円さんの空手教室

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223 箒星 sage 2008/06/12(木) 20:57:46 ID:hfOJa00N 某月、某日、某所の道場。 そこで二人の人間が空手着に身を包み組み手をしていた。 一人は中世的な顔立ちと短く刈られた髪が特徴的な長身の少女、円堂円。 もう一人は金髪に鋭い目つきと、普通なら道場から叩き出されてもおかしくない風貌をした少年、柔沢ジュウ。 最近ひょんな事から出会った二人の関係は友人。 それ以上でも以下でもない、微妙な関係。 そんな二人が真剣な顔つきで組み手をしているのには、もちろん訳がある。 224 箒星 sage 2008/06/12(木) 20:58:56 ID:hfOJa00N ジュウを主だと信じてやまない電波系の少女、堕花雨と出会い、ジュウの今までの自堕落な生活は変化しつつあった。 偶然か必然か、ジュウは次々と凶悪事件に巻き込まれる用になったのだ。 しかも、そのたびに堕花前や、その友人である斬島雪姫、円堂円に助けてもらうという体たらく。 自称不良を名乗っているジュウは決して弱いわけではないのだが、 今までの事件では役に立ったことはほとんどなかったとジュウは思っている。 つまり圧倒的に力不足を感じていたのだ。 そこでジュウは空手をしている円に、自分も空手を習いたいと頼み込んだのだ。 せめて自分の身ぐらいは自分で守れるように。 くだらない自分が、いつか一人きりっになった時でも生きていけるように。 男嫌いとして有名な円はずっとその頼みを断り続けていたのだが、 とある事件をきっかけに結局折れて、その申し入れを受けたのだ。 225 箒星 sage 2008/06/12(木) 20:59:36 ID:hfOJa00N そして数週間後、円に連れて来られたのは古いが、どこか趣のある道場だった。 聞いた所によると、ここは円が小さい頃から通っている道場で、光もここの門下生だという。 ジュウは髪を黒く染め直さなかったのは、まずかったかなと思っていたのだが、 そんなジュウの心配を予想していたのか円は、 「ウチの師範は大らかな人だから大丈夫よ」 と言った。空手の師範としてそれはどうなのかとジュウは思うのだが、 髪をわざわざ染め直さなくてすんだジュウは深く考えずにそれで納得した。 そして、とりあえずここの道場の師範と会うことになった。 師範のいる部屋に連れて行かれるまでに、ジュウの姿を見てあからさまに眉を顰める者もいた。 それはジュウがそこらへんにいる粗暴の悪い不良にしか見えなかったからか。 それとも、円堂円が男を連れてきたことに驚いているのか。 それはきっと両方なのだろうとジュウは思った。 226 箒星 sage 2008/06/12(木) 21:01:08 ID:hfOJa00N 「君が柔沢君だねー!円ちゃんから話は聞いてるから、どうぞよろしく!!」 「えっと…よろしくお願いします」 ジュウは環と名乗ったこの道場の師範を見て驚いたことがいくつかあった。 ここの道場の師範がまだ若い女性だったと言うこと。 師範の割にはノリが軽い……というよりなぜか一升瓶を抱えているということ。 あと一番驚いたのが、この師範が 「それにしても君なかなか良い体してるね。どう、後でお姉さんと一緒に良いことして遊ばない?」 「……」 円から聞いていた話より、はるかに非常識だったと言うことだ。 男のジュウでさえ言うことをためらうような卑猥な言葉を普通に吐いてくる。 「その年頃じゃ色々とたまるでしょ?今度いい洋物のビデオ持ってきてあげるね」 「いや…別にいいです……」 「別に気にすることないよぉ、私と柔沢君の仲じゃない」 「まだ知り合ったばっかなんですけど…」 227 箒星 sage 2008/06/12(木) 21:01:54 ID:hfOJa00N だんだんこの師範と話すのが億劫になってきたジュウは、自分の隣で正座している円に視線を向けてみた。 円は顔色一つ変えず、いつも通りの顔つきで座っていた。 彼女がこういう態度をしているということは、おそらくいつもこのような感じなのだろう。 ただジュウには、円の男嫌いはこの師範が少なからず起因しているように思えてならなかった。 「ところで二人はどういう関係なのかなぁ?もしかして恋び… 「柔沢君そろそろ練習に入りましょうか」 環の言葉に覆い被せる様な形で鋭く発言した円は、ジュウの手首を掴むと部屋から出て行った。 気のせいか、円の足の進みがいつもより早い気がする。 -何をそんなにあわててるんだ? そして環が後ろから何かを叫んでいたが、あいにくジュウには聞こえなかった。 228 箒星 sage 2008/06/12(木) 21:02:39 ID:hfOJa00N その後、渡された空手着に着替え、基本の型を教えら得たジュウはすぐに実戦に近い訓練に移った。 それは、円が繰り出してくる攻撃をすべて防ぐか避けるかというもの。 一見単純そうに見える訓練だが、神速と言っても過言では無い円の足技を防ぐのは容易なことではない。 詳しい説明を省きすぐ稽古に移るのは、実践に勝る訓練は無いということなのだろう。 ジュウとしても、言葉で説明されるより、こういった訓練の中で学んだほうがありがたい。 そして場面は冒頭に戻る、 「動きが大ぶりすぎ、もっと最小限の動きで攻撃をいなすの」 「…ッ!!」 円の蹴りを紙一重でいなし続けるジュウ。 円は一切手加減をしない。 ジュウに少しでも隙があればそこを突いてくる。 そんな非常とも思える行いが、逆にジュウにとっては清々しかった。 手加減が無いというのはある意味、自分の力を認めてくれているという裏返しのように感じたからかもしれない。 そもそも、あの苛烈な母である柔沢紅香と小さい頃から向き合ってきたジュウにはこれ位がちょうど良いのだ。 しかし、そんなことを考えていたジュウの一瞬の隙を突いて、円はジュウとの間合いを詰めていた。 229 箒星 sage 2008/06/12(木) 21:03:25 ID:hfOJa00N 「遅い」 「グッ…!!」 円の神速の蹴りがジュウの鳩尾に深く突き刺さる。 頑丈さが取り柄のジュウもさすがに耐えきれず膝を付く。 そんな状態なジュウにも円は優しさを見せず、冷徹な声で採点する。 「気を抜いちゃダメ。少しでも隙があったら強い奴は絶対にそこを狙ってくるから。 あと少し視野が狭いわね。もう少し広く視野をとらえれば、うまく立ち回ることもできるはずよ」 「あ、ああ…わかった。くそっ、情けねぇ」 自身の不甲斐無さに舌を打つジュウだが、意外にもこれには円がフォローを入れた。 「気にすることないわ。初めてでこれだけできれば大したものよ。それに……少し飛ばしすぎたわ」 お茶入れてくるわ、と言い残し円は部屋を出て行った。 ジュウは少しでも体力を回復させるため、道場の真ん中で大の字に寝転がると、ふと思った。 彼女は練習を飛ばしすぎたと言っていた。 冷静な彼女にしては珍しいことだとジュウは思った。 何かうれしい事でもあったのだろうか? ジュウは少し考えてみたが分からなかった。 230 箒星 sage 2008/06/12(木) 21:05:03 ID:hfOJa00N 「それにしても本当に大したものね。体の頑丈さもそうだけど、飲み込みも驚くほど速い。あなた本当に一般人?」 「人を何かの化け物みたいに言うなよ」 「誉めてるのよ」 円の入れてきた粗茶を飲みながらしばしの休息を取る二人。 円との世間話は思いのほかよく進む。 雨のようにこちらの質問に答える訳でもなく、雪姫のように一方的に話を進める訳でもない。 昔ながらの友人と話しているように、ただ話しやすいのだ。 少し前までの自堕落な生活からはあり得なかった状況。 確実に変わりつつある自分と周りの環境。 けど決して悪いことではないとジュウは思う。 軟弱な自分は彼女たちと出会って、さらに軟弱になっていると思っていた。 しかし、今の自分は少しでも強くなろうと努力している。 結局のところ、自分はどのうように変化しているのだろう? 231 箒星 sage 2008/06/12(木) 21:06:23 ID:hfOJa00N ジュウがそんな事を考えていると、環が道場に入ってきた。 「円ちゃーん、お客さんだよー」 「お客?誰ですか?」 「うーん…たぶん柔沢君も知っている子だとは思うよ」 クックックッと笑い声を洩らしながらしゃべる環。 そして、ジュウはそんな環の笑い声を聞いて、嫌な予感がした。 そして嫌な予感というものは、得てして当たるものが世の常だ。 環と変わるように入ってきたのはたしかににジュウも知っている人物だった。 「ヤッホー円!借りてたマンガ返しに来たよ……」 元気よく入ってきた雪姫は二人の姿を見て硬直。 ジュウと円も思いがけない闖入者に硬直。 とりあえずひと波乱ありそうだとジュウは思った。 251 箒星 sage 2008/06/22(日) 22:44:56 ID:xaI57sXb 【円さんの空手教室】後編 突然道場に入ってきた雪姫は、マンガの入った紙袋を突き出したような形で固まっている。 まさかジュウがここにいるとは思ってもみなかったのだろう。 しかも円と二人っきりという、誤解しても仕方がないシチュエーション。 しばしの沈黙の後、雪姫は率直に自分の疑問を口にする。 「なんでここにジュウ君がいるのかなぁー?」 顔は笑顔のまま。 しかし声は明らかにいつもより怒気を含んでいる。 ジュウはなんとなく居心地が悪くなり、頭を掻きながらなんとか言葉を見つけようとする。 「あー…それはだな……」 しかし頭の中に出てくるのは言い訳ともつかないような、屁理屈ばかりだ。 おれは本当に頭が悪いなと思いながら、少し後悔する。 ジュウは円に空手を習うことを雪姫や雨には黙っていたのだ。 それはジュウのプライドから来たもの。 くだらないとジュウ自身も思うのだが、隠せるなら隠しておきたい。 そもそも空手を習いだしたのは彼女たちに迷惑を掛けたくなかったからなのだ。 しかし、バレてしまった以上隠す意味もない。 ジュウは腹をくくることにした。 「実は円堂から空手を習うことにしたんだ。お前や雨には黙っててすまなかった」 252 箒星 sage 2008/06/22(日) 22:46:25 ID:xaI57sXb スマンと頭を下げて素直に謝るジュウ。 無自覚な高潔を持つ彼が時折見せる誠意の籠った謝罪。 それを見た雪姫は頬をふくらませて小声でつぶやく。 「…そんな風に謝られたら、責める事なんてできないじゃん」  「なんか言ったか?」 「なんでもないよー。それより、円もどうして黙ってたのさ。教えてくれてもよかったのにぃ」 今度は円に問い詰めるように子供っぽく頬を膨らませる雪姫。 そんな雪姫の反応に円は意も介せず、平然とこう言ってのけた。 「そういえば言ってなかったわね。うっかりしてたわ」 うっかりしていた。 あまりにも白々しい言い訳だったが、円はあくまでそれで通すらしい。 そんな円の様子に雪姫は頬を膨らませるのを止め、どこかほれぼれする様な、にこやかな笑顔でこう答える。 「そっかー、忘れてたんだー、それなら仕方ないねぇー」 声のトーンが一段低くなった雪姫。 「そうね、仕方ないわね」 華麗にスルーする円。 「……」 253 箒星 sage 2008/06/22(日) 22:49:01 ID:xaI57sXb 2人のやり取りを見ていたジュウは、なぜかこの部屋の気温が一段と下がったような感覚に陥った。 背中からは冷や汗のようなものまで流れている。 正直居心地が悪い。 -ちょっと待て、なんだこの状況は? 何故かは分からないが、自分が理由でこうなっているのは理解できる。 とりあえずこのままではいけないと判断したジュウは、話題を変えてみることにした。 「円堂、そろそろ練習再開しないか。おれはもう大丈夫だからよ」 「…そうね、もう十分休んだし練習を再開しましょうか」 円は帯を締め直し、立ち上がると雪姫の手からマンガの入った紙袋を受け取る。 「それじゃあね雪姫、わざわざ道場までマンガをとでくれてありがとう。また明日学校で会いましょう」 円の声に若干冷静さが戻ったのを感じて、ジュウはホッと内心で息をついた。 友人である二人が喧嘩している姿を見くはない、その理由が自分であるならなおさらだ。 しかしどうやら神様はジュウに心の平穏を与える気はないようだ。 雪姫は別れのあいさつを告げず、笑顔でこう言った。 「せっかくだから練習見てくよ」 「はっ?」 ジュウの表情が再び固まる。 一方、円は普段見せないような晴れやかな笑顔を浮かべる。 254 箒星 sage 2008/06/22(日) 22:49:34 ID:xaI57sXb 「そんな無理しなくていいのよ雪姫、忙しいでしょ」 「ううん、今日は何にもない日なんだ、だから問題ナッシング!なんなら円の代わりにジュウ君に武道教えてもいいよ」 「気を使わないくていいわよ、頼まれたのは私なんだから」 「円こそ無理しなくてもいいよ、1人で教えるのは大変でしょ」 「大丈夫よ、毎日のように後輩たちに教えてるんだから」 「そうだよねー、毎日男並みに鍛えてるもんねぇー」 「うふふ、そうかしら」 「あはは、そうだよー。それに…」 横目でチラリとジュウを盗み見る雪姫。 「色々と心配だしね」 「あら、何が心配なのかしら?」 「やだなー円ったら。分かってるくせに、そんな下手な演技しちゃって」 「うふふ、ごめんなさいね」 「あはは、別にいいんだよ」 恐すぎる。 会話だけ聞いていたら和やかな雰囲気、しかし実際はかなり険悪な状況。 2人の後ろに修羅の化身でも立っているかのようにさえ感じる。 この二人のやり取りに肝を冷やしながら、ジュウは思う。 -なんでこの2人、今日はこんなに仲が悪いんだ!? その理由はきっと、今のジュウには出すことのできない理由なのだ。 255 箒星 sage 2008/06/22(日) 22:50:39 ID:xaI57sXb 「――ハアッ!」 「クッ…コノ!」 常人なら一撃で意識を狩ることのできる円の蹴りを、腕に片手を添えてガードする。 練習を再開して既に30分が経過し、ジュウの動きは格段に良くなっていた。 柔沢紅香の血を継ぎ、元々荒っぽい出来事に首を突っ込んできたジュウの格闘のセンスはかなりのものだ。 教えられているのが防御の型だけとはいえ、飲み込みは恐ろしく早い。 -円堂が体を横にずらした、この形は… 視界に入るものから自然と、薄く思考を流し、無意識に体を横にそらす -左足による、上段の蹴り! ジュウの予測通り、円は左足を大きく跳ねあげた。 そして、跳ね上がった蹴りは、体をそらしたジュウの横を通り抜ける。 その隙にジュウは膝に力を込め後ろへ飛び、体勢を立て直した。 円もまた、むやみに飛び込もうとはせず、型を整え体勢を立て直す。 対峙するように睨み合いながら、隙を狙う円と、その動きを読もうとするジュウ。 そんな2人の対峙を破るようにパチパチと拍手が起こった。 「ジュウ君すごいね!円の攻撃を短時間でそこまで防げるようになるんて、たいしたものだよ、うんうん」 「円堂の教え方がうまいからな。おかげで今まで自分がどれだけ無鉄砲に攻撃してたのかよくわかるよ」 一息ついでに雪姫としゃべるジュウ。 いままでの不良と喧嘩していた時は、持ち前の頑丈さとタフさで相手をねじ伏せいた。 しかし、防御だけに集中した今、色んなことが見えてくる。 相手の動き、息遣い、周りの様子、そして自分自身の置かれている状況。 なるほど、円堂の言っていた視野を広くしろとはこの事かと、ジュウは納得する。 しかし、 256 箒星 sage 2008/06/22(日) 22:55:41 ID:xaI57sXb 「よそ見しない!」 「ッダ!?」 脇腹に円の回し蹴りが決まり、息が一瞬止まるジュウ。 急な不意打ちに抗議の声を上げる。 「人が話している時にそりゃないだろ…」 「私は一言も休んでいいと言っていないわ。油断していたあなたが悪い」 「たしかにそれはそうなんだけどよ…」 何となく釈然としないジュウ。 そんなジュウの疑問に答えるように、雪姫はおかしそうにニヤついている。 「わかってないなージュウ君。円はねー」 「余計な茶々入れないでもらえる雪姫」 「ぶーぶー」 頬を膨らませながら不満の意を示す雪姫は円とは対照的に、とても子供っぽい。 ジュウは呆れつつも、先程よりは険悪的な雰囲気が薄れていたことに内心ホッとしていた。 あんな風になってもすぐにもとの関係に戻れる、親友という繋がりが少し羨ましい。 257 箒星 sage 2008/06/22(日) 22:56:13 ID:xaI57sXb そんな2人の様子を微笑ましく見ていたジュウだが、雪姫は良いアイディアが浮かんだと言わんばかりに、人差し指を上に立てる。 「そうだ!ここは多人数が相手の状況も考えて、2対1でやるっていうのはどお」 「はっ?」 いきなりの無理難題に、おもわず聞き返すジュウ。 しかし、以外にも円はその意見に賛成的。 「そうね、実戦と似た状況で一回ぐらいは戦っておかないとね」 「だよねー、ということでジュウ君は私たち2人の攻撃を防いでね」 「ちょ、ちょっと待て!俺はまだやるなんて一言も…」 「無駄口叩かない。師匠命令よ」 「そういうこと、じゃあ行くよー」 「ちょ、まっ…」 ちょっと待てと言おうとしたジュウの発言は2人の攻撃をもろに食らい、中断された。 仲直りしたとたんこれかと、ジュウは背中から倒れる自分の体を感じながら思っていた。 258 箒星 sage 2008/06/22(日) 23:02:41 ID:xaI57sXb あの後、結局何度も2人の攻撃を受け続け、心身ともに限界がきた一歩手前で今日の練習は終わった。 帰り際に環が渡そうとした洋物のビデオを丁重に断りつつ、3人は道場の外に出る。 家の方向が違う雪姫は一人で先に帰ることとなった。 「じゃあねー、円ー!もう抜け駆けは無しだよ~」 「はいはい」 「ジュウくーん!こんどは私と遊ぼうねー」 「俺は遊んでたわけじゃねぇよ」 右手をぶんぶんと振り回しながら、帰路に就く雪姫。 帰る時までやかましかったなと、ジュウはため息を付くが、それが斬島雪姫の本質だと理解はしている。 元気いっぱいの後ろ姿を見つめながら、ジュウは疑問に感じた事を口にする。 「そういえば抜け駆けってなんの話だ?」 「さあ、見当も付かないわね」 軽くあしらわれた様に感じたが、無理に聞き出す必要もないだろうと、ジュウはそれで納得した。 その時、黒塗りの車が二人の前に止まった。 ジュウは一応警戒したが、どうやら円の迎えの車らしい。 259 箒星 sage 2008/06/22(日) 23:03:09 ID:xaI57sXb 「それじゃあね柔沢君、また来週きなさいよ」 「ああ色々と勉強になったよ。ありがとな円堂」 「……」 「んっ、どうかしたか?人の顔じろじろと見て」 「なんでもないわ、それより気分が変わったから乗って行きなさい」 「はっ?」 「家まで送って行ってあげる」 その後、ジュウはこれ以上迷惑は掛けられないと主張したが、円が無理やりジュウを車に押し込めるような形になり、結局送ってもらうことになった。 ジュウは広々とした車内を見渡す。 この前、乗った時も思ったのだが円の家の送迎車の豪華さは異常だ。 警察関係者に強いコネも持っているようだし、いったいどういう仕事をしているのか、ジュウも気にはなる。 聞こうとまでは思わないが。 「…あいかわらず、すげぇ車だな」 「そう?普通だと思うけど」 「いや普通ではないと思うんだが…」 260 箒星 sage 2008/06/22(日) 23:03:28 ID:xaI57sXb 若干、一般常識とズレがあるのは雨や雪姫と似てるなとジュウは思う。 「ところで円堂はいつぐらいから空手習い始めたんだ?」 「物心ついた時にはもう、あの道場には通ってたわ。うちってそういう家系なの」 どういう家系だ?とジュウは思ったが、無理に聞き出す必要はない。 相手の過去を根掘り葉掘り聞き出すのは趣味じゃない。 相手が知っていても問題ないというところまで聞けばいいのだ。 「大変じゃなかったか?小さい時から女の子が武道習うのって」 「まあ大変ではあったけど、楽しくもあったわ。今の世の中で、自分の身を自分で守れるのはすごい得だと思うし」 「まあそりゃそうか」 犯罪が増える一方の世の中で、自分の身を自分自身で守れることは大切なことだ。 あの雪姫もそれなりの護身術は身につけているようだし、雨は見た目とは違いかなり強い。 ジュウ自身も、一人で生きていける力がほしくて、円に教えを乞うているのだ。 「だから髪も短くしてるのか?」 「これは男に言い寄られるのが嫌で切ったのよ。初めて会った時に言ったはずだけど」 「ああ…」 261 箒星 sage 2008/06/22(日) 23:03:59 ID:xaI57sXb たしかに秋葉原で初めて雪姫と円にあったあの日、ファミレスでそういう話をしていた気がする。 「たしか高校に上がると同時に髪切ったつってたな」 「ええ、中学では言い寄ってくる男がうざかったからね。その代わり高校では女の子が言い寄ってくるようになったけど…」 「そうなのか?…けどなんつーかもったいないな」 「なにが?」 「だって女にとって、せっかく伸ばしてた髪をバッサリ切るのなんてのは辛かっただろうなと思ってよ。しかも理由が男除けじゃな」 「……」 まえに紅香は長い髪は女にとって宝のような物だと言われたことがある。 それを切ってしまうのはかなり嫌だったに違いない。 理由が彼の嫌いな男のためというならなおさらだ。 しかし円は何がおかしいのか、薄く微笑んでジュウを見ていた。 「ホント…たまに変なところで女殺しのセリフ言うんだから」 「どういう意味だ??」 「それはあなた自身が考えなさい、あと私はこの髪形はそれなりに気に入ってるから気にしないで。たしかに空手やる時も短い方が便利だしね」 「そうか?それなら別いいんだけどよ」 「それとも柔沢君は長い髪の方が好み?」 「は?なんでそうなるんだよ?」 「雨も雪姫もそれなりに髪が長いでしょ」 262 箒星 sage 2008/06/22(日) 23:04:45 ID:xaI57sXb それはそうなのだが、なぜここであの二人が例として出てくるのかジュウには理解できなかった。 「別に髪の好みとかそんなのねぇよ。まあ長いほうが女の子っぽいとは思うけどよ」 「そう…」 円は自分の前髪をつまみ上げる。 そしておかしそうにまた微笑んだ。 「そうね…また髪伸ばしてみてもいいかもね」 「は?おまえ、さっきまでいってた事と、ちがっ…」 「心境の変化よ。そういうこと女の子に聞くのは無粋よ、やめなさい」 「そ、そうなのか?」 「そういうものなのよ」 いまいち釈然としないジュウ。 しかし円の機嫌は良いみたいなので、ジュウは深く考えないでおいた。 そうこうしている内に、ジュウの住むマンションが見えてきた。 運転手がマンションの入り口に車を付けると、ジュウは円から貰った空手着を手にして車を降りた。 「それじゃあまた今度な円堂。今日は本当にありがとよ」 「別にお礼なんていいわよ、引き受けたのは私なんだし。それに私も今日は楽しかったわ」 263 箒星 sage 2008/06/22(日) 23:05:39 ID:xaI57sXb そう言うと円は先ほどとは違う笑みをジュウに向けた。 その表情があまりにも年相応の女の子らしく、不覚にも一瞬ジュウはドキリとしてしまった。 「あ、ああ、おれも楽しかったよ」 「そう。それと、型の形だけは復習しておきなさいよ。それじゃあね」 円が車のドアを閉めるのを確認すると、運転手は車を出した。 ジュウは車の姿が見えなくなるまで、マンションの前で立っていた。 自宅に戻るエレベーターの中でジュウは思う。 今日はいろいろと新しい発見があったような気がする。 円堂円の新しい一面もそうだ。 あの笑顔は雨の笑顔並みに貴重のような気がする。 次に会ったときもまた違う発見があるのだろうか? ジュウはそう思うと自然と笑みがこぼれた。 264 箒星 sage 2008/06/22(日) 23:06:07 ID:xaI57sXb その数日後。 ジュウが再び道場に訪れるとそこには、どこから嗅ぎつけたのか雪姫に加えて雨、光の3人がいた。 「最近の日本の都市は危険がいっぱいだからねー、私も円の道場にしばらくお世話になることにしたよー」 「私はジュウ様の奴隷。ジュウ様が危険にさらされるというならそれを守るのが私の使命。そう色々な危険から」 「かっ、かんちがいしないでよ!もともと私はこの道場の出なんだからね!!あの日から気になってわざわざ来たわけじゃないんだから!!」 「……」 三者三様の答えをジュウの来訪と同時に伝える3人。 そして円は少し離れたところで、不機嫌そうに腕を組んで立っていた。 ジュウは一回溜息をつくと、思考を働かせるように頭を掻く。 なぜ3人がここにいるのか。 なぜ円はいつもより不機嫌なのか。 この先いったいどうなるのだろうか。 色々と考えることはあるが今はとりあえず、3人への質問と、円の機嫌を直すことが先決だろう。 ジュウは円から貰った空手着を片手に、柄にもなく頑張ってみようと思った。 .

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