『Radio head Reincarnation~黒い魔女と紅い魔女~』 2

「『Radio head Reincarnation~黒い魔女と紅い魔女~』 2」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

『Radio head Reincarnation~黒い魔女と紅い魔女~』 2」(2008/04/13 (日) 21:26:31) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

『Radio head Reincarnation~黒い魔女と紅い魔女~』 -作者 伊南屋 ◆WsILX6i4pM -投下スレ 2スレ-3スレ -レス番 854-857 3-6 -備考 レディオ・ヘッド リンカーネイション(以下RR)本編より約1ヶ月後のお話 854 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/03/23(日) 01:25:38 ID:I/8T/Tn/ 「Radio head Reincarnation~黒い魔女と紅い魔女~」 Ⅴ.  物心がついた時には父親はいなかった。  母親は父親について語ろうとはしなかったし、また彼女もその事を知ろうとは思わなかった。ただ、周りの子供達が父親に抱き付いては甘えるのが羨ましかった。  まだ彼女が十歳を過ぎたばかりの頃に母親は心を病んでしまった。  母親は自分の事について何も言わなかったし、また彼女もその事を知ろうとは思わなかった。ただ、周りの子供達が母親に笑いかけられているのが羨ましかった。  彼女が十二になるかならないかの頃に売春宿の主が彼女を買いに来た。  母親はもう働けるような状態ではなかったし、また彼女もその事を責めようとはしなかった。ただ、周りの子供達が友達同士で遊び回っているのが羨ましかった。  斯くして彼女は十二になるかならないかの頃に男を知った――と言うよりは男という者を思い知らされたと言うべきか。  幼児性愛好者の為に特別に用意された商品として彼女は“管理”された。  己の体の磨き方を教えられた。  立ち居振る舞いを教えられた。  媚びる為の仕草を教えられた。  男を悦ばせる術を教えられた。  それから数年経った今――かつての特別商品としての価値は消えてしまったが未だ看板商品だった――彼女は考えた。  街を歩く親子を眺め、笑みを浮かべる恋人達を眺め、自分を買いに来る男達を眺めて。  ――幸せってなんだろう?  あまりに素朴な疑問はしかし、消えることなく彼女の中で膨らんでいった。  そうして考えて、考えて、考えて。  ようやく彼女は、自分が幸せを知らないのではと思った。  詰まるところ。  ――私は生まれてこの方一度たりとも、これっぽっちも幸せというものを感じた事がなかった。  そう、彼女は思った。  幸いと言うべきか。周りには似たような境遇の女達が居たから、意見を集めるには困らなかった。  あらゆる意見を聞き、思索し、吟味し、彼女は一つの考えを抱いた。  その考えが彼女を変えた。  それは彼女にとって魔法のような、素敵な考えだった。  彼女は魔法を使えるようになったのだ。  そうして――  ――彼女は魔女になった。  † † † 「ねえ、闇絵さん」 「……なんだね?」 855 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/03/23(日) 01:27:03 ID:I/8T/Tn/ 「私は幸せになりたいの」 「みんなそうさ」 「私は幸せを知らないの」 「それは錯覚だ」 「邪魔をしないで欲しいの」 「……悪いが、君の理由なんか知らないし、願いを聞き届ける理由もない」 「そう」  一子が腕を振るう。銀の光が一直線に闇絵に向かって疾走る。それが闇絵の顔面に辿り着く刹那――。 「それで寝てる私を刺し殺すつもりだったのか?」  甲高い音がして、天井に銀刃――食器に使うナイフが突き刺さった。  一瞬でナイフの軌道の直上に立った紅香が蹴り飛ばした結果だった。 「そう簡単には行かないと思ってましたけどね」  一子は冷笑を浮かべながら肩を竦めて見せた。 「さて、どうにも拍子抜けな感があるが王手のようだ。観念してくれるとこちらとしては楽なのだが」 「観念? ――笑えない冗談だわ」  一子はまだ笑っている。自らの正体が暴かれ、退路もなく、絶対的な戦力差があるにも関わらず、変わらぬ笑みで佇む。 「私の魔法は終わらないわ。私が満たされるまで、世界で一番幸せになるまでは。そう――」 「この街が滅んだって」  閃光、衝撃、爆音――業火。 「っ!?」  突然の爆発。闇絵達が、それが宿の隣の部屋で起こったものだと気付く頃には、吹き飛ばされた壁を越えて一子は姿を消していた。 「しまった……!」  紅香が、彼女を知るであろうものなら想像しえない苦鳴を漏らす。  もうもうと立ち込める粉塵、黒煙が視界を塞ぎ一子の姿を覆い隠す。緞帳のような煙の向こう。  闇絵には、一子の嘲笑う声が聴こえた気がした。  † † †  走る。走る。走る。  表通りを、裏路地を、街の中の道という道を。  ――幸運だった。  そう一子は考える。  保険にと、隣室の壁に爆薬を仕掛けたのは自分だが、その爆発の仕方を計算していたわけではない。  自らも巻き込まれる事を覚悟しての起爆だった。  そして、咄嗟に三階の窓から――飛び降りた。  ――やっぱり、私は間違えていない。  これも“日頃の行い”のおかげだ。  幸せを集めて、蓄えた結果。  ――でも、少し幸運を使いすぎたかな?  そこまで考えて、失笑する。  これから集まる幸せを考えればこの程度、大事の前の小事だ。  なにせこれから街一つ分の幸せを自分は得るのだから。  ――幸せになれる。幸せになれる。幸せになれる。  熱に浮かされた思考に浮かんでは消える想い。  ――私は幸せになれる。 856 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/03/23(日) 01:28:21 ID:I/8T/Tn/  知らず、笑みを浮かべる。  笑い、走る。  疲労はない。体は信じられない程に軽い。  これもきっと蓄えた幸福のお陰。  全てが順調だ。何もかも上手く行っている。いくらかの誤算はあれど、それすら厭わない。  あの日――魔法に気付いた日に始まり、あの日――私の魔法に賛同してくれた“あの人”が現れてから、全て順調だ。 「幸せに……なれるんだわ」  呟き、走る。  走る先は街の外。“あの人”の元。  ――嗚呼、今逢いに往きます。私に幸せをくれる、貴方の元へ。  駆ける一子。その姿は自らの血に濡れて、しかし一子はそれに気付かない。  傷つき尚、痛まぬ体は、ただ一子の想いを成す為に動くのみ。  † † † 「……してやられたな」  土煙の中、闇絵が呟いた。殊更ゆっくりと立ち上がり、漆黒の衣装に付いた埃を払う。 「全く、こんな自爆同然の策に打って出るとは思わなかったよ」 「自爆は兎も角、本当に爆破するのは予想外だったな」  口端から微かに血を滴らせ紅香は瓦礫に寝そべったまま溜め息を吐く。 「街がどうのと言ってたが、正気か?」 「正気ではなかろうさ。本気ではあるとおもうがね」  闇絵の答えにやれやれと紅香は首を振る。 「爆破……か。一体どうやったのかね?」 「簡単な魔具を使ったと見るが」 「魔具?」 「遠隔で着火する類のものだろう。それさえあれば若干ならば、離れた位置の爆薬を炸裂させる事も出来る」  簡単な魔術を付与し、所持者の意志をもって発動する魔具は確かに存在する。 「もっとも、身に着けて目立たぬ程度の大きさなら精々五メートルの距離が限界だ。だが、先の爆発にはそれで十分」  ふむ、と呟いて紅香は考える。 「ということは、爆薬を街中に仕掛ければそれを片っ端から爆破して回る事で街一つを滅ぼす事も出来るわけだ」  紅香の言葉に、環が異を唱えた。 「でも、それってかなり準備が大変なんじゃ?」 「できるさ」  闇絵が言う。 「彼女はこの街に長く、時間はある。そして街人の中には仲間もいる」 「……そう言えば、飲みに来てた人達から襲われた」  環が先の事を思い出しながら言うと、闇絵が頷いて言葉を繋いだ。 「それだけじゃない。私も何人かに襲われたが、こちらはこの宿の従業員――娼婦達だったよ」  十数人の若い女達に囲まれた時、その全てが宿の者であったことに闇絵は気付いていた。 857 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/03/23(日) 01:29:52 ID:I/8T/Tn/  彼女達が素人であったからこそ闇絵は子供だましのような手法で逃げ仰せる事が出来たのだ。 「時間があり、地理に詳しく、人手もある。条件は十分、か」 「でも、なんでこんな事に手を貸すの? 私を襲った連中は脅されていたけど、この宿の子達にそんな事はないでしょう?」 「いや、男達を脅すよりも簡単だろうさ。彼女達には共感(シンパシー)がある。それがあれば、説得して仲間に引き込むのは容易い」  元からある仲間意識をねじ曲げてしまうのは簡単だ。だから一子はそこにつけ込んだ。そう闇絵は考えていた。  そして、口にはしないが更なる協力者――魔具を一子に与え、街一つを爆破できる程の爆薬を用意した人物の存在も闇絵は予感していた。  いよいよ信憑性の増した街の破滅に、三人の表情に真剣味が宿る。 「急ごう。彼女を止めなくては」 「でも、どこに行ったか分かるの?」  そう、環が疑問を投げかけた時だった。  宿の吹き飛んだ窓から、閃光と爆音が飛び込んできた。それに反応して目を向けると、街の一角から火が上がる様が見えた。  業火に包まれ、建物が燃え崩れる。それが完璧に崩れ去る直前、少し離れた場所で再び爆発が起こった。  その距離は、丁度人が走る速さに近い。まるで、誰かが火を付けて回っているかのようだった。 「あっちだ」  紅香が指すと同時、三人は互いに目配せしあい、宿から駆け出した。 続く 3 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/06(日) 00:30:21 ID:0T5nahuO 『Radio head Reincarnation~黒い魔女と紅い魔女~』 Ⅵ.  爆炎と業火、地を舐める炎と舞い上がる炎――紅に、夕暮れの紅よりも尚紅く染まる、血のような真紅の空。  街が燃えている。火の粉が吹雪のように舞い散る中、人々は逃げ惑う。  炎から逃げ、逃げた先で炎に出会し、また逃げる。  右往左往して人々が駆ける中、唯一と言って良いほどに淀みなく、迷いなく走る一団があった。  闇絵達である。  彼女達は一心に己が敵へと駆け抜ける。  雑踏を抜け、人混みを掻き分け、爆炎へと、最も新しい地獄へと。 「追い付けるかな?」  言ったのは環であった。走りながらも息を切らせず、淀みなく話すのは流石と言うべきか。 「大丈夫だろうさ」  やはり同じ様に――いや、まるで椅子に腰掛けて話しているかの様に落ち着いた声音で紅香が応えた。 「あの爆発だ。あいつだってただで済んでいるはずがない。入念に仕掛けたのでなければな」 「入念に……違うの?」 「違うさ。あれは追い詰められたあげくにやってしまっただけさ。でなければ、最初から私を爆殺してる。この有り様だって、単に計画を早めざるを得なかっただけだ」  ――街を滅ぼすなら、もっと効率の良い方法がある。  例えば、今使っている発火装置。それを更に出力が高く、街全体を同時に爆破するという事だって可能だ。  或いは、今使っているものを幾つも用意し、仲間を使い一斉に起爆する。  無論それは、その様に計画し、その計画が破綻しなければの話だが。  計画を破綻させる異端要素さえなければ。異端要素に追い詰められたりしなければ――。  闇絵が二人よりは若干遅れながら言う。 「過信していたんだろうな。むしろ酔っていたと言うべきか」  己の勝利を過信していた。  己の狂気に陶酔していた。  それが――突き崩す隙だった。  闇絵達にとってみれば圧倒的な勝機。一子にとっては絶望的な敗因。  それは余りにも大きすぎる差だった。 「所詮その程度。いずれ一子は自滅する。だが放ってはおけない。放って置いても害のない存在じゃない」  いずれ身を滅ぼすであろう一子。だが、その時が来るまでに広がる被害は、余りにも大きい。 「止めなければならない」  地を強く踏み、三人は加速する。  † † †  街が火だらけだ。  一子は笑みを浮かべながら内心で呟く。  きっとこれは祝福の炎。  私の不幸を祓う、浄化の炎。 4 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/06(日) 00:31:17 ID:0T5nahuO  燃えてしまえ。私を陥れる何もかもを。  私に不幸を与える全てを。  ――世界を。  ああ、なんて素敵。壊れていく。街が、全てが、世界が。  これが終われば、残るのはきっと、とても素敵な新世界。  彼が語った素敵な、誰もが幸せになれる――私が幸せになれる世界。  くすくすくす。  思わず笑いが零れる。  嬉しくて、楽しくて。  ああ、でもどうしてだろう? さっきからとても歩き辛い。まるで、水銀の海を歩くよう。  ――そうか。これもきっと、世界が穢れているからだ。  穢れきった世界は、毒素が満ちて、それが海のように際限なく広がっているのだ。  やっぱり、綺麗にしなくちゃ。  そう、これは正しい事。世界を綺麗にする大切な事。  やらなくちゃ。誰かがやらなくちゃ――私がやらなくちゃ。  それにしても歩き辛い。それに、足が痛んできたような気がする。  毒素に侵されてるのだろうか。  ああ――痛い。  痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い! 「あーーっ!! もう嫌! 全部嫌! 壊れろ! みんな壊れろ! みんな、みんな、みんなっ! 壊れろぉっ!!」  破綻する。  理論も、感情も、何もかも。  全てが、狂気に呑み込まれていく。  † † † 「見えた」  闇絵の示す先、業火の終わりがあった。  一つ、また一つと広がりながらも、その速さは遅い。  ともすれば、火を起こすより、広がる方が早いのではないかと言うほどにそれは緩やかだった。 「居たっ!」  環の瞳が、一子の姿を捉える。紅蓮を背に進む姿は、今にも倒れそうな程頼りなかった。  そして、一子から聞こえる声。それが、三人を一瞬、戸惑わせた。 「嫌、もう……嫌。消えちゃえ、消してやる。全部、全部、全部……っ」  声――怨嗟の、声。  呟く声は、呪いの言葉だった。 「あれは……壊れたな」  無情にもそう言ったのは紅香だ。蔑むでも憐れむでもなく一子を見ている。  紅香の言葉通り、一子は壊れていた。  意志も決意も欺瞞もなく、ただ己が狂気に従い、壊れきった体を壊れきった心で動かし続けていた。  まるで、壊れたブリキ細工。そんな一子が――振り向いた。 「……こんばんわ、皆さん」  平淡な声音、“接客”の時のような甘い笑顔、血に塗れた体。  まるでアンバランスなそれらは、まさしく壊れた一子の姿だった。 「――やぁ」 5 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/06(日) 00:32:19 ID:0T5nahuO  それに、まるで友人に声をかけるような気安さで闇絵は応えた。 「邪魔……するんですか?」 「するともさ。そういう仕事だ」 「やっぱり、あなたもここで消さないといけないみたい」  くすくすくす。  そう笑って、一子は手をかざした。  包丁を持った手を。 「出来ると思うのか?」 「出来ます」  一切の前置きも、微塵の迷いもなく、一子が飛び出す。  壊れきった躯は、尚素速く、驚異的な勢いで動いた。 「――っ!」  声もなく刺突が闇絵を狙う。横合いから環が拳で腕を叩き軌道を逸らす。  反転、刃は環に向けられる。弧を描き迫る白刃を一足後ろに跳ぶことでそれを躱す。  追撃、追撃、追撃。我武者羅に振るう刃を環は危なげなくいなしていく。  反転、環が一子の胴に潜る。 「ふっ!」  一子の腹に、重い拳がめり込む。確かな手応えに環は勝利を確信する。  しかし、覗き込んだ一子の表情は未だに意志を持っていた。  一子の口角が歪み、邪悪な笑みを浮かべる。  瞬間――爆発。 「うぁっ!」  環が悲鳴を上げる。胸元で爆ぜた炎が大輪の花を咲かす。  衣服を燃やす炎はすぐに消えたものの、環は爆発の衝撃から意識を失い、その場に倒れた。 「発火魔具……っ!」  一子の左手。拳大の、装飾の施された半透明の赤い石。  任意に発火する事の出来るそれは、そのまま戦闘の道具になる。 「やるな、だが……っ」  紅香が踏み込む。頭を目掛けた蹴りが鮮やかに決まった。 「ぐ……っ! あぁっ!」  意識を刈り取る一撃に、しかし一子は倒れない。  バランスを崩しながらも、一子は発火魔具を発動させる。しかし、視界がぶれ、ろくに認識の出来ない状態で放ったそれは虚しく空に炎を舞わせるだけだった。 「あ、ぁああぁ、ああ、ぁああああ!」  蹴られた痛みにか、頭を押さえ辺り構わず炎を飛ばす一子に、紅香ですら近付けなくなる。  乱舞する炎は周囲の物を片端から燃やし、街並は紅蓮を増していく。 「近付けない……っ!」  手を出しあぐねる間にも、炎は勢力を増し、地獄を深くしていく。 「……ふむ」  闇絵が何かを思い付いたように頷く。 「紅香。このままじゃ近付けないか?」 「あぁ。何かを狙うんなら動きを読めるが、如何せん素人の下手鉄砲だ。私とて迂闊には近寄れん」 「そうか……」  闇絵は帽子を目深に被り直し、言った。 「――つまり、一子が何かを狙えば良いんだな?」 「お前……」 6 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/06(日) 00:33:09 ID:0T5nahuO 「仕方なかろうさ。環は動けんし、私では一子を止める力はない。だったら、囮にでもなるしかないさ」  そう言って、悲壮になるでもなく、決意するでもなく、まるで散歩にでも行くような素振りで――闇絵は一歩を踏み出した。 「一子」  二歩目。 「お前は不幸だったんだろうさ」  三歩目。 「でもな、敢えて言ってやろう」  四歩目。 「お前程度の不幸など世界にはありふれているのさ」  五歩を――踏み出す。 「悪いが、その程度の自覚も諦めも出来ない子供に付き合う気はない」  闇絵が、駆ける。 「あぁぁああああ!」  言葉を聞いていたのか、それとも単に近づくものに反応しただけか、一子が魔具を闇絵に向ける。 「お前のつまらない人生に、興味なんかない」  石が輝く。  炎が闇絵の胸元で煌めく。 「おぉっ!」  紅香の拳が、一子の腹を穿つ。  炎に撃たれた闇絵と、紅香に打たれた一子が倒れるのはほぼ同時だった。 続く。 .
『Radio head Reincarnation~黒い魔女と紅い魔女~』 -作者 伊南屋 ◆WsILX6i4pM -投下スレ 2スレ-3スレ -レス番 854-857 3-6 18-21 27 -備考 レディオ・ヘッド リンカーネイション(以下RR)本編より約1ヶ月後のお話 854 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/03/23(日) 01:25:38 ID:I/8T/Tn/ 「Radio head Reincarnation~黒い魔女と紅い魔女~」 Ⅴ.  物心がついた時には父親はいなかった。  母親は父親について語ろうとはしなかったし、また彼女もその事を知ろうとは思わなかった。ただ、周りの子供達が父親に抱き付いては甘えるのが羨ましかった。  まだ彼女が十歳を過ぎたばかりの頃に母親は心を病んでしまった。  母親は自分の事について何も言わなかったし、また彼女もその事を知ろうとは思わなかった。ただ、周りの子供達が母親に笑いかけられているのが羨ましかった。  彼女が十二になるかならないかの頃に売春宿の主が彼女を買いに来た。  母親はもう働けるような状態ではなかったし、また彼女もその事を責めようとはしなかった。ただ、周りの子供達が友達同士で遊び回っているのが羨ましかった。  斯くして彼女は十二になるかならないかの頃に男を知った――と言うよりは男という者を思い知らされたと言うべきか。  幼児性愛好者の為に特別に用意された商品として彼女は“管理”された。  己の体の磨き方を教えられた。  立ち居振る舞いを教えられた。  媚びる為の仕草を教えられた。  男を悦ばせる術を教えられた。  それから数年経った今――かつての特別商品としての価値は消えてしまったが未だ看板商品だった――彼女は考えた。  街を歩く親子を眺め、笑みを浮かべる恋人達を眺め、自分を買いに来る男達を眺めて。  ――幸せってなんだろう?  あまりに素朴な疑問はしかし、消えることなく彼女の中で膨らんでいった。  そうして考えて、考えて、考えて。  ようやく彼女は、自分が幸せを知らないのではと思った。  詰まるところ。  ――私は生まれてこの方一度たりとも、これっぽっちも幸せというものを感じた事がなかった。  そう、彼女は思った。  幸いと言うべきか。周りには似たような境遇の女達が居たから、意見を集めるには困らなかった。  あらゆる意見を聞き、思索し、吟味し、彼女は一つの考えを抱いた。  その考えが彼女を変えた。  それは彼女にとって魔法のような、素敵な考えだった。  彼女は魔法を使えるようになったのだ。  そうして――  ――彼女は魔女になった。  † † † 「ねえ、闇絵さん」 「……なんだね?」 855 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/03/23(日) 01:27:03 ID:I/8T/Tn/ 「私は幸せになりたいの」 「みんなそうさ」 「私は幸せを知らないの」 「それは錯覚だ」 「邪魔をしないで欲しいの」 「……悪いが、君の理由なんか知らないし、願いを聞き届ける理由もない」 「そう」  一子が腕を振るう。銀の光が一直線に闇絵に向かって疾走る。それが闇絵の顔面に辿り着く刹那――。 「それで寝てる私を刺し殺すつもりだったのか?」  甲高い音がして、天井に銀刃――食器に使うナイフが突き刺さった。  一瞬でナイフの軌道の直上に立った紅香が蹴り飛ばした結果だった。 「そう簡単には行かないと思ってましたけどね」  一子は冷笑を浮かべながら肩を竦めて見せた。 「さて、どうにも拍子抜けな感があるが王手のようだ。観念してくれるとこちらとしては楽なのだが」 「観念? ――笑えない冗談だわ」  一子はまだ笑っている。自らの正体が暴かれ、退路もなく、絶対的な戦力差があるにも関わらず、変わらぬ笑みで佇む。 「私の魔法は終わらないわ。私が満たされるまで、世界で一番幸せになるまでは。そう――」 「この街が滅んだって」  閃光、衝撃、爆音――業火。 「っ!?」  突然の爆発。闇絵達が、それが宿の隣の部屋で起こったものだと気付く頃には、吹き飛ばされた壁を越えて一子は姿を消していた。 「しまった……!」  紅香が、彼女を知るであろうものなら想像しえない苦鳴を漏らす。  もうもうと立ち込める粉塵、黒煙が視界を塞ぎ一子の姿を覆い隠す。緞帳のような煙の向こう。  闇絵には、一子の嘲笑う声が聴こえた気がした。  † † †  走る。走る。走る。  表通りを、裏路地を、街の中の道という道を。  ――幸運だった。  そう一子は考える。  保険にと、隣室の壁に爆薬を仕掛けたのは自分だが、その爆発の仕方を計算していたわけではない。  自らも巻き込まれる事を覚悟しての起爆だった。  そして、咄嗟に三階の窓から――飛び降りた。  ――やっぱり、私は間違えていない。  これも“日頃の行い”のおかげだ。  幸せを集めて、蓄えた結果。  ――でも、少し幸運を使いすぎたかな?  そこまで考えて、失笑する。  これから集まる幸せを考えればこの程度、大事の前の小事だ。  なにせこれから街一つ分の幸せを自分は得るのだから。  ――幸せになれる。幸せになれる。幸せになれる。  熱に浮かされた思考に浮かんでは消える想い。  ――私は幸せになれる。 856 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/03/23(日) 01:28:21 ID:I/8T/Tn/  知らず、笑みを浮かべる。  笑い、走る。  疲労はない。体は信じられない程に軽い。  これもきっと蓄えた幸福のお陰。  全てが順調だ。何もかも上手く行っている。いくらかの誤算はあれど、それすら厭わない。  あの日――魔法に気付いた日に始まり、あの日――私の魔法に賛同してくれた“あの人”が現れてから、全て順調だ。 「幸せに……なれるんだわ」  呟き、走る。  走る先は街の外。“あの人”の元。  ――嗚呼、今逢いに往きます。私に幸せをくれる、貴方の元へ。  駆ける一子。その姿は自らの血に濡れて、しかし一子はそれに気付かない。  傷つき尚、痛まぬ体は、ただ一子の想いを成す為に動くのみ。  † † † 「……してやられたな」  土煙の中、闇絵が呟いた。殊更ゆっくりと立ち上がり、漆黒の衣装に付いた埃を払う。 「全く、こんな自爆同然の策に打って出るとは思わなかったよ」 「自爆は兎も角、本当に爆破するのは予想外だったな」  口端から微かに血を滴らせ紅香は瓦礫に寝そべったまま溜め息を吐く。 「街がどうのと言ってたが、正気か?」 「正気ではなかろうさ。本気ではあるとおもうがね」  闇絵の答えにやれやれと紅香は首を振る。 「爆破……か。一体どうやったのかね?」 「簡単な魔具を使ったと見るが」 「魔具?」 「遠隔で着火する類のものだろう。それさえあれば若干ならば、離れた位置の爆薬を炸裂させる事も出来る」  簡単な魔術を付与し、所持者の意志をもって発動する魔具は確かに存在する。 「もっとも、身に着けて目立たぬ程度の大きさなら精々五メートルの距離が限界だ。だが、先の爆発にはそれで十分」  ふむ、と呟いて紅香は考える。 「ということは、爆薬を街中に仕掛ければそれを片っ端から爆破して回る事で街一つを滅ぼす事も出来るわけだ」  紅香の言葉に、環が異を唱えた。 「でも、それってかなり準備が大変なんじゃ?」 「できるさ」  闇絵が言う。 「彼女はこの街に長く、時間はある。そして街人の中には仲間もいる」 「……そう言えば、飲みに来てた人達から襲われた」  環が先の事を思い出しながら言うと、闇絵が頷いて言葉を繋いだ。 「それだけじゃない。私も何人かに襲われたが、こちらはこの宿の従業員――娼婦達だったよ」  十数人の若い女達に囲まれた時、その全てが宿の者であったことに闇絵は気付いていた。 857 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/03/23(日) 01:29:52 ID:I/8T/Tn/  彼女達が素人であったからこそ闇絵は子供だましのような手法で逃げ仰せる事が出来たのだ。 「時間があり、地理に詳しく、人手もある。条件は十分、か」 「でも、なんでこんな事に手を貸すの? 私を襲った連中は脅されていたけど、この宿の子達にそんな事はないでしょう?」 「いや、男達を脅すよりも簡単だろうさ。彼女達には共感(シンパシー)がある。それがあれば、説得して仲間に引き込むのは容易い」  元からある仲間意識をねじ曲げてしまうのは簡単だ。だから一子はそこにつけ込んだ。そう闇絵は考えていた。  そして、口にはしないが更なる協力者――魔具を一子に与え、街一つを爆破できる程の爆薬を用意した人物の存在も闇絵は予感していた。  いよいよ信憑性の増した街の破滅に、三人の表情に真剣味が宿る。 「急ごう。彼女を止めなくては」 「でも、どこに行ったか分かるの?」  そう、環が疑問を投げかけた時だった。  宿の吹き飛んだ窓から、閃光と爆音が飛び込んできた。それに反応して目を向けると、街の一角から火が上がる様が見えた。  業火に包まれ、建物が燃え崩れる。それが完璧に崩れ去る直前、少し離れた場所で再び爆発が起こった。  その距離は、丁度人が走る速さに近い。まるで、誰かが火を付けて回っているかのようだった。 「あっちだ」  紅香が指すと同時、三人は互いに目配せしあい、宿から駆け出した。 続く 3 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/06(日) 00:30:21 ID:0T5nahuO 『Radio head Reincarnation~黒い魔女と紅い魔女~』 Ⅵ.  爆炎と業火、地を舐める炎と舞い上がる炎――紅に、夕暮れの紅よりも尚紅く染まる、血のような真紅の空。  街が燃えている。火の粉が吹雪のように舞い散る中、人々は逃げ惑う。  炎から逃げ、逃げた先で炎に出会し、また逃げる。  右往左往して人々が駆ける中、唯一と言って良いほどに淀みなく、迷いなく走る一団があった。  闇絵達である。  彼女達は一心に己が敵へと駆け抜ける。  雑踏を抜け、人混みを掻き分け、爆炎へと、最も新しい地獄へと。 「追い付けるかな?」  言ったのは環であった。走りながらも息を切らせず、淀みなく話すのは流石と言うべきか。 「大丈夫だろうさ」  やはり同じ様に――いや、まるで椅子に腰掛けて話しているかの様に落ち着いた声音で紅香が応えた。 「あの爆発だ。あいつだってただで済んでいるはずがない。入念に仕掛けたのでなければな」 「入念に……違うの?」 「違うさ。あれは追い詰められたあげくにやってしまっただけさ。でなければ、最初から私を爆殺してる。この有り様だって、単に計画を早めざるを得なかっただけだ」  ――街を滅ぼすなら、もっと効率の良い方法がある。  例えば、今使っている発火装置。それを更に出力が高く、街全体を同時に爆破するという事だって可能だ。  或いは、今使っているものを幾つも用意し、仲間を使い一斉に起爆する。  無論それは、その様に計画し、その計画が破綻しなければの話だが。  計画を破綻させる異端要素さえなければ。異端要素に追い詰められたりしなければ――。  闇絵が二人よりは若干遅れながら言う。 「過信していたんだろうな。むしろ酔っていたと言うべきか」  己の勝利を過信していた。  己の狂気に陶酔していた。  それが――突き崩す隙だった。  闇絵達にとってみれば圧倒的な勝機。一子にとっては絶望的な敗因。  それは余りにも大きすぎる差だった。 「所詮その程度。いずれ一子は自滅する。だが放ってはおけない。放って置いても害のない存在じゃない」  いずれ身を滅ぼすであろう一子。だが、その時が来るまでに広がる被害は、余りにも大きい。 「止めなければならない」  地を強く踏み、三人は加速する。  † † †  街が火だらけだ。  一子は笑みを浮かべながら内心で呟く。  きっとこれは祝福の炎。  私の不幸を祓う、浄化の炎。 4 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/06(日) 00:31:17 ID:0T5nahuO  燃えてしまえ。私を陥れる何もかもを。  私に不幸を与える全てを。  ――世界を。  ああ、なんて素敵。壊れていく。街が、全てが、世界が。  これが終われば、残るのはきっと、とても素敵な新世界。  彼が語った素敵な、誰もが幸せになれる――私が幸せになれる世界。  くすくすくす。  思わず笑いが零れる。  嬉しくて、楽しくて。  ああ、でもどうしてだろう? さっきからとても歩き辛い。まるで、水銀の海を歩くよう。  ――そうか。これもきっと、世界が穢れているからだ。  穢れきった世界は、毒素が満ちて、それが海のように際限なく広がっているのだ。  やっぱり、綺麗にしなくちゃ。  そう、これは正しい事。世界を綺麗にする大切な事。  やらなくちゃ。誰かがやらなくちゃ――私がやらなくちゃ。  それにしても歩き辛い。それに、足が痛んできたような気がする。  毒素に侵されてるのだろうか。  ああ――痛い。  痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い! 「あーーっ!! もう嫌! 全部嫌! 壊れろ! みんな壊れろ! みんな、みんな、みんなっ! 壊れろぉっ!!」  破綻する。  理論も、感情も、何もかも。  全てが、狂気に呑み込まれていく。  † † † 「見えた」  闇絵の示す先、業火の終わりがあった。  一つ、また一つと広がりながらも、その速さは遅い。  ともすれば、火を起こすより、広がる方が早いのではないかと言うほどにそれは緩やかだった。 「居たっ!」  環の瞳が、一子の姿を捉える。紅蓮を背に進む姿は、今にも倒れそうな程頼りなかった。  そして、一子から聞こえる声。それが、三人を一瞬、戸惑わせた。 「嫌、もう……嫌。消えちゃえ、消してやる。全部、全部、全部……っ」  声――怨嗟の、声。  呟く声は、呪いの言葉だった。 「あれは……壊れたな」  無情にもそう言ったのは紅香だ。蔑むでも憐れむでもなく一子を見ている。  紅香の言葉通り、一子は壊れていた。  意志も決意も欺瞞もなく、ただ己が狂気に従い、壊れきった体を壊れきった心で動かし続けていた。  まるで、壊れたブリキ細工。そんな一子が――振り向いた。 「……こんばんわ、皆さん」  平淡な声音、“接客”の時のような甘い笑顔、血に塗れた体。  まるでアンバランスなそれらは、まさしく壊れた一子の姿だった。 「――やぁ」 5 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/06(日) 00:32:19 ID:0T5nahuO  それに、まるで友人に声をかけるような気安さで闇絵は応えた。 「邪魔……するんですか?」 「するともさ。そういう仕事だ」 「やっぱり、あなたもここで消さないといけないみたい」  くすくすくす。  そう笑って、一子は手をかざした。  包丁を持った手を。 「出来ると思うのか?」 「出来ます」  一切の前置きも、微塵の迷いもなく、一子が飛び出す。  壊れきった躯は、尚素速く、驚異的な勢いで動いた。 「――っ!」  声もなく刺突が闇絵を狙う。横合いから環が拳で腕を叩き軌道を逸らす。  反転、刃は環に向けられる。弧を描き迫る白刃を一足後ろに跳ぶことでそれを躱す。  追撃、追撃、追撃。我武者羅に振るう刃を環は危なげなくいなしていく。  反転、環が一子の胴に潜る。 「ふっ!」  一子の腹に、重い拳がめり込む。確かな手応えに環は勝利を確信する。  しかし、覗き込んだ一子の表情は未だに意志を持っていた。  一子の口角が歪み、邪悪な笑みを浮かべる。  瞬間――爆発。 「うぁっ!」  環が悲鳴を上げる。胸元で爆ぜた炎が大輪の花を咲かす。  衣服を燃やす炎はすぐに消えたものの、環は爆発の衝撃から意識を失い、その場に倒れた。 「発火魔具……っ!」  一子の左手。拳大の、装飾の施された半透明の赤い石。  任意に発火する事の出来るそれは、そのまま戦闘の道具になる。 「やるな、だが……っ」  紅香が踏み込む。頭を目掛けた蹴りが鮮やかに決まった。 「ぐ……っ! あぁっ!」  意識を刈り取る一撃に、しかし一子は倒れない。  バランスを崩しながらも、一子は発火魔具を発動させる。しかし、視界がぶれ、ろくに認識の出来ない状態で放ったそれは虚しく空に炎を舞わせるだけだった。 「あ、ぁああぁ、ああ、ぁああああ!」  蹴られた痛みにか、頭を押さえ辺り構わず炎を飛ばす一子に、紅香ですら近付けなくなる。  乱舞する炎は周囲の物を片端から燃やし、街並は紅蓮を増していく。 「近付けない……っ!」  手を出しあぐねる間にも、炎は勢力を増し、地獄を深くしていく。 「……ふむ」  闇絵が何かを思い付いたように頷く。 「紅香。このままじゃ近付けないか?」 「あぁ。何かを狙うんなら動きを読めるが、如何せん素人の下手鉄砲だ。私とて迂闊には近寄れん」 「そうか……」  闇絵は帽子を目深に被り直し、言った。 「――つまり、一子が何かを狙えば良いんだな?」 「お前……」 6 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/06(日) 00:33:09 ID:0T5nahuO 「仕方なかろうさ。環は動けんし、私では一子を止める力はない。だったら、囮にでもなるしかないさ」  そう言って、悲壮になるでもなく、決意するでもなく、まるで散歩にでも行くような素振りで――闇絵は一歩を踏み出した。 「一子」  二歩目。 「お前は不幸だったんだろうさ」  三歩目。 「でもな、敢えて言ってやろう」  四歩目。 「お前程度の不幸など世界にはありふれているのさ」  五歩を――踏み出す。 「悪いが、その程度の自覚も諦めも出来ない子供に付き合う気はない」  闇絵が、駆ける。 「あぁぁああああ!」  言葉を聞いていたのか、それとも単に近づくものに反応しただけか、一子が魔具を闇絵に向ける。 「お前のつまらない人生に、興味なんかない」  石が輝く。  炎が闇絵の胸元で煌めく。 「おぉっ!」  紅香の拳が、一子の腹を穿つ。  炎に撃たれた闇絵と、紅香に打たれた一子が倒れるのはほぼ同時だった。 続く。 18 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/12(土) 18:22:54 ID:GEMnWOlU 『Radio head Reincarnation・Ⅶ』  ――いつかの記憶。 「幸せ……かい? そうだね、一応は幸せだと思うよ?」 「え? 幸せになる方法? そうだな……努力して手に入れるしかないんじゃない?」 「……へぇ。そうか、君はそう思うんだね?」  ――笑顔。 「じゃあ、僕が手伝って上げよう。なに、気にしなくて良い。これは僕にとっても利益のある事だ。だから――」 「頑張って、幸せを貯めるんだよ」  † † † 「闇絵!」  くずおれる一子など一顧だにせず、紅香は倒れ伏す闇絵に駆け寄った。 「はは……思ったより辛いな」  辛うじて返す声。 「大丈夫……なのか?」 「大丈夫なわけないだろう。しかし……はは、紅香に心配して貰えるなら、偶にはこういうのも悪くない」 「……っ! ふざける余裕があるなら立て」 「それは無理な相談だよ。体がいう事を聞かない」  黒い服は直撃した炎で燃え、肌が覗いている。それも、状況が状況なら大いに色香を放っただろうが、今は痛々しいだけだ。  ボロボロの体は衝撃で骨がバラバラになったのではと錯覚する程に力が入らず、闇絵は地に寝転がるしか出来なかった。 「無茶をしやがって……」 「そうだな、柄にもないことをしてしまった」  手を引かれ身を起こし、半ば紅香の肩に吊されるように闇絵が立ち上がる。 「それで、どうするんだ?」  言って、紅香は視線だけで一子を差す。  うずくまり倒れる一子は苦しげな呻きを漏らすのみで、動くことはしない。 「さてね? 彼女が起きたら考えようじゃないか。一応はケリが付いたんだ」 「最悪のケリだけどな」  紅香が向き直り、見つめる視線の先。そこには未だ炎に包まれる街の姿がある。 「一子を止める事は出来た。でも、全ては手遅れで、一子の願いは叶った」  街一つを壊滅させる。その目的は達せられたと言っても過言ではない。  一子の広げる炎はもうない。しかし、炎は勝手に燃え移るのだ。  そしてそれは、既に闇絵達の手でどうにか出来る範囲には無かった。 「……一時的なものだよ」  闇絵が言う。 「確かに今日。街は燃え、壊れてしまった。それでもここに人がいる限り、誰かが諦めない限り、いくらでも立ち直るさ」  だから、と闇絵は付け加える。 「結局の所、一子には最初から成功の見込みなんてなかったんだ」 27 18と19の間 sage 2008/04/13(日) 06:25:57 ID:2Yyy1P+E  † † †  ――いつかの記憶。 「君の望みを叶える手助けをするよ。お金が必要なら言ってくれ。物が必要なら言ってくれ。策が必要なら言ってくれ。その全てを用意しようじゃないか」 「君の望みは僕の望み。だから遠慮なんかしないでくれ。」 「――二人で一緒に世界に仕返しをしよう」 「僕の名前かい? 僕は――」  † † † 「う……」  小さな声を漏らし、一子が目を覚ます。冷たい夜風が吹いて、思考の靄を払う。それで、痛みを思い出した。 「痛っ……!」 「お目覚めかい?」  それが一子にとっての敵の声だと気付いて、彼女は身を強ばらせた。  強ばらせた体が振動で崩れて、自分が馬車の上に居ることに気付く。  屋根も幌もない。荷台だけの馬車に、一子、闇絵、紅香、環の四人が乗っていた。 「……殺すの?」 「随分飛躍するね。安心したまえ。君の身柄引き渡しが私の仕事だ、殺しはしない」 「そう……」  何かが抜け落ちたような無感情で一子が頷く。 「裁かれる覚悟はあるかな? 君は相当な罪を犯した――赦されざる程にね」  闇絵の問いにも、やはり一子は無表情に返す。 「死刑にでも、なんでもすれば良いわ」  そんな投げやりな言葉を、闇絵は否定する。 「残念だが、君は死なないよ。誰も君を殺さない」 「どうして?」 「誰も君に責任逃れなんかさせないからさ」 「……っ!」  一子が言葉を飲む。 「死んで詫びます。すいませんでした――で済む程世の中楽じゃないんだよ。ま……“アイツ”が死刑なんて禁止っつう甘い法律作ったからってのもあるがな」  紅香の言葉に、一子が問いを返す。 「アイツ?」 「んとね、この国の王様」  環の言葉に得心がいったのか、一子は一度溜め息を吐いて、こう言った。 「……そう。だったらさ、あなた達が殺してよ」 「はあ?」  紅香が疑問の声をあげると、一子は淡々と語った。 「誰も殺してくれないなら、あなた達が殺して。あなた達は私を殺したい程憎んでるんじゃない?」 「ふむ……憎む、か」 「確かにそうかもな」 「だったら……」 「ふざけるな」 「……っ!」  強い紅香の否定――拒絶の言葉。その声音に一子が身を竦ませる。 「良いか? 私はお前を殺してなんかやらないし、お前にばらまいた不幸の責任をとれなんて言わない。なぜか分かるか?」  一子は首を横に振る。理解が及ばないと、そう答える。 19 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/12(土) 18:25:01 ID:GEMnWOlU 「お前がばらまいた不幸なんて塗り潰す位に私が幸せを振り撒くからだ。お前は指くわえて、お前以外の人間が幸せになるのを眺めてろ」 「……あなたも、私から幸せを奪うの」 「それは違うな。幸せの量なんて決まっちゃいない。いつか、世界が幸せで溢れる時だって来るかも知れない」  一子を真っ直ぐに見つめ、闇絵は強く言い放つ。 「絶望するのは早すぎる。いや、いつだって絶望なんて必要ないんだ」  希望に溢れた言葉が一子には届いたのか、それきり黙り込んだ彼女から、伺い知ることは出来なかった。  † † † 「以上が事の顛末。その報告だ」 「ご苦労様です」  闇絵から一部始終を聞き終えた可奈子は、事務的に答える。 「済まないな。何事もなく綺麗に解決とはいかなかった」 「いえ、本来ならば国があたるべき事件でした。国の力を持ってすれば、もっと小さな被害で済んだはずです」  その言葉には、国の力を動かす事の出来なかった無念が籠もっていた。 「死者七十二名。負傷者多数。その責は国が負うべきです」  既に、復興の支援は始まっている。派遣された兵士、作業員達はかつての街並を取り戻すため、復興に取り掛かっているはずだ。  それでも――喪われた者は帰ってこない。街の住人の心に刻まれた爪跡は消える事はない。  それを理解しているから、可奈子は――まだ大人になりきれない少女は悲しくて胸が張り裂けそうになる。 「一子はどうなったんだ?」 「……無期限禁固です。出れるのか、出れないのかも分かりません」  それは厳しいようでいて、一子がまたいつか日の光を浴びる可能性が残された罰だった。 「王の、寛大な処置かい?」 「そうですね。彼女もまた、犠牲者なのでしょうから」  事件の後、一子の母親を捜索した所、死体として見つかった。  焼死体ではなく、白骨死体に限りなく近い腐乱死体として。 「彼女は知っていたんでしょうか?」 「……さてね。知っていたとして、理解していたかどうか」  一子が求めた幸せとはなんだったのか。そこに家族の姿はあったのか。口を閉ざした一子からは、分からなかった。  他の全てを話した彼女でも、幸せの形だけは頑なに話さなかった。 「なにを……求めていたのかね」  場を沈黙が支配する。 「……そう言えば、彼女が話した協力者ですが」 「なにか分かったのか?」 「はい……九鳳院ではないかと」 「一触即発にある国の王族が?」 20 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/12(土) 18:28:48 ID:GEMnWOlU 「彼女を使って、国に混乱を起こそうとしたのではないかと、騎士団長は判じました」  優秀で、それでいて王に走狗のように付き従う騎士団長の判断を、可奈子は同意をもって受け入れていた。  如何に馬が合わなくとも、その能力は認めるに値すると可奈子はそう信じている。  だからこそ、危機感が募る。 「王族が、自ら暗躍する程に目の敵にされている。それ位に買った恨みは深い」 「運命の犠牲になって、尚、戦争の犠牲になったか――救えないな」  やれやれと溜め息を吐いて、闇絵はソファから立ち上がる。 「お帰りですか?」 「ああ。話すことは話したし、聞きたいことは聞いた。要件は全て済んだ」 「そうですか」  闇絵が部屋の扉に向き直り、歩む。 「一つ、良いですか」 「……なんだね?」 「あなたは“黒い魔女”と呼ばれています。あなたなら、魔術をもって事件の解決にあたれたのでは?」  もしそうならば、なぜ魔術を使わなかったのかと、そう言いたげな瞳だった。 「――私は魔術師ではないよ」  闇絵は事実を答える。 「私に出来るのは迷信にも似たまじないくらいだ。魔術は使えない」 「二つ名は二つ名であると?」 「そうさ。それにね? 私は魔術師なんてものにはなりたくないんだ」 「何故?」 「魔術師っていうのは神様になりたくて、なりたくて、それでもなれなかった人間の事を言うのさ」  そこで、闇絵は目をすうっと細めた。 「私は神様になんかなりたくない。私には地べたを這い回る人間程度で十分さ」 「もう一つ、良いですか?」 「なんだい?」 「彼女に、一子さんに言ったことは、本心なんですか?」  ――絶望なんか、必要ない。 「……偽善さ」  でも、と闇絵は付け加える。 「確かな、願いさ。人間のね」  そう言って、これ以上は何も話す事はないとばかりに扉を潜る。  不思議な事に、扉を閉じた瞬間そこにいたはずの闇絵の気配が感じられなくなった。 「――……不思議な人」  まるで魔法みたいに、存在が曖昧な人だと可奈子は思う。  正しく、歪みながら在る。  そんな、不思議な存在感。  そんな雑感も、直ぐに消える。 「……忙しくなるわ」  争いが近い。見えないけれど、目の前にそれはある。  確かめる事は出来ないけれど、確かにそれはある。 21 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/04/12(土) 18:30:03 ID:GEMnWOlU  争いが近い。見えないけれど、目の前にそれはある。  確かめる事は出来ないけれど、確かにそれはある。  やがて、戦火に飲まれ、不幸が押し寄せるだろう。  それでも、絶望したくは無かった。  そのために、今は戦う術を練る。  それは偽善かもしれないけど、確かな、人間としてのの願い。  ――いつか、もっと大きな幸せが溢れるという、優しい願い。 終 .

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。