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正義の業(前編) ◆KKid85tGwY



 仮面ライダー、本郷猛は改造人間である。
 彼を改造したショッカーは、世界制服を企む悪の秘密結社である。
 仮面ライダーは人間の自由の為にショッカーと戦ったのだ。
 そしてそれは何もショッカーだけに限らなかった。
 ショッカーの後身組織ゲルショッカー、デストロン、デルザー軍団、ネオショッカー、そしてBADANと
 人間の自由と平和を守る為、数限りない敵といつ果てるとも知れない戦いを今も続けている。
 そう、何より本郷が悪の秘密結社とその尖兵である怪人と戦う理由
 それは改造人間だからでも異形の怪物だからでもない。
 その暴挙が人類の自由と平和を脅かすから、敢然と立ち向かうのだ。

 だから人吉善吉が、彼を正義の味方だと推測したのは全く精確を得ていると言えた。
 仮面ライダーは、まさしく己の正義のために悪と戦う戦士なのだから。
 だが善吉にも分からないことがある。
 仮面ライダーが戦うということの意味を。
 ショッカーの相手でも、ゲルショッカーでも、デストロンでも、デルザー軍団でも、ネオショッカーでも、BADANでもなく
 仮面ライダーが殺し合いを戦うという意味を。

 人吉善吉は未だ知らない。正義の業を。
 本郷猛は未だ逃れられない。正義の業から。


     ◇


 エリアの区分によればG-6の川岸。
 夜明け前ですっかり低くなった月の光が川の水面に帯を作っている。
 そこに1組の男女が佇んでいた。
 男は長身のドイツ人、ヴォルフガング・グリマー。
 女は日本の中学生、夢原のぞみ。
 まるで接点の見出せない2人が、なぜ共に行動しているかと言うと
 それは同じ殺し合いに参加させられた者同志であり
 かつ、その中でも共通した目標に向かっているからだろう。
 2人は今、ドリームコレットの探索を目標に協力していた。

「それじゃあドリームコレットを探しに、しゅっぱーつ!」
「……どこに?」
「だから、ドリームコレットを探しにだよ」
「……うん。だからどの方向に行くとか、どの施設を目指すとかはあるのかな?」

 ただ同じ目標を持つこの2人の間には、若干の温度差が存在していた。
 意気揚々と出立しようとするのぞみをグリマーが呼び止める。
 グリマーの質問にきょとんとした表情を見せるのぞみに、どうやら具体的な目的は無いらしい。
 しかしなんとなく予想が付いていた事態なので、グリマーは特に動揺するでも無く
 予め考えていた自分の意見を述べた。

「ドリームコレットがここにあるなら、多分それは参加者への支給品という形になる。
つまり人が集まりそうな所に行って、他の参加者と接触しながら情報を収集するのが手っ取り早いんじゃないかな」
「うんうん。……人が集まりそうな所?」

 グリマーは腕を水平まで上げて指差す。
 その先には巨大な円形の人工建造物が見えた。

「とりあえずあのコロッセオは目立つ上に地図上でも中央に位置しているから、人が集まりそうだね。
ここからも迷わずに行けそうだし。その分危険も大きいけど、今は多少の危険をおしてでも動かないと始まらないからな」

 グリマーが目的地として指示したのはコロッセオ。
 現状のグリマーたちは、何を判断するにも圧倒的に情報が足りない。
 だからまずはその収集のために、他の参加者との接触を優先しようと考えた。
 当然リスクも高まるが、グリマーとてかつては旧東ドイツの諜報員。
 危険地帯での立ち回りもそれなりに心得ている。

「うわあ、おっきーい! あれ、もっと近くで見たーい!!」

 コロッセオを見て瞳を輝かせるのぞみに異存は無いようだ。
 状況に対して必要な危機感と緊張感は足りているのか、甚だ不安になるが
 のぞみに対し無闇に心配しても切りが無いことは、出会ったばかりのグリマーにも容易に察しが付いた。

「それじゃあ今度こそドリームコレットを探しに、しゅっぱーつ!」

 コロッセオに向けて走り出すのぞみを、グリマーが慌てて追いかける。
 そして無闇に走ったら無駄に体力を消耗すると、のぞみを説得。のぞみも何とか納得した。
 やはりのぞみには、もう少し落ち着いて欲しいと願わずにはいられない。

「そういえば、君はピンキーキャッチュ以外の支給品は確認したか?」
「ううん、まだだよ」
「実は俺もまだなんだ。出発の前に確認したほうがいい」

 自分のバックパックを探るグリマー。
 その隣から突如、ドオンと何か多大な重量が地面に落ちた轟音が響いた。
 グリマーは緊張に身を強張らせながらも、即座に音の方向を見る。
 そこには窓ガラスまで装甲で覆われている、長方形の巨大な車両と
 傍らでバックパックを落とし目を丸くしているのぞみが有った。

「…………これは一体……?」
「……えっ? ああ、この車、鞄から出てきたの!」
「……これも鞄から出てきた支給品…………」

 窓まで装甲まで覆われた大型車両は、おそらく護送車だと思われる。
 ナンバープレートの表示は日本の物だ。
 こんな物がバックパックに入っているなど、普通ならとても信じられないが
 前後の状況から見て、のぞみの話は事実なのだろう。
 この車が特別製。と言うことではなく、鞄の方が特別なのか。
 車の方は、有用な支給品と言える。
 移動だけでなく、強力な武器や防具にもなり得る。
 ただこれで移動するとなると、相当目立つ形になるが。

「すっごーい! これなら、あの円い建物まですぐに行けるね!」

 驚き思案するグリマーを余所に、のぞみの方はあっさり事態を受け入れ
 さらに車で移動する気満々のようだ。
 素晴らしく順応性の高い人物である。
 この性格だから、妖精だの異世界だのの話も受け入れてしまえるのだろうか。
 彼女を見ていると余計なことにまで気を回している、自分が馬鹿馬鹿しくなる。

「そうだなァ……体力も温存できるに越したことは無いしねェ」

 どうせ絶対安全な移動方法など無いのだ。
 それなら多少の危険は伴っても、速度を優先させることにする。
 車の運転は、スパイに必要な技能として教わっている。
 グリマーは運転席、のぞみは車両の後部に乗り込む。

「それじゃあ今度の今度こそ……しゅっぱーつ!」

 グリマーはのぞみの能天気さに若干の不安と、そして奇妙な心強さを覚えながら。
 コロッセオに目指してアクセルを踏んだ。


     ◇


 人吉善吉がオープンカフェの席から眺める街の光景は、ひたすら寂寥感に溢れていた。
 色とりどりの看板などで装飾されている店舗は並んでいる。
 道路は隅々まで舗装されている。
 しかしそこには人間が居ない。
 目に映るところにだけでなく、居並ぶ建物の中にも
 それだけではなく街の全てに、人間が居ないのであろう。
 つまりここは市街地の形をしていながら、あらゆる意味でその機能を果たしていない
 文字通りの意味でのゴーストタウンである。

 街を見ても重い気分は晴れないと、善吉はテーブルを挟んで対面の席に座る人物に視線を戻す。
 しかしやはり先ほどまでと同様、町並みを見るより更に気分が重くなる。
 別に相手の人物に嫌悪があるわけでも、相手が無用に威圧してきているわけでも無い。
 だがその人物が無造作に放つ重厚な雰囲気に、どうしても圧倒されてしまうのだ。
 その人物は本郷猛。
 本郷は何をするでもなく、無表情なまま沈黙しているだけだ。
 それでも人格ゆえか、その人格が培ってきた歴史背景ゆえか理由は推し量りようが無いが
 まるで巨大な歴史建築物に囲まれたような、重い威厳があった。

 そもそもなぜ街角のオープンカフェで、男同士が向かい合ってるのかと言うと
 1人でDIOを倒しに行こうとしている本郷と、それに付いて行こうとする善吉が
 意見の相違から話し合いをする流れになったため、2人で
 ちなみにバイクは、本郷がオープンカフェの席の横に止めている。マナーの悪い話だ。
 話し合うといっても善吉の方はすでに気持ちが決まっていて、それもはっきりと伝えている。
 後は本郷の話を待って、それに反論して説得するだけである。
 沈黙をする本郷に焦れながらも、善吉は心中で覚悟を定める。
 自分の意思を、そして本郷が何を言おうとそれを通すことを。
 やがて本郷はゆっくりと、語り出した。

「奴が少女の死体を盾にした時、俺はなぜ攻撃を止めたと思う?」

 しかし、話題は善吉の予想外の方向から来た。
 若干の焦りを覚えながらも、善吉は質問の意味と答えを思案する。
 本郷さんが夜神粧裕を攻撃できなかった理由。
 そんなものは、正義のためしかないだろう?

「…………そりゃ、粧裕ちゃんが血色を取り戻したからじゃ無いんスか……?」
「あれは奴による血液の操作のためだ。あの状態から人間が生き返るわけが無い」

 いや、分かってたよ! でも他に理由なんて有んのか?
 善吉は内心憤るが、それを表には出さない。出せない
 決して威圧しない本郷の威厳が、相変わらず重く圧し掛かっているからだ。
 本郷は自分の喉元を指す。

「あの状態で少女……粧裕の顔を攻撃していれば、彼女の首輪も破壊している所だった」

 首輪?
 本郷の言葉の意味が分からず、善吉は釈然としない表情を露にした。
 それを見て本郷は初めて、少しだけ笑みを浮かべる。

「俺の目的は人々を守ることだ。そして殺し合いから人々を守るためには首輪を解除しなければならない」

 そこまで説明されれば、善吉にも理解できた。
 主催者が参加者に殺し合いを強要できているのはその命を握る道具、首輪の存在があるからだ。
 逆に言えば、首輪さえ外せば殺し合いは成立しなくなる。
 そして首輪を解除するためにはその内部構造を知り、解除方法を解析しなければならない。
 そのためには当然、首輪を解析するためのサンプルが必要になる。

「首輪はDIOを倒して回収する予定だったが、戦いの中で破損する可能性もある。
その時は粧裕から回収しなければならない。死体の首を切断してな」

 だから粧裕ちゃんの首輪を攻撃できなかったのか。
 たしかに無残に死んだ彼女の首をさらに切り落とすなんて、酷い話だ。
 だがそれだって必要なことだ。それ位、俺も理解している。
 それで軽蔑されるとでも思ってるなら本郷さん、それこそそっちが俺を軽蔑してる。

「どうやら君は誤解しているようだな」
「誤解!? 粧裕ちゃんを攻撃できなかった理由がか?
そんなことは関係ねー! 俺はあんたが正義のために戦っていることを知ってる!!」
「正義のため、か…………。君が誤解していると言うのは俺のこと、そして君自身のことだ」

 本郷さんの瞳に憂いの色が浮かんだ。
 覚悟を決めたはずの善吉は、全くその意思が読めない本郷に気圧される。
 誤解? 何が? この人は何が言いたい?

「俺はDIOを倒そうとしていた」
「……そこはちゃんと理解できてますよ?」
「倒す、とは殺そうとしたと言う意味だ。俺には何もしてこなかったDIOに、一方的に仕掛けてだ」
「……………………」

 分かっているさ。
 それでもあんたはヒーローで、DIOは悪だ。
 俺にだってそれ位の判断は付く。

「そもそも俺が何故、DIOを殺そうとしているのか分かるか?」
「そりゃ、あんなヤバイ吸血鬼を放っておけないでしょう」
「吸血鬼。そう分類される怪物だから殺そうとした、と言いたいのか?」
「……何が言いたいんですか?」
「仮面ライダーの目的は、人間の自由と平和を守ることだ。
しかしそれは…………人類種に無条件で味方することと同義ではない」

 本郷の回りくどい話し振りに、善吉は僅かに苛立つ。
 そしてそれと裏腹に、何故かこれ以上話を聞きたくないという気持ちに駆られる。
 これ以上話を続けると、何か自分が知らなかった深淵を見そうな予感に。

「俺は悪の秘密結社に改造された改造人間だ」

 そして本郷は語り出した、仮面ライダーの数奇な宿命に彩られた哀しき戦いの歴史を。
 それは決して歴史の表には出ない、血塗られた現代の英雄譚。
 脳改造を免れた改造人間には、僅かな理解者は居ても同じ立場の者は決して存在しない。
 それゆえ、ただ1人で社会の闇に潜む強大な秘密結社との戦いに身を投じた。
 それは同じ改造人間との戦い。
 もしかしたら自分も同じ運命を辿っていたかも知れぬ同種との、しかし脳改造を受けたがゆえの不倶戴天の敵との
 いつ終わるかも分からない、いつ果ててもおかしくない死闘の日々。
 その中で親友を手に掛けたこともあった。
 信じた者に裏切られたこともあった。
 そんな中で本郷にも自分と同じ立場の仲間、新たな仮面ライダーとも出会う。
 仲間の協力を得て長い戦いの果てに遂に悪の秘密結社ショッカーを倒した。
 だが、それでも本郷の戦いは終わらなかった。
 人間の自由と平和を守るための戦いは、本郷の中で自分の生き方にまで昇華されていた。
 続々と現れる人間を脅かす悪の勢力。
 それらとの戦いの中でまた、新たな仮面ライダーとの出会いもあった。
 その中には止むを得ず、本郷自身が改造を施した者も居る。
 そしてその戦いは、今も続いているのだ。

 俺は本郷さんの話をただ黙って聞いていた。
 ただただ圧倒されて言葉を挟めなかった。
 無理やり改造人間にされただって?
 そして巨大な悪の組織とたった1人で戦い始めただって?
 無償で、命を賭けて、自分が守ってきた平和に暮らす人々に省みられることも無く。
 一体どんな信念を持って、どれほど強靭な意志があればそれだけのことが出来るんだ?
 本郷さんの話は大雑把な物だったが、それでも端々から壮絶さは充分すぎるほど伝わってくる。
 本郷さん自身の口から聞いた話じゃなかったら、とても信じられないほどだ。
 俺もフラスコ計画を潰すために、十三組の十三人(サーティーンパーティー)と戦いもした。
 それらの戦いも命懸けの戦いだった。
 でも別にそれは、俺1人で戦えたわけではない。
 俺1人だったら、そもそもフラスコ計画とまともに戦おうとさえ思わなかったかもしれない。
 本郷さんの敵はそれどころじゃない。
 人間をはるかに超えた改造人間を使役する、巨大な秘密結社を相手に戦い抜いたんだ。
 その話を聞いて、分かったことがある。
 俺が本郷さんから感じた感動は本物だ。
 だけど、それは子供がテレビ番組のヒーローから受ける感動と本質的には同じだ。
 憧れ慕うことは出来ても、仲間にはなれない。
 仮に俺が本郷さんと同じ立場に立ったとして、同じように戦えるかと言うと
 残念ながら、否と答えるしかないだろう。
 めだかちゃんを守るのにも精一杯な俺が、悪の秘密結社から不特定多数の人々を守れる
 仮面ライダーになれるはずが無い。
 簡単になれるなんて思うのは、仮面ライダーへの侮辱でしかない。
 憧れて慕い付いていくことはできても、肩を並べて戦うことは決して叶わない。
 テレビの中の架空の存在じゃなく、目の前の現実であっても
 ヒーローってのは、余りに遠い存在だった。
 ————それは多分、めだかちゃん以上に。

「俺は仮面ライダーだ。悪を討つ理由は有る。だが、君にDIOを殺す理由は有るのか?」

 本郷の問いが、善吉には先ほどまでより更に重い。
 おそらく本郷は正義のためであろうと敵を殺すことの重さを、誰よりも知っている。
 善吉には想像もできないほどに。
 それでも善吉とて、ただ黙っているわけではない。
 仮面ライダーでなくても、戦う理由はある。
 たとえ肩を並べてることは出来なくても、付いていく位はしなくてはおさまらない。

「…………あいつは、粧裕ちゃんを殺した」
「だから君は命を賭けてDIOを殺しにいくのか? 返り討ちに遭う可能性の方が高いぞ」
「……今は逃げ場の無い殺し合いの真っ只中だぜ!?
あいつを放っておけば、いずれ俺も……めだかちゃんも殺される!」
「そうか、君の知人も居るのか……」
「知人なんてもんじゃない。腐れ縁の幼馴染ですよ」

 黒神めだか。
 善吉が最も信頼し、そしてあらゆる汚れや災厄から守ると誓っている少女。
 そうは言ってもめだか自身が、全ての面において類稀な才能を持ち
 戦闘能力についても、常軌を逸した物を持っている。
 実際の所、善吉が守られる立場に立つほうが妥当なほどだ。
 もっとも、それはあくまでそれは普通の人間を基準にした判断。
 仮面ライダーを一蹴したDIOが相手では、さすがのめだかも分が悪い。
 早急にDIOを倒さなければ安全は確保できない。

「ではDIOが反省した改心したと言えば、君は見逃すのか?」
「えっ……?」
「俺は、DIOが何を言おうどう動こうが殺すつもりだ。
理由は、単純に奴の言葉が信用出来ないからだ。奴はいかなる説得も改心も不可能な悪だろう」

 本郷さんの突拍子も無い意見に、思わずフリーズしちまった。みっともない。
 DIOが反省した改心したと言えば、だって?
 それは粧裕ちゃんを殺したことを涙ながらに謝罪し、土下座して二度と殺し合いに乗らないことを誓うようなことか?
 正直言ってDIOのそんな姿は、ちょっと俺の想像力を超えている。
 しかもその後に本郷さんが言ったことは、もっと突飛だ。
 DIOがそんな想像を絶する反省の仕方をしても、本郷さんは殺すと言っている。
 それではまるでDIOが救いようの無い、邪悪の化身のような扱いだ。
 あまりにも極端な判断じゃないのか?
 ただ、本郷さんの判断に関してはどこか納得できた部分はあった。
 本郷さんはDIOとの戦いで、全く問答無用で一切躊躇無く殺そうとしていた。
 今にして思えばあの本郷さんの容赦の無さも、DIOに対するそんな評価をすでにしていたからだ。
 それが分かったところで、じゃあ『本郷さんは何時どうやってDIOが邪悪の化身だと判断したのか』
 って部分は、まるで見当も付かないが。

「会ったばかりのDIOが『説得も改心も不可能な悪』だって、どうして分かるんですか?」
「様々な悪と戦ってきて培われた勘だ、としか言いようが無いな。根拠は示しようが無い。
だがそれは、君にも感じ取れたんじゃないのか?」
「…………」

 あー、そうさ。
 吸血鬼だと聞く……否、姿を見る前からDIOのやばさは文字通りに感じ取れた。
 だから恥も外聞も無く、粧裕ちゃんを連れて逃げ出したんだ。

「だが同時に君は、DIOに惹かれている。いや、魅入られていると言うべきか」
「……!」

 本郷の洞察に、善吉は思わず絶句する。
 善吉が本能の次元でDIOを恐れていることも、それとは裏腹に魅了されていることも
 本郷は全て見抜いていたのだ。
 それは善吉が自らも見えない心の奥に封印しようとした、危険な二律背反。
 DIOの恐怖と魅力で揺れる天秤が、善吉の中で再び露になる。

「さっきも言ったが、中途半端な気持ちで行くなら……無意味に死ぬぞ」
「そ、そりゃ……あんたほどの覚悟も決意もねーかもしれない! だけど、座って待ってたら良いなのか!?
俺1人ではどうしょうもない相手だけど、あんただって1人では勝てなかった相手でしょう!?
ここは2人で掛かる方が合理的だし、まだ勝ち目もある!!」

 気勢を上げた反動で、善吉は大きく息を荒げた。
 善吉は先ほどから、ともすれば押し潰されそうなほどの圧力を本郷から受けている。
 今やそれを跳ね返して意見を言うだけでも、多大な力が要った。
 本郷の表情からは、有無を言わさぬ険しさが増す。

「だが、君がもしDIOに懐柔されれば……君は俺の敵になる」

 ……おいおい、あんたそこまで言うかよ。
 たしかに俺はDIOに惹かれていた。それは認めるよ。
 だからって、本郷さんの敵に回ると本気で思ってるのか?
 そんなことがある訳が無い!
 俺はそう口に出して言いたかった。すべきだった。
 だけど、何故かどうしてもそう言えなかった。
 実際の所は自信が無いのか?
 もし本郷さんとDIOを天秤に掛ける事になればどうなるか
 どうしても、そこの所が考えが進まない。
 そして自分でもはっきりしない答えを、いい加減に答えるには
 本郷さんの存在感はあまりにも重たかった。

「俺は人間の自由と平和を守るために戦っている。それは人類種に無条件で味方することと同義ではない。
つまりDIOが人間であっても、同じように奴を……殺そうとしていた」

 空気が更に重くなる。
 深淵は、近い。

「そして君や粧裕が同じ立場に立っていたとしても、やはり殺そうとしていた。
人間と吸血鬼を正義の元に区別するような資格など、改造人間である俺には無いのだからな」

 善吉にも本郷の言葉は、これまでの話から導かれる当然の帰結だと理解できた。
 仮面ライダーは己の正義、つまり道理に基づいて戦っている。
 そこに老若男女や、種族の区別は無いはずだ。
 根拠の無い区別や差別は、道理を曲げることに他ならない。
 だからDIOの立場を善吉自身や粧裕に入れ替わっても、判断に変化は無い。容赦なく殺そうとしていただろう。
 それが本郷のハッタリで無いことは明白だ。
 これまでの積み重ねから導き出せる、当然の帰結なのだから。

「俺は今まで同族の改造人間相手に、ずっとそうして来た。今さら、異種族を相手だからと曲げる理由は無い」

 本郷の言葉が意味するところに気付いて、善吉は身の震えを止められない。
 本郷の言う異種族とは、つまり人間のことだ。
 仮面ライダーが無条件で自分達の味方をしてくれるなんて期待は、たしかに都合が良すぎるかもしれない。
 しかしこの殺し合いにおいては、誰が何時殺し合いに乗ってもおかしくはないだろう。
 そうなった者は仮面ライダーは悪として討つだろう。
 老若男女や種族の区別も無く、一片の容赦も躊躇も無く殺そうとする。
 DIOにそうしたように、怪人にそうして来たように。
 そして本郷に殺されるということはすなわち、悪の組織の怪人や戦闘員と同じく
 『仮面ライダーに討たれる悪』になり、そして命を果てるという意味だ。
 人間として、家族や友人に囲まれ普通に社会生活を生きて来た者が
 『仮面ライダーに討たれる悪』に堕ちて果てる。
 それはある意味、死ぬより恐ろしいことだろう。
 自分がその立場に立つかもしれないと言う恐怖。
 そして改造人間でありながら、人間の頭脳を持ち
 それでいながら自分の正義を貫くために、同じ人間でも討つと言う
 本郷の壮絶で冷徹な覚悟。
 それを悟り善吉は心の底から震え上がった。

「君自身の意思でどこかに行くと言うのなら、俺から何も言うことは無い。
だが、ただ俺に付いて行きたいというのなら……」

 そこまで話した本郷は、唐突に言葉を止め
 南の方に鋭い視線を送った。

「…………どうしたんスか?」
「車がこっちに向かってきている」

 善吉は急激に今までとは別種の緊張に襲われる。
 車が来ているとなれば、それは他の参加者が接近してくるということだ。
 しかし車の走行音などは一切聞こえない。

「……何でそんなことが分かるんですか?」
「俺の聴覚は特別性だ」

 本郷の浮かべる微かな笑みも、善吉には懐かしいものにすら思えた。

「俺が先回りして様子を見てくる。君はここでバイクを見ていてくれ」
「また置いていくつもりですか」
「DIOを倒すまで無理はしない。怪我も治っていないしな」

 本郷は自分の脇腹の傷を指して、また笑った。
 たしかに本郷がバイクを置いて、どこかに行くとは考え辛い。
 善吉は、この場は本郷を信用することにした。

「無理はしないで下さいよ」

 善吉の言葉を背に、本郷は南に去っていく。
 話をしただけで疲れた身を、善吉は椅子に深く沈み込める。
 頭の中では、本郷の話の様々な要素が渦巻いている。
 本郷が最後に言いたかったことは、漠然とだが想像はつく。
 善吉は本郷に「付いていく」と言った。
 それは善吉自身の意思でDIOを倒しに行くのではなく、本郷の意思に依存する行為だ。
 そして本郷の行く道、正義のために悪を討つ道は
 依存した人間が行けるような、容易な道では無いだろう。
 それこそDIOのような邪悪に取り込まれかねない。
 おそらく、本郷はそれをよく分かっていた。
 善吉自身は意思を決めていたつもりかも知れない。
 だが、本郷の話を一通り聞いた今となっては認識そのものが甘かったと痛感する。

 しかしそれでも善吉は、やはり本郷を放っては置く訳には行かないと感じられた。
 それは最早、感情的な理由に終始されるものに尽きるのではなく
 何か本郷を死なせるわけには行かない、はっきりした理由があるように思える。
 ただ善吉には、それがどうしてもはっきりとは掴めない。

(…………めだかちゃんでもねー、会ったばかりの本郷さんに随分とご執心じゃねーか)

 ふと、自分が本郷のことで思考が満たされているのに自嘲する。
 何故ここまで本郷に入れ込むのか自分でも分からない。
 ヒーローだから? 命の恩人だから?
 何れにしろ1人の人間にここまで執心するのは、黒神めだか以来だ。
 そのめだかなら、この場でどう判断して動くだろうか?
 善吉はそんなことを考えた。



(少し脅かし過ぎたか……)

 近付いてくる車の音を聞きながら、本郷は先ほどまでの善吉との会話を思い返す。
 我ながら珍しく自分のことで多弁になったと、本郷は反省する。
 本郷は本来、寡黙な人物だ。とくに自分のことを多弁するような真似は、まずしない。
 しかし善吉と話していると、何故か自分のことでも淀みなく話題にできた。
 恐らくそれは、善吉自身の資質に由来するものだろう。
 それは別に超能力の様な特殊な異能ではなく、どんな種類の相手とでも親和できるような資質が善吉にあるのだろう。
 それ自体は素晴らしい資質だが、今の様な殺し合いの場では足を取られる危険が高い。
 だからと言って、本郷が過度に心配しても栓の無いことではあるが。

 善吉に語った内容は本音には違いない。
 本郷は平素には極力、『人間社会』の中での問題に仮面ライダーの力は振るわないようにしている。
 正体が露見すると不味いのもあるが、仮面ライダーの力は無闇に振るう物ではないという自覚があるからだ。
 しかし今は殺し合いの只中。
 人間を相手にする必要も当然出てくるだろう。
 ならば自分は仮面ライダーだ。
 仮面ライダーは人間が相手であろうが、決して正義を曲げるわけには行かない。
 この場で要求される『戦い』のは、恐らく過去の『戦い』とは全く異なる種類の難しさを持つ。
 無害を装い仲間として近付いて、善良な者を手に掛ける。
 そんな狡猾な悪との駆け引きが要求されてくるだろう。
 自分が守ろうとしている者に後から撃たれるのも、充分に想定される事態だ。
 必要なのは、獅子身中の虫を的確に捉える注意力。
 そして、たとえ相手が人間であろうと手に掛けることを躊躇わない覚悟だ。
 もっとも、そんな話もDIOを倒せなければどうしようもないが。

(車中に居るのは2人か。……会話が聞き取り辛いな)

 改造人間である本郷は、常人よりも遥かに優れた五感を持っている。
 それは数km離れた車の走行音のみならず、車中の会話まで聞こえるほど。
 しかし今は近付いてくる車の中の様子がよく掴めない。
 おそらく機密性の高い車体なのだろう。
 だから本郷は自分から接近して行った。
 やがて車内の様子も聞き取れる。

(これは男と、若い女だな)


     ◇


「ふひふぁーふぁんふぁ、ふぉふぁんふぁへふぁいんへふふぁ?」
「俺は今運転中だからな。それより食事しながら喋るのは、行儀が悪いよ」
「ふぁーい」

 コロッセオに向かうのぞみは、護送車に揺られながら早めの食事を始めていた。
 バックパックから大量に出てきた菓子パンを、幸せそうに頬張る姿に
 グリマーも思わず力が抜けそうになる。
 ただ、心底から美味しそうに食事をする姿にはどうしても悪感情は持てない。
 どうにも不可思議な魅力を持った少女である。

「……!」

 バックミラー越しにのぞみを見ていたグリマーは、それに気付くのに遅れてしまった。
 進路上に男が立っているのだ。
 別に避けることが出来ないと言うほど、近い距離ではなかったが
 仮に敵だとしたら、奇襲を受けていたかも知れない。
 男はただ直立しているだけで、どうやらすぐに仕掛けてくるような様子は無いが
 それでも油断は出来ない。
 護送車をゆっくりと減速し、男の前で停車させる。

「どうしたの、グリマーさん?」
「人を見付けてね。これからどうしようかと……」
「ホントに!? じゃあドリームコレットのことが聞けるね!」
「ちょ、ちょっと待って……!」

 のぞみは人が居ると聞いた途端、すでに車のドアを開け始めていた。
 そしてグリマーが制止の声を賭けた時には、もうすでに車外ののぞみには聞こえていない。
 やっぱり、もう少し落ち着いて欲しいと願わざるを得なかった。
 グリマーも仕方なく後を追って車を降りる。

「あ、初めまして。あたし夢原のぞみって言います」

 のぞみは屈託の無い笑顔で男に挨拶をしていた。
 男は僅かに目を丸くしていたが、やがて細めて
 笑みを浮かべながら手を差し出してきた。

「俺は、本郷猛だ。よろしく」

 握手をする本郷を見て、グリマーは直感する。
 本郷は信用できる、と。
 グリマーは旧東ドイツのスパイ時代に、人を見抜く目を磨いて来たが
 本郷の放つ重厚な風格は、経験の無い物だった。
 そしてこれほどの風格を纏う人物が友好的に接してきたのだから、下らない裏は無いと容易に判断できた。

「私はヴォルフガング・グリマーです、ヨロシク」
「よろしく。早速ですまないが、向こうで人を待たせている。
あなた達さえ良ければ、車でそこまで一緒に移動してくれないか?」

 仲間が増えるのなら、異論は無い。
 グリマー達は護送車に乗り、再び北上を開始した。



(危険の無い人たちと合流出来たのは、僥倖だったな)

 本郷は予め車内の会話を聞いていて、のぞみとグリマーが殺し合いに乗っている様子が無いことは分かっていた。
 しかしどちらか、あるいは両方に裏があるかも知れない。
 それを判断するため、車を止めて接触を試みた。
 実際に出会ってみて、のぞみのそもそも裏表の無い純粋さには驚かされた。
 しかしそれとは裏腹に、どこか修羅場を知っている者の気配もする。
 どちらにせよ、不思議な少女だ。
 グリマーは何気ない態度からも、深い人生経験を重ねていることが伺えた。
 そしてそれゆえの正義感を抱えていることも。
 何れも善吉に引き合わせて問題の無い人物であることは間違い無い。
 ただ、所帯が増えて動きが取り辛くなったのが気掛かりだが。
 本郷はグリマーが運転する護送車に揺られ、自分の支給品を確かめながら思案を重ねる。



(後編へ)





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