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**純愛ルートAパート
-作者 伊南屋
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-レス番 69-71
-備考
69 伊南屋 2006/06/28(水) 00:23:53 ID:J6Wp070e
雨というものはどうしてここまで自分を憂鬱にさせるのだろうか。
小雨の降る土曜、柔沢ジュウは喫茶店の窓から外を眺めながら、そんな事をぼんやり考えていた。
そう言えば雨は喫茶店に入ってから降ってきたので傘を持ってきていない。
ジュウは外に向かっていた思考を喫茶店の中に引き戻した。
窓際の席にはジュウと堕花雨が向かい合って座り、ジュウの隣には斬島雪姫がいる。その向かい、雨の隣に円堂円が陣取って、四人掛けのテーブルを占めているというのが今のジュウ達の状態だった。
ジュウを憂鬱にさせているのは天気の雨だけではない。目の前にただ黙して座る雨という名の少女も原因だった。
何故、彼女が自分を憂鬱にさせるのか分からない、深く考えてない。しかし確実に自分は憂鬱になっている。
雪姫と今度こそ付き合うことになった旨を告げるのを躊躇っている。
そう、そのためにジュウ達は集まっているのだ。話がある。そう言って雨と円に来てもらった。言い出したのはジュウだ。別に黙っていても問題はないのだろうがこの二人には浅からぬ縁と恩がある。伝えるのは当然のような気がした。
しかし、いざとなると沈黙してしまう。それの根底にあるのは恐れだ。
――恐れ? 一体何を恐れることがある。何もやましいことはない。
ジュウは意を決して口を開いた。
「雪姫と付き合うことにした……」
殆ど呟くようにして告げる。その言葉の伺い、向かいに座る二人に視線をやる。
二人とも見た目には変わらないように思える。雨は平然と佇み、円はあまり興味なさそうに、どこへともなく視線を投げ、沈黙ゆ保っている。
ジュウが静けさに耐えかねた所で沈黙を破ったのは雨だった。
「それは本当なのですか? また以前のように、二人で何か調べているのでは?」
「いや、本当だ」
「そう、ですか」
そこに落胆を読み取ったのは、自分の希望的観測か、こんなにも罪悪感を覚えるのも錯覚か、ジュウは判別がつかなかった。
「雪姫も、間違いないのですか?」
ジュウに向けられていた視線をその隣に移し、確認する。ジュウはそこに縋るような雨の弱さを見た気がした。
70 伊南屋 2006/06/28(水) 00:51:29 ID:J6Wp070e
「うん、本当……」
あまり減っていない紅茶に視線を落としながら雪姫が答える。
今回の事に雪姫はあまり乗り気ではなかった。それは気恥ずかしさのようなものではなく、もっと負の感情――例えば“後ろめたさ”等のものであるように思えた。
「一つ気になったんだけど良いかしら?」
不意に今まで興味なさそうにしていた円が割り込んだ。
「なんで雪姫と付き合うことにしたの?」
何気ない、至極当然の疑問にしかし、ジュウは即答しかねた。
無論、あの夜の事を有りの儘に話すわけには行かないだろう。だからと言ってどう誤魔化せばいいのかジュウは分からなかった。
答えあぐねるジュウに助け船を出したのは、意外にも雨だった。
「あまり無粋な事を聞くものではないでしょう。ジュウ様、この事には答えずとも宜しいですよ?」
「あ、そう……か」
その言葉に安堵しつつも、どこか彼女達に嘘をついている気になってしまう。
――いや、本当の事を言っていないということでは同じか。
いつしか思考に自己弁護が纏わりつく。母ならこんな自分を嘲笑するだろう。自分自身が自嘲の笑みを浮かべてしまいそうなのだ。あの母なら尚更だろう。
「で、話ってそれだけ?」
円が苛立たしげに切り出す。
「あ、あぁ……そうだ」
「まったく……まさかのろけ話を聞かされる為だけに呼び出されるとはね。寄りにもよって……まあ良いわ、止めておきましょう。お幸せに、お二人さん」
そう言って円はもう話はないとばかりに立ち上がる。
「午後から稽古があるから失礼するわ」
円は自分の分の代金をテーブルに置くと、喫茶店から出ていった。
「のろけ話か……」
成る程、客観的に見ればそうなるのか。円に言われるまでジュウはそうは思ってはいなかった。これはあくまで報告であり、自慢ではない。そう思っていた。
「ジュウ様、私も今日は用事がありますのでこれで」
雨が立ち上がり財布から紙幣を数枚抜き出す。
「おい、これ……」
置かれた紙幣は全員の飲食代を合わせた分を払える金額だった。
「これは私からのお祝い。ということにしておいて下さい」
「雨……」
雪姫が少し、物悲しげな表情を浮かべる。その視線は差し出された紙幣を捉えたまま固定されている。
「雨、こんなの受け取れないよ……」
「では、これはお祝いではなく、私なりのけじめです。それなら受け取ってくれますか?」
71 伊南屋 2006/06/28(水) 01:22:01 ID:J6Wp070e
「けじめ?」
ジュウはその言葉の真意が分からなかったが、雪姫と雨は通じるらしい。ジュウの知らぬ所で意志の疎通がなされ疎外感を感じる。
「分かった。柔沢君も、良い?」
「……雪姫が良いって言うなら」
正直、納得しかねる所はあるものの、単純に厚意から来ることなら無碍に断るのもはばかられる。例え、そこにそれ以上の意味が込められていても。
「それと、もう一つ」
雨が雪姫と、そしてジュウを見る。
「私がジュウ様の下僕で有り続けることを許して頂きたいのです」
その言葉は嘆願でありながら、拒否を許さないような強さが込められていた。
ジュウはそれに、ただ頷く事でしか応えることは出来なかった。
* * *
「二人とも、帰っちゃったね」
喫茶店に残された二人は立ち上がる事はせず、そのまま席に着いていた。
「これからどうしよっか」
時刻はこれから昼になろうかという程度。このまま帰るにはまだ早い時間だ。
「どっか……行くか?」
別に行く宛もなく街を歩くのも良いだろう。なんなら雪姫にプレゼントの一つも買ってやるのも良い。財布の中身は心許ないものの、それくらいはしてやれる。
しかし雪姫は首を横に振った。
「私の家にこない? 私は柔沢君の家に行ったことはあるけど、逆はないでしょ?」
そう言って、ジュウの顔を伺ってくる。
「別に俺は構わないけど……良いのか?」
「私が誘ってるんだよ。じゃあ決まりだね。行こう」
雪姫が席を立ち、一瞬躊躇って雨が置いていった紙幣を取り、レジへと向かう。その顔は複雑な陰を帯びていた。
清算を済ませる雪姫に追いつき、その横に並ぶ。店を出る頃には雪姫の憂いは晴れていた。
「柔沢君、あのさ……」
雪姫がジュウを見ながら聞いてくる。
「なんだ?」
「名前で、呼んで良いかな?」
「構わない」
「それと……はいっ」
雪姫が差し出してきたのは手だった。
「手、握らない?」
差し出された手を見つめたジュウはやや赤くなりながらも、そってその手に自らの手を重ねた。
「ふふっ」
嬉しそうに微笑む雪姫を見て思う。
こんな雨降りでも、いずれ雨も上がるだろう。雨が止むように、あの少女も自分の元を去るときがくるかも知れない。それでも、雪姫となら平気かも知れない。そう思えるのはきっと幸いな事なのだ。
ジュウは灰色に煙る空を見上げ、そんな風に思った。