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より強き世界




 日誌 ロールシャッハ記
 1985年10月12日

 今朝、路地裏で犬の死体を見つけた。
 裂けた腹にはタイヤの跡が付いていた。
 この世界は俺を恐れている。
 素顔を覗いた俺を。

 この世界はドブも同然だ。
 人の血が流れるドブだ。
 いつか下水道が溢れれば、クズ共は全員溺れ死ぬだろう。

 そして、今日。
 それが起こった。


 そのとき、俺が居たのは、ドブの底だった。
 暗闇には慣れている。慣れているが、それは完全な闇だった。
 つまり、光がまるで無い、完全な闇。

 此処は何処だ? 
 何故こんな所に?

 顔を触ると、そこには俺の顔があった。紛れもなく、俺自身の顔。ロールシャッハの、世界を映し出す顔。
 衣服にも問題はない。いつものコートに、いつもの帽子。
 装備を確認するが、いくつか無くなっているように思えた。
 だがそれをきちんと点検するよりも先に、全てが白く染め上げられた。

 光。
 光と言うものがこれほど暴力的だと言うことを、クズ共はよく知っているだろう。
 容易く、いとも残酷に、薄っぺらな己の姿を暴き立てる。
 俺も知っている。誰よりもそれを知っている。
 真の闇から一転して、そこは完全な光の世界となった。
 声がする。
 地獄の底から響くかの様な、と表現するのは、余計な虚飾だ。
 ドブの底の、さらなる底から、吹き出した声。
 ただそれだけだ。


◆◆◆

 身体が少し揺れた。
 何かが、彼にぶつかったのか、或いはただ振動が伝わったのか。
 ハ、っと息を呑む。
 まぶしい。
 目が慣れるのを待つよりも、慌てて辺りを見回す。
 人。人。人。
 人が居る。人に溢れている。
 次第に慣れてゆく視界の中、一様に、呆然とした、或いは不安げな表情の人の群れ。
 どれほどの人が居るのだろうか。
 見回すが、壁一面、天井一面、そこかしこにある柱など、全面鏡張りのようになっている。
 光と鏡像が乱反射し、人の数どころか広さすら分からない。
 手を見る。
 汚れていない。
 人工的で無機質な、白と黒と灰色の石材タイルの床は、滑らかで真新しく、汚れも傷も無い。
 素材も造りも分からないが、ただそれが、見たこともないほど完璧な人工物であることだけが分かる。
 ひとまずはそのことから、ヴォルフガング・グリマーは一つ、理解する。
 "正義の味方・超人シュタイナー"は、現れてはいない。

 その壁が、急に様々な光景を描き出した。
 周りからのざわめき。どよめき。或いはその中に、自分の声も入っていたかも知れない。
 鏡面部の一部、半分以上の面が、ある種のモニターの様になっているのか。
 しかし主観的には、自分達が一瞬にして別の空間へと移動したかにすら思える臨場感。

 次々と切り替わる、様々な映像。様々な光景。
 音は無く、ただ映像だけが流されている事が、唯一それを、「目の前で起きている現実の光景ではない」 と理解させる。

 漠とした意識に、その映像の意味が次第に入り込んで来る。
 血。銃。刃。爆発。
 撲殺。絞殺。刺殺。銃殺。
 或いはもっと、意味も手段も分からぬ、様々な死。
 或いはまるで、ハリウッド映画のような特撮映像であるかの破壊の様。

 感情も無く、呆然とそれを見ながら、その中に自分の姿がないことをグリマーは願っている。


『突然のことで戸惑っているかもしれないが…』

 声が響いた。

『単刀直入に、言おう』

 空間に。或いは、意識のひだに。
 その声は甘く柔らかなようで、また、ある種の抗いがたい威厳の様なものを備えていた。 

『君たちには、ある実験に協力して貰いたい』

 機械的に加工されているのか、性別も年齢もうかがい知れぬ。
 それなのに、一つだけ明確に分かる。 

『そんなに難しい事じゃあない。
 ちょっとした殺し合い、だ』

 この声の主の、危険性が。

 グリマーは思い出す。
 511キンダーハイムの事を。
 実験の元に集められた子ども達のことを。
 そして、そこで起きた、悲劇のことを。
 グリマーは思い出す。
 震えながら、超人シュタイナーの助けを待っていた、小さな子どものことを。

◆◆◆

「殺し合い…だと?」
 思わず声が漏れる。
 無意識に漏れたその声に、自分自身がまず驚いて、慌てて口をふさいで辺りを見る。
 様々な色、様々な光景が踊る奇妙な部屋の中、ざわめく人の群れは、そんな夜神月にはまるで注意を止めた様子もない。
 反応はそれぞれに異なっている。
 不機嫌そうに唾を吐く者。
 能面の如き白く整った顔に、皺一つ浮かべずにいる者。
 或いは ――― 楽しげな者。
 人種も風体も千差万別で、明らかに日本人ではない者も、仮装パーティーか何かから現れたような妙な恰好の者も居る。
 危険だ。
 月の中で、警告音が鳴っている。
 此処にいる者達は、危険だ。
 デスノートを使い、完全なる世界秩序を目指す新世界の神。
 その中で、多くの経験をしている月は、おそらくはごく普通の一般人よりも、人の奥底に潜む危険性を見抜くだけの経験と観察力がある。
 鏡張りの部屋の、全ての者達を見て取れるわけではないが、この中にいる者達は一様に、「尋常ならざる」 ものがある。
 そう感じる。
 意識が戻ってすぐに確認した事。今ここに、デスノートも無く、自分にだけ見える死神リュークも居ないという事実が、月の上に重くのしかかる。

『…とは言え』

 言葉が続く。
 姿もなく、どこから聞こえるかも分からない。
 相変わらず陰惨な光景を描くモニターや、磨き上げられた鏡だらけの壁や天井に、スピーカーらしきものが取り付けられている様にも見えない。
 だとしたら、壁の中に内蔵されているのだろうか?
 その声には、聴く者の意識を強引にもぎ取り、引き込むかのような圧倒的な力が感じられた。

『ちょっとしたルールがある。
 細かいことはまたあとでマニュアルでも読んで貰えばいいが、最も大事の事をここで述べておく』

 事務的な、或いは機械的な声。
 それなのに、それがただの冗談のように思えないのは何故だ?
 月の脳内では、警告音が最大となり鳴り続けている。

『君たちは3つの属性で分類されている。
 それぞれの分類で、勝利条件は異なる。
 名前を教えておこう。
 Hor、Isi、Setの3つだ』

◆◆◆

『Horグループは、Setを全て殺すか、Isiを助け、実験終了時まで一人でも生かしておくこと』

 黒衣の男。
 荒ぶる獣性を魂の内に秘めた、ゴッサムの闇の騎士が、口を真一文字にしたままそれを聴く。

『Setグループは、Horに属する者を皆殺しにすること』

 仮面舞踏会に赴くが如き、けばけばしい蝶のマスクをつけた蒼白い男が、不機嫌そうに口元を歪ませる。

『Isiグループは、ただ時間内生き残ること』

 艶やかな長い金髪を揺らしながら、まだ幼さとあどけなさを残す聡明な少女が、小さく息を呑む。

『君たちがどのグループに属しているかは、今は教えない。
 それらを解き明かすことも、実験の内だ』

 笑い声が響いた。

◆◆◆

 HA  HA  HA  HA  HA
   HA  HA  HA  HA  HA! 

 まるで壊れた玩具のようなけたたましく甲高い哄笑。
 静かにざわめく部屋の真ん中辺りに、スポットライトの如く光が集まり、痩せた男が浮かび上がる。
 紫のスーツに、白粉を塗りたくったような真っ白な顔。髪の毛は緑色に染められ、顔は長く、口元は裂けたように広がっている。

「こいつは面白ェ。
 リドラーのパズルよりは上等なゲームだぜ。なあ、ミスター・クエスチョン?」

 自然と、周りにいた者が少し避けた。

「だが…」
 男の声音が変わる。
「俺はプロデュースをするのは好きだが、されるのは性に合わねぇ。
 特にこんな、FOXでも扱わねぇような三流の企画じゃあな。
 ホープ・ビーチのコメディクラブだって、もうちっとはマシな脚本を書くだろうよ。
 こんなのじゃあ会場大爆笑ってわけにゃあいかねぇぜ」

『ああ、そうだ。これじゃまだ足りない』

 パっ、と、一面のモニターが切り替わり、瞬間的に様々な顔が映し出され、消えた。

 ざわめき、驚きの声、怒り、悲鳴。
 大きくはないが、少なからぬ反応。

『今のは、今回の実験の参加者全てだ。
 知っている人間は居たかい? 想い人は? 憎い敵は?
 家族、親友、恋人は?』

 緑の髪をした道化が、軽く眉根を寄せていた。
 誰かが、見覚えのある誰かが居たのかも知れない。

『それと、勿論ただでやれと言うほど、ケチじゃない。
 実験が終了し、勝利した暁には、報酬もある』

 モニターがさらに切り替わる。
 冨、権力、愛情、名声…。
 そこにある数多の映像の中に、それぞれの参加者にとって意味のあるであろう何か ――― そしてそれはおそらく、その当人にしか分からないような何か ――― が映し出されている。

『罰もある』

 また映像が切り替わる。
 最初に映されていたのに近い、またも無数の人間の姿。
 だがその全てが一瞬にして、首から爆発して、無惨な屍と化した。

◆◆◆

『この映像の中で、彼らがつけているのと同じ様な首輪を、君たちにもつけて貰っている』

 手をやる。
 野太い首元に、冷たい金属の感触。
 今まで気がつかなかったことが不思議なほど、それは急に重たい存在感を示す。
 或いは、今その瞬間に、不意に現れたかの様に。

 警視庁刑事部捜査一課の警部である剣持勇は、悲鳴や嗚咽の聞こえる室内を見渡す。
 先程のモニターで示された、「全参加者」の中に、知り合いの少年探偵、金田一一と、その友人の少女、七瀬美雪の顔が映っていたように思えたからだ。

『この首輪は、実験場から逃げだそうとしたり、立ち入り禁止区域に入ったり、期限内に最終的な勝利条件を満たせなかったりしたときに、爆発させることになっている。
 或いは、それを外そうとしても同様だ。
 勿論、そんな事はしたくない。それじゃ実験の意味がない。
 他にもこの首輪にはちょっとした付加効果があって、主に全体のバランス調整に使われるのだが ――― それは、自身で確かめて欲しい』

 実験。
 繰り返し発せられるこの言葉に、剣持は言いようのない不吉さを感じている。
 現時点での主犯の行動は、拉致、監禁、及び傷害…。
 薬品などを使って昏倒させ連れ込んだのか、殴りでもしたのか。ここに至る前後の記憶がなく細かいことは分からない。
 流されている映像は本物か? 特撮やCGでは無いと言えるか?
 分からない。
 分からないが、数多くの犯罪者、殺人鬼…例えば高遠の様な、異常な犯罪者達…を見てきた剣持には、この主犯が尋常ならざる精神構造をしているだろう事が察せられる。
 例え、あの映像が本物でなかったとしても、きっとこいつは、殺しうる。
 内心の焦りが、表情に出るのも構わず、金田一達を見つけようとするが。
 それから ――― 視界が歪んで ―――。

◆◆◆

「残りの細かいことは、君たちの手荷物に入れたマニュアルを参照して欲しい。
 食べ物や地図や名簿、それと便利な道具などもあるから、粗末にしないように。
 以上、健闘を祈る」

 足元から透けて見える、階下にあった、それぞれの空間に居た者達は、最後の言葉を聞くか聞かぬかのうちに、全てそこから消え去っていた。
 残るのはただの、静寂。

 黄金に耀くその室内には、これもまた巨大なモニターがあり、それぞれに異なる場所の映像が映っている。
 下にあった無機質な空間と異なり、華美な装飾があちこちに施されているが、その意匠にはある共通項がある。
 古代エジプトをモチーフとしたものだ、という事だ。

 男はインカムを外して、小さく息を吐く。
 金髪碧眼の整った容貌に、しなやかな肉体。
 それを包む衣装も又、華美で鮮やかだ。
 そう、まるで、スーパーヒーローのように。

 テクノロジーの粋を集めて作られたかのようなコントロールルームの背後には、それとは不似合いな祭壇があり、3種類の神像が祭られている。
 真っ白な大理石で作られた、隼の頭部を持つ太陽神、ホルス。
 灰色の石灰岩で作られた、豊穣の女神、イシス。
 漆黒の黒曜石で作られた、犬の頭部を持つ、嵐と戦争と災厄の神、セト。
 その祭壇には、同様に白、黒、灰色の、各々の神像に対応した色の駒が並べられている。
 それは神々への供物か、或いはまた別の何かを現すのか。

 ここは、王の居室であった。
 ラムセス二世。
 又は、エイドリアン・ヴェイト。
 或いは、オジマンディアス。
「地球で最も利口な男」の、孤独の要塞である。

 アナウンスも終わり、もはや語ることもない今、それでもどこからか小さく声がした。

「タキオンの…せいで…未来が…不確実性…の…何が起こるか…見通せない…」

 うっすらと、青白く光るその空間に、ただ小さな呟きが響く。
 その声を聴きながら、ヴェイトは小さく返した。

「君が本物のジョンならば、こんな実験などする意味も必要も無いのだろうな」

 孤独の要塞で、その声に答える者も返す者もなく、ただ静寂のみが支配していた。

◆◆◆

 軽い目眩と嘔吐感が、何に由来するするのかといえば、おそらくは先程自分の身に起きたこと、つまり、瞬間移動だ。
 あの部屋から、一瞬にしてこの場所に移動している。
 原理や、真偽はどうとも問えない。ただ結果を見れば、これは瞬間移動と言うことになる。

 辺りを見回すと、足元にバックパックがあり、その中に小さな手帳があった。
 『実験の手帳』 と表書きされたそれは、厚めの革表紙で、そこに小さな方位磁針と時計が埋め込まれており、細いチェーンで鉛筆まで付いている。
 中には、折りたたみの地図と、名簿と、メモ用の無地が数枚。そして、「マニュアル」。

 曰く、「制限時間は48時間。6時間毎に途中経過がアナウンスされる」
 曰く、「途中経過の報告毎に、エリア内に禁止区域が出来る。これは、人数の減少を加味したもので、この禁止区域に入れば、首輪の爆破による止むを得ない処分がある」
 曰く、「実験促進のため、参加者は三人の被験者を排除した場合に、特別な報酬を得る権利を与えられる。特別報酬には、怪我の治療、物資の補給等の他、他の被験者に危害を加えたり、実験を棄権したりする以外の事が出来る。詳細は、達成した後に首輪の前の部分を触って確認すること」
 曰く、「バッグの中に何らかの支給品がある。2日分の水と食料。それと、身を守り、目的を達成するのに使えるかもしれないもの。それらを使い、知恵と勇気を振り絞って、奮闘して貰いたい」

 確認する。
 それ、はしっかりと手に握られる。
 それ、は死をもたらすものか。
 それ、は助けをもたらすものか。
 或いは。

 音がする。
 気配が。
 人?
 誰か、他の誰かが近くにいるのか?
 グループ分け、という言葉が脳裏を過ぎる。
 助けること。殺すこと。生き残ること。
 自分は、何をすれば良いのか?

 音は次第に近づいてくるように思え、手の中のそれが存在感をより強くする。
 そして ―――。




『より強き世界となる。
 より強き、愛ある世界となる。
 我らはその中にて死す』

       ― ジョン・ケイル


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実験開始 ロールシャッハ Monochrome clearness
実験開始 ヴォルフガング・グリマー 夢に向かって
実験開始 夜神月 とあるイカ娘の侵略目録《バトルロワイアル》
実験開始 剣持勇 20世紀中年
実験開始 ジョーカー Crazy Wonderland
実験開始 オジマンディアス





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