01~

脊髄反射2011~

2011.02.21

私は文字列になりたいと彼女は言った。
僕は彼女がどこを見て話しているのか知りたかったが視線を追うことはできなかった。
彼女は僕に背を向けていたからだ。
その小さな背中を小刻みに揺らしまた同じようなことを言った。
文字列になりたいという旨を再度主張した。
僕に感想を求めるように、解答欄を用意するかのように彼女はまた数分間黙りこくった。
間抜けな考えが頭を過ぎるが僕はそれを口にすることができなかった。
口にしたところでそんなことは実現不可能だからだ。
いや、実現の可否などではなく僕個人の感情としてそんなことはしたくないというのが本音だ。
最後に一度だけでも彼女が振り向いてくれたなら…身を翻し表情を見せてくれたとすれば、
僕は彼女を絵画にすることも人形にすることもできたかもしれない。
五度目の文字列になりたいという呟きと共に彼女の後頭部は僕の視界から消えた。
僕は鉛筆を握った。
シャープペンシルを握った。
ボールペンを握った。
サインペンを握った。
筆を握った。
そして携帯電話を握った。
菓子パンを一口かじって彼女の名前を考えた。

2011.03.07

美少女の股間を小銭で隠したがる層に有り勝ちなのが沢庵の食べすぎによる皮膚の黒ずみである。
コツさえ掴めば誰だってメロン味のけん玉をティッシュ箱(宇宙桜)に交換可能だというのに、
おばちゃんはしつこくシークヮーサーをねだる。エレガントな巻きグソに身も心も委ねる気なのだろうか。
つまり無言でパンティを追いかけていたら「パンティを追いかけるのが面倒臭い」という思考に支配され、
パンティを追いかける行為を中断してしまいそうになったのである。
なんだったらパンティなんて最初から無かったことにしてしまおうなんて無粋な事まで考えていた。
パンティを真っ向から否定する事に難色を示したもう一人の俺がパンティの重要性を説いてくるが、
いちいちもう一人の俺に言われなくても俺はそんな事はわかりきっている。
誰よりもパンティを理解しているつもりだ。もう一人の俺は俺のエレガントな振舞いに口を噤んだ。
パンティが生活の全てだった。むしろ俺はパンティだ。
脚の長さが区々な木製のテーブルに腰をかけると「ザーサイ食べたい」という思考に支配され、
俺はパンティが本当に大好きなんだと再認識した。そんな俺の背中をポンと押してくれたのもパンティだった。
でもパンティは一定期間誰にも装着されないと新品同様の輝きを取り戻すというのは嘘らしい。
「ところで君はこれには気付いていたのかな?」
男が白衣のポケットから取り出したのは美少女の股間だった。
「いえ、全く気付きませんでした」
「ほほうその口ぶり…君はこれが一体何なのかわかっているんだね?」
わかるも何も俺がダイクマに行きたがっている事は周知の事実だ。嫌がらせとしか思えない。
早くダイクマに行きたい。美少女の股間を食べ始めた途端俺はしぼんだ風船のようにしぼんだ。
男は白衣を脱ぎ捨てると床に落ちたそれを手に取り着用してみせた。
すると男は着たばかりの白衣を脱ぎ捨て床に落ちたそれを手に取るとなんと着てみせたのだ。
信じ難い光景を目の当たりにして俺はしぼんだ風船のようにしぼんでしまった。
目を覆いたくなるような卑劣な犯行に俺はまるで…そう、しぼんだ風船のようにしぼんだのである。
俺はパンティを追いかけることを決意した。すると男は白衣を脱ぎ捨ててしまった。
妖精の死骸を踏まないように森の奥へと歩を進めていると「ザーサイ食べたい」という思考に支配され、
俺は奥歯が全部抜けてしまった。このままでは頻繁に年賀状が届いてしまう。
「ダイクマになんか行きたくない!」
俺は力の限りそう叫ぶとおばちゃんが密集している袋小路で立ち往生していた。
「脚の長さが区々なメロン味のおばちゃんにデジタルパーマをあてたい」という思考に支配された俺は、
おばちゃんの股間を小銭で隠したのだ。白衣の男はそんな俺を眺めながらシークヮーサーを飲んでいる。
俺は沢庵を食べながらおばちゃんの小銭を白衣で隠したのだ。妖精はそんな俺を無言で眺めていた。
俺は朝から何も食べ物を口にしていないことを思い出し「ダイクマに行きたい」とエレガントに叫んだ。
だがもう一人の俺は「海老蔵」などと酔狂な事を言い出した。
俺はもう一人の俺の予想外な発言に「ザーサイ食べたい」という思考に支配されてしまうのだが、
パンティとの日々は今も色あせず(パンティ自体は色あせてしまったが)脳内にくっきりと映像が浮かぶ。
「鎮魂歌じゃあるまいし」
おばちゃんが股間からけん玉を取り出しそう言った。俺はダイクマで意外な人物に出会った。
これは後でわかった事なのだが、俺は美少女の小銭を巻き上げてデジタルパーマをあてたそうだ。
男は黒ずんだ白衣を脱ぎ捨てると口角を上げパンティを追いかけ始めた。
嫌な予感は見事に的中した。黒ずんだおばちゃんは美少女の死骸を踏まないように男の背中を追いかけた。
俺は唐辛子早食いコンテストにエントリーしようかと思ったけどしぼんだ風船のようにしぼんだ。
「股間に年賀状を挟ませてくれるのであれば奥歯の一つや二つくれてやらァ」
美少女はそう言いながら黒ずんだ股間を小銭で隠すとアスファルトに沢庵を叩き付けた。
「もしかして探し物はこれですか?」
男が白衣のポケットから取り出したのは大学ノート三冊分の巻きグソだったというのに、
おばちゃんは俺にしつこくシークヮーサーをねだる。困り果てた俺は奥歯が全部抜けてしまった。
こうなったらパンティで窒息させてやろうと思った俺だったが健闘虚しくしぼんだ風船のようにしぼんだ。
要するに無言でおばちゃんの股間を追いかけていたら「おばちゃんの股間」という思考に支配され、
俺は閉店時間を過ぎたダイクマに不法侵入しメロン味の宇宙桜を股間で薙ぎ倒したのだ。
そんな俺を眺めながらシークヮーサーを飲んでいるのは海老蔵だった。
俺が黒ずんだ妖精をアスファルトに叩きつけると海老蔵はしぼんだ風船のようにしぼんだ。
「一体それがなんだっていうんですか?あなたには関係ないでしょう!」
語気を強め白衣の男に詰め寄った俺は感情こそ押し殺していたものの心の中はザーサイに支配されていた。
「フフッ…これでもあなたは関係ないと言い張るつもりですか?」
耳をつんざくような奇声に振り返るとそこに居たのはデジタルパーマの美少女だった。
美少女は口角を上げ男の着用している白衣を剥ぎ取ると床に叩き付けた。
男はすぐさま白衣を拾い上げそれを着るとゆっくりと白衣を脱ぎ床に叩きつけたのだ。
美少女はそのまま沢庵を追いかけて眩い光の中へと消えていった。このままでは海老蔵が死んでしまう。
俺は反射的に海老蔵をアスファルトに叩きつけると海老蔵はしぼんだ風船のようにしぼんだ。
男は海老蔵を拾い上げゆっくりと床に叩き付けた。俺はシークヮーサーを飲んでいた。
おばちゃんは股間から小銭を取り出すと男の白衣を剥ぎ取りダイクマの中へと消えていった。
「チェックメイトだ」
俺は口角を上げて白衣の男に向かってそう言った。海老蔵は驚いて奥歯が全部抜けてしまった。
白衣の男はシークヮーサーを飲み干し不適な笑みをこぼすとポケットから何かを取り出した。
俺は男が取り出した意外な漬物に驚愕し我を忘れて鎮魂歌を熱唱した。海老蔵の肉体は消滅してしまった。
男が取り出したのは黒ずんだ沢庵だった。俺は我を忘れて美少女の股間を床に叩き付けた。
もう一人の俺がティッシュ箱から小銭を取り出すと俺は反射的に奥歯が全部抜けてしまった。
俺はパンティを追いかけることを決意し我を忘れて脚の長さが区々な木製のテーブルに腰をかけた。
パンティがひらりと風に揺れていた。なんだかとても悲しそうだった。
白衣の男が俺の死骸を小銭で隠し「ダイクマに行きたい」と呟いた。

2011.03.08

「さぁ、合同コンパの始まりだ!」
筋肉質な女が拳を握り締め野太い声でそう叫んだ。彼女の咆哮は私の心拍数を更に増加させた。
いつからだろうか、私は死を感じると小学生の頃転校してしまった肥満体形のK君の事を思い出す。

実家の玄関を出ると目の前には我が母校の正門が構えられている。登校に要す時間はたったの三十秒。
全校生徒の中で一番家が近かった私は六年間で一度も遅刻をした事がなかった。
当時の私は誰よりも早く登校し教室の机に座ることだけを目標に学園生活を送っており、
連続達成記録は六年生の時のある忌まわしき事件によりストップしてしまうまで続いたのだ。

「ねぇ君、黙っちゃってどうしたの?」
声の主は筋肉質な男だった。彼はきょとんとする私を見つめると前歯を舌でなぞり始めたのだ。
負けてられないと思った私は木こりのジェスチャーをして「エコ!」と狂ったように叫ぶ。
「なんでやねん!」
筋肉質な女がハングアップしながら音の速さで私の顔面を蹴り飛ばしてきた。
鼻の骨が折れて軟骨のから揚げが血しぶきで染まった。もうレモンをかける必要はない。
「自己紹介しろっての!あんたの番だろ!」
筋肉質な女に頚動脈を絞められた私は声が出せず右手で小さく丸を作り自己紹介を始めた。
私は名前と年齢と職業を手話で表現すると筋肉質な女はようやく私を解放し元の位置に着席した。
動揺した私は目の前に用意されたピーチサワーのグラスを手に取ると一気に胃へと流し込んでしまった。
「ねぇ、カンパイしようよ…」
ウォーリーをさがせ!のウォーリーのような様相を呈した男が突如上空から舞い降りてそう提案してきた。
私は思わず「ウォーリーに酷似」と口を滑らせてしまうと彼は号泣しながら店を後にした。
ライクアウォーリーを泣かせてしまったことで皆の冷たい視線が私に集中し突き刺さる。
一体私が何をしたというのだ…この世に神は居ないの?泣きたいのはコッチの方だッッッ!!!

その時私の中で確かな殺意衝動が芽生えた。

人類

ナンテ

滅ボシテ遣ル…!

小学校の近くに寂れた駄菓子屋があり店の前に子供の遊び場に御誂え向きの空き地があった。
産業廃棄物が散見されるそこで私はどう考えても体に悪いショッキングピンクのジュースを良く飲んだものだ。
男子が野球をしている横で私たちは野糞をしたりそれを棒に刺して彼らにぶつけてからかっていた。
ある日それが大問題になり学校側から「野糞禁止令」が発布されたのだが、
ルールなんか糞くらえ(野糞だけに)そんなのお構いなしだぜと私たちは来る日も来る日も野糞し続けた。
そんな私たちを見かねた町内会が仮設トイレを設置したのだがそれは会費の無駄遣いという結果に相成る。
それもそのはず、私たちは仮説トイレの周囲に毎日野糞を撒き散らし利用を著しく困難にし続けた。
私たちをそこまで動かすのは強い使命感だった。恥も外聞も捨ててただただ仕事に生きていた。
「私たちがやらずに誰がやるんですか?」野糞を駆使してそんな文章を毎日書いたものだ。

「ねぇ、もしかして俺たちつまんない?」
声の主はプレイボーイのスウェットをめかしこむ老人だった。右手薬指にはカルティエの指輪が輝いている。
左耳に装着した十字架のピアスをカチャカチャといじりまるで私の顔にも穴を開けるかのように凝視してくる。
私は軟骨のから揚げの油でてかりにてかった上唇を舌なめずりする。微かに血の味がした。
そしてゆっくりと首を縦に振った私に老人は優しく微笑み耳元でこう囁いた。
「七味とって」
気付いた時には老人は血を吐きながら空中で四肢をロケットのように撒き散らしていた。

その日もいつものように野糞棒を振り回し半泣きの男子を追い回していると年増の女に声をかけられた。
「あなたも盗賊団に入らない?」
うろ覚えだがそんなニュアンスの口説き文句で女は私の顔の目の前まで接近してきた。
今すぐに返事するのは難しいという旨を伝えると女は口から仁丹の匂い漂う吐息を私の鼻先に吹きかけてきた。
その瞬間私は全てを理解した。そう、女はきっと仁丹を食べたのだ。
スパンコールのドレスを翻し去ろうとする女を小走りで追いかけて私は流暢なフランス語でこう言った。

「メルシーボークー」

それから三年後、年増の女は私の新しい母親になるのだがそれはまた別のお話。

「お飲み物のおかわりはいかがなさいますか?」
店員の男が私の胸を揉みしだきながらそう訊ねてくる。私は下唇をかみ締めそれに耐えていた。
揉み方がなってない。彼の揉み方は完全にDカップの揉み方だ。
「エッチュー!」というくしゃみに振り返ると童顔の少女が私を心配そうに見つめている。
少女はポケットからスタンガンを取り出し私の右手に握らせると目配せをしてきた。
彼女の視線の先を辿るとそこに居たのは私の実の父親だった。
私は老人の遺体からカルティエの指輪を抜き取ると店を後にして質屋に直行した。

かくして盗賊団の一員となりコードネームが必要になった私は候補をレシートの裏に羅列していた。
だがどれもしっくり来ず「私にはセンスが無いからあなたが考えておくれよ」と彼女に言った。
彼女というのは盗賊団の女頭である年増の女こと「ナッツ・ザ・アニマル」だ。
ナッツは吸いさしのマルメラを灰皿に押し付け面倒臭そうに立ち上がると、
腰まである長い髪をかき上げてピンヒールの音を鳴り響かせながら私に接近しこう言った。
「今なんて言ったの?」
私が再度「思いつかないからあなたが考えて頂戴」と言うとナッツは、
「あーはいはい、今ちょっとスウェーデンの首都って何だったか思い出そうとしてて全然聞いてなかった」
と言いつつ腕を組み私の腰の辺りを軽く蹴りつけてこう言葉を続けた。
「そこのポケット、何が入ってるのかしら?」
私はエプロンの腰に縫い付けられたポケットからそれを取り出し顔の前でちらつかせた。
「好きなの、コレ…」
それは本心ではなかったが彼女に媚びて私に全く損はない。私の予想通りの笑みを零したナッツは、
私の頭を撫でながらそれを奪い取って中身を取り出し口の中に放り込んだ。
「じゃあ早速初ミッションよ、オスロ」
先週初めて出会った時のように仁丹の匂い漂う吐息が私の鼻腔をくすぐった。

「待ちなよ!」
質屋から出てきた私を出迎えてくれたのは筋肉質な女だった。
彼女はハングアップしながら音の速さで私の顔面を蹴り飛ばしてくる。
「あんたのせいで合同コンパは台無しだよ!どう落とし前つけてくれるんだい?」
マウントポジションを取られた私にネギの匂い漂う吐息を鼻先に吹きかけてくる。
月光が眩しい。私はポケットからスタンガンを取り出し顔の前でちらつかせると彼女に質問を投げかける。
「一体どうしてほしかったの?」
「なっ…」
私は絶句する筋肉質な女の顔面に音の速さで頭突きを見舞った。
彼女の鼻が折れ私の顔が血しぶきで染まった。もう七味をかける必要はない。
「ウォーリーを…さがして…」
筋肉質の女はそう言い遺し私の腕の中で還らぬ人となった。
ホントに馬鹿な女。無駄な筋肉をこんなにもこさえて…下らない人生だったわね。
でもね…私、あなたのこと嫌いじゃないわよ。好きよ。初めて会ったあの日から、ずっとね…。

私は今正に始まろうとしている盗賊団としての初ミッションに胸を躍らせていた。
ナッツと共に深夜の小学校の体育倉庫へと忍び込む。そこはトレジャーの宝庫だった。
運動マット、跳び箱、踏み切り板、そして…一際その輝きを主張し私の心を奪ったのが石膏引きである。
私はしたたる涎をレシートで拭い取るとナッツの顔を見た。彼女は無表情だった…さすがプロだと思った。
だが世の中にうまくいく犯罪なんて存在しない。侵入した矢先スポットライトが私たちを照らす。
「きゃっ…あなた達そこで何をしているの?」
光の入り口に居たのは私と同じくスクール水着にランドセルを背負った年端もいかぬ少女だった。
彼女は眼を丸くして魚の様に口をぱくぱくさせて足を震わせながらこちらを見つめている。
「私たちは…あれです、あれ、あの、みまっ見回りの者です!」
ナッツが機転を利かせたどたどしくそう説明する。彼女は天才なのだろうか。
彼女の生まれ持っての犯罪者としての才能が即座に完璧な言い訳を用意させたのだ。
少女は訝しげな表情で私たちの全身を一通り舐め回すとか細い声でこう言った。
「今は…まだ無理だけど…トレーニングして、絶対にあなた達を…」
最後の方は聞き取れなかったのだが、何か物騒なことを言っていたというのだけは憶えている。
結局初ミッションは失敗という結果になってしまったが私は宝物なんかより大事なモノを手に入れたのだ。
えっ、それは何かですって?帰り際に教室に寄って盗んだK君の紅白帽デース☆v(^ー^)v

私は割り勘の会計が済んでいない事に気付き踵を返し重い体を引きずり居酒屋へ向かった。
座席では童顔の少女と筋肉質の男が熱い接吻を交わしていた。
その余りにもエロティックな光景に私は頭に血が昇り、そのまま意識を失った。

目覚めるとそこは駄菓子屋の前の公園のタイヤの山のてっぺんだった。
もし手を伸ばせば掴めるのではないだろうか…そんな気さえするほど月が近くにある。
だが冬真っ只中の深夜時分らしからぬ、春の陽気のようなこの体感温度には疑問を抱くべきだ。
スクール水着にムートンブーツという出で立ちの私は自分の体の暖かい部分を探し入念に全身を弄る。
すると水着のクロッチの部分が妙に膨らんでいることに気付いた。恐る恐る指をいれて中身を取り出す。
膨張の正体は軟骨のから揚げだった。私はそれを口に含み咀嚼を繰り返しテイスティングする。
血と柑橘系の果汁の混ざった味がする。血しぶきもレモンをかける必要はない。
「日本鬼子!」
流暢な中国語の声の主は肥満体系の青年だった。
私は反射的に涙を流していた。そして音の速さで彼の顔面を蹴り飛ばした。

ある日私は野糞のしすぎで肛門が破れてしまった。
泣き喚く私を慰めてくれた風邪気味の友達が甘ったるい声で私の耳元でこう囁いた。
「計画的な野糞なんて野糞じゃないわ」
その一言で私がどれだけ救われただろうか。
私はポケットに入っていたレシートで涙を拭うと野糞棒を用意しいつものように男子を追い始めた。
だがいつもと様子が違う。私がどんなに全力で追いかけても男子との距離は離れていくばかり。
私の体は既に度重なる無茶な野糞で満身創痍だった。そして膝から崩れ落ちた私は死を覚悟した。
「大丈夫?」
最後の力を振り絞り体を起こすと声の主を確かめる。レモンをかじりながら私を心配している男が居た。
「べ、別にあんたに心配されなくても全然大丈夫なんだからっ!」
頬を染めそっぽを向いた私を無理やり抱き起こすと彼は困ったような顔で前歯を舌でなぞり始めた。
負けてられないと思った私は木こりのジェスチャーをして「エゴ!」と叫んだ。
暫しの沈黙のあと、私は友達に助けを求めるため目配せをしたかったのだが彼女の姿はどこにもない。
「ねぇ、あのさぁ…」
私は彼の顔を一切見ずに続く言葉だけをただ待っていた。目を合わせるのが怖かったのだ。
「紅白帽ちゃんと返してよね」
そう言い残し彼は去っていく。私たちの野糞を思い切り踏みつけて、その先の仮設トイレをノックした。
だが彼はそのままスパンコールのドレスを翻し空き地を後にして消えていった。
「エッチュー!」
遥か頭上から誰かのくしゃみの音が聞こえ私は地面へ大の字に横たわり大空を見上げる。
ショッキングピンクのジュースが突如上空から舞い降りてくるので私はそれを両手でキャッチする。
栓を開けそれを一気に胃に流し込んだ私は肛門が破れたことも忘れ堰を切ったようにゲラゲラと笑い始めた。
「ねぇ、カンパイしようよ…」
仮設トイレの個室の中から誰かの声が聞こえてきた。

2011.06.06

空っぽの部屋なんてどう片付けていいものか全くわからない。
まずは雑巾をかけ、掃除機をかけ、家具を揃える必要があるだろう。
声には出さなかったが僕はずっと喋っていた。
彼女の矢継ぎ早な一句一句に「なるほど」と相槌を打っていた。
だが彼女から見た僕はずっと無言で俯いているだけで、言い争いの相手としては役不足だった事だろう。
諦めた彼女は「さよなら」と僕に言うと道行く人々の群れの中に消えていった。
声には出さなかったが僕は「待ってよ」と言った。
そして彼女とは反対方向に歩き始めると頭の中を整理しようと試みる。
空っぽの部屋は手付かずのままで主人の帰りを待っていた。
生活するためにまず何が一番重要だろうか。冷蔵庫、テレビ、洗濯機、ベッド、クローゼット…。
じゃあ…君は?
「あの…すいません…」
声に出して僕はそう話しかけたのだ。
ギンガムチェックの赤い制服に身を包んだツインテールの少女は立ち止まり僕の顔を一瞥する。
その華奢な二つの足は一度その場で停止すると再び動き出すことはなかった。
お互いに見つめあったまま道行く人々の群れは大移動を繰り返し時間は過ぎてゆく。
「ナンパです」
「はい」
声には出さなかったが「早くどっか行けよ」と僕は言った。
僕は彼女の靴をずっと見ていた。微動だにしない小さなリボンの付いたローファーを睨み付けていた。
彼女は突然どうでもいい話を思い出し大爆笑しながらハイテンションで僕に披露した。
声には出さなかったが「全然幽霊には見えないよ」と僕は言った。

2012.04.13

「そういえばウチってさ、転校生来ないよね…」

私はいつも余計な事を言ってしまう。
チャイムの音が鳴り響き教室内を見回すとクラス全員が着席していることがわかる。
私を含めてたった六人の生徒は一時間目の国語の教科書を机に放り出し各々先生の到着を待つ。
さっきまで私と笑顔で話していた隣の席の彼女は物憂げな表情で天井を見つめている。
それは私が余計な事を言ってしまったからなのかもしれない。
私が口に飴玉でも放り込み余計な事を言わない十秒前の過去があれば、
今の彼女は笑顔で携帯をいじっていたのかもしれない。
違うんだよ、私はこのままこの世界がずっと続いていくことに何の不満もないんだよ。
誰に引け目を感じているわけでもないし、大切にしていきたいと心から願ってる。
だからこそ、私は私たちの今を明らかにしたい。
言葉にすることで全てが壊れてしまうことを怖れ、私たちは学園生活を過ごしている。
先生遅いな…と私は教室の扉に視線を移動させる。
体の重みで椅子を傾けながらビデオカメラを黒板に向ける彼女の後頭部が視界に入る。
視線に気付いたのか彼女は突然振り向くと私の顔を録画し始めた。

「笑って!」
「えっ?」

私はたぶん笑った。彼女が毎日撮影しているあのビデオをもし皆でみる機会があったら、
その時は、お菓子を食べながら、笑ってみれたらいいなと思った。
教室内のどこかからスナック菓子をぼりぼりとむさぼる音が聞こえてきた。
面白くて私は笑った。

2012.04.22

好きでも嫌いでもない人がさっきから普通にカップラーメン食べてるんだけどさ!
でもさ、聞いてよ!そいつね、カップラーメン見てないんだよ!
私はカップラーメンを食べるときはね、カップラーメンマジガン見だからマジ!!
信じらんない!普通ガン見っしょ!?あとそういう時はテレビ消すっしょ!?
あっ別にテレビは消さないか!間違えた、ごめん今のは普通に間違えた!!
てかじゃあ何見てんのって感じじゃん!?何見てんのカップラーメン見ないで!
超気になったわけ!そんな場合じゃないんだけどねさっきから涙が止まらなくて!
でも余りにも気になるわけ!一体何見てんだお前はってさ!
顔見ないとわかんないじゃん!?どこ見てんのか知りたいから私普通に顔見たわけ!
そしたら超ウケんの!説明すんの普通に超ムズいんだけどとにかく超ウケるわけ!
でもそしたら差別になんじゃん!?今ネットとかあるから普通にすぐ怒られるわけよ!
だからマジムカついて、てかそん時まだ若かったし、てかまだ若いけど、
マジムカついたんだ!今なら自分キレすぎっしょって感じだけど当時はマジムカついたわけ!
だから「は?」って感じで鶏肉を頭に載せて被災地を巡ったわけ!
そしたら普通に眼球が溶けるじゃん!?そう思うっしょ!?
でも違ったんだマジ!だから「は?」って思ったわけ!そしたら超ウケるんだけど、
てか普通に「おかしんじゃね?」ってみんな言ってるし私もそう思ったんだけど、
普通にみんな三十路に注射したらイルカ輪切りになるの知ってたの!
だからあぁコレ夢だと思ったわけ!いや笑い事じゃなくてマジで私の立場になってみ?
普通にそん時夢だと思ったわけ!だから私夢ならもう何してもいいやと思って、
普通にコレ笑えないんだけどさ、私そん時コップ作ったわけ!
で、そのコップなんとなくずっととっといたんだ!で、それが出てきたのさっき!
だから歯医者さんにメールしたわけ!あっ、歯医者さんと仲良いの言ってなかったっけ!?
てか別に歯医者さん好きでも嫌いでもないんだけど、ホラ私って目立つタイプじゃん?
だからなんてゆーか説明すんの超ムズいんだけど、別に好きでも嫌いでもないし、
どっちかって言ったら東横線の方が空いてるから経験ない女の子みんな糞まみれじゃん!?
だから超溶けてもう液体っていうかマジ全然挨拶のあの字もなくてムカついたって話。
これこの前みんなに言ったわけ!そしたらみんな「普通に知ってるから」とか言ってくんの!
絶対嘘っしょ!?バレバレだから!てか違うのそん時はぶっちゃけ言えなかったけどさ、
お前も普通にテクノロジーじゃんって心の中では普通に思ってたからね私ウケる!!!!!

2013.02.21

水飲み場で若い少女の死体が発見されたそうだ。
彼女は水を飲んでから死んだのかそれとも喉が渇いたまま死んだのか。
そんなことを言ったら盛大に笑われてしまった。
梅干の種を口の中で転がしながら若い少女に笑われてしまった。
お前だって若い少女なんだからせいぜい気をつけるんだな。
そんなことを言ったら更に盛大に笑われてしまった。
水飲み場なんて近寄ったことないし今後も行く予定は無いわ。
そんなことを言っていた。
梅干の種を盛大に吐き出した若い少女は盛大に笑いながら冷蔵庫の戸を開いた。
そして戸を盛大に閉めるとまた盛大に笑い出しこんなことを言っていた。
困ったことに喉が渇いたわ。
なんということだ…まるでニュースの若い少女と同じ症状ではないか。
あんまりだ。
涙が止まらなくなった私は妖気を溜め爪を鋭く伸ばすと彼女の喉を引き裂いた。
あんまりだよ。

2013.07.03

「嬉しいことがあったんですか?」
「笑ってるように見える?」
「いつもと違う、顔…」

カチャリとティーカップでソーサーを踏みつけると俯く彼女。

「いつもって…」
「あ、そっか」

殺意のない顔。
彼女は細い指先で前髪を直すとまた白いカップに紅い塗り絵を始める。

「あなたはお茶会のお客さん?それとも…私の人生のお客さんかしら?」
「借りたものを返しにきたの」
「あら、どうやって返してくれるの?」

妖しい笑みを浮かべる彼女に背筋がゾクゾクする。
言葉がわからない。共通の言語を交わしているのにも拘らず。
返却方法を訊ねられたのだ。ホットパンツのポケットに忍ばせたそれの返却方法だ。
手渡し。私はその腹積りでここへやってきた。
郵送するのであればここに来る必要はないのだ。彼女は何を知りたいのだろうか。

「提案があるの」

先ほどとはまた違う顔をする彼女。

「お茶を淹れてくれないかしら」

お茶の淹れ方はわからないが粗方予想はつく。ポットで注げば良いのだろう。
一瞬なんで私がと思ったが彼女には借りがあるので従うことにする。

「ポットどこ?」
「丁度デネブの位置にあるのがそうよ」

自分は何のつもりなんだろう。
陶磁器製のポットを手にするや否や私の体は彼女の両腕で背後から包まれた。

「こうやるの」

ふうん、こうやるんだ。

「提案があるの」

頭の上で囁いてくる彼女。

「組まない?」

この女は前髪が変だ。

「私…猫舌だから」
「そう」

悲しそうな彼女の腰に手を回すがまるで抵抗する様子を見せない。
コルセットのホルダーから銃を抜き取り、弾を充填する。
笑っている彼女と目が合う。目線を外さぬまま銃を元の位置に戻す。

「あなた、顔が怖いよ」
「笑いながら人を殺めるあなたの方が怖いわ」

私はそう言って、笑いながら、スキップして帰ったのだ。
明日も頑張るにゃん。

2013.09.22

クラスメイトのイトウさんは不思議な女だ。
その日は快晴だった。その日というか記憶を辿ってもここ一ヶ月晴れ続きである。
なのに彼女はレインコートを着ていたのだ。
コンビニの入り口に埃を被って置いてありそうな安物のレインコートをその身に包んで登校していた。
理由を訊ねると意味はないと答える。
不思議な女だ。だが世間で言われるような所謂「不思議ちゃん」とはまた別なカテゴリーに属していると思う。
動植物に話しかけたり宇宙と交信したり突然ラテン語の呪文を唱えたりそういう痛いキャラでは決してない。
普通の女だ。成績も容姿も中の上。
クラスから孤立してる風にも見えないし流行の音楽やファッションの話題を口にしているのを見かけたこともある。
だからはっきり言うと俺はこの女が気になっている。
気になっていると言うと語弊が生じる可能性があるので訂正したいのだが他に表現が思いつかない。
何故かってレインコートを着ているのだもの。晴れなのに。不思議ちゃんでもないのに。
意味がないらしいんだもの。意味がないことをするなんて俺には考えられない。
俺は意味のあることしかしない。
何故俺がさっきからジャスミンティーのペットボトルを口に宛がっているのかというと喉が渇いているからだ。
何故ジャスミンティーなのかというと緑茶はあまり好きじゃないのとなんかコレ安かったからだ。
俺は意味がないことをしたことがない。意味がないことを何故しないのか。
それは無駄だからだ。無駄なことを何故しないのか。
それは人生は一度きりだからだ。俺は意味のある毎日を送ってそして死にたいのだ。
放課後、雲一つない空の下彼女はレインコートのまま下校していった。
俺はそんな彼女の背中を追いかけつつも携帯電話で天気予報を確認した。降水確率は0%だった。
彼女は部屋に戻るとまずレインコートを脱ぎ制服を脱ぎ私服に戻った。
彼女がレインコートを着て登校した行動には本当に意味がなかったのだと改めて思った。
何故なんだよ!…と、俺は思わず大きい声を出してしまいそうになったが思い切り自分の頬を抓り飲み込んだ。
暫く彼女を観察していたがパソコンで海外ドラマのDVDを観るといったこと以外に特に気になる行動はない。
食べているチョコ菓子も大手メーカーの人気商品で珍しいものではない。
時折LINEをチェックしてクスッと笑ったりなんか膝にクリームみたいなの塗ったりまたパソコンの画面に戻ったり…
と、どこにでも居るような普通の女子高生の生活模様が生ライブ配信でお届けされ続けた。
なんだよ…いい加減つまらんな。そろそろ意味のないことをしろよ。
俺が少しずつ苛立ってきたその瞬間、目覚まし時計がけたたましく鳴り響いた。時刻は午後四時。
彼女は慣れた手つきで時計を黙らせると今度は肘にクリームみたいなのを塗りながら二枚目のDVDを再生し始めた。
ついに来た。意味のない行動だ。俺が求めていたのはこれだよこれ。
午後四時に目覚まし時計を鳴らす意味があるだろうか。四時というのがミソだ。
朝四時に目覚ましをセットしていたのを忘れていて今鳴ってしまったという線は薄いだろう。
何故なら彼女の家から学校まで自転車で五分もかからない。
彼女の所属している美術部は朝練もないし食事も母親が作っているようなので起きるのは七時で充分だ。
これは紛れもなく意味のない行動だ。俺は彼女のこれがどうしても見たかったんだよ。
俺は興奮して息が荒くなっていた。そのせいで絨毯の埃を吸い込んでしまい、むせて咳き込んでしまったのだ。
俺に気付いた彼女は悲鳴を挙げ泣きじゃくりながら親に助けを呼びに行きそしてすぐにパトカーのサイレンが聞こえてきた。
さっきも言ったが彼女は不思議ちゃんとかそういうのでは全然ないのだ。
もし不思議ちゃんだったら警察を呼ぶだなんて普通のことをするだろうか。
いやそれ以前に動じないだろうね多分。俺を見つけた瞬間ラテン語の呪文を呟いたりするよ不思議ちゃんとかだったら。
こういうところはホント普通なんだよ彼女。泣いてる姿も可愛いだろ。普通の女の子なんだよ。
だけど彼女、たまに意味のない行動をするんだ。
そこがすごい気になるんだよなぁ。

2014.04.09

玉入れの練習をしている君を見て僕はとても悲しくなった。
運動会が中止になるからではない。先週ゲイに追いかけられたからだ。
君は何度も転び擦り傷を作っては僕に向かって笑顔でピースサインを作る。
その度に僕はとても悲しくなった。ゲイはおよそ時速200/Kmのスピードで先週僕を追いかけた。
当たり前のことだが人間が実際にそんな速度で走ることは不可能だ。
つまり僕の過大妄想が事実を歪曲しているのだろう。ゲイに追いかけられる経験はそれほどの衝撃だった。
気がつくと悲しむ僕の肩に君の傷だらけの手が置かれていた。
次は綱引きの練習をするんだと君は言う。僕はまた悲しくなった。
先週のゲイを思い出したのだ。目頭がどんどん熱くなっていくのがわかる。
僕は君の手を優しく振りほどくと綱を用意すべく倉庫へと走っていった。
そして君と僕の二人きりの綱引きが始まった。
綱は思っていた以上に重くて、とてもじゃないが練習らしいことはできなかった。
尻餅をついた君を見てまた僕はゲイに悲しんだ。
みんなきっと驚くよね、と君が呟いた。僕はゲイに悲しみながらも相槌を打つ。
入院しているはずの私が運動会に来て、しかも全部の種目に出るなんて…みんな驚いて尻餅ついちゃうよ。
ブルマの砂を払いながら汚れちゃったと舌を出す君を見て僕はとても悲しくなった。
運動会が中止になるからではない。僕がとっくに全校生徒に君のことを言いふらしているからだ。
それは先週のことだ。入院していたはずの君がおよそ時速200/kmのスピードで僕に向かってきた。
当たり前のことだが人間が実際にそんな速度で走ることは不可能だ。
つまりゲイのパターンと同じで僕の過大妄想が事実を歪曲しているのだろう。僕は驚いて尻餅をついた。
私が退院したことは誰にも言わないで欲しいの。僕はブルマの砂を払うと君の目を見つめながらコクリと頷いた。
来月の運動会までに全種目の練習をするから手伝って欲しいと君は言う。
僕は快く応じることにした。何故ならこの時点ではまだゲイに追いかけられていないからだ。
ゲイに追いかけられてさえいなければ僕は君の言うことは全て聞いてあげたいと思うし、
なんだったらおっぱいも揉んであげたいと思う。僕はその場で君のおっぱいを揉んだのだ。
当たり前のことだが僕が実際君のおっぱいを揉むことは不可能だ。
つまりこれもゲイのパターンと同じで僕の過大妄想が事実を歪曲しているのだろう。
僕が君の頭にポンと手を置くと君はその手を掴んだ。そして小指を摘むとボソボソと呪文のようなものを唱える。
なんのつもりだ。一週間経った今でも君のその呪いにも似た恐ろしいフレーズが頭から離れない。
ゆびきりげんまん…うそついたら…はりせんぼん…のま…す…ゆび…きっ…。
僕は平静を装いながら君の指を優しく振りほどく。緊張状態の脳と心臓が今にも破裂しそうだった。
立ち去る君の姿が見えなくなるまで僕はその場で凍りついたかのように棒立ちしていた。
あの女に殺される…僕はそう確信し発狂状態に陥ると奇声を上げて目に入る器物という器物を破壊した。
そんな僕を見かねた通りすがりのゲイが声をかけてきた。
大丈夫ですか…おうちはどこですか…ゲイのイケボが僕の耳を嬲り凌辱の限りを尽くす。
僕はゲイを思い切り突き飛ばすとおよそ時速200/kmのスピードで明後日の方向へ走り出した。
尻餅をついたゲイはこしゃくなしましまパンツについた砂を払うとなんと僕を追いかけてきたのだ。
背中にも目がある僕はゲイの必死な形相を確認すると恐怖を上回る悲しみに襲われ血管が破裂して死亡した。
天国で僕はとても悲しんでいた。死んでしまったからではない。
君との約束が守れなかったからでもない。ゲイに追いかけられたからだ。
僕は天国に五泊六日滞在し、そして決心した。人間界に降りてこの事件の全貌を伝えようと。
それが僕の使命であり死んだ理由なのではないか。そう考えると本末転倒だが死んで良かったとさえ思えてきた。
まず母校の放送部員の生徒にとり憑いた僕は君が運動会に参加するということを校内放送でアナウンスした。
すると生徒たちは涙を流し声をあげ拍手喝采で君の帰りを喜んだ。
何を浮かれているんだ…僕はちょっと気分が悪くなった。
完全に気分を害した僕は次に校長にとり憑くと運動会の中止を画策したのだ。
勿論一筋縄ではいかずかなりの労力を要したが校長の顔の広さを利用し様々な団体に呼びかけて無事運動会は中止となった。
僕の気はまだ済んではいなかった。君への復讐は一通り終えたというのにこの悲しい気持ちはなんだろう。
それはゲイだった。あのゲイのイケボが…ゲイのスピードがそもそも全ての元凶ではないか。
僕は例のゲイ探しに奔走したがあっさり見つかった。こしゃくなしましまパンツのイケメンがイケボで独り言を言っていた。
あの子大丈夫かな…成仏できたかな…。
間違いない、あのこしゃくなしましまパンツは間違いなく僕を追いかけたゲイだ。
僕はゲイにとり憑くと君の家に向かった。ピンポーン…陽の暮れた閑静な住宅街にチャイム音が鳴り響く。
ふぁ~い…風呂上りなのか半裸状態で玄関先に出てくる君。僕の姿を見てきょとんとしている。
なんだその顔は…お前のせいで僕はゲイに追いかけられたんだぞ。
悲しくなった僕は君のおっぱいを揉んだ。本当に揉んだんだ。とっても柔らかかった。
突然の出来事に気を失った君を僕は優しく抱きかかえておよそ時速200/kmのスピードで校庭へと向かった。
そして倉庫から玉入れの用具一式を取り出すと優しく君にとり憑いた。
僕は玉入れの練習をした。君の体はとても小さく腕も思うように上がらない。
少し動いただけで息切れしてしまい心臓が破裂しそうだった。あとおしっこもすごいしたくて膀胱も破裂しそうだった。
そんな僕をゲイは悲しそうに見ていた。
僕は何度も転び擦り傷を作ってはゲイに向かって笑顔でピースサインを作る。
その度にゲイはとても悲しそうにしていた。

2014.06.22

前の携帯にはちゃんと備え付けられていたのだがさて困ったものだ。
面倒臭がらずにきちんとカタログに目を通すべきだったのだ。
暗算が苦手な俺にとって計算機能の不足は致命的な欠陥であるといえよう。
まだ買い換えて日も浅いので他にどのような機能がついているか殆ど把握していない。
色々と弄繰り回してみる。そしてふとカメラ機能を立ち上げた。
しかしシャッターの位置がわからない。ここか。ここだな。
液晶に目の前の景色を映し出しそのまま何もないそこを試し撮りした。

「カシャッ」

マナーモードにしているにも関わらず大きめなシャッター音が鳴り響く。
これは盗撮防止の為なのだそうだ。テレビだかネットだかで知った。

「ちょっと!」

女性の声が聞こえるがまさかそれが自分に向けられたものだとは思わず視線は携帯画面のままだ。
肩にそっと白い手が置かれ俺は思わず「わっ!?」と声を上げてしまう。

「今撮りましたよね?」
「は…い…?」

女子高生がぷんすか怒っている。俺を睨んでいる。
もしかしたら女子中学生かもしれない。あどけない瞳が俺の顔を突き刺す。
反射的に自分の置かれている状況を理解し弁解の意を述べる。

「いや、あなたのことは撮ってませんよ。目の前の景色を撮っただけですよ」

そう言いながら目の前の何もない場所を指差す。
彼女は自分が盗撮されたと勘違いしたのだ。台風一過の本日は風が非常に強い。
スカートがめくれでもしたと同時に俺の携帯のシャッター音が聞こえてきたのだろうか。
彼女は真剣に怒っている。彼女の中で俺は今完全に変態のオッサンだ。

「あの…フォルダ…念のため見せてもらっていいですか?」
「いいですよ。ただ俺は携帯を買い換えたばかりでフォルダを探すのに時間がかかるかもしれない。
 だがそれはやましくて出し渋ってるわけじゃないので変な勘ぐりはやめてくださいね。」
「は、はい…」

彼女が俺の隣に座り画面を覗き込んでくる。顔近すぎ。甘くていい匂いがする。
そうかなるほど、俺が写メを削除するんじゃないかと警戒してるのか。にしても顔近すぎ。
こんな経験は初めてである。恥ずかしながら母親以外の女性とこんなにも接近したのは人生初だ。
不覚にも興奮状態に陥った俺は震える手を抑える事が出来なかった。
やばいぞ、これじゃ怪しまれる。一度そう思うと頭の中がどんどん真っ白になっていく。
頭ではなく身の潔白を証明せねば。前の携帯ならメニューにデータBOXというのがあったんだが…。
データBOX…データBOX…あった!これだ、これクリックすれば…よし!Q.E.D!

「ね…?」

俺は波打つ心臓の鼓動に辛勝した情けない声を彼女の耳元へお届けした。

「勘違いしてすみませんでした…ちょっと最近そういうの多いもんで…」
「いやぁ別に…ハハッ」

素直に謝る女の子を見て俺は心の底から安心した。
だがやはりこれだけ可愛いと盗撮や痴漢は日常茶飯事なのだろうか。
まぁそれくらいのリスクがなけりゃ不公平だと世のブス女達はのたまうだろう。
ところで既に用は済んだはずの彼女は何故席を立たないのであろうか。理由は一つだ。

「痴漢冤罪とか社会問題になってるじゃないですか…私そういうのホント許せなくって…
 勿論それ以上に痴漢は許せないけど…でも同じ女としてでっち上げとか絶対許せないんですよ」

なんだなんだ、なにやら語り始めたぞ。
俺は相槌も打たずどこか遠くを眺め彼女の声と吐息に耳を澄ませていた。

「だからホント申し訳ないなって思って…一瞬でもあなたのこと死刑になっちゃえばいいのにって思って」

タイミングよく携帯の充電が切れでもしていたら警察に連行されてたかもと考えてゾッとした。

「そうだ、喉渇いてませんか?」
「いやいやいいって!別に、仕方ないよ…うん」
「勘違いしたお詫びにジュース買ってきます」
「いやホントいいって…」
「炭酸飲めます?」
「…あー、じゃあさ…ジュースはいいからちょっと計算してくんない?」
「計算?」
「一万引く四百二十円は?」
「九千…五百八十…円ですよね?」
「マジ?」
「えっ、四百二十円ですよね?…九千五百八十円ですよ」
「暗算得意なの?すごいね」
「いやいや、このくらい普通ですよ」

ポケットのお金を再確認する。小計は九千五百八十円だった。
彼女の言葉を信じてそれを財布の中にしまう。
先ほど利用した本屋の店員はどことなくやる気のなさそうな感じが見て取れた。
これは確実にお釣りを間違えられたと踏んでいたんだがどうやら無用な心配だったようだ。

「でも、なんで何もないところを撮ったんですか?」
「別になんでもよかったんだよ、カメラ機能を試してみたくて」
「そっか、携帯買い換えたばかりなんですよね」
「うん駅前のあそこで」
「駅前の…あぁ、激安なんちゃらってとこですか?」
「そうそう、良く知ってるね!」
「私もあそこで買い換えましたよこれ」
「へぇ~」

女の子と会話している現状が楽しくてとても口には出せなかった。
「もう用は済んだだろ、いつまで居るんだ?」
口に出す必要もない。彼女の気まぐれを邪魔する理由は一つもない。

「高校生?」
「高3です」
「じゃあ受験生だ」
「どういうことですか?」
「え?」

彼女の目つきが豹変する。咄嗟に俺は彼女のスカートの中から手を差し引いた。

「どういうことって…何が?」
「警察行きましょう」

俺はムッとした。もう二度と女なんか信用するもんか。ぷんすか。

2014.06.22

玄関のドアノブに手をかけ少し押してやると冷たい風だけが部屋に入り込んだ。
そこで俺はある大きな勘違いに気付いた。しまった、もう夜じゃないか。
これではコンビニも閉まっているだろうと俺は諦めて自室へとUターンする。
コンビニといえば二十四時間年中無休で営業していることが売りであるサービスなのだが、
その時の俺は勘違いをしてしまい夜だからコンビニは閉まっていると間違った判断をしたのだ。
まともな人間ならそんな勘違いをするわけないだろうとズッコケてしまうだろうがこれには深い事情があったのだ。
俺はその日ある勘違いに気付いてしまいひどく自暴自棄になり精神が不安定だった。
仕事もサボってしまい何よりも楽しみにしている週刊少年漫画すら読む気が失せるほどだった。
だがそれは俺の勘違いでその日は会社の設立記念日で全社員が特別休暇を貰える日であり、
週刊少年漫画の発売する曜日はその翌日だった。この勘違いはさっき気付いた。
精神的に参ってしまった俺はとにかく外出しようと部屋の鍵を探した。
しかし俺は勘違いして受話器を取るとピザを注文してしまったのだ。
手に持っているメニューに付いていたクーポン券に気付いた俺は受話器にその旨を告げた。
これでポテトが無料でもらえるはずだ。俺はその時そう確信していたのだがそれは叶わぬ夢だったのだ。
何故なら俺が持っていたメニュー表はかなり昔のものでポテトの無料キャンペーンは既に終了していたのだ。
更に言うと俺が電話をかけた先は実家の固定電話の番号だった。いずれも俺の勘違いによるものだ。
そもそも俺が手にしたのは受話器ではなくカッターナイフであり、怒ったそいつは急に俺に襲い掛かってきたのだ。
負傷した俺は勘違いして傷のない場所にマキロンを塗ると、ガムテープを剥がし机の引き出しを開けた。
その瞬間俺の体は宙を舞い眩しいプリズムに包まれた。気がつくとそこは戦国時代だった。
勿論全ては俺の勘違いだがその時はなにせ勘違いをしているので目の前の出来事は全て事実だと認識していた。
目の前で繰り広げられる合戦。流れる血。吹き飛ぶ首。命と命のやり取り。
俺は映画の撮影か何かだろうと勘違いしてニヤニヤと笑いながらしばらくその光景を眺めていた。
気付いたときには芦毛の馬にまたがった一人の武将が俺に近づき槍のようなもので心臓を一突きして去っていった。
俺は死んだ。だが心配はない。戦国時代にタイムスリップしたのは俺の勘違いだから同様に死んだのも俺の勘違いだろう。
どうしても水が飲みたくなった俺は玄関のドアノブに手を伸ばそうとするが一気に力が抜けてそのまま床に伏し息を引き取った。
そう、勘違いではなかったのだ。正確に言うと俺は勘違いしていると勘違いしていたのだ。
つまり俺は本当に戦国時代にタイムスリップして戦国武将に殺されてしまったのだ。
だがそれは勘違いで俺の本当の死因はなんらかの精神疾患による自殺らしい。冷たい風がそう教えてくれた。
でも俺はもう死んでいるので精神疾患による自殺だと教えてもらったというのは俺の勘違いなのだ。
けれどもこれでポテトが無料でもらえるはずだ。色々と嫌なこともあったけど嬉しいな。

■2014.08.19 (Tue.)

顔が半分溶けてる人みたい。顔が半分溶けてる人みたいよあなた。
どうかしたの。ねぇ聞いてる、顔が半分溶けてる人みたいになってるわよ。
ちょっと。ねぇあなた。顔が…ねぇ、顔が半分…フフッ。
やめてよいい加減。ちょっとふざけてるの、ちゃんとしてって言ってるのよ。
顔が…フフフッ…顔が半分溶けてる人みたいだって言ってるでしょ。
あなた顔が、顔が半分溶けて…顔がウフフフッ…フフッ…やめて顔が…半フフッ…
もう知らない、あんまりふざけてるとあなたが大事にしている物を高いところから投げ捨ててしまうわよ。
顔が半分溶けてる人みたいなのやめてちょうだい。何度も言わせないで。
聞いてるの、顔が半分溶けてる人みたいなの…フフッ…顔が…顔が半分溶けてるじゃない。
顔が半分溶けてるのねあなたは。あなたそれで生きているのね。
顔が半分溶けてもあなたは生きているのね。私はあなたが好きよ。
でもあまりにおかしくってお腹が痛くなってきちゃったから顔が半分溶けてるのやめてくれないかしら。
ねぇ、顔が半分溶けてるのやめて頂戴。いつから顔が半分溶けてたの。
私さっき気付いたの。それまで気付かなかったの。もっと前からあなたは顔が半分溶けていたのかしらね。
私はさっきあなたの顔が半分溶けてる人みたいだわって気付いたのよ。
そして顔が半分溶けているって今より前のさっきの後に気付いたの。
でもそれよりもっと前から顔が半分溶けていたのかしら。あなたと出会ったときはどうだった。
あなたはいつからここにいるんだっけ。あなたは誰なのよ。
気持ち悪いわね。出て行って頂戴。私の部屋のものに触らないで欲しいわ。
私の部屋のものに触らないで。ねぇ私の部屋のものに触らないでって言ってるの。
顔が半分溶けている人は私の部屋のものに触らないで欲しいの。
私は誕生日が来たらそうお願いするの。顔が半分溶けている人は私の部屋のものに触らないでって。
だから出て行って頂戴な。出て行け犯罪者。早く出て行けこの人殺しが。
殺すわよ。女だからって安心してると痛い目に遭うから。本当に殺すわよ。
こっち向きなさいよ。ねぇ。聞いてるの。
どうしたの、怖がってるのかしら。こっちを向いてと言っているのよ。
聞いてるのあなた、こっちを…あなた、それ、どうしたの?
首の後ろが赤くなってるわ。首の後ろが赤くなってるわよあなた。
どうかしたの。ねぇ聞いてる、首の後ろが赤くなってるわよ。
ちょっと。ねぇあなた。首の後ろが…ねぇ、首の後ろが赤く…フフッ。
やめてよいい加減、ちょっとふざけてるの、ちゃんとしてって言ってるのよ。
首の…フフフッ…首の後ろが…後ろがウフフフッ…フフッ…やめて赤っ…赤フフッ…
もう知らない、あんまりふざけてると…フフッ…ほんとに傑作ね。首の後ろ真っ赤っ赤よ。

■2016.02.11 (Thu.)

クラシックは分からないと言った私に君は軽く目を閉じて唇を微動させる。
秒針がリレーを終えた頃君は私に背を向けその細い足で体を壇上へと運んでいった。
森のくまさんでも奏でてくれるのだろうか。ポケットの中の拳をギュッと握り直して私は君を視線で尾行し続ける。
生徒の消えたしんとした体育館では私たちの吐息だけが静かに流れているようだった。
私も君も別に運動した後ではないし呼吸器の疾患を持っているということもないのでそれはオーバーな表現なのだが。
君は右の肩に弓を宛がうとにんまりと笑んで私を見つめてくる。ポケットの中の拳は濡れてしまった。
そして音楽が始まる。こうして目を閉じた私が最後に見た映像は君の左肩に乗ったヴァイオリンだった。

微睡の中を流れる新しい映画では砂漠を彷徨う旅人がラクダを引いて歩いていたがカットインする君の髪の毛が画面を浸食し始めるとやがてそれが視界の全てになった。
血液の流れる音が聞こえ咥内の唾は地底湖のように静止している。声の出し方を忘れた。脳内に「声の出し方を忘れた」と私の声がリフレインする。
電流のように高速で流れていく思考はメビウスの輪を駆け巡りコースアウトすることはない。
私は何になりたかったんだろう。私は何をしたかったんだろう。私はどこで間違ってしまったのだろう。
はっきりと言える、私はこの結果に満足していない。まぁこんなものかな…だなんてとてもじゃないが妥協できない。
君の体から引き抜いた左腕はようやく体温を帯びコントロールできるようになっていた。
そのまま天高く拳を突き上げるが中折れしてしまう。情けなや…自分の感情をコントロールするにはまだ血液が足りないようだ。

「美少女すぎにも程がありすぎる!」
これは去年のウチのクラスの流行語大賞で受賞者は僭越ながらこの私だ。
君が初めてこの世界にやってきた日…俗な言い方をすれば転校してきた日に私が発した名台詞だ。
その瞬間から私の辞書の美少女という言葉の定義は変わった。これは君を指す言葉。君と接する時の二人称の一つになった。
そうなるとこの文言には盾と矛が生じてしまう。これは言い換えれば「君が君すぎにも程がありすぎる」となってしまう。
君が君すぎにも程があるのは当然でどんなに形態模写が上手でも整形を繰り返したとしても君以上に君すぎる存在は未来永劫現れない。
とにかく君は全ての度がすぎている。足も細すぎるしパイオツも大きすぎるし声も可愛すぎるしちょっと近寄っただけでいい匂いがしすぎる。
邂逅から寸刻で以上のような支離滅裂な演説をしたにも拘わらず君は嫌な顔一つせず「ありがと」と言いながら私の右の瞼を人差し指で撫でたのだ。
それから色んなことがあった。色んなことをした。友達同士ですることは全部した。
別に全然そういうアレじゃないけれどキスとかもちょっとした。別に全然そういうアレじゃないけれど。
味のなくなったガムをずっと噛み続けるように何度も繰り返しひたすら友情を確かめ合った。
二人がした一番悪いことはファミレスのドリンクバーのティーパックを大量に盗み店長っぽいおじさんに怒られたことで、
二人がした一番良いことはファミレスのレジの横に設置してある募金箱に千円札を入れて知らないおじさんに褒められたことで、
二人がした一番意味不明なことはお金がなかったのでファミレスで小ライスを一つ頼んで衣擦れしてもなおその場に居座り続けていたことだ。
その時は二人とも炭水化物抜きダイエットに挑戦していたので乾いていく米の表面を時間の過ぎゆくままにじっと見つめていたね。
私はそんな日々に全身が満たされていたけれど君は私と過ごす日常は不本意だったのではなかろうかと常々思っていた。
だって君はファミレスでドリアを食べるような生き物じゃない。君はメニューに日本語が載ってないようなレストランで鹿の肉などを食べる生き物だ。
劣等感を感じているわけではない。油に浸した軍手で高級な車に触れるようでなんだか毎日申し訳ない気持ちだった。
卑屈になるつもりもないが花の生えた土壌が全く違うということは出会った時にもう既に気付いていた。
同じ日本人、同じ女子中学生、同じ背格好なのに蕾も花びらも私と君とは色も匂いも全然違う。定義の異なる相違した存在だ。
だから少しでも君に近づけるように落ちた毛的なものを拾ってはそれを食しDNAを取り込んだり実の父親に今すぐ年収を五倍にするよう命じたりもしたが、
君の姿は同じサイズで私の視界に収まり続けていたのだ。
それでも体育の時間に私が堂々と君の体操服で汗を拭えたのは同じ高校に行けるように努力だけは怠っていなかったからなのだろう。
元々異常なほど物事に固執する性分の私は興味の対象を勉強にシフトした途端にトップだった君の成績を二位に落とすという特大ファールをぶちかましてしまった。
引きつった笑顔で「すごいじゃん」と零す君に私は反射的に全力の変顔を披露したのだがその顔が変すぎたせいで君は笑いすぎて失禁してしまったのだ。
幸い周囲にシャッターチャンスに気付いた者はおらず私は慌てて自分の体操服を取り出しマジシャンのように一瞬でそれを全てぬぐい取った。
保健室で顔を真っ赤にして俯いた君は私の腕に爪を立ててうっ血させると一度も聞いたことがない楽器を奏でたのだ。
「あなたは何もかも度がすぎる!」
美少女すぎる君に言われたくないねと心の中で言った。実際口にしていたら君の爪は割れてしまっていたことだろう。

ある日オレンジ色の教室に私と君が存在した。そこにただ存在しているだけ。時間は流れているのに静止画になったような気分。
それはとても心地が良かった。実際君は机に突っ伏して気持ち良さそうに惰眠を貪っていた。
するとポロポロと涙が溢れて止まらなくなってしまった。林檎が落ちたのだ。
この世に永遠なんてない。そんなことに突然気付いてしまった。
教室に存在する私たち。ファミレスに存在する私たち。時計の電池を抜いても私たちは家に帰ってしまう。
あれ?なんで泣いているんだろう。説明できないんだけど人形が欲しいと親に駄々をこねた幼少期の自分がフラッシュバックする。水流は更に加速していく。
ゲリラ豪雨で制服は変色し総重量は増加の一途を辿る。あんなに頑張ってダイエットしたのに実質太ってしまった。
嫌だ。どうすればいいんだろう。砂漠を彷徨う旅人のようにフラフラとカーテン全開の窓辺に凭れ掛かる。
遡上する鮭のように流れていく雲間には一瞬雷光がはためいたように見えたが気のせいだ。
涙で滲んだ瞳が最先端の映像効果を受信したのだ。私は泣きながら眠りこけた君の背中に覆いかぶさった。
君の口元から溢れる涎に夕闇が反射していたように見えたが気のせいだ。
きっと全部気のせいだ。
「好きすぎる」
君にそう言った。
「じゃあ一緒に棺に入ってみよう」
君は私にそう提案してきた。良く分からないが物は試しだ。

君の家に行ったのは初めてだった。セバスチャンも居なければ庭すらないごく普通の一戸建ての入口に君の苗字が印字された表札がある。
玄関を開けるとすぐに君の匂いがした。あぁ…この建物は間違いなく君の家だね。ワンワン。
家族は誰も居ないとは聞いていたが「おじゃまします!」と喉が潰れるほど大声で叫んだ。
通された二階の一角にある部屋には中央に棺があるだけの不気味な空間で私はそこで出会ってから初めて君に不信感を抱いてしまいそうになった。
何でもこの棺は君の父上お手製のお仕置き道具らしい。子供の頃に悪さをする度に親に閉じ込められていたそうだ。
中からは決して開けることができず小学校低学年時分に一日中閉じ込められて衰弱死しかけたというすべらない話もあるらしい。
そこに一緒に入ろうと美少女が言う。こんな狭い棺に閉じ込められるだなんて一瞬想像しただけでゾッとして足が震えてしまった。
ご両親が夫婦旅行から帰ってくるのは明々後日の昼前。もしも棺の存在に気付かなければそれ以上長い時間狭い空間に君と二人で封印されることになる。
だけど私は全く躊躇をすることはなかった。理由は一つ、欲するが余り泣いてしまう程の自分でも良くわからない何かが手に入る気がしたのだ。

棺の中に光はなく視界は機能しないが至近距離から君の吐息が流れてくる。クラシックはわからないがこの曲は知っている。
運動した後ではないし呼吸器の疾患を持っているわけでもないのにしっとりと濡れた気体が私の全身を包みそれに伴い楽しい映画の上映が始まった。
ファミレスでドリアを食べた私たちの物語。ファミレスで小ライスを見つめた私たちの物語。体操服で君のおしっこを拭いた物語。
なんなんだこの素晴らしい世界は。これは今巷で噂の4DXってやつじゃないのか。三日間と言わず何年でもここに幽閉されていたい。

私は得意の男前な声で言う。

「なぁ、ちょっと体などを触ってもいいかね?」

君は間髪入れず「変態すぎる」と言いながら私の右目を人差し指で突き刺した。

■2018.10.13 (Sat.)

すぐ終わる音楽だと思った。元々そういう曲なのか短く編集されたものなのかはわからないが。
いつまでも続く音楽があればいいのにと思ったがそれを実現するには作曲家がいつまでも作り続けなくてはならない。
出来上がるまで私も生き続けなければならない。そんなにたくさん着替えを持っていないのが現実だ。
ぼんやりとそんなことを考えていた。他にはグミって別においしくないよなもう今後の人生食べなくていいなとか思ってた。
そのタイミングであいつが近寄ってくる。まるで投げ縄をぐるんぐるんと振り回し獲物を狙うカウボーイのような鋭い目つきで。
私はこいつの事をよく知っている。だからこいつがまず最初に何を言うかわかっていた。もうすぐ死んでしまうことも。
わかっているのだから先に答えてしまえばいいのだ。自分のペースを乱されたこの人はきっとストレスの余り胃を全摘出することになるだろう。
だから私は牽制の意味も込めてこいつの首筋に触れてみた。遠景ではろうそくの灯がゆらゆらと揺れていて理科室の匂いを思い出した。
急に曲調が変わる音楽だと思った。元々そういう曲ではないはずだけれどリミックスバージョンなのだろう。
決めつけは良くないので私は動かなくなったこの人をただじっとそばで感じていた。
鼓膜が破れそうなほどの静寂は壊れたおもちゃが予期せぬ動きをしたときの恐怖にも似ていた。
掌の中で転がす賽の目など自由に操ることができる自信があった。自分を過信しすぎていたのだろうか。
そうではない。認識自体が根本的に誤っていて握っていたのは家の鍵だけで賽なんて元々なかったのだろう。

赤い革の鞄を背負って空を見上げては鳥や昆虫などに思いを馳せている少女が居た。これが昔の私である。
毎日喉が渇いているし毎日睡眠がうまくできないし毎日頭や歯や胸が痛い。これが昔の私である。
貧しい国の子供たちの話をテレビに聞かされてもそもそもそれは私じゃない。私の辛さの作者も読者も私だけなのだ。
バスの窓から見える知らない景色は小さな期待を煽ってくるが達観したフリをしてまばたきばかりしていた。
歴史博物館とやらに到着した私たちを最初に出迎えたのは無味乾燥なサラリーマンと主婦、そして鼻垂れクソガキの石像だった。
視線を離すと遠くにモンペを着た女性の石がずらりと並んでいる。ルート通りに進むとこの世界の歴史を遡り最後は恐竜とツーショが撮れるらしい。
とても泣きそうだった。初めて誰かを殺してみたいとも思った。支離滅裂なその欲求を体内のなんかの臓器に必死に留めることに専念していた。
すると突然隣で耳打ちしてきたのが昔のこいつである。あまり自信はないが初めて会話したのがこの時だ。
一緒にここから抜け出そう、確かにそう言った。勿論昔の私ガン無視である。
だが犯人の続く一言は白昼堂々と行われた幼女誘拐事件をまんまと大成功させる運びとなった。
みんなは放っておいて、俺たちは未来を見に行こう。
それは水びだしにしたじゃがりこが電子レンジの中で燃え上がり爆発した時と同じ音だった。
認めよう。かっけぇと思ってしまった。今ならネット用語でもふんだんに使ってメッタ打ちに腐すことはできる。
だが流水の中で見つけた光を砂金だと信じ込んでしまった。周囲をキョロキョロと見渡すがもう色の判別はできなかった。
耳は既に聞こえないしノーモーションで逆走しだした私たちはそのまま派手に転んで地割れに飲み込まれたのだ。
やっちまった。私は笑いながら、遂にやっちまったと思った。

今日でこの生活は何年目になるだろう。私たちはあれからずっと落下していた。
すぐ終わる落下だと思った。飛び降り自殺のゴールは地面だが私たちのクソゲーにはそんな綺麗なエンディングは用意されていない。
今後もひたすら絶賛落下中である。落下しながら寝て、落下しながら目覚めて、落下しながら着替えて、落下しながらお腹が空く。
おいそこで私とイコールの速度で落下してるお前。お前だよお前。じゃがりこをマッシュポテトみたいにするやつ久々にやろう。
知らないのかよ流行ったじゃん。同い年だろうがお前。お前はほんとに何も知らないな。私の知らないことは知ってるのにさ。
じゃあなんでもいいから食べよう。なにそれ一口ちょうだい。
最終更新:2018年12月23日 00:04