軽くノック。 「ごめんください。隣のものですが!」  少し大きめの声と、軽く添えたウソ。  返答なし。 もう一回。 「ごめんください!隣のものですが!」  やはり返答なし。 留守にしているのだろうか…? 真九郎の胸に広がる、かすかな失望感。 「…ねえ、ちょっとこれ見てよ、真九郎君」 環の声。 それは、深刻そうにも聞こえたし、また、必死で笑いをかみ殺しているようにも聞こえた。 何事かと思い、環のほうを見る。 環が指差しているのは、ドアの下におかれた大き目の紙袋。 環の転居祝いがどうしたのだろうと思い覗いてみると。  まず目に入ったのは、一枚の短冊のような紙。  そこには、太いマジックペンで「ありがとうございました」と殴り書き。  汚い、しかし読みやすく、どこか品のようなものさえさえ感じられる、奇妙な字。  次に目に入ったのは、大量のAV。  しかし、それは明らかに環のものではない。  環のものは、すべて古いビデオだが、そこにあったのはすべて真新しいDVDだった。  当然、真九郎のものではない。となると、必然的に持ち主は一人しかいなくなる。  よく見ると、DVDのケースには『輸入品』『規制対象』の文字があるものまで。  その字は、手紙と全く同じ印象。 「…結構面白そうな男の子みたいだね」 ここには、まともな人はこないのか。 真九郎は、心底そう思った。 第7話 20090912 07:43 星領学園高校 1年1組 昨日の「謎の隣人事件」から一夜。 真九郎は、念のため朝に一回3号室をチェックしてみたが、変化なし。 やはり、隣人は現れなかった。 (どこかに、出かけてるのかな) そういえば、闇絵も昨日から姿を見せていない。 (なんか、気になるなあ) まあ、人間なら当然だろう。 突然やってきた、予期せぬ新しい住人。 そのうえ、あの環の新居祝い攻撃(?)に対する切り返し方。 まともな奴ではない、と思う。 でも、面白そうな奴だ、とも思う。 「――あ」 そういえば。真九郎は思った。 なぜ、新参者は、環への届け物を自分の部屋のドアの所に置いといたんだろう。 そんなことを考えているうちに、学校へ到着。 通りなれた道を行き、自分の教室へ。 いつものように、『彼女』はそこにいた。 「おはよう」 『彼女』―――村上銀子は、当然のごとく無視した。 真九郎は、いつものように銀子に近寄り、菓子パンを渡す。 銀子は、一切画面から目を離さずに受け取った。指の動きからして、おそらく今が山場なのだろう。 真九郎は少しだけ銀子の様子を見つめた後、自分の机に戻ろうとした。  そこで、初めて気づいた。 いつもは常に空席となっているはずの、真九郎の右隣の机。 そこに、一人の青年が座っていたことに。 その青年は、興味深いものを見るかのような目で、真九郎と銀子を見ている。 野性的に整った顔。 王のような雰囲気。 そして、昨日は気づかなかったもの。 深い瞳に宿した、理知的な光。 「―――あ」 真九郎は、思わず声を上げる。 その青年は、昨日切彦を完膚なきまでに叩き伏せたゲーマーだった。 銀子は、振り向きもしない。気づいていないのかもしれないが。 場に流れる、沈黙。 それを破ったのは、青年。 「お前等ってさ、恋人なのか?」 一拍。真九郎と銀子の脳が、その意味を理解するのに要した時間。 さらにもう一拍。銀子と真九郎の顔が、真っ赤になるのに要した時間。 そして。 動揺した真九郎は、反射的に言った。 「な…何言ってんだよ!いきなり!」 いくら鈍感な真九郎でも、そこまでストレートに言われれば気づかないわけがない。 低い、銀子の声。 「…あなた、バカなの?」 いつの間にか銀子も振り向き、怒りに満ちた目を向ける。 しかし、青年は。 「…ほほーう」 愉快そうな顔を崩さず、視線を銀子に向け、じっと見つめる。 5秒後。 「『怒り』…いや、『羞恥』のほうが強いな。『思ってもみないこと』ではなく、『隠していること』を暴かれた時の表情… で、そこに『羞恥』が加わるってことは…」 何やらぶつぶつとつぶやいた後、一言。 「…お前、いわゆる『ツンデレ』ってやつ?」 真九郎には、聞き覚えのない単語を銀子に放る。 その直後に銀子が浮かべた表情を、真九郎はしっかり読み取った。 怒り。 凄まじい、怒り。 その感情を声に乗せ、銀子は目の前の青年に火を噴く。 「あなたって人間のクズなのかしら?いや違うわね。人間のクズに失礼よね、そんなこと言ったら。ええと…」 久々に、感情を露わにした銀子を見た。 いままでに真九郎が聞いたことも口にしたこともない恐ろしい声と文言。 背筋が凍るとはまさにこの事か。銀子は静かだが、確実にキレている。 ある意味、鉄腕より恐ろしい。心なしか、足も震えだした様な気がする。 しかしその激流を、目の前の青年は。 「…あんまり言うと、そこの奴に悟られるぞ。今は気づいてないみたいだから、安心しろ。」 一言で、あっさりと沈めて見せた。 こいつは、ただ者ではない。 真九郎の本能は、そう告げた。 ―――だが。 不思議なことに、本当に不思議なことに、真九郎はなぜか、目の前の青年に人間として魅力を感じた。 「…フッ」 青年は、ちろりと笑う。 「お前ら、面白い奴らだな。お名前は?」 「…他人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るものでしょ?」 銀子は、一度静まりはしたが、それでもかなり怒っているようだ。 「おっと、すまん。君の言うとおりだ」 そういうと彼は席を立ち、黒板へ。 チョークを持つと、黒板に勢いよく字を書き始める。 「オレの名は『一成』」 汚いが、品のある字。 チョークを置くと、彼は二人が字を見やすいように場所を移動する。 そして、皮肉めいた笑みを浮かべ、言った。 「『歪空 一成』と申します。今後ともどうかよろしく」 真九郎は思った。 ―――こいつ、変わってるな。 銀子は思った。 ―――この男、まさか。 第8話 20090912 06:21 星領学園高校 新聞部 結局、『歪空 一成』と名乗った男は、あれから真九郎たちに接触してくることはなかった。 見たところ、彼はほかの誰にも接触を図ってはいないらしい。 朝のホームルームで転校生として紹介された時も、彼は「…歪空一成です。よろしく」と簡潔にしか話さなかった。 今日一日。彼は一度も自発的に他のものとかかわりを持とうとすることなく、真九郎の隣で――― 寝ていた。ぐっすりと。 眠っていてもなお、王族のような雰囲気はいささかも衰えることなく彼を覆っていた。そのせいだろう。彼は今日一日、他人からも接触を受けることがほとんどなかった。 今日、彼をなんとなく観察していてわかったこと。それは彼の賢さ。 数学の時間、割と厳しいことで有名である教師が、一成に「歪空!この問題を解け!」と怒りに満ちた声で指示。 その問題は、単元の中で最高難度を誇る問題。銀子さえも一苦労していたようだ。 おそらく、見せしめにするつもりだったのだろうが、一成は。 それまで閉じていた教科書を開き、あっという間にその問題の場所を探り当てると、一瞬だけ目を細めた。 そして、 「…X=4.72,Y=2,43,Z=6」 指示されてから、わずか10秒。 こともなげに、即答して見せた。 一瞬、クラスにどよめきが走る。教師は、一瞬唖然とした顔をしたが、すぐに怒り出す。 「ゆ、歪空!お前、カンニングしただろう!」 一成は、その様を眺める。まるで、汚いものでも見るような目で。 そして。 「…これだからアホは嫌いなんだよ」 隣の真九郎にだけ聞こえる声でぼそりと言うと、真九郎のほうを向き、一瞬笑う。 「これから面白いもの見せてやるよ」と言う、ガキ大将のように。 そして。 「…半径10メートル以内にいる人間の中で、一番頭いいのはオレだ。オレより優秀な人間がいないのに、なんでカンニングできるんだよ」 簡潔にして最もわかりやすい論理を言葉に乗せ、一成は教師に傲然と言い放つ。 一瞬、相手は茹で上げたカニのように真っ赤になって反論しようとしたが、なぜか何も言えない。 おそらく、彼も気づいたのだろう。 彼の全身が全身にまとう、圧倒的な自信に。 「…座れ」 かろうじで、そう絞り出すのが精一杯だった。 一成は玉座につく王のように、ゆったりと座った。 そして、彼は。 クラスメートから、畏怖と敬遠を得た。 2人の人間を除いて。 そして、昼休み。 真九郎は、銀子に腕を掴まれた。 「今日、新聞部に来て。何があっても、必ず来て」 そう告げる銀子の顔は、これまで見てきた彼女の表情の中でもかなり険しいもの。 「…何かあったのか?」 「いいから」 詳しくは新聞部で、ということなのだろう。 「…わかった」 こうして、午後の授業にろくに集中できないまま、真九郎は放課後を迎えたのである。 「…どうしたんだ?」 それは、7分間の沈黙に耐えかね、真九郎が発した言葉。 その声は、おそらく届いているだろうが、銀子は無視。 カタカタと、キーボードをたたき続ける。 「…あんた、気づいてないの?」 30秒後、銀子は問う。 「…何に?」 何のことだかわからない真九郎としては、ただ困惑するしかない。 銀子は椅子を回転させ、真九郎を冷たい目で見る。 ―――そういえば、こいつは鈍かった。 ますます困惑する真九郎に、銀子は仕方無く答えを教える。 「…あいつよ。歪空 一成」 …え? それは、真九郎にとって、全く予想外の言葉。 「銀子、あいつのこと気にしてたのか!?」 「…あたりまえじゃない」 嘘だ。ていうか、これは。 あの銀子が。 一日しか会っていない男を、その、気にしてたってことは。 「…好きなのか?」 その時、銀子が浮かべた表情。 朝のあれと全く同じ。 真っ赤になり、叫んだ。 「そ……そんなわけないでしょ!!!バカ!!」 久しぶりに、銀子の大きい声を聞いた。 「じゃあなんなんだよ」 ここは、さすが銀子。 真っ赤になったまま、しかし、声は幾分落ち着け、彼女は言う。 「歪空 一成」 「いや、だから何?」 「《歪空》」 銀子がアクセントを置いてくれたおかげで、初めて気づいた。 「《歪空》一成でしょ?あいつ」 やはり、自分は鈍い。  《歪空》。 それは、彼にもなじみ深い《崩月》と同じ裏十三家の一つだった。 第9話 20090912 17:35 バー「ツァラストラ」 今回はイーグルの視点で進行します。 高校からの帰り道、バスに乗り込もうとしたオレは、携帯の着信音に気付いた。 メールならシカトしても良かったのだが、それは電話だった。 相手の表示は、『アルタイル』。 オレはため息をついてバスの列から外れ、電話に出た。 「…何だ?」 『やあ、僕だ。どうだい?新しい高校は?』 「特に変わりはない。要件がそれだけなら切るぞ」 『待ってくれ。話したいことがあるんだ。いつもの所で会おう』 「今話せよ」 『〈業務〉にかかわることなんだよ。30分で来てくれ。じゃあな』 オレの返事を待つことなく、奴は切りやがった。相変わらずマイペースな野郎だ。 本当なら行きたくないが、すっぽかそうもんなら奴は家まで飛んでくる。 それは避けたかったので、オレは奴のもとへ向かうことにした。 新宿。 黒く塗りつぶされていく空と反比例するように、町は活気づいてきていた。 煌びやかなネオンや、人の笑い声というものは、闇の中でこそ花開くものだと思う。 一瞬新作のゲームのことを思い出し、ゲームショップへ行きたくなった。 が、オレはプロだ。 お楽しみは、仕事が終わってからにしよう。 オレは、どんどん繁華街から離れ、裏路地へと入っていく。 すぐに人気はなくなり、あたりには腐敗した生ごみのにおいと酔っぱらいのゲロの香りが匂う空間と化してきた。 このあたりの交番には、警官はいない。パトロールという名目で、常にどこかへ行っている。 まあ、職質しただけで撃たれたり、目を合わせただけで青龍刀で切り付けられるような場所に行きたい奴は、だれもいないに違いないが。 そんなことを考えているうちに、オレは目的地に着いた。 バー「ツァラストラ」。 ビルの地下4階に位置する、薄汚い店だ。 立地条件の悪さと、店内の雰囲気とで、客はめったに来ない。 それだけに、オレたちのような『こっち』の人間が大きな声では言えないことを話すときには、使い勝手の良い店だった。 オレは、階段を降り、分厚い木製の扉を開けた。 いつもの、薄汚い店内。 その一番奥、最もトイレに近いところに相棒はいた。 オレはそこが嫌いなのだが、相棒は大好きらしい。 オレは、そこに歩み寄る。 相棒は、一人チェスをしていた。 「〈業務〉の話って?」 オレはそう声をかけ、白いポーンを動かす。 「『ソレイユ』に入ったんだ。割といい仕事がね」 そういって、相棒は黒いナイトを動かした。 しばらくは、駒の音だけが響く。 しばらくして、相棒は言った。 「赤馬 隻という男を知ってる?」 「いや」 「≪レッドキャップ≫とも呼ばれてる」 オレは、しばらく記憶を探る。 脳裏に浮かぶ、白い髪。 「…ああ。『ソレイユ』の資料でチラッと見たな」 そういって、オレはビショップをずらす。 完全に予想外だったらしく、相棒は目を見開いた。 「そいつに、何か届けるものが?」 「殺してくれ」 沈黙。 奴にとっては、たぶん目の前の局面をどうしのぐかで頭がいっぱいなんだろう。 一方、オレは。 「…How much?(いくらで?)」 報酬のほうが気になっていた。 「42」 相棒は、うわの空で答えた。 「え?ホントに割が良いな。42万なんて」 「奇跡的に『第五種危険任務手当』がついたんだよ。で、どうする?」 「ああ、もち…」 ろん、という言葉がなぜか言えなかった。 レッドキャップは、確かにそれなりに名は通っているが、オレでさえ思い出すのに時間がかかったほどの小物だ。 なのに、『第五種』。 何か、裏があるのか。 人の死には興味ないし、殺人にも抵抗はないが、『裏』は気になる。 「言っとくけど、何も言えない。僕も知らないからね」 そういって、相棒はビショップを動かし、防衛。 「ただ、噂によると、そいつは近々大仕事をするらしい。裏社会のパワーバランスを崩しかねないほどの。 それを嫌がる人たちが、依頼してきた―――そんなとこだろう。おまけにそいつ、悪宇商会所属なんだ」 なるほど。 要は「悪宇商会から応援来るかもしれないから」ということだろう。 1対大勢になる危険アリ。 だからこその『第5種』。 しかし、オレには関係ない。 最近、何かと物入りで、そろそろ収入がほしかったところ。 「…決行は?」 「1か月後。時期が近付いたら連絡する」 「わかった。あと…」 オレはクイーンをずらし、「チェックメイト」と宣告。 血の気の引いた相棒に、 「お前が見つけた五月雨荘とかいうところ、なかなか面白そうだ。あそこに引っ越したのは正解だった。ありがとよ」 と、告げた。 [[4スレ 845(2)]]へ続く

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