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AN INNOCENT PEOPLE(前編) ◆KKid85tGwY




高町なのはと言う魔導師を知る、しかし彼女自身には親しくない者が居るとするならば
その人物は高町なのはに対してどんな心象を持つだろうか?
それはきっとフィクションに出て来るヒーロー、あるいはそれに敵対する怪物のごときイメージだろう。
その絶大な力と強靭な意思で、如何なる困難も克服する無敵のエースオブエース。
天災のごとき圧倒的な魔力で並み居る敵を制圧する、戦場に君臨せし覇王。
そんな所だろうか。
管理局の白い悪魔。魔王。冥王。
現在も、そして彼女が未だ迎えていない未来においても
なのははその強大な力と苛烈な戦い振りに、様々な揶揄をされたりしてきた。
あるいは現在の彼女から10年は管理局の執務を積み重ねて、心身ともに成長しきったなのはなら
そんな 通り名ですら、決して誇大とは言えないのかもしれない。
しかし今の彼女は、まだ魔導師となって1年も経っていない9歳の子供だ。
この時点でのなのはは、魔法の存在も知ってまだ間もない。
実戦経験といえばPT事件や闇の書事件での数回のみ。
しかもそれらの実戦経験も実のところ、非殺傷設定で守られた生命や肉体の危険の無い戦いがほとんどなのだ。
それらの戦いは字義通りの意味で世界の命運を賭けたものだったが
今の実験ほど、自身の生命の危機に切迫して感じ取れる物ではなかった。
絶大な魔法の才と、年齢に比して強靭な精神力で何とか乗り切ってきたが
それですら友人や家族による有形無形の支えが無ければ、到底為し遂げられなかっただろう。

そう、なのははただ必死だっただけだし、なのは1人の力で問題を解決したわけでもない。
ただただ懸命に目の前の状況を乗り越えようとしていただけ。
そこに無敵のヒーローも強大無比な怪物も居なかった。
そこに大局的な正義も高邁な理想も無かった。
いつも大切な何かを守るためだけの戦いだった。
そうでなければ戦うことは出来なかったであろう。
彼女は魔法を使えるだけの、平凡な9歳の子供なのだから。
友人や家族による支えを無くし、管理局の白い悪魔の虚飾をはがせば
そこには1人膝を抱えて蹲る子供が居るだけなのだ。

それはこの実験が始まってすぐに露呈する。
残虐超人『マキリシンジ』の襲撃を受けた際、なのはは何の抵抗もできなかった。
なのははデバイスが無くとも、魔法弾を撃つこともシールドを張ることもできる。
しかしそれらを使うことをしなかった。と言うよりできなかった。
何故か?
天才的な魔導師と思われているなのはだが、その実危急の事態に対して
敏速かつ的確な判断と対応をとることを、決して得手としていない。
魔導師となったばかりの頃も、ジュエルシードの起こす事件に上手く対処できない場面は多々あった。
フェイト・テスタロッサとの戦いも、最初はまるで歯が立たなかった。
ヴィータとの最初の戦闘時も、反撃することさえできなかった。
これらはなのはが未熟だった所為もあるが、それ以上に不意に敵に襲われるような突発的な事態では
動揺してしまい、沈着な判断が出来ないからである。
なのはがその真価を発揮するには、事態を正確に把握し
自分が何をなすべきかを考え答えを出し覚悟を決める時間が必要なのだ

しかし、すでに実験は始まってしまった。
何をなすべきかも分からないまま。
何の覚悟も決められるぬまま。


たしかに当面の危機は回避できた。
しかしそれは自分の力によるものではない。全てはVの力の賜物だ。
自ら乗り越えていないのだから、なのはの心にあの時の恐怖は残っている。
絶大な魔の力を有しながら、その心は未だ恐怖に捕らえられた子供のまま。
それらがどこに向かうべきなのか、未だ定められていない。
なのははただ殺し合いの暗黒の中を歩いていた――――。


     ◇


夜はその瞬間を悟られぬ間にすでに明けていた。
木々が生い茂る森の中にも、日の光と温もりは届いて来ていた。
その日の光と遊ぶように白い布が1つ、いや2つゆれる。
スラリと伸びた細い脚が土の上を跳ねるように歩むたび、白いスカートの先が軽やかに翻る。

「なのはー! こっちにもあったでゲソ!!」

白いスカートの主、イカ娘は木陰に駆け寄り
拾った木の果実を天に掲げ、満悦な様子だ。
その手にはもう何個もの同じ果実、どんぐりが握られていた。

「待ってよイカ娘ちゃん。1人になったら危ないってば」

もう1人の白いスカートの主は高町なのは。
私立聖祥大付属小学校の3年生にして歴とした魔導師。本人の言葉を借りれば魔法少女である。
弾んだ足取りでイカ娘の後を追うなのは。咎める言葉とは裏腹に、顔には笑みを浮かべている。
イカ娘と合流した当初のなのはは、それまでの経緯や最初の同行者であるVとの突然の別離などからその様子には陰りが見られた。
それでも今は子供らしい快活さを見せている。
それにはやはりイカ娘の影響が大きかったのだろう。
2人はまだ出会って間もないにも関わらず、イカ娘はすぐになのはに屈託無く接していった。
なのはも最初はイカ娘が、海棲生物の侵略者であることに面食らっていたが
すぐにそんなことも気にしない様子で打ち解けている。
どうもイカ娘が侵略者だと言うことに、あまり実感が沸いていないらしい。
もっとも今の2人の役割は言わば前衛。進行方向に危険が無いか、注意を巡らす役割なのだが
しかしイカ娘の方は見慣れない森の環境で色々物珍しいらしく、フラフラと遊び回っている。
それに注意を促しているなのはも、イカ娘につられてかどこか楽しげだ。
顔を合わせ笑い合う2人からは、今が殺し合いの渦中であることすら忘れていそうだ。

「やれやれ……あんなことがあったんだから、イカ娘ももう少し落ち着いてくれると思ったんだが……」

その2人の後を追うように歩いているのは、整った容姿を持つ長身の青年。
名は夜神月。大学生にしてその知力を買われ、キラ事件の捜査にも協力しているしている人物。
しかし他ならぬ月自身こそが、新世界の創造を志し、その過程で数多くの人間を殺したキラそのものである。
月は和気藹々としたイカ娘となのはの様子を、微笑ましそうに目を細めて見守っていた。


月が求める物、それは自らが認めた真面目で心の優しい人間だけが存在する理想の新世界。
イカ娘の純粋さとなのはの優しさは、月の判断基準において来るべき新世界にふさわしい物と思えた。
全ての邪魔者が排除され新世界が到来した暁には、2人のような人たちが
犯罪に怯えることも無く、幸せに暮らしていけるのだろう。もっとも当の2人の戦力なら、最初からそんな心配は薄いかもしれないが。
だからイカ娘となのはが仲良く笑いあうさまが、月にはまるで新世界のイメージが形象化されたように映った。
取りとめもない感傷だと、冷めて考える部分もどこかにあるが
気の置けない殺し合いの中で2人を、特にイカ娘を見ていると心が安らいでいくのは事実である。
今は殺し合いの最中だというのに、自分まで自然と笑みが零れる。
デスノートを拾って以来学校であろうと、捜査本部であろうと、家族の前であろうと
どこかで偽りの自分を演じ、気の置けない生活を送ってきた月には
こんな穏やかな気持ちになるのは久しぶりのように思えた。

「フフ、しかしなのは君もそれほど気落ちしていないようで何よりです。
これもイカ娘君のお陰と言ったところでしょうか」

横合いから男の声が聞こえてきたので、月は視線だけをそちらに向ける。
そこにはずっと月の隣を歩いていた細面の男、高遠遙一が居た。
高遠もイカ娘となのはを見ながら、穏やかな笑みを浮かべているが
それを観察する月の顔には、僅かに険しさが戻る。

「……高遠さん、もう銃を返してもらっていいですか?」
「ああ、これは失礼」

高遠は素直にニューナンブM60を月に手渡す。
得体の知れない部分もある高遠だが、彼が極めて優れた知性を持つことを疑う余地は無い。
危急の事態にも冷静さを失わず、適切な判断力を示すことが出来る高遠は
月にとっても頼りになる存在と言えるだろう。
少なくとも表面上は……。

月、イカ娘、なのは、高遠の4人が現在向かっているのはエリアで言えばH-4にあるテレビ局である。
元々月たちは、なのはが合流する前からその辺りの施設を見て回る予定だった。
そしてなのはが集団に加わったことによって、さらに戦力が充実した形になった。
テレビ局はその施設の性質から、かなり通信設備が整っていると推測出来る。
さすがに実験の外部と通信を出来るとは考えられないが、実験内なら他の参加者と連絡を取れる可能性は有る。
一方的な放送しか出来なくても、何らかの利用方法は考えられるだろう。
それに同じようなことを考えた参加者が集まる可能性も有る。
無論、危険人物が居る可能性も有るのだが。
現状でイカ娘となのはを擁している月たちの集団は
この実験の中では、戦力的に見てかなり高い位置に居ると推測される。
だからかなり大胆な行動も取れるようになっていた。
仮にテレビ局に危険人物が居たとしても、現有戦力なら制圧することも可能だ。
それでもリスクは有る。しかし危険を恐れていては何も出来ない。
月としては戦力が揃っている今の内に、可能な限り動いておきたかった。
ちなみに後から合流したなのはは、特に異論も無く月たちの行動方針に付いて来てくれている。

「これはなんでゲソ?」

そのなのはは今、イカ娘に自分の支給品を見せているようだ。


なのははイカ娘に、自分の支給品を1つ譲る約束をしていたが
イカ娘が落ち着いたので、やっとその話題に入れたらしい。
なのはが見せている物は、六角形の金属である。

「えっとね……核金って言って、怪我や体力を回復したり武装錬金っていう武器に変形したりできるんだって」
「武装錬金!!」

核金を手渡されたイカ娘は、さっそく掛け声と共に
核金を掲げて、謎のポージングを決める。
しかし核金には、何の反応も起きない。

「変形しないじゃなイカ……」
「えっと…………武装錬金に変形させられるのは、決まった人だけみたい……」
「それじゃ意味ないじゃなイカ!」

頭の頭巾(?)から湯気を出して憤慨するイカ娘に、なのはは説明書を読みながらあははと苦笑いを返す。
そこに後で話を聞いていた月が口を挟んだ。

「それは参加者の中の誰か特定の人物だけが、武装錬金に変形させられるってことかな?」
「参加者の中に居るかどうかはわかんないですけど、私とイカ娘ちゃんにはできないみたいです」

月と高遠も核金を手にとって弄んでみたが、変形が行われる様子は無い。
少なくともこの4人では、核金を武器として使用出来ないらしい。
他に無いでゲソー!? と騒ぐイカ娘に、核金を返されたなのはが差し出したのは
表にサンジェルマンと書かれてある紙袋だった。
中に何かが入っているのは、膨らみ方や重量感から見て取れる。

「これは中に何が入っているんでゲソ? 食べ物でゲソ? エビでゲソ!?」
「説明書が見つからなくてわかんないの……でも香水の匂いがするから、食べ物じゃないと思うよ」
「開けて見た方が早いでゲソ!」

紙袋を開けて中の物を取り出すイカ娘。
出てきた物は、ちょうどイカ娘の手より一回りほど大きいくらいの物だった。
それどころか肌色で先の方が5本に枝分かれしてあり、その1つには指輪まで嵌っている。
しかしそれの根元は誰の身体とも繋がっていない。
つまりそれは、切り取られた人間の手だった。

これはなんでゲソーーー!!? と言う叫び声と共に、紙袋を落としたイカ娘が飛び退く。
なのはは息が詰まり声も上げられないと言った様子で後ずさった。
その足が地面から浮き出た木の根に引っ掛かり、なのはの身体が宙を舞う。

「……っ!」

背後に居た月が、転びそうになったなのはを背中から支えたのは
何の思考も作為も無い、ただ反射的な行動だった。
瞬間。光が生まれた。
なのはの服装が先ほどまでと違い、頭のリボンは白く服のラインが青い物に変化し
持っていたS2Uが杖の状態に変わってそれを自分に向けて構えていることに月が気付いたのは、さらにその次の瞬間。
なのはの突然の変身。それは事前の情報交換で聞いていた、バリアジャケットと呼ばれる防護服だろう。
この場合注目すべき点は、それの展開とS2Uを構える速さであろう。
月自身や高遠だけでなく、イカ娘ですら意表を衝かれたと言う表情をしている。
その反応の早さに、嫌でも確信させられる。
なのはは絶大な魔法の力を持っていると言うだけに尽きない。
その力を戦闘と言う状況で十全に活かせるだけの才能も、センスも、技術も併せ持つ
WARRIOR(戦士)だと言う事実を。
しかし、月が現に注視したのは別の点だった。
その戦闘の才気の片鱗を見せた当のなのはが、顔面蒼白になりながら大きな瞳を震わせている。
そこに宿る色は純粋な恐怖。


不意に多くのことが重なりすぎて、月もなのはも呆然としたまま見つめあう形になった。
気まずい沈黙が流れる。

「…………ご、ごめんなさい……」
「いや、良いんだけど…………確認のために聞くけど、この手は君の支給品なんだよね?」
「……はい」
「誰の手か、心当たりは?」
「ないです……」

気を取り直して、紙袋の中に入っていた手の話題に移る。
なのはは本当に何も知らないようだ。
実際にその手は体温が低下し、切断面の血も乾燥で凝固していた。
医学的な専門知識が無くとも、切断されてからかなりの時間が経過していることが分かる。
強い香水の匂いは、おそらく腐臭をごまかすための物だろう。

「たしかに手の状態から見ても、実験が始まる前に切断された物だと思われますし
 なのは君が切断したのなら、あのタイミングで紙袋を出して我々に見せるのも不自然です。
 なのは君とは無関係と見て間違いないでしょう」

高遠も瞬時に月と同じ見解に達したらしい。
なのははあらぬ誤解を受けずに済んで、胸を撫で下ろしている。

「ところでイカ娘君は、こちらの手を御所望ではないようですが……」
「そんな物、要らないでゲソ!!」
「なのはさんもあまり御気に召さないようですし、この手は私が預かってもよろしいでしょうか?」
「いいですけど……それ、持っていくんですか?」
「ええ。これが支給品なら、参加者の誰かと関係が有る蓋然性が高い。
 ならば念のために持っていれば、何かの役に立つかもしれません」

説明しながら高遠は、なのはから貰った紙袋に拾った手を入れる。

「なんで、誰かと関係あるってわかるでゲソ?」
「あくまで“蓋然性が高い”だけですが、それは他の支給品を見ていれば分かります」
「?」
「イカ娘の支給品のS2Uやなのはちゃんの核金は、支給された当人ではなく、他の限られた者にのみ意味のある物だっただろ?
 そのことから支給品は、個々の参加者に関係があった物を、あえてランダムに支給している公算が高いんだ」

意味の分からないらしいイカ娘となのはに高遠が説明を始め、月がそれを引き継ぐ。
同じ推測でも、1人より2人で話した方が説得力を持つ。
大して必要性のあることでもないが、これも集団を円滑に動かすためだ。

「従ってこの紙袋と中身も、他の参加者にとっては我々には分からない意味を持つ可能性もあります。
 そちらの公算は、極めて小さいですが」
「なんだかよく分からないけど、とにかくそれは遙一が貰って良いでゲソ……。
 なのは、他に何かなイカ?」
「えーっとね……有った! ん…………しょっ、と!」

なのはが如何にも重そうに、バックパックから取り出したのは
左腕に風紀と書かれた腕章のある白い長袖の上着だった。
重そうな取り扱いに反して、イカ娘が着るににちょうどいいサイズだ。

「これ、箱庭学園風紀委員会特服『白虎(スノーホワイト)』のSサイズなの。
 1本で5トンの重量を吊り下げられる対圧繊維で縫製されてて、ダンプに刎ねられても平気なんだって」
「ぼ、帽子より立派な防具じゃなイカ……」
「帽子……? でもこれ……ちょっと重いかも」

なるほど。帽子と比較する意味は分からないが、説明書通りの性能なら極めて強力な防具と言える。


イカ娘は説明を聞いて服を気に入ったようだ。
しかし着ている服の上から袖を通すと、重いでゲソーと消沈する。

「そうだ! 私が体重を軽くすればいいじゃなイカ!」
「……え?」

そう言って腕輪を弄った途端、イカ娘は軽やかにはしゃぎ出した。

「これなら、ちょうどいいでゲソ!」
「……体重を変えられるって…………」
「月君……イカ娘君の身体の構造に関しては、もう気にしないことにしましょう」

イカ娘が常識から外れた存在で有ることを、改めて思い知らされた月と高遠。
なのはだけは、イカ娘ちゃんすごーいと素直に賞賛していた。
子供の順応性は侮れない。いや魔砲……魔法少女もまた、規格外の存在ゆえか。

「なのは、この服をもらうでゲソ」
「うん。私には重くて着れないからね。バリアジャケットがあるし」
「あ、何か大きい建物が見えてきたじゃなイカ!? あれが『テレビきょく』でゲソね!」

歩いているうちにすでに森を抜け、市街地に出ていた月たちの前に
外壁がコンクリート製の、一際巨大な建造物が現れた。

「あれはさくらテレビ……」
「月君は、あの建物を御存知なんですか?」
「ええ。……さくらテレビを知らないんですか?」
「いえ」
「……私も知らないです」
「そうですか…………」

月は顎に手を当て、訝しげに立ち止まった。
それに合わせるように、集団全員の足が止まる。
しかしイカ娘は構わず進む。

「何をしているでゲソか、早く行くでゲソ」
「もう、だから1人で行ったら危ない……わ!」

追いかけようとしたなのはが、道路の僅かな段差に転んだ。
転び方から見て大した問題は無いと踏んだが、なのはは辛そうに膝を抱えている。
顔色も心なしか、精彩に欠けていた。

「膝を怪我されたんですか?」
「こ、これは劇場で襲われた時の怪我で……でも、これくらい平気! ですから……」
「君はさっきも転びそうになってたよね? 少し疲れてるんじゃないか?」

言われたなのはは意外そうにしている。
どうやら自分の疲労に気付いていなかったらしい。
誰かとはしゃいでいる時は自覚は無くても、ふとした拍子に疲労が表に出るなどいかにも子供らしい。
しっかりしているようで、まだこんな側面もあるということか。
まだ9歳の子供がこんな殺し合いの中で、山道を歩いてきたんだ。
無理もない話なのかもしれない。

なのはは申し訳無さそうに疲労を認めたため、月たちはテレビ局を目前に休むことになった。


手近なファーストフード店に4人で入る。
イカ娘となのはと高遠が奥のテーブル席に座る。
そこからならガラス張りの正面から外の様子がよく分かり、かつ外からは見え難い位置である。

「月君はお掛けにならないんですか?」
「それですが……イカ娘、僕と来てくれないか?」
「どうしてでゲソ」
「僕とイカ娘で、先にテレビ局やその周辺を見ておきたいんだ」

月が提案してきたこと、それはテレビ局を事前に偵察すること。
4人全員でテレビ局に入る前に、予め月とイカ娘で周辺のを見て回り
テレビ局に人が居るかどうか、危険が無いかどうかを調査したいと言うのだ。
戦力分担としては偵察組にイカ娘、居残り組になのはが居るのでちょうどいい。
イカ娘は待つだけなのは退屈だからと快諾。高遠も特に反対はしなかった。
なのはは2人だけで先行するのが心配そうだったが
危ないことはしないと約束すると、一応納得はしてくれたようだ。

「じゃあ、いってくるでゲソ!」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
「高遠さんとなのはちゃんも気を付けて」
「GoodLuck、月君にイカ娘君!」



月はテレビ局までの道のりを、足早に進んでいく。
先ほどまで進んでいた森の中と比べることによって、市街地の舗装された道路が如何に歩き易いか痛感してきた。
多少足早に進んでも、まったく負担にならない。

「ライトー、待つでゲソー! ハァハァ……まったく、何をそんなに急いでいるでゲソか?」

森と違い今度はイカ娘が置いて行かれそうになる。
テレビ局の建物の目前に立ち、やっと月の足が止まった。
手帳の方位磁石で確認してみたところ、月が居るのは建物の南側だと分かる。
月が面しているのは雰囲気からして、テレビ局の裏側に当たるのだろう。
ならば正面は北側と言うことだ。
これまでの道のりにもテレビ局も、人の居る気配も危険性も見受けられない。

「ごめんイカ娘。なるべく偵察は早めに済ませて、高遠さんのところに帰りたいんだ」
「ハァハァ……ライト、人生は急いでばかりいてもどうにもならないでゲソ。
 それにこの服は、ちょっとゴワゴワして急いで動きにくいでゲソ……」

「……その服が嫌なら、脱げば良いんじゃないか?」
「何を言っているのでゲソ!  私はライトや遙一を守るんだから、ちゃんと防具を着込んでないといけないでゲソ!」

どうやらイカ娘はイカ娘なりに、自分の使命に対する自覚を持っていたらしい。
そして、やはり彼女はどこでも純粋だ。
その“純粋”がどれほど染まり易いかも、先刻の拷問で確認した。

(第一義に考えるべきは、僕の生還だ。それを見失うわけにはいかない……)

先刻と同じく無意味な感傷に浸りそうになる自分に、自戒を促す。
新世界において最も重要なピースは、そこに神として君臨する月。
それを見失って行動の優先順位を違えるなど、愚か者のすることだ。
もっとも、それと危険人物を排除することは別の問題である――――

「それじゃあ局の正面に回るよ。でも正面の様子は向こうから見えないように、遠くから隠れて見ることにしよう」
「でも、それでは中に人がいるか分からないんじゃなイカ?」
「中まで見る必要は無いよ。今回の偵察はあくまで安全に、テレビ局周辺の様子を探るだけが目的だからね」



月はちょうどテレビ局の正面にある民家の陰から、ガラス張りの正面入り口を観察した。
その光景はまさに、かつてテレビ中継で見たさくらテレビそのものだ。
さくらテレビのレプリカまで用意できる主催者の力に、月は改めて警戒の気持ちを強める。
そして高遠やなのはが、さくらテレビの存在を知らなかったことを思い出す。

(さくらテレビは全国ネットの放送局だ。日本で生活していてそれを知らないと言うのは、さすがにおかしい。
 そして2人とも“キラ”を知らなかった。2人ともが同じ嘘をついているとは考え辛い……)

なのはとは出会ってすぐに、簡単な情報交換をした。
その中で月は『キラ』を知っているか、さりげなく探りを入れてみた。
結果は高遠と同じく“否”。
さらに2人ともが一般常識レベルのテレビ局を知らなかった。
これは最早、偶然で片付けて良い問題ではない。

(何故、知らなかった? …………あるいは知らないのではなく――――無かった)

月は死神界と言う、自分の知る世界とは別の世界の存在を知っている。
ゆえにその可能性に思い当たることが出来た。
『実験の参加者は、それぞれ別世界から召集されている』可能性に。
ならば2人の無知にも説明がつく。と言うより、現状で他に筋道立った仮説が思いつかない。
彼らは月と同じように日本に住んでいるが、細部の違う異世界の住人であると。
もし本当に異世界が存在するのなら、現状の問題はさらに深刻化する。
実験から脱出し、さらに元の世界に戻る必要があるからだ。

(…………さすがに突飛な発想か……)

しかし無視できる問題ではない。
主催者の見せる超常的な手段や道具の数々。
不可解な実験会場の様相。
参加者同士における“世界観”の相違。
それらについてさらに詳しい検証が必要になるだろう。

「ライトー、何か分かったでゲソか?」
「うん、ああ……」

後から退屈した様子のイカ娘に声を掛けられ、月の意識は現実に戻る。


今は世界全体の考察より、目前のテレビ局に対する考察が先だろう。
もっとも、それは見たままの結論しか得れない物だったが。

「あのテレビ局には誰か立ち寄ったな。今も居るかどうかは、分からないが」」
「なんでゲソ?」
「いや……単純に局内を見たら奥のドアが開いているし、中から明かりが漏れてるからね……」

ガラス張りの正面から見える局内の雰囲気から推して、来訪者は未だ留まっている公算が高い。
危険人物であるかどうかの判別は付かない。
いずれにしろ当初の予定通り、一旦帰って4人で再び訪れるしか無いだろう。
それにここに来た、と言うより高遠となのはから離れた目的は
偵察だけでは無いのだ。

「……帰ろう、イカ娘」
「もう、いいでゲソ?」
「ああ。それに……早く帰った方が良い」




(後編へ)







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