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刃の亀裂◆k7QIZZkXNs



思えば、あの城攻めの時から全ての歯車は狂い始めたのだろう。

何もかもが宝石のように輝いて見えた、あの時代。鷹の団が健在であったとき。
現世の理の外にある、不死の怪物との戦い。
その怪物から放たれた滅びの預言。

そう、預言を聞いたあの瞬間から――ガッツの世界は歪み始めた。



眼前にそびえ立つ古城を見上げ、ガッツは述懐した。
暁の空が白み始め、朝焼けの光が街を照らしている。
不思議とこの数時間、夜だというのにガッツの周りに悪霊は現れなかった。

生贄の烙印を刻まれたガッツに安息の眠りは決して訪れはしない。
現世と幽界の境界が曖昧になる夜の時間は、すなわち彼に絶えず付き纏う悪霊たちとの血で血を洗う闘争の時間だ。
当然、この場でもガッツはそれら魔的な存在の襲撃を警戒し、一睡もせず常に気を張って城下を忍び歩いていたのだが。

(夢魔の一匹も出やがらねえとは……あの女、使徒じゃねえくせにゴッド・ハンド並みの力を持っているってことか?)

ここまで完璧に幽世の存在の侵食を抑えられるというのなら、使徒どもの首領であるゴッド・ハンドと並ぶだけの力を有していると考えてもいいだろう。
そうしてみると、この戦い。
神の剣に相応しい剣士を見定めるというこの戦いは、ある意味ではゴッド・ハンド転生の儀式『触』に近いものと言えるかもしれない。
数多の人間を生贄に捧げたった一人の剣士を選び出す。その剣士は神にも等しい力を得る――触、そのものだ。

ギリッ、と奥歯が鳴る。
ガッツの中で、未だあの日の惨劇の記憶は薄れてはいない。
共に戦場を駆けた朋友たちが、ただ一人愛した女が、抗えない圧倒的な運命に呑み込まれ蹂躙されたあの日。
その中心にいた親友――親友だと思っていた、男のことも。

ユーリと名乗る男と戦った後、ガッツは一人夜の街を彷徨っていた。
目的は主に二つ。身を休める場所の確保、そして索敵である。
夜闘い朝眠るという昼夜逆転の生活を日常としていたガッツに取り、暗闇は長年連れ添った相棒のようなものだ。
黒い甲冑にマントは闇と同化し視認性を薄める。
悪霊にどれほど有効かはわからないが、今となっては黒でなければ落ち着かないというのもあった。
が、結局悪霊は現れず、敵の姿も見出せないままガッツは城下町の中で一番目立つ場所、すなわち城へとやってきた。
何か使えるものがあるかも知れないし、なくても一時身を休めるにはちょうどいい場所でもあったからだ。

城門は開かれている。十分に周囲を警戒しつつ、ガッツは城の内部へと足を踏み入れていく。
背負う大剣アスカロンを振り回す空間があるかと危惧したものの、城内は意外なほどに広々としていた。
外見はともかく中身は、ガッツの記憶にあるあの城とは似ても似つかない。
まあそんなものかと適当に納得しつつ、ガッツは通路の奥へ進み二階へと続く階段に一歩足をかけた。

「ふあ……また、客か」

ガッツの足を止めたのは、気の抜けたような欠伸と気だるげな声。
視線を上に向けて数段階段を上がると、あぐらをかいた線の細い男がいた。
すっきりとした短髪のガッツと対照的に、背中まで伸びた長髪。
男は鞘に収まった刀を腰に差したまま、眠そうにガッツを見やる。

「……悪いな、起こしちまったか?」
「あんた、歩くたびにガチャガチャ鳴ってうるせえんだよ」

甲冑と背中のアスカロンは、ガッツが移動すれば当然のことこすれ合って音を立てる。
音には気をつけていたつもりだが、こればかりはどうしようもない。とはいえ、音が反響する屋内だから気づけるという程度のものだが。

「……ったくよ、さっきのにいちゃんと言いあんたと言い。おれをゆっくり眠らせちゃくれないのかい」
「オレの前に誰か来たのか」
「ああ、来た。名前はなんだったかな。忘れちまった」
「ふうん。斬ったのか?」
「……なんでそんなこと聞くんだ?」
「なんでって、そりゃおまえ」

両腕を突っ張ればそれでいっぱいだという、そんな狭い通路で。
ガッツは隠す素振りもなく腰を落とし、背中の剣に手を伸ばす。

「自分の前に立ったやつは誰だろうとすべて斬る。あんた、そんな目をしてるぜ」

鋭い刃のような殺気と共に、告げる。

「……あんたに言われたくねえな。むしろ、あんたこそ誰かを斬ってきた後じゃないのかい? 血の匂いがするぜ」

その殺気に動じることなく、男――宇練銀閣は平然と言い返す。
ガッツもそれを否定しない。ユーリ・ローウェルの返り血はべったりとガッツの全身に付着している。
何よりも、ガッツも銀閣も、ともに殺気を隠そうとはしていない。
仕合う気がある二人が出会ったのだから、仕合う。ただそれだけのこと。
両者ともに剣を振ることを生業にしてきた生粋の剣士。言葉もなくごく自然に同じ結論に行き着いた。
ガッツはアスカロンを構え、剣尖を上げて高い位置にいる銀閣を狙う。

「怖い怖い。まさに殺る気満々ってやつか」
「立てよ。そのくらいなら待ってやる」
「そいつはどうも……って、なんだそりゃ」

立ち上がった銀閣にも下にいるガッツの剣が視認できたのだろう。彼は驚きの声を漏らした。
それもそのはず、ガッツが握るアスカロンは全長3.5m、総重量200kgというもはや剣と呼ぶことさえおこがましい代物だ。
施された装飾や多様なギミックなど、職人の精緻な仕事ぶりを暴力的な方法でガッツが否定した結果、やや軽くなってはいる。
なってはいるが、依然その主よりも重い質量を有しているこの剣は、戦国時代を生きていた銀閣にとっても初めて目にするほどに規格外だ。

「よくそんなもの持てるな……」
「まあな。おまえの得物はそれか?」
「ああ。ちっと物足りねえが……そうだ、あんた。斬刀『鈍』って刀を知らねえか?」
「知らねえな」
「そうかい」
「もういいだろ。行くぜ」

これ以上語ることもないと、ガッツはアスカロンを突き出した。
そう、ただ突き出しただけ。何の駆け引きもなく、ただ全力で大剣を前へと送り出す。
一階と二階をつなぐ階段通路には、とてもアスカロンを振り回せるだけの空間はない。
ガッツが繰り出せる攻撃は刺突のみ。だがアスカロンの刃は通路の半分を埋め尽くすほどに巨大。
そして刃渡りの上でも銀閣の刀より圧倒的にアスカロンが勝っている。
近づいてこなければ攻撃できない銀閣。遠間から攻撃できるガッツ。
防げるわけがない。ガッツはこのとき、確かにそう思っていた。

しゃりんしゃりんしゃりん! と、高く澄んだ音がした。

何の音だ――とガッツが思考した瞬間には、銀閣を串刺しにするはずのアスカロンは直進の軌跡を曲げ、銀閣の右手の壁へと突き立っていた。
ガッツの手には鈍い痺れ残る。ガッツが意図して外した訳ではなく、別の力が働いた証拠だ。
しかし対峙する銀閣の刀は未だ鞘の中にある。

(こいつ……ッ!)

ガッツはアスカロンに力を込め、壁から引き抜くと同時に後方へ跳んだ。
一息に階段を下り、茫洋とした瞳で見下ろしてくる銀閣と視線を絡ませる。

「いけねえな。こいつは斬刀じゃねえってのに、その剣を斬ってやろうと思っちまった」
「てめえ……!」

ガッツには銀閣が何をしたのか、はっきりと目で認識することはでいなかった。
が、鞘に収まったままの刀で繰り出せる攻撃となれば予想はつく。

(抜き打ち……か。グリフィスもたまに似たような技を使ってたな。だが、こいつの技は……グリフィスとは比べ物にならねえくらい速え!)

思い返せば、銀閣が刀の柄に手を伸ばしたあの瞬間。
あのとき響いた澄んだ音は、あれは鍔鳴りの音だったのではないか。
抜刀と納刀がほぼ同時という、想像を絶した速度。
これこそが因幡は下酷城の城主、宇練銀閣が誇る必殺の剣。

「秘剣、零閃。この刀を手にして以来、おれの零閃をかわした奴はあんたで二人目だぜ」
「……ってことは、俺の前に来た奴もかわしたんだな。自慢げに言うことじゃねえぞ」
「そう言うなよ。そもそもがもう破られた技なんだ……今さら傷がついたところでどうということもねえよ」

まだ眠そうに、銀閣は呟く。その眼はガッツではなく、もっと別の誰か――を、見ているように思えた。

「ああ……そういや、名乗ってなかったな。おれは宇練銀閣ってんだ。おにいちゃんはなんてんだ?」
「……ガッツだ」
「変わった名だ。そして剣は見たこともないほどでかい。さしずめ、虚刀流ならぬ巨刀流……ってところか」

落ち着いて銀閣を観察すれば、その体格はガッツとは比較できないほどに細い。
腕力、体力、耐久力においては勝っているだろうが、瞬発力では一歩譲るかもしれない。

(だが、その一点……速さという点において、こいつの剣は俺のはるか上を行っていやがる)

銀閣の剣の正体は、視認できずともおおよそ掴むことはできた。
鞘を発射台にした神速の抜刀。
ガッツは居合い抜きという技術は知らないが、それでも起こった結果から事実を組み立てるとそういうことになる。
その神速を以て、こちらも高速で迫るアスカロンの剣尖を横から叩き強引に軌道をずらした――言うのは簡単だが、やれと言われてもガッツには不可能だろう。
まず質量からして違いすぎるのだ。多少の衝撃が加わったとてアスカロンの進撃を止めることなど不可能。
ならば銀閣の剣には、質量差を埋めるほどに凄まじい速度があった、と見るべき。
衝撃力とはすなわち重量×速度。どちらかが劣っているなら、もう片方を高めれば拮抗するのは道理だ。
つまりアスカロンの重量に匹敵するほどの速度を、銀閣の剣が叩き出したということになる。

「どうした巨刀流。もう終いか?」
「変な名で呼ぶんじゃねえ。オレの名はガッツだ」
「気にするな。おれは虚刀流に負けたんだ……だからあんた、巨刀流に勝って少しでも溜飲を下げさせろよ」
「知るか」

毒づく。が、ガッツはこの状況をまずいと感じていた。
横に動く空間はない狭い通路。前に進むか後ろに退くかしか選べない。
平地ならともかくここは階段、段差があるため自由に動くことも難しい。
開けた場所ならともかくここではアスカロンは突くことしかできず、そして軌道が読まれやすい刺突は速度に勝る銀閣の零閃にとり格好の餌食だ。
運良く銀閣が動かなかったから剣を引き戻せたものの、距離を詰められればガッツに打つ手は――

(いや、違う。こいつは動かなかったんじゃなく)

「気付いたか。そう、おれの零閃は待ち専門の剣法でな。自分から攻めるってことはできねえんだ」
「……そいつはどうも、ご丁寧なこった」

ガッツの瞳に閃いた思考を看破したか、銀閣が言い添える。
秘剣の正体を明かすということは、ガッツを取るに足らないと侮っているか、それともそれを知ったくらいで敗れはしないという自信があるのか。
どちらにせよ、生半可な手で突破できないという点は認めざるをえない。
腕のみならず、その腕を最大限に活かす戦場の選び方も見事という他ない。

「以前、おれに勝った奴は……上から来たな。まさしく奇策ってやつだ。真上の敵に居合抜きも何もねえからな」

銀閣の言葉に、ガッツも頭上を仰ぎ見る。
階と階を繋ぐだけあり、十分な空間がある。が、もちろんガッツにはそんなところまで跳べる脚力などない。
隠し持っているワイヤーフックを使えばやれないこともない、が――

「……退くか。ふぁ……ま、良い判断じゃねえかな」

するすると後退していくガッツを眺め、銀閣は欠伸交じりにそう漏らした。
追ってきてくれればしめたものだったが、さすがにそこまで間抜けではないかとガッツは舌打ちする。
が、半分は予想通り。
待ちの剣と言うのなら、自分から攻めてくることはないはず。つまり逃げるのは容易ということだ。
勝てない相手から逃げることは別に恥ではない。相手が使徒ならともかく、ただの人間だ。危険を冒してまで討ち取る必要はない。

「なあ、にいちゃん。一つ聞いていいか?」
「……何だ?」
「いや、詰まらんことなんだが……にいちゃんは、何のために闘うのか、って思ってよ」

しかし、撤退しようとするガッツを、銀閣が呼び止めた。
こちらももう構えを解きあぐらをかいている。もちろんガッツが戦意を見せれば立ちどころに対応してくるだろうが。

「どういう意味だ?」
「おれはさ……結構、どうでもいいんだ。守ろうとしてたものも、もうないことだしな」

宇練銀閣は、砂に呑み込まれていく因幡にあって、最後の、そしてただ一人の住人だった。
自分以外は誰もいない下酷城の一室で、ひたすらに斬刀を守り続ける日々。訪ねてくる者は誰だろうと斬り捨てた。
役人だろうと、強盗だろうと、商人だろうと、そして忍者だろうと。誰一人として例外はなく。
ある日唐突に現れた二人組――奇策士と名乗る女と、その刀と名乗る虚刀流の使い手に敗れ、絶息する瞬間まで。
国も、城も、刀も、そして命も。すべてを失って、銀閣は眠りについたはずだった。

なのに、今もこうして刀を握っている。以前と何一つ変わることなく。

「にいちゃんには、何ていうか……そう、守りたいものがあるか? ってことなんだよ。
 おれは守るものがあったから戦えた。でも今はもうない。だから……おれは何のために今ここにいるのか、わからねえんだ」
「…………」
「見たところ、あんたは誰に命令された訳でもなくおれを斬ろうとした。そうするだけの理由が、あんたにあるのかって、気になってな」
「……理由なら、ある。守りたいものも、斬るべき敵も」
「へえ。そいつは何だい?」
「おまえに言う気はねえ」
「そうかい」

すげなく切って捨てたガッツに落胆するでもなく、銀閣はひらひらと手を振った。

「引き止めて悪かったな。話は終いだ」
「……じゃあな」

踵を返す。階段から離れ、そのまま数分歩き続ける。
銀閣は、追ってこない。

「……チッ。オレのことなんざ気にも留めてねえってことか」

おそらく銀閣はまた眠りに就いたのだろう。城の中は再び静寂に包まれている。
とはいえ、ガッツもまだ城を出る気はない。ここに来たのは休息のためでもある。
ガッツは目に付いた小部屋を片っ端から捜索し、役に立ちそうな物を探し始めた。

(守りたいもの……決まってる。キャスカだ。他にはねえ、何も……)

だが、そうしていながらもガッツの脳裏には銀閣の言葉が残響している。
そして――銀閣だけではなく、別の言葉も。


――おめえ……逃げてやしねえか。戦に……憎しみによ


ここに来る直前に立ち寄った、馴染みの鍛冶屋ゴドーの言葉を、銀閣の言葉を引き金にして思い出してしまう。
牧師でも何でもない鍛冶屋の言葉は、剣を鍛えることを生業とする故に、剣を振るうことを生業とするガッツの心中を正確に言い当ててもいた。


――おめえの心にゃでっけえ刃毀れが……恐怖って名の亀裂が走っていやがる


恐怖。
あのとき、ガッツからすべてを奪った『蝕』の恐怖は今もなおガッツの心身を蝕み続けている。
かけ替えのない仲間たちを襲った、無慈悲にして無残にして無常たる死の宴。


――そのかけ替えのないものをおっぽり出して、お前は一人で行ったんだ


悪夢を振り払うため、借りを返すため、落とし前をつけさせるため。
ガッツは一人、夜の世界へと飛び込んだ。
誰も頼らず、誰も信用せず、ただ己の剣にすべてを託して。


――かけ替えのないものの傍らにいて、一緒に悲しみに身を浸すことに堪えられずに。お前は一人、自分の憎悪で身を焼くことに逃げ込んだ。違うか?


だが、それは――守りたいものを、本当に守っていたのだろうか。
ガッツと同じか、それ以上の傷を負ったキャスカを放り出して、一人悲しみから目を逸らして戦い続けることは。
本当に、キャスカを守っていたことになるのだろうか。

「肝心なときになると……オレは一人を、戦を選んじまう……か」

宇練銀閣とガッツとは、ある意味では同類なのだろう。
守りたかったものを奪われ、しかしそれを受け止めることなく戦いに逃避する。
違いがあるとすれば、ガッツには『まだ』守りたいものがあり、銀閣には『もう』何もないということか。
残ったものは剣だけ。剣があるから戦い続ける。剣があるから止まることもできない。

「……それでもオレは、今さら止まる訳にはいかねえんだ……!」

キャスカだけは――最後に残った大切な女だけは、失う訳にはいかない。
だから一刻も早くここから脱出せねばならない。
最後の一人になってでも、他の人間を殺し尽くしてでも――たとえ相手が自分と同じ傷を抱えていたとしても。

「……そうだ。迷ってる暇なんてねえ。立ち止まって手に入るものなんざ何もねえんだ」

いや、だからこそ。銀閣はガッツにとって、避けて通ることはできない敵なのだ。
自分自身と瓜二つだからこそ――逃げない。斬って乗り越える、でなければガッツは前に進めない。

背にあるアスカロンを意識する。
愛剣ドラゴン殺しとは違うが、アスカロンもまた竜を狩るべくして作り上げられた剣。
この大剣ならどんな敵が相手だろうと不足はない。
たとえ目にも留らぬ神速の剣が相手だろうと、ガッツの鋼鉄の意志と剣を砕くことはできない、それを証明するために。

「戦場がどうのとか、不利だからどうとか……そんなことは全部、どうでもいい。オレはただ、前に進むだけだ」

敵を斬り、使徒を斬り、最後にはあの女も斬って。ただキャスカの元へと参じるのみ。
無用な危険を冒す必要はない? 逆だ。危険だからこそ、飛び込み突き抜けなければ道は拓けない。
銀閣やユーリ――ガッツはこの名を知らない――には、悪いと思わなくもない。
が、剣士である以上、お互いに剣を抜いた以上はどちらかが散るのも覚悟の上のこと。
ガッツもまた、敗れれば命を落とすことに異を唱えるつもりはない。そもそも負けるつもりもないが。

医務室らしきところで適当に道具を頂戴し、ガッツは部屋を飛び出す。
駆けて、駆けて――たどり着いたのは、銀閣が眠る階段の間。
見上げる。ただし今度は、不退転の決意とともに。

「うるせえな……また来たのかよ、巨刀流」

はたして、銀閣は――さっきと寸分変わらぬ体勢で、そこにいた。
おそらく何時間、何日、何年経とうともそうしているのだろう。そうするしかないのだろう。
剣にすがり、剣を振るうためだけに生きている。あり得たかもしれないもう一人のガッツの姿。
だからこそガッツは、迷いを消し去るために銀閣を斬ると決めていた。

「銀閣、って言ったな。オレもてめえに聞きたいことがある」
「あん……?」
「守りたいものがなくなって……てめえはどう思った。許せねえとか、復讐してやるとか思わなかったのか?」
「……ふぁ」

ガッツの問いに、銀閣を欠伸を一つ。
そして、おもむろに立ち上がり、構えを取る。
宇練一族の秘剣、零閃の構えを。

「いいや……肩の荷が下りた、ってところかな。正直……そう、重荷だったんだ。俺にとっては」
「……そうかい」

銀閣の答えを聞き、ガッツもまたアスカロンを構える。
先ほどと同じく、切っ先を押し出した突きの構え。
一度防がれた技を二度使うその無謀に、しかし銀閣は笑わない。
銀閣を見据えるガッツの瞳は、先の手合わせとは比べ物にならない戦意に燃えているからだ。

「その答えを聞いちゃあ、オレもいよいよ立ち止まる訳にはいかねえ。てめえみたいにはなりたくないから、な」
「ほう……あんたはどこか俺と似てるって、思ってたんだがな。あんたにゃ戦い続ける理由があるってことか……今は、まだ」
「ああ。そのために……悪いが、斬らせてもらうぜ」
「……いいぜ、来な。おれも本気で……相手してやるよ」

しゃりん!
ガッツはまだ攻撃していないにも関わらず、銀閣の剣が走る。
ただし斬ったのはガッツではなく、銀閣自身――左肩から、血が勢いよく噴出した。
銀閣の足元には見る見るうちに血だまりができる。かなりの出血と、一目でわかる。
突然の奇行に戸惑うガッツを尻目に、銀閣は苦痛に顔を歪めながらもにやりと笑みを浮かべた。

「生半可な零閃じゃ、あんたを止められねえだろうからな」
「訳がわからねえな。どういうつもりだ?」
「みんな同じことを聞く。いいぜ、教えてやる……こういう、ことさ」

銀閣が、後ろに置いていたバッグを放る。ガッツにも支給されている道具袋だ。
しゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりん。
銀閣はそこに零閃を繰り出した。バッグは一瞬で両断――否、『八つ裂きにされた』。

「な……っ!?」

ガッツはそこに、途方もない速さの斬撃が放たれたのだと直感する。
動体視力に優れたガッツの目にも、まったくの同時にしか映らない無数の斬撃。それが複数――

「八機だ。それが斬刀のない今のおれの、最高の零閃編隊」

ぽた、ぽたと傾けた刀から血の雫が零れ落ちていく。
傷を負えば剣を振るう速度は落ちる。そんな道理を、銀閣は鼻で笑って一蹴して見せた。
傷ついてなお、否、傷ついたからこそ速い。まさに戦場で真価を発揮する阿修羅の剣技。

「鞘内を血で濡らし、血を溜め、じっとりと湿らせることによって鞘走りの速度を上げる。刃と鞘との摩擦係数を格段に落として――零閃は光速へと達する。
 まあ、そうは言ってもこの刀じゃ斬刀ほどの速さにはならないだろうがな。ともかくこれが、今のおれの限定奥義――斬刀狩りだ」

永く戦場に身を置くガッツですら、そんな剣は見たことも聞いたこともない。
血に濡れた剣は錆びて使い物にならなくなる、それが常識なのだ。
なのに銀閣は、その常識を逆手にとって自らの利とする――

(こいつは……読み違えたな。並の使徒なんざ比べ物にならねえ、強敵だ)

八回もの超高速の斬撃を同時に同じ個所へと叩き込まれたのなら――剛剣たるアスカロンとてあるいは砕かれかねない。
まさに、魔人。人の身で使徒すらも超えた、極限まで練り上げられた魔人の剣だ。

「逃げるか? いいぜ、それでも。おれは追わねえよ」

ガッツの戦慄を見取ったか、銀閣が嘲るように言う。
逃げる――そう、逃げればその時点でガッツの勝利は確定する。
あれだけの出血、今すぐに止血しなければ失血死は免れない。
仮に血が止まったとしても、大量の血を失った身体はまともに動かないはずだ。
どう考えても、ここで必然性はない。ついでに言えば勝率も低い。
だが――

「冗談だろ。言ったはずだぜ……てめえを斬る、ってな」

ガッツは、退かない。
逃げて、敵の自滅を待って、それで得た勝利など――勝利ではない。
何より、そんな形の勝利はすなわち、ガッツ自身が銀閣の生き様に勝てないと認めるようなものだからだ。
使徒ですらない、ただの人間に負ける?
断じて認める訳にはいかない。真っ向勝負で、勝つ。
長大な刀身の隅々まで、ガッツは気迫を行き渡らせる。
斬り裂くものは、敵と、幻影と、そして――

「さあ……行くぜ! 見せてみろ、てめえの全力ってやつを!」
「ああ、良いぜ……ただしその頃には、あんたは八つ裂きになっているだろうけどな」

ガッツの気迫と、銀閣の気迫とが充満し、階段通路に満ち満ちる。
先手は――やはりガッツ。

「オオオオオオオッ!!」

先ほどと同じく、刺突――ただし今度は刃を横に寝かせた、平突き。
横からの攻撃には、刃を縦にして放つ突きより格段に被弾面積は狭くなる。

「甘いぜ――それで零閃を防げると、思っているのなら」

しゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりん!
やはりまったくの同時に、八回もの鍔鳴りの音。
瞬間の間に一つの箇所に斬撃を叩き込まれ、アスカロンは――吹き飛んだ。

「……なに!?」

砕けず、吹き飛んだ――ただ、それだけ。
銀閣は手を抜いてなどいない。いや、斬刀ではない点を差し引けばまさに会心の出来の零閃だった。
なのに、アスカロンは形を留めたまま、横手の壁に深く突き立っている――

「……上か!」

かつての敗戦の記憶から、銀閣はいち早く気配を察知し横手に跳んだ。上階へ続く踊り場のもう半分へ。
そして、ガッツは――突きを放った瞬間、即座にアスカロンから手を離したガッツは。
腰に差していたフランベルジュを抜き、銀閣の頭上へと投擲していた。
一瞬視界を覆った影に気を取られ、銀閣が前方から警戒を解いた一瞬。

ガッツは銀閣が退いたため空いた空間へと深く踏み込み、アスカロンの柄を力の限りに握り締めていた。

「――っ!」

壁に突き立ったアスカロンを引き抜こうとしている――銀閣にはそう見えた。

「く、お、お――!」

だが――違った。
ガッツはアスカロンを引き抜こうとしたのではない。

「おおおお、おおおおおおおああああああっっ!!」

ガッツは、アスカロンを――振り抜こうとしていたのだ。
石造りの壁に突き立ったアスカロンを。
力任せに、がむしゃらに。
速度で勝てないのならば、力で勝る。それがガッツの見出した、唯一つの零閃への勝利手。
直線的な突きでは容易く軌道を変えられても、薙ぎ払う斬撃なら、居合い抜きでは対処は不可能――

「ぜ――零閃編隊――八機!」

ガッツが何をしようとしているか察知した銀閣もまた、勝負を決するべく二度目の零閃を放つ。

だが――しかし。
鞘から抜き放たれた刀は、斬刀ではないのだ。
分子結合を破壊する、斬れぬものはない刀――斬刀『鈍』ではなく、質がいいだけのただの刀だ。
零閃は本来斬刀を用いることを前提に編み出された秘剣。当然、刀にかかる負担は想像を絶する。
銀閣の才覚があったからこそ、ただの刀でも八機編隊を可能としたその代償は、もちろん零ではない。

壁を粉砕しつつ迫るガッツの巨刀と、銀閣の零閃編隊八機が激突――すでにひび割れていた銀閣の刀を粉々に粉砕し、アスカロンが駆け抜けた。
勢い余って階段を軽く五、六段は粉砕し、アスカロンは停止した。
残ったのは右腕を斬り飛ばされた着流しの男と、荒く息をつく隻眼の男。



零閃編隊は、竜殺しの巨刀によって吹き散らされた。
『黒い剣士』対『零閃使い』――ここに決着である。





「無茶苦茶しやがる……。力押しで、おれの零閃を……破るとは、な」
「他に……思いつかなかったんで、な」

アスカロンにもたれかかるようにして、ガッツは銀閣へと言葉を返す。
時間にすれば十秒もない戦いだったが、ガッツの疲労は頂点に達していた。
石壁を斬り裂くなんていう戦法は、ユーリ・ローウェルから奪ったパワーリストがなければ実行に移そうとは思わなかった。
代償は、今にも爆発しそうな筋肉と骨の軋みだ。

アスカロンを手放した理由は二つ。
一つは、剣を無理に固定して、零閃の衝撃を刀身に蓄積させるのを防ぐため。
二つは、銀閣に隙を作らせるべく、フランベルジュを投擲するため。
結果としてうまくいったにせよ、綱渡りだったことは間違いない。
それにしたって、二度目の零閃の速度が落ちていなければ間に合わなかっただろう。

「最初の突きは……鞘の中の血を、消費させるため……か」
「まあ、な。八回もあの技を使えば、そりゃあちょっとは血も減るだろうと思ってな」

速度にして、ほんの僅かな誤差だっただろう。
それでもそのほんの僅かな差が、ガッツと銀閣の生死を分けたことは疑いない。
もし銀閣の刀が斬刀だったなら、誤差程度は関係ないとばかりにアスカロンごとガッツは斬り裂かれていただろう。
しかし斬刀はここにはない。
つまり、それがすべてだった。

「まあ……いいか。これで今度こそ、ゆっくり眠れるって……もんだ」
「ああ、もう起こさねえよ。ゆっくり眠りな」
「頼むぜ……もう、生き返らせないで……くれよ。三度目は……御免だ」

そう、言って。
左右両方の腕から血を流し尽くし、宇練銀閣は死んだ。

「……おい、どういう意味だ」

安らかな顔で。
そう、まさしく眠りについた――そんな顔で。

「おい! 生き返らせるって……おい!」

当然、ガッツの声になど答えはしない。
もう、銀閣は涅槃に旅立ったのだから。
やがて諦め、ガッツは銀閣から手を離し、床に横たえてやった。
その辺の部屋から適当に調達したシーツを、死体にかけてやる。
ガッツなりの剣士への礼儀だ。
だがそうしている間も、ガッツの脳裏に渦巻くのは一つの言葉。

生き返らせる。三度目。

あれをどう解釈するか。
三度目は嫌だというなら、今回は二度目だと考えていいだろう。
そして銀閣は『虚刀流』に敗れたとも言っていた。その敗北が命を落としたという意味なら、ここにいた銀閣は死んだ後に生き返ったということになる。

「死んだ奴を生き返らせる……そんなことが、本当にできるってのか……?」

ガッツ自身ロワという女の言ったことは話半分程度にしか信用していなかったが、実例が目の前にあるとなると話は別だ。
しかし、それはガッツが死者の蘇生を望むということではない。

そんなことができるのなら。
それだけの力があるのなら。

そう――あの忌まわしきゴッド・ハンドにすら、干渉できるのではないか?
剣士を集める。強い剣士を。
この条件に当てはまる剣士を、ガッツは自分以外に二人、知っている。

「グリフィス……キャスカ……!」

あの『触』以前の二人なら、十分に剣士としての資格を備えていたと言える。
ガッツがこうしてこの場に呼び出されたのなら、ガッツと因縁のあるあの二人がいる確率もまた――零ではない。
どうしてこの可能性に思い当らなかったのか。
グリフィスはともかく、キャスカがいなくなったのはこの戦いに呼び出されたからかもしれないというのに!

もちろん可能性の話だ。確証はない。
だがガッツにとっては、その二人が『いるかもしれない』というだけで――

「……休んでる暇なんてねえ!」

走り出す理由には、十分すぎる。
そして、弾丸のようにガッツは城を飛び出した。
頭の片隅に湧いたノイズは、ガッツという男の天秤を激しく揺らしている。
もし誰かに出会っても、今は戦うという選択肢を第一に持ってくることはまずい。そうしている間にキャスカの身に危険が迫るかもしれないからだ。
使徒相手ならともかく、銀閣のように戦わずに済む相手なら見送るのも一つの手。斬るにしても、まずは情報を取得してからだ。



もし、その二人がいたらどうするのか。
答えを出せないままに、ガッツはひたすらに思い人の影を求め、走り続ける。
その姿にはもはや敵をすべて斬り伏せるという鋼鉄の意志はなく。
ガッツという剣に、亀裂が入ったことを意味していた。


【宇練銀閣@刀語  死亡】


【E-3/城/1日目/黎明】

【ガッツ@ベルセルク】
【状態】疲労(大)、全身にダメージ(小)
【装備】アスカロン@とある魔術の禁書目録、フランべルジュ@テイルズオブファンタジア
【道具】支給品、ワイヤーフック@ワイルドアームズF、パワーリスト@FF7、包帯・消毒液などの医療品
【思考】基本:優勝してさっさと帰る
 1:グリフィスとキャスカの存在を確かめる
 2:使徒、もどき、敵対的な人間以外はまず情報交換を持ちかけてみる
【備考】
アスカロンはなんかいろいろやって50kgくらい軽くなったようです
ワイヤーフックは10メートルほど伸びる射出形のフックです。うまく引っ掛けて巻き戻せば高速で移動できます
引っ掛ける対象が固定されておらず、自分より軽いものなら引き寄せることもできます


※ドルチェットの刀@鋼の錬金術師 は破壊されました。




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